神から与えられた、ヒスイの最大の能力――コエルーラ。
石版を用いた時間移動と異なり、ドラゴンクエストⅦのストーリー自体を史実として俯瞰し、任意の時間・場所へと移動する事が出来る時間跳躍呪文だ。
驚異的な力を持った呪文ではあるが、使用が出来るのは特異点であるヒスイのみ。
共に連れて行けるのは過去か歴史から外れた人間、と制限は多い。
だが、まだ幼いヒスイにとって、最大の問題点が存在していた。
「爺ちゃん、ハヤテ! 行って来まーす!」
「ヒスイ、出掛けるのは良いが遅くなる前に帰ってくるのじゃぞ!」
「ばう! わうっ!」
爺ちゃんと愛犬に声を掛け、手製の弁当を持ってヒスイは家を飛び出した。
「はーい!」
――問題点とは門限の存在だ。
というのも、コエルーラは過去だけではなく、未来にも跳躍する事が可能な呪文だが、ヒスイにとっての時間基準点とも言える現代のエデン――グランエスタードでの時間経過は普通に進行する。
これは石版で過去の世界での冒険に向かったアルス達が戻ってきたら『冒険に要した日数だけ現代でも経過していた』という現象と同一の物である。
その為、現状では他の時代で何日も修行というのは難しく、基本的に日帰りを心掛けなければならない。
ただでさえ、ヒスイが異種族という事で何かの拍子に迫害されたりしないか、日頃から心配している爺ちゃんに余計な心配をかける訳にはいかないのだ。
「――コエルーラ! 封印から解放された後のマーディラス大神殿へ!」
そんな訳で、必然とヒスイの行動計画は最小労力で最大効果へ得る物へとなっているのだった。
未来 マーディラス大神殿
「(はてさて……地下の石碑に向かう為の仕掛けは……『通路で十字を切る』だったな)」
パルテノン神殿風の荘厳な神殿をてくてくと小さな少年が歩く姿は人目を引くのか、地味に視線が痛い。
「むぅ……」
このままだと、隠し階段への道を出現させる一部始終を目撃される恐れがあったので、ヒスイは視線から逃れるように神殿の柱の影に隠れた。
「――レムオル」
『レムオル』はドラゴンクエストⅢに登場した「消え去り草」と同様の効果を持った透明化呪文である。
ヒスイの場合、色々と暗躍する機会が多そうなので必死に習得した、この時代では使用されない遺失呪文の一つだ。
まぁ、モンスター相手には通用しないので人間相手の潜入・諜報以外では風呂覗きぐらいにしか使えない呪文なのだが。
対モンスター用に同系統の『ステルス』という呪文もあるのだが、聖水程度の効果しかないので習得の予定はない。
「(これでよし……)」
視線から開放されたヒスイは揚々と神殿の中に入り、当初の目的を果たす事にする。
神殿を上空から見た、地図を思い浮かべ、正しいルートを描く。
「(左から入って、右へ抜け、上から入って下へ抜ける、と)」
ゴゴゴゴゴゴッ!
通路を歩く軌跡で『十字を切る』事で魔法機構を作動させる。
そして、神殿中央にある水路によって隔てられた地下への階段への通路を出現させた。
階段を降り、地下室を進むと過去の神官長達の墓地に出る。
「……これか、どれどれ」
ヒスイは墓を調べた。
そこには、こう書いてあった。
『知恵ある者よ。汝に更なる知恵を授けよう。私、マーディラス大神官が一生をかけて研究した、究極の魔法……。
最早、この国ではこの魔法を使う者は居ないが、後の世の為にこれを残そう。
その身にかけられし、全ての呪文を打ち消す魔法……マジャスティス。
願わくば、清き心の者がこれを使うように……』
~マーディラス大神官~
――ヒスイはマジャスティスを覚えた!!!
「(って、お手軽っ!?)」
墓石の文字を読んだ直後、呪文の使い方や詳細について頭の中に流れ込んできた。
「つ、ついでだから、ギガジャスティスも習得しておこうか」
あまりに手軽な呪文獲得に妙な物足りなさを感じたヒスイはコエルーラによって『アルスがマジャスティスを大神官に披露した後の封印から解放されたマーディラス大神殿』へと時間跳躍をするのだった。
主観時間で数分後、無事にギガジャスティスも習得したヒスイは、大神官の墓前にある事を思った。
「(まぁ、俺自身の心が清いかは知らないけど……この魔法は、そういう人の為に使う事は誓わせて貰います)」
そんな決意を抱き、ヒスイが次に目指す場所は……?
「ヒャッハー!!! カジノだぁぁぁぁぁあ!!!」
ダーマ神殿近郊にある宿屋の地下カジノであった。