P4 天田の強くてニューゲーム   作:エルデスト

4 / 7
日に日に文字数が増えていくという謎。
五千字を基準にしているのに一万字越って・・・。


運命の人

 重たい体を引きずりながらも漸く学校に到着。途中で自転車ごと電柱にぶつけている人がいたが、気にする暇もなかった。先生が来る前に何とかクラスの中に入っておこうと、最後の力を振り絞って階段を駆け上る。ぎりぎりで着いたクラスで僕のことを有里が待っていた。

 

「あ、天田やっと来た。遅かったね、昨日は早くに来てたから今日もそうかなーって思って俺、今日は早く来たのに肝心の天田がいないんだ。しかも遅刻間際に来るし・・・。でもいろんな人と話せたから結果オーライだったけど」

 

「そっか、ならごめん。買い物してたら時間無くなっちゃってさ。これからは早い時間帯に来る予定だから今日だけ例外」

 

「いいよ、気にすんな。そうそう、天田・・・ってあ、先生来た。また後でな」

 

 それから特に何もなく授業が終わった。あるとしてもシャーペンを持つ手が筋肉痛で震えてしまって上手く字が書けなかったというぐらいか。そのまま昼休みになり、有里が話しかけてきた。

 

「なあ、天田。お前、好きな人っているか?」

 

「!? な、何だよ急に」

 

「あ、その顔はいるな。そんな天田にいいことを教えよう。若しかしたら、失恋かもしれないけど」

 

 余りにも唐突で、驚いた表情を繕う暇もなかった。お陰でばれてしまった。だからと言って何だというだけなんだが。

 

「“マヨナカテレビ”って知ってるか?」

 

「いや、知らないけど。それがさっきの好きな人と関係があるのか?」

 

「大有りさ。雨が降る夜中の0時に何も映っていないテレビを一人で見ると、そこに運命の人が映るんだってよ」

 

 そういえば昨日は0時になる前に寝てしまったな。なかなか珍しいこともあるんだと、自分のことなのに感心する。しかし、運命の人が映るのか・・・。僕の恋人は鈴のただ一人。それ以外の人は一切興味がない。でも鈴を運命の人といえるのだろうか。運命の人ならば今も僕の隣にいてくれるはず。なのに・・・。

 悲しみの海に潜ろうとしたときに有里がこちらの顔を覗き込んできた。ここで暗くなるのは良くないと、誤魔化すために咄嗟に思いついた質問を投げかける。

 

「運命の人っていうのは本当に映るのか? そもそも有里はやったことがあるのか?」

 

「勿論やってみた。なんとそこに映ったのは山野真由美アナウンサーだったんだよ。なのに最近死んじゃったみたいだから、今思ってみればデマなのかな? でもテレビには映ったし・・・」

 

 映ったら死んだということか・・・。なら鈴が移るかな。鈴じゃなかったら一体誰が? とりあえず今日は夜から雨が降り出すようなので見てみることにした。

 

「そっか、じゃあ見るだけ見てみる。結果は期待するなよ?」

 

「天田は大人びてるし、女子に人気がありそうじゃないか、絶対映るって。でさ映った人、教えてくれよ」

 

「もし映ったとしてもやだね。もし本当に運命の人だったら他の人に知られたくはない。それが有里だとしても。僕はこれでも独占欲が強いんだ」

 

 ニヤリと笑いながら、静かに言う。有里も残念そうな顔をしながらも僕の気持ちを汲んでくれたようで仕方いといってそれ以上何も言わなかった。

 

 そのあと雑談をし、慌てて授業の準備を始める。疲労の所為で午後の授業は居眠りしてしまった。先生の心象が、と戦々恐々となりこれからは真面目に頑張ろうと思った。

 学校が終わり、有里と別れて家に帰る。悠さんとは下校時刻が違うので、登校の時だけ一緒に通っている。そのまま寄り道せずに、家について私服に着替える。今日はどうしようかと考えて生活用品を買ってこようと思ったが、筋肉痛で大荷物はキツイし、そもそも店の場所を知らない。取りあえずもう一度体中マッサージをして、家の中を把握したり引っ越し用品を片付けようと思った。ただ、重いものは運べないが。

 軽く体をほぐしたら、家の整理を始めようとまだ片付けていない近くの段ボールによると、

 

PiPiPiPiPiPiPiPi

 

と机の上の携帯が小刻みに震えながら鳴る。それを手に取り着信を確認すると<鳴上 悠>となっていた。学校が終わったのかなと思い、電話に出る。

 

「はい、天田です。悠さんどうかしましたか?」

 

『いや、ちょっと友達とジュネスに行こうと思ってな。よかったら天田も来ないかって話になったんだ。どうだ? 今なら花村がビフテキを奢ってくれるらしいぞ。ってああ・・・(ノイズが入った)・・・おいなに勝手に奢ることになってんだ!? いいか、俺は奢らないからな。欲しけりゃ自分で買え!』

 

 始めは悠さんが話していたが、途中で携帯が奪われたらしく知らない人の声と代わった。多分この人が花村という人だろう。なんか悠さんが弄っていたので僕もそれに乗ってみた。

 

「え、奢ってくれないんですか? 高校生ならお金が一杯あるでしょうに。中学生のお小遣いの量を考えてくださいよ。お肉を買うなんてとてもとても無理です」

 

『仕方ないだろ! もう二人に奢ることになってんだ。もう一人増えたら俺の財布が死んじまう! てゆうか二人だけでも死活問題なのに・・・』

 

「そうですか・・・。花村さんって子供を期待させて落とすような人なんですね。そんな人が悠さんの友達なんて、ああ僕はとても悲しいです。悠さんが騙されないか心配で心配で・・・」

 

『そうそう、今度鳴上に特盛のビフテキを奢ってもらって・・・ってそんなことする分けないだろ!」

 

「何言ってるんですか、悠さんが貴方のような人に騙されるわけがないでしょう。馬鹿にしちゃだめですよ?」

 

『ああ、俺もうこいつ相手すんの疲れたわ・・・鳴上に返すぞ。・・・俺だ、どうだ花村弄りは楽しかったか? 奢りに関しては花村が買ってくれないみたいだから俺が払ってやる」

 

「え、流石にそれは悪いですよ! 花村さんには弄るためにそういっただけで別に本気にしてないですし、要らないです」

 

『花村弄りは楽しかったんだな・・・。一応言っておくが拒否権はないぞ。天田、別に遠慮しなくていいんだ。菜々子から見たら俺たちは兄弟だろ? 俺は天田と飯が食いたいんだ』

 

 兄弟・・・。そっか兄弟か。昔から僕は一人だった。母親が早い内に死んだから家族だなんて感覚は久しく忘れていた。そっか、家族は遠慮しなくてもいいのか。当たり前のことを今更ながらに気付く。でもそのことを伝えるのは癪なので、

 

「・・・そこまで言われてしまっては仕方ないですね。ただ、僕ジュネスの場所知らないですよ?」

 

『え、どうしようか。道教えるからそれで来れるか』

 

「今メモ帳もってくるんで待っててください」

 

 急いでメモ帳を用意し言われた道順を記していく。道は単純なようで、すぐに分かった。電話を切り出かける準備をして、巌戸台から持ってきたオレンジ色の自転車に跨って家を出発する。道は簡単で迷うことはなかったが、遠かった。こういう時は普通車とか使うんだろうなと思いながら自転車を漕いでいく。

 暫く走らせて漸く大きな建物が見えてきた。でかでかと『ジュネス』と書いてあって分かりやすい。自転車置き場に自転車を置き、約束の場所であるフードコートへ向かった。そこには沢山の家族連れの人がいて僕から見て眩しかった。あたりを見まわすと里中さんが大きく手を振っていて、

 

「おーい天田くーん! こっちこっちー!」

 

「里中さん、大声出さないでください。余計に馬鹿に見えるでしょう」

 

「今日も辛辣だなあ。私これでも先輩だよ・・・」

 

「先輩でも尊敬できなきゃ意味がありません。ほら天城さんとか、ってあれ? そういえば天城さんは居ませんね。その代りに・・・悠さんにいじめられてた人、でいいですか?」

 

 里中さんの隣に悠さんが座っていて端にはいつの日か苛められていた青年が座っていた。

 

「いや、違うから! 俺が花村、花村陽介! お前が天田でいいのか?」

 

「なんだ、奢ってくれない意地悪な人でしたか。僕が天田乾です。宜しく・・・しなくてもいいか。そういえば花村さんはSでもMでもいけるんですね、恐れ多いです。見習いたくないですけど」

 

「俺はそこまで万能じゃねえ! なんなんだこいつは・・・。鳴上の弟って強ち間違ってない気がするわ。にしても随分と生意気だな」

 

「生意気じゃなくて大人びているって言うんだ。そうだろう? 天田」

 

「そういう事です、花村さん。本当は呼び捨てにしたいんですが、僕の良心が止めているんです。逆に感謝して欲しい位ですよ」

 

「なにこの俺の立場・・・。里中は助けてくれる訳がないし、味方が誰もいない・・・。ああもう、なんか買ってくる!」

 

「そうか? なら俺も買ってくるか。天田の分も買ってこないといけないし」

 

「すいません、でもそういう約束でしたから」

 

 二人は立って、売店へと向かう。ということは必然的に里中さんと会話することになる。

 

「今日は雪子、用事があってこれないんだって。雪子って老舗旅館の次期女将だからさぁ、忙しいみたい」

 

「へえ、なんか雪子さんらしい仕事ですね」

 

「だよねぇ、あっそうだマヨナカテレビって聞いたことある?」

 

「今日クラスメイトに聞きました。何でも運命の人が映るとかなんとか」

 

「なんだぁ、知ってるのか。つまんないの。じゃあじゃあ! 好きな人はいる?」

 

「それは秘密です。悠さんは多分そういう話は知らないと思いますから、振ってみたらどうですか?」

 

「確かにそういう噂には疎そうだしね。あ、丁度帰ってきた」

 

「うーっす、はいコレ里中の分ね」

 

「わーい・・・ってた、たこ焼き!? なんでビフテキじゃないの! ビフテキがいい! ビーフーテーキーィ!」

 

「俺の財布から見てビフテキ二人分は無理だっつーの! これで我慢しろ!」

 

 後ろからついてきた悠さんが皆のお盆より一回り大きなお盆を渡してきた。その上には鉄板が乗っていて、アツアツのお肉が肉汁を滴らせながら鉄板の上に鎮座していた。

 

「天田はもちろんビフテキだぞ。ところで何話してたんだ?」

 

「あ、有難うございます。なんか一人だけお肉で悪い気がしますが。話の内容なら里中さんに聞いた方がいいですよ」

 

 ジッと僕のお肉を里中さんが食べたそうに見ていたが、あげませんと態度で示していたらそれが伝わったらしく、後ろ髪を引かれながらも視線を肉から悠さんの方に変えた。

 

「そうだった! 鳴上君、マヨナカテレビって聞いたことないよね! ないよね!」

 

「あ、ああ。それはないが急にどうしたんだ?」

 

「おお、俺その噂聞いたことあるぞ。でもガセ・・・」

 

「花村は黙ってろ! それがね、雨の降る夜中の0時に一人で何も映っていないテレビを見ていると・・・」

 

「みていると?」

 

「運命の人が映るって噂なのよ!」

 

「つまり、みんなでやってみようってことか?」

 

「そーゆーこと! 今日雨降るっていうし皆でやってみよっか!」

 

「やるのかよ。どうせガセネタだし。俺はパス・・・」

 

「勿論花村、アンタもやるのよ」

 

「ええ! 俺もかよ!? 俺は・・・ってあれは小西先輩だ! センパーイ!」

 

 急に向こうの方へと視線を投げかけたと思ったら、何かいいものを見つけたような幸せそうな笑顔をして、自分の台詞を中断してまでしてそちらの方へ走って行った。花村さんが向かった先には薄いブロンドの髪をカールさせた女性が丁度席に着いたところだった。

 

「あれ、花ちゃん・・・」

 

「お疲れ様です、小西先輩! ってあれ? どうかしました?」

 

 その女性はなんか草臥(くたび)れたような表情で、僕たちといた時よりもずっと元気で明るい花村さんと対照的だった。あの表情はニュクス封印後の疲れ切った鈴の顔とどこか似ていて、もうすぐ死んでしまわないかと心配になるほどだった。

 

「ううん、大丈夫。疲れているだけだから。有難う花ちゃん。それと・・・あの子たちは花ちゃんのお友達?」

 

 こちらを見ているので、ちょっと行ってみようという話になった。僕の場合は花村さんを弄るネタが欲しいだけだが。

 

「君たちが花ちゃんのお友達? しかもこんな小さな子もなんてね。駄目よ花ちゃん」

 

「いやいや、みんなと楽しくやってますから。苛めてなんかいませんよ!」

 

「ホントに~? まあ、楽しそうだからいいや。花ちゃんってお節介でウザいけど根はいいヤツだから仲良くしてあげてね?」

 

「ちょ、小西先輩! 余計なことは言わなくていいですからっ!」

 

「勿論です。花村は面白い奴ですし、いい関係が築けると思ってます」

 

「お前も真面目に答えなくていい!」

 

「あ、そろそろ時間だ。もう行かなきゃ」

 

「あ、スイマセン。頑張ってください!」

 

「アリガト、君たちも花ちゃんをよろしくね」

 

 そういって女性は去って行った。ジュネスと書いてあったエプロンをしていたことから、ここでアルバイトをしているのだろう。

 

「悠さん、青春ですね」

 

「そうだな、青春だな」

 

「お前らも青春真っ只中だろ!?」

 

 早速花村さんを二人で弄る。それに里中さんも乗っかって、

 

「じゃーあー、マヨナカテレビを見ないって言ったのは今の小西先輩だっけ? その人じゃなかったら怖いからじゃないの? ねえ、花村?」

 

 悪者の笑みを浮かべて、花村ににじり寄っていく。里中さんに悪者の顔って似合ってるな。

 

「分かった分かったから! 見ればいいんだろ? どうせ映らないし、やってやろうじゃねえか!」

 

「オッケー。今の聞いたね? よし、ここにいる全員は証人だ! あ、鳴上君もちゃんとやるんだよ?」

 

「分かった。天田はどうするんだ?」

 

「僕はクラスメイトにやれって言われてるんで、やります」

 

「そうか、でも0時って遅いな。見たらすぐに寝ろよ?」

 

「悠さん、僕を子ども扱いにしないで下さいよ。多少遅くなっても全然大丈夫です。慣れてますから」

 

 逆に0時にならないと寝れないし。

 

「そうか、悪かったな。でも慣れるっていうのもどうかと思うが」

 

「いいじゃん、いいじゃん! ってああ! 天田君のビフテキがしんなりしていくぅ! ねえ、私も一緒に・・・」

 

「ダメです。これは僕が悠さんに今日ここに来る変わりにもらったんです。だから誰にもあげません、諦めて下さい」

 

「いいじゃんケチィー」

 

「もぐもぐ、と言うかねだる人間違ってません? ほら、ホントは食べれたのに誰かさんのせいで食べれなかったじゃないですか」

 

「そうだった! はーなーむーらぁー! そうだ花村だ! 私に肉寄越せえー!」

 

「お前あれ食ったろ!? しかも速攻で! ああもう、天田自分のが狙われてるからって俺に擦りつけんじゃねーっ!」

 

「もぐもぐ、うまうま」

 

「ビフテキーィ!」

 

 中々カオスなこの集団である。その中で悠さんは静かにセルフサービスの、温かいお茶をゆっくり飲んでいる。悠さん・・・凄いな。煩い人がいなくなったので、みるみると肉が僕の胃袋へ消えていく。

 

「・・・ご馳走様でした。そうだ、朝ごはんや夕飯の具材買わなきゃ・・・。悠さんたち、すいませんが僕は買い物して帰ります。悠さん、今回は昨日のお詫びも込めて僕が夕飯を作りますんで、夕食の時間までに帰ってきてくれればそれでいいです」

 

「え、もう行っちゃうの? というか料理できるの!?」

 

「なら、俺も買い物に付き合うぞ。そのほうが早い」

 

「いえ、僕一人で十分です。下ごしらえの時間も必要ですからこの辺でお暇させてもらいます」

 

「そうだ、早く帰れ。俺はお前が苦手だ」

 

「そうゆうモンは本人の前で言わない! そっかー、残念だな。また一緒に遊ぼうよ! ・・・出来たら料理も教えて欲しいし」

 

「まあ、暇がありましたらたまに入れてもらおうかな。今日はありがとうございました」

 

「またなー!」

 

「夕飯、楽しみにしてるぞ」

 

 そういう声に見送られながら僕はエレベーターに乗り込む。そして一階食品売り場のボタンを押す。食品売り場はなかなか充実していて、足りないと言うことはなさそうだと思いながらカートを押していく。そしてめぼしい食材を見つけたらカートに放り込んでいく。片手には家を出る前にポストから取り出した広告チラシを持って。

 

「ふんふん、これが安いのかー。じゃあ、あれをつくろっと。筋肉痛用に豆腐も買って、と。あ、あのパン安いや、買ってこ」

 

 そのチラシの隅のほうに今朝食べたパンの画像が映っていた。美味しかったし、買っていこうとそのコーナーに行く。流石に四枚切りは一つしかなく、それと六枚切りをカートの中にいれた。これで最後と会計に並ぶ。財布の中は親戚に預かった通帳から引き出したお金が入っている。というか、こういうときじゃないとお金使わないから、堂島さんに言わずにもってきた。

 僕の番が来て、会計が始まる。僕は慣れた手つきでお金を払った。両手に持った大きなエコバック(持参)をどうやって持ち帰ろうかと悩みながらジュネスを出る。取りあえず自転車の籠に二つとも乗せて持ち帰る。そのまま帰ったが、筋肉が悲鳴を上げていたということは言うまでもない。

 ヒーヒーと心の中で言いながらも家に着き、荷物を抱えて堂島家に向かう。すると菜々子ちゃんが家にいたようで戸を開けてくれた。

 

「今日は僕がご飯を作るから。待っててね」

 

「分かった! 天田お兄ちゃん? 乾お兄ちゃん? あれ、どっちがいいかな?」

 

「どっちでもいいよ、菜々子ちゃんが決めて」

 

「じゃあー、乾お兄ちゃん!」

 

「そっか、因みに悠さんは?」

 

「悠お兄ちゃん!」

 

「そうなんだ、ありがと。じゃ、作ってくるね」

 

「美味しーの作ってね!」

 

 なんか、可愛いな。妹かー、鈴も僕をこんな風に見てたのかな。子供の戯言って無視する可能性もあったのに、成功するって余程僕は運が良かったんだ。料理も鈴に教わったものだし、鈴がいなかったら今の僕は居ない。鈴がいなかったらと思うと、恐怖で体が震える。頭を振って悪い考えを振り落し、エコバックの中身を使う奴だけは横に除けて、残りを冷蔵庫にしまっていく。冷蔵庫の中身はこれでもかというほど殆ど入ってなくて、毎日何食べてたんだと思ってしまった。食材を仕舞い終え材料の下拵えしているところに、忘れていたことを思い出した。

 

「そういえば、堂島さん今日帰ってくるとか言ってた?」

 

「・・・ううん。お父さん電話してくれるって言ってたのに・・・」

 

「そっか、じゃあどうしようかな堂島さんの夕飯・・・。一応作って帰って来なかったら明日の朝ごはんにするか」

 

 今作っているのはビーフシチューだったので保存するのには丁度いい料理だった。容器に入れて冷凍したら一ヶ月は持つらしいし。

 切り分けられた具材を飴色になるまで炒め、そのあと鍋に入れてぐつぐつ煮込む。赤ワインが欲しかったが、流石に買えなかったので渋々諦めた。やるべきことは全部やったし煮込むのには時間が掛かるので、待ち時間の間話そうと菜々子ちゃんの元へ向かう。クイズ番組を見ていたが、心ここにあらずという感じでぼーっとしていた。なんとなく考えていることが分かったので、

 

「大丈夫。菜々子ちゃんのお父さんだよ? 少しはお父さん信じてあげて」

 

「・・・うん。お父さん、大丈夫だよね」

 

「大丈夫、ほら僕たちがいるからお父さんは安心してお仕事ができるんだよ」

 

 安心させようと笑いかけながら話しかける。すると玄関の戸がガララと開いて、

 

「ただいまー」

 

「あ、お帰り悠お兄ちゃん!」

 

「お帰りなさい、夕飯はもう少し待ってください」

 

「こんなおいしそうな匂いが漂ってきてるのにまだ食べれないのか?」

 

「もっとおいしくするために煮込んでいるんですよ」

 

 そうやって三人で机を囲み楽しく談笑した。誰かがお腹減ったなと呟いたのを皮切りに、他の人もお腹減ったと口々に言う。多分もういい感じに煮込まれているのでご飯を食べることになった。僕がお皿にビーフシチューをよそい、悠さんが食卓の準備をする。菜々子ちゃんにはスプーンなど細かいものを運んでもらって、たちまち夕飯の準備ができた。

 

「「「頂きます!」」」

 

 三人で一緒に合掌し、ビーフシチューを一口、口に含む。すると悠さんは驚いた顔をし、菜々子ちゃんはとても嬉しそうな顔をして、

 

「おいしーい! 乾お兄ちゃんこれ美味しいよ!」

 

「天田の料理・・・悔しいが俺が作るのよりも美味しい。俺もまだまだと言うことか・・・!」

 

 なんか凄い褒められた。鈴と一緒に居たいばかりに良く教わっていたけれど、こういう時に役立つとは。鈴はあんな細い体なのに大食漢だから、作る側の僕は自然に上手くなる。何時も幸せそうに食べてるもんだから、腕もみるみる上がったさ。僕も一口含み、鈴にはまだまだ及ばないなと自己評価をつける。

 

「まだ残ってるからお替わりが欲しいときは言ってください」

 

「そうか、これが腹いっぱい食えるってことだな。一体どこで料理を覚えたんだ?」

 

 そう来たか。鈴のことは誰にも言いたくないし、適当にはぐらかす。

 

「知り合いに教わったんです。まだその知り合いより上手く作れませんけどね」

 

 そして、二度と食べられないし、越えることもできない。僕の料理を食べて浮かべた、あの笑顔を見ることも叶わない。

 菜々子ちゃんが僕より上手いという言葉に反応してか、僕にとっては辛い言葉を無邪気に言う。

 

「乾お兄ちゃんよりもお料理が上手だったの? 菜々子も食べてみたいなー!」

 

「ッ・・・僕もまた・・・食べたいなぁ」

 

「俺おかわりしてくる」

 

「いえ、僕が行ってきます。お皿を下さい」

 

「いや・・・」

 

 僕の伸ばす手から皿を逃がして悠さんが立ち上がると、ガララと今日二回目の戸が開く音が鳴った。

 

「ただいま」

 

「お父さん帰ってきた!」

 

「「お帰りなさい」」

 

「ああ、夕飯は残ってるか? 腹が鳴って仕方がない」

 

「ほら、俺のは自分でやるから天田は叔父さんの分をよそってやってくれ」

 

「分かりました」

 

 僕たちは立ち上がり、入れ替わりに堂島さんがソファーにドカッと座り込む。

 

「すまんが、テレビをニュースに変えてくれないか?」

 

「・・・うん。変えたよ」

 

 ビーフシチューをよそった皿を堂島さんの前に置く。テレビにはこの前の事件についてのニュースがやっていた。

 

『アナウンサー変死事件の第一発見者にお話を伺ってみました』

 

『あ、あの、その・・・』

 

「いったいどっから知ったんだ? 全く手が早ええな・・・」

 

 顔と声はモザイクが掛かっていたが程度が甘く、辛うじて隠れている程度だった。おかわりをよそって帰ってきた悠さんがぼそりと呟く。

 

「この人、花村が言ってた小西先輩に似てるな・・・」

 

 そういわれてみればと思い、もう一度しっかり見てみるともう小西さんとしてしか見れない位似ていた。悠さんの呟いた声は僕にしか聞こえなかったようで、堂島さんは何の反応もしなかった。

 

「ねえ、お父さん。今日ね・・・寝ちゃってる。お仕事疲れちゃったのかな・・・」

 

 堂島さんの方をふと見てみれば、ソファーに深くもたれかかって寝ていた。しかもちゃっかりビーフシチューがお皿の中からきれいに消えている。菜々子ちゃんが悲しそうな顔をしていたが、

 

「エブリデイヤングライフ♪ ジュ・ネ・ス♪」

 

「エブリデーヤンライ、じゅーねーすー♪ そうだお風呂入んなきゃ」

 

 いつの間にかニュースはCMに変わっていて、菜々子ちゃんがそのCMを笑顔でリピートする。それでなのか用事を思い出したらしく、部屋に戻っていった。僕も夕飯の後片付けをしようと立ち上がると、

 

「飯作って貰ったから、皿洗い位は俺がやる。さ、飯も食い終わったし帰った帰った。あれを見るんだろ、今のうちに準備しとけ」

 

 そういう風に言ってくれたので、甘えさせてもらう。寝ている堂島さんにお礼を伝えるように悠さんに頼み、堂島家を出る。帰る際、豆腐も一緒に持ち帰った。折角買ったのに食べなきゃ意味がない。予報通り雨が降っていたが、買っておいた新品の傘を使って難をしのいだ。

 家に戻り、早速豆腐を頂く。簡単に作れるから、冷奴。美味しかったです。相変わらず痛む筋肉をケアし、風呂に入る。それでも0時までに時間があったから、部屋の片付けをしておく。流石にデッキブラシを振り回したら、筋肉痛が悪化するからやらない。

 

 

 

 今日も僕の体内時計が0時になりそうだと告げる。それに従い手に持っていた荷物を降ろし、部屋に戻る。部屋に戻ったのは本当に0時ぎりぎりで、テレビの前に座った瞬間0時になったと時計を見ずとも感覚で分かった。

 その瞬間、外で一度光が閃き、ゴロロッと大きな音が響く。それを合図にキュイイィと耳障りな音と共に着いていないはずのテレビがナニカを映しだした。しかし画がとても粗く、何が映っているのかよくわからなかった。でも、人型が映っていることだけは分かった。ジッと見ていると、色素の薄い髪をした制服を着ている女性が苦しんでいるのが映っていたことが分かった。鈴の髪色はもっと濃いし、髪形も違う。果ては制服も違うから、鈴ではないことは分かった。

 

 でも、見たことはある。なんか最近見たような人な気がする・・・。ああそうだ、小西さんだ。花村さんが好きな人。でもなぜ運命の人が小西さんなんだ? 僕にとって鈴の代わりになる人なのか。色々な考えが頭の中を巡り、無意識にテレビに近づく。小西さんをもっとしっかり見極めようと、テレビに手をつく。

 

 すると、手がテレビの中に吸い込まれていった。驚いて、考え事も吹っ飛んでってしまう。以外にもテレビの力は強く、いくらひっぱても抜けない。嘲笑うように画面が波紋を浮かべる。異能の力が働いているように感じ、対抗しようとペルソナを心の中で呼び起こす。すると、途端に力が弱まり腕が抜けた。勢いのままにそのまま尻餅をつき、体中を痛めた。

 混乱していたが、ザアアアと降り注ぐ雨が窓をしきりに叩く音で少しずつ冷静さを取り戻す。運命の人と言い、テレビに吸い込まれることと言い、よくわからないことがたくさん起きた。頭の中がパンクしそうなのでいろいろと悩むのは明日にして、今日は寝ることにした。

 

 

 

 鈴の代わりは本当にいるのだろうか。この癒えない心の傷を癒してくれる人は、本当にいるのだろうか・・・。




本日の天田君の食事量

パン一斤、鮭弁当、パン数個(5,6個?)、ビフテキ、ビーフシチュー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。