第6次イゼルローン要塞攻防戦のメインイベントは同盟軍のアホが自滅して終了した。これで「はい、さようなら」と討伐軍も解散する訳ではなかった。
この後、帝国軍は余勢を駆って追撃を展開した。お仕置きの時間だ。
「尖兵を命じられた我が艦隊は、イゼルローン回廊の敵側出口に回り込み機雷で回廊を封鎖する」
と言っても回廊の大きさを考えればたかだか数千隻の艦隊で退路の遮断は出来ない。嫌がらせの時間稼ぎ程度だ。
艦隊の運用に目を輝かすラインハルト違い、俺は地面に足を付けて戦う陸戦以外に興味はない。
専門家に任せて俺は適当に追従して観戦してるだけだ。
コルプト艦隊は遠距離から砲撃をして敵に距離を詰めさせない。相手は破れたとは言え万単位の艦隊なのだから当然と言えば当然だ。無責任艦長タイラーみたいに駆逐艦一隻で大戦果なんてあり得ない。近付く前に沈められる。
この世界で多数派の突撃馬鹿は消耗を考えず味方を巻き添えにする。古代の陸戦でも、迂回するとかもう少し頭を使う。
不意にこう言う時に使うフレーズが頭に浮かんだ。
(『いっちょぶわーっと』って言ったのは誰が元ネタだったのかな。佐藤大輔も何かのパロディだし……)
適当に過ごしてるうちに戦いは終わり帰還した俺は、休暇で逢瀬を楽しむ。
艶やかな金髪が似合う美女の唇が視界から離れる。
「またねジーク」
「ああ」
前から粉をかけていた軍務省に勤めるノヴォトニー曹長とデートを終えて官舎への帰路を歩く。
今度はどんな体位で彼女を攻めてやろうか考え、甘い気分で部屋に戻るとラインハルトから連絡が来た。
何で帰る時間が分かったんだ。ストーカーか?
「キルヒアイスさん、今度の土曜日は空いてますか」
「ああ、特に予定はないな」
今はプライベートなのでざっくばらんだ。
「それは良かった! 姉がキルヒアイスさんをもてなしたいと言いますので」
「アンネローゼ様が?」
俺とアンネローゼは面識も少ない。
愚弟ラインハルトが日頃、お世話になっているので、手作り料理で御返ししたいと言うお誘いだった。
「わかった」
正直、面倒だったが空いてると言った手前、「お前の姉ちゃんに興味はねーよ」と言えない。
ミッターマイヤーの家に誘われるロイエンタールもこんな気持ち何だろうか。
アンネローゼの住まいは、広大な敷地の一角にある。近衛兵の警衛所で、外来者の出入管理表に署名をして通過する。
身体検査と所持品検査を通過する度に受け苛々する。後宮に不審物を持ち込んで皇帝陛下にテロなんてされては洒落にならないから、彼らの仕事もわかるから我慢した。
「面倒臭いな」
「申し訳ありません」
俺の呟きにラインハルトは謝罪する。
幾らプライベートとは言え皇帝の居城。ジャージにTシャツ、サンダルと言う普段着ではない。士官の礼服に身を包んだ俺達。アンネローゼの元についたら上着ぐらい脱ぐぞ。
「ああジーク、来てくれたのね!」
駆け寄るアンネローゼは喜色満面の笑顔だ。なんですか、この姉ちゃんのテンションは?
「御意。グリューネワルト伯爵夫人のお呼びとうかがいまして、参上致しました」
「まぁ、ジークったら相変わらずなのね」
お前と馴れ合うつもりはねえんだよ糞ビッチ。皇帝陛下の寵姫の一人として自覚をもてよ。
「はは」
乾いた笑い声をあげて、気分を入れ換えようとアンネローゼ手作りのケーキにフォークを入れる。
士官たる者、テーブルマナーは最低限度教えられている。
貴族に転生とか小説ではありふれた設定だが、あいつらはテーブルマナーをどうしているのだろう。
今、目の前にあるのはデザート用のフォークだから分かりやすい。
これが宮廷料理に近い格式張った代物だとフォークやナイフも種類が増える。
(いちいち覚えてられないぞ)
口にケーキを運ぶと視線を感じた。
「ん」
皿から目線を上げると、アンネローゼとラインハルトがまじまじと俺を見てる。
「何?」
「どうですか、姉上のケーキは」
コンビニで買う安物のケーキと違い手が込んでいる。
「うん、美味いよ」
「良かったですね、姉上」
俺の言葉に喜ぶアンネローゼとラインハルト。
強制イベント消化は面倒でうんざりしてくる。そもそもジジイに抱かれた中古だ。アンネローゼのフラグ回収で死亡END直行だけは回避したい。
◆◆◆
楽団による華やかな音楽が流れる邸宅。そこに俺は居た。ブラウンシュヴァイク公爵のパーティーだ。
中尉風情の俺やラインハルトが呼ばれる事は無いと油断していた。
パーティーの一週間前、フレーゲルが3月21日の会場警備に俺達を指命してきた。
マジかよ……。
爆弾騒ぎがあるのは確定。下手したら俺の首が文字通り飛ばされる!
事件の責任はクロプシュトク侯爵に負わせるのは当然だが、会場警備をどうしたら良いんだ。
「皇帝陛下もご来訪なされるので、警備はしっかりと頼むぞ」
名誉に思えと言うように笑顔のフレーゲル。
気軽に言ってくれるな。命令するだけだから楽かもしれないが現場責任者は責任重大だ。
皇帝が来る。
襲われでもしたら何人の首が飛ぶやら。
帝都周辺の地図に目を向ける。
治安の維持は一般警察だが、帝都に限れば複数の機関が入り乱れている。
軍警察である憲兵隊、法の万人である内務省、皇宮を守る近衛兵とは別に宮内省もいる。
郊外には帝国軍陸戦部隊の装甲擲弾兵も駐屯していた。
「これだ!」
皇族の警護を名目に装甲擲弾兵一個連隊を借り受けて、屋敷と周辺に厳戒体制を敷かせた。
偽装された爆弾の持ち込みを警戒してベテランの工兵が周囲を捜索した。下水道に仕掛けて坑道作戦みたいな事をされても厄介だ。
「異常無しか」
工兵から報告を受けた。後は本番まで警戒を続ける事だが、もう一つ手を打っておく。
内務省を訪れた俺。面会の予約を事前に入れていた為、簡単な身体検査の後、すんなりと通された。
相手はスパイ・マスターのラングだ。
穏やかな笑みで迎え入れてくれた。見た感じ普通のおっちゃんで、家庭では良き夫、父親何だろうか。
「小官はジークフリード・キルヒアイス中尉。ブラウンシュヴァイク公爵家で行われる晩餐会の会場警備を仰せつかっています」
「それはお役目ご苦労様です」
中尉と言っても将校の中では下から数えた方が早いぺ―ぺ―な階級だが、ラングに侮った感じは無かった。
「時にラング殿。来賓客の中に皇帝陛下に犯意を持つ者などが紛れ込んでいては困る。ぜひ協力して貰えませんか。勿論、貴殿の働きはフレーゲル男爵にお知らせしておく」
今回の目的は内務省治安維持局に顔を出し、来賓客に不穏な動きがないか調べさせる。
原作知識ありのチートでクロプシュトック侯爵に絞りこむのは簡単だけど、一介の中尉風情が決めつけるのは不味い。確証に近い補強材料が欲しい。
結論から言おう。ラングさん、ちょろいです。
見返りを匂わせて水を向けてあげるとぺらぺら喋ってくれました。
クロプシュトク侯爵に疑惑があると報告を受けて、俺は憲兵隊にも念のために調べてほしいと通報した。会場警備には社会治安維持局と憲兵隊も受け入れた。実際は俺の要請だがな。これで打つ手は打った。
ここまでやって爆弾騒ぎがあったら俺のせいじゃないぞ。憲兵、内務省、装甲擲弾兵みんな巻き込んでやる。
そしてパーティー当日。
クロプシュトック侯爵を要注意人物として俺は警戒していた。原作介入のバタフライ効果で他の者が犯行に及ぶ可能性もあったので、ラングからの情報以外は伝えていない。
所持品検査をパスして会場に向かう参加者の列。クロプシュトック侯爵の番が来た。
空気が変わった。要注意と知らされていた為、警備の目が集中する。
俺はそっと離れて指揮通信車に向かった。
万が一、侯爵がとち狂って自爆なんかしたとして爆発に巻き込まれたく無いものね。
安全な場所で見学させて貰おう。
「閣下、御荷物を拝見させて頂きます」
手荷物の鞄を受け取ろうとする兵士の手をクロプシュトック侯爵は払う。
「無礼な。私は侯爵だぞ」
普通なら侯爵相手に謝罪する所だが今回は違う。
「申し訳ありませんが、此度の宴は皇帝陛下も御来訪されますので……」
皇帝陛下来るのに帝国貴族のあんたは協力できないのか、と言う意味を込めて鞄を受けとる。
「これは……」
モニター越しに映った鞄の中身は大量のソックス。一つ一つがビニール袋に入れられ名前と日付が記されていた。
(なぜソックス?)
爆発物でも危険物でも無いがパーティーには不似合いな代物だった。
アンリエッタ、ベアトリーチェ、ポーラetc。その名前に記憶はないが邪な物を感じた。
(まさか盗品か……)
ソックスに頬擦りする侯爵の姿が脳裏を過った。
「もう良いだろう!」
クロプシュトック侯爵は鞄を奪い取るとゲートを通過しようとした。
「待て爆発物の検査がまだだ」
俺の指示で探知機を持った兵士がクロプシュトック侯爵に探知機を向けた。
瞬間、警報が鳴り響き反応が現れた――
「な、何だ!」
侯爵を取り囲む兵士達。
「失礼します……」
鞄を受けとり中身のソックスを出す。
改めて鞄を検査すると二重底になっていた。
「これは何ですか」
見つかったのは時限爆弾。
「私は知らない」
ソックスに気を取らせて裏をかくつもりだったのだろうが甘過ぎる。
指揮通信車から戻った俺は腕を取られたクロプシュトック侯爵に告げる。
「仮にも侯爵の地位を得られた御方だ。見苦しい真似を見せず、大人しくして戴きます」
その場で拘束されたクロプシュトック侯爵は内務省警察に引き渡された。
「御苦労だったなキルヒアイス。卿のお陰で大事には到らなかった。礼を言うぞ」
フレーゲルの言葉に俺は頭を下げる。ブラウンシュヴァイク公のアマーリエ夫人からも報奨が与えられた。
クロプシュトック侯爵領の武装解除には内務省の特別執行部隊と憲兵が送り込まれた。非戦闘員への虐殺や略奪は行われなかったと言う。
「あ……」
今、思い出したが、ミッターマイヤーのイベントフラグをへし折ったな。
そう思っていたがブラウンシュヴァイク公爵の元帥府が開設される事になり、フレーゲルが参謀長に任命された。
そうなると仕事はこっちにも回ってくる。予想はしてたよ。
人事の候補者のリストから、これはと言う人物を選び出す。
メルカッツ。帝国軍でも重鎮で引き抜きは無理。
ビッテンフェルト。上官をぶん殴って辺境に飛ばされたと言う。何やってんだアイツ? 猪武者は猪のままか。
オーベルシュタイン。イゼルローン要塞に移動したばかり。引き抜きは無理。
ケンプ。フェザーンで一般女性と結婚して退役している。また年下かと思えば年上らしい。意外だ。
ミュラー、ルッツ。まだ階級低すぎだし武勲をあげていない。推薦するには不自然だ。次回に繰り越し。
――で、アポが取れたのは双璧さん。
「ほう、卿が貴族を手玉に取っているキルヒアイス中尉殿か」
皮肉な目を向けてくる色男、ロイエンタールさん。
「そんな噂をされているのですか?」
「寵姫の弟のお守りなんだろ」
苦笑している愛妻家のミッターマイヤー。
ロイエンタールの歯に物着せぬ物言い。俺は嫌いじゃないよ。
「その通りです」
「何か義理でもあるのか?」
「まさか、そんな物ないですよ。あいつが付いて来てくれって頼み込むから幼年学校に入ったんですが、それ以来の腐れ縁です」
どちらかと言うと俺の貸しの方が大きい。
「そうか。苦労したんだんな」
なんか勝手に納得して同情されたが、ロイエンタール、ミッターマイヤーと知己を得る。