キルヒアイスさん   作:キューブケーキ

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3 お仕事

 今の立場は不思議な物で、世間的に見れば俺とラインハルトは、フレーゲルの腰巾着だ。

 それを言うとラインハルトは嫌そうな顔をする。

 でも俺は知ってるんだぞ。お前ら同じ風俗行っただろ。何を上品ぶってるんだよ。

 警備隊では、自由裁量で装備の調達や編成、訓練計画の立案をやらされた。

 これって新米少尉のやる事か?

 警備隊の艦艇がバラバラと言う事で調べてみたが、それほど酷くはなかった。

「艦隊の運用計画か……」

 要は艦隊の幕僚がしっかりと指揮官をフォローしないのが一番悪い。指揮官がベストな艦隊を指揮して戦える状況を準備するのがスタッフだ。

「こう言う時はあの人だな」

 ブラウンシュヴァイク公爵家の名前は大抵の問題を解決する。

 基礎訓練を受け直すために、まず士官学校から尊敬するシュターデン提督に来てもらった。

「お久しぶりです、教官。お元気そうで何よりです」

「ああ、キルヒアイス少尉。そう言う貴官も、確りやってる様だな」

 頷くシュターデン教官。ミュラーやミッターマイヤーは理屈倒れと馬鹿にしていたが、糞虫のような艦隊を建て直せるのはこの人だからこそ出来ると俺は思った。

「勿論です。夜の方も」

 ふひひと笑う俺に、シュターデン教官はしょうがない奴だと苦笑する。

「今夜は再会を祝ってパーッと飲みに行きませんか?」

「良いだろう」

 天才や秀才の指揮に凡人はついていけない。人に合った教え方と言う物がある。

 叱って伸びる人も入れば、逆に萎縮して才能の目を潰してしまう人もいる。

「ミューゼル少尉。艦隊の方は貴官にお任せします」

 人前では階級を付けて言葉遣いに注意している。

 俺の言葉にラインハルトは喜びを露にしたが、すぐに不安を浮かべた。

「キルヒアイス少尉。私で良いのでしょうか」

 面倒くさい性格してるな。

「貴官に出来なくて誰がシュターデン教官をお助けすると言うのですか」

「キルヒアイス少尉は?」

「陸戦部隊の方をやらせてもらいますよ」

 艦隊の運用何て素人にこなせる訳がない。ラインハルトの様な才能ある若者が学ぶべきだ。

 正直な所、艦隊を潰せば制宙権はこちらに移る。そうなると大規模な地上戦に発展する確率は低い。つまり危険に一番遠いと言う事だ。

「わかりました。精一杯やらせていただきます」

 それからラインハルトは、シュターデン教官の正統派な訓練計画とは別に、対抗部隊による抜き打ち訓練を立案した。

「やってみたまえ」

 ラインハルトの企画を確認してシュターデンは了承した。

 笑顔を浮かべるラインハルトに俺は頷く。

 シュターデンが鈍っている警備隊に基礎を叩き込んで、ラインハルトの訓練は柔軟性を身に付けさせると役割分担を決まった。

 水を得た魚と言うのか、ラインハルトは小規模艦隊を率いて暴れまわり「数や装備だけ揃えても意味がない」と言う事を叩き込んだ。

 シュターデン教官の指導と訓練で警備隊は様になって来るのを確認した俺は、陸戦隊に目を向ける。

 正規軍の装甲擲弾兵と違い、警備隊の陸戦隊は治安維持用の軽装備が主だった物で本格的な戦闘を想定していない。このままで良いのかと言うと別だ。来るべき時に備えるのが武人の勤め。

「陸戦部隊も鍛えて貰いたいな」

 ラインハルトと士官クラブで飲みながら俺は今後の事を話していた。

 斧を持って戦う白兵戦が陸戦の全てではない。ゼッフル粒子は限られた空間で効果があるが、大気のある惑星の地表では気候の影響を受ける。

 小火器射撃、班行動など基礎的な戦闘訓練の実施による戦技練度の底上げは必ず必要になる。

「誰か当てでもあるのですか」

 著名人ならすぐに思い浮かぶ。

「オフレッサー閣下かリューネブルク閣下に直接指導していただくのが理想的だが、まあ無理だろうな」

「それは……無理でしょうね」

 今後を考えるなら、連携しておく事は無駄にならない。装甲擲弾兵総監部に「装甲擲弾兵の猛者を送って貰えたら良い」と連絡をした。

 翌日、軍務省に相談の連絡を入れたら簡単に受理された。

 惑星攻略の本格的地上戦でもなければ暇な装甲擲弾兵。二つ返事で教官・助教を送り込んでくれた。

 即日、到着した警備隊への顧問団。叩き上げの士官と歴戦の下士官で構成されていた。

「キルヒアイス少尉、貴様も体が鈍っているだろ。一緒に鍛えてやる」

 顧問団のラウディッツ大尉は強面を歪めて笑いながら言ってきた。

「え、小官は他に仕事が……」

 訓練して欲しいのは俺じゃねーよ!

「遠慮するな。先任、キルヒアイス少尉も参加するぞ!」

 俺の両脇に立つ下士官。あんたら目が嬉しそうだな。

「はい、キルヒアイス少尉。自分達にお任せください」

 不敵な笑みを浮かべる曹長。抵抗なんて出来ずに連れ出され、幼年学校並みにしごかれた。

 降下装具を身に付けさせられ揚陸艇から突き落とされ、行軍から戦闘訓練への移行。

 結論から言おう──

「マジで……死ぬ……」

 自室に戻った時には全身筋肉痛で呻く俺に、心配そうに声をかけてくるラインハルトの姿があった。

「大丈夫ですか、キルヒアイスさん」

 畜生。あいつら楽しんでやがった。

 血を吐くような訓練の日々を過ごす中、訓練中の事故で死者が出る事もあった。

「まあ、仕方ないな」

 温い訓練は意味が無い。演習の為の訓練しかしない警備隊では役に立たない。

 実戦で味方を巻き添えにすることを考えれば、訓練で死んだ方がましだな。

 陸戦の錬度も上がってきて俺も訓練に慣れた頃、フレーゲルに一人の青年を紹介された。

「彼はシャイド。私の従弟に当たる。今度、ヴェスターラントに赴任するんだが向こうは治安が悪いと言う」

「初めましてキルヒアイス少尉。貴方の噂はフレーゲル男爵からお聞きしています」

「はぁ」

 腰の低い貴族だ。気さくと言うより、平民に舐められるぞ。

「私の信頼する腹心である卿に同行してもらいたい」

 は? フレーゲルの中で俺の評価は腹心に昇格したのか。

「ヴェスターラントですか」

 そこってブラウンシュヴァイク公が核攻撃した場所だよな。確か親族を殺されたって――

「彼は男爵家の頭主なんでな」

「よろくお願いします」

 シャイド男爵。確か悪政を強いてぶっ殺された記憶……。

「小官は、ヴェスターラントまでシャイド男爵様を護衛すればよろしいのですか?」

 やばい場所には長く留まりたくはない。爆弾テロとかあるかもしれないじゃないか。

「しばらくヴェスターラントに留まって警備隊を立て直してくれ」

 つまり、フレーゲルの警備隊を立て直した俺の手腕が見込まれたと言う事だ。

 シャイド男爵の統治するヴェスターラントまでは巡航艦で移動した。艦内では映画を見たり、ネットサーフィンをしたり、読書をしたりしてゆっくり過ごすはずだった!

「糞が……」

 治安維持に関する報告書を読み、問題点を洗い出したりした。

(向こうに行っても書類は残ってるんだろうな……)

 休めるのは寝る時だけで仕事に追われた。

 やって来たヴェスターラント。乾燥して痩せた大地。ここでの収穫は難しそうだ。

「これはいけませんね」

 シャイド男爵も土を手にして形の良い眉をひそめる。

 これで重税を課すとかしたら暴動が起きるのは当然だなと納得。

「ジャガイモぐらいは育つんじゃないですか」

 そう答える俺の言葉にシャイド男爵は目を丸くしていた。何か変な事を言ったつもりは無いのだが。

 ヴェスターラント警備隊の本部庁舎に入る。さすがに俺達がやって来ると言う事で、清潔に清掃と整理整頓されていた。

「こちらになります」

 渡されたディスクは多い。優先する物は巡航艦の中で読み、おおよその訓練計画や組織改編を決めていた。だから言うべき事を先に言った。

「警備隊の任務を履き違えている馬鹿がいます」

 集まった上級職員、俺の言葉にきょとんとしている。

「我々は徴税官ではありません」

 飢えた民から私財を巻き上げて私腹を肥やそうとする馬鹿。

「民からの搾取。それは貴方達に許される権利ではない」

 貴族は体面を重んじる。ブラウンシュヴァイク公爵家に従い連なる一門は、こそ泥の様な真似を好まない。

「ようするに、公爵閣下の顔に泥を塗ってるわけだよ」

 不正に私財を溜め込んでいた汚職職員は銃殺にした。今度の領主は違うと民への告知にもなった。

 シャイド男爵は精力的に各地を見て回った。為政者としての職務だと言っていた。

 頑張っていると俺も含めて周りの者は評価していた。それでも不満分子と言うのは居るもので──

「貴族は死ね!」

 武装したテロリストが視察中のシャイド男爵を狙って襲撃してきた。ちょっと待てや、と警備の責任者を追求したい。

「一般警備のやつらは何してるんだよ。職務怠慢だぞ」

 シャイド男爵の周囲を固める警護隊員。俺も人垣の中に潜り込む。盾に成るふりをして俺も守って貰う。

『田吾作41から芋吉。指示を願う』

「ああ、遠慮せず射って良いよ」

 警備が間抜けなので俺が連れて来た部下から無線の問い合わせが来た。心優しい領主様に代わって発砲許可を出す。

 脳髄と鮮血をぶちまけて即死したテロリストが転がる。殺したら情報を聞き出せないが、許容範囲だ。

 装甲擲弾兵上がりの猛者を集めた特殊部隊が万が一に備えて周囲を固めていた。

「うーん、次からは背後関係吐かせる為に生かして捕らえたいな」

 こう言う跳ねっ返りが居るから、一般市民が被害を被る。

「も、申し訳ありません!」

 警備の責任者が顔色を変えて謝罪していた。これを機会にテコ入れが出来る。

 責任者は降格。住民から不満分子を狩り出す方法は、自治会に自警団を組ませて協力させた。植民地支配やゲットーのユダヤ人警察と同じやり方だ。

 まだ共和主義を唱える馬鹿は、空気が読めないので収容所送りにしてやった。

 二週間の滞在でゴミは清掃し、ヴェスターラントの治安は向上した。

 シャイド男爵は謝辞を述べてくれた。男爵の周りに詰める人間は俺が選んだから間違いは無いと思う。

「私の夢は、この星を水と緑の惑星に変えて別荘地にする事です」

「それは凄いですね」

 惑星改造は不可能ではない。しかし長い年月がかかる。

 それまでこいつは生きているのだろうか。

 と言うか、別荘地って何だ? 分譲住宅にでもして売るのか。

 

     ◆◆◆

 

「貴様がフレーゲル男爵お気に入りの平民か」

 俺の前で偉そうにふんぞり返っている貴族。相手はコルプト子爵様。

 今、俺とラインハルトはコルプト艦隊の旗艦「ペンネ・アラビアータ」に乗っている。

 まあね、平民より貴族は偉いよ。でもこいつら高貴なる者の使命って理解してるのかな。

「お気に入りなどとおそれ多いことです。私などゴミ虫で十分です」

 艦隊司令部の幕僚として迎えてくれた事に謝辞を述べる。

「ふん。フレーゲル男爵の口添えがあったからな」

 俺とラインハルトに昇進の機会をフレーゲルは与えてくれたつもりらしい。

 俺は昇進なんてしなくても良い。前線には出たく無いんだよ。

 コルプトは、ちらりと俺の隣に立つラインハルトに視線を向けて言った。

「それで、そこの金髪の小僧は誰か」

 嫌味だ。寵姫の弟は有名で知らない者はいない。艦橋に居た司令部幕僚の視線がラインハルトに集中する。どう答えるか興味津々と言ったところか。

「ラインハルト・フォン・ミューゼルにございます。閣下」

 良くできました。

 最近はラインハルトも貴族に対する態度と言う物を学んだ様で、噛みついたりせず表面上は恭しく受け答えをしている。

「ああ、皇帝陛下の寵姫。グリューネワルト伯爵夫人の弟御か」

 そこにおれが口を挟む。

「閣下、僭越ながら閣下がミューゼル中尉に特別御配慮する必要はございません」

 本来、平民出が口を挟むなと叱責される所だが、俺の物言いにコルプトは興味を持ったようだ。

「ほう」

「こやつは小官と同輩。閣下の幕僚に過ぎません」

 それに身分卑しい身の上なので気にしないで下さいと俺が囁くと、口角をつり上げ笑った。

 精々励めと言われた。

 ラインハルトに視線を向けると小さく頷く。ラインハルトをこきおろすのは打ち合わせ通りだ。

 司令部の空気は俺が皆の前で、ラインハルトをからかう事でまとまった。

 代弁者である俺の受けは良い。それに俺が絡む事でラインハルト自身が被る被害も軽減している。

 9月26日、コルプト艦隊はイゼルローン要塞に到着。まもなくして第6次イゼルローン要塞攻防戦と呼ばれる戦いが始まる。

 任務分析は命令下達する指揮官の仕事だが、アレなので幕僚の俺達でまとめるしかない。

 俺は死にたくない。だから本気になるよ。

 総司令部から配られた作戦計画書を開く。何で紙なんだよ。分厚いし読むのに時間がかかる。

 彼我の状況、方針・指導要領の構想、兵站・人事、指揮・通信などが並んでいる。

 士官学校で習った戦術教育は状況判断の演練だった。

 コルプト子爵の様に貴族の権威だけで司令官の椅子に座る者は、目標と目的を一緒にして考える。そこをフォローするのが俺達だ。

「叛徒も懲りもせず毎回よくやって来ますね」

 味方と砲火を交わす敵艦隊をスクリーン越しに眺めながら、俺はコルプトに話題をふった。

「馬鹿だから皇帝陛下に逆らうと言う畏れ多い事が出きるのだろう」

「なるほど。さすが閣下の読みは深いですな」

 この様に上官を持ち上げる事で貴族のラインハルトに対する反感を反らして、逆に懐へ潜り込んだ。

 まず今回の目的は叛徒の軍勢をイゼルローンから追い返す事。これは例によって同じ。

 で、具体的に何をどうするかが目標だ。

 ミュッケンベルガー元帥の宇宙艦隊司令部が立てた計画書はさすが細かい。

 コルプト艦隊の位置は予備隊と言える物で、艦隊の錬度や指揮官であるコルプト子爵の能力から考えて妥当な物だ。つまり期待はされていない。

 それに対してコルプトは武勲をたてる機会が無いと切れていた。

「予備隊こそ虎の子の切り札、最精鋭です。ミュッケンベルガー閣下も、コルプト閣下に期待されているのです」

「ならば仕方ないな」

 アホを宥めるのも疲れる。

 楽に観戦で終われば良いと俺は願っていたが、ラインハルトは戦場の空気を感じて興奮していた。落ち着けよ金髪。戦いはまだ始まったばかりだぞ。

 

     ◆◆◆

 

 人は成長をする。例えば、子供の頃は野菜が苦手だったが大人になれば食べられたりする。

 食べれると食べるは別だ。誰にでも不味いと感じる物はあるだろう。

 ピーマン、トマト、ニンジン、キュウリ、大根、キャベツ、レタスetc。子供の苦手な品目だ。

 俺も今では自然と食べる様になったし、体の事を考えるなら偏食は間違いと理解できた。

 食物繊維は腸の動きを活発にするだけではない。野菜により体は維持される。

 某海賊と言いながら海賊をしないアニメで知った知識だが、大昔の帆船が移動手段だった頃に、船乗り達は食生活から野菜が欠ける事により壊血病と言う病気を発生させた。

 今では生鮮食品が手に入り野菜の摂取が推奨されている。

(だからと言って、食い合わせも考えるべきだな……)

 脂汗を浮かべながら便器に座る俺。下腹部の痛みは耐え難い。

 腹痛から意識を逸らそうと別の事を考える。

 宇宙空間で使用する兵器は異常すぎる。トイレに席を離れている間に数百の人名が失われ、戦況は大きく動く。排便された糞尿はそのまま投棄される事なく下水処理される。

 例えば慣性飛行で巨大な氷でアルテミスの首飾りを破壊したように、便が戦艦以上の質量が揃えば核攻撃並みの威力を安く安全に実現できるかもしれない。腹痛のあまり馬鹿な事を考えてしまった。

(あ、トイレを思い出した……)

 思考を慌てて切り換える。

 駆逐艦やワルキューレと言った小物でも、成層圏内で使用すると惑星を火の海に変える事が出来てしまう。レーザー水爆とか搭載してる艦が事故で墜落したらどうなるのだろうか? 放射能汚染も凄まじいレベルに達するだろう。

(鳩の糞害も問題になってるよな)

 どうも、何を考えても苦痛から免れない様だった。

「キルヒアイスさん、大丈夫ですか?」

 ラインハルトがノックをして声をかけてきた。トイレに入ってる状況を考えればわかる事なんだが、一々答えるのも億劫だ。腹痛から来る苦しさに耐えている所へ、当たり前の事を訊いてくるラインハルトの無神経な台詞。

 いらっとして久々に辛辣な言葉が出そうになるが返事を返す余裕もなかった。

 って、痛みの波がやって来た!

「うおおおお」

 

     ◆◆◆

 

 尻穴の痛みに耐えながら艦橋に戻ると敵に動きがあった。

 ふわっと鼻腔をくすぐる香水と化粧品の香りはオペレーターの物だ。

 最近の帝国軍は人的資源の有効活用から女性もどんどんと前線勤務に就いている。と言っても艦隊の司令部等に限定されるが。

「接触線から敵第5艦隊、侵入します」

 憔悴した俺に気遣わしげな視線を向けてくるオペレーターの声でスクリーンに目を向ける。

 味方の前衛に被害が出ている。

「ビュコック提督の艦隊か。あの老人を見倣いたいものだな」

 敵将は敬意に値する、と司令官は現実的な判断を下した。貴族もぼんくらばかりではないと再認識しながら俺は同意する。

「叛徒の軍人にしてはまったく惜しい人材です」

 スクリーンには両軍の展開状況が、青色の艦隊と赤色の艦隊で簡易表示されていた。

 個人端末でも見れるが大きい方が見やすい。スマホよりもPCで動画を見た方が見やすいのと同じだ。

 イゼルローン要塞の火力と言う傘から帝国軍を引きずり出す。それが敵の狙いだった。こっちにもそれぐらいは読めるし、みすみす敵の策に乗る必要はない。

「ま、こちらは動くつもりは無いがね」

「はい閣下」

 帝国軍は敵の誘いに乗らず守りを固めている。焦れる敵指揮官の心情を考えるとにやけてくる。ざまあみろと笑えてくる。

「そろそろかな……」

 俺の記憶ではこの後に、ホーランドの同盟軍第11艦隊が突っ込んで来たはずだ。

 映画やアニメと違い敵味方が派手に入り乱れる事もない。遠距離での撃ち合いは、なんて地味な戦争だろうか。

 いずれは敵地に攻め込み叛徒を征伐する。それが帝国の宿願でもある以上、イゼルローン回廊の封鎖は帝国軍が攻め込む上で望ましい事ではない。

 敵にしても帝国の打倒を掲げている以上、決まりきった舞台で両軍は戦う。

(帝国軍の損害が少ないと、フェザーン辺りが同盟領侵攻作戦とかで国力を調整しようと画策するかもしれんな……)

 ある程度の武勲をたてたら退職して田舎に引っ込む。それが俺の目標だ。

 学校は就職するために入る。同じ様に軍歴は退役後も将来を左右する。

(本当は社会に出れば学校とか関係無いんだがな……)

 経験と言う意味では在った方が良い。しかし全員が全員、金がある訳ではない。

 夢を追うのは裕福な者だけだ。貴族の後ろ楯があれば帝国では不十しない。

 ラインハルトの王朝なんて現時点ではあり得ないし、手助けする気はない。

 だから皇帝陛下の崩御で貴族同士の内戦が起こった場合、俺の平和が脅かされるだろう。ブラウンシュヴァイク公爵の陣営には頑張ってもらいたい。

「敵第11艦隊、前進して来ます」

 報告を耳にして口元が歪むのを感じた。

(勝ったな──)

 アホが自滅するのを待てば良い。味方には盾に成ってもらう。なにしろ俺達は予備隊だ。火中の栗を拾う必要が無い。「我が艦隊は敵が攻勢限界に達した所を叩く」と命令されてるので楽な物だ。


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