あの後、エーテリオンは凄まじい暴風と衝撃を放ちながら、その破壊力を見せつけることなく空へと消えた。まるで、竜巻の様に魔力が流れ、束の間、エーテリオンはその場から姿を消失させた。この辺りには海の水が少なくなり、水ばかりが辺りに絶え間なく動いているのであった。そして、残されたものはただ目を丸くし、エーテリオンと共に消えた仲間に想いを馳せ、待機するのであった。
* * *
時は過去へと。鬱蒼と茂る森の中の小屋に1人、難しそうな顔をする女性とその前にまじまじと見られる緋色の髪をした少女、そして、その光景を少し離れたところから見守る小柄な老人がその空間にいた。他に動物らしい動物は存在しない。
「酷いキズだねぇ。もう一度見える様にするのは大変だよ」
「そういわずに頼むわい。せーっかく、綺麗な顔なのに不憫で、不憫で…」
女性、名をポーリュシカといい、有数の治癒魔導士の1人である。もう1人、数少ない聖十大魔導の称号を持つ、小柄な老人、マカロフは同情した様子で緋色の髪をした少女を見つめた。
「ちょっと来なさい」
「痛っイタタっ…」
強引にもマカロフの耳を引っ張るポーリュシカに涙目になりがら、抗うマカロフも虚しく少女から少し離れたところまで連れて行かれる。一方の少女は表情1つ変えずにただ佇み、右眼を覆う眼帯を元に戻した。
「大きくなったら手ェ出すつもりじゃないだろうね」
その言葉はまだ少し優しいが、その怒りの表情はその言葉に殺意を齎す。
「ま…まさかぁ~」
「どこの子だい?」
「それが、ロブの奴に世話になってたみたいで…」
「ロブ!!?アイツ今どこに!?」
「死んだそうじゃよ」
先程まで冷静に振る舞っていたポーリュシカが興奮したのも束の間、またもや黙り込み、少女を眺め入っていた。同情と不憫という情を込めて。
「……」
一方の少女は俯くまま、無言でいるのだった。
あれから、数時間した後。小屋へと案内され、言われるがままに静かにし、されるがままに動いていた少女に巻かれた包帯が漸く解かれた。
「どうだい?」
鏡見れば、先程まで痛々しい苦痛の傷を負った右眼は元の様に戻っていた。まるで、昔の自分と対面したみたいであった。
「な…治ってる」
「見えるかい?」
「はい」
と、少女は左眼を閉じ、右眼で再び自分の顔を見直した。治っていた、治る筈がないと思い込んでいた自分の顔が蘇っていた様だ。心の積もった暗雲が静かに晴れ上がっていた。
「だったら、さっさと出ておいき。アタシァ人間が嫌いでね」
「治ってる…」
未だに信じられないのか、ずっと鏡を見つめたまま、感動のあまり涙を流していた―――が。
「アンタ…その目…あれおかしいねぇ。片方だけ涙が出てない」
その言葉に一瞬だけ言葉を失った少女だったが、急いで本を捲るポーリュシカに向き直り、満面の笑みで応えた。
「いいんです。私はもう半分の涙は流しきっちゃったから」
数時間前までは無言で一切の表情を変えることなく佇んでいた少女はまるで、別人の様な笑み。その言葉に納得したのかどうかは分からないが、ポーリュシカ一息だけ溜息を吐くと、それ以上は追及しなかった。俯いた表情は微かに暗い。
「そうかい。なら出でおいき。そうだ、序でに名前も聞こうか」
「はい、いいですよ」
そう言うと、緋色の少女は左眼だけに流れた涙を拭い、一度、顔を俯かせ、感動と謝礼を丹精込めた笑顔を創り出し、
「エルザです!」
と、言い放ったのだった。
第24話
§仲間の為に§
気付けば、そこは白世界。辺りには何も存在しない。ただ、真っ白な世界。何も無い、白だけの世界。
『ここは…!!?エーテリオンの中!?いや…違う……もっと温かくて…』
真っ白な世界に保護色の真っ白なドレスを身に包んだエルザは安らかな眠りから目が覚める。場の状況も分からず、戸惑うエルザだったが、ふと視界に入った足元に広がる光景を見、全てを悟った。
『そうか…』
そこには―――全員、黒い服を統一し、静かに言葉を出す事もせず、強い雨に打たれ続け、マカロフを先頭に葬式を行う
【エルザ・スカーレットここに眠る】
墓にはそう記されていた。
『私は…死んだのか…』
俯いたまま、涙を堪え、強い雨に打たれ続け、微動だにしない仲間たち。その者の前に1人の老人、更にその前には自分の墓があった。華麗で衰えない石彫があり、雨に負けることなく堂々と見えない耀きを放つ。
「彼女…エルザ・スカーレットは……」
強い雨に気を向けることなどせず、必死に涙を殺し、感情を殺し、俯いたまま、口を開いたマカロフの声は静かに雨音に混じりながらも反響する。
「神に愛され、神を愛し…そして我々、友人を愛しておった」
次々と言葉が雨音に混じりながら、反響する。その声と音以外、1つとして物音も、一声も聞こえる事は無かった。
「その心は悠久なる空より広く、その剣は愛する者の為に毛深く煌めき、妖精のごとく舞うその姿は山紫水明にも勝る美しさだった」
淡々と告げられるマカロフの言葉。全てが総員の心に深く、重く、刻み込まれた。
「愛は人を強くする。そしてまた、人を弱くするのも愛である」
だが、これを境にマカロフの声が震え出す。このまま、過ぎ去っていいのか、このまま、自分が告げ終われば、彼女は―――本当に二度と―――逢えなくなってしまうのではないか、と。
「ワシは……彼女を本当の家族の様に………」
そう思うと、涙が溢れ出し、止まる事を知らなくなった。幸いにも雨が涙を見せまい、と降り続ける。しかし、我が泣けば、皆が泣く。必死に堪えていたのだ、マカロフは感情を押し殺して、最期の言葉を告げた。
「彼女が…安らかなる事を祈る…」
直後、評議員の面々が衣装と統一し、罪悪感という雰囲気を漂わせながら、静かに墓へと歩ませた。
「魔法評議会は満場一致で空位二席の一つを永久的にこの者に授与する事を決定した」
オーグを筆頭に、それぞれの評議員の者達が現れ、淡々と事を進める。
「エルザ・スカーレットに聖十大魔道の称号を与える」
石彫と墓の前でそう宣言したオーグが俯き、祈りを捧げた。それに連れて次々に祈りを捧げる面々―――と、次の主幹である。
「ふざけんなァァっ!!!」
一際大きな叫び声が葬式をするこの暗い空間に響いた。その声に全員が愕き、振り返る。
「なんなんだよみんなしてよォ!!!」
そこにはいつもの格好で怒号を上げるナツがいた。雨に濡れながらも、震えることなく全員の気持ちを揺さぶる。
『ナツ……』
その態度と怒声にエルザが不甲斐ない目線で暴れるナツを見る。
「こんなもの!!!」
「よさんかぁ!!ナツゥ!!!」
ナツが暴れ回り、人々を退けて、飾られた華麗な花々を蹴散らす。そのナツの行動に本心では思い切り同意したい。だが、現実はあまりにも残酷だ。
「ナツ…やめて…」
「テメェ」
「エルザは死んでねぇ!!!」
ナツの気持ちが大きくなり始め、やがて、全員の気持ちを大きく揺さぶり始める。
「お願い…だから…止めてよ、ナツ」
優しく声を掛けるのは―――リーナであった。
「もう…やめて。お願い……だから。皆、信じたくないの、苦しいの、エルザさんが死んだなんて認めたくないの。だから…お願い」
涙声でそう優しく声を掛け、リーナがナツの後ろからそっと音も立てずに抱き付く。
「もう…やめて」
雨の寒さを大いに勝るその優しく温かな声に一瞬、ナツが止まる。総員は気持ちをその言葉に揺さぶられ、涙を流し出す者もいた。
「止めろっ…だったら、オレはエルザを信じる!!!エルザは死ぬ訳ねえだろォォオ!!!」
リーナを乱暴に退かし、ナツが再び声を荒げる。そして、一斉にメンバー達が駆け寄り、荒ぶるナツを止めに入る。
「現実を見なさいよォォォッ!!!」
溜まった感情を叫び出すルーシィ。それを境に全員の涙が、溢れ出しそうだった大粒の涙が雨に混じりて流れてゆく。
「私だって…私だって、信じたくないよぉ。エルザさん…帰って来てよぉ!!!嫌だよ…お願いだから…また笑って下さいよ…」
大粒の涙を流し、震える声でそう言いながら、ずぶ濡れの地面に座り込み、泣き崩れゆく。
「放せぇぇぇえっ!!!エルザは生きてんだァ!!!!」
じめじめと薄ら寒いわびしい様な雨に混じって、涙が地面へと流れゆく。その流れた涙の分だけエルザには罪悪感が溜まり、次第に左眼の涙となって流れゆく。自分の希望は行動は目的はこんな未来ではない。心の底から否定した。
懺悔。
陳謝。
哀哭。
『私は…ナツの…リーナの…みんなの未来の為に……なのに…』
エルザの左眼に涙が篭る。
『これがみんなの未来…』
慟哭する仲間たち。
『残された者たちの未来…』
号泣する仲間たち。
『頼む…もう泣かないでくれ…私はこんな未来が見たかったのではない…私はただ皆の笑顔の為に……』
もう見てられない。共に笑い合い、泣き合い、怒り合い、ぶつかり合った親愛なる仲間たち。だが、もう二度とその仲間たちと会えることは許されない。永久に笑い合えず、泣き合えず、怒り合えず、ぶつかり合えず、顔を合わせることさえ―――不可能になった。昔の自分はどんなに幸せだったことか。
全力でエルザの死を否定するが、大粒の涙を流すナツ。
泣き崩れ、両手で顔を覆い、座り込むリーナ。
空を仰ぎながら、号泣するハッピー。
グレイは腕で顔を覆い、そのグレイに抱き付く構わず泣くルーシィ。
涙を必死に拭いながら、俯くレビィ、そしてその泣き顔を見せまいと隠すジェット、その後ろで泣き喚くドロイ。
拳を強く握り締め、俯きながら静かに涙を流すマカロフ。
全て、自分の守りたかった仲間たち。未来の為にとその仲間たちを残し、自ら天へと旅立った。
流れゆく涙。
降りゆく雨。
死にゆく我。
願った。夢であってほしい、何度も何度も。
思った。これからの人生どうすればいいのか。
望んだ。また聞きたい、あの懐かしい家族の声を。
また聞きたい「ただいま」と。現実を受け入れたくないと喚く者は笑って見られそうだ、だが、とても受け入れられない。だが、現実は残酷なのだ。
もういない、のだと。
夜空が広がり、月光が闇を払い除ける鮮やかな夜―――エルザは静かに目を覚ました。
「ここは…!?」
呆然としていた。彼女の背中はいつの間にか、冷たく、耳には水音が弾ける音が聞こえてきた。
「「「「エルザぁあぁあぁぁあぁぁぁ!!!!」」」」
全員の言葉が一斉に混じって聞こえる。訳が分からぬまま、静かにその音源へと目を向けた。
「良かったぁ!!無事だった!!!」
「どんだけ心配したと思ってんだよ!!」
「姉さぁぁあぁん!!!」
「ど…どうなってるんだ?」
自分には手があり、足があり、身体があり、そして―――存在が、生命がある。その事に問い詰めた。だが、答えは直ぐ傍にあったのだ。
「私は……」
自分を抱え、押し黙りながら、月光を背景に佇むナツ。その背中には疲れ切ったリーナが背負われていた。過労からか、ナツの肩に乗ったその顔は寝顔の様であった。安らかに、しかし、安堵の笑みを浮かべて。
「ナツ…お前が私を?でも…どうやっ………」
そう問うエルザだったが、静かに言葉を失った。押し黙るナツは虚空を見るだけで、エルザや仲間や景色を眼中に入れていない。
(あの魔力の中から私を見つけ、リーナと共に救っただと?な、なんという男なんだ…)
エルザの思考が途切れたのはその直後であった。突如として、重力の法則に逆らっていた自分は急速に落下し、水の上に飛沫を弾かせながら、水面に落ちる。
「同じだ…」
「え?」
ナツの脳裏にはエルザの言葉が浮かび上がっていた。
『私は…
ナツの言葉に首を傾げ、ナツはエルザの言葉を脳裏に浮かべながら。
「二度とこんなことするな…」
「ナツ…」
エルザが謝罪の言葉を出そうとした直後、ナツがそれを言葉で静止させた。
「するな!!!!」
「うん」
というエルザの応答が静かに発せられ、また続く。
「ナツ…ありがとう」
ナツの頬にはいつの間にか、涙が伝っていた。その涙は青空より綺麗で蒼海より輝くものであった。
(そうだ…仲間の為に“死”ぬのではない。仲間の為に“生”きるのだ)
その時、流れぬはずのエルザの右眼から―――
(それが幸せな未来につながる事だから…)
―――涙が流れた。
* * *
エルザは昔の仲間であるショウ、ウォーリー、ミリアーナに妖精の尻尾《私達のギルド》に入らないかって紹介したいみたい。その時、ジェラールの声が聞こえた気がしたんだって。エルザはその時思った事を恥ずかしそうに私にだけそっと話してくれたの。
それはあの塔の爆発を防いだのはもしかしてジェラールかもしれないって事。あの時、ゼレフの亡霊から解放されて、昔の優しいジェラールに戻ったのね。そして、エルザの代わりにエーテリオンと融合して魔力を外に逃がしたの。
だからエルザの体は元々、分解なんかされてなかったって説。確かにそう考えるとけっこう辻褄が合うんだよね。だって分解された人間をナツが見つけんのよ。っていうか、どうやって元に戻すの?
けど本当にジェラールがあの時、昔の自分に戻れたとしたら、なんか可哀想だな。ジェラールだってゼレフの亡霊の被害者だもんね。
後ね、ナツがエルザを助け出したって言ってたけど水晶に入ったエルザを出したのはリーナだったらしいの。そんな引っ張り出して、気絶したリーナとエルザをナツが救い出したって。スゴイよね。今日の朝もちょっとその話をしててね。ちょっと紹介するよ、“お母さん”。
と、ルーシィは手紙に記していくのであった。
* * *
高笑いが響く高級ホテルの一室で。
「そういえば、リーナもジェラールと戦ったんだよね?」
「うん、そうだよ?何で?」
「だ、だって、ジェラールって人、とても強いんでしょ?リーナちゃん、なんかすごいなぁ…って」
ルーシィの問い、すんなりと答えるが実際にリーナはあの聖十大魔道の称号を持つ者と戦闘しているのである。しかも、こうして、生き延びているのだ。
「でも、実際にスゲェことだよな」
グレイがそうやって呟くが、リーナは「何もしてないよ~…」との自分は弱いとの一点張りであった。
「そういえば、気になる語があったな…
「あ、それ!!オレも聞いたぞっ!!」
飛び跳ねるようにして起き上がったナツは唐突にそう叫んだ。
「起きるの早っ!!?」
すかさず、ルーシィのツッコミが飛ぶ。
「ほっとけ、相手するだけ無駄だ。なぁ、食物連鎖野郎」
「くかー」
「また寝たー!!!」
ナツは一瞬にしてまた身体を倒し、寝た。一瞬だ。その光景にハッピーが目を丸く、大きくして叫ぶ。そして、事は本題へと道を訂正した。リーナが「あ、それは…」と説明の切口に入った。
「元々は私のこの膨大な魔力は母さんから授かった魔力で何故、母さんにこの魔力が宿ったのかとかは私も知らされてないの。天の魔力持つ者って簡単に呼ぶ人もいるけど、本当の言葉で言えば、
淡々と事を進め続けるリーナの言葉一つ一つを聞き、ごくりと生唾を飲み込む。一同。
「天の魔力っていうのは、言ったら、
「歴史を塗り替えるだぁ!!?オイオイ…魔法じゃねぇだろソレ…」
「それじゃあ、昔のオイラを魚塗れにしてよ!ねぇ!」
「うるさいわね、出来る訳ないでしょ。黙ってないと、ひげ抜くわよネコ科動物」
「続きを聞こうか」
「うん」とだけ言うと、少し間を空けてリーナがまた口を開いた。
「その
「
と、ブツブツ呟きながら、顎に手を添えるルーシィは難しい顔をする。そんなルーシィを見たグレイが締めくくる様に言葉を告げた。
「何がどうあれ…リーナはリーナでいいじゃねーか。神とか天空とかどうだって構わねぇ。いつもの笑うリーナだ。これからもな」
「そうね…リーナちゃんはリーナちゃんだし!!」
「うぱー!!」
「んごぉぉおお」
「まったく…」
そうして、話は締めくくられ、リーナが満面の笑みで応えたのだった。
「うん!!ありがとう!!!」
と。