楽園の塔付近の海に浮かぶ一艇の船は不特定に揺れていた。そのしかし、その船はひっくり返り、その船の周囲には人はいない。まだ微かに波が荒れていた。
エーテリオンが落とされた。この周辺全てが光によって包まれ、いつの間にか、巨大な
「な…何……アレ…」
「外壁が崩れて…中から水晶…?いや、
「ねえ、無事…だよね。ナツも、エルザも、リーナも、シモンって人も……」
爆発的な衝撃波に巻き込まれた現状からして、中には凄まじい被害が出ていると考える事が妥当だ。ルーシィの不安も当然の事である。
「Rシステムだ」
先程まで黙って見ていたショウが唖然とした表情で呟いた。
「何!?完成したのかぁ!!?」
「って…事は、まさか、ゼレフが復活するの!!?」
「作動してる」
ミリアーナが座り込んだまま唖然としながら、その塔を眺め入っていた。
「分からない、オレ達だって作動してるのは初めて見るんだ。でも…間違いない。何かが起こるんだ」
ショウの『何かが起こるんだ』その言葉に全員の不安が積もり、更なる沈黙が続いた。
(ナツ…リーナ…エルザ…無事だよね?)
ルーシィは胸元に手を当て、そう祈るのみであった。その手の甲に印された
* * *
「ジェラァァアアァル!!!」
場所はうつり、塔の内部。その頂上。エルザの吼えた大声が反響し、大きな剣が振り落された。しかし、大きな剣は水晶を破壊するのみで空を切っただけである。目標のジェラールは既に回避を終え、手を翳していた。
「うっ…!!?な…何だこれは!!?」
エルザの右肩甲骨部分が急に痛み出し、やがて、自由を奪われる。大きな剣は手から離れ、別空間へと戻った。
「
エルザの肩甲骨につけられた禍々しい紋章はやがて、エルザの身体中に這い回り、呪術の様にエルザの実動きを封じた。
「体が…動かん!!」
「Rシステム作動の為の魔力は手に入った。あとは生け贄があればゼレフは復活する。もうお前と遊んでる場合じゃないんだよ、エルザ。この
そう言うと、身動きの取れないエルザを片手で突き飛ばし、
「偉大なるゼレフよ!!!今ここに、この女の肉体を捧げる!!!」
まるで両腕で世界の規模を教えるかの様に広げ、そう大音声を響かせた。その後、全体が揺れるのではないか、と思えるほどの膨大な魔力が動き出す。
「ジェラール……」
段々と体が水晶へと呑まれていくエルザは抗うのを止め、目に涙を少なからず浮かべた。
「ジェラァァアルゥゥ!!!」
まるで、断末魔の様な叫び声が木霊する。だが、ジェラールの表情は一変もしない。
「おっと」
突如として姿を現したのは――――ナツであった。呑まれるエルザを引っ張り出した。
「ちっ、食らえ!」
ジェラールが突然、手を翳し、魔力をかき集めた光の球体を放った。衝撃波が辺りに散る。砂煙が舞う。
「危ないわね」
砂煙から姿を露にしたのは手を広げ、目前に天使の様な翼を重ねた魔法を創り出したリーナであった。重ねられた二枚の翼でジェラールの魔法を防いだのである。
「エルザさんは
「渡さねーぞ」
「ナツ…リーナ」
ナツはエルザを抱えたままその場に座り込むとエルザを床に伏させ、その表情をうえから静かに見下ろした。一方、リーナはジェラールと対峙している。
「な~にしてんだよ。早く帰って仕事行かねぇと今月の家賃払えねぇぞ」
とナツは言う。その後、ルーシィが、と付け足した。エルザは一瞬、安堵と安らぎの笑みを浮かべると共に頷いた。
「ス…スマン。体が動かなくて……」
胡坐をかきながら、聞くナツの表情が一瞬変ったかと思えばいきなり、「ほ~う」と言うなり、エルザの脇をくすぐり始めた。
「や…やめっ」
か弱い声が静かに聞こえる。ナツのくすぐりによって零れた声である。その行動をリーナが言で静止させると共に気を取り直したエルザが言う。
「ナツ…リーナ。今すぐここを離れるんだ」
「やだね。お前が無理なら代わりにオレがやってやっからさ」
「そーゆーこと。因みにオレじゃなくて私達ね」
と、リーナが背を向けながら付け足す。
「よせ…相手が悪い。お前はアイツを知らなすぎる。
「知らなきゃ勝てねぇモンなのか?」
「さぁ、やってみれば分かるんじゃない?」
すると、エルザの左目が潤いはじめ、ついには涙を流した。そのエルザの顔はあまりにも不思議で幻想的で、なにより、辛かった。普段見せるあの勇ましい威圧はもうここにはない。か弱い不憫な儚いものに過ぎない。ナツの表情が一瞬、変わる。
「よっ」
「な…何を…」
「エルザ、オレもおまえを全然、知らねぇ」
エルザの顎を自分の肩に乗せ、抱き上げるとそのまま、自分に凭れかかせたままそう言い始めた。その言葉に疑問を抱いたエルザが言葉を発しようとした時。
「けど勝てる!!!」
「がっ!!」
そう叫ぶと何とエルザの腹部に拳を一撃喰らわせたのだ。たった一撃でエルザは気絶し、ナツはエルザを再び寝かせる。
「噂以上の傍若無人ぶりだな」
「反論できないけど…」
と、リーナが微かに呟くがそれは全くもって二人の間には聞こえてはいない。
「エルザが…泣いてた」
「私は泣いていたエルザさんなんか見たくない。強くて格好いいいつものエルザさんが大好きなんだ」
「凶暴なら凶暴で格好いいなら格好いいで強いなら強いでいいじゃねーか。それをテメェはぶち壊した」
「分かってるわよね?」
二人の間に僅かながら殺気が漂う。だが、ジェラールが怖気づいた様子は一切ない。
「
「いつものエルザでいてほしいから…」
「私が!!!!」
「俺が!!!!」
二人の呼吸、感情、目的全てが調和する。
「「戦うんだ!!!!」」
言い放った二人の言葉は更なる威圧を生み出し、一斉にジェラールへと圧し掛かる。だが、一切の反応も見せないジェラールは挑発する様に手招きし、こう告げる。
「面白い。見せてもらおうか、ドラゴンと
次の瞬間、鐘も撞鐘もないが瞬く間にナツが駆け出し、その後をリーナが即座に追い始めた。静かな激突であった。だが、決して聴覚には聞こえない興奮が互いに衝突し、ただならぬ威圧感を放ち合っていた。その威圧感はこれから起こる物凄まじい人智を超越した戦いになる事を静かに物語っていた。
第22話
§天に舞う竜§
「うぉおぉぉおおぉっ!!!」
一瞬にして距離を詰めるナツが雄叫びを上げる。その後をリーナが魔力を高めながら必死に駆け出す。ナツの前髪が向かい風で逆立ち、距離を増す。右手に炎を纏い、一気に殴りかかる。
「らぁ!!」
だが、その拳は空を切り裂いた。しかし、直後を追い詰めていたリーナがジェラールの腹部へと接近し、両手をその腹部へと押し付けた。両手に光が集中する。
「
かき集めた光を玉へと変形させ、無距離から放つ。腹部へと炸裂した光の玉をジェラールを後退させる。ジェラールが直ぐに顔を上げるが、目前にはリーナの姿がなかった。
「ん…?」
「うぅぁああ!!」
懐へと入り込んだナツは跳躍し、その勢いを足に乗せて蹴り上げる。勿論の事、ジェラールは重力に逆らい、宙へと上がる。即座に地面へと水晶の床へと踏み込んだナツが一気に宙へと飛ぶ。拳を振り下ろし、地面へと叩き付けた後、顎へと拳を激突させる。
「だぁっ!!」
再び宙へと舞い上がったジェラールのさらに上へと跳び上がったリーナは両手をジェラールへと伸ばし、標準を定め、両手に魔力を集めた。光が渦巻き、集結する。
「
光の球体―――先程放った球体を上回る大きさの光の球体が手から離れ、大砲の如く撃ち出された。ジェラールとリーナの直線上にいたナツに被害が及ぶと思ったが、ナツはいなかった。既に移動している。これも、信じられる者同士ができる連携である。
「まだだァ!!!」
ナツが咄嗟に飛び込み、ジェラールの腹部へと拳を突き出す。更に脚、拳、肘、頭で激烈な追撃を繰り出し、徐々に押していく。そして、大きな動作を加えてナツが動く。
「火竜の翼撃!!!」
両腕の炎を翼に見立てて、ジェラールへと一撃をくらわす。更に。
「と」
両脚に炎を纏う。左足の炎を燃え上がらせ、その勢いで跳躍、直後、舞い上がった状態から右足を思い切り振り落した。
「…鉤爪!!!」
全くもって素早い攻撃である。瞬く間にジェラールは水晶の床へと転がる。ナツはその姿を捉えながら、叫ぶ。
「リーナ、行くぞォ!!!」
「うん!!!任せて!!!」
互いに魔力を高めだし、ジェラールを視界に捉える。狙いを定め、神経を研ぎ澄ませる。そして、全てを爆発させる。
「火竜の咆哮!!!」
「
リーナの創り出した無数の光り輝く天の魂がナツの物凄い程に砲火した炎を飛来する。その量は増し、やがて、その閃耀までもが炎を光らせた。やがて、光り輝く紅と金の混じり合った炎がジェラールを呑み込んだ。物凄い衝撃波が散り、爆煙が舞う、だが。
「それが本気か?」
ほぼ無傷のジェラールは屑を払い落としながら、そう言い放つ。確かに服は破れたが、ジェラールに傷らしい傷は見当たらない。しかも、服はほぼ自らが破いている。
「この手で消滅させちまう前に一度、
ジェラールは挑発を加えた言葉を放つ。ナツはまんまとその挑発に乗って掛かり、食い付いた。
「なんだとォォオ!!!」
「バカっ!!!ナツ、止めなさい!!」
リーナの静止も無視にナツは一目散に飛び掛かっていく。その動きはあまりにも単調で見切りやすいものであった。
「よくも儀式の邪魔をしてくれたな。オレの“天体魔法”のチリにしてやるぞ」
直後、ジェラールの全身が黄金の光に包まれた。
「
次の瞬間―――ジェラールの姿が消えたと思えばナツの背後に回り込み、ナツの背中を殴打していた。
「うがっ」
即座に振り返ったが、その姿は消えていた。いや、超速で移動している。ナツが驚愕している時、リーナが必死に駆け寄ろうとするが。
「えっ!!?」
目前に迫っていたジェラールがその勢いを利用して痛々しい膝蹴りを繰り出してきた。顔面にその膝を食らったリーナは悲鳴を上げる暇もなく、少なからず吹っ飛び、床へ横臥した。
「うぅっ…!!」
「リーナ…ぅぐあ!!!」
倒れ込むリーナに向けて心配したナツだが、腹部に数発蹴りを食らって吹っ飛ぶ。更に頬に拳を数発食らって追撃を受け、よろよろと後退する。心配している暇などない。
「ヤロォ!!!」
ナツががむしゃらに殴りかかったが、ジェラールは悠々とした表情で避け、後ろへと回り込んで後頭部に蹴りを入れる。
「くそ!!速すぎる!!!」
「目で追っちゃいけないわ!!!」
「あぁ!!」
ナツは神経を研ぎ澄まし、目を閉じる。集中する為である。一方のリーナは魔力を蓄積し、その時を待っていた。
「臭い…感覚…音…動きの予測…集中!!!」
段々と呟いたナツが駆け出しながら、視覚以外の五感を使い、敵を見つける。
「集中」
ナツの頬に汗が伝う。嗅覚、感覚、聴覚が現実と合致する。後ろ。
「そこだ!!!」
「今っ!!!」
リーナもナツの声と視線に合わせて、その方向へと光の球体を撃ち出す。そこには僅かにしか見えないが邪悪に微笑むジェラールの姿があった。当たった、と思ったが。
「まだ速くなるのか…!!?」
「嘘!!そんな…!!」
「お前たちの攻撃など二度と当たらんよ」
そんな声が辺りから何度も反響する様に聞こえる。超速で移動している為、そう聞こえるのだ。
「ぐあぁぁああっ!!!」
「きゃあぁああっ!!!」
ジェラールは台風の風の様にナツとリーナの周りに常に動き回り、激しい猛攻を繰り出す。二人の悲鳴が木霊する。
「とどめだ。お前たちに本当の破壊魔法を見せてやろう」
上昇しつつ、そう言い残したジェラールは更に遠くの夜空へと飛び上がる。そして、ピタッと上昇を止め、両手をナツとリーナへと添える様に伸ばす。
「七つの星に裁かれよ」
「マズイ…!」
「うぐぅうあぁ…おりゃぁ!!」
必死に動作でリーナを抱え上げ、ナツがリーナを投げ飛ばす。リーナは従うままにその場を離れ、手を伸ばしながら直前までいた空間に叫ぶ。
「ナツぅぅうう!!!」
「
直前までいた空間に七つの光が降り注ぐ。強大な爆発と共にリーナの悲鳴は掻き消され、爆風が襲う。ナツの悲鳴すら聞こえない。爆風に吹き飛ばされたリーナは床を転がり続けた。
「隕石にも相当する破壊力を持った魔法なんだがな、よく体が残ったもんだ。それにしても少し派手にやりすぎたか。これ以上、Rシステムにダメージを与えるのはマズイな。魔力が漏洩し始めている。急がねば……なあ、エルザ」
そう言うと、着地したジェラールは倒れ込むエルザへと目を向けた。近寄ろうとする、直後、叫び声が反響する。
「許さない!!!」
「なっ!!?」
いつの間にか、倒れたはずのリーナが切迫し、強大な魔力を集結させていた。この距離では避けるどころか、防御も間々ならない。
「ハアァァァアアアア!!!」
リーナの全身へと光が集結する。黄金の耀きを放ち、強烈な閃光へと化す。眼を開いてはいられない、とジェラールは腕で目を覆い、堪らず目を瞑る。魔力が激昂し、水晶の床が小刻みに震え出した。
「三大天空魔法陣」
詠唱が続く。リーナの目前に巨大で複雑な黄金の魔法陣が三つ重ねて展開する。そして、魔力が爆発的な上昇を遂げる。
「
「ごはッ…ああぁぁあっ!!!」
三大の天空魔法陣を貫いた巨大な閃光する剣が凄まじい衝撃と共にジェラールへと突き抜けていく。明るい光を螺旋状に纏いながら、風を貫き抜け、大幅に水晶で出来た床を削り取っている。直後、巨大な幾つもの突起のある水晶へと衝突し、強烈な衝撃波を撒き散らしながら、大量の塵共に魔法は止んだ。
「ハァ……ハァ…ゼェ…ハァ……」
肩で息をする。目立つ傷はないが、かなりの疲労が見られる。覚束ない足取りで立っている。立っているのが、やっとの様子であった。
「くく…流石は
煙から現れたのは口角から流れる血を拭くジェラールであった。目立つ創痍はその体にはない。
「…だが、その魔力。制御しきれていない様だな。その証拠にオレにそんなにダメージはない。だが、貴様の魔力は膨大に減少している」
「ハァ……まだ…くぅうぅ!!」
膝を折り、手を付いたリーナは必死に戦意を見せる。その表情は衰えない。だが、体力にも限界というものがある。気力で無限になるなど不可能なのだ。
「ハァ…フゥ……まだ戦える!!!」
「ふっ…もう貴様に用は無い。消えろ」
そう呟くと、ジェラールは素早い手捌きで詠唱を唱えることなく、魔法を放つ。
「あぁあっ!!!」
その魔法を真面に食らったリーナは必死に堪えながらも力尽き、意識の途絶が訪れる。その場に力無く倒れ込み、静かに塵を舞い上げた。その後、微動だにしないリーナを認めたジェラールが振り返り、エルザへと向こうとした、その時だった。
「うぉおらぁぁあああぁぁあぁっ!!!!」
「なっ―――ぐべぇぁ!!!」
必死に立ち上がり、一瞬で間合いを詰めたナツの拳がジェラールの頬へと炸裂する。ジェラールは宙へと舞い上がり、激しく回転しながら、水晶の床を転がり滑り、少し大きめの水晶へと塵を舞わせながら激突する。
「この塔…つーか水晶か?壊されちゃあマズいんだろ?」
塵から立ち上がったジェラールは少しよろめきながら、しっかりとした足取りで立ち上がった。そして、ナツへと目を向ける。
「運が悪かったな!!!」
「よせ!!!」
ナツは思い切りジェラールの想いを踏みにじるかのように床へと拳を叩き付けた。拳には穴が穿たれ、削られる。
「壊すのは得意なんだ。
ナツはそう言い放ちながら、野獣の様な威圧感を常に放ち、立ち上がる。
「燃えてきたぞ!!!今まで最高にだ!!!!」
「このガキがぁぁぁぁ…」
ジェラールの表情が怒りへと変わる。先程までの冷静な雰囲気は無くなっている。完全に怒りの形相だ。
「一瞬で終わらせてやる。立ち上がったことを後悔しながら…地獄へ行け!!!」
「しぶとさには自信があるんだ。やれるモンならやってみやがれ」
互いに強気の発言をぶつける。そして、視線が火花を散らすほどにぶつけ合っていた。沈黙の刹那、ジェラールは魔法を放つ。
「つぇあっ」
黄金の刃を幾つも放つが、ナツはそれを単調な動作で躱し、側転してまた躱す。ジェラールはその隙を狙って構えを取った。ナツはその光景を捉えている。
「来いやぁ!!!」
ジェラールはお構いなしに魔法を放つ。電気の様な音と共にナツへと魔法が衝突する。ナツは両腕を交差させ、必死に堪え、やがて。
「だぁっ!!!」
魔法を気力と力だけで掻き消した。その非常識な行動にジェラールは目を疑う。その頃、エルザが音を聞きつけて起きているのはまだ二人は知らない。
「どうした?塔が壊れんのビビッて本気が出せねぇか?ぜんぜん、効かねぇな……」
「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞガキがっ!!」
再び魔法が放たれ、ナツを吹き飛ばす。
「ぐはぁ」
「ナツ!!!」
エルザが叫び、ナツが床を転がる。その姿をジェラールは僅かにナツから目を逸らしてエルザへと目を向けた。ナツは転がりながらも器用に少し体勢を立て直す。床を蹴って、僅かに床と自分の間を作った。そして、両手を絡め、1つの拳へと化す。
「火竜の…煌炎!!!」
攻撃する訳も無く、水晶の床へと強力な魔法をぶつけた。床が豪快に砕け、魔力の漏洩を促す。
「あいつ…塔を…」
ナツの行動にとうとう激怒したジェラールの顔に血管が浮き上がる。魔法と怒りが膨れ上がった。
「貴様ァ!!!許さんぞォ!!!」
ナツが立っているのもやっとだと、気付いたエルザは心配の声を心の中で呟く。次の瞬間、自分が僅かだが、風に押されているのに気が付いた。
「うわっ」
「くっ」
影が逆の方向へと伸びていく。何度も不思議で奇妙で不気味な光景である。
「何だこの魔力…気持ち悪ぃ!!!」
「この魔法は!!!」
「無限の闇に堕ちろォォ!!!ドラゴンの魔導士ィィ!!!」
突如として叫んだジェラールは魔力を一点に集中し始めた。その時、ある者が駆け出す。
「貴様に私が殺せるか!!?ゼレフ復活に必要な肉体なのだろう!!?」
「ああ…しかし、今となっては別におまえでなくてもよい」
そう言って魔法の進展を促す。ジェラールの頭上には巨大な絶望の塊が仕上がっていた。不気味な雰囲気を放ちながら、邪悪な魔力を生み出す。その巨大な球体には僅かに星の様な光が見えた。まるで、球体の中に宇宙がある様だ。
「エルザ!!!退け!!」
「お前は何も心配するな。私が守ってやる」
そう言うエルザの表情は自信が篭った微笑みだった。だが、ナツにはその表情は窺えない。焦りが増すばかりだ。
「やめろォォォォオオオ!!!」
ナツの断末魔の様な叫び声が夜空へと舞い上がる。
「天体魔法!!!
刹那、全てが闇に呑まれた。ナツの断末魔、魔法の轟音、水晶が砕け散る爆音、永遠の一瞬が過ぎた頃、目前に立っていた者に全員が驚愕した。
「シモン…」
そう―――そこには偉大に立ち塞がり、ナツとエルザを生命の炎を投げ出して、庇う者―――両腕を死に物狂いで広げる―――シモンの姿があった。