とは言え、全編ぶっ通しっで暗い話をするつもりは無いのでしばしの間我慢していただきたいです。それでは、本編をどうぞ
NARUTO~行商人珍道中~
6.5 ハクと白
森、小鳥たちが囁く緑の森に二人分の影がユラユラと揺れていた。一人は、長身の若い男。顔の下半分を包帯で巻き、素顔を見せない様にしており、その背には巨大な出刃包丁に似た刀を背負っている。
もう一人は、彼の肩にまるで米俵を担ぐようにして、適当に持たれている、意識のない少女。その身は、酸化し黒く変色した血に汚れており、乾ききっていることから、相当前に付着したものだと思われる。
彼らの雰囲気は尋常なモノでないことが見て取れる。例えを出すとすればそう、殺人犯と誘拐されている少女という表現が適切か。
ハクが目が覚めると、誰かに米俵のように担がれている事に気が付いた。
――――アマミヤさん……はこんな運び方はしない。それ以前に、アマミヤさんは、きっともう…………。でも、それでも約束してくれたんだ、迎えに来てくれるって。だから……。
悲しみに涙を浮かべそうになるが、グッと目に力を入れて、泣き出すことを我慢する。アマミヤさんは嘘を付いたりする人じゃない。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて、泣くのをこらえる。
ふと、上下に揺れていた動きが止まっていることを理解する。
「餓鬼、目が覚めたのなら、自分で歩け」
底冷えするような、ドスの利いた籠った声でぶっきらぼうに話しかける男を見て、一瞬強張ったかと思うと、瞬時に身構える。
「ぉ、まえ、お前ェええええええええッッッ!よくも、アマミヤさんをッ!離せッ!殺してやるッ」
パキパキとハクの体中から白く冷気を纏ったチャクラが吹き出す。
「ハァ、またそれか、いい加減芸のない奴だ」
「黙れェええええええッ!」
鋭く尖った氷の杭が再不斬へと殺到する。が、それは軽く手を振り払う動作だけで消し飛ばされてしまう。
「嗚呼ぁあああああああああああッ!」
しかし、ハクは負けじと更に薄く鋭く、千本に返し針を付けたような氷の杭を数百に届くかという位の量を周囲に漂わせ、一斉に掃射した。ヒュンヒュンと連続的に風切り音が続き、再不斬は串刺しにされた。……かのように見えた。
ボフンという間の抜けた音と白煙が立ち込めるとともに串刺しにされた再不斬だったモノは雪のように白いウサギへと姿を変えた。
変わり身の術である。自身とそのほかのモノとを入れ替える初歩の忍術の一つで、忍者であれば殆どすべての人間が使用する事の出来る。非常に使用頻度の高い術の一つである。だが、そんなモノの存在を知らないハクは、突然雪うさぎに変わった再不斬を見て、驚愕の表情を浮かべる。
何故、どうして、自身が攻撃したものは確かに再不斬だった筈。混乱しているハクは後ろに現れた、再不斬に気づくことはなく、そのまま蹴り飛ばされた。十メートルは飛ばされただろうか?途中、生えている草木の葉や枝によってあちこちに切り傷を作っていく。そして、ゴロゴロと転がり、太い木の幹に激突する。
かはっと肺から息を吐き出す。それに多少の血が混じっていることから内臓のどこかを傷つけたことを理解する。
「はぁ、はぁ……どうして、ちゃんと当たった筈なのにッ」
訳が分からないと言った様子で困惑しているハクに再不斬はそんな事も知らないのかと、嘲笑いながら説明する。
「俺達忍者ってのはな、チャクラを使うことで色々と現象を引き起こすことが出来んだよォ。その中の一つに変わり身の術ってのがあってなァ……こんな風に別の何かと俺自身を入れ替えることが出来んだよォ」
そういって、先ほどハリネズミのごとく串刺しにされた雪うさぎを手にしながら、ハクに高説垂れる。
「あーあァ、こりゃあダメだなァ、完全に死んでやがる。ホレ、初めて自分の意志で殺した感想はどうだァ?」
ニヤニヤと目元を歪めながら、ハクの目に入る様にと串刺しにされたウサギを投げ捨てる。
「ぁ、嗚呼……ボ、ボクが、こ……ろした?…………ぅ嗚呼ああああああああああああああッッッ」
再び、暴走。ハクを中心として、氷の剣山がハク護るかのようにハクを中心として円形状に生える。
「ボクが、ころした、殺した、コロシタ、父さんを村のみんなを……ち、違うッちがうッボクはッボクのせいじゃ……」
「いいや、お前が殺したんだ。お前の意志でなァ……母親を殺されて憎かったんだろゥ?恐怖の眼差しで見られて恐ろしかったんだろゥ?お前はオレと変わらない、人殺しだァ」
「違うっ!ボクはお前なんかとは……」
「違わねェなァ、お前は立派な人殺しなんだよォッ!普通の人間ってやつはよォ、人が目の前で殺されたら、委縮して動けねェかどうやって逃げだそうかと考えるモンなんだよォ。だと言うのに、お前はどう行動したァ?……そうだ、オレ様を殺そうとしやがったんだよなァ?それも、明確な殺意を持ってなァッ!」
「ち……がぅッ!ボクは…………お前なんかと。ぅうううう」
意地でも、己は人殺しなんかじゃないと認めようとしないハクへ、ついに聞いてはいけない言の葉が投げかけられた。
「あの男も、お前みたいな奴と旅をしなくて良かったかもしれねェなァ。お前なんかと一緒に旅をしようものなら、いつ、人を殺すか冷や冷やしながら日々を暮さなきゃいけねェんだから、引き取ってやったオレ様に感謝してもらいたいもんだ。クックックック」
「そ、んなことは無いッ!アマミヤさんはそんな人じゃないッ!ボクを助けてくれたあの人は、太陽みたいに暖かくて優しい人なんだッ!」
「嗚呼、優しくて、甘っちょろくて、この桃地再不斬様に一刺しにされてくたばったバカな男だ。まさか、霧の忍者が依頼以外の約束事を守るなんて思っているような甘ちゃんだとは思いもしなかったがなァ……クックック。それにしても、お前、まだ分からないのか?あの男は既に死んだ。まさか、死した人間が生き返るなんて今どき絵本の中でも登場しない絵空事を本気で信じているのか?そうだとしたら、これまたトンデモナイ、お笑い種だなァ。クックックッ、ハァーッハッハッハ」
「死、んだ?アマミヤさんが……?で、でも、いつか、迎えに来てくれるって、言って」
アマミヤが死んだと聞かされ、否、認めたくない事実を突きつけられ急に情緒が不安定になっていくハク。対して、これは当たりを引いたと悠々と弁舌になっていく再不斬。
「嗚呼、そうだ、アマミヤとかいう男は死んだ。いいや、オレ様が殺した。この首切り包丁でなァ……アイツの間抜けた顔を思い出すと今でも笑いが込み上げてくるぜェ、ククッそれに、お前の体をよく見てみろ。あの男の血で綺麗なアカイロに染まってるじゃァねェか?」
「アマミヤさんの血?これが?そ、そんな……アマミヤさん。どうして、嘘を……迎えに来てくれるって。そんな…………」
俯いてしまい、自身の世界に閉じこもってしまうハク。楽しかった。あの頃に、思いを馳せる。汚らしい、路地裏からヒーローの様に助けてくれた彼を。綺麗な羽衣を着せてくれたあの人との思い出を。風呂屋で、ぎこちなくはあるが優しく洗ってもらった自慢の髪を。頬に付いたご飯粒を取ってくれた彼を。ひと肌恋しくて眠れない夜を隣で一緒に眠った日。初めて彼と一緒にした商売を。彼と過ごしたシアワセな一週間を繰り返して遠いところから眺める。
しかし、それは再不斬という鬼にぶち壊される。ハクの身の丈を遥かに超える程の大きさの剣を振り回し、思い出という思い出を次々に壊していく。止めてッと、どれ程叫んでも、縋っても、鬼は止まってくれない。壊れていく大切なものをただただ呆然と見つめ、涙を流すことしかできない己の弱さを呪う。
助けてと、震える声で彼の名を呼んでも応えるものは、居ない。同時にもう本当に彼は居ないんだと理解する。いや、彼がもうこの世の何処にも居ないことなど疾(と)っくの疾うに気が付いていて、それでも、彼ならばと、彼の言葉を信じていたかったのかもしれない。
その様を嘲笑うかのように鬼は両の手に握る巨大な剣を上段に構え、一気に振り下ろした。
――――パキンッと何かが割れる音がする。それは、ガラスの様で、大小様々にバラバラに散らばってしまう。
粉々になったソレを必死になってかき集めるハク。しかし、割れて砕けてしまったナニかをかき集めるようにして出来たものは所々欠けた別のモノだった。一度壊れてしまったものはもう元に戻ることは無い。出来るのはそれに限りなく近しい別のモノか、全く似ても似つかないモノの二つに一つ。
それは、ハクの心だった。アマミヤを亡くし、再不斬にその傷(弱み)を抉られ、修復不可能となってしまった壊れた心。ハクには大切で幸せな思い出であったアマミヤとの記憶を護る様に心の奥底へと沈めて封をする事しか出来なかったのだ。いつまでも一緒だと、自身の意識さえもそれと一緒に封じ込めることで。永遠に優しい彼の幻想と共に過ごし、朽ち果てようと。彼が居ない世界など自分には何も無いも同然だと。
自然、後に出来るのはハクだったモノの抜け殻。自意識の無い人形に近いナニか。先ほどまでの感情の起伏が全く見られないその顔は能面の様である。それを、再不斬は大層喜んだ。まるで新しい玩具を買ってもらった子どものように。
「今日から、お前の名前は白だ。オレ様の野望のため。オレ様の道具として役に立って貰う。いいな?」
「はい、再不斬さん」
虚ろな目で、憎かったはずの再不斬をさん付けで呼ぶハク。否、白は正気とはとても思えないほどに薄く歪んだ笑みを浮かべていた。それを眺め、更に上機嫌になった再不斬は高笑いを一つ決めると、自身の目的地である。霧隠れの里へと向け歩き出した。