NO SIDE
「ぐ……ク……くそぉ……」
「……随分とお粗末な弱点を持っていたものだな。だが勝負は勝負、手を抜く気も攻撃を緩める気も無い」
「クッ!当たり前だ……」
マットに這い蹲りながら乙女は唇を噛み締め、必死に立ち上がろうとする。
眼前にはそれを見下ろす瀬麗武の姿がある。
素手での戦いでは押し気味だった筈の乙女がなぜ刀に切り替えてこうも追い詰められたのか、その答えは数分前にさかのぼる……。
数分前
「《閃光斬!!》」
一瞬の内に距離を詰め、瀬麗武の曼珠沙華を乙女目掛けて振るう。
閃光斬というその名が示す通り、閃光の如き一撃が乙女を襲うが乙女はこれを地獄蝶々で防いでみせる。
「チィッ!ならば……《神突!!》」
瀬麗武は自身の攻撃が防がれた直後、バックステップで一度後退し、間髪入れずに高速の突きを繰り出す。
「甘いっ!」
だが、これも紙一重で弾かれ、不発に終わる。
乙女は元々瀬麗武を超えるスピードを持つレオを相手に特訓や試合を経験し続けている為、悪い言い方をすればレオ以下のスピードの瀬麗武の攻撃には、非常に早い段階で目が慣れているのだ。
「ハァアアアーーーッ!!」
間髪入れずに乙女はカウンター気味に地獄蝶々による斬撃を繰り出す。
「クッ!!」
気合の咆哮と共に振り下ろされる地獄蝶々の一撃を、瀬麗武は曼珠沙華の刀身で受け止める。
「ググッ……(お、押される!?クソ!この、馬鹿力が!!)」
徐々に押され、体勢を崩しつつある瀬麗武は内心悪態を吐きながら状況を打破する方法を必死に考える。
「(やむを得ん!)……《雷神脚!!》」
「!?」
突如として乙女の表情が驚愕の色が浮かぶ。
瀬麗武の脚がバチバチと火花を散らし、雷を纏ったように発光して蹴りを繰り出してきたのだ。
「か、雷……うぐぁっ!!」
咄嗟に身をかわそうとする乙女だったが、思いも寄らぬ攻撃に反応が遅れ、右肩に蹴りの直撃を受けてしまい、刀を落としてしまった。
「雷の性質変化が得意なのは羽丘だけではない。私もこの手の性質変化は得意なのでな!!」
「うぐぅっ……!」
攻撃によろめく乙女に、瀬麗武は更に追撃を加える。
「ぐぁ!ガハッ!!」
「どうした!?動きがまるで鈍くなっているぞ!私を嘗めているのか!?」
突如として勢いを失った乙女の様子を疑問に感じながらも瀬麗武は攻撃の手を緩めず、電撃を纏った拳と蹴りを乙女に叩き込み続ける。
乙女は気で防御を固めるも、反撃の隙を見せない瀬麗武に防戦一方となってしまう。
「言っておくが、電力切れなど期待するだけ無駄だぞ。私は数ヶ月かけて電気を蓄電し、この技を編み出したんだ!始めはクラゲや電気ウナギ、徐々に電力を上げて今では改造スタンガンの電力すら蓄える事が出来る!!……元は対馬に対抗するために編み出した技だが、貴様に勝利して対馬を得られるのであればその甲斐は十二分にあるというものだ!!」
瀬麗武の性質変化による攻撃はふぶきと比べて威力は然程高くないが燃費が良く、持続性が高いため、長期戦にも対応できる汎用性を持っている。
加えて、この技は乙女にとって最悪の相性だった。
(く、クソ……、何とか避けないと……だ、だが雷は……)
避けなければジリ貧で負ける……それを理解していても乙女は動けない。
雷を見る度に脳裏に蘇ってしまう。
幼き日、自分の目の前で雷に打たれ、大怪我を負った祖父の姿を……。
誰よりも強く、自分にとって無敵の象徴たる祖父が大自然の怒りにはまるで歯が立たず倒れたあの悪夢……。
今でもそれが忘れられず、乙女の心のトラウマとなって中に深々と刻まれていた。
「私の最高の技で止めを刺してやる!《死殺技・鳴雷!!》」
そんな乙女の心中など知るよしも無く、瀬麗武は再び曼授沙華を抜き、刀身に一気に雷と化した気を纏わせ、そのまま乙女目掛けて一気に解き放つ!!
「(か、かみなr……)グガァァアアア!!」
自身に真っ直ぐと向かってくる雷に乙女は全身が硬直し、防御も儘ならず瀬麗武の放った雷の直撃を受け、乙女はその場に倒れ伏した。
「この勝負、貴様の負けだ。怯えを見せた者に勝利の機会など無い……観念する事だ」
倒れ伏す乙女の様子に、彼女のトラウマを見抜いた瀬麗武は笑みを浮かべて勝ち誇る。
「ま、まだ……」
「覇ァァ!!」
「ウアァァッ!!!!」
立ち上がろうとする乙女に瀬麗武は容赦なく鳴雷を喰らわせる。
そこに一切の油断も隙も無い。ただ勝つために冷徹に相手を追い詰める兵士の目で瀬麗武は乙女を見下ろす。
(負ける、訳には……)
乙女は勝負を捨てまいと必死に立ち上がろうとするが、心身両方へのダメージに、身体はガクガクと震えてしまう。
最早誰もが乙女の敗北を確信していた……。
レオSIDE
(乙女さん……!!)
乙女さんが目の前で負けそうになっている……。
そんな光景に俺は拳を血が出るほどに握り締める。
俺だってファイターの端くれ、一対一の闘いに水を差す真似が無粋で流儀に反する事かは解っている。
だけど、こんな時に何もしないでいられるかよ!!
「おい、羽丘!起きろ!!」
俺は気絶している羽丘を揺さぶって無理矢理起こす。
倒した相手にちょっとばかし鞭打つようで気は引けるが、背に腹は代えられない!
「グ……な、何だ?」
「お前、ナイフとか持ってないのか!?持ってたら貸せ!!」
「ちょ!?対馬選手、パートナーの試合への介入は……」
俺の思わぬ要求に羽丘は怪訝な表情を浮かべ、審判は慌てて俺を止めに入る。
「勝負の邪魔なんて下らねぇ真似はしねぇよ……だが応援だってやり方は色々あるんだ!!」
「……水刺すようで悪いけど、刃物は持ってないよ」
クソ!……仕方ない、こうなったら素手でも……。
「ホラよ、これ使え」
「!?」
背後から突然聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くとそこには虚空に開いた穴が……。
これは、ブラックホール!?って事は……
「小野寺か!?」
「やるならさっさとやれ、時間無いんだろ?」
ブラックホールから顔と腕を出し、小野寺は俺にナイフを手渡す。
「……ありがとよ!」
小野寺に礼を告げ、俺はそのナイフを自身の胸に突き立てた。
乙女SIDE
「クソ……クソォ……!!」
悔しさで泣きそうになってしまう。
こんな所で雷へのトラウマが原因で……トラウマを治さずに放っておいたツケがこんな時に限って回ってくるとは、情けなさ過ぎて涙も出ない……。
「悪く思うな……コレで終わりだ!」
静かに刀を構え、トドメを刺そうとする橘を前にしても動けない。
これで……終わりなのか……?私は……こんな所で……。
「乙女さん!」
だが、そんな時に一際大きいレオの声が会場全体に鳴り響く。
振り向いた先にあったレオの姿に私は絶句した。
「れ、レオ……」
レオの胸には刃物で刻まれたかのような大きな傷……いや、文字が彫られていた。
胸の中心に彫られた『闘』の一文字……館長から聞いた事がある。あれは……
「血闘援……?」
『〈血闘援〉
江戸時代 生命と名誉を賭けた御前試合などで肉親や友人などが声に出して応援出来ぬため胸に“闘”の一文字を刻み、身を以って闘士と苦しみを同じくし、必勝を祈願するという応援の至極である。
その起源は遠く、鎌倉時代に伝わった中国の兵法書「武鑑」にあるという。
しかしその胸の傷字は一生残る為、これをするにはよほどの覚悟と相手を想う気持ちが必要である事は言うまでも無い
民明書房刊 【武士魂】より』
「こんな様にもならねぇやられ方して、アンタそれでも俺が惚れた女か!?俺が憧れ、強くなるって誓わせた闘士か!?己の弱さは弱音もろとも心の拳で打ち砕く、それが乙女さんの誇りなんだろう!?だったらそれを最後まで貫いてみせろぉーーーー!!!!」
「レオ……!!」
……本当、従姉(あね)として情けないったらないな。こんな時に従弟(おとうと)に叱咤されてしまうとは……。
まったく、キツイ応援をしてくれる……
「だが、お陰で目が覚めたぞ!!」
己の弱さは弱音もろとも心の拳で打ち砕く……それを私自身が忘れてどうする!?
「何を訳の分からん事を!喰らえぇぇーーーー!!」
雷が私に襲いかかる……怖い、凄く怖い……。
だが冷静になって考えろ!橘の電撃は所詮奴の作った人工の雷、爺様を倒した雷の数百分の一でしかない!!
そして……私は最速のスピードを誇るレオを相手に互角に戦い、アイツと添い遂げる誓った女、鉄乙女だ!!
「見切った!!」
奴の雷が私に命中するその刹那、私は身をかわして回避に成功し、橘の顔面に拳を叩き込む!!
「グガァァッ!!」
ダメージは与えたが、ノックアウトには程遠い。
加えて私は鳴雷の防御に費やしたため、それ程気が残っていない。
だが、たった一つ……体術のみだが強力な技を私は知っている。
「レオ!これがお前の血闘援への返事だぁぁーーーー!!!!」
NO SIDE
「疾(はや)き事、風の如く!」
瀬麗武の足をガッチリと掴み乙女はジャイアントスイングの要領で瀬麗武を振り回す。
「お、おい!あれって!?」
観客席でフカヒレは見覚えのある光景に驚愕の声を上げる。
「ああ……間違いねぇよ!」
そんなフカヒレにスバルは笑みを浮かべて頷く。
「え、何あれ?鉄先輩のあんな技見た事無いわよ?」
「近衛は知らないだろうな、あの技はレオが乙女さんに初めて勝った時に使った必殺技だぜ!」
唯一技の正体を知らない素奈緒にカニが興奮して答えてみせる。
「アレで決めるなんて、乙女センパイも良い趣味してるじゃない」
そしてエリカは笑う。まるでバトル漫画で主人公が必殺技を決めるシーンを見る子供のように。
ジャイアントスイングで瀬麗武を投げ飛ばすと同時に、乙女は瀬麗武の身体を追いかけるように飛び、瀬麗武の身体を抱え込むように掴む。
「静かなる事、林の如く!!」
そしてローリングクレイドルに捉え、三半規管を狂わせる!
「グ、うぅぅ……」
続けざまに出される回転技の連続に瀬麗武は苦悶の声を上げる。
「侵略する事、火の如く!!」
だがそんな事で手を緩める乙女ではない。瀬麗武の身体をガッチリと抱え上げ、エアプレンスピンで上空に放り投げた!!
「そして動かざる事……」
「!?」
瀬麗武はこの時、一瞬だけ見えた乙女の姿に己が目を疑った。
(つし、ま……?)
乙女の姿とレオの姿が重なって見える。
まるで、乙女の身体にレオが融合したかのように……。
「山の如しぃ!!」
「ガハァァッ!!!!」
そして回転しながら落下する瀬麗武に乙女の全身全霊の拳が穿たれた!!
(そうか……私が、入り込む隙間なんて……最初から、無かったんだな……)
瀬麗武はこの時、闘士として、そして恋敵として自身の敗北を悟った。
不思議と抵抗は無かった。まるで当たり前の事の様に瀬麗武は自然に敗北の味を受け入れる事が出来た。
ただ、自嘲気味な笑みと僅かばかりの涙を残して瀬麗武は意識を失った。
「勝者・鉄乙女!!二本先取により、獅子蝶々の勝利!!」
審判の宣言が会場内に木霊し、直後に観客席からの喝采が会場を包み込んだのだった。
●橘瀬麗武―鉄乙女○
決まり手・風林火山
●ウォーリアーズ―獅子蝶々○
勝敗 2勝0敗
レオSIDE
「レオ!」
「乙女さ……んんっ!?」
勝利を見届け、乙女さんに歩み寄ろうとする俺よりも先に乙女さんは俺に抱きついて人目も憚らず濃厚なキスをしてきた。
「ちょっ、人が沢山見て……」
「構うものか。お前への想いに比べればこの程度じゃ足りないくらいなんだからな♪」
何か、乙女さん箍が外れてね?でもまぁ、嬉しいけどな……。
「大好きだぞ、レオ!」
「んっ……俺もだよ」
再び口付けてくる乙女さんに応える様に抱きしめ返す。
色々と嫉妬だの羨望の視線が突き刺さってるけど……ま、良いか。
「グッ……!」
キスを堪能してたら胸に痛みが……。
「ん?ああっ!?れ、レオ!!血がまた出始めてるぞ!!」
乙女さんが慌てて大声を上げる。
やべ……やっぱり羽丘と戦った上に血闘援は無理しすぎたか?
「し、審判さん!早くレオを医務室へ!!」
「はいはい……」
呆れた様子で頭を軽く振りながら、審判と救護班の人達は俺を担架に乗せて医務室へと向かったのだった。
NO SIDE
結局、この試合で獅子蝶々は二人共(特にレオ)無理が祟り、決勝戦にはドクターストップが掛かってしまい、錬と弘之が不戦勝で優勝、獅子蝶々は準優勝という結果に終わった。
この後、リサーブマッチとして一回戦で獅子蝶々に敗退したD&Iハリケーンズが再びリングに上がり(ウォーリアーズも推薦されていたが瀬麗武がこれを辞退した)、エキシビジョンマッチでザ・リバーシブルと激闘を繰り広げるが、それはまた別の話……。
無理矢理感がありますが、次回でトーナメント編は終了です。
ご意見ご感想お待ちしています。