PERSONA3:Reincarnation―輪廻転生―   作:かぜのこ

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■Mgician:I「Burn My Dread~蒼い死神~」

 

 

 

 2009  4/ 6・月

 巖戸台 都市部ビル階

 

 眼下には、きらびやかに光る街が広がる。

 黒い制服の少年――如月澪は、感情の読み取れない青い瞳で街並みを見つめていた。

 

「……」

 

 雑然とした都市は、日が落ちたと言うのに人気の絶えることはない。

 どんな危機がその影に迫っていようとも、人々の営みはお構いなしに続いていく。 まるで、見たくないものから目を逸らすように。時の流れが(とど)まることがないように。

 人々の愚かな喧噪を遮断をするように、澪の耳元ではやや型落ちなカプセル型ポータブルミュージックプレイヤーが、彼お気に入りの音楽を流す。

 “恐怖を燃やせ”――挑戦的なフレーズが彼を鼓舞する。

 ……そして今夜もまた、影時間は訪れた。

 

 ――はじまるよ。

 

 仄かに光る蝶々がふわりと、どこからともなく澪の(もと)に集う。

 金色のものが一匹、青色のものが三匹、彼の周囲をふわふわと軽やかに舞っている。

 スッと黄金色の蝶が視界を横切り、キラキラとした金の燐粉を残した。

 

「わかってる――、わかってるよ。……僕は上手くやる、必ず成し遂げてみせる」

 

 どこかなついた様子の青い蝶たちそれぞれと指先で戯れ、澪は独白する。それはさながら誰か/世界に宣言するかのように決然として。

 少年の背後には、蒼いコートの怪人の幻影(ビジョン)が揺れる。彼の半身にして助言者たる心優しき死神は、未だ旅路の途中にある召喚者を見守るように、ただ無言でたたずんでいた。

 

「行こう――、()()の手で、この下らない“滅び”にピリオドを打つんだ」

 

 《タナトス》が、音もなく吼える。

 四匹の蝶はひらりと身を翻し、闇の中へと消えていった。

 

 

   †  †  †

 

 

「ただいま」

 

 影時間が終わり、寮に帰宅した澪は、エントランスで奇妙な光景に出会した。

 美鶴と先日入寮したばかりの岳羽ゆかりが、見慣れない少女とお見合いしている。雰囲気もどこか切迫した感がある。

 というか、どうして美鶴とゆかりは寮の中で召喚器と腕章を身につけているのだろう。明らかに不自然で、怪しすぎやしないだろうか。

 

「……?」

 

 振り返り、怪訝な顔をする赤みがかった髪を短く結い上げた少女。前髪を留めたピンが、英数字のXXII(にじゅう)の形に見えた。

 彼女が何者で、何のためにここにいるのかを澪は知っている。何せ、ついさっきまで彼女を()()していたのだから。

 だが澪は、そんなことはおくびにも出さずに進み出る。その際に、まるで親の敵でも見るかのような刺々しい視線を向けてくるゆかりに、にこりと微笑みかけることも忘れない。

 視線の敵意は二倍に増したが、彼は全く気にも止めなかった。

 

「待て澪」

 

 そんな彼を呼び止めたのは、美鶴だった。

 

「また勝手に出歩いていたな。外出する時は予め私に断れと、いつも言っているだろう?」

「美鶴さん、母親みたいなこと言わないでよ。ただでさえ老け顔なんだからさ」

「……言うに事欠いてそれか。失礼な奴だな、お前は」

 

 憎まれ口に、美鶴が溜め息をつく。

 澪はそんな幼なじみをまるっとスルーし、ここで初めて赤毛の少女の視線を送る。蒼い眼に見つめられ、びくっ、彼女は肩を揺らした。

 

「ところで、その子は?」

「例の“転入生”、だ。この説明は二回目だな」

「ふーん」

 

 おざなりな返答。最近はあまり言わなくなった口癖――「どうでもいい」という視線を“転入生”にくれてやり、奥にある階段へ歩いていく。

 美鶴の制止の声を背にも足を止めず、階段を上がる。

 二階に辿り着いた澪は自室には向かわず、共同スペースすぐ脇の部屋のドアを叩いた。

 

「お邪魔します」

「オウ、お疲れ如月」

 

 彼を出迎えたのはこの部屋の主、荒垣であった。

 彼の招きに応じ、澪はキャスター付ききのデスクチェアを引き寄せて腰を落ち着ける。荒垣はベッドを椅子代わりにしていた。

 なお、真田はトレーニングに出ていて不在である。

 

「しっかし――桐条には言わずに、“転入生”を駅からここまで護衛してたんだろ? まったくご苦労なこったぜ」

「いえ、美鶴さんの至らないところをフォローするのが僕の仕事ですから」

 

 投げ渡された缶コーヒーのプルトップを開けつつ、澪は肩をすくめて見せた。

 荒垣の指摘通り、今まで澪は、“転入生”――有里奏を駅から寮の間、影ながら監視・護衛していたのだ。

 適正獲得者であろうことは初めからわかっていたので、彼女の乗る列車の到着が遅れると聞き付けた時点で行動に移した。もっとも、懸念したイレギュラーシャドウはついぞ現れなかったが。

 影時間の一人歩きには大変な危険が付きまとう――、少し考えればわかることだ。ましてや彼女は適正獲得者にしてペルソナ未覚醒、そんな人物をシャドウの領域に放置するなどどうかしている。

 ――澪のこの行動には、彼が自他ともに認めるフェミニスト体質であることも関係しているのは余談である。

 

「……で、だ。どう思う如月、テメェの目で直に見て」

「才能は確実にあると思います。というか、影時間の中にあって平然としていましたから」

「なるほどな、女子の癖してイイ度胸してるぜ。わざわざ理事長が小細工して呼び寄せただけのことはある、か」

 

 有里奏がこの辰巳の地に訪れた――否、()()()()()のは決して偶然ではない。

 真田や荒垣のように、桐条の下部組織により適正が発見された後、それとなく彼女の親族に働きかけて招いたのだ。ほとんど幾月の一存で。

 あるいは幾月には、影時間の一人歩きも折り込み済みだったのかもしれない。ペルソナ能力の覚醒を促すための、危険な茶番(おしばい)

 

「ったく、キナ臭いことになってきやがったな……」

 

 眉をひそめた荒垣が吐き捨てる。

 瞼を伏せて黙した澪は、ごくり、とコーヒーを飲み干した。

 

 

 

 

 2009  4/ 7・火

 月光館学園高等部 昇降口

 

 花芽吹く新学期。

 在校生が進級を果たし、また、新入生をまだ見ぬ未来の希望を胸に校門を潜る。

 ふわりと桜の花弁が風に舞う。

 アップテンポの洋楽に身を任せた澪はいつものように、雑踏を横目にそ知らぬ顔で通りすぎていく。

 月を模したレリーフが施された校門の前にたどり着いた彼を、初等部以来の幼馴染みで親友――友近健二が迎えた。

 

「よお、如月」

「やあ、友近」

 

 軽く手を挙げ、二人は挨拶を交わした。

 

「クラス、どうだった?」

「それがさぁ、俺とお前、別クラスだってよ」

「マジ?」

「マジマジ。俺はFで如月はEのままな。まー、岩崎と別になったのは俺的に幸いだったけどさ」

 

 残念だよなぁ、と心底から言う友近に澪は眉尻を下げて同意を示して見せた。

 この気のいい友人は、色々面倒な自分とも関係なく友だち付き合いをしてくれる。澪にとって得難い友の一人だった。

 

「ま、クラスが違っても何も変わらないけどな」

「だね」

 

 教室に向かう道すがら、知り合いの動向などを話し合う。生憎、澪の特に親しい友人たちとはバラバラになってしまったらしい。

 と、友近が不意に声を潜める。

 

「ところで如月、二年に女子の転入生が来るって本当か?」

「……どこから聞いたの、その話」

「いや、現国の鳥海が江古田とそういう話ししてたの聞いてさ。――で、そのコ、カワイイの?」

「何? 興味アリってこと?」

「いや、別に女子高生(タメ)なんてどーでもいいけど。一応、話のネタにはなるじゃん?」

「ふーん……、友近は相変わらず悪食だよね」

「酷っ!? ていうか、俺が悪食なら如月は雑食だろ」

「うん」

「いや、そこは否定しろよ」

「どうでもいい」

 

 コイツめ、と冗談めかして笑う友近に澪が不敵に笑って見せた。

 二人が二年生の教室がある階に上がったところで、青みがかったショートヘアの小柄な女生徒の後ろ姿を見かけた。

 去年一年、同じ教室で過ごしたクラスメートだ。見間違えるわけがない。

 友近が声をかける。

 

「山岸さん、おはよう」

「おはよ」

「あっ、おはようございます、友近くん、如月くん」

 

 続いて素っ気なく挨拶する澪に、彼女――山岸風花は儚げな笑顔を浮かべた。

 どうせ道は同じだと、彼女を加えて三人は廊下を歩く。

 

「山岸さんもE組?」

「はい」

「じゃあ、僕と同じだね」

「そうなんですか?」

「うん」

 

 澪の言葉を聞き、風花はどこか嬉しそうにはにかんだ。

 だがまるで咲くような笑顔の奥にある何か昏い情念を見て取り、澪がわずかに表情をしかめる。

 風花がそれに気づいて首をかしげた。

 

「あの……、なにか?」

「いや、何でもないよ」

「案外、山岸さんに見とれてたとか?」

「ふふ、そうかもね」

「ふぇえっ!?」

 

 友近のからかいに乗った澪の冗談めかした発言に、風花は耳まで朱に染めて照れ入った。

 

 

   †  †  †

 

 

 退屈な始業式が終わり、生徒たちは帰路につく。

 中には友人たちと連れだって、街に繰り出す者たちもいる。その一団には、澪の姿もあった。

 

「で、どこ行く?」

「んー、無難にカラオケとか?」

「俺、とりあえず何か食っときたいなぁ……」

「でも、ポロニアンモールってロクなごはん処ないよねぇ」

「「言えてる」」

 

 友近の他には彼と同じく初等部からの幼馴染み、岩崎理緒。水泳部の友人にして好敵手(ライバル)、宮本一志とマネージャーの西脇結子――、澪の周囲に集まるいつもの面々である。

 宮本とは中等部時代の部活働を通じて親しくなり、彼の幼馴染みの結子とも知り合った。それ以来、彼らは澪を中心とした一種のグループを形成している。

 

「おっ、あの店に飾ってある新作、如月に似合うんじゃね?」

「どうでもいい」

「切り返し早いなぁ。もうちっとオシャレしろよなー、元はいいんだからさ」

「如月くんってば、流行何のその超マイペース人間だからねー。美鶴さんがぼやいてたよ? 「いつまでも同じ服を着るな」って」

「月高の“ミスター・パーフェクト”も、ファッションは苦手と見た」

 

 皆に口々にからかわれた澪が、心外そうにムスッとした。自分が身の回りのことに無頓過ぎているのは自覚しているらしい。

 と、沈黙していた宮本が(おもむろ)に口を開いた。

 

「別に、着るものなんてジャージがあれば何でもいいだろ」

「いや、ミヤあんたこそそればっかじゃん。つーか始業式くらい制服着てきなよ、恥ずかしい」

 

 典型的スポーツバカな宮本をたしなめる結子。二人は幼馴染みの間柄だ。

「まあまあ」苦笑混じりになだめる澪。幼馴染みの二組に挟まれる形となり、自然と彼が調停役に収まるのが常である。

 生来の無関心傾向のせいか面倒見はあまりよくないが、細かいところに気が利く点や妙に人を惹き付ける雰囲気のせいで、不思議と人付き合いは悪くない。

 一番親しく付き合いの長い友近によれば、澪には「カリスマ」があるとのことだ。

 

「あ、そういえば。ミヤ、足の調子はどう?」

「おう、バッチリだ。お陰さまでそろそろ試合にも出ていいってよ」

「よかった。根性も大事だけど、忍耐もスポーツマンには大切なことだよ」

「おお! いいこと言うな、如月! 努力・根性・忍耐、の三本柱だよな!」

「どこの少年誌だよ、ソレ」

 

 いささか暑苦しいやり取りに、友近が呆れ混じりにツッコむ。

 明るい話題を聞き、理緒が笑顔を弾けさせた。

 

「よかったじゃない、宮本くん。次期主将がケガで引退だなんてシャレにならないしね」

「岩崎さんの言う通りだよ。如月くんに感謝しなよ~、ミヤ。一歩間違ったら大変なことになってた、ってお医者さんも呆れてたんだからね」

「は、反省してるって……」

 

 またぞろ結子に攻められ、ばつが悪そうに宮本は頬を掻く。

 半年ほど前、彼の足の怪我が澪の見立てにより発覚した。

 幸い初期段階で、詳細は割愛するがいろいろと一悶着あった後、宮本はリハビリに励み、ついにほぼ完治にまで至ったのだった。

 澪を始めとした部の仲間たちやマネージャー(結子)のサポートの賜物である。

 

「そういえば、E組の担任て江古田のままなんだよね」

「あー、江古田ってグチグチ説教臭いから私苦手。如月くん、ご愁傷様~」

「別に。僕、教師受けいいから」

「うわ、出たよ優等生発言」

「学年一位が定位置だもんなー。如月はやっぱすげーよ」

「あんたも少しは見習いなよ、ミヤ」

「いやいや、宮本くんもだいぶがんばってるじゃん。この前の期末、五〇位以内に入ってたし」

「おう! 如月に手伝ってもらったおかげだなっ」

「というか、西脇さんの順位を追い抜いたんじゃなかったか?」

「うっ……わ、私はミヤのことを心配してだね」

「西脇さん、ミヤのことになると手厳しくなるよね。幼なじみって理由だけとは思えないな」

「だな。やっぱあれか、アレなのか」

「アレかー、たしかにね。そうかも」

「ちょっと、それどういう意味よ」

「「「べっつにー」」」

「こ、コイツら……!」

 

 ――それから彼らは、年頃の少年少女らしい四方山話に花を咲かせた。

 普通、この年頃にもなると「幼なじみ」というものは自然と疎遠になっていくものだ。特に、それが男女であればなおさらで。

 もちろん、彼らもそれぞれにはそれぞれの“コミュニティー”を持っているし、以前に比べれば集合する回数も減ってきた。けれど、不思議と決定的に離れることもない。

 ――――あるいは彼らは、澪の存在でもって絆を繋いでいるのかもしれない。

 

 

 

 

 2009  4/ 8・水

 巖戸台商店街

 

 放課後、珍しく一人になった澪は巖戸台の駅前で黄昏ていた。

 行きつけの古本屋が改装中だったことを忘れていて予定が狂い、時間を潰せずにいたのだ。

 とりあえず漫画喫茶にでもいくかな、などと考えをまとめた澪は人の気配に何気なく振り向いた。

 

「……あ」

「あれ?」

「うげ」

 

 赤みの帯びた茶髪の少女と、栗色に近い茶髪の少女の二人連れ。有里奏と岳羽ゆかりだ。

 どうやら彼女らも帰宅の途中らしい。

 学校が始まって二日目、二人はすぐに親しくなったようで、二日連続で一緒に登校する姿を目撃している。

 というより、ゆかりは寮内で疎外感を覚えていたらしく。自分以外の新入り――、それも同性の人物が増えて嬉しいようである。 彼女は入寮以来、朝食を朝練と称して意図的に避けている感があるし、澪など――

 

「……」

 

 こうして顔を合わせる度に、じとっとした目で睨まれる始末。

 でっかい眼だなぁ、と場違いな感想を考える澪は睨まれても堪えていない。彼としては、彼女の恨み辛みが自分に向くことで美鶴が恨まれていないという狙い通りなのだ。

 

「えぇと……如月くん、だよね?」

「うん。そういう君は有里さんだね」

 

 ややおずおずとした誰何(すいか)を澪は誰何で返す。

 きょとん、赤毛の少女はそんな形容が相応しい表情をした。

 

「あはは、如月くんっておもしろいね」

 

 今のやり取りのどこがツボだったのか、奏はおかしそうに言う。

 何となく意気投合して、二人は雑談を始める。未だ敵意をじわりと滲ませるゆかりは置いてきぼりだ。

 

「二人は今から帰り?」

「そうだよ。如月くんも?」

「うん。このまま直帰するのもなぁ、って悩んでたとこ」

 

 ふ~ん、と奏は曖昧に相づちを打つ。

 と、彼女はおもむろにチシャ猫のような笑みを浮かべた。

 

「ならさ、あたしたちとどっか行かない? 男の子がどんなとこで遊んでるのかキョーミあるかも」

「ちょ、ちょっと奏っ!?」

「? いーじゃん別に。同じ寮生だし、帰り道もいっしょだし」

「でも……」

 

 ゆかりは言葉を濁し、表現し難い複雑な表情でちらちらと澪を見てくる。存外内心の読みやすい娘だ。

 くすっ、と澪は小さく微笑んだ。

 

「折角のお誘いだけど、遠慮しとくよ。――岳羽さんに、これ以上睨まれたくないからね」

「なっ、わたし別ににらんでなんて……!」

 

 ヒステリックに否定するゆかりの脇をするりと通り抜け、澪は寮に足を向ける。

 またぞろゆかりに嫌われたような気もしたが、彼は一向に気にしていなかった。

 いつものように「どうでもいい」と一言嘯いて、気ままかつマイペースに帰路を歩く。

 趣味の作曲か、管弦楽部で担当しているトランペットの練習か――あるいは授業の予習復習でもしてようかな、とぼんやり考えながら。

 

 

 

 

 2009  4/ 9・木

 月光館学園巖戸台分寮 近辺

 

 影時間。

 やけに大きな黄色い満月が、大地を見下ろしている。

 

「アキ!」

「シンジか!」

 

 曰く、遭遇した“大物”に襲われて負傷したらしい真田を荒垣が呼ぶ。その傍らには、完全武装した澪の姿があった。

 

「ここは僕らに任せて、寮まで後退してください」

「ッ――、すまん! 恩に着る!」

「貸し一つだぜ、アキィッ!」

 

 ニヒルな笑みを交わし、真田は澪と荒垣の間を走り抜けていく。

 彼が去ったあとすぐ。

 闇がざわめく。

 影がうごめく。

 ――“滅び”の波、その尖兵が二人の前に到来した。

 

「来るぞ、如月!」

「了解。まずは先制――、《タナトス》!」

 

 召喚器が精神の壁を撃ち抜き、青炎が噴き上がる。

 蒼き死神は、押し寄せる影の群れに向けて左手を突き出した。

 解き放たれる核熱魔法(メギド)。赫奕たる神炎の輝きが、シャドウを瞬く間に飲み込む。

 莫大な熱量が膨れ上がり、引き起こされた爆発と轟音に大気が悲鳴を上げた。

 

「俺らも続くぜ、《カストール》!!」

 

 続いて、荒垣も制服に隠れた脇の下のショルダーホルスターから召喚器を引き抜き、ペルソナを召喚する。

 驚異的な跳躍で敵陣に突入する黒き騎馬――、強烈な斬撃が“メギド”の効果範囲から逃れたシャドウを粉々に粉砕した。

 

「――来た」

「コイツァ確かに、()()だな」

 

 近づく悍しい気配に、彼らは表情を引き締める。

 無数のマーヤタイプを引き連れ、迫り来るのは形容しがたい姿をした大型シャドウ。手の一本に持った顔らしき仮面は、“魔術師”のアルカナを示していた。

 地面に突き刺してあった重厚なバトルアックスを引き抜いて肩に担ぎ、荒垣が言う。

 

「ま、如月のペルソナにかかりゃデカかろうが関係ねェだろ」

「さて、それはちょっと難しいかもしれませんね」

「……テメェがそういうところを見るに、ヤツは()()ってことか」

「おそらく」

 

 鞘から引き抜いた剣を油断なく構えた澪の端的な所感を聞き、荒垣は表情をさらに険しくした。

 

 

   †  †  †

 

 

「ぐおッ!?」

 

 力任せに振り降ろされた戦斧がシャドウの剣数本に防がれ、跳ね返された。

 ほとんどノーモーションで投げつけられたスローイングダガーも、呆気なく弾かれる。

 埒が明かないと見た二人は、いったん大型シャドウから距離を離した。

 

「チィ……、デケェ図体は伊達じゃねェッて訳か!」

「アキ先輩一人には荷が重かったみたいですね」

「そのセリフ、アキの前では言ってやるなよ」

 

 苦笑を浮かべる荒垣だが表情は固く、余裕はなかった。

 多数の腕に携えた数えきれない白刃による斬撃と、炎の礫を剣先から発生させて撃ちかけてくる“魔術師”の猛烈な攻勢に、二人は攻めあぐねていたのだ。

 突撃する《カストール》が“デッドエンド”を繰り出すも、剣山に阻まれて自らの身を削るだけ。

 また、《タナトス》の斬撃も決定打にはなり得ず、切り札たる核熱魔法“メギド”も強力無比だが燃費の問題で連発できるようなものではない。

 と、その時だ。

 

 ――オオオオオァアアア……!!!

 

 “魔術師”のシャドウが悍しい叫び声をあげた。

 交差させた幾つもの剣の尖端に集束していく膨大な力を察知して、澪は目を見開いた。

 

「ッ、《タナトス》ッ!」

 

 咄嗟に召喚された蒼い死神はその場で跪き、背負った棺を盾にして少年を眼前に迫る熱波から護る。

 間一髪、下級魔法(アギ)とは比べ物にならないほど強烈な火炎の嵐が辺りを灼き尽くした。

 歯を食いしばり、耐える澪。近くに停車していた乗用車が無惨にも爆散する。

 

「ガ……ッ」

「先輩!?」

 

 頭を庇った両腕や身体の大部分を炭化させた荒垣が、地面に崩れ落ちる。また、全身にノイズを走らせた《カストール》の姿(ヴィジョン)が急速に薄れていく。

 火炎耐性を持ち、かつ圧倒的なステータスを誇る《タナトス》を宿す澪ならばいざ知らず、ペルソナ使いとしては決して優秀とは言い難い荒垣はそうはいかない。彼のペルソナ《カストール》は、弱点も耐性も持たないのが最大の特徴だ。この強烈な魔法を凌ぎきれる道理はなかった。

 ブツリ、と澪の中で何かが切れた音がした。

 

「ぁ、ああ――、ああァァァアアアアッ!! ペルソナァッ!!!」

 

 激昂する澪は、召喚器もなしに精神の境界を抉じ開けた。

 高ぶった感情を引き金に再び現界(げんかい)した《タナトス》は、愛剣を抜き放ち、爆発的な瞬発力で“魔術師”に肉薄する。

 シャドウが無数の剣の先から火球を放って迎い討つが、蒼きペルソナはものともせず、突き込まれた拳が本体たる仮面を捉えた。

 ぐしゃり、と巨大シャドウが打点を中心に大きくひしゃげる。

 《タナトス》は、突きを放った勢いをそのままに一歩踏み込み、追い討ちとして掬い上げるように(つるぎ)を振るう。下弦の月の軌道を描いた斬撃を、続く横一文字の刃が絶つ。

 “月影”――月の満ち欠けの影響を受け、威力を増減させる斬撃系物理攻撃スキルである。

 

 ――――■■■■■■■■ーーーーッ!?!?

 

 “魔術師”が悍しい悲鳴をあげる。腕と剣が纏めて数十本、断ち斬られ、虚空に舞った。

 満月という最高の条件で、最大の威力を発揮した死神の剣が“魔術師”のシャドウに大打撃を与えたのだ。

 

「これで……!!」

 

 甚大な致命傷(クリティカル)を受けて体制が崩れたシャドウに好機を見て、澪は腰のナイフを引き抜き、追撃を試みる。

 が、シャドウはぐんっと大きく跳躍して近くのビルの壁に張り付くと、離れていく。おそらく澪と《タナトス》の力に恐れを為したのだろう。

 追いかけて止めを刺そうと咄嗟に考えた澪は、はたと足を止める。。

 

「大丈夫ですか、先輩!」

「ぐ……、お、俺のことはいい。ヤツを、追え、如月……!」

「――はい!」

 

 大火傷を負いながらも気丈に振る舞う荒垣の言に、澪は踵を返し、大型シャドウの消えた方に目を向けた。

 美鶴に通信を入れ、荒垣の治療を依頼し、召喚器を使って《タナトス》を召喚する。

 蒼き死神は少年を左腕で抱え、アスファルトを蹴った。

 

 

   †  †  †

 

 

 飛翔する《タナトス》に掴まり、遥か空中から眼下を見つめる澪。寮の屋上で、有里奏が追い詰められているのが見える。傍らにはゆかりもいた。

 ――この状況下で、“彼”を不用意に覚醒させるわけにはいかない。

 澪は《タナトス》を急降下させた。

 

「こ、今度はなに!?」

 

 へたり込んだ奏が悲鳴をあげる。腕から解放された澪は、軽やかに奏たちの前に降り立つ。

 つい、と視線を向ければ、“魔術師”がまるで怯えるように後退りしているのが見える。やはり、澪を――自らの天敵たる《タナトス》を恐れているようだ。

 

「……二人とも無事? 怪我はない?」

「如月、くん……」

 

 静かに問うと、何とか身体を起こしたゆかりが呻くように呟く。その瞳には安堵が浮かび、常のような敵意はなかった。

 

「その様子だと、大丈夫なようだね」

 

 奏の視線が《タナトス》に向いていることを感じ、澪は薄く笑む。それでいい、と言わんばかりに。

 彼は、自身のペルソナが最強であると信じている。

 それは、辛い研究所生活を支えてくれた存在だからというだけではない。()あるいは()()にはその資格があることを、澪はこの地上で唯一知っていたから。

 ――そうして今夜も如月澪は、最強と言う名の仮面(ペルソナ)(よろ)い、生命(いのち)に仇なす死の化身(シャドウ)を狩る。

 

「――さて。随分と、手こずらせてくれたね。どうやらお前は、他のシャドウとは違うらしい」

 

 静かに言い放ち、澪は右手に持った小剣を軽く素振りした。

 そして《タナトス》もまた腰に佩いた剣を抜き放ち、地面を蹴る。

 コンクリートを砕く勢いで踏み込んだ死神が、迎え撃つ無数の剣を掻い潜り、一息の間にバケモノに肉薄する。

 

「だけど、死ぬのは僕じゃない――」

 

 ニィ、澪は口角を嗜虐的に吊り上る。

 すでに敵の力の底は見えており、死に体だ。仲間を傷つけられた借りは、百倍にして返す。

 ――彼は死神。

 命を刈るのではなく、死を狩る心優しき蒼い死神。

 

「――お前のほうだよ」

 

 一閃。

 白刃が横一文字に空を切り裂き、“魔術師”の腕がまとめて断ち斬れる。手に持っていた凶器(つるぎ)は腕ごと宙を舞い、次々に地面に突き立った。

 薙ぎ払った勢いを保ったまま、《タナトス》はシャドウの横っ腹に後ろ回し蹴りを叩き込み、蹴り飛ばす。

 

「《タナトス》ッ!」

 

 止めを刺すべく、澪は精神を高め、集中する。

 蒼いペルソナは、流れるような動作で突き出した左手に、召喚者の精神力を変換して産み出した莫大な魔力を結集させた。

 

「――“メギド”」

 

 そして、破裂した神炎の輝きがシャドウを飲み込み、影時間の闇の中へと帰したのだった。

 

「わぁ……」

「すご……」

 

 その破壊力に驚いたのか、背後の奏とゆかりが絶句する。

 圧倒的な破壊をもたらした半身(ペルソナ)が霞のように夜闇に溶けていくのを確認し、澪は小さく息を吐いて小剣を納刀した。

 そして両手をポケットに突っ込み、背後で呆然としている少女たちへゆっくりと振り返る。

 

「――ようこそ、非日常(ファンタジー)の世界へ。歓迎するよ、有里奏さん」

 

 ――――ジョーカーは場に配され、ついに運命の戦いの火蓋は切られた。

 


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