赤き弓兵と科学の空   作:何故鳴く鴉

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お久しぶりです。


はい、なんかもう申し訳ありません。
言い訳させていただくと、放置してた訳じゃないんです。
ただ、上手くまとまらなくてそのままズルズルと……。

結局まとまらないまま良くわからん内容になってしまいましたが、どうか生暖かい目でお願いします。


歓迎会 ~その翌朝と~

 

「歓迎会? 」

「はい! 」

 

セシリアとの一戦が終わって暫く経った頃、放課後の職員室に聞こえたのはそんな一言だった。

 

「エミヤ先生が来られてから色々と慌ただしくて出来てなかったので、この後やろうと思うんです」

「気持ちはありがたいが、私は遠慮させてもらおう。皆で楽しんで―――」

「駄目ですよ!、誰の歓迎会だと思ってるんですか!! 」

「そもそも、私は歓迎会など聞いていないが……」

「当然です、サプライズですから 」

 

えっへんと胸を張る真耶に、アーチャーは溜息をつく。

 

「そもそも、食堂なら夕方から生徒たちが使うのだろう?。何処で行うというのかね? 」

 

確か夕食後から生徒達がなにやらパーティーをするようなのだ。

おそらく、織斑一夏がクラス代表になったお祝いなのだろう。

となれば、教師陣が歓迎会を行うスペースなどは何処にも……。

 

「大会議室です、もう準備だって出来てるんですよ」

 

言われることを想定していたように真耶が答えた。

なるほど、確かに大会議室ほどの広さなら簡単なパーティーくらい行えるだろう。

むぅ、とエミヤは眉を寄せる。

 

「しかしだな……」

「駄目ですか………? 」

「む……」

 

目に涙を溜めてこちらを見る真耶に、エミヤは思わずたじろぐ。

だがエミヤとてそう簡単に折れるわけにはいかない、まっすぐに真耶の目を見返した。

 

「……」

「……」

「………」

「………」

「……………」

「……………」

 

無言のにらみ合い(片方は涙目だが)が続く中、その様子を見ていた千冬が溜息と共に口を開いた。

 

「そこまでにしておけエミヤ、せっかくの好意だ。それに人付き合いは重要だぞ」

「……君も、こういった類のことは苦手だと思っていたんだが? 」

「まあな、だがそこまで頑なに拒むほどではない」

「本音は? 」

「酒が飲める機会を潰すな、馬鹿者が」

「…だろうと思ったさ……」

 

キッパリと言い切った千冬に、エミヤはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど、嫌がる訳だな」

 

そうして始まった歓迎会で、千冬は部屋の隅からその様子を眺めながら一人呟いた。

 

「エミヤ先生の好きな食べ物って何ですか? 」

「あ、私料理よそってきますね」

「ここへ来る以前はどんなお仕事されてたんですか? 」

「先日の試合見てましたよ! 」

 

教師陣が固まっているその中心には、少し困ったように対応に追われるエミヤの姿があった。

元より女性ばかりの空間に男一人ともなればこうなるのはある意味当然と言える。

酒の肴にとグラスを傾けながら眺めていると、その中に群れの中に事情を知っているはずの真耶の姿を捉えてしまい、思わず苦笑が漏れた。

 

「全く、真耶の奴は……」

 

困っているように見えるエミヤも卒なく応対し、聞かれたくないことを上手くはぐらかしている様子はこうした状況に慣れているようにも思える。

 

(ああしていれば普通の男だな……)

 

苦笑したり呆れたりからかってきたり、かと思えば時折子供の用に拗ねて見せたり、短い期間に色々な表情を見た気がする。

しかし………

 

 

 

彼は、人間ではない。

 

 

 

彼自らがそう言った、自身はヒトならざる身なのだと。

そうして見せられた、魔術と呼ばれるその力。

本来ならば出自は勿論、初めて会った時の状況からして警戒しなければならない人物のはずだ。

しかし千冬は彼が危険だとは思えず、あろうことか彼をこの学園に斡旋してしまったのだ。

理由はと聞かれても、具体的なことは言えない。

ただ真耶に言ったように、本当に纏う空気やその目から感じたのだ。

 

 

 

「やれやれ」

 

と、声に気づいて思考から意識を浮上させると、若干疲れたようなエミヤがこちらへと歩いてきていた。

 

「あいつらはどうした? 」

「なんとか隙を見て逃げてきた。彼女たちには悪いが、こういうのは苦手でね」

「随分と慣れた様子に見えたが? 」

「以前の仕事柄、こういう機会自体はよく経験したものだよ。だが、好きかどうかはまた別の話だ」

「疲れているようだな?、男にとっては天国のような状況だろう? 」

「……全ての男性がそうだと思わないことだ。まぁ、そういう者たちがいるのは否定せんがね。私の知人なら、マグ・メルにいるような気分を味わっていただろう」

 

千冬のからかいの言葉に、エミヤは些かげんなりとしながら答えた。

 

「マグ・メル……喜びの島のことか?。たしかケルト神話での死者の国だな、いわゆる天国のようなものだったと記憶しているが」

「それであっている。一応、彼の地に縁のある人物だったのでね、例えてみたまでだ」

 

最も、アレは日本の地に馴染み過ぎていたが、とエミヤは笑う。

懐かしい記憶に触れたのだろう、その目は穏やかに遠くを見ていた。

 

「友人だったのか? 」

「アレの異名を考えれば、犬猿の仲の方がしっくり来るのだろうがな。まぁ、腐れ縁と言ったやつだ」

「そうか」

「そうだ」

 

そこから交わす言葉はなく、2人並んで立ちながらゆっくりとグラスの中の液体を減らしていく。

 

 

「あ~、エミヤ先生ったらあんなところに」

「でも、あそこには織斑先生が」

「て、手が出せないわ……」

 

2人が並ぶ部屋の一角を、悔しそうに眺める視線には気が付かなかったようだ。

 

 

 

 

(………)

 

少し経って、千冬はグラスに残った酒を見つめていた。

エミヤとは長い付き合いではない。

そんな奴と二人、気まずい空気が漂ってもおかしくない状況である。

千冬は元よりあまり気にする性質ではないが、今はこの沈黙すら穏やかで心地が良かった。

 

(これも、奴だからなんだろうか……)

 

そう思うと、千冬はエミヤの体を下からぼんやりと眺める。

日本人の平均身長からすれば千冬は十分に長身と言える部類だが、それでも隣に立つこの男の顔見るには首が痛くなるほど上に向けなければいけない。

 

(……ほう)

 

四肢は長く、その体が良く鍛えられているのは服の上からでさえよくわかる。

中央の賑わいを穏やかに眺める顔は、よく他の教師たちが話題にしている、テレビに出るような美男子ではないものの、よく整っていた。

 

(なるほど、こうしていれば”いい男”……なのか)

 

特段男性に強い興味を持たない千冬でさえそのような判断が下せる程だ、生徒や教師陣がこぞって向かうのも無理はないだろう。

そのままボンヤリと眺めていたが、暫くしてエミヤがその視線に気づき、顔を合わせる。

 

「………ん?、どうかしたかね? 」

「あ……あぁ、いや、なんでもない」

「?、そうか……」

 

視線が合った千冬は慌てて顔を逸らした。

普段の千冬なら「なんでもない」と普通に流せたはずなのに、不思議と狼狽している。

 

「そ、そう言えばだな。前回の試合でお前が使った打鉄、あれを正式にお前の専用機にする」

「むっ」

 

思わず明日言う予定の連絡事項を口走ってしまった。

何故自分がこうまで慌ててしまっているのかを分析しながらエミヤを見れば、彼は不思議と難しい顔をして考え込んでいた。

 

「どうかしたか? 」

「学園が保有するISの機体数は限られているのだろう?、ならば私の専用機などにせず、より多くの生徒が使用できるようにした方が良いのではないか? 」

「だめだ。脅威がいつどこで来るかなどわからない、それこそ学園の外でお前の力が必要になる可能性もある。その度に格納庫まで行くと言うのか? 」

「むぅ………」

 

エミヤの能力の具体的な程度は知らないが、戦闘の技量を見るにISに対してもある程度以上渡り合えることは容易に想像できる。

しかし、そんなデタラメな能力をホイホイと使っては相手からも怪しまれるだろう。

それ故、たとえエミヤであろうとISへの対応はISでするのが妥当であり、聡いエミヤならばそのことは十分にわかっているはずだ。

 

「……了解した」

「良い返事だ。機体は5番格納庫に保管されている。次にある飛行操縦の授業までに、フォーマットとフィッティング、武装の選択は済ませておけ。それと、整備室の使用も許可させた。あの打鉄はお前のものだ、好きに手を加えて構わない。うちの学園には、既存の機体を元にしてオリジナルの専用機を組み上げた生徒もいるからな」

「わかった……と言っても、今の私にはあのスペックで十分すぎる。暫く出向く機会はなさそうだな」

 

答えるエミヤの表情には、諦めの混ざった笑いが浮かんでいた。

 

「なんだ?、打鉄であっても専用機を与えられるんだぞ?、もう少し嬉しそうな顔をしろ」

「そうは言われても、専用機に憧れる生徒は大勢いる。それだと言うのにこうも容易く専用機を貰うというのは申し訳が立たなくてね」

「別に飾りや玩具という訳じゃない。そう思うなら、とっとと専用機持ちに見合った操縦技術を身につけて見せろ」

「…ああ、元よりそのつもりだよ」

 

からかい交じりに言ってやれば、存外に真面目な声色で返ってくる返事に、千冬は苦笑を漏らす。

この男はいつも人のことを煙に巻くような接し方をするくせに、ふと垣間見せる一面は何処までも誠実でお人よしだった。

そしてそのことがわかる程度には、この短い期間の中でエミヤとの交流があったことに気づき、少しばかり驚いた。

 

「ISと言えば、先日の織斑君の試合には驚いた。零落白夜、と言ったかな?。まさかあの機体にあんな能力が隠されているとはね」

「あぁ、あれがワンオフアビリティーだ」

「あれがか……基本的に二次移行を迎えた、それもごく一部の機体にのみ現れる能力だとあったが? 」

「あぁ、あの機体は武装も含めて少々特殊でな……」

「なるほど……」

「……………どうした?、聞きたいことがあったのではないのか? 」

 

答えたまま黙ったエミヤに、訝しんだ千冬は尋ねる。

 

「いや、平気だ」

「なんだ、言ってみろ」

「……織斑君の試合直後について」

 

そう口を開いたエミヤの声に千冬は先ほどとは違った理由で固まった。

 

「……答え辛い内容をそう深く聞くつもりもないさ」

「流石に気づいたか」

「まあ、あの反応ではな」

 

特段深く追求する様子も、変に気遣う様子もないさっぱりとした言い方は、千冬には逆に好感が持てた。

そのせいなのか酒のせいなのか、あるいは聞き手のせいかは分からないが、気がつけば千冬はゆっくりと話し出していた。

 

「……常々、私にあいつの姉である資格があるのかと思ってな」

「ほう?」

「いくつか理由はあるんだが……最近のことで言えばあいつの入学だ」

 

ポソリポソリと話すその声がいつもより弱々しく聞こえるのは、気のせいではないだろう。

 

「あいつがここに入学した今でこそ毎日のように顔を合わせているが、以前はそうもいかなかった。ここでの仕事はやりがいもあるが忙しくてな、どうやっても家に帰れるのは月に一度か二度が限界だ。あいつがこの学園に来るなんてことが無ければ、今もその状況は続いていたはず」

「ふむ……」

「あいつは唯一人の私の家族なんだ、だから絶対に守って見せると思っていた。それが結局、自分の手でろくに顔も合わせてやれない状況を作ってしまったんだ。こんな私が、あいつに姉と呼ばれていいものか、とな」

 

そう言うと千冬は自嘲めいた苦笑を浮かべる。

エミヤはその様子を黙ったまま見つめていたが、やがて小さく、クツクツと笑い始めた。

 

「なんだお前は」

「いやなに、普段の弟君に対する尊大な態度の裏には、そんな悩みがあったのかと思うとね」

「貴様…!! 」

「ふむ、彼は今でもよく君を普段の呼称で呼ぶな」

「あ、あぁ。全く、授業中は織斑先生だと何度言わせればいいのか……」

 

急な話の転換に、千冬は不機嫌そうに返事を返す。

 

「家族であるのに資格が必要かは私は知らん。だが彼は今でも君のことを一人の教師としてより、姉として慕っている、その事に関しては信用すべきじゃないかね? 」

「!! 」

「君が自身をどう思っていようと、織斑一夏は君の事を家族であると、最高の姉であると自ら言ったのだ。家族であるならばそれを、その気持ちを否定するようなことはしてはいけないのでは? 」

「……………」

 

目を丸くする千冬に向かって、エミヤは優しく微笑む。

その微笑みに、少し悲しみの色が混じっているような気がした。

そのままボンヤリと見つめていると、エミヤは苦笑しながら千冬のグラスに酒を注ぎ足す。

 

「そら、飲みたまえ」

「なっ」

「酒の飲める、折角の機会なのだろう? 」

「……そうだったな」

 

並々と継がれたグラスを見て、思わずフッと笑ってしまった。

 

「人に注いだからには、お前も付き合え」

「それは構わんが、程々にな。明日も仕事が――」

「お前に言われるまでもない」

 

そう言って互いに笑った後、二人は小さくグラスを打ち合わせた。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「………いや、なんとなくこうなる気はしていたんだがね」

「どうしましょう……」

 

さて明日もあるしここら辺でとお開きモードになった会場で、エミヤと真耶は途方に暮れていた。

その原因は……。

 

「………くぅ………すぅ………」

 

そこらにあったテーブルに突っ伏して寝息を立てる、千冬であった。

 

「すまない、私が見ていながら」

「いえいえ、そんなこと!。でも、織斑先生も珍しいですね。お酒強いですし、いつもはしっかりしている内に自分で止めるんですけど……どうしましょうか」

「なんにせよ、このままではいかんな」

「とにかくお部屋に――――。エミヤ先生、お願いできますか? 」

 

真耶の発言に少々驚いたが、確かに部屋までそれなりに距離がある中、真耶や他の女性教師では運ぶのに苦労するだろう。

その点、体格差があり男手であるエミヤならば、部屋まで運ぶのに苦労することはない。

 

「……承知した。こうなってしまったのは私の責任でもあるしな」

「ありがとうございます!。ではこれを、織斑先生のお部屋の鍵です」

「助かる。さて、では―――」

 

真耶が千冬の懐から探りあてた鍵を受け取ると、エミヤは千冬を一瞥する。

みんな仕事後そのままの格好で来ていたため、千冬も普段通りのスカートスーツだ。

この状態で一番効率よく運ぶには、とエミヤは千冬を横抱きする。

 

「よっ、と」

「んんぅ……」

「きゃああああ!! 」

「素敵!!! 」

 

抱きかかえられた千冬は一瞬顔を顰めたものの、また穏やかな表情に戻る。

周りで騒いだり、写真を撮ってる教師陣に内心首を傾げつつ、エミヤは大会議室を発った。

 

「さて、確かこの先に……」

「んっ……」

 

廊下を歩いている途中で千冬が身じろぎしたため、暫しその足を止めた。

 

「いちかぁ……」

「………姉、か」

 

千冬の言葉に暫し目を丸くしていたエミヤは、懐かしそうに笑うと再び歩き出した。

 

「全く、何処も変わらんものだな」

 

その脳裏に浮かんだのは一体誰だったろうか。

 

家族として共にいた人か。

師として主として共にいた人か。

幼き頃に共に弓の腕を高めた、快活な友人だった人か。

彼の周りにいた彼女らもまた、なんだかんだと言いながら妹ないし弟のことを気にかけていた。

そして腕の中の彼女もまた、そのご多分にもれなかったという訳だ。

 

「もう少し、素直になってもいいと思うのだがね」

 

そうは言ってみたものの、それでこそ彼女なのだろう。

彼女たちが彼女たちであったように。

 

「さて、ここか」

 

懐かしい思い出に触れている内に、目的とした部屋に着いたようだ。

後は部屋に入り、布団にでも寝かせておけば良い。

 

 

 

……部屋の扉を開けるまで、エミヤはそう気楽に考えていた。

 

 

 

 

「なんだ……これは………」

 

 

扉を開いたエミヤを出迎えたのは異様な光景であった。

間取りや基本的な家具の配置はエミヤの部屋と同じであるはずなのに、そうと感じさせない閉塞感。

床の上に不自然な凹凸を作っているのは、脱ぎ散らかした衣類とおそらく缶が詰まったゴミ袋の山だ。

他にも言いたいことは多々あるが、簡潔にこの部屋の状況を説明するならとてつもなく散らかっている。

 

「……姉というのは、こうまで皆似るものなのか? 」

 

思わずそうぼやく。

思い返せば、彼の周りにいた姉集団は皆何処かガサツな一面を持ち合わせていた。

特に虎とあかいあくまは、身近にいた分その強烈さも身に染みて理解している。

虎の縄張りとなった土蔵、あくまの城となった遠坂邸の地下倉庫がどうなってしまうのかも……。

 

「……………」

 

エミヤは無言のまま千冬をベットにおろし、起こさないように気を付けながらジャケットとネクタイを外す。

寝苦しそうにしている千冬のシャツのボタンを2つ外し、穏やかな寝息が聞こえたところで部屋の惨状を見直した。

 

「とりあえずは洗濯物とゴミ…ゴミ袋の中身は全て酒の缶か……」

 

他にもやることは沢山ある、しかも千冬の仕事のサイクルからして遅くとも朝5時には起きているはずだ。

今の時刻は日付が変わろうかという時間。

寝ている部屋の主を起こさぬよう、静かに作業を進めなければならない。

 

……本来ならば、それなりに常識を弁えているエミヤが許可もなく作業に当たることはない。

だがしかし、根源に刻み込まれたと言っても過言ではないエミヤの奉仕体質が、この惨状を放置することを許さなかった。

 

 

「この程度、片づけるなど造作もない……私を屈服させたければ、この3倍は持って来たまえ!! 」

 

千冬を起こさぬように小声で言い放ちながら、投影した赤いエプロンを素早く身に纏った。

 

 

 

 

 

ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ……

 

 

「…ん……」

 

いつも通り鳴る目覚ましに沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。

 

(朝か。確か私は…………)

「起きたかね? 」

 

「!!? 」

 

ボンヤリと浮き沈みを繰り返していた意識が急激に浮上する。

聞こえてきた声に思わず体を起こせば、飾り気のない赤いエプロンを身につけたエミヤがそこにいた。

 

「ふむ、思ったより早かったな」

「どうしてお前がここ―――――」

 

そこまで言いかけたところで千冬は部屋の様子に目が行った。

その様子に目を丸くすると二度三度と部屋を見回し、やがて戸惑いがちに口を開いた。

 

「ここは、どこだ? 」

「何処と言われても、君の部屋だろう。全く、頭は大丈夫かね? 」

 

呆れたようなエミヤの言葉を受けて、千冬が凍りついたように固まる。

 

「ここが……私の部屋……だと……? 」

「そう言っているだろう」

 

エミヤから返答を受け、千冬はまた確認するかのように部屋をゆっくり見回した。

 

「勝手に手を付けてしまったのは申し訳ないが―――」

「……いや、いい。むしろこちらが礼を言わなければいけないだろう」

 

とりあえず着替える、と言えばエミヤはコンロの方へ向かったので、その間に脱衣所で着替えを済ませた。

 

(全く、一体何なんだ……)

 

昨日の記憶を辿るに、自分はあの場で酔い潰れてしまったのだろう。

それをエミヤに担がれ部屋まで運んでもらい、ひどい有様だった部屋を一晩かけて掃除までしてくれたと言ったところだろうか。

無いとは思いながらも一応確認したが、やはりおかしな事をされた形跡はなかった。

 

(あいつが率先して運ぶとは思えんな。真耶にでも頼まれたか)

 

日頃の行動から察するに、エミヤならば会議室の掃除を率先し皆を早く帰らせ、部屋に戻るついでにと千冬のことを誰かに頼むはずだ。

 

(まぁ、こうなってはしょうがないか)

 

元はと言えば日頃の自分の生活態度に端を発することだ。

この際不満は水に流し、掃除してもらった好意をありがたく受け取ることにした。

自分の中で一区切りをつけて脱衣所を出ると座っていたまえと言われ、とりあえず言われるがまま今度はテーブルの席についた。

そのまますることもない千冬は、またぼんやりと部屋を見回した。

部屋を散らかしていた様々なものは全て片づけられ、すっきりとしている。

何処に目を凝らしても埃一つなく、まるで専門の業者が入ったかのような徹底ぶりだ。

 

「……………」

 

しかしそうではないと思わせてくれるのは、未だ部屋に残る温もりだ。

滅菌するかのごとく全ての痕跡を消すのではなく、今まで暮らしてきて部屋に馴染んだ温もりとも言えるものが、この部屋にはちゃんと残っていたのだ。

それだけで、この男の技量がうかがい知れる。

 

「そら」

 

とん、と目の前に置かれたプレートに乗っていた焼き鮭や卵焼きなど、純和風の朝食だ

そこで思考から覚めた千冬は、部屋中に漂う良い香りにようやく気付いた。

 

「お前、自分でこれを作ったのか……」

「あぁ、こんなもので悪いがな」

 

そうエミヤは言うが、目の前には朝食には十分すぎるほどの品々が並んでいた。

 

「そんな……ここまでしなくても良かったんだぞ? 」

「かつての知り合いの格言が「やるからには徹底的に」でね。この程度ことはついでに過ぎんよ」

「……すまんな」

「そう思うなら頂いてくれ。……嫌いなものは入ってないだろうか? 」

「いや、大丈夫だ」

 

エミヤにそう返し、千冬はいただきますと手を合わせる。

そうしてまずはと味噌汁を一口すすったところで、その目は大きく見開かれた。

 

「味はどうかな? 」

「お前、分かってて言っているだろう? 」

「生憎、私は読心術など持ち合わせてはいなくてね。それに味の好みなど人によりけりだ、ちゃんと言って貰わねば」

 

そう答えるエミヤだが、その口元はニヤニヤと弧を描いている。

それに少しムッとしながらも、千冬は渋々口を開いた。

 

「……美味い。正直これほどとは思ってもみなかった」

「そうかね、それは何よりだ」

 

渋々そう答えれば満足そう微笑むエミヤを見て、どこかイラついていた千冬は毒気を抜かれてしまった。

 

「しかし、本当にすまんな。こんな立派な朝食まで……」

「気にするなと言ったはずだが? 」

「しかし……」

「そう思うのなら食事を楽しんでくれたまえ。調理した者にとって、それが最高の報酬だ」

「そうか。だがお前の分は無いのか? 」

「私はもう頂いたよ、気にしないでくれ」

 

それならば、と千冬は改めて目の前の料理舌鼓を打つ。

 

 

「しかし驚いたな。一夏を軽く超えている」

「おや、彼も料理が得意なのかね? 」

「あぁ、家事全般はあいつの十八番だ。というより見ての通り私がからきしでな、学生で私より早く家に帰るからと、あいつが一手に引き受けてくれたんだ」

「なるほど」

「あいつも中々の腕だと思っていたんだが、この部屋と料理をみてしまうとな」

「私と比べることはないだろう」

「しかし、お前はいつもこれほどの料理を? 」

「何を言う。こんなもの、自分では作らんよ」

「?、どういうことだ? 」

「料理は誰かに振る舞ってこそだ。自分一人なら、必要な栄養素を摂取できればそれで構わんよ」

「そうなのか」

「といっても結局のところ、新しく試したり腕が落ちないよう手順の確認のために作ったりと、結構な頻度で作っているのだがね。少なくとも、純粋に自分で食べるための料理はしない」

「なるほどな」

 

話しつつも千冬の箸は止まらず、多い位に思っていた朝食をあっという間に食べ終えてしまった。

 

「ご馳走様。美味かった」

「あぁ、気に入ってもらえたようで何よりだよ」

 

せめて食器くらいはと思った千冬だったが、エミヤに阻止されて結局そのまま席へと戻った。

見計らったように出された緑茶もとても美味しく、淹れ方だけでこうも変わるのかと千冬を驚かせた。

 

「さて、では私も自分の支度をするか」

「重ねてだが、何から何まで助かった。礼を言う」

「なに、あれくらいのことで良いのなら何時でも」

 

そう小さく笑ったエミヤに千冬も思わず笑い返し、背を向ける後ろ姿を感謝の気持ちと共に見つめる。

 

(本当に、昨日から世話になりっぱなしだ)

 

昨夜からの様々な失態を思い返す。

酒に潰れた自分を部屋まで運び、散らかった部屋を掃除し、朝食まで作ってくれた。

感謝してもし足りない。

 

(しかし何だ?。どこか引っかかることが……)

 

 

ふと気になった千冬は今一度部屋を見た。

 

うん、完璧に掃除されている。

ゴミ袋は勿論、埃すらない。

あれほど脱ぎ散らかされた衣服も……。

 

「………待てエミヤ」

「ん?、どうかしたか? 」

 

ドアノブに手をかけようとしていたエミヤを止める声は、とても固いものだった。

 

「お前、散らかっていた服はどうした?」

「まとめて洗濯機で洗い、乾燥機にかけた後に畳んで仕舞ったが? 」

「そうか………それはつまり………」

「ん? 」

 

 

「下着…も、ということか? 」

 

そう尋ねる声の低さを、この時のエミヤは全く気にしていなかった。

 

「下着……?。あぁ、安心したまえ」

「そ、そうか。流石に下着は」

 

 

 

 

「下着類ならちゃんと全て手洗いだ、他の手洗い物と一緒にな」

 

 

 

そうこともなげに答えた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 

 

 

 

「女性の肌着は形状的にも材質的にも繊細だからな。今の洗濯機はどれも中々進化しているが、やはり肌着の類は未だ手洗いが一番だ。私は以前とある少女の面倒を見ていたんだが、それがまた色々とうるさくてね。あぁそうだ、一番下の棚の奥にあった下着は全て、シルク系のものと一緒に2段目の棚の左側に移しておいだぞ。棚の一番下など、あんな取り出しにくいところに仕舞っては、まるで隠しているよう――――――」

 

 

 

 

残念なことにその言葉を続けることも出来ず、エミヤの意識は一時刈り取られることとなる。

意識を失うその一瞬前にエミヤ見たものは、自分の眼前に超速で迫りくる拳と、焼けた鉄ほどに顔を赤くした千冬の顔だったという。

 

 

 

 

因みに、職員室に入った千冬が、自分がエミヤに姫抱きにされている写メを同僚たちから見せられるのはその少し後の話である。

 




いかがでしたでしょうか。

個人的に、アーチャーのオカン度(執事度)は女性であろうとこれくらい余裕でこなしちゃうレベルです。

次の更新は何時になるか………。
相も変わらずご都合主義満載で行きますので、期待せずに待っていただけると幸いです。

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