さて、どうしたものか
「あー……」
一限目終了後の教室で、一夏は一人頭を抱えていた。
先生たちが教室を離れると、教室の内のあちこちには女子数人がグループを作り、何やら小声で話をしている。
「織斑君、千冬様の弟だったのね」
「名字でもしかしたらって思ってたけど……ひょっとしてISに乗れたのもそのせい?」
「あ~。お姉様の弟で、しかも男性操縦者だなんて」
「でもさ、男性操縦者で言ったらあの……」
「エミヤ先生でしょ? もう何あれ、すっごいカッコいいんだけど」
「いかにも大人って感じよねぇ」
「千冬様でしょ、それに織斑君とエミヤ先生かぁ。私たちってすっごくついてるかも」
「言えてる!! 1組に入れてよかったぁ」
「………………」
微かに会話が聞こえるのが更にキツい。
話の最中にチラチラと一夏の方を向いては、キャーなどと声を上げまた話に花が咲く。
教室の外には二年三年の先輩たちまでが詰めかけていた。
こちらも一夏を見てはヒソヒソと小声で話をし、一夏が顔を向ければ慌てて逸らす。
その反応に溜息を吐く一夏だが、彼女たちの気持ちもわかっていた。
10年前突如として現れたIS<インフィニット・ストラトス>。
“女性にしか扱えない”という特異な性質を持つが、その能力の前には現行の兵器群さえ鉄クズに等しく、それまで各国が心血を注いできた軍事計画、戦略、戦術、兵站といった全てを白紙にしてしまった。
現在ISの軍事利用こそ禁止されているが、有事の際にはISがなければ話にならない。
よって各国競って進められたのが女性を優遇する社会制度であり、その帰結が現在の女尊男卑社会なのだ。
IS学園とは当然そのISの操縦者を育てるための機関であり、本来完全なる女子校だ。
ここに男子生徒がいる時点でおかしく、生徒たちが興味を持つのも当然だろう。
だが現実に一夏はISを起動させ、朝の時点で二人目の男性操縦者が現れた。
(案外、調べればゴロゴロいるんじゃないのか……? )
一瞬そう思ったが、この10年の間に調査機関が調べなかったわけがない。
小さく溜め息をついた一夏は、再度教室を見回してみる。
相変わらず目が合うと顔を逸らすが、その表情からは一夏からの話しかけられることを期待しているようにも思えた。
女子たちは小声で「アンタ話しかけなさいよ」「ヤダ恥かしいアンタが行って」「なら私が失礼して」「抜け駆けダメ、絶対」という謎の合戦を繰り広げている。
しばらくはこの状態が続くのか、と考えるだけでも気が重い。
(弾、代われるものなら変わってやる。誰かこの状況をどうにかしてくれ……)
「……ちょっといいか」
「え? 」
突然かけられた声に振り向く。
「箒? 」
「……………」
最後に会った時からかなりの時間は立っているが、目の前にいるのは間違いなく幼馴染の篠ノ之箒だ。
「廊下でいいか? 」
「お、おう」
続けてかけられた言葉に、再会の喜びになど浸る間もなく席を立った。
生徒達は箒の行動に驚いているが、二人はそれ以上言葉を交わすこともなく教室の外へと向かう。
廊下に押し寄せていた先輩たちはまさかやってくるとは思わなかったのだろう、少し慌てたように二人から距離をとった。
しかし会話の内容は気になるようで、二人の周りを取り囲むようにして様子を窺っている。
連れ出した箒は視線を合わせぬまま一向に話し出す気配もなく、沈黙に息苦しさを感じた一夏の方から話を切り出した。
「あー……久しぶりだな、箒。六年ぶりだけど、すぐにわかったぞ」
「え……」
「髪型、あの頃と一緒だろ」
一夏が自分の頭を指差しながら答えると、箒は顔を僅かに赤らめて髪の毛をいじりだす。
「よ、よく覚えているな」
「そりゃあ覚えてるさ、幼馴染なんだから」
「……………」
目を合わせぬままの箒だったが、帰ってきた答えに一夏を冷たく睨む。
その理由がわからず困惑した一夏だったが、気を取り直して話かけた。
「いや、でも箒がいてくれて本当に助かった」
「……そうなのか? 」
「あぁ。わかってはいたけど周りは女子だらけだし、本当どうしようかと思ってたんだ。でも箒が同じクラスなら心強いぜ、久しぶりに会えたのも嬉しかったしな」
「そ、そうか……」
睨んでいた筈の箒がワタワタと目を逸らす。
「し、しかしだな。男の操縦者ならもう一人いただろう」
「あー、エミヤ先生な」
答えながら一夏はその姿を思い浮かべる。
授業中は教室の後ろで真耶の話を聞いていたエミヤだったが、その様子が気になる女生徒がチラチラと後ろを窺っていた。
当然千冬がそれを許すはずもなく、数人が哀れにも出席簿の餌食となっている。
「うーん。確かに嬉しくはあるけど、あの人は先生だしなー」
「そろそろ授業が始まるぞ」
「あ、エミヤ先生」
「「「「「「「えっ!? 」」」」」」」
声の方へ振り向くとエミヤが向かってきていた。
授業終了後にすぐ教室から出ていったので上級生はこれが初対面になるだろう。
「織斑先生に叩かれたくなければ、早めに席に戻った方がいいぞ。それと、君たちは上級生かね?」
「「「「「「「 ひゃ、ひゃい! 」」」」」」
「ここは一年の教室だが、次の授業には間に合うのか? 」
「「「「「「「 へ……、あっ!!? 」」」」」」
突如話しかけられて真っ赤になった先輩たちだが、エミヤの指摘にハッとすると慌てて自分たちの教室へと戻っていった。
「一夏、私たちも戻ろう」
「あぁ」
箒と共に教室へと歩き出した一夏だが、ふと足を止めると、後ろにいるエミヤへと振り返る。
「何かね? 」
「先生もIS使えるんですよね? 」
「ん? あぁ、先程織斑先生が説明した通りだ。といっても私でも良くわからないまま起動させてしまったのでね。立場は教師でも、ISに関しては君たちと同じか、それ以下だよ」
「そうなんですか。え、えーと………」
一夏は改めて目の前の男を見る。
その容姿から一見すると怖い印象さえ感じるが、纏う雰囲気はどこか穏やかだ。
だが自分より一回りは年上のエミヤにこれ以上何を話せばいいのかわからず、刻々と時間が過ぎていく。
キーンコーンカーンコーン
始業の鐘が鳴り響く。
「ふむ、始業の鐘だな」
「あ、しまった! 早くしないと千冬姉に―――」
パァン、ともはや聞き慣れた音と衝撃が一夏の頭部を襲う。
「織斑先生だと何度言えばわかるんだ馬鹿者」
「……………」
「本来なら席についていない時点でもう一発だが、エミヤ先生と話していたようなのでそれは考慮する。わかったらとっとと席に着け織斑」
後ろにいるのが誰なのか確かめる必要もなく、一夏はエミヤの苦笑に見送られながらトボトボと席に着いた。
******
「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、――」
こうして始まった二限目だが、一夏は以前頭を抱えている。
(………なんだこの授業は、言ってることが全くわからん)
先程から教科書をめくってはその内容の意味不明さに顔を顰める。
教科書が違っているかもと思い隣の机をチラリと見るが、そこには自分のと同じ教科書が広げられていた。
他の机にも目を向けるがその光景は同じで、生徒の方もノートをとりながら真耶の説明に頷いて見せたりする。
(おかしい、おかしいぞ。皆はなんで理解できてるんだ? )
「織斑君、どこかわからないところはありますか? 」
一夏の様子に気づいた真耶が、気遣うように声をかける。
「あ、えっと……」
「わからないところがあれば聞いてください。なにせ私は先生ですから」
少々誇らしげに真耶が言う。
一夏は俯いて少々考えた後、意を決したように顔を上げた。
「先生! 」
「はい。なんでしょう織斑君! 」
「ほとんど全部わかりません」
「え……」
真耶もこれは予期していたかったのだろう。
先程のまでの勢いは失せ、困った顔で一夏に聞き返す。
「ぜ、全部、ですか……」
「はい」
「そ、そうですか……織斑君以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
そう生徒たちに挙手を促す真耶だが、誰一人として反応がない。
「織斑、入学前の参考書は読んだか? 」
「え? あの分厚いやつですか」
「そうだ」
教室の端で授業を見ていた千冬が問う。
「その、古い電話帳と間違えて捨てました」
パアン。
今日何度目になるだろうか、千冬の持つ出席簿が一夏の頭部に襲い掛かる。
「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
千冬の言葉に思わずそう返した一夏だが、睨む千冬を前にそれ以上食い下がる気はしなかった。
「……はい、やります」
「いや、再発行は必要ないだろう」
「えっ……」
沈んでいた一夏が背後を見ると、教室の後ろにいた筈のエミヤが立っていた。
「私ので良ければ君に渡そう。状態は悪くないと思うが」
「エミヤ、お前の分はどうするんだ? 」
「教科書と共に内容は全て把握、理解している。頭に入っていれば問題あるまい? 」
「お前に渡したのは5日前のはずだが」
「そうだが、それがどうかしたかね? 」
「……まぁいい。織斑、エミヤ先生に感謝しろ」
「は、はい。ありがとうございます」
「なに、礼には及ばんよ」
一夏の礼にエミヤは笑顔で答える。
その様子を黙って見ていた生徒たちだが、一人が覚悟を決めた顔でエミヤへと顔を向ける。
「せ、先生! 私も教科書無くしちゃって、その……」
「あ、私もです! 」
「あ、ズルっ! 私―――」
パパパァン!
一瞬にして三人の頭から星が飛んだ。
「お前たちが机に広げているのは何だ? 小娘ども。くだらんことをする前に授業に集中しろ」
「「「……はい 」」」
「むっ、私の行動に問題があったのかね? 」
そして再び授業が始まるが、安堵した様子の一夏を後ろから睨む者がいたことに、一夏は全く気付いていたかった。
******
「ちょっとよろしくて? 」
「へ? 」
2限目をなんとか乗り切った安堵にひたる余裕もなく、一夏に声をかける者がいた。
白人特有のブルーの瞳、地毛であろう煌びやかな金髪はわずかにロールがかっていて、いかにも高貴そうなオーラを放っている。
「ちょっと、何をボーっとしてらっしゃるのかしら。このセシリア・オルコットに話しかけられたという感動に浸っていらっしゃったのかしら」
「セシリアっていうのか、名前」
「……あなた、まさか知らなかったんですの? このセシリア・オルコットを? イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを? 」
「代表……候補生? 」
今初めて聞いた単語を聞き返すと、セシリアの表情が変わっていく。
「あなた……わたくしはおろか、代表候補生のことすら知らないんですの!?」
「おう、知らん」
「信じられない、信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら……」
「で、代表候補生ってなんなんだ? 」
ブツブツと呟くセシリアを遮るように一夏が尋ねる。
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……あなた、単語から想像したらわかるでしょう」
「お、そう言われればそうだな」
一夏がそう反応すると、セシリアは目をつり上げながら話を続ける。
「大体あなた、ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入って来れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていたのですが……。エミヤ先生はともかく、あなたは期待外れですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しく接してあげますわ」
キーンコーンカーンコーン、本日3度目となる始業の鐘が鳴る。
「時間ですわね。それでは授業頑張って下さいな。ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げても良くってよ」
そう言い残し、セシリアは席へと戻っていった。
*******
「全員いるな? では授業を、と言いたいところだが。その前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければいけないな」
千冬の声を聞きながら、教室の後ろに立つエミヤはクラス内を一瞥した。
クラス代表者。
今回のような対抗戦は勿論、各種会議や委員会への出席などもこなす、いわば各クラスの顔となる者だ。
学級委員、というのが普通の学校で一番近い表現だろう。
「はいっ。織斑君を推薦します! 」
「私もそれがいいと思います! 」
生徒たちの数人が一夏を推薦する。
その様子を見ながら、アーチャーは僅かに眉を顰めていた。
実力推移を見る目的がある以上、ある種イレギュラーな存在である一夏よりも、他クラスと同じ女子生徒が代表をした方が良いのでは、というのがエミヤの考えだ。
だが学園全体で見れば、今までいなかった男性操縦者を積極的に学内のことに関わらせるというのも、生徒や教員達が男子生徒の存在に慣れるには非常に有効な手段であるだろう。
つまり結局のところ、どちらであろうと構わないのだ。
今ここでエミヤが問題にしているのは、推薦している本人たちがそこまで深く考えていないということだ。
そのまま件の生徒に問うことも考えたが、千冬や真耶が黙っているのを見て静観することにした。
「では候補者は織斑一夏………他にいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
「………お、俺!? 」
ぼんやりと経緯を見ていた一夏だが、自分が指名されたと知り戸惑いの声を上げている。
思わず立ち上がった一夏に、ほとんどの者が期待を込めた眼差しを返していた。
「席に着け織斑。自薦他薦は問わないと事前に伝えた筈だ、選ばれた以上は覚悟をしろ」
「い、いやでも―――」
「待ってください! 納得がいきませんわ! 」
両手で机を叩きながら立ち上がったのはセシリア・オルコットだ。
当然だろう。
他者を推薦する以上、そこには選ぶだけの理由が無ければいけない。
そして生徒の中でエミヤのようにちゃんと考えている者など、一人もいないと言っていいだろう。
(セシリア・オルコット……英国の代表候補生だったか)
国を背負う可能性のあるエリートだ。
それに選ばれるからには相応の実力を持っていて、彼女にとってクラス代表はその実力を示すのに丁度いい肩書だろう。
それを「男である」といった理由でだけで奪われては、彼女の怒りも当然と思える。
「クラス代表は実力トップがなるべき、このクラスで代表になるべきはわたくしです。それを物珍しいからという理由で極東の雄猿にするなんて、いい恥さらしですわ。わたくしはわざわざこんな島国までISの修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございません! 」
捲し立てるセシリア。
「大体、文化としても後進的な国で暮らすことでさえ、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」
「……ちょっと待て、イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」
「なっ……あっ、あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!? 」
我慢できなくなった一夏が思わず反論すれば、あとは売り言葉に買い言葉、どんどんと口論はヒートアップしていく。
「決闘ですわ! 」
「おう、良いぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
「そこまでにしろ、授業もあるんだ。では勝負は一週間後、放課後に第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ準備しておくように、それでいいな? 」
それ以上熱くならないよう、千冬がさっさとまとめてしまった。
「わかりましたわ」
「俺も、それでいいです」
「精々、逃げずにいらっしゃることね。まぁ、ドゲザ、でしたわね? されたら多少手加減してあげなくもないですわ」
「手加減なんかいらねぇよ、全力で来い」
「……そうでしたね、代表候補生という言葉すら知らなかったんですもの。では代表候補生と戦うというのがどういう意味か、その身をもって味わうといいですわ」
そう言うとセシリアは席に着き、一夏もそれに続いて着席した。
生徒達が小声で囁きあっている中、千冬の「静かにしろ」の声で再び教室の雰囲気が戻っていく。
エミヤ自身、ISでの戦闘及び二人の力量には興味がある。
エリートたる国家代表候補の実力とは、そしてイレギュラーである男子操縦者の実力とは……。
(しかし、入学早々先が思いやられるな。これでは二人の負担も相当なものだろう)
ようやく始まった授業を聞きながら、エミヤは小さく溜め息を吐いた。
読んでいただきありがとうございます。
全然かけねぇ……どうしたもんか。
こんなところでなんですが、お話の中の弓兵さんの設定をば。
エミヤシロウ。
Fateルート、もしくはそれに近い聖杯戦争を経験した衛宮士郎が英霊となった姿。
現在のステータスは凛マスターの時と同じ。
黄金の別離を経て、高校卒業後に凛と共にロンドンに渡り魔術を習い、数年後に袂を分かつ。
その後は各地を転々としながら本編の通りの生涯を送り、英霊として聖杯戦争へと呼ばれる。
Hollow以降も全サーヴァント及びマスターが現界しており、サーヴァントは憑代としていたマスターが死亡するまで二度目の生を送っていた。
今回は核である本体が現界している為、分霊が経験したStay night、Hollw、Extra(外伝含む)の記憶が残っている。
とりあえずこんなところです。
もっと量が増えたりしたら設定ページも作ろうとおもいますが、今回は字が少ないのでこんなもんです。
二度目の人生で何してたかは、今後触れると思います。