そうして現在、エミヤはIS学園の教員の一人として在籍している。
ISの知識・経験はまるでないが、そこは千冬と真耶の補佐をしつつ、生徒たちと共に学んでいくことになるだろう。
住居も教員寮の一室をあてがわれ、ここにいる限りは生活に困る必要もない。
そうして職員として数日を過ごした後、いよいよ新入生の入学式を迎えることとなった。
「行くぞ、エミヤ先生」
「あぁ」
会議が終わり、席を立つ千冬の後に続き、教室へと向かう。
「しかし、ここの教員は順応性が高すぎないかね? 」
元よりそれほど積極的に他人と関わることはない上、黙っていればその鋭い双眸は相手に威圧感を与えるだろう。
だが、初めこそ突然の新職員の紹介に驚かれはしたものの、すぐにエミヤは教員の輪の中に入ることが出来た。
「生徒ならともかく、少数ではあるが職員にも男性はいるからな。それにお前自身の徳もあるだろう。聞いているぞ、用務がお前を重宝しているとな」
「なに、機械類の修理は得意でね。手が空いている時に手伝っているだけさ」
元々設備は一級品ばかりのIS学園だが、機械は機械、壊れたり調子が悪くなることもある。
そんな中でエミヤは、学生時代にブラウニーと渾名されたその腕前を存分に振るっていた。
「手伝うのはいいが、もう少し自分の時間も持ったらどうだ? 」
「もう少しこの学園に慣れたらそれもいいだろう。そもそもこの学園の機材は最新のものばかりだ、そうそう壊れることもあるまいよ」
簡単な会話を交わしながら、二人は1組の教室の前に到着した。
「ここが私たち担当の教室だ。お前は私が呼ぶまでここで待機していてくれ」
「了解した」
アーチャーの返事を確認すると、千冬は教室の扉を開ける。
開いた扉からは男子生徒が一人立っているのが見えた。
千冬が入ったことにも気づかぬくらいに、教室内の視線はそのただ一人集中している。
(なるほど、彼が織斑一夏……)
記憶にある生徒名簿の顔写真と照合する必要もない。
この学園において、男子生徒は彼以外に一人もいないからだ。
※※※※※※※※
「………えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
そう挨拶する少年。
教室内は沈黙が続き、教室の視線はすべて一点に注がれている。
“織斑一夏”
現在唯一ISを扱える男がする自己紹介の内容に、誰しもが耳を澄ませ―――。
「以上です」
そう続いたまさかの一言に、椅子からずり落ちる者さえいたのも仕方がないかもしれない。
その状況にアタフタと見回していた一夏に、千冬は容赦ない一撃を与える。
「いっ―――」
頭を押さえながら、一夏は教卓の方へと振り返る。
「げえっ、関羽!? 」
そう口走った一夏に再びの一撃。
パアン、と教室に響くほどの音であったそれだが、生徒の関心は既に他に向けられていた。
「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」
千冬はそう涙目の一夏に言葉をかける。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?。それと彼は―――」
「あいつなら外に待たせてある。それよりすまなかったな、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてしまった」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
声をかけた真耶にそう答えると、千冬は真耶と変わるように教卓に立つ。
生徒たちの熱のこもった眼差し、一夏の信じられないといった目をよそに、千冬は凛とした表情で生徒たちを一瞥する。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者にするのが仕事だ。私のいう事は良く聞き、良く理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は若干一五才を一六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私のいう事は聞け。いいな」
淀みなく紡がれた言葉を聞きながらも、一夏は未だ状況を理解しきれていないようだ。
だが混乱する一夏をよそに、多くの生徒たちはその口上に歓声でもって答えた。
「キャアーーーーーー!。千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、千冬様に憧れてこの学園に来たんです! 」
「あの千冬様にご指導して頂けるなんて…あぁ、私ったら涙が…… 」
そんな少女たちの声を一身に受けながら、千冬はうんざりした顔で口を開く。
その表情から、こうした経験は初めてのことではないことが窺える。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか? 」
「きゃあああああっ!、そんな、お姉さまに叱っていただけるなんて!! 」
「もっと叱って、罵って下さいお姉様!! 」
「でも時には優しくして!」
「そして付け上がらないように躾……いえ、調教してください!! 」
再び上がる黄色い声に千冬は大きく溜め息を返すと、未だに呆然としている一夏に目をやった。
「で? 挨拶も満足に出来んのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は―――」
慌てながらも口を開いた一夏だが、それを聞き入れる前に三度目の破裂音が教室に響いた。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……? 」
「あぁ~、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」
「代われるなら私、なんだってしてみせるわ……」
二人のやり取りを聞いていた生徒たちの間で、そんな話が交わされる。
「席につけ、馬鹿者が。それとお前たち、もう少し静かにしろ」
千冬の一声で教室は静まり返り、一夏はただ黙って席についた。
「ではこれでSHRは終わり……と言いたいが、諸君にはもう一人紹介しなければならない者がいる。………入れ」
えっ、と困惑する教室内。
そうして教室内に入ってきた人物を、皆ただ黙って目で追っていた。
180……いや190cm近いだろうその偉丈夫の肌は浅黒く、雪原のように真っ白な髪は、同色の眉から生来のものだとわかる。
グレーのシャツに黒のスーツとネクタイを身につけたその姿は、見事なまでにモノトーンで構成されていた。
「……何を笑っている? 」
「いやなに、入学初日から随分と慕われているようだと感心したまでだ。教師冥利に尽きるのではないかね? 」
「馬鹿者どもが勝手に騒いでいるだけだ。さて……」
精悍な顔立ち。
僅かに弧を描いている口から流れ出る低い声には、相手をからかうような響きが含まれていた。
千冬はやや疲れたような顔でそれに答えると、生徒たちの方へ向き直る。
「エミヤ先生だ。先生は先日IS作動させた、世界で二例目の男性になる。よって急遽ではあるが、この学園で働いてもらうことになった」
「エミヤだ。突然だが織斑先生、山田先生と共にこのクラスを担当することになった。君たちを鍛えるべく日々奔走する二人を補佐することが当面の仕事だ。ISの操縦に関しては、君たちと共に学んでいくことになるだろう」
教室を沈黙が包む。
自分が唯一の男性IS操縦者だと聞かされていた織斑一夏は、今聞いた内容に驚愕して固まっている。
それに対し女子生徒の大部分は、聞いた内容よりもその容姿の方に関心が向いていた。
まじまじとその顔立ちや体つきを何度も何度も見比べる。
そして彼女らの口が歓声の為に開かれた瞬間、千冬が遮るように口を開いた。
「では今度こそSHRを終わりにする。諸君らはこれからISの基礎知識を半月で理解してもらう。その後実習となるが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」
「「「「「「「「「 は い ! ! ! 」」」」」」」」」
千冬の言葉にほぼ反射的に返事をする生徒たち。
「ふむ、改めてこの士気の高さには驚かされる。君さえその気になれば、この学園を統べることさえ容易に出来るのではないかね? 」
「1クラスでさえ頭痛がするんだ、学園中の馬鹿者どもの相手など身がもたん」
感心するように呟くエミヤに、千冬は呆れたようにそう返した。
こんな感じで続くかと…。