お久しぶりです。
性懲りもなくまたあげさせていただきます。
「それじゃ、今日はここまで」
「ありがとうございました」
授業が終わった1年2組。
教室から出ていく教師を見送ると、生徒たちの肩から力が抜ける。
「あぁ、お腹すいたー」
「昼休みは次の授業の後だぞー、頑張れー」
「ふぇー。あ、でも次の授業って確か……」
「……そうだった!」
「大変!早く準備しなくちゃ!!」
生徒たちは賑やかに、各々授業の準備を進めている。
その中で、鈴こと凰 鈴音は机に座ったままボンヤリとその様子を眺めていた。
(つまんない……)
目は口ほどに、と言うが、今の彼女は全身でそれを表現している。
授業は退屈というほどではないし、クラスの皆も突然の転校生である自分を歓迎してくれた。
だというのに、今の鈴の気分を押し下げている理由はただ一つ。
(なんでクラスが違うのよ)
そう、結局のところ原因はその一点につきる。
その姿を思い出せばなんだかひどく頭にきて、自然と眉が寄ってしまった。
(なによ、こっちが勇気出して行ってみれば)
話されていた会話にこれ幸いと乗ってみたものの、一夏から返って来たのはあんまりな一言。
確かにガラではなかったとは思うが、久々に会った相手にアレはないだろうと思う。
(でも、まっ、いっか)
寄っていた眉が一変、だらしなく緩む。
自分自身の心変わりにおかしくなって、机に突っ伏してクスクスと笑ってしまった。
そう、一夏の姿を見かけたとき、ほんの僅かだが声をかけようか迷ったのだ。
一年ぶりの再会。
自分の容姿はさほど変化してないはずだが、もし一夏にわかってもらえなかったら、忘れられてしまったらと不安だった。
思うたびに持ち前のポジティブ思考で乗り切ってはいたが、その不安は杞憂だったのだと、他ならぬ一夏が証明してくれたのだ。
驚いた表情。
そこから発せられた声には確かに喜色が混じっていて、長旅や手続きばかりだったここ暫くの疲れなど、それを聞いた瞬間に跡形もなく吹き飛んでしまったのだった。
(この学園で会えるなんて、思ってもみなかったけど)
急遽ここへ転入した理由である、数か月前のニュースを思い出す。
「日本人男性、ISを起動」などという見出しが世界中に掲げられなければ、自分たちの再会はもっと先になっていたはずだった。
(まぁ、二人目がいた訳だけどね)
先ほど教室で見た、もうひとりの男性。
好奇心のまま視線を移してしまったが、さすがにあの短時間ではどのような人物かなどわかるはずがなかった。
(よくわかんなかったわね……。そうだ、一夏に聞けばいっか! これ終われば昼休みだし!!)
自らの案に、隠すことなく笑みが零れる。
そのまま上機嫌に次の授業の準備を始めたところで、辺りの様子にようやく気が付いた。
「ねぇ」
「? どうしたの凰さん?」
「みんな、何してるわけ?」
「えっ! あ、こっ、これは……」
質問の答えなど、周りの光景を見ればわかる。
皆、身だしなみをチェックしているのだ。
服装や髪型を、周囲の友人からチェックまでもらって直している。
見れば皆どこか少し浮ついた様相で、先ほどからコロコロと様子が変わっていた鈴のことも気づいていなかったようだ。
「次の授業って英語でしょ? 何でそんなに気にしてるのよ?」
「こ、これは……ね……」
「あっ、次の授業の先生ってかなり厳しいとか?なら早く言って―――」
「来たわ!!!」
質問に答えが返ることはなかった。
入り口付近で様子を伺っていた生徒からの一言で、皆ビシリと席に座る。
浮ついた様子はそのままに、真剣な眼差しで教室の入り口を見つめていた。
「な、何よ一体」
思わずたじろぐ鈴。
そしてガラガラと教室を開けるその姿に。
「へ?」
思わず、そんな言葉が口から出てしまったのだった。
――――昼休み――――
「あー、腹減ったー」
「…………」
「…………」
「どうしたんだ二人とも? 頭、まだ痛むのか?」
食堂へ向かう道中、一夏が発した気遣いに。
「誰のせいだと……」
「思っていますの……?」
箒とセシリアの二人は、冷たい声で答えを返した。
「ど、どうしたんだよ……」
「……」
「……」
理由を聞いても、二人はジロリと一夏を見るばかり。
どうしようもないこの状況に、一夏は肩を落として歩みを進めた。
そもそも、授業中から様子がおかしかった。
箒とセシリアはソワソワと一夏を見ては、千冬の出席簿の餌食となっていた。
もっとも、様子がおかしかったのは二人だけでなく、多くの生徒がボーっとした様子で、授業のことなど頭に入っていないようだった。
熱に浮かされたようなその状態では真耶からの質問に答えられるはずもなく、もれなくその頭上に出席簿が落ちたのだった。
「一体どうしたんだよ、皆なんかおかしかったぞ?」
「……わからなくていいといったはずだが」
「へいへい」
一夏の問いに箒が冷たく返す。
こうなってはどうしようもないことは、短い学園生活の中で重々わかっている。
わかっているので、一夏はそっけない箒に小さくため息をついた。
「ほら、もう食堂だぞ。飯でも食べて機嫌直せよ」
「機嫌など悪くないぞ」
「そうだな、でも腹減っただろ? ほら……って」
そう言ったところで、食堂入り口に立つ一人の少女が目に入った。
「待ってたわよ一夏!」
「鈴!」
思わず一夏が声をあげると、その少女は嬉しそうに一夏へと駆け寄ってきた。
「アンタもこれからお昼でしょ? 一緒に食べましょうよ!」
「わかった、わかったから食券買わせてくれ!」
グイグイと一夏の腕を引きながら話を進める鈴。
いかにも親しげなその様子に、一夏の後ろにいた二人の眉はどんどん吊り上がっていく。
「ほら、二人も食券買っちゃおうぜ」
「あら、その二人と来てたわけ? ていうか誰?」
二人の方を向く一夏に、鈴もキョトンとした表情で続く。
一緒に来たにも関わらず今まで眼中になかったと言わんばかりのその態度に、二人のこめかみからピシリと音が聞こえた気がした。
結局、4人は同じ机を囲むことになった。
「鈴は相変わらずラーメンか」
「何よ悪い? 別に迷惑かけてる訳でもないでしょ?」
「そこまで言ってないだろ。しかしびっくりしたぜ、鈴転校生って鈴のことだったのか。連絡くらいしてくれりゃいいのに」
「それじゃサプライズにならないでしょ。ふふーん、見ものだったわねー、びっくりした一夏の顔!」
「こっちは本当に驚いたんだからな!」
久しぶりだという二人の会話は弾む一方、それを眺めながら食事をとる二人はだんまりを決め込んでいた。
授業中に二人の気を逸らさせた原因である転校生が目の前で、一夏と楽しそうに話しているこの状況。
問いただしたいのは山々だが、今は敵情視察に努めようとグッと堪えているのだ。
「で、アンタたちはいったい誰なの?」
「あぁ、鈴は初めてだったな」
と、ここでようやく二人へ顔を向けた鈴に、一夏も鈴が二人とほぼ初対面だったことに気づく。
「二人はクラスメイトの篠ノ之 箒とセシリア オルコット。箒、セシリア。こっちは転校生の―――」
「凰 鈴音よ」
「……篠ノ之 箒だ」
「……セシリア・オルコットと申しますわ」
「箒の話は昔しただろ? 俺の幼馴染で、通ってた剣術道場の娘。あぁ、鈴が来たのは箒が引っ越してすぐだから、丁度入れ違いだったのか」
「ふうん、そうなんだ」
「で、鈴とは中学二年で国に帰るまで一緒だったんだよ」
「ほう、成る程な」
一夏の話に、二人はまっすぐにお互いを見つめた。
互いの力量を把握するようなその様子に、一夏は首を傾げる。
「……よろしく頼む」
「……こっちこそ、よろしく」
「お待ちになって!!」
二人の様子を見て、突如セシリアが声を張り上げた。
「あなた、わたくしの名前を聞いても何とも思いませんの!?」
「はぁ?」
「セシリア・オルコット! イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!! あなた、代表候補生でしたらわたくしの名前くらい―――」
「あーゴメン。あたし他の国とか興味ないから覚えてないのよ」
「な、な、なっ……!!」
あっけらかんとした鈴の返答に、セシリアは言葉につまりながら顔を真っ赤に染めていく。
それが怒りによるものであることは、誰の目から見ても明白だった。
「いいですわ。ならわたくしの強さをもって、嫌でも忘れられないようにして差し上げます!!」
なんとか調子を取り戻したセシリアは、ビシリと鈴を指さしながら声を張り上げる。
「あら、そ。でも戦ったら私が勝つよ。悪いけど強いから、私」
「……言ってくれますわね」
セシリアの言葉に、鈴はどこか確信めいた口調で返事を返す。
それを聞いて怒り心頭のセシリアをよそに、鈴はクルリと一夏へ顔を向けた。
「そういえばアンタ、クラス代表なのよね?」
「ん? あぁ、成り行きでそうなった」
「ふーん、そっか……」
思案するような口調。
「そ、それなら、さ」
先ほどまでの勝気な様子はどこへやら、鈴は恥ずかし気に一夏から視線を逸らしながら――。
「ISの操縦、見てあげてもいいわよ?」
そう、ぽそりと口にした。
―――――――ダンッ!!!――――――――――――
間髪入れずに聞こえた衝撃音。
爆心地である己の真向かいでは、一瞬のうちに箒とセシリアの二人がテーブルに手をついて立ち上がっていた。
「一夏に教えるのは私の役目だ。どうしても、と頼まれているからな」
「大体、あなたは2組でしょう!? 敵の施しを受けるなんて―――」
「うっさいわねー。あたしは一夏に聞いてるの」
「ど、どうしたんだ三人とも」
にらみ合う三人。
なぜそうなったかまるでわからない一夏だが、わからないなりに食堂の平穏を守ろうと話題を変えることにした。
「そ、そういえば、鈴は今日来たばっかりだろ?授業はどうだったんだ?」
「…………」
「鈴?」
「思い出した……」
半場苦し紛れだった一夏の言葉に、鈴はきょとんとした表情になると、そのまま難しい顔をして考え込む。
箒とセシリアですらその様子に疑問を覚えると、鈴は神妙な顔つきで口を開いた。
「アンタたちのところにさ、男の教師がいたじゃない?」
「あぁ、エミヤ先生か。それがどうかしたのか?」
「あの人……」
一夏の疑問の声に、鈴は混乱したような表情で言葉を続けた。
「なんか、英語の授業教えてたんだけど」
『失礼する。今日は斎藤先生が不在のため、私が代理で授業を行うことになった』
『はぁーーい!!』
『一応先生から前回までの授業内容は聞いているが、君たちの方からも習熟度合を確認させてほしい』
『はいはい!先生!私のノート見せたげますよ!』
『私のも!』
『私の方が近いから!ねっ、先生』
『気持ちはありがたいが、一人見せてもらえれば十分だよ』
(なに……これ……)
教室に入って来た浅黒い男。
彼が発した一言に、生徒たちは黄色い声で応えていた。
形式上教師という立場をとっているだけとばかり思っていた鈴は、まさか本当に授業を行うとは思っておらず、ひたすら目を白黒させていたのだった。
「あぁ、鈴は今日が初めてだったな。担当の先生がいないときの授業は、エミヤ先生が代わりにやることになったみたいなんだ」
「そ、そうだったのね……」
この学園では当たり前になった風景らしく、答える一夏も、周りの箒たちも平然としている。
「ISの授業以外は時間があるからって、エミヤ先生から言ったみたいだな。ちゃんと担当教員の試験を合格して、《学園内のみで、さらに正規の担当不在時のみ》ってことでOKが出たらしいぞ」
「以前は自習も決して少なくなかったというから、それを考慮しての提案だったのだろう。ここの先生方は委員会などの他に、外部での授業も多いと聞いているからな」
「IS学園は各国から代表候補生、ひいては未来の代表が集う場所。教養面でも高い水準を要求され、それに適うだけの教員が揃っていますものね。外部から依頼が来るのも納得ですわ」
三人はさも当然とのごとく答えていく。
「鈴は英語の授業受けたのか。あの人、イギリスに住んでたことあるらしいから英語ペラペラなんだよなぁ。セシリアも褒めてたよな?」
「イギリスに滞在されていたのは数年らしいですが、文法はともかく語彙と発音は及第点ですわね。特に、嫌らしいアメリカ訛りが無い点は評価せざるを得ないですわ」
一夏が意見を聞くと、セシリアはうんうんと頷く。
最初の授業では怪訝そうな表情を浮かべていたセシリアだが、試験とばかりに英語で話し始めると、その表情は驚きとともに満足げなものになっていった。
本場の人間が認める中で他の生徒から異論が出るはずもなく、実際彼の授業は「出来ない人が躓くポイントをわかってくれる」「最初に日本人っぽい発音をしてくれて、そこからだんだんネイティブらしい発音に変換してくれるからわかりやすい」「かっこいい」「自然とチョークを持つ指先を追ってしまい、気づくと書かれてる内容が頭に入ってる」「実際に使うことを重視してくれるから、、他国の生徒とも英語で話してみたくなる」「なんか目に優しい、というか目の保養」と好評を得ていた。
「あの人の授業、どれも評判いいんだよなぁ」
「へぇ……って。ちょっと待って、どれもって何教科やってるのよ!!」
「まだそんな機会はないけど、基本の教科は全部担当出来るみたいだぞ。なんでも昔一通り叩き込まれたから、ある程度なら見れるって。実際試験も合格してるしな」
因みに、「師匠が優秀だったのでね。……些かならず厳しかったが」と答えるエミヤは、あまり思い出したくないような、遠い目をしていたという。
「ふーん、まぁいいわ。それより一夏、今日の放課後って空いてる?」
「えっ?」
「積る話もあるし、どこか行ってゆっくり話しましょうよ!“二人”で!!」
とりあえず疑問が解消されたのか、鈴は話題を切ると一夏の方へと身を乗り出しながら、楽し気な表情で口を開く。
「えっと、放課後は」
「放課後は私とISの特訓がある。悪かったな」
すると一夏が答えるよりも早く、半目の箒が言葉を返していた。
「あら、別にアンタに聞いてないけど?」
「一夏が断り辛かろうと思って助け船を出したまでだ。久方ぶりに“友人”と再会して嬉しい気持ちは察するが、先約は先約だからな」
「うぅ……」
「あら、言うじゃない。流石は“クラスメイト”ね」
「間違ってはいないが、しいて言うなら“幼馴染”の方が適切だろう」
「ううぅ………」
なんとか凌いだと思った剣呑な雰囲気が戻ってくるのを感じ、一夏は頬を引きつらせる。
彼女らが何故か会話の一部分を強調しているように聞こえるのを不思議に思いながらも、再びこの場を鎮めるために口を開いた。
「あー、すまん鈴。箒の言う通り今日は特訓があるんだ。クラス対抗戦もあるし、恥ずかしい恰好は見せられないからな」
「そ、そっか……」
「今はちょっと忙しいけど、時間があるときにゆっくり話そうぜ。この学園に来たってことは、卒業まで一緒なんだろ?」
「そ、そうね!!これからは毎日顔を合わせるんだし!!放課後くらいは貸してあげるわ!それじゃあたしは行くわね!!」
言うが早いか、鈴は丼のスープをグイっと飲み干し、トレイを手に席を離れる。
どうやら機嫌を損ねずに済んだらしく、「ごちそうさまー!」という元気な声を食堂に残していった。
「全く……貸してあげるって、俺に人権はないのか」
苦笑いしながらも鈴の様子にほっと胸をなでおろし、一夏はその後ろ姿を見送った。
「一夏」
「一夏さん」
「うおおおぉ!!」
しかしそれも束の間、ひどく冷たい声に一夏は慌てて向き直る。
「随分と仲が」
「よろしそうでしたわね」
ジトーっとした目で一夏をみる箒とセシリアの二人に、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
「まぁいい、私との特訓を優先したのは評価しよう」
「えぇ、そうですわね。しかし箒さん、一夏さんと特訓をするのは貴女ではなく、わたくしでしてよ?」
(頼む……早く夜になってくれ……)
二人の様子に、一夏はこれからの時分の身を案じることしかできなかった。
そして、その日の夜
(な、なんで……)
一夏は現在進行形で途方に暮れていた。
理由は明白、眼前に広がる光景のせいだった。
「…………」
「…………」
目の前には両腕を組んだ箒と、それに対峙する鈴の姿がある。
涼し気な様子の鈴の足元には、ボストンバッグが一つ転がっていた。
(なんで、こんなことになったんだ……)
放課後、一夏は約束通りセシリアとの特訓を行った。
そこで箒が訓練機の使用許可を貰って打鉄で参戦するというサプライズがあったが、そこはまだ良かった。
練習の後、ピットにいたところに鈴がやってきて、飲み物を貰って少し話をしていたのも特に問題はなかったはずだ。
(いや……あの時は箒の様子が少し変だったか。でも特に何もなく終わって……)
そして現在。
「今、なんと言ったんだ?」
「だから、「部屋を変わって」って言ったのよ。いいでしょ、私だって幼馴染なんだし」
そう、部屋に戻ったとたん、一息つく間もなくこの状況に陥ったのだ。
「幼馴染と……それが何かの理由になるというのか?」
「さぁどうかしら。あたしは篠ノ之さんが男性と同室って聞いたから、嫌じゃないのかな~って。あら、それとも一夏と一緒の方が良かったの?」
「ぐっ。そ、それは………」
二人の言い争いはなおも続いている。
そして、その渦中にいるはずの一夏は話題から完全に取り残されていた。
「まぁ、とにかくあたしはここで暮らすから。それより一夏」
「へっ?」
「おい、話はまだ―――」
突きつけるように箒へ言い放つと、鈴はトコトコと一夏の方へと歩み寄る。
「あのさ。約束、覚えてる?」
「へ?や、約束?」」
「話は終わってないと言ってるだろう!」
先ほどまでの様子は一変し、どこか恥ずかし気に、伺うように鈴は尋ねる。
箒のことなど一切介さないその態度に、箒の堪忍袋の緒はプッツリと切れた。
「いい加減に―――!!」
「おい箒!!」
いつの間にか握られていた竹刀が振るわれる。
相当頭に来ていたのだろう箒の一撃は、一夏も咄嗟に反応することができないものだった。
(しまっ―――!!)
驚いたのは箒自身もだった。
気づいた時には既に竹刀を振ってしまっていた。
しかし。
バシィンッ!
「なっ!?」
「はっ!?」
驚きは箒と一夏のもの。
箒が振るった竹刀は、鈴が部分的に展開したISの装甲によって防がれていた。
咄嗟のことだったというのに、鈴は眉一つ動いていない。
「り、鈴!大丈夫か!?」
「あったりまえでしょ。あたしは代表候補生なんだから」
慌てる一夏へ気遣うように声をかける一方、己がした行為に狼狽えている箒へは、半ば睨むような視線を投げた。
「ていうか、今の本気で危なかったよ?」
「……すまない」
「まぁ、あたしは何ともなかったからいいけどね」
言うだけ言って満足したのか、鈴は再び一夏へと向き直る。
「それより一夏、約束!」
「あ?……あ、あぁ、思い出した!確か毎日酢豚を―――」
「そう、それ!!」
「おごってくれるって話だよな!」
期待いっぱいの鈴へ、一夏はそう高らかに答えた。
昔の約束をキチンと覚えていたことへの自負からか、一夏の表情は晴れ晴れとしている。
しかしそれとは裏腹に、輝かんばかりの笑顔だった鈴の顔は強張り、そのまま俯いてしまった
「……………」
「おい、鈴?」
「………一夏、それ本気で言ってる?」
「えっ、本気も何も、鈴が言ったんだろ。ほれ、俺もちゃんと覚えて――」
言葉を続けることはできなかった。
俯いたままの鈴から繰り出された平手は、見事なまでに一夏へと命中した。
「痛っ、おい鈴、一体何―――」
訳が分からない一夏は、若干語気を荒げて鈴へ詰め寄る。
しかし、一夏が見たのは―――。
「最っっ低!!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!犬に噛まれて死ね!!」
噛みつかんとばかりに怒りに染まった表情。
その小さな肩は怒りで小刻みに震えているが、一夏にはそれが雨に打たれた子猫のような、言いようのない寂しさにも感じられた。
「あっ、おい鈴!!」
一夏の静止も聞かず、鈴は力任せにバックを拾うと、飛び出すように部屋から出て行ってしまった。
「……怒らせちまったみたいだな」
その後ろ姿を見送るしかなかった一夏が、そうボソリと漏らす。
「一夏」
「なっ、なんだよ」
かけられた言葉に振りかえれば、そこには冷たい目でこちらを見る箒がいた。
「お前が言った約束とやら、本当にそんなことだと思っていたのか?」
「箒までなんだよ。確かに思い出すのにちょっと時間はかかったけど、今は言われた時の光景だって覚えてるぞ」
「……馬に蹴られて死ね」
「ぐぅ!?」
僅かな時間で二度も言葉の刃が刺さり、一夏はただ呻くしかなかった、
―――――それから数日―――――
「むぅ」
一夏は歩きながら頭を捻っていた。
あれから数日、鈴と会う機会は幾度があったが、声をかける間もなく去って行ってしまった。
元々カラッとした気風の鈴がこの様子であるということは、相当頭にきていることを意味している。
そして運が良いのか悪いのか。
「一回戦から鈴と当たるのか」
そう、あの騒動があった翌日に張り出されたクラス対抗戦の日程表。
そこには、一夏と鈴の字がデカデカと横並びになっていたのだ。
「一夏、何を考え込んでいる」
「あ、あぁ、すまん」
箒の声に、一夏は思考を中断する。
今日も今日とて、箒とセシリアとの特訓だ。
日程表が張り出されてから、校内中が徐々に対抗戦の準備へ動いている。
その中でも群を抜いてIS初心者である一夏は、他の生徒より二歩、三歩早く本格的な特訓を開始していたのだ。
「先日から特訓の難度が上がったが、ここでだれるようなら勝てんぞ一夏」
「あぁわかってる。すまん箒、ちょっと考え事してたんだ」
「ふん。まぁ特訓の甲斐あって、ISの操縦自体は様になってきたがな」
「そこは“セシリア・オルコットとの特訓の甲斐あって”と言ってほしいですわね」
「あはは……」
いつも通りの騒がしさで、三人はピットへの扉を開ける。
と。
「待ってたわよ一夏!!」
そこでは、腕組みをした鈴が一行を出迎えた。
まさかの対戦相手本人の登場に、三人とも驚きの声をあげる。
「り、鈴!?」
「何よ?」
「なっ、何故貴様がここにいる!?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!?」
「あら、なら何も問題ないじゃない。私、一夏の関係者だし」
驚く一夏、問い詰めるような箒とセシリアへ、鈴は平然と答えていく。
「ほう。そうか、成る程な」
「一夏さんと貴女がそれほど親しい間柄だとは、知りませんでしたわ」
首からギギギギ、と音が鳴りそうなほどゆっくりと、二人の顔が一夏の方を向く。
「それで、何の用だよ」
「私は一夏の様子を見に来たのよ。ちゃんと反省してるのかどうか」
「へ?」
「だーかーら!アンタが反省してるのかどうか見に来たのよ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなー、とか。思わなかったの!?」
「いやそう言われても、鈴の方が避けてたんじゃないか」
「じゃあ何?アンタは女の子が放っておいてって言ったら、放っておくわけ?」
「そりゃ、そう言ってるのに無理強いしたら悪いだろ。何か変か?」
「何かって……ああもう!」
「……ハァ」
「……ハァ」
一夏との掛け合いの中、鈴のまなじりはどんどん吊り上がっていく。
箒とセシリアからもため息をつかれ、一夏は周りを包囲されたような気分でいた。
「とにかく謝りなさいよ!」
「なんでだよ!こっちはちゃんと約束覚えてたろ!」
「約束の意味が違うのよ、意味が!」
両者の言い合いは平行線のままなおも続く。
「もういいわ!じゃあこうしましょ。今度のクラス対抗戦で、買った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられる。それでいいわね?」
「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな」
「えっ!?せ、説明は、その……」
鈴の提案に大きく頷く一夏。
だが一夏が勝利時の要求を口にすると、鈴は顔を真っ赤にしてしまった。
「なんだ?やめるならやめてもいいんだぞ?」
「誰がやめるのよ!アンタこそ、私に謝る練習しときなさいよ。この馬鹿!朴念仁!」
「ぐっ」
「間抜け!鈍感!唐変木!」
「うるさい、貧乳」
一夏なりに気を使ったつもりだったが、返って来たのは悪口の嵐。
これには一夏も耐えかねて、ついボソリと禁句を口にしてしまった。
「あっ、しまっ―――」
「……言ったわね」
ふと我に返った一夏が己の失策に気づくも、その隙に鈴は一夏へと大きく踏み込む。
「言ってはならないことを――」
「いや、すまん鈴。今のは悪かっ――」
「言ったわね!!」
鈴が右腕を大きく振りかぶった。
身の危険を感じた一夏が大きく後ろへ飛びのく。
――――――ドガアアァァァアアンッ!!―――――
響き渡る轟音。
直前に一夏がいた場所の一歩ほど前で、ISをまとった鈴の腕が振り下ろされている。
当てる気は無かったのだろうそれはしかし、着弾地点の床に30cmほどの凹みを作るほどの威力だった。
「……あぁそう。ちょっとは手加減してあげようと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね」
睨みつける鈴の視線。
今まで見たことのない怒り様に、思わず一夏は身を竦める。
「いいわよ、そっちがご所望なら、希望通りに――」
と、ここで扉が開き、大きな影が部屋へ入って来た。
「失礼。今の音について聞きたいことがある」
「エミヤ先生!」
ともすればそのまま戦闘開始してもおかしくないほど空気の中、平然とした表情で入って来たのはエミヤだった。
彼は部屋にいる人間一人一人と鈴の腕を覆うIS、そして床の凹みを一瞥する。
「まずは怪我がないようでなによりだ。それで?誰かこの状況を説明してくれる者はいるかな?」
「アンタには関係ないでしょ。これは生徒同士の問題よ」
「それがそうもいかん。正直、君たちの間で何があったのかなど詮索する気はないのだがね。あれだけ大きな音を出され、何より校舎を壊されたとあっては、放っておくわけにはいかないだろう?」
「うるっさいわね!教師っていってもIS適性があるからなってるだけでしょ。素人が口出ししないでよ」
「おいっ、鈴!」
以前頭に血が上ったままの鈴は、突然の乱入者に苛立ちを隠す様子もない。
「教師面するのはいいけど、そういうのはISが使えてから言って頂戴」
「ふむ、そこを突かれると中々痛いな」
「おい、鈴やめろって」
喧嘩腰の鈴に、一夏は場を収めようと慌てて声をかける。
「言ったろ、先生は俺たちの授業内容くらいなら教えられるほど凄いんだって!それに千冬姉や他の先生だって認めてるぞ」
「だからって―――」
「それにISだって、先生は俺よりずっと凄いんだぜ。セシリアにだって勝ったんだからな」
「いっ、一夏さん!それを言うのは………」
「……ふぅん」
一夏の言葉に、セシリアは顔を赤く染める。
一方、鈴は先ほどまでの喧嘩腰から、値踏みするようにエミヤを見つめた。
そうして頭から足先まで視線を移すと、鈴はそのままセシリアの方へと顔を向けた。
「なに、アンタ負けたんだ?」
「……確かに、一度敗北したことは確かですわ、しかし今は――」
「そう。なら、次はあたしと戦いなさいよ」
「む?」
「ちょっと、聞いてますの!?」
鈴の顔にはネコ科の獣を思わせる、好戦的な表情が浮かんでいる。
それを涼やかに受け止めたエミヤは、不思議そうに片眉をあげてみせた。
「別段、君と戦う理由はないと思うのだが」
「あたしが納得いかないの。そこの代表候補生は負けたっていうけど、あたしが見た訳じゃないし。あたしと戦って納得のいく腕だったら、これ以上は何も言わないわ」
「………」
真っすぐに見つめる視線。
暫く黙って受け止めていたエミヤだが、やがて大きなため息を一つ吐いた。
「言い出した以上、実際に戦うまで納得しなさそうだな、君は」
「あら、よくわかってるじゃない」
「生憎と、君のような女性とは縁があってね」
エミヤの返答に、鈴は満足そうに頷くと、部屋の出口へと歩を進めた。
「対抗戦の準備もあるし、早い方がいいわね。それじゃ明日の放課後ってことで」
「わかった。なんとか織斑先生に話をつけよう」
「決まりね。それじゃあね一夏」
「あっ、おい鈴!」
「言っておくけど、先生との試合を見てから降伏ってのは無しよ。……その時になって謝っても、手加減なんかしないんだから」
話しながらもそのまま歩き、出口のところにいるエミヤの前で歩を止める。
と、エミヤはすっと一歩横へ動き、鈴へ道を譲った。
「失礼」
「あらどうも」
道が空いたことで鈴は再び歩き出しだが、ふと、エミヤの隣で立ち止まる。
「……ねぇ、一つ聞くけど」
「何かな?」
「アンタは怒らないの?あたし、さっきからタメ口だけど」
先ほどとはうって変わって素朴に、気になることを訪ねる口調。
それを受けて、エミヤは口元に小さく弧を描いた。
「私自身、今の立場は分不相応だと痛感しているからな。君の持つ不満は当然のものだ。立場上教師としてここに立っているからには、それを疑問視する君がそのような態度で接してくることも納得できる」
「ふうん……」
「君が誰に対してもそのような態度でいるなら私も考えるが、そうではないのだろう?ならば現状、それを咎めようとは思わんよ」
返された言葉に鈴は目をパチクリとさせると、小さく呟いた。
「成る程……アンタは、少し違うみたいね」
「何か言ったかな?」
「独り言よ。それじゃあね、アンタも明日になって降参ってのはやめてよね」
「その心配には及ばんよ。それより、アリーナの使用許可が降りる方を心配しておいてくれ」
エミヤの返答に小さく笑った鈴は、今度こそ去っていった。
すると、今度は呆然とやり取りを見ていた一夏達が詰め寄る。
「先生、大丈夫なんですか!?」
「話の流れとは言え、急に試合などと!」
「相手はわたくしと同じ、代表候補生ですわよ!?」
「いや全く、大丈夫ではないよ」
各々の問いにエミヤは苦笑すると。
「明日急遽アリーナを使わせてくれなど、織斑先生に何を言われるかわかったものではないからな」
そう、小さく笑ったのだった。
どうにか投稿できました。
前話投稿時に感想・評価して下さった皆様、本当にありがとうございます。
こんな分際で返事を書けてもいないのですが、大きな力を頂いております。
待っててくださっている方のためにも、今後も投稿させていただきます。
……あぁ、次はもう少し早く投稿できるようにしたいです。。。。
私は頭に映像が浮かんで、それを文章にするような作り方でして
シーンとシーンの間をつなぐのがとてつもなく下手くそなのです。
頭では文化祭くらいまでシーンが浮かんでるのに、全然書けてない……。
こんな有様ですが、今後ともよろしくお願いいたします。