【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。前回で『ふぁもにかの精神状態的にしばらく鬱展開は執筆できそうにない』って言いましたが、前言撤回。アニメで動きまくるゴンさんの悲哀っぷりを見てたら触発されてしまいましたので、今回も救いようのない第三章BADENDルートの話を執筆してしまいました。相変わらずの鬱展開ですので、そういうのが苦手な方はブラウザバック推奨です。

 ……やっぱり感想に書かれてあった通り、基本ギャグペースの小説を書いているとそのバランスを取らんとしてやたら鬱な話を書きたくなっちゃうものなんですかねぇ。


前提条件その1:シャーロックは徹底した傍観主義者。
前提条件その2:アリアの緋弾覚醒の時期が遅れている。
前提条件その3:シャーロックの寿命がちょい延びてる。




88.第三章BADENDルート(2)

 

「……」

 

 この悪夢はいつまで続くのだろうか。

 もはや現実味の感じられない世界で。アリアはぼんやりと思考する。

 

 最初の頃は殺した人の名前や顔、数を覚えていた。けれど、いつの間にか覚えなくなっていた。

 いくら残酷な殺人方法を選んでも、いつしかそれが普通になっていた。

 わざと殺した相手の血を浴びても、まるで罪悪感を感じられなくなっていた。

 

 当初は初対面の相手だけだと思っていたのだが、これまたいつの間にやら顔見知りを殺しても特にこれといった感情を抱かなくなっていた。精々胸がチクリと痛むぐらいだが、それも直に感じなくなってしまうのだろう。

 

 もはや単なる作業。単なるルーチンワーク。

 ブラドに、小夜鳴に指示されるがままに、ただただ任務を全うする。

 どんな任務であろうと何も感じず、しかし完璧に完遂するのみ。

 

「……」

 

 峰さんの死は確認した。

 お母さんの死刑は執行された。

 未だにキンジは目覚めない。

 

「……」

 

 体が重い。確かに自分の体のはずなのにとても自分のものとは思えない。

 

「……」

 

 いつになったら、キンジは目覚めてくれるのか。

 いつになったら、キンジに謝る機会を得られるのか。

 

 早く、謝りたい。土下座でも何でもして、とにかく謝りたい。償いたい。とにかく謝って謝って謝って、何もかもを終わりにしたい。終わりにして――やめにしたい。

 

 

(……キンジ。貴方はこんな所で終わる人じゃないでしょう? 世界最強の武偵になって、お兄さんの汚名を晴らすんでしょう? だったら、だったら。いつまでも休んでないで、早く起きてください。私が、私でなくなる前に。――いや、もう壊れてるのかもしれませんね、私は)

 

 人間は慣れる生き物だ。どんなに劣悪な環境下でも生きることさえできるのであれば、時間とともに環境に慣れていく。ブラドの下僕という環境にすっかり慣れつつある私はもう、きっと取り返しのつかないほどに壊れてしまっているのだろう。

 

 

 そんなことをつらつらと考えつつも、私の体はあくまで機械的に動く。視界に捉えるは、目の前でヒィヒィ言いながら自分から逃げおおせようと必死に体を動かす一人の女子武偵の姿。制服から鑑みるに東京武偵高の生徒だろう。私の今回のターゲットだ。

 

 最近、ブラドや小夜鳴のことを嗅ぎまわる輩が増えた気がする。気がするとはいったが、これは確実だろう。当然だ。ここ最近のブラドの行動は派手になっていて、あまりに目に余る。偉人の優秀な血を継ぐ者の身柄――主に武偵――を片っ端からかっさらっては日々実験三昧。才能がないとわかるや否や無茶な実験を施して精神崩壊させてから殺処分。そんなことを随分と繰り返している以上、幾多にも残されているであろう手がかりを手繰ってブラドの元までたどり着かんとする者が増えても何も不思議ではない。

 

(まぁ、私には関係ないんですけどね)

 

 私はただブラドの言うがままに動くだけ。その他のことは関係ない。興味もない。

 私にとって重要なのは、キンジが目覚めること。もう一度キンジと話をする機会が得られること。その機会さえ得られるのであれば、他は何もいらない。全部くれてやる。

 

 人気のない路地裏にて。先ほど右目をえぐり取った女子武偵の逃げゆく背中を一定の距離を保ちつつ追っていると、ふと私の視界に白いものが映った。

 

(これは、雪ですか……)

 

 何となく空を見上げてみると、空を白一色に染める雲からしんしんと降ってくる雪が見える。周囲を見渡してみて、ここで初めて私は地面が軽く雪色に染まっていることに気づいた。どうやら今日はそれなりに雪が降り積もっているようだ。

 

「……」

 

 この雪はもっと降るのだろうか? もっともっと降り積もるのだろうか?

 もしもそうなら、このまま一歩も動かずに雪に埋まってしまいたい。染まってしまいたい。

 そうすれば、楽になれる。何もしなくてよくなる。それは酷く魅力的で、素晴らしいことだ。

 

 そのような願望を胸に抱く一方で、私は着々と女子武偵を追い詰めていく。当の女子武偵が失っているのは右目だけではない。私の斬撃により既に右腕をも失っている。その右腕からダラダラと零れ落ちる多量の血のせいで、既に満身創痍だ。もはやあの女子武偵に意識があるのかどうかすら怪しく、もしかしたら今逃げているのは無意識下での行動かもしれない。生存本能の為せる業と言った感じか。

 

「……」

(そろそろ終わらせますか)

 

 アリアは淡々と、何の感慨もなしに女子武偵の息の根を止めることを決めると一息に女子武偵との距離を詰める。そして。血の滴る二本の小太刀を上に振りかざして、一息に女子武偵の首を狩ろうと振り下ろす。

 

 しかし。アリアの手に伝ったのは首をバターのように斬り落とした感覚ではなく、何か固いものにガキンと弾かれたような衝撃だった。

 

(横槍、ですか……)

 

 アリアは横槍を入れてきた張本人を見据えて、その時。ウサギの仮面に隠された、覇気のない真紅の瞳が見開かれた。随分前にすっかり凍ってしまった心がほんの少しだけ解かされたような、そんな気がした。

 

 

(え)

 

 

 だって、そこにいたのは――。

 

 

「――やっと、見つけた」

 

 

 今まさに殺そうとしていた女子武偵を背に庇うようにして、私の前に現れたのは――。

 

 

「会いたかったよ、アーちゃん」

 

 

 一時は同居して、互いに親交を深めてきた、ユッキーさんだったのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ずっと、探してたんだよ。アーちゃん」

 

 ふわりふわりと雪がゆっくりと降り注ぐ中。必死に逃げ続ける女子武偵の背中がドンドン遠くなっていく中。巫女装束のユッキーさんは手に持つ一振りの刀の切っ先を下げる。色金殺女(イロカネアヤメ)でないそれの切っ先を下げて私に敵意がないことをアピールすると、ユッキーさんは私に悲愴に満ちた眼差しを向けてくる。

 

「……アーちゃん、もうやめよう。こんなこと。こんな、こんなの、アーちゃんらしくないよ」

 

 なんであんなに悲しそうな顔をしているのか。泣きそうな顔をしているのか。まるで腫れ物に触れるような様子で私に話しかけてくるのか。わからない。何もわからない。

 

 わからないけれど。これはチャンスだ。私の任務はユッキーさんのせいで仕留めそこなった女子武偵を殺すこと。任務を全うするためにも、邪魔者は殺さないといけない。今ユッキーさんは武器を構えていない。殺すなら今だ。さぁ、殺せ。アリア。

 

「……」

 

 なぜか、殺す気が失せた。なぜか邪魔者と会話をしたくなって、私は顔の仮面を取っ払い、ユッキーさんに言葉を返そうとする。だけど、一瞬言葉をどう出せばいいか迷って、言葉を失う。

 

「……貴女に、何がわかるんですか」

 

 10数秒かけて、ようやく言葉の出し方を思い出した私はユッキーさんに言葉を返す。その声は自分でも驚くくらいにかすれていた。思えばかなり久しぶりに声を発した気がする。最後に誰かと喋ったのはいつだろうか。

 

(ブラドの命令にはうなずくだけで事足りますしね)

「わかるよ。だってあらゆる捜査機関が協力して今回の連続武偵行方不明事件の捜査をしてきたんだもん。アーちゃんが何か弱みを握られてブラドに言いなりになってることも知ってる。……アーちゃん。ブラドが今いる拠点はもう包囲されている。直に武装検事の人たちがブラドを拘束する。だからもう、ブラドの言いなりになる必要なんてないんだよ」

「……え?」

 

 ブラドが捕まる。へぇ、そうなのかとユッキーさんの情報を軽く聞き流そうとした時、あることに思い至った。刹那、私の頭は真っ白に染まった。

 

「今、なんて……ブラドを拘束する?」

「うん。だからもう、こんなことはやらなくて大丈夫なんだよ。だからお願い、アーちゃん。武器を捨てて。投降して」

 

 ユッキーさんが何かを言っているようだったが、私にはもうユッキーさんの言葉など全く耳に入っていなかった。

 

 ブラドが逮捕される。それはつまり――生体ポッドで今も眠るキンジの治療を行える者がいなくなるということではないのか? あの生体ポッドは特別製で、小夜鳴にしか扱えない、非常に繊細なものらしい。ブラドが小夜鳴状態の時にそう言っていた。なのに。ブラドが捕まってしまったら、一体誰がキンジの治療をするのか?

 

 

 ……ダメだ。

 

 ダメだ、ダメだ! ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!

 早くブラドを助けないと! キンジが、キンジが死んじゃうッ!

 

 

「――」

「? アーちゃん?」

「どけぇぇええええええええええええ!!」

 

 私はググッと膝を落として一気に前進。咆哮に近い叫び声とともに爆発的なスピードを引き連れてユッキーさんに斬りかかった。だけど。私の渾身の斬撃はギリギリの所でユッキーさんの刀に防がれる。今ので殺すつもりだったのに……!

 

「アーちゃん、何を――!?」

「ブラド、ブラドを助けないと、助けないと!」

「アーちゃん!? 落ち着いて! 何の弱みを握られてるかは知らないけど、ブラドはもうすぐ捕まる! だから私たちは戦う必要なんてないんだよ!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇ――!!」

 

 ユッキーさんがさっきから何事かわめいているけど、ユッキーさんの言葉に耳を傾けている場合じゃない。今は一分一秒だって惜しい。早くブラドの元に行かないと全てが手遅れになる。いくらブラドと言えど武装検事の前では勝機は限りなくゼロだ。

 

(マズいマズいマズいマズいマズい――)

 

 ブラドが捕まったら誰もキンジを治せない。

 このままだとキンジが死んでしまう。

 こんなにも話したいのに、こんなにも謝りたいのに。

 キンジと二度と言葉をかわせなくなってしまう。

 

 嫌だ。そんなの嫌だ。

 もうお母さんはいない。もう私にはキンジしかいない。なのにそのキンジすらいなくなってしまう。失ってしまう。そんなこと、認めてたまるものか。

 

 

「――ブッ殺ス」

 

 何が何でもキンジを死なせない。邪魔をするなら、誰だろうと容赦しない。

 

 私はがむしゃらに小太刀二本を振り回し、絶え間ない連撃をユッキーさんに浴びせる。対するユッキーさんは私の攻撃を防ぐだけだ。どうやらユッキーさんはなぜか私相手に超能力(ステルス)を使うことを躊躇しているようだ。

 

 けど、今は使わなくとも戦闘が長引けば超能力(ステルス)を使ってくるかもしれない。だから。一刻も早くユッキーさんを仕留めてブラドを助けに行かないと!

 

「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 私はヒット&アウェイの要領でユッキーさんに一太刀繰り出しては一定の距離を取る。ユッキーさんの背後から、側面から、頭上から、真下から、変則的な斬撃を繰り出し続ける。ユッキーさんは私の動きを完全に捉えきれていないのか、ユッキーさんの体に一つ、また一つと徐々に切り傷が刻まれ始める。

 

(これなら勝てる……!)

 

 もうこれ以上時間はかけられない。次の一太刀で殺す。そう決めて一歩踏み出した瞬間。タターン、と。まるでヒールで石床を軽快に叩いたような音が二回響いたかと思うと、前へ前へと進んでいたはずの私の体は前のめりに倒れた。倒れてしまった理由を探ろうと私の体を見やると、両膝を撃ち抜かれているのがわかった。

 

(ッ、これはまさか狙撃科(スナイプ)の生徒の仕業!? どいつもこいつも私の邪魔を――ッ!?)

 

 私の中で、おそらく遥か遠くの建物から私を狙撃したであろう狙撃科の生徒への怒りがこみ上げてくる。どうしてくれようかという、遠方に控えているらしい邪魔者その2をすぐさま抹殺したい感情。「早く早く早く早く!」とブラドの元へと急ぐよう急かしてくる感情。それらに板挟みになり何が何だかわからなくなりそうになった私を、なぜかユッキーさんが抱きしめてきた。

 

「お願い、アーちゃん! もうやめて! 私、今のアーちゃんの疲れ切った顔なんてもう見たくないよ! お願い、お願いだから!!」

 

 ユッキーさんが私を抱きしめて(拘束して)何かを叫んでいる。正直、うるさい。早くブラドの元に行かないといけないのに、どうしてこの女は私の邪魔ばかりしてくるのだろう? 目障りにも程がある。

 

「――黙れ」

 

 抱きしめられたまま、私はもぞもぞと体勢を変える。そうして。ユッキーさんの体を盾代わりにする形で遠方からの狙撃を不可能にした所で、私は無防備なユッキーさんの背中に小太刀二本を刺し、グリグリとかき回した。ユッキーさんは「カフッ!?」と盛大に吐血するも、それでも私を抱きしめる両手を一切緩めなかった。

 

「……離せ」

「やだ」

「離せ」

「やだ」

「離せ!」

「やだ!」

 

 ユッキーさんに強く抱きしめられた状態では腕のリーチの関係で小太刀の抜き差しはできない。そのため。私はユッキーさんに突き刺した小太刀をグリグリとかき回し続ける。それでも、ユッキーさんは私を抱きしめる両手を緩めようとしない。激痛なんて言葉が生易しいぐらいに痛いはずなのに、実際に顔には脂汗を浮かべているのに、口からは時折鮮やかな血があふれ出ているのに、ユッキーさんは頑なに私の要求を拒み続ける。

 

「……どうして」

 

 わからない。どうしてユッキーさんはここまで私のために命を張るのか。私なんかのために命を張るのか。私は敵なのに。今も、私はユッキーさんを殺す気でいるのに。

 

「私の、せいだから、ね」

「え?」

「……キンちゃんのこと、アーちゃんのこと。もっと、もっと、気を配ってたら、よかった。二人なら、何が……あっても大丈夫って、強いから、何も問題ないって、高を括ってた」

「……」

「バカな、コフッ。考え、だよね。キンちゃんも、アーちゃんも、人間なのに。何でもできる、神様じゃない、のに。だから、もっと私が……二人のこと、ちゃんと、見てたら、こんな、ことには……」

 

 ユッキーさんはポツリポツリと心境を語り始める。話す度に背中の傷が激痛を訴えているはずなのに、ユッキーさんは話すのを止めない。その瞳から零れ落ちる涙は、激痛のせいか。それとも、罪悪感に起因するものか。

 

(……何を言うかと思えば)

「何、言ってるんですか、ユッキーさん? 悪いのは全部私ですよ? 武偵殺しも魔剣(デュランダル)も次々と倒して、調子に乗って、イ・ウーナンバー2だろうとキンジと一緒なら余裕で逮捕できると思って、その結果がこのザマ……これが私のせいでないわけがないでしょう?」

 

 自分のせいで今の事態を招いてしまったと軽々しく言ってのけるユッキーさんに何だか無性にムカついて、気づいたら私は自分の心境を吐露していた。今はほんの少しの時間のロスも惜しいというのに、私の口は止まらない。

 

「だから、私はキンジに謝らないといけないんです」

「……え?」

「許されなくていい。とにかくキンジに謝って償いをしないといけないんです。だから、離せ! キンジが死んじゃったら元も子もないんですよッ! はな、せぇえええええええええ!!」

 

 私は再び小太刀を強く握ってグリグリとユッキーさんの体をえぐっていく。いい加減死んでくれと心の底から願いながら。

 

 

「アー、ちゃん? 何言って、ッ、るの? キンちゃんは、もう――死んだじゃん」

 

 しかし。私の行動は、ユッキーさんが呆然とした表情で吐いた言葉によって止められた。

 

「ぇ?」

「アーちゃん。もしかして、知らない、の?」

 

 呆然とした表情のまま、問いかけてくるユッキーさん。直感が、これ以上ユッキーさんの言葉を聞いてはいけないと高らかに警鐘を鳴らしてくる。

 

「なに、を……?」

 

 それでもユッキーさんの言葉が気になって、私はユッキーさんに続きを促す。聞きたい。でも聞きたくない。相反する感情に挟まれた私の心臓がドクドクドクドクと急に早鐘を打ち始める。体中からドッと汗が噴き出してくる。

 

「紅鳴館の、家宅捜索、で、キンちゃん……の、遺体が、見つかった、こと」

 

 一瞬。心臓が、止まったような気がした。呼吸の仕方を忘れたような気がした。

 

「……なに、それ」

「ッ!? まさか、知らされて、なかった……!?」

 

 ユッキーさんが何かに確信したかのように目を見開く中。私の頭の中ではユッキーさんの言葉がグルグルと回っていた。

 

 

 キンジの遺体? 遺体ってどういうこと? キンジは、死んだ?

 ウソだッ!! そんなわけない! キンジが死ぬわけがない! この女は、出まかせを言って私を無力化しようとしてるんだ! そうだ、そうに違いない。だって、キンジは――。

 

(――あれ?)

 

 何かが、頭をかすめた。私がよく見上げていた生体ポッドの中のキンジの姿だ。

 

 見てはいけない。思い出してはいけない。

 理性がこれでもかと私の脳裏に浮かぶ映像をシャットアウトしようとするも、ノイズ混じりの映像はあくまで私の脳裏にこびりつく。

 

 私がよく見上げていた、キンジの姿。

 薄緑色の液体に浸されていたキンジの姿。

 体の傷は既に癒えていて、それでいて未だ目覚めないキンジの姿。

 

 私は任務を終える度にそれを見上げていた。いつキンジが起きても現状を説明できるように、事あるごとに生体ポッドまで足を運んでいた。見上げて、キンジが目覚める時を待っていた。そうして私が見上げていたキンジ、その姿は――。

 

「ぁ」

 

 ……そうだ。そうだよ。生体ポッドの中のキンジは首から上がなかったじゃないか。

 そもそも、キンジの頭はあの時、ブラドの拳に潰されてグチャグチャになったじゃないか。首なんてあるわけがない。

 

 

 じゃあ、キンジはホントに死んでるの?

 じゃあ、ブラドの言葉は? あれは、私を使い潰すための巧みなウソ?

 

 

 いや。きっと、ただの稚拙なウソだ。ブラドだって、まさかそれで私を騙せるとは思わなかったはず。でも、私は騙された。それは、なぜ?

 

 

 ……認めたくなかったからだろう。信じたくなかったからだろう。

 キンジの死を否定したくて、キンジの死から目を逸らしていたくて、キンジが死んでいないことにした。

 キンジに首があると思い込んで、まだキンジは生きていると思い込んで。

 そして。キンジが生きていると思い込む際に都合の悪い記憶は全てもれなく封印した。

 

 結果、その思い込みが私に偽りで塗り固めた現実を見せていた。

 首のないキンジの体から、目を瞑ったままぷかぷか浮かぶキンジを幻視させていた。

 それが今。ユッキーさんがはっきりとキンジが死んだと言ったことで封印は解かれ、私の思い込みから生まれた都合のいい妄想は打ち砕かれた。

 

 

 

 そっか。そうだったんだ。

 

 

 

 もう、キンジは死んでいる。

 なら、私にはもう――何もないんですね。

 

 

「はは……」

 

 キンジの死を認識した途端にユッキーさんの体の温もりが感じられなくなる。降り止む気配のない雪の冷たさも感じられなくなる。私の視界から色が消え去って、耳から音が消え去って。急に世界から自分が遠ざかった気がして。奈落の底へと堕ちていく。そんな気がした。それが私の感じた、最期の感覚だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連続武偵行方不明事件。それは結局、169人もの死者と188人もの重軽傷者、259人もの心神喪失者を出す形で終結した。今回の事件の黒幕たる無限罪のブラドは逮捕された。死刑判決は確実だろう。ブラドはやりすぎたのだ。人類を舐めすぎたのだ。

 

 そして、ブラドの駒として幾多の犯罪を犯してきた少女――神崎・H・アリア――は今、檻の中で判決の時を待っている。アリアの瞳は死んだまま。心は死んだまま。心の壊れたアリアはただただ虚ろな瞳で虚空を見やるのみ。

 

 

 アリアの見つめる先。アリアは見据えているのは、果たして――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして。世界は大きくうねり始める。

 

 

「あ、あー。マイクテスマイクテス。コホン。……えーとね、今日皆に集まってもらったのはね。皆にお願いがあるからなんだ」

 

 

 連続武偵行方不明事件から1か月の時が過ぎ。まだまだ連続武偵行方不明事件の深い傷痕がどんよりとした雰囲気と化して東京武偵高を包みこむ中。

 

 

「最初に言っておくね。私が今から皆にしようと思っているお願いなんだけど……この話を聞いたらもう後には引けなくなる。多分、命がいくつあっても足りなくなる」

 

 

 体育館にて。星伽白雪は生徒会長として、壇上に立っていた。その漆黒の瞳に怒りと悲しみと不安と並々ならぬ決意を宿して。

 

 

「だから、面倒事に巻き込まれたくないって思ってるなら、平穏な生活を送りたいって思ってるなら、今ここから退出して。今ならまだ大丈夫だから」

 

 

 白雪の言葉を受けて十数名の武偵が退出していったが、ほとんどの武偵はその場に残った。皆、今から白雪が話す内容の大体を察したのだろう。

 

 

「じゃあ、皆――ここに残ってるってことは、覚悟ができてるってことでいいんだよね?」

 

 

 白雪は未だたくさん残っている武偵たちを一瞥して最後の確認を取る。そして。全員がしかとうなずいたのをきちんと確認する。

 

 

「そっか。なら早速、本題に入るね」

 

 

 白雪はおもむろに目を閉じる。脳裏に浮かべるのは、頭のないキンジの死体。光の失った瞳でただただ虚空を見上げるだけのアリア。肉体的に死んでしまった大好きな幼なじみと、精神的に死んでしまった大切な友達の姿。それらを思い浮かべて、しっかりと脳裏に焼きつけて、白雪はスッと目を開ける。そして。白雪は話を切り出した。

 

 

 

 

 

「皆はさ、イ・ウーって知ってる?」

 

 

 今ここにおいて。武偵とイ・ウーとの全面戦争が始まろうとしていた。

 

 

 

 第三章BADENDルート 完

 

 




アリア→キンジの死を認めたくないあまりにキンジが死んでいないと思い込んでいたが、キンジの死をはっきりと認識してしまったことでついに心が壊れてしまったメインヒロイン。
白雪→行方不明となったキンジとアリアをずっと探していた怠惰巫女。連続武偵行方不明事件の調査が進展する中でキンジの死を知って多大なショックを受けるも、アリアがブラドの手駒になっていることを知ってすぐさまアリアの元に駆けつけた。その際、念のためにとあらかじめレキの協力を仰いでいた。この時、色金殺女は神社に没収されており、超能力を使わなかったのはアリアを無傷で無力化したかったから。キンジとアリアを失ったことによる精神的ダメージは大きく、そのためやり場のない悲しみを全てもれなくイ・ウーにぶつけることにした。

 というわけで、88話終了です。で、ここから第三章BADENDルートではユッキーを主人公に据えた上で壮大な群像劇が繰り広げられることとなります。ですが、それを全て書くほどの気力はさすがにありませんので第三章BADENDルートはここらで終了とさせてもらいます。ですので、ここから先の展開については皆さんの豊かな妄想力にお任せします。

 閑話休題。とりあえず、ここ2話は鬱展開まっしぐらだったので次回からは鬱じゃないものを投稿したい所ですね。もう少し別のIFストーリーを投稿するか第四章に移行するかはまだ決めてないけど、とりあえず読者の皆さんが気楽に見られる軽い話にしようと思っています。


 ~おまけ(ちょっとしたネタ)~

白雪「……アーちゃん、もうやめよう。こんなこと。こんな、こんなの、アーちゃんらしくないよ。……いくら犬派の人が気に入らないからって世界中からあらゆるワンちゃんを排除してぬこぬこ帝国を作ろうとするなんて!」
アリア「黙れ犬派。私はもう決めたんです。この世から犬と、犬を崇める犬派の連中を駆逐し、猫派の猫派による猫派のためのぬこぬこ帝国を作ると。そして。私はぬこぬこ帝国の神として君臨するんです!」
白雪「アーちゃん……!(←可哀想な者を見る目)」
アリア「ブラドもああ見えて熱心なぬこ信者でしたからね。ブラドは私のぬこぬこ帝国建設の野望を心から支持してくれた。だから私はその対価としてブラドの命令に忠実に従っているのです!」
白雪「アーちゃん……(←呆れを通り越して悟りを開いているような目)」
アリア「ふふふ、まさか犬派のユッキーさんが自分からのこのこ現れてくるとは思いませんでしたよ」
レキ(こいつは殺さないとダメですね。もう手遅れです)
アリア「それでは早速、ぬこぬこ帝国のためにここで消えてもらいま――ッ!?(←ヘッドショットされて倒れるアリア)」
白雪「えぇぇ(←もはや現状に対してどんな反応をすればいいのかわからなくなっている模様)」
レキ「これだから猫を崇める過激派連中は……(←犬派だった模様)」

 ま、レキさんオオカミ従えようとしてましたしね。

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