【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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前回までのあらすじ(ざっくりバージョン)
ブラド『私と契約して下僕になってよ!』
キンジ&アリア「「だが断る」」

 どうも、ふぁもにかです。今回は皆さんお待ちかね、ブラドとの戦闘回です。今まで散々焦らしまくった分(不可抗力だけどね)ブラド戦のハードルは上がってるでしょうけど……さて、どうしたものか。とりあえず、ブラド戦は3~4話ぐらいで終わるといいなといった感じです。

 ちなみに。今回からしばらくはシリアスオンリーです。とはいえ、それはあくまで本編のみで、おまけはいつでも平常運行ですけど。それでも満足できないという方はブラドがメイド服を着用しているという事実を常に意識しつつ本編を読むことをオススメします。それと今回は約9000字もあるので、あしからず。



79.熱血キンジとワラキアの魔笛

 

「アリア!」

 

 理子を戦場から避難させたキンジは横浜ランドマークタワー屋上へと階段を駆け上がる。そして。大して息を切らすまでもなく屋上へとたどり着いたキンジは、一定の距離を開けてブラドと睨み合うアリアの姿を見つけ、声をかける。一方のアリアはブラドから目を離さないまま「遅いですよ、キンジ」と冷ややかな言葉を向ける。

 

「悪い、理子を落ち着けるのに少し手間取った」

「……そういう事情なら仕方ないですね。ところで、ブラドが連れてきていたあのオオカミ二匹がどこにいったかわかりますか? 先ほどから姿が一向に見えないのですが」

「その二匹ならさっき追っ払った。あとはブラド一人だけだ」

「了解です。仕事が早いですね、さすがはキンジ」

「さっき遅いとか言ってなかったか?」

「その辺はノーコメントでお願いします」

「了解。で、ブラドはどんな感じだ?」

「キンジの情報通りですよ。いくら攻撃してもすぐに再生します。ですが、痛みはきちんと感じているようです」

「よし、ならあの作戦はできそうだな」

 

 アリアの隣に並んだキンジは普段と何ら変わらない口調でアリアと情報交換を行う。その結果。アリアの話からブラドを散々攻撃して精神を屈服させるという作戦が有効だと判断したキンジは自身の側に勝算があることに薄く笑みを浮かべる。

 

 と、ここで。キンジはふとアリアの顔へと視線を移し、キンジは思わずギョッとした。というのも、アリアが見るも真っ青な表情で冷や汗をダラダラと流していたからだ。

 

「――って、アリア!? どうした、顔色悪いぞ!?」

「い、いえ、何でもありません。ただ、ちょっとブラドから不意打ちの攻撃を喰らってしまいまして――」

「おいおい、それ大丈夫じゃないだろ!? 大丈夫か、まだ戦えるか!?」

「大丈夫です、問題ありません」

「ホントかよ……」

「本当です」

 

 キンジは頑なに大丈夫だと主張するアリアに疑念の眼差しを向ける。ブラドは見た感じ、まず間違いなく力にものを言わせて戦うタイプだ。その一撃を小柄なアリアがまともに喰らって何も問題がないわけがない。それに。アリアには以前、深手を負っていたのにさも傷が浅い風に平静を装っていた前科がある。それがキンジのアリアへの疑いに拍車をかけていた。

 

(けど、ここはパートナーとしてアリアを信じるべきだろうな)

 

 だけど、あの時と今とでは状況が違う。あの時は飛行機を着陸さえさせればそこで終わりだったが、今はブラドとの戦いが控えている。作戦の性質上、長期戦となることがわかりきっている状況下で、無理をして戦えばどうなるかはアリア自身も十二分に理解しているはずだ。つまり、今のアリアが怪我を隠して無理をしているということはあり得ない。

 

(とはいえ、今のアリアを見るとにわかには信じがたいけどな。……俺のいない間に一体何があったんだ?)

「それと、キンジ。ブラドに攻撃する際はくれぐれもブラドの下半身、特に金的周辺の攻撃は控えてくださいね。……絶対ですよ? 絶対に絶対ですよ!? フリじゃないですからね!?」

「わかった。わかったから落ち着け、アリア」

 

 蒼白な表情のまま何度も念を押してくるアリアにキンジは思わずズズッと後ずさるも、引いていても何も始まらないということで、キンジはアリアの両肩を掴んで落ち着くように諭す。

 

「……そうですね。今は状況が状況ですしね」

 

 キンジの言葉にそれなりに効果があったのか、幾分か元の顔色を取り戻したアリアはブンブンブンと何かを振り払うように勢いよく首を左右に振ると、まるで親の仇を見るような憎しみに満ちた瞳をブラドに向けた。

 

『ふふふ、話は終わったかしら?』

「……ブラド」

『やっと来たわね、遠山キンジ。あのまま四世を連れてそのまま逃げ出したかと思ったわ』

 

 一方。アリアの殺気にあふれた視線の受け手たるブラドは仁王立ちで余裕の笑みを浮かべている。これでメイド服を着ていなければそれなりにキンジ&アリアを威圧できたのだろうが、ファンシーなメイド服が全てを見事なまでに台無しにしている。

 

(つーか、今思ったけど……ジャンヌが戦った時もブラドってこの格好だったり――いや、止めておこう。今はそんなことを考えてる場合じゃないしな)

「誰がパートナーを置いて逃げ出すかよ。つーか、なに余裕ぶってんだよ、ブラド。別に俺たちが会話してる内に突撃してきてもよかったんだぞ?」

『ふふふ、手段を選ばないのは弱者の戦い方よ。強者たるこの私が、どうしてそんな姑息な戦い方をしないといけないのかしら?』

「ハッ、ナンバー2の分際でなに偉そうにしてんだよ。ナンバー1ならともかくさ」

「ま、仕方ないですよ。所詮は銀メダルですしね。金メダルも取れないくせによくあそこまで威張れるものです。滑稽さもここまでくるといっそのこと哀れですね、フフッ」

 

 キンジは余計なことを考えようとする自身の思考回路を強制的に遮ると、アリアとの息の合った連係プレーでナチュラルにブラドを挑発する。二人の会話を受けてブラドの青筋がビキリと立ったことから鑑みるに、ブラドは順調に怒りゲージを溜めているようだ。

 

『……貴方たち、本気で死にたいみたいね』

「は、死ぬ気はないぞ? 何バカなこと言ってんだ?」

「そうですよ、勝手に勘違いしないでください。迷惑です」

「はぁーやれやれ。そんなこともわからないとか、ブラドって頭までナンバー2仕様なのか。可哀想な奴だな」

「キンジ。いくら本当のことでも言っていいことといけないことがありますよ? 今後はそういったことは心の中に留めておくように。まぁ、キンジの気持ちは凄くよくわかりますが」

『ふふ、ふふふふふふふふふふふふ――』

 

 キンジとアリアが人を小馬鹿にしたような笑みとともにブラドの神経を逆なでするような発言を繰り返していると、ブラドは突如壊れた人形のように笑い始めた。どうやらブラドは本格的にキレたようだ。

 

(よーし、上手い具合にキレてくれたな)

(沸点が低くて助かりましたね)

(あぁ全くだ)

 

 キンジとアリアは目と目で互いにコミュニケーションを取ると、内心でほくそ笑む。怒りは冷静な判断力を奪い去るため、相手に怒ってもらえば攻撃が単調になりやすいというメリットがある。もちろん、怒りに身を任せた攻撃を喰らってしまえば普段以上のダメージを免れないというリスクもある。だがしかし。ブラドは人外で、かつ軽く3メートルは超えているであろう巨体を持っている。その巨躯から繰り出される攻撃を一度でも喰らってしまえば、ブラドが怒っていようと落ち着いていようと、まず間違いなくアウトだろう。

 

 ゆえに。この事実が意味することは、ブラドを怒らせた所でリスクの度合いはそれほど変わらないということだ。むしろ、攻撃が単調になることでブラドの攻撃パターンを読みやすくなる以上、ここは怒らせた方が得なのだ。

 

(さて。今回ばかりはヒステリアモードを使わない理由はないよな)

 

 キンジはいつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくないぐらいにブチキレているブラドを前にスッと目を瞑る。目的はもちろん、ヒステリアモードになるためだ。

 

 アリアと出会って、イ・ウーと敵対することとなって、まず最初に相対したのがアルセーヌ・リュパンのひ孫たる理子で、次に対峙したのが銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ことジャンヌ・ダルク30世だった。しかし。理子もジャンヌも女だったため、これまでの戦いでは下手にヒステリアモードを使うわけにはいかなかった。優先順位こそあれ、敵味方関係なく全ての女性相手に紳士な対応をとってしまうヒステリアモードは女性の敵相手に使用すると不測の事態を生みかねなかったからだ。

 

 しかし。今回の相手は(ブラド)。しかも人間が相手をするには少々身に余るであろうバカでかい吸血鬼であり、加えてイ・ウーナンバー2の実力者。これらを踏まえると、ブラドは理子やジャンヌとはレベルが違うと心しておいた方がいいだろう。

 

 となると、少しでも勝率を上げるためには使えるものはすべて使う必要がある。なので、思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上するヒステリア・サヴァン・シンドロームを使わない手はない。HSSを出し惜しみにした結果、全てを失っては本末転倒なのだから。

 

 それに。ヒステリアモードはその性質上、女性を第一に考える。現状において、その特性が俺に備わるということは万が一アリアや理子に危機が迫った時にそれをいち早く察知して素早く二人の守護に回れるということだ。今の状況だとそのヒステリアモードの効果は非常にありがたい。

 

 とまぁ、色々と考えてみたが――要するに。今俺がヒステリアモードになることが現状における最善手だということだ。

 

(じゃあ、始めるか)

 

 一旦、ブラドの様子に注意を向ける役目をアリアに任せることにしたキンジは目を閉じた状態のまま、脳裏にカナを思い浮かべる。ついでに筋力や持久力も通常の30倍にまで跳ね上がってくれたら嬉しいんだけどなぁー、などと内心で決して叶うことのない理想を口にしつつ。

 

 さて。思い出せ、遠山キンジ。カナの手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを――(ry

 

(よし、なったな。それじゃあ――鬼退治を始めようか)

 

 例の方法(※21話参照)を使い、短時間でちゃっちゃとヒステリアモードに移行したキンジはキリッとした瞳をブラドへと向ける。

 

『ふふふふふ、ふぅ。……身の程を知らない貴方たちの心に刻みつけてあげるわ。私の恐ろしさを、ね!』

 

 ヒステリアモードを発動したキンジとアリアは一度目と目を合わせてうなずくと、それぞれ二本の小太刀を両手に構える。と、そこで。狂ったような笑い声を止めたブラドが準備万端の二人に殴りかかる。かくして。アリアとブラドとで繰り広げられていた戦いは、キンジが加わった状態で第二ラウンドに突入したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ヒステリアモードにより動きにキレが増したキンジとアリアはまず最初に迫りくるブラドの拳が命中する前に散開。そして。数秒前まで二人のいた場所に拳を叩きつける形で床に蜘蛛の巣状のヒビを形成したブラドを二人は前後で取り囲んだ。

 

 それからキンジとアリアはそれぞれ二本の小太刀を使い、連携した動きでブラドを攻撃していく。正面、側面、背後、死角、真上、そして真下から一切の容赦もなしに斬りつけていく。小太刀で顔を斬りつけ、指を切り落とし、腕に斬りかかり、胴を切り裂き、足に突き刺す形で絶え間なく斬撃を与えていく。

 

 対するブラドは途切れることのない鋭い痛みに苦悶の声を上げつつも、キンジとアリアに仕返しの攻撃を当てようとがむしゃらに腕を振り回し、蹴りを繰り出す。しかし。2対1の優位性を巧みに利用したヒット&アウェイ戦法を採用している二人はブラドが攻撃しようと思った時には既にブラドから距離を取っているために、ブラドの攻撃は全てもれなく空振りに終わる。

 

 攻撃が一向に当たらないという状況にブラドはただただ怒りを蓄積させ、キンジとアリアはブラドの怒りによって生じた隙を狙って斬撃を繰り出す。かくして。キンジ&アリアとブラドとの戦いが始まってから約10分。戦況はキンジとアリアのワンサイドゲームで進んでいた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『このッ、ちょこまかと! うざったいのよ!』

「フッ!」

 

 怒りを原動力に繰り出されるブラドの拳をアリアはひょいとジャンプしてかわす。その際にブラドの腕に乗ったアリアはそのままブラドの顔面へと駆け上がりその両目に小太刀二本を突き刺す。

 

『グギャァァアアアアア!?』

 

 アリアはブラドの顔を蹴りつける形で小太刀二本を抜き、ブラドから離れた場所にスタッと着地する。一方のブラドは既に治癒しかけている瞳で小太刀についた血を払っているアリアの姿を捉えると『か、神崎・H・アリアァァァアアアアアアアアアアアアアア!!』という雄叫びとともに、弾丸のごときスピードでアリアに突進してくる。

 

「後ろががら空きだッ!」

 

 と、そこで。突進の際に体勢を低くしたブラドの背にすかさず飛び乗ったキンジがブラドの後頭部にグサリと小太刀を突き刺す。不意に後頭部を襲った激痛にブラドが文字で表せないような絶叫を上げる中、キンジは小太刀を抜いて素早くブラドからある程度の距離を取った。

 

「これだけやっても再生するのか。……ホント、理不尽が服着て歩いてるような奴だな。まるで『鋼の錬○術師』に出てくるホムンクルスみたいだ」

「ホント、呆れるほどの再生力ですよね。私にも少し分けてほしいですよ」

「同感だ。あれほどの再生能力があれば世界最強の武偵への近道になること間違いなしだしな」

 

 ブラドが後頭部に両手を当てて痛みに悶絶している最中。キンジはブラドの驚異的な再生能力を前に側にいるアリアと一緒にため息を零す。いくら事前に情報を仕入れていたとはいえ、ただ話を耳にするのと目の前で実際に見るのとはブラドの無限再生能力に関する印象が全く違う。百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 

 と、二人が言葉を交わしている内に、いつの間にやら目と頭の傷が塞がったらしいブラドが『ガァァァアアアアアアアアアアアアア!!』と叫び声を上げて突撃してくる。真正面から襲いかかってくるブラドはまるで暴走列車のような迫力だ。一度でもブラドの攻撃を喰らってしまえば、あっという間に致死レベルの怪我を負いかねない。でも、当たらなければどうということはない。

 

 キンジとアリアは唸りを上げて迫りくるブラドの拳をそれぞれ紙一重でかわすと、側面ががら空きのブラドの横腹に小太刀二本によるX斬りをお見舞いし、すかさずバックステップでブラドから一定の距離を取る。

 

(思ったより大したことないな、こいつ。これならまだジャンヌの方が強敵だったんじゃないか?)

 

 左右から横腹を斬られた痛みにまたも悲鳴を上げるブラドにキンジは幾分か冷めた視線を送る。一つ一つの攻撃にフェイントと本命を混ぜ込み、攻撃に緩急をつけて揺さぶりにかかるジャンヌと、ただ愚直に突っ込んでくるだけのブラド。どっちが強くて厄介かなんて考えるまでもない。

 

(なんでこんなのがイ・ウーのナンバー2なんだ? 仮にも国が手出しできないほどの犯罪組織の二番手の実力じゃないだろ、これ。……再生能力を評価されての序列か? まぁ確かに、あの再生能力は凄いけどさ)

「どうしますか、キンジ? 一向にブラドに堪えた様子が見られませんよ?」

「そうだね、確かにブラドに変化はないけど……ここはもう少しこのまま様子を見よう。作戦を切り替えて魔臓を狙うにしても、四つ目の魔臓の場所がわかってないんじゃ話にならないしな」

 

 アリアからの若干の不安の色を含んだ問いにキンジは現状の作戦のまま突き進む旨をアリアに伝える。アリアが不安を覚えるのも無理はない。これまで俺たちは幾度もブラドを攻撃したにもかかわらず、未だブラドに痛みを避けようとする兆候が見られないのだから。頂点に達したままの怒りがブラドに痛みに対する恐れの感情を麻痺させてでもいるのだろうか。

 

(この打たれ強さはちょっと計算違いだったかな……)

 

 キンジは自身が提示した、ブラドに継続的に痛みを与え続けて精神的に屈服させる作戦は失敗だったのかもしれないと眉を潜める。キンジはブラドのイ・ウーナンバー2の肩書きやジャンヌのブラドに関する評価から、ブラドは圧倒的な強さを持ち、攻撃を喰らったことが滅多にないものだと考えていた。だからこそ。ブラドが慣れていないであろう痛みを与え続ければ遅かれ早かれ心が折れるだろうと予測していた。

 

 しかし。現実ではブラドは俺たちの攻撃を一つだってかわすことができていない。そして。ブラドはやけに打たれ強く、精神的に参る素振りが欠片も見えない。それらが導き出す仮説は一つ。――それは、ブラドが痛みに屈するような性質でなく、再生能力の恩恵を元に終わりのない長期戦においてその真価を発揮するタイプではないかということだ。

 

 もしもこの仮説が正しいのなら、今すぐ作戦を変えてさっさと四つの魔臓を破壊した方が早いだろう。だが。そう判断を下すのはまだ早い。戦闘が始まってからまだ10分そこらだ。俺もアリアも全然疲れていない以上、ここは現行の作戦を変更するべきじゃない。

 

「いけるね、アリア?」

 

 キンジは何ともキザったらしい笑みとともにアリアの体調を念のために確認する。そして。アリアの「もちろんです」との力強い返答に満足したキンジは一つうなずき、そのままブラドを挟撃できるようにアリアから離れてブラドの背後に回り込んだ。

 

『いい加減にしなさいよ……』

 

 と、ここでようやくキンジ&アリアによるX斬りの傷から解放されたブラドがその場に立ち止まったまま、わなわなと肩を震わせる。その後。ブラドは怒りに震える肩をそのままに不意に体を大きく後ろに反らした。

 

『ワラキアの魔笛に酔いなさい!』

 

 ブラドは天に向かって高らかに叫ぶと、まるで地球上の空気を全て吸い尽くさん勢いで空気を吸い込み始めた。ギュオオオオオと大量の空気を取り込んでいるブラドの胸がズン、ズンと文字通り膨張していく。この時、二人は理解した。ブラドは何かとてつもないことを仕掛けるつもりだと。

 

「ッ!」

「ッ!? ダメだ、アリア! 戻れ、間に合わないッ!」

 

 瞬間、アリアは弾かれたようにブラドの元へと一直線に駆け出していた。アリアの直感がブラドの行動を一刻も早く止めるべきだとの判断を下したためだ。半ば本能に従って行動したアリアの耳にキンジの制止の声は届かない。尤も、仮に届いたとしても勢いのついた体を止めてブラドから距離を取ることは叶わなかっただろうが。

 

 

 そして。ブラドの行動をキャンセルしようとしたアリアが小太刀を振り上げてブラドを攻撃しようとするよりわずかに早く。

 

 ビャアアアアアアウヴァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッッ!!

 

 ブラドの咆哮が辺り一面に轟いた。ブラドを起点に発生した大音量は横浜ランドマークタワーをズズズズッと振動させ、周囲にビリビリと空気を介した物理的な圧力をかける。

 

「ぐぅッ!?」

 

 全てをかき消さんばかりの爆音にキンジはたまらず両耳を塞ぐ。さらに。ブラドの咆哮で吹っ飛ばされないように両足でしっかり地を踏みしめて、音の圧力にやられてしまわないように両目をギュッと閉じる。それでも聞こえる大音量はキンジにハンマーで頭を何度も殴りつけられたかのような錯覚を抱かせた。

 

(何て、威力だ……!)

 

 ブラドの咆哮――ワラキアの魔笛――が聞こえなくなったのを確認しつつ、キンジは慎重に目を開けて両耳から手を離す。その時、キンジは気づいた。ヒステリアモードによって高揚していた精神が、たぎっていた血が、冴えわたっていた思考回路が、すっかり元に戻っていることに。

 

「ウソ、だろ!?」

(ヒステリアモードが解除されたのか!?)

 

 キンジはまさかの展開に目を見開く。ヒステリアモードの解除方法は時間の経過に身を任せるしかないと思っていたキンジにとって、ブラドの全く型破りなヒステリアモード解除方法は驚愕に値するものだった。

 

(――って、そうだ!? アリアは!?)

 

 ヒステリアモードが解除されたことに軽くショックを受けていたキンジだったが、ここでアリアのことを思い出し、アリアの方を見やる。ブラドと少々距離が離れていた自分でさえ聞こえてくるワラキアの魔笛は凄まじいものだった。なら、そのワラキアの魔笛を至近距離で聞くこととなってしまったアリアはどうなってしまったのか。ただただ嫌な予感がする中、アリアに視線を向けたキンジの顔からサァァと血の気が引いた。

 

「あ、ぁ……」

 

 アリアはブラドのすぐ近くで呆然と立ち尽くしていた。その場から動かず、その手から一本の小太刀が滑り落ちたことから察するに、爆音を間近でモロに聞いた影響でアリアは今気絶している。ふとキンジが視線を上に向けると、今にもバランスを失って倒れてしまいそうなアリアに、ブラドが嬉々とした表情で拳を叩きつけようとする光景が映った。

 

『喰らいなさい!』

「ッ! アリアッ!?」

 

 振り下ろされたブラドの拳を真正面から喰らったアリアの小さい体はいともたやすく吹っ飛ばされる。ボールのように何バウンドも跳ねながらゴロゴロと遠くへと勢いよく転がっていったアリアは頭から血を流したまま、ピクリとも動く気配がない。

 

『アッハハハハハ! 当たった、当たった! やっと当たった! キャハハハッハハハハハハハハハハッ!』

 

 しかし。ブラドはそれで満足することなく、愉悦に満ちた表情を浮かべた状態でアリアに追撃しようとする。

 

「止めろぉぉぉおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 キンジは拳銃を取り出し、ブラドへと駆ける。作戦では弾数に限りのある銃は使わないことにしていたが、アリアに命の危機が迫っている今の状況下でそんな悠長なことを言っている場合ではない。戦闘前は俺たちを下僕にすると宣言していたブラドだが、今の興奮状態のブラドがアリアへの攻撃を止めるとはとても思えない。そのため。ブラドの追撃を許してしまえば、アリアの死はまず避けられないだろう。

 

 遠距離武器である銃で例えダメージは与えられなくとも、ブラドの気を引ければいい。その一心でキンジはアリアへと突進中のブラドへとまっすぐに向かいつつ、拳銃を向ける。が、そこで。キンジの目はまたも驚愕に染まった。

 

「なッ!?」

 

 地に倒れ伏したアリアにとどめを刺そうとアリアの元に全力で突進していたはずのブラドが床を力強く踏みしめたかと思うと、突然キンジの方へと進行方向を変えてきたのだ。予想外極まりない状況に衝撃を受けるキンジにブラドはニタァと口角を吊り上げると『引っかかったわねぇ♪』と、実に楽しそうに言葉を零した。

 

(フェイントかよ!?)

 

 キンジは理解した。アリアに追撃を加えようとしたのはブラドの演技で、本命はあくまで自分だと。しかし。ブラドの罠に気づいた時には時すでに遅く、急には止まれず方向転換もできないキンジに向けてブラドの拳が容赦なく振り下ろされる。

 

『これで終わりよ!』

 

 結果。キンジの腹部に回避不能のブラドの拳がズドンと突き刺さるのだった。

 




キンジ→初めてヒステリアモードで敵と戦った熱血キャラ。ただいま絶体絶命。
アリア→前回のおまけの出来事のせいで精神的に弱っていたものの、キンジと合流したことである程度回復したメインヒロイン。だが、早速戦闘不能(?)状態に。アリアさんe...
ブラド→戦闘能力は原作と相違ない、と見せかけといてワラキアの魔笛の威力が数段跳ねあがっているヘンタイ吸血鬼。

 というわけで、79話終了です。今回の話で少しでもブラドTUEEEEEEEE!!と感じてくれたなら何よりです。原作のブラドは頭が緩すぎたせいで実にあっさりとキンジくんたちに倒された感がありましたからね。せめてここではブラドのイ・ウーナンバー2の称号はダテじゃないんだなと思わせるぐらいにその強大な力を見せつけてほしいものです。

 にしても、今回の展開を書いてたらふとかつて私が執筆していたSALO(ソードアート・ルナティックオンライン)のことを思い出しちゃった件について。思えば、今回の展開は絶望展開をウリにしていたSALOを彷彿とさせますもんねぇ……


 ~おまけ(例の省略した所の全文 ※21話から抜粋&若干改変)~

キンジ(さて。思い出せ、遠山キンジ。カナの手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを。不思議と安心できる匂いを。とても鍛えてるとは思えないほどの体の柔らかさを。全てを投げ出して一生浸っていたくなるほどに温かく心地いい体温を。トクントクンと一定のリズムを刻む心音を。実に落ち着いた大人な息遣いを。さーぁ、思い出せ。兄さんの全てを。カナの全てを。隅々まで。髪の毛一本まで。記憶が曖昧な所は都合のいいように補填しろ。ネオ武偵憲章第百二条、考えるな、感じろ――カナッ! カナァ! んはッ!! ……よし、なったな。それじゃあ――鬼退治を始めようか)

 もうやだこの子。何なのこの子。


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