理子「まだまだボクのターン、だよ!」
どうも、ふぁもにかです。今回は全体的にシリアス風味です。それにしても、この辺の話はまだあんまりキンジくんたちとりこりんとの仲が良くないからあんまり書き進める意欲が湧きづらい部分だったりするんですよね。……ふぁもにかの執筆意欲向上のためにも、彼らには早く仲良くなってほしいものです。
「で、だ。色々と脱線した気もするけど、そろそろ本格的な話を聞かせてくれ。俺たちはどこの誰から何を盗めばいいんだ?」
秋葉原の厨二病喫茶こと
そして、十数秒後。パタパタといった感じの効果音がつきそうな足取りでノートパソコン片手に戻ってきた理子はテーブル上でパソコンを起動。カタカタと少しばかりキーボード操作を行ってから「ボクが盗みたいモノはここにあるんだよ」と、クルリとパソコン画面を向けてくる。
そこにはとある洋館の全容を捉えた写真が映し出されていた。鬱蒼とした森に四方を囲まれた洋館。灰色と白とを基調にした色合い。禍々しい雰囲気の漂う鉄柵に、茨の茂み。ただでさえそれらの特徴だけで洋館の物々しさを助長しているというのに、写真全体の薄暗さが洋館の気味の悪さにこれでもかと拍車をかけている。
「何だか、その、薄気味悪そうな所ですね。いかにも怪談話に事欠かなそうな感じです」
「その印象は間違ってないと思うよ? 話によると、この辺は夜な夜な野犬の遠吠えが聞こえてくるらしいし」
「……まるで呪いの館ですね。こんな幽霊の巣窟となっていそうな屋敷が現代にも実在しているとは思いませんでしたよ」
「それで? この屋敷は?」
「これは横浜郊外にある紅鳴館、ブラドって奴が所有してる洋館だよ」
ため息混じりに洋館の感想を述べるアリアをよそに、キンジの問いかけに理子は簡潔に答える。刹那。理子の発言にアリアが目を見開き、そのままピシリと固まった。
(……アリア?)
「――ブラド? 今ブラドって言いましたか!?」
「ふぇ!? う、うん、言ったけど――」
「その紅鳴館とやらにブラドがいるのですか!?」
「わッ、わからない。けど紅鳴館の所有者はブラドだから、偶には立ち寄ってる、かも。ほ、ほら! 日本に来た時の宿代わりにとかでさ!」
アリアから鋭い口調で問われた理子はビクつきつつ、視線をしきりに左右に泳がせながらもどうにか返答する。理子の返答を受けたアリアは口元に手を当てると、「これで峰さんの依頼を受ける理由がまた一つ増えましたね……」と表情を険しくした。そのアリアの姿はかつて綴先生経由でユッキーを狙う魔剣ことジャンヌ・ダルク30世の存在を知った時のアリアと酷似していた。
(ってことは――)
「アリア。そのブラドって奴、もしかして――」
「ええ、キンジの予想通りですよ。無限罪のブラド。その二つ名の通り、今までに幾多の罪を犯し、その並外れた実力と残虐性からイ・ウーのナンバー2に君臨している人物です」
「イ・ウーのナンバー2、か。それはまた随分と大物だな……」
「怖じ気づきましたか?」
「いいや、まさか」
アリアの挑発的な問いかけにキンジは不敵な笑みを浮かべ、そして互いにニィと笑う。例え次なる相手がイ・ウーのナンバー2であろうと自分たちの敵ではないと言わんばかりに。
世界最強の武偵を志し日々研磨を欠かさないキンジにとって、自分と対等、もしくはそれ以上の相手と戦えるというのは基本的にいい機会だ(※ただしレキと怒り狂ったアリアは除く)。加えて、もしも相手の圧倒的な力を前に窮地に陥ったとしても神崎・H・アリアという名の頼れるパートナーがいる。このことがキンジに強敵と戦うことについて前向きに考えるように作用していた。
「え、ちょっ、待って! ……二人とも、まさかブラドと戦う気なの!?」
「あぁ、そのつもりだけど?」
「当然でしょう。ブラドも私のお母さんに99年分もの罪を擦りつけた許すまじ犯罪者です。戦わない理由がありません」
「む、むむ無理だよ、そんなの! 絶対無理! そんな無謀なことしたら、二人ともブラドに殺されちゃうよ!」
「……そんなの、やってみなければわからないでしょう? 戦う前から決めつけるのは止めてくれませんか?」
「戦わなくたってわかるよ! あ、あああああのブラドを倒すなんて無理に決まってる! あんなのに挑んで、勝てるわけがない! 生き残れるわけがない!」
「――ッ」
ブラドに勝てないと強い口調で断言されたことで理子に侮られたと捉えたアリアは両手の拳をギュッと強く握りしめる。その両手がフルフルと震えていることからアリアの怒りのボルテージが頂点付近まで上昇しているのが見て取れる。キンジもアリアと似たような心境だったが、その激情はキンジが改めて理子を見据えた瞬間、一気に霧散した。
なぜなら。キンジの目の前に、これでもかと縮こまってガクガクと震える理子の姿があったからだ。「無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ――」と連呼しながら、歯をカタカタと鳴らしながら、両手で頭を抱える理子の姿を目の当たりにしたからだ。
店内が冷房で冷え切っているわけでもないのに、薄着で雪山に放り出されたわけでもないのに、見えない何かに怯えるようにブルブルと震える、いつも以上に弱々しい理子の姿。それはキンジの怒りを吹き飛ばし、驚きの感情に染めるのに十分すぎる光景だった。
(こ、こんなに怯えてる理子なんて初めて見たぞ……!?)
「峰さん。あまり私たちを見くびるのは止めてくれま――」
「――アリア、ストップだ。気持ちはわかるけど、ここは堪えてくれ」
「ッ!? キンジ!? どうして止めるんですか!?」
「……ここで俺たちがブラドに勝てる勝てないって押し問答しても無意味だろ? 時間の無駄だ。それに、理子を見てみろ」
「え? あ……」
キンジに指摘されてようやく尋常じゃないほどに震えている理子の姿が目に入ったらしいアリアは衝撃的な光景を前に頭が冷えたのか、寸での所まで出かかっていた言葉を呑み込む。結果。爆発寸前だった憤怒の念の行き場をなくしたアリアは強く強く拳を握りしめることしかできなかった。
「理子、大丈夫か?」
「嫌だ、ぃぃいッいいいいい嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ止めて嫌だ嫌だ嫌だ痛い嫌だ嫌だ殺して嫌だ嫌だ嫌だ痛い嫌だ酷い嫌だ痛いなんで嫌だ嫌だ嫌だ苦しい嫌だ嫌だ痛い嫌だ殺して嫌だ嫌だ止めて嫌だ痛い嫌だ嫌だ助け――」
「――って、理子ッ!!」
アリアが己の感情の処理に苦労する一方。理子は頭を抱えていた両手で髪を掻きむしるようにして、涙をボロボロと零しながら、絶望に染まりきった表情で、ただただ感情のままに言葉を紡ぐ。今の理子を放置するのはマズいと、キンジはすぐさま理子の腕を掴む。そして。理子を正気に戻すためにキンジは声を張り上げた。
至近距離でキンジの大声を聞いた理子は一瞬だけ放心するも、すぐに「ひゃッ!?」と肩を震わせる。それから理子は「ふぇ、え? へ? え?」と何とも気の抜ける声とともに周囲をキョロキョロと見渡し始める。その姿からは、先までの異様なまでの怯えを見せる理子がすっかり消失していることが読み取れた。
「おい。ホントに大丈夫かよ、理子?」
「う、あ、あれ? 遠山くん。ボク、何か変なこと言った?」
「あ、いや……悪い、トラウマに触れるような真似して。今のは俺たちの落ち度だった」
「?」
「……すみません、峰さん。少し熱くなり過ぎました。以後気をつけます」
「え? いや、ボクも、その……ごめん。二人の実力を全否定するようなこと言って。二人が強いってことはよく知ってるのに」
理子の腕から手を離し、心配に満ちた眼差しを向けてくるキンジに理子はコテンと可愛らしく首を傾げる。続いて。バツが悪そうに視線を逸らしながらもきちんと謝るアリアに、理子はどうして二人の態度が急に軟化したのかわからないことに不安を抱きつつもアリアの謝罪に応じる。
(アリア。ひとまずブラドとの戦闘に関する発言は避けるぞ。これ以上、理子のトラウマを抉るのは色々とマズい)
(わかっています。いくら峰さんに思う所があるとはいえ、私もそこまで鬼ではありません。……まして、あんな姿を見てしまいましたしね)
アイコンタクトを通して理子と会話を続ける上での禁止事項を設けた二人は再び理子を見やる。「あ、あれ? なんでボク泣いてるの……?」と、今更ながら自身が涙を流していたことに気づいた理子に視線を送る。そして。若干気まずくなった雰囲気を払拭するようにしてキンジは話題転換に踏み切った。
「えっと、理子。とりあえず、理子の取り戻したいモノはブラドが持ってるってことでいいのか?」
「うん。それで間違いない、よ」
「そうか。それで、そのブラドから取り返してほしいモノって何なんだ? あんまり大きいモノだったらいくら俺たちでもさすがに難しいと思うぞ?」
「そ、それは大丈夫。ボクが取り戻したいのはママの形見の
「……お母さんの形見、ですか」
「うん、ママのたった一つの形見なんだ。ママとパパが死んじゃった時、色々あってさ。家とか写真とか、全部なくなっちゃって。……
理子は「アハハ……」と力なく笑った後、「だから、あの
(まぁ、ついこの前敵対したばっかりの俺に人前で土下座してまで協力を頼んできたんだ。これだけやる気があって、むしろ当然か)
「それでね、その、まずはこれを見てほしいんだけど……」
理子はノートパソコンを手元に引き寄せると手早くパソコンを操作し、キンジとアリアにディスプレイを見せてくる。画面には地下一階、地上三階建てらしい紅鳴館の詳細な見取り図からあらゆる場所に仕掛けられた無数の防犯装置についての情報、想定されるケースごとに変更された、侵入と逃走に必要と思われる各種作業に至るまで、実に様々な事柄が事細かに記載されていた。
「こ、これ、全部理子が調べ上げたのか!?」
(あの頼りにならないここへの地図を渡してきた張本人とは思えないんだけど!?)
「あ、うん。7割ぐらいはね。三徹すればこれぐらいは何とかなるから。……後の3割は別の人に頼んでやってもらったんだけどね」
「別の人?」
「うん。風魔陽菜さんって言う後輩の子なんだけどね、すっごくカッコいいNINJA武偵さんなんだよ! 現代のジャパニーズNINJAさんなんだよ!」
(おいおい。何やってんだよ、陽菜の奴……)
「NINJA? ……それって、あのNINJAですか!? そのような人たちが現代日本に存在しているのですかッ!?」
「うん! うん! いるんだよ、NINJA! こう、シュバッて飛んだり、ズザザッて跳ねたりしてさ! もうとにかく凄いんだよ! でね! でね! ちゃんと手裏剣もクナイも持ってるし、話し方もずっと『ござる』口調なんだよ!」
「その話もっと詳しくお願いします、峰さん! 服装はどうでしたか!? 容姿は!? 何か密命を持ってたりしませんでしたか!?」
「えっとね――」
幼子のように目をキラキラとさせながら陽菜の素晴らしさを熱弁する理子。理子の提示したあまりに緻密な作戦計画を前に思わずパソコン画面に釘づけになっていた状態から、忍者の実在を知ったことで明らかに目の色を変えるアリア。
「……」
ホームズの血を継ぐ者とリュパンの血を継ぐ者。本来なら宿敵の関係であるはずの二人が興奮状態で忍者話に花を咲かせる様子から、外国生まれの人間から見た忍者がどのような存在だと思われているのかをキンジは思い知ったのだった。
◇◇◇
「にしても、なんでこんなに厳重に警備してんだよ、この洋館。どう考えてもやり過ぎだろ」
「……ブ、ブラドは物欲が強いからね。一度自分のモノにしたモノを別の誰かに奪われるのを極端に嫌うんだ。だからじゃないかな?」
「……」
実に白熱した忍者トークを繰り広げるアリアと理子をキンジがどうにか落ち着けた後。ふとしたキンジの疑問に対して示された理子の推察に、キンジは沈黙する。
例え理子の言葉が全くの真実だとしても、これはさすがにやり過ぎだ。いくらブラドが物欲の強い人間だからといっても、これはあまりに過剰な警備だ。これじゃあまるで、紅鳴館には絶対に奪われたくない何かが、あるいは絶対に見つかってほしくない何かがあると高らかに宣言しているようなものだ。
(これ、多分……理子の母親の形見ってだけじゃなさそうだな)
――あくまでこれは勘だけど。きっと。もっと別の価値が
(けど。理子の母親の形見とはいえ、第三者からすればただの
「えっと、それでね。今回、遠山くんとオリュメスさんには紅鳴館の執事さんとメイドさんになってもらおうって思ってるんだ」
どこかおかしな方向へと走り出した思考回路を遮断するようにキンジがフルフルと首を振っていると、理子が今後の方針を打ち出してくる。少々遠回しな理子の発言だったが、キンジとアリアはその意味を瞬時に理解した。
「……なるほど、潜入か」
「うん。情報は集めるだけ集めたけど、外からの情報だけだとわからないことも結構多くて、やっぱり内部からの情報もほしいんだよ。図面を見た時と実際に中に入った時とじゃ印象もまるで違うだろうし、なるべく不確定要素を減らして確実にドロボーを成功させたいから。ちょうど紅鳴館の方も臨時のハウスキーパーを二人募集してるしね」
「何だか都合がよすぎてちょっと怖いですね……」
アリアが眉を潜めて口にした警戒気味な言葉に、「ちょっ、オリュメスさん。それは言わないでよ。ボクも怖いんだから」と理子が若干裏返った声で反応する。その後、コホンと小さく咳ばらいをした理子が「紅鳴館への潜入は5日後を予定してるから、その……改めて、よろしくね」と締めくくる。かくして。
キンジ→一時的に『ブラド=ヤンデレ説』を思いついた熱血キャラ。今現在、思考回路が誤作動を起こしている模様。
アリア→忍者を思いっきり誤解しているメインヒロイン。忍者に興味津々なのは、かなえさんに忍者についてあることないこと吹き込まれたからだったりする。
理子→忍者を思いっきり誤解しているビビり少女。ブラドに関してトラウマスイッチが存在する。
陽菜「いやはや、師匠をからかうのも楽しいでござるが、理子殿をからかうのもまた別の面白みがあって楽しいでござるなぁ♪(←機嫌よさげに)」
というわけで、第67話終了です。とりあえず、今回はりこりんのトラウマっぷりからここのブラドも原作同様のクズキャラだということが判明しましたね。随分前に書かれた感想で『ブラドをりこりんを溺愛するパパさんキャラにすれば面白くなりそう』的な提案があったので割と本気でその方向性を検討してみましたが、物語の展開上さすがに無理でした。
というか、そうしないとうっかりブラドとりこりんとがタッグ組んでキンジくんたちに襲いかかるマゾゲーになりそうで怖いんですよね。それに、ブラドへの好感度が高いとりこりんが第三章の可哀想なヒロインになれませんし。まぁ、要するに。性格改変がなされたとしても、やっぱりブラドの根本はクズキャラじゃないとダメだよね……ってことです。はい。
~おまけ(オオカミの行く末)~
綴「今日はホンマにええ天気やなぁ。こっちの気持ちが晴れ晴れするくらいの快晴やわ(←庭に干していた洗濯物を取り込みつつ)」
??「……(ザッザザッ ←綴の近くの草むらからの草をかき分ける音)」
綴「……ん? 誰かそこにいるん?(←怪訝な眼差しを草むらに向けつつ)」
オオカミ「……クゥン(←弱々しい声を上げるオオカミ。それなりに衰弱している。また、生きることに疲れ果てたような表情をしている)」
綴「おお!? 何やこいつ!? オオカミか!? 大きいなぁー!(←興奮気味)」
オオカミ「……(←すがるような眼差し)」
綴「おいでや、オオカミさん。うちは怖くないよ?(←オオカミと目線を合わせるためにしゃがみ込み、両手を広げる綴)」
オオカミ「ワウ……(←少しの逡巡の後、トテトテと綴の元に近寄っていく)」
綴「何や、元気ないなぁ。どうしたんやろ? ……お腹すいたとか?(←オオカミの頭を優しく撫でつつ)」
オオカミ「……!(←わずかに希望を持った眼差し)」
綴「お、ビンゴみたいやな。ちょっとそこで待っててな。すぐに何か持ってくるから(←家に戻る綴)」
十数分後。オオカミにエサを与え終えた後。
綴「にしても、なんでオオカミがこんな所におるんやろ? ここら一帯の動物園にオオカミなんていなかったはずやから逃げ出したとは考えにくいし……なら、山中からエサを求めて街中に姿を現した野生動物ってこと? やけど、熊ならともかく――(←ブツブツ)」
オオカミ「……(←おすわり状態で綴を見つめるオオカミ)」
綴「う~ん……(←考え中)」
オオカミ「……(←おすわり状態で綴を見つめるオオカミ)」
綴「……(←空を見上げてみる)」
オオカミ「……(←綴と一緒に空を見上げるオオカミ)」
綴「…………(←オオカミを見つめてみる)」
オオカミ「……(←綴を見つめ返すオオカミ)」
綴「……あー! もう可愛いなぁ! うりうりうりぃ~(←オオカミの首周りを中心に撫でる形で愛でつつ)」
綴「決めた! うち、君を飼うことにするわ! オオカミも一応犬やから武偵犬ってことで押し通せば多分問題ないやろうし、いざとなったら蘭豹さんを頼れば大抵のことはどうにかなるしな! うん!」
オオカミ「ワン!? ――ォォォオオオン!(←ようやく安住の地を確保できたことに喜びの吠え声を上げるオオカミ)」
かくして。原作ではハイマキとしてレキのサポートを努めていたオオカミは綴梅子の元に保護され、綴家の番犬として立派に活躍するのだった。