【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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??「思ったより出番早かったわね。もう20~30話あとになってからだと思ってたわ」

 どうも、ふぁもにかです。今回はいつぞやのジャンヌに引き続き、あのお方のフライング出場の巻です。全体的にシリアス風味ですので、あしからず。

 にしても、ここハーメルンも随分作品数が増えましたね。もうすぐ1万作品突破とか、私がここに来たばっかりの頃は1500作品ぐらいしかなかったというのに……(←懐古中)
 元々読み専だったふぁもにかとしては嬉しい限りですよ、ホント。



58.幕間:悩める彼女と揺れる心情

 

 アドシアードの閉会式が何事もなく終了した後。東京武偵高から退出していく人々の中に、一人の女性がいた。いや、女性と見間違うほどに見目麗しい人間がいたといった方が正しいか。とにかく、まるで高名な芸術家が全力を上げて作り上げた名画から飛び出て来たかのような容姿をした人間がいた。

 

 彼女は先のアドシアードの閉会式でチアガールの役目を担った人物の一人である。しかしながら、彼女はそもそもここ、東京武偵高の生徒ではない。というか、その正体はイ・ウーの構成員である。つまり、彼女は本来チアガールをできるはずのない完全なイレギュラーであり、セキュリティの問題上真っ先に会場から排除されるであろう存在だ。

 

 そんな彼女がなぜチアガールとしてアドシアードの閉会式に参加できたのかというと、偏に彼女が事前にチアガールの一人をこっそり昏倒させてロッカーに放り込み、他のチアガールに紛れ込んでいたからだ。哀れ、ロッカーの女生徒。

 

「ふぅ、中々貴重で有意義な時間だったわ。キンジも元気そうだったし……ここに来たのは正解だったみたいね」

 

 ここの所、彼女はイ・ウーの一員として様々な任務をこなしてきた。それは間違っても表の世界の住人には言いふらせない類いの任務だ。汚れ仕事とも言う。しかも、それらは彼女の所属する組織の頂点に君臨する教授(プロフェシオン)直々の依頼だったために、彼女はそれらを無下にすることも手を抜くこともできなかったのだ。

 

 そもそも、彼女はいずれ巨大犯罪組織たるイ・ウーを内側から壊滅させるために単独でイ・ウーへと潜入した人間である。そのため、イ・ウーが自滅の道をたどる取っ掛かりを見つける時まで、しかるべき時が来るまで、彼女は少しでも教授(プロフェシオン)の信頼を勝ち取っておく必要があったのだ。一度自身に対して疑念が生まれれば内心を悟られるかもしれない以上、教授(プロフェシオン)の言葉に逆らうことはしてはいけなかったのだ。

 

 結果。彼女は依頼こそしっかり完遂するも、その心はすっかり荒れ果ててしまっていた。長い精神的な葛藤を経て、誰一人犠牲にせずにあらゆる物事を解決する『義』から最小限の犠牲で最高の結果を掴み取る『義』に方針転換こそしたものの、だからといって彼女が人殺しや拷問といった非人道的な行いを平然とできるようになったわけではないのだ。

 

 彼女が教授(プロフェシオン)の信頼を得るために非人道的な依頼をこなす度に、彼女の弟の姿が思い浮かぶ。自身を目標にして、ただひたすら無邪気に頑張っていた弟の姿が脳裏をよぎる。その度に彼女は良心の呵責に苛まれてしまうのだ。

 

 最小の犠牲をやむを得ないものと切り捨てる決意をした時点で、彼女は切り捨てられた側から恨まれてもいいと思っていた。呪ってくれて構わないと思っていた。切り捨てられた人たちの恨みつらみを一手に引き受ける覚悟をした上で彼女は己の信条を変更したのだから。

 

 だけど。弟だけは。弟だけには嫌われたくない。失望されたくない。見放されたくない。いつまでも自分を好意的な眼差しで見てほしい。そのような恐怖の感情が彼女に非人道的行いを躊躇させる最後の柱となっていた。

 

 良心の呵責に苦しみ、精神をすり減らす日々。そんな中。彼女はふと、昔のことを思い出した。様々な心情を持つ人と出会って一緒に過ごした場所――東京武偵高校――のことを。なぜかは彼女にもわからない。けれど、思い出した途端に彼女は急に恋しくなった。この目でもう一度己の母校を拝んでおきたくなった。

 

 その最中、偶然にも彼女の休暇とアドシアードの期間が被ったのだ。アドシアード期間中は人の出入りが激しいため、武偵高に侵入してもそれが発覚する確率は著しく低い。少しばかり不審な行動を取った所で不自然だとは思われないだろう。まさに降って湧いたような願ってもない好機。これを逃さない手などなかった。

 

 そうして。彼女は同じくイ・ウーの一員たる峰理子リュパン四世から教わった高度な変装術を施した上で武偵高に侵入し、武偵高の生徒たちを怪しまれない程度に観察しながら自分にもこんな時期があったなどと過去を懐かしんだ。と、そこで。ふとチアガールやりたいとの願望を抱いた彼女は感情の赴くままにチアガールの服を持った女子生徒を一人拉致ってロッカーに閉じ込め、再び変装術でロッカーの女生徒とそっくりな容貌を作り出す。そして、日頃のストレスを晴らすように純粋にチアガールを楽しみ、今に至るというわけだ。

 

 久しぶりの武偵高。久しぶりのアドシアード。それは彼女にとって非常に懐かしく、また楽しいものだった。活気に沸く武偵高の雰囲気を直接肌で感じた彼女はここしばらく縁のなかった幸せを感じることができていた。何かが満たされるような気がしていた。

 

 チアガールをやっている時に偶然にも弟:遠山キンジの姿を見つけられたことも彼女にとって僥倖だった。アンベリール号沈没事故で自分が死んだと知らせを受けてショックで立ち直れなくなっているのではないかと常々心配していた彼女なだけに、以前見た時と何ら変わらぬ雰囲気漂う弟の姿を確認できたことは今回の武偵高潜入において最大の収穫だった。

 

(……それにしても、キンジはどうしてああなってしまったの? 悪いお友達でもできたのかしら? 友達選びは慎重になってもなり過ぎることはないってあれほど言い含めておいたのに)

 

 尤も。彼女が視認した弟は、思い思いに踊るチアガールたちをいかにも高性能そうなビデオカメラで撮影するというヘンタイ行為を働いていたのだが。その衝撃的事実に彼女は何気にショックを受けたものの、年相応の男の子ならあれぐらいむしろ当たり前だと彼女は無理やり納得した。そうでもしないとやってられないのだ。

 

(機会があれば、キンジの悪いお友達をこっそり社会的に排除した方が良さそうね。キンジの害にしかならないお友達なんていらないもの)

 

 とはいえ、納得したからといって現状をそのまま黙認できる彼女ではないのか、彼女はフフフッと黒い笑みを浮かべる。彼女の弟への愛情の深さを舐めてはいけないのである。

 

 

 けれど、その一方。彼女は同時に言いようのない虚しさをも感じていた。彼ら武偵高の生徒たちは武偵法9条に従って人を殺していない。片や自分はそれなりの数の人を殺してきた立派な犯罪者。その差はあまりにも大きく果てしない。もはや取り返しのつかない、絶対的な差。今回武偵高に足を踏み入れたことで、彼女はその差をまざまざと実感させられた。

 

(もう、私はあの頃には戻れない……)

 

 義のために。己の目的を達成するために。9人を助けて1人を切り捨てる道を歩み始めた彼女には。90人を助けるために10人を殺す道を歩み始めた彼女には。900人を助けるために100人を犠牲にする道を歩み始めた彼女には。

 

 もう、後ろを振り向く資格はない。彼らの先駆者たる資格はない。彼らとともに歩む権利はない。ただ、どこまでも犯罪者らしく深淵へと堕ちていくだけだ。

 

 イ・ウーを潰すために仕方なく、なんて言い訳を彼女はできない。イ・ウーなんてものがなくても、遅かれ早かれ彼女は最小限の犠牲の存在を黙殺する考えに至っていたことだろうから。そのことを彼女はイ・ウーでの日々で否応もなく理解させられたから。

 

 そもそも無理難題だったのだ。人間にできることにはもとより限りがある。完璧超人でも神様でもない、ただほんの少し他人より優れてるってだけの人間が敵味方関係なくすべての人を救う形で事態を収束させるなんて理想を抱くこと自体がおこがましかったのだ。

 

 そのような考え方にシフトしたからだろうか。彼女の目には武偵高で過ごす生徒たちの姿がとても輝いて見えた。大なり小なり己の無限の可能性を信じて日々邁進している彼らの姿がとても羨ましく感じられた。憎たらしく見えた。

 

(けれど、私は止まらない。そう、決めたから――)

「さて。近い内に決めないといけないわね……あの子、神崎・H・アリアを殺すかどうか」

 

 彼女は今日この目に収めた武偵高生徒たちの姿を脳裏から振り払うと、ボソリと物騒極まりない言葉を口にする。今回、彼女が武偵高に潜入しチアガールとしての役割をこなしていたのはただただ気晴らしに遊ぶためだけではない。実の所、神崎・H・アリアという存在を間近で観察するという目的もあったのだ。

 

 彼女の目から見た神崎・H・アリアは凛とした日本刀のような印象だった。身のこなしには無駄がないし、キレもある。現時点でこの実力なら、磨けば相当な逸材になるだろう。だが、所詮それだけだ。いくら神崎・H・アリアが類いまれなる才を持つ非凡の身であっても、とてもイ・ウーの今後を大きく左右するキーパーソンには見えなかった。とてもイ・ウーの連中を束ねていけるとは思えなかった。

 

 けれど、彼女にとって神崎・H・アリアとはやっと見つけたイ・ウー壊滅への取っ掛かりなのだ。寿命を迎えようとしている教授(プロフェシオン)の後釜として研鑽派(ダイオ)は神崎・H・アリアに狙いを定めている。その神崎・H・アリアを教授(プロフェシオン)の死と同時期に殺してしまえばイ・ウーを継ぐ者はいなくなる。正確に表現するなら、イ・ウーを率いていける存在はいなくなる。

 

 元々、イ・ウーは教授(プロフェシオン)のカリスマがあって初めて成り立っていたような無法組織だ。教授(プロフェシオン)が死ねば、神崎・H・アリアが死ねば、イ・ウーは瓦解する。リーダーのいない空白期間を作りさえすれば、それだけでイ・ウーは崩壊する。それほどまでにイ・ウーは脆い組織なのだ。

 

「……私は、どうするべきなのかしらね」

 

 キンジに嫌われたくない。でも、近い内に神崎・H・アリアは殺すべきだ。相反する感情に板挟みされる彼女は苦しげに言葉を紡ぐ。何を優先するべきか。私情か。正義か。そもそも他に方法はないのか。神崎・H・アリアの殺害以外の第二、第三の可能性はないのか。彼女の頭の中では様々な案が浮かんでは消えてを延々と繰り返している。彼女がこのような問答をしたのはこれで何度目だろうか。

 

(ハァ、考えてたらお腹すいてきたわね。神崎・H・アリアの件はひとまず忘れて、何かおやつでも食べましょう。あの件についてはまだ猶予もあるものね。煮詰まった時は気分転換が一番よ)

 

 彼女は悩ましげに眉を潜めつつその場から去っていく。その際、彼女はなるべく大脳に負荷を掛け過ぎないように、ここで己の真面目モードを断ち切って低労力モードへと移行する。刹那。彼女の思考回路は一気に明後日の方向へと向かっていった。

 

(と、今日は何を食べようかしら。シューアイス? シューアイスかしら? さっきからシューアイスの妖精が私にもっと私の虜になれって美形ボイスで囁いてくるものね。10個ぐらい食べようかな? ……いえ、松本屋のももまんもこれが中々美味しいから捨てがたいのよね。ももまん、あのお菓子はやり方次第では世界だって獲れうる逸材だもの。なんでももまんの知名度がそこそこ止まりなのか、理解に苦しむわ。あ、でも最近開店したケーキバイキングの店で色んなケーキを物色するのもよさそうだし、こうなったら食べられるだけ全部食べちゃおうかしら? 甘い物は別腹だってよく言われてるし、お金なんてイ・ウーの活動で無駄に稼いでいるから多少浪費しても何も問題ないものね。でも、そんなことしたら体重がとんでもないことに……ハァ、いくら食べても太らない体質だったらよかったのに、悩ましい限りだわ。……私はどうするべきなのかしらね)

 

 かくして。彼女はまるで空気と一体化したかのようにスッと姿を消していった。悩ましげな表情とともに。結局。彼女はシューアイスを12個平らげることとなるのだが、それはまた別の話。

 




カナ→甘い物ならいくらでも食べられる、弟:キンジ大好きっ子。シューアイスも大好物。カナモードでもきちんとキンジを弟と認識している。カナモードにおける大脳の負担を減らし、カナモード解除時の長い睡眠時間の削減&カナモードの時のより長い期間の活動を可能とするために真面目モードと低労力モード(※キンジは勝手にアホの子モードと名付けている)を使い分けている。なので、二重人格みたくなっている。

 ちゃっかり武偵高に侵入してこっそりチアガールやってたカナさんきゃわわわ。
 というわけで、カナさんのフライング登場回でした。といっても、カナさんに関してはあんまり性格改変していません。その代わり、普段はアホの子でシリアス展開時には真面目になってもらう感じにしました。何か雰囲気的にユッキーと性格被ってる気がしないでもないですけど、その辺は気にしたら負けです。はい。


 ~おまけ(その1 とりあえず身の振り方を考えた方が良さそうな人たち)~

カナ(機会があれば、キンジの悪いお友達をこっそり社会的に排除した方が良さそうね。キンジの害にしかならないお友達なんていらないもの)
武藤「……むッ……(←キンジを自分のオタク趣味へと引きずり込もうと日々画策している人)」
不知火「な、何だ……? 今スゲー寒気したぞ?(←不良やってる人)」
レキ「今の悪寒は、一体……(←何かとキンジに攻撃を仕掛けるバトルジャンキー)」


 ~おまけ(その2 もしもカナさんの好物がちょっとアレだったら)~

カナ(と、今日は何を食べようかしら。ししゃも? ししゃもかしら? さっきからししゃもの妖精が私にもっと私の虜になれって美形ボイスで囁いてくるものね。100本ぐらい食べようかな? ……いえ、松本屋のエリンギもこれが中々美味しいから捨てがたいのよね。エリンギ、あの食材はやり方次第では世界だって獲れうる逸材だもの。なんで松本屋のエリンギの知名度がそこそこ止まりなのか、理解に苦しむわ。あ、でも最近開店したキクラゲバイキングの店で色んなキクラゲを物色するのもよさそうだし、こうなったら食べられるだけ全部食べちゃおうかしら? 自分の好物は別腹だってよく言われてるし、お金なんてイ・ウー(闇の融資)の活動で無駄に稼いでいるから多少浪費しても何も問題ないものね。でも、そんなことしたら体重がとんでもないことに……ハァ、いくら食べても太らない体質だったらよかったのに、悩ましい限りだわ。……私はどうするべきなのかしらね)

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