【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 (´・ω・`)
 どうも、ふぁもにかです。まず、このバニラシェイクはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しいのです。そう、読者の皆さんの見間違いでも私のミスでも凄まじく遅れてやってきたエイプリルフールでもなく、『最終話』なんです。すみません。ついにこの時を迎えてしまった件について、謝って許してもらおうとは思っていません。

 でも、この『最終話』と銘打たれたサブタイトルを見た時、一部の読者は、「あぁ、確かに。ここ数話はそんな雰囲気だったね、うん」と、すとんと胸に落ちる感覚を感じてくれたと思います。この殺伐とした、どうにも息のしづらい世の中で、そういう綺麗な気持ちを忘れないで欲しい。そう思って、この最終話を投稿したのです。……じゃあ、本編を覗いてみましょうか。



最終話.熱血キンジと冷静アリア

 

 アリアと話をするために、武偵高の屋上を訪れたキンジは思わず息を呑んだ。夕日に萌えるコンクリートの建物勢が人工物ならではの美を構築していたから、というのもある。だが、フェンスに軽く右手を当てて沈みゆく夕日を眺めるアリアと、オレンジ色の陽光と風にたなびくアリアの桃髪とがあまりに調和していて、まるで周囲の時を止めてしまえるほどの美しさが、そこにはあった。

 

 

「キンジ?」

 

 キンジが目を見開いたまま、何も言葉にできない中。何者かの気配を察知したアリアが後ろを振り向き、きょとんとした顔でキンジの名前を呼ぶ。その真紅の双眸からは「どうしてここに?」との疑問がありありと表出している。

 

 

「夏休み中の武偵高で会うなんて、奇遇ですね。何か屋上に用事でもあったんですか?」

「……いや、さっき校門でかなえさんに会ってな。アリアがここにいるって話だから来てみたってだけだ。というか、アリア。俺を騙したろ」

「? 何の話ですか?」

「理子のことだよ。ニカニカ動画の生放送に理子を出演させたとか聞いてないぞ?」

「あぁ、その件ですか。いえ、別にそのような意図はなかったんですよ? キンジと朝食をとった時は普通に生放送に出演するつもりでしたから。……ただ、今日は急にお母さんと一緒に遊園地に行きたいと思って、その衝動が抑えられそうになかったので、囮の意味合いも込めて理子さんに代役をお願いしただけですよ。まぁ、さすがに理子さんの性格だと不安だったのでカナさんに頼んで洗の……じゃなくて、1日で解ける程度の暗示をかけさせてもらいましたけど」

 

 アリアから話しかけられたことでアリアに見惚れていた状態から正気を取り戻したキンジはアリアとごく自然に会話を交わしつつ、気になっていたことを尋ねてみる。そして、アリア側から語られた事情を前に、「理子さんには何か埋め合わせをしないといけませんね」と呟くアリアの傍ら、「……なるほど、そういう流れだったのか」と納得の声を漏らした。

 

 

(計画をきちんと練った上で親子二人でウォルトランドに行ったわけじゃなかったのか)

「それで、どうだったんだ? 親子水入らずのウォルトランドはさ?」

「それはもう、楽しかったですよ。お母さんは全然変わってないし、私自身、年甲斐もなくはしゃいでしまったせいか、まるで数年前に戻ったようでした。お母さんも私も見た目にほとんど変化がない影響で、二人で撮った写真を見た時は余計にそう思えましたね。……本当なら変装なしの写真を撮りたかったのですが、こればかりは有名税ですからね」

「人気なのも困りものだな」

「ええ。だからといって、さすがにウォルトランドを貸切にするわけにもいきませんからね。来園者のいないウォルトランドなんて魅力半減ですし」

 

 キンジが若干頬を引きつらせながら「……貸切が当然のように視野に入ってる辺り、とんでもないな」と口にすると、アリアは得意げに「ま、貴族ですから」と笑みを形作る。どうやら俺は貴族というものの財政力をまだ過小評価していたようだ。

 

 

「と、そうだ。見た目にほとんど変化がないって言葉で思い出したんだが、アリア。お前、緋弾を撃ち込まれただろ? あれから何か体におかしなこと、起こってないか?」

「いえ、特にないですね。あの日以降、体が緋色に光り出すこともないですし、緋天も撃てないままです。背中の弾痕がなければ、緋弾が私とともにあるという実感を得られないぐらいですよ」

「そうか。……何か不安なことがあったら言ってくれよ? 緋弾に関してはただ話を聞くことぐらいしかできないだろうけど、一人で抱え込むよりはマシなはずだ」

「そうですね。なら、その時は素直に頼らせてもらいます。とはいえ、そんな事態にはならないと思いますけどね。だって、私は緋弾のおかげで人生バラ色ですから」

「……え。人生バラ色?」

 

 キンジはアリアから放たれたまさかの言葉に思わず目を点にした。

 無理もない。キンジにとって、緋弾とは強大すぎる力を秘める一方、緋弾を奪い取らんとする強力な刺客を呼び込む一種の厄災である。それゆえに、アリアが前途が希望に満ちていると言わんばかりに瞳を輝かせていることがあまりにも意外だったのだ。

 

 

「はい。だって、そうでしょう? 緋弾には延命作用があり、肉体的な成長を遅らせる性質を持っています。そのおかげでひいお爺さまは150歳以上になってもなお、あれだけの若さを保っていられたのです。そして、その延命作用を持つ緋弾は今、私の背中に埋まっています。そう! 私は手に入れたのです! 世の女性が不可能だとわかってなお求めてやまない永遠の若さを! 永遠の美を! 女性にとって、老けることを気にしないで生きていけることがどれほど素晴らしいことか! 緋弾をプレゼントしてくれたひいお爺さまにはどれだけ感謝してもしきれませんね、ええ! ……欲を言うなら、ひいお爺さまにはもう少し肉体的に成長した私に緋弾を撃ってくれればもう完璧だったんですが、さすがにそこまで望んでは罰が当たりそうですね。ふふふッ」

「……うん、言いたいことはわかった。けど、緋弾のせいで髪や目の色もすっかり変わったんだろ? それについても何とも思わないのか?」

「思わないですね。永遠の美を手に入れた対価だと思えば安いものですし……私自身、この桃色の髪も、赤い目も結構気に入っています。お母さんも褒めてくれますし……キンジはその、私の色は嫌いですか?」

「い、いやいや! それはない! 俺は、アリアの色は綺麗だと思ってる」

「ふふ。なら、それでいいじゃないですか。ノープロブレムです」

「……そうだな」

(何か納得いかないけど、まぁいいか。アリアが幸せならそれに越したことはないんだし)

 

 上機嫌で大振りなジェスチャーとともに緋弾の素晴らしさを語ったテンションがそのまま引き継がれているのか、キンジに自分の髪や目の色を称賛されたからか、にぱぁという擬音を引き連れた笑みを浮かべるアリア。キンジとしてはシャーロックがアリアの背中に緋弾を発砲した件について良く思っていないため、アリアの反応は非常に複雑だったのだが、無理にアリアの笑顔を曇らせることはないなと気持ちを切り替えた。

 

 と、ここで。キンジはアリアに聞きたいことが生まれた。今こうしてアリアが心底幸せそうな笑みを浮かべられるのは、かなえさんが無事助けられたからというのが大きいだろう。かなえさんを救えたことで、アリアは人生を楽しむことに対して無意識に遠慮をしないでよくなった。己の幸せを疎かにする必要がなくなった。では。己の目的を果たしたアリアは。幸せになれたアリアは。

 

 

「……なぁ、アリア。お前はこれから、どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「かなえさんを無事救えたんだ。だから、アリアが日本に来た目的は果たされたってわけだろ? なら、アリアはイギリスに帰るのかなって――」

「――何をバカなことを言ってるんです? 帰るわけないじゃないですか」

 

 キンジの不安に揺れる言葉をバッサリ遮るアリア。「え?」とキンジが改めてアリアへと視線を送ると、アリアの呆れを多分に含んだ眼差しと目が合った。

 

 

「そこで不思議そうな顔をしないでくださいよ。『お前の母親の件が終わってからでいい。兄さんの汚名返上に協力してくれないか?』って、そう言ってきたのはキンジですよ? 忘れたんですか? ……お母さんの件は終わりました。だから、次は私がキンジに協力する番です。全身全霊キンジのために頑張りますので、どんどん頼ってくださいね」

「アリア……ありがとう」

 

 頼りがいのある言葉を並べつつ、ポンポンと胸に手を当てて胸を張るアリア。見た目だけならまず頼りにしてはいけないレベルの幼い体躯だが、その小さい体の中に秘められたアリアの強さをよく知っているキンジは、その両者のギャップについ笑みを浮かべる。そして。内心でくすぶっていた不安が浄化される感覚を味わいつつ、心から感謝した。

 

 

 ――そして、この時。キンジは決断した。

 今まで何だかんだで話さないでいたことを、イ・ウーの件が終わったら話そうと前々から考えていたことを、アリアに包み隠さず打ち明けることにした。

 

 

 

「……アリア。俺さ、アリアに話しておきたいことが3つあるんだが、いいか?」

「何ですか、いきなり改まって? ま、今日はもう用事はありませんし……いいですよ。何でも言ってください」

「わかった。じゃあ1つ目なんだが――アリアはさ、俺がキスをしたこと、覚えてるか?」

「え? キス? キスって、あのキスですよね? え、えーと、キンジと誰がですか?」

 

 キンジの口から唐突に飛び出てきたキスという単語に少々顔を赤らめながらも問いかけるアリアにキンジが「俺とアリアがだよ」と直球で答えると、アリアはピシリと、まるで石化魔法にかかってしまったかのように固まった。無言のまま動かないアリアに、キンジがアリアの顔を覗き込むように「アリア?」と呼びかけると、ここで魔法が解けたらしいアリアから「え、ぇぇぇええええええええええッ!?」という、甲高い悲鳴が上げられた。

 

 

「ちょっ、キンジ!? いつ、どこで!? どこでですか、キンジ!?」

「アリアが棺の中で目を覚ました時だよ」

「え、あの時ですか!? だけど――」

「前に説明した時はアリアにパトラが撃った呪弾の呪いを解除したとだけ言ったけど、方法は言わなかったよな?」

「……もしかして、その呪いの解除方法がキスだったんですか?」

「あぁ。カナ姉にそう言われてな。他の手段を試す猶予もなかったから、キスをさせてもらった」

 

 キンジから事情を聞き終えたアリアは火照った顔をキンジから隠すように「そ、そうだったんですか……」と下を向く。恥ずかしさに起因したアリアの行動を、精神的に深く傷ついてしまったのだと誤って解釈したキンジは、「悪い、アリア」と深々と頭を下げた。

 

 

「え、キンジ?」

「いくら状況が許さなかったとはいえ、それでもアリアの同意もなしに唇を奪ったのは事実だ。だから謝らせてほしい。本当に悪か――」

「――キンジ。これ以上、頭を下げるのはなしです」

 

 アリアは誠実に謝意を伝えようとするキンジの言葉を敢えて途中で遮断させるために、キンジの頬に両手を持っていき、上へと持ち上げていく。「あ、アリア?」と困惑するキンジを無視して、グイーッと背伸びをしながらキンジの頭を元の位置へと戻していくことで、キンジの謝罪体勢を完全にキャンセルさせる。

 

 

「キンジ。謝ることはありませんよ。気にしないでください」

「え。いや、けど――」

「『いや』も『けど』もありません。キンジは私を助けるために、その、キスをしたのでしょう? だったら、そのことに対して傷ついたり怒ったりなんてしませんよ。……私の知らぬ間にファーストキスを失っていたことについては、私自身が眠っていてキスの感覚を覚えていないからノーカンってことにすればいいわけですからね」

「アリア……」

「それにしても、キンジは本当に律儀ですよね。黙っていれば私に気づかれることなんてなかったでしょうに、わざわざ話してくれるなんて」

「……そんな殊勝なもんじゃないさ。ただ、アリアには後ろめたい気持ちを持ったままでいたくなかったんだ」

 

 アリア目線での自分の株が目に見えて上がっていることを感じ取ったキンジは気恥ずかしい気持ちに駆られ、アリアから視線を逸らして頬を掻く。そして。このむず痒さから一刻も早く逃れたい一心で、キンジは2つ目の話にさっさと移ることにした。

 

 

「それじゃ、そろそろ2つ目いくぞ。……もうアリアも大体気づいてるかもだけど、たまに俺の性格がいきなり豹変することは知ってるか?」

「……あぁ。そういえば、そんなこともありましたね。ハイジャック事件の時とか、ブラドと戦った時とか、後は私をひいお爺さまから奪い返しに来た時も随分と雰囲気が違ってましたね。あんまり気にしていなかったんですが……何かあるんですか?」

「あぁ」

 

 首をコテンと傾けて問いかけるアリアにキンジは首肯すると、ゆっくりと話し始めた。遠山キンジが抱える極秘事項であるヒステリア・サヴァン・シンドロームについて、自分が知っていることを全て、包み隠すことなくアリアに伝えていった。

 

 遠山家の人間は、性的興奮を感じることをトリガーに、思考力・判断力・反射神経などの感覚を通常の30倍にまで向上させる特異体質を持っていること。本来は女性を守って、魅力的な男性を見せつけることで確実に子孫を残すことを目的とした能力であるがために、一旦ヒステリアモードになると、女性を最優先で考えがちになり、女性に対してキザな言動を取るようになってしまうこと。ヒステリアモードには様々な派生系があること。自分は魅力的な女性の姿を脳裏に焼きつけることでヒステリアモードに至っていること。性的興奮を覚えさえするのであれば、異性に対する興奮以外の要素でもヒステリアモードになれること。

 

 

「つまり、キンジは魅力的な女性を脳裏に思い浮かべ、それに興奮しヒステリアモードを発動させることで思考力・判断力・反射神経などの感覚を大幅に強化できると」

「まぁ、そうなるな」

「キンジ? 貴方がヒステリアモードになったのって、大体いつも緊迫した状況でしたよね? そんな時に何てことを妄想してるんですか!? このヘンタイ!」

「……やれやれ、返す言葉もないな」

「あ、ついに自分がヘンタイだって認めましたね!? ようやく自覚しましたか!?」

「こればかりはさすがに言い訳のしようがないからな。けど、一応言っておくが、ブラド戦の時に発動したのはヒステリア・アゴニザンテで、アリアを取り戻しに来た時に使ったのはヒステリア・ベルセだからな。あの時まで邪な想像をしたわけじゃないぞ?」

 

 キンジはアリアからのヘンタイの烙印を受け入れつつも、アリアからの印象悪化を最小限に抑え込むために念を押す。だが、アリアはキンジの牽制の意味合いを込めた発言を前に、「ということは、ハイジャック事件の時はそういう妄想を使ってヒステリアモードになったということですね」と口にし、続けざまに「これはほんの好奇心からの質問なのですが……あの時、キンジは『なに』で興奮してヒステリアモードに至ったんですか?」と問いを投げかけてくる。どうやらキンジは自らせっせと墓穴を掘ってしまったようだ。

 

 

(ヤバいヤバいヤバい! この状況はヤバすぎる! ここで仮にカナ姉でヒスってましたと素直に言ってみろ!? 『貴方は実の兄で性的興奮を覚えたのですか? 何て気持ち悪い……キンジには失望しました、キンジとのパートナーを止めます。私の半径3メートル以内に近づかないでください』って感じになりかねないぞ!? どうするこれ、一体どう答えればいいんだ!?)

「といっても、あらかた想像がつきますけどね」

(ウソだろ!? アリアの直感で悟られたのか!? 高性能すぎるだろ!?)

「大方、ユッキーさんの裸を頭に思い浮かべてヒスっていたのでしょう? ユッキーさん、本当に羨ましい体つきをしていますからね。それに、キンジはユッキーさんをよくお風呂に入れていました。その際、キンジはタオルで目隠しをしたと言っていましたが、ユッキーさんのお風呂のお世話を日常的にやっていた以上、たった一度もユッキーさんの裸が偶然視界に入ることがなかった、何てことはあり得ませんからね」

「……あ、あぁ。その通りだ、よくわかったな」

(よかった、ユッキーでヒスったものと勝手に勘違いしてくれた! いや、これはこれであんまりよくないけど、まぁダメージは比較的軽微に抑えられたし、まぁ良しとしようか)

 

 アリアからの詰問に近い質問に晒されたキンジは焦りに焦っていたのだが、アリアがいい感じに誤解してくれたことを利用して窮地から脱出する。結果、どうにか最悪のケースを避けられたためにキンジの内心は安堵の念に満たされている。ついさっき『アリアには後ろめたい気持ちを持ったままでいたくなかったんだ』と言っていたキンジはどこへやらである。

 

 

「まぁ、裸のことはさておき……何とも難儀な能力ですね」

「全くだ。俺もこの能力との付き合い方を見つけるまでは本当に苦労したよ」

「キンジ……心中お察ししますよ」

 

 キンジのため息混じりに紡がれた言葉を受けて、アリアのキンジを責めるようなジト目が憐れむような眼差しへと変化する。キンジは今こそがヒステリアモードの話題を断ち切るチャンスだと、最後の話題に移ることにした。あまりにもヒステリアモードの話を引きずっていたら、アリアの直感が今度こそ『遠山キンジがカナでヒスった説』を導きかねないからだ。

 

 

「さて。そろそろヒステリアモードの話は終わりにして、だ。3つ目の話にいくぞ」

「了解です。……今日はもう色々と驚かされましたからね。これ以上、ビックリするようなことはさすがにないでしょう。さぁ、どんとこいです」

 

 得意げに口角を吊り上げ、クイクイと手のひらを自身へと引き寄せるジェスチャーを取ってくるアリアを前に、キンジは3つ目の話――もとい、アリアへ告白をしようとする。

 

 

(……かなえさんに焚き付けられたこともあるけど、元々イ・ウーの一件が終わったら告白するつもりだったんだ。告白するなら今、のはずだ!)

 

 沈みゆく夕日の光が世界を幻想的なオレンジ色に染め上げてくれているおかげで、告白するには中々に素晴らしい環境が構成されている中。キンジは急激に襲いかかってきた緊張に負けてなるものかと、勢いのままに口を開いた。

 

 

「あ、アリア。俺さ!? ……ッ」

「……?」

 

 キンジはアリアへ己の恋心を伝えようとするも、勢いあまってつい裏声を出してしまったせいで後に続く言葉を失い、黙ってしまう。頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、キンジの挙動不審な姿を珍しいものを見るかのようにキンジを眺めるアリアを前に、出だしを失敗してしまったキンジの頭は文字通り真っ白に染まっていた。

 

 

 何を言えばいいのかがわからなくなって。

 どう言えばいいのかがわからなくなって。

 今の自分がどんな顔をしているかすらわからなくなって。

 まるで濃霧の中にでも放り出されたような感覚になって。

 何だこれ。何だんだこれ。何もかもがわからない。俺はどうすれば――

 

 

「キンジ? 大丈夫ですか?」

 

 と、ここで。キンジの状態異常っぷりを心配したアリアが、顔色をうかがうようにキンジの双眸を覗き込んでくる。そのアリアの声に、動作にキンジはハッと我に返る。完全に動転して、前後不覚に陥っていた思考回路がアリアのおかげであっという間に正常に戻っていく。

 

 

(落ち着け、落ち着くんだ、俺。何も無理して言葉を飾る必要はないんだ。いくら告白するのが初めてで緊張するからって、呑み込まれるなよ、強襲科Sランク武偵。俺はただ、自分の等身大の想いをアリアへぶつけるだけでいいんだ。簡単なことだろ?)

 

 キンジはバクバクと鳴り響く心臓に言い聞かせるようにして内心で言葉を紡ぎつつ、アリアの華奢な両肩にポンと軽く手を置く。そして。キンジは告白を仕切り直す。今度は、キンジが極度の緊張に翻弄されるようなことはなかった。

 

 

「俺さ。アリアのことが好きだ。どこが好きだとか、そういう次元の話じゃなくて……アリアの全てが好きなんだ。好きに、なったんだ」

「……えッ?」

「だからさ。俺と付き合ってくれないか、アリア?」

「え、あ、キン――」

「いきなりこんなことを言われて、混乱してるかもしれない。……今すぐ答えを出さなくていい。こういうことは時間をかけて考えた方が絶対にいいからな。あと、これだけは言っておく。例えアリアがどんな答えを出そうと、俺はアリアに対する態度を変える気はない。シャーロックへ誓ったことを反故にするつもりはないからな。どんな結論になろうと、俺はあくまでアリアのパートナーを続けるつもりだ。だから――」

「――ちょっ、ちょっと待ってください! キンジ!」

 

 飾ることのなく、嘘偽りで固めない、純粋な言葉を使ってアリアへ告白するキンジだったが、段々恥ずかしさが心奥から迫り上がってきたために、その言葉はどんどん早まっていく。そのように早口にまくし立てるキンジの言葉は、アリアが声を張り上げてキンジの発言を強制的に遮断することでようやく止まることとなった。

 

 

「……今の、本当ですか?」

「もちろん」

「ウソや冗談じゃなくて、ドッキリでもないんですね?」

「あぁ、本気だ」

「えと、さっき話してくれたヒステリアモードを発動してる、なんてことは?」

「ないな。もしもヒステリアモードの俺なら、もっとキザッたらしい告白文句をアリアの耳元で囁いてると思うぞ? 例えば、そうだな……『例え世界中を敵に回しても、俺はアリアを愛してみせるよ』って感じで」

「~~~ッ!?」

 

 コホンと一旦咳払いをして態勢を整えたアリアは、念入りに、何度も何度もキンジの告白の真意についての確認を取ってくる。その後、キンジの発言を材料に、ヒステリアモードのキンジの言動をうっかり脳裏に再現してしまったらしいアリアはボフッと頭から煙を排出し、カァァと顔をどこまでも紅潮させた。

 

 

「そ、そうですか。ほ、本気なんですね……」

 

 至近距離のキンジでさえもギリギリで聞こえる程度の、蚊の鳴くようなアリアの声。その後、屋上を訪れる無音に、キンジの心は激しい恐怖を覚えた。沈黙が怖くて。アリアにフラれるのが怖くて。まるで金縛りにあったかのように固まる体。イ・ウーに所属する格上の敵とは臆せずに戦えるくせに、今はめっきり軟弱になってしまっている心。

 

 

(くそッ、情けないな……)

「……時間をかけて考えるまでもないですよ」

 

 キンジが今にも自己嫌悪に走ろうとした時。感情の高まりを気合いで幾分か沈静化させたアリアが静かに言葉を紡ぐ。そして。色よい返事をくれそうな様子を見せるアリアにキンジが期待を胸に抱くと同時に、アリアは「はい、そういうことです」と花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

 

 

「アリア……!」

「私も、キンジのことが……す、好きです。その……ふ、不束者ですが、改めてよろしくお願いします」

 

 アリアはペコリと流麗な所作で頭を下げる。アリアが自分の告白を受け入れてくれた。その最高の結果にキンジは安堵の息を吐いた。断られるのではないかとの不安から解放されたキンジは、深く深く、胸を撫で下ろした。

 

 

「はぁぁー。良かった。本当に良かった。もしも失敗したらって、気が気でなくてさ」

「そこまで緊張していたんですか、何だか意外ですね。私としては、自分のキンジへの想いは一方通行なものだと思ってましたから、今の告白には本当に驚かされましたよ。……ところで。キンジはいつから、私のことを好きになってくれたんですか?」

「はっきりと自覚したのは、カナ姉がアリアを殺すための協力を俺に持ち掛けてきた時だな。あの時、カナ姉と戦って、勝って、その後になんで十数年一緒に生きてきたカナ姉よりまだ数カ月程度しか一緒にいないアリアを優先したんだろうって考えて、それで気づいたって感じだ。無意識の内にアリアを好きになったのはもっと前の段階からなんだろうな、多分。アリアはどうだ?」

「私は、ハイジャック事件の後からですね。それもこれも、キンジがヒステリアモードを発動させて、カッコいい所を前面に押し出して、恥ずかしい台詞を当然のように吐いてきたせいですよ?」

「何だ、そうだったのか。なら俺がアリアを好きだってわかったタイミングで、早いこと告白すればよかったんだな」

 

 キンジは自分がアリアへの恋心を自覚するよりも早くアリアが自分を好きになってくれていたという何とも嬉しい新情報についつい頬を緩ませる。そして。キンジは今日、己が告白に踏み切ったことを心から賞賛しながら、「アリア。これからよろしくな」と朗らかな笑顔を表出させた。

 

 

「えっと、キンジ? その……あらかじめ言っておきますけど、私は恋人らしいことはよくわかりませんからね? 知識ではある程度知っていますけど、実戦経験なんてありませんし。だから、最初からそういうのを期待されても困りますよ?」

「心配するな。俺も似たようなもんだ。ま、その辺は探り探りでいいんじゃないか? だから、そうだな。まずは手でも繋いでみないか? せっかく、晴れて恋人関係になったんだしさ。ほら、恋人繋ぎってあるだろ?」

「……そうですね。まずはここから始めましょう」

 

 キンジがスッと差し出した手にアリアが指を絡ませるようにして、二人は恋人繋ぎをする。そして。前もって示し合わせたわけでもないのに、二人は自然ともう今にも沈みきってしまいそうな夕日へと視線を移した。

 

 もう直に海の水平線の下へと沈まんとする夕日の赤みがかったオレンジ色が、キンジとアリアという新しいカップルの誕生を祝福するように包み込む中。頬を朱色に染めて、心底嬉しそうに目を細めて微笑むアリアに、アリアと同じくらい顔に嬉しさがにじみ出ているキンジ。二人は夕日が完全に沈みきるその時まで、お互いの体温を共有しながら、夕日を見続けた。

 

 

 かくして。物語は小休止を迎えた。そう、あくまで小休止だ。キンジがアリアと出会い、イ・ウーの面々と敵対し、アリアの母親を取り戻す物語は、世界全体に視線を移してみれば、まだまだ序章に過ぎない。所詮は、序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)に過ぎないのだ。

 

 近い未来。小康状態は終わりを告げる。束の間の平穏は崩壊し、本格化する色金保有者同士の戦いに、キンジとアリアは否応なく巻き込まれるのだろう。その結果、世界がどのような結末を辿るのかは、未だ誰も知らない。しかし。それでも。

 

 

「大好きだよ、アリア」

「……やっぱり、実はヒステリアモードになってるとかじゃないんですか、キンジ?」

「さて、どうだろうな」

 

 それでも。遠山キンジと神崎・H・アリア。この二人がいる限り、二人が共に支え合い、共に歩んでいける限り、どのような困難だって跳ね除けることができるだろう。どれだけ理不尽な事態が降りかかろうとも、二人なら絶対に乗り越えていけるだろう。

 

 

 

 

 

 これは、とあるIFの物語である。兄である遠山金一の死を以てしても、武偵を止めるどころか、世界最強の武偵を目指して前へ前へと突き進む男、遠山キンジ。これは、遠山キンジと神崎・H・アリアとの出会いから始まる平行世界での激動の物語である。

 

 

 

――後の歴史が雄弁に語る、後にも先にも類を見ない伝説のコンビの軌跡を綴った物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱血キンジと冷静アリア 完

 

 

 

 




キンジ→アリアへと色々と暴露した熱血キャラ。そして、今回めでたくアリアと恋人関係になった男。とりあえず、これだけは言わせてほしい。リア充爆発しろ。
アリア→キンジと恋人関係になり、メインヒロインの座を盤石なものとした系メインヒロイン。ちなみに、緋弾により永遠の美を手に入れられたことがすっごく嬉しい模様。

 というわけで、最終話は終了です。二人は幸せなキスをして終了……とはなりませんでしたね。まぁここのキンジくんは原作と比べて圧倒的に女性との『To LOVEる』経験が不足していますから、その辺は大目に見てやってください。

ふぁもにか「ま、とか言ってみたけど、この後無茶苦茶セッ――(←顔面を風穴される人)」
修羅アリア「――言わせると思ってるんですか? ええ?」

 まぁ、そんなわけで熱血キンジと冷静アリアの物語はここで終了です。個人的に語りたいことは色々ありますが、その辺のことはまた改めて投稿します。今回は前に完結させた勇者刹那30と違って、約900文字程度の後書きでこの作品を振り返れるとはとても思えませんからね。


 ~おまけ(一方その頃)~

 キンジとアリアが全力でラブコメをしている時。
 屋上の扉に背中を預ける少女の姿があった。

白雪「……はぁ、負けちゃったかぁ」

 白雪はガックリととうなだれる。なぜ彼女がこの場にいて、キンジの告白シーンを目撃することとなったのか。理由は簡単、生徒会長としての業務を嫌々ながらこなした後、家路に就かんとしていた時に、屋上へと向かうキンジを見つけて、何となく後をつけていたからだ。そして、後をつけた結果がこのザマである。

白雪「あぁー、恥ずかしいなぁ。アーちゃんを呼び出して堂々と恋のライバル宣言しちゃったのに、この結果だもんねぇ……」

 白雪の脳裏にあの時の台詞が否応なしにフラッシュバックしていく。


――キンちゃんのことだけは諦めない。例えどんな結果になろうと、キンちゃんにとっての一番になるために全力で頑張る。そう決めたんだ (`・ω・´)キリッ!

――できるだけ早い内にキンちゃんが異性として好きかどうか結論を出した方がいいよ、アーちゃん。じゃないと、私がキンちゃんの一番になっちゃうよ? (`・ω・´)キリッ!

――私は、負けないからね (`・ω・´)キリッ!


白雪「うぁぁあああ! 恥ずかしいぃぃいいいいいいいい!!(←悶絶)」
白雪「うぅぅ……まぁ、元々分の悪い勝負だったからね。そもそも私がキンちゃんを諦めないって決意したタイミングからしてもう手遅れだった所あるし、元々はキンちゃんとアーちゃんがくっつくことに期待するスタンスだったしね」
白雪「……キンちゃんもアーちゃんも大好きだし、二人が末永く幸せになりますように――って、あ。早く帰らないと、『わんわんおー』のアニメが始まっちゃう!」

 白雪は凄まじく恋人関係らしい雰囲気を放つキンジとアリアのいる屋上を後にした。
 と、この時。どこからか零れた水滴が、階段に小さな染みを作るのだった。

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