【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

128 / 147

キンジ(……それにしても、ブラドの件でも入院して、今回の件でも入院するとか、まるであのツンツン頭の主人公みたいじゃないか。あの主人公みたいに入院癖なんてつけたくないし、入院沙汰になるような怪我は今後できるだけ避けていきたい所だなぁ)

 どうも、ふぁもにかです。ここの所は「毎日更新してやるぜ!」って気概で全力で執筆していたんですが、どう足掻いても私の遅筆っぷりでは隔日更新が限度な件について。こ、ここが私の限界だというのか!? 何てことだ!?



128.熱血キンジと確認事項

 

 8月11日の昼下がり。キンジは東京武偵高周辺に建設された、築3年の比較的新しい8階建てのマンションへと足を踏み入れていた。あることを確認するため、キンジはちゃっかりマンションの階段を守るドアの鍵をピッキングで開錠する形でマンション内に潜入する。

 

 

(陽菜の調査によると、最近は毎日ここに通い詰めてるって話だったな)

 

 キンジは階段を上って705号室の扉の前に立つと、チラッと地図に目を移す。そして、陽菜がくれた東京武偵高周辺の地図に確かに705号室と赤ペンで記入されていることを確認し、キンジはインターホンを押した。ピンポーンと軽快な音が響く中、キンジがしばらく待ってみるも、扉の向こう側からの反応はない。

 

 

(留守のはずはないんだが……もしかして、陽菜を使って探ってるのを悟られたか? もしそれだけ警戒心が高いんだとすると、疑惑は限りなく黒に近いグレーになるな。さて、どうするか……)

 

 キンジはもう一度インターホンを押しつつ、今後の対応を考えていると、ここでガチャッと眼前の扉が開かれた。その705号室の扉の向こう側から現れたまさかの人物にキンジは「え゛!?」と目を丸くした。なぜなら。

 

 

「何だ。誰が来たかと思えば、遠山か」

 

 705号室から姿を現したのは、蘭豹だったからだ。19歳でありながら香港では無敵の武偵として恐れられた女傑であり、今は強襲科(アサルト)の教諭としてその粗暴さと凶悪さを存分に発揮しまくっている、なるべく関わるに越したことのない存在だったからだ。ちなみに。どのくらい凶悪かというと、そのぶっ飛んだ素行のせいで、東京武偵高の教諭になるまで各地の武偵高をクビにさせられ、たらい回しにさせられるレベルだったりする。

 

 

(え、えええええええええええええ!? なんで、なんでここで蘭豹先生が出てくるんだ!? 陽菜情報だと、ここにはあいつがいるはずだろ!? こんな話聞いてないぞ!? ま、まさかあれか? 謀ったのか!? 陽菜の奴、俺をからかうために偽情報を掴ませて、よりによって蘭豹先生の住居に誘導しやがったのか!?)

 

 表向きには表情を変えないキンジだったが、その内心は大いに動揺の嵐に苛まれていた。というか、想定外の事態が発生したことに対し、真っ先に陽菜の情報がウソであると疑いにかかる辺り、陽菜に対するキンジの信用のなさが伺えるものである。これが日頃の行いの為せる業か。

 

 

「どうした遠山、こんな所に尋ねてきて。何か用か?」

「……えーと、蘭豹先生。一つ尋ねたいんですけど、ここに装備科(アムド)の平賀文はいますか? ここにいるって聞いて来たんですが」

(蘭豹先生は下手に地雷を踏んでしまうと大惨事になる。幸いにも今は珍しく落ち着いてるみたいだから、うっかり機嫌を悪くさせない内にここから去らせてもらおう。シャーロックの一件からまだそんなに時間が経ってないのにまた命を燃やさないといけないような事態はゴメンだからな)

 

 キンジは普段の粗暴さがすっかり鳴りを潜めているレアな蘭豹を前に、キンジは705号室内に平賀がいるかどうかを問いかける。そう、今回キンジがこの場に足を運んだのは平賀に対し、なるべく早めに確認しておきたいことがあったからだったりする。

 

 

「あぁ、何だ。あやや先生に用だったのか。あやや先生は中にいるぞ。今は忙しくて話せないだろうから、あやや先生が仕事を終えるまで中に上がって、茶でも飲んでおくといい」

「あ、あやや先生?」

「何だ、知らないのか? 『平賀あやや』は平賀文のペンネームだよ。このペンネームを使ってあやや先生は漫画を描いてるんだ。あやや先生本人はそのことを全然隠してないからとっくの昔に知ってるものだと思ってたんだがな。これでも漫画業界では結構有名なんだぞ?」

「ま、漫画家ぁああああああ!? えええええええええええ!?」

 

 キンジがわけがわからないと言いたげに口にした言葉を受けて、蘭豹は平賀が漫画家をやっていることを話す。その蘭豹がサラッと示してきたまさかの事実に、キンジはつい素っ頓狂な大声を周囲に轟かせてしまうのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 蘭豹に招かれるままに705号室内にお邪魔し、キンジがリビングへと向かった時、そこはカオスとしか言いようのない空間と化していた。

 

 

 リビングの四隅に置かれた計4台のコンポーネントオーディオから『わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー』と、アニメ『わんわんおー』の登場キャラである犬たちが歌う洗脳系オープニングが大音量で部屋中に反響しまくる中。

 

 

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃッッッッッッッッッッッッッッッッッッほぉぉ――――――――い!!」

 

 リビングの奥に置かれた木製のテーブルにて。左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた平賀がアニメ『わんわんおー』のオープニングの音量に負けじと奇声を全力で張り上げながら、机に座ってギャギャギャギャと右に左にペンを動かして漫画を描いていた。そのペンを動かす右腕があまりに早すぎるためか、残像で二重三重にブレて見えてしまっている。

 

 

「な、何だ。このSAN値がガリガリ削られそうな空間は……」

「ま、ツッコミ所はあるだろうが、これが平賀の作画スタイルだ。大人しく受け入れた方が楽だぞ、遠山。私はもう慣れた」

 

 狂気に満ち満ちた世界を構築しているリビングに一歩足を踏み入れたままピシリと石像のごとく固まったキンジに対し、背後の蘭豹はポンポンと雑にキンジの頭を叩きながら先人としてのアドバイスを送る。そして。リビングへの道を塞ぐように立つキンジの背中を「邪魔だ」と勢いよく蹴飛ばし、床へとズガンと頭を全力でぶつけたキンジの背中をわざわざ踏みつける形でリビングへと入っていった。

 

 

「なのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなッッッッのだぁぁあああああああああああああああああああ――――ッ!! できた! できたよー! オラクルフォースの最新話、完成だよ、なのだ! あ、らんらん! お待たせなのだ!」

 

 超人染みたスピードでガリガリと漫画を描いていた平賀は渾身の雄たけびを最後に、ガタンと椅子から立ち上がり、今まで真剣に描いていた漫画の束を掲げて、ぴょんぴょんとリビングを跳ね回る。そして。自身の視界の隅に蘭豹の姿を映ったことに気づくと、まるで母親を見つけた幼子のようにパタパタと一直線に蘭豹の元へと駆け寄っていった。

 

 

「よーし、それじゃ早速見せてくれ。あと、らんらんじゃなくてらんらん先生な」

 

 蘭豹は平賀が「はい!」と渡してきた漫画を受け取ると、1ページ1ページしっかりと、しかし時間を無駄に消費させずに目を通していく。

 

 

「どう、どう?」

「満点だ、これなら問題ない。後は編集さんに見せれば通るだろ」

「わーい、やったー! なのだ!」

「お疲れさま。ホント、あやや先生はいい仕事してくれるよ。組んで良かったって心から思える」

「いやぁー、これも全てらんらんのおかげだよ! らんらんがワクワクする素晴らしいストーリーを考えてくれるから、私は頭を空っぽにして純粋に漫画を描けるのだ!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。――っと、そうだ。あやや先生、客だぞ」

「お客さん? こんな所に? って、あ。遠山くんなのだ」

 

 蘭豹がビシッと指差したリビングの入口周辺へと視線を移した平賀は、そこで「いってぇ……」と、ガンガン痛む頭を押さえながら立ち上がるキンジの姿を捉えて言葉を漏らす。

 

 

「よ、平賀。ちょっと二人きりで話がしたい。すぐに終わらせるつもりだからそう時間は取らせないけど……今は大丈夫か?」

「ん、ちょうど漫画も描き終わった所だし、大丈夫だよ! じゃ、らんらん! 少し席を外すから、もし私がいない間に編集さんが来たら打ち合わせはよろしくね! なのだ!」

「あぁ、任せておけ。あと、らんらんじゃなくてらんらん先生な」

 

 平賀がキラッというあざとかわいい擬音がつきそうなウインクとともに後のことを蘭豹にお願いすると、当の蘭豹はグッと突き上げた親指で自身を指し、二カッと爽やかな笑みを浮かべる。

 

 かくして。平賀と蘭豹。この二人の思わぬ仲の良さをまざまざと見せつけられる形で、キンジのマンション訪問は幕を下ろすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「んぐんぐんぐ……ぷはぁーッ! 生き返ったぁー! なのだ!」

 

 その後。マンション周辺の公園へと場所を移したキンジと平賀。そこでキンジは一仕事を終えた平賀を労う意味を込めて近くの自動販売機でオレンジジュースの缶飲料を購入し平賀にプレゼントすると、平賀は実においしそうに喉を鳴らして一気飲みをしてくれた。この喜びあふれる反応からして、よほどのどが渇いていたようだ。

 

 

(これだけいい反応をしてくれると、奢った甲斐があるな)

「ありがとね、遠山くん!」

「どういたしまして。にしても驚いたぞ。漫画、やってたんだな。それも蘭豹先生とタッグを組んで取り組んでるとか、正直今でも信じられないよ」

「むー。そんなに意外かなぁ? らんらんと漫画ってそんなに意外性ないと思うんだけど?」

「意外に決まってるだろ、あの蘭豹先生が漫画家も兼任してるなんてさ。武偵高の奴らがこのことを知ったらまず絶句するだろうな。強襲科の連中なら、その後、蘭豹先生をいじる格好のネタにしそうだけど」

「それで、らんらんにお星さまの所までぶっ飛ばされると」

「テンプレだな」

「テンプレなのだ」

 

 キンジと平賀はこの場にいない蘭豹の話題について、互いに同調しうんうんとうなずき合う。今日は何だか二人の波長がよく合っているようだ。

 

 

「ってことはだ。平賀、お前がよく放送で蘭豹先生に呼ばれてるのは――」

「――うん、漫画関係のことだね。編集さんが武偵高に直接来てくれた時は教務科(マスターズ)のらんらんの個室で打ち合わせをする取り決めになってるんだよね、なのだ!」

 

 前々から気になっていたことを良い機会だと尋ねたキンジは、相変わらず取ってつけたように語尾に『なのだ』をつけるスタイルな平賀の発言から、「なるほど。そういうことだったのか」と納得したように呟きを漏らす。その脳裏には、かつて武藤と平賀が対立していた時の武藤の発言がよみがえっていた。

 

 

――漫画家との二足のわらじでこなせるほど、発明の世界は甘くはない。

(そういえば、武藤もそんなこと言ってたな……)

「それで? 話って何?」

 

 と、ここで。平賀が本題を聞き出そうと、キンジの話を催促してくる。その問いかけに応じる形でキンジがとあることを確認しようとした時、いきなり平賀が己の体を両手で抱きしめるようにして、「も、もしかして、告白?」といかにも冗談っぽく問いを投げかけてきた。

 

 

「悪い、平賀。俺は平賀のようなタイプは守備範囲外なんだ。俺は基本的に年上のお姉さんタイプが好みでな。他を当たってくれ」

「……へぇー」

「な、何だよ。その疑いの眼差しは?」

「だって、とてもそうは思えなくてさ。だって、遠山くんって神崎さんや峰さんみたいな年齢の割には幼いロリ体型の女の子が大好きだって聞いたよ? それこそ男子寮内に無理やり住まわせちゃうぐらいには好きでたまらないって」

「え、何その噂!? 聞いてないんだけど!?」

「あれ、そうなの? もう結構広まってるけど、なのだ」

「マジかよ……なぁ平賀。噂の出所とか、わかってたりするか?」

「ん? 風魔さんとダルクさんが結託して流してるのを前に見たことあるのだ」

「あいつらかよ!? あいつらなのかよ!?」

 

 キンジは己がロリコンだという噂を流されているという、寝耳に水な状況の原因がジャンヌと陽菜という問題児の組み合わせだということについ声を荒らげる。この時、キンジは確かに、「ハァーッハッハッハッハッ!」と高笑いをするジャンヌと、「ハッハッハッ」とわざとらしく笑う陽菜の幻聴を聞いた。

 

 ちなみに。なぜジャンヌと陽菜の組み合わせができているのかというと。ジャンヌは元々、キンジが白雪や理子と一緒の部屋で寝食を共に過ごすことを良しとしていなかったため、キンジが白雪たちに性的に手を出してくる前に、どうにか白雪たちをキンジから切り離せないものかと模索していたのだ。そんなジャンヌの心境を目ざとく察知した陽菜が『面白そうだから』という理由でジャンヌに協力という名の便乗を申し出た結果、性質の悪さに定評のある、ある意味で凶悪なコンビが誕生してしまい、キンジの印象を悪くする噂が現在進行形で流されているというわけである。

 

 

(……とりあえず、陽菜。次会ったらマジで覚えてろッ!)

「それで? 告白は?」

「平賀。今回お前に会いに来たのは、聞きたいことがあったからだ。断じて告白しにきたわけじゃない。……単刀直入に聞くぞ。お前は、アリアに危害を加えるつもりはあるか?」

 

 キンジが本題に入った瞬間、公園がシーンと、文字通り静まり返ったような感覚を平賀は覚えた。ふざけた答えは許さないと雄弁に語るキンジの双眸を見上げつつ、平賀は真面目に返答する。

 

 

「うーん、どうだろ? 神崎さんを傷つけないと断言はできないね。ほら、私って色んな人に武器売ってるからさ。いい人にも悪い人にもとりあえず発明品を提供してる以上、神崎さんに害意がある人に私の武器が渡ったとしてもおかしくはないのだよ!」

「じゃあ、質問を変えるぞ。お前が直接アリアを傷つける意思はあるか?」

「ないない、それはないよ。私にとって、東京武偵高は大事な居場所だからね。この大切な場所を手放しかねないバカな真似は間違ってもするつもりはないよ、なのだ!」

「……そうか、ならいい。忙しい時に時間を取って悪かったな」

 

 平賀の思いっきり素な反応を前にして、警戒するのが何だかバカらしくなってきたキンジは「ふぅ」とため息を吐く。実はこの時、キンジは平賀の返答次第では拳銃を抜くつもりだった。なぜなら、平賀の立ち位置が完全に限りなく黒に近いグレーゾーンだったからだ。

 

 

「このタイミングで遠山くんが尋ねて来たってことは、私の作ったボストーク号の模型が影響してるんだよね?」

「正解だ。あまりにお前の模型と実物の特徴が一致していたからな。お前が武偵高に長期潜入しているイ・ウーの一員なのかどうか、確認しておきたかったんだ」

「なるほどね。でも、それにしては意外な切り口だね。どうして私の正体は尋ねなかったの、なのだ?」

「ま、人間誰しも、誰にも言えない秘密があるものだからな。俺の秘密を晒していない状態で、平賀の正体をただ問い質すのはフェアじゃないと思ったんだ」

「何か、変なプライドなのだ!」

 

 平賀に真正面から自分の気持ちが変わっていると認定されたキンジはほんの少しだけ不機嫌そうに「……別にいいだろ。これが何か深刻な問題を引き起こすわけじゃないんだし」と発言する。そのようなキンジを改めて見据えた平賀は黙考の後、おもむろに言葉を紡いだ。

 

 

「うーん。絶対に隠さないといけないことじゃないし、せっかくだから遠山くんには私の立ち位置を話しておくのだ。――何せ、遠山くんはシャーロック・ホームズを倒しちゃった人だからね。前々から優秀だとは思ってたけど、まさかここまでやらかすことができる人だとはさすがに予想外だったよ! なのだ!」

「ッ!? それを知ってるってことは、やっぱり――」

「――誤解されない内に言っておくけど、私はイ・ウーのメンバーじゃないよ? ただシャーちゃんに直々にイ・ウーへ招待されてただけ。なのだ」

「しょ、招待ッ!?」

「そそ。で、私は武偵高を卒業するまで待ってくれって、考えさせてくれって返事して、シャーちゃんに受け入れてもらったんだ。その後は、街中でシャーちゃんと偶然出会った時に色々話をしたね。カラオケで一緒に歌ったり、高級レストランでお食事したり、お友達感覚で色々遊んだりもしたっけ。シャーちゃんも機械いじりが好きなメカニック属性の人だから、同類として色んな話をさせてもらったよ。ボストーク号の構造はその時に知ったのだ」

「なるほど。そういう繋がりだったのか」

(……何か、蘭豹先生のことといい、シャーロックのことといい、さっきから俺の抱いていたイメージと全然違う一面が平賀目線から垣間見えてる気がするな)

「……って、シャーちゃん? シャーちゃんって、まさか……シャーロックのことか?」

「うん! そうだよ、なのだ!」

「凄いな、平賀。多分あいつのことをそんな愛称で呼べるのってお前ぐらいだぞ?」

「え、そうなの? 『シャーちゃんって呼んでいい?』って聞いてみたら『もちろんSA☆』って元気いっぱいに答えてくれたけど?」

「何かテンション高いな、お前の中のシャーロック。一体何がどうなってんだよ……」

 

 キンジが己が直接言葉を交わしたシャーロックと、平賀が対面したシャーロックとのあまりの違いについ頭を抱えたくなる中。平賀はふと、唐突にニコニコ笑顔を曇らせる。眉を寄せて、悲しそうに唇を噛んで、ポツリと己の心中を言葉に表し始めた。

 

 

「ま、でもシャーちゃんは寿命で死んじゃって、イ・ウーは壊滅しちゃったから、イ・ウーへの招待なんてもう関係ない話なのだよ」

「……」

「シャーちゃんの話はとっても面白かったんだ。ユーモアに富んでいて、楽しくて、もっと色々とお話したかった。シャーちゃんにはもっと長生きしてほしかった。……本当に、惜しい人を亡くしちゃったね」

 

 実に平賀らしくない、憂いに満ちた表情で、平賀はポツリポツリと己の内に秘めていた感情を曝け出す。その沈鬱な面持ちから察するに、彼女にとって、シャーロック・ホームズの存在はそれだけ大きかったのだろう。

 

 

「ねぇ、遠山くん。私からも1つ、聞いていいかな?」

「何だ?」

「シャーちゃんは、幸せに逝けたのかな?」

「俺はシャーロックじゃないから推測しかできないけど、幸せだったんじゃないか? 何せ、可愛いひ孫に見守られる形で往生できたんだ。きっと、何も心配することなく安らかに眠れたはずだ」

「……そっか。それなら良かった、なのだ」

 

 キンジの返答についついブワッと衝動的に涙を零しそうになった平賀は、「っとと。ダメダメ、私に涙は似合わないのだ!」とゴシゴシと服の袖で乱暴に涙を拭うと、「元気出していこう、平賀文! えいえいおー!」と二パッと無理やり笑みを作る。その姿はあまりに痛ましかったのだが、キンジとしても元気のない平賀は違和感が凄まじかったため、いつもの自分に戻ろうとする平賀の行為に水を差すような真似はしなかった。

 

 

「それじゃ、シャーちゃんが幸せに逝けたってわかった以上は、シャーちゃんが本気でびっくりするような発明を頑張って編み出して、冥土の土産に持って行けるようにしないとだね! いやぁ、いい話が聞けてよかったよ! ありがとね、遠山くん! それじゃ、バイバーイ! なのだ!」

 

 瞬く間にカラ元気を徐々にいつものペースに戻していった平賀は言いたいことを全部ちゃっちゃと言い終えると、パタパタと公園から走り去っていく。時折キンジへと振り向いてブンブンと右手を振って別れを告げる平賀に対し、苦笑しながらも手を振り返すキンジなのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……一時はどうなることかとも思ったが、あの分なら心配なさそうだな。よし、これで1つ懸念をなくせたぜ」

 

 キンジは走り去る平賀の後ろ姿を眺めながらホッと安堵の息を吐く。と、その時。キンジの背後にある木から一人の少女が無音でシュタッと降り立った。それは、長く伸ばした艶のある黒髪ポニーテールに長いマフラーみたいな赤布、籠手に武偵高の防弾制服が特徴的な、忍者スタイルの少女だった。

 

 

「陽菜。今回は協力してくれて助かったよ」

「何の何の。拙者は師匠の戦姉妹(アミカ)にござる。今後ももっと頼ってもよいのでござるよ?」

 

 キンジの感謝の言葉に陽菜はうんうんと何度も首を上下に動かしつつ、得意げに言葉を放つ。陽菜がこの場にいる理由、それは今回の平賀文の情報収集の任務をキンジから請け負った以上、自身がキンジに提供した情報が何をもたらすのかが気になったからというのもあるが、もしもキンジと平賀が戦うようなことになった時に助太刀するためでもあったりする。風魔陽菜は師匠たるキンジが退院したばかりでまだ本調子でないことを心配できる戦姉妹の鏡なのである。

 

 

「そうか、じゃあもう1つだけ頼まれてくれないか?」

「あいあい。何にござるか? 何でも言ってほしいでござる」

「何でも、ねぇ。そうか、それなら―― そ こ を 動 く な 」

「ふぁッ!? あ、あー。拙者、ちょっと急用を思い出したでござるからこれにて失礼させてもらうでござ――ぎゅ!?」

 

 唐突に襲いかかってきた悪寒にブルリと体を震え、キンジから一秒でも早く離脱しようとした陽菜の頭がガシッとわし掴みにされる。この時、陽菜は自身の頭を掴むキンジの指と指の間から、ニッコリといい笑顔を見せるキンジの姿を直視した。

 

 

「なぁ、陽菜。お前とジャンヌが流したっていう噂の件なんだが、覚悟はできてるな?」

「お、落ち着くでござる、師匠。あれはほんの出来心というか、魔が差したというか、まさかここまで師匠がマジギレしてくるのは少々想定外だったというか、だから今回、拙者が頑張って平賀殿の情報収集を行ったという功績を情状酌量に入れて許してくれないかなというか――」

「――うん、絶対に許さねぇ」

「何となくそんな気はしてたでござるよ、ハッハッハッ……」

 

 どうにか命乞いに徹する陽菜だったが、キンジの気持ちを揺れ動かすには至らず。陽菜はついに覚悟を決める。その後、陽菜の言葉にはとても表せない類いの悲鳴が公園中を轟いた後、何事もなかったかのように公園を後にするキンジなのだった。

 

 




キンジ→平賀がイ・ウー側の人間かどうか、さらにはアリアに危害を加える気があるかどうかを確かめに平賀の元へと赴いた熱血キャラ。その結果として、蘭豹や平賀、シャーロックの想わぬ一面を知ることとなったようだ。
平賀文→少年漫画「オラクルフォース」を連載中のハイテンションな天才少女。作画担当。シャーロックに直々にイ・ウーへと招待されて以降、シャーロックと気の置けない関係を構築していた模様。ちなみに、オレンジジュースが大好き。
風魔陽菜→実は87話以降、本編に登場したことのなかった少女忍者。キンジが重度のロリコンであるという噂を広めんと画策するジャンヌに便乗する形で手伝っちゃってたりする。
蘭豹→少年漫画「オラクルフォース」を連載中の教師。原作担当。平賀のことを一人の先生として慕う心を持っている。
※オラクルフォース:らんらん先生原作、平賀あやや先生作画のハイスペック学園バトルコメディ作品。武偵二人を中心にしたダブル主人公モノとして物語が構築されている。また。週刊少年雑誌における初の試みとして、毎週2話ずつ連載していたりする。

 というわけで、128話は終了です。この熱血キンジと冷静アリアにてほとんど出番がなかった勢が一纏めに登場してきた感のあるお話でしたね。そして、私としてはひっさびさに全力でギャグ展開を執筆できたので大満足です。やっぱりギャグっていいですよね! 最高ですよね!


 ~おまけ(その1:とある日の平賀さんとシャーロックさん)~

 街中にて。

平賀「おぉ! シャーちゃんなのだ!」
シャーロック「ほう! これはこれは、文君ではないか!? こんな所で会うとは奇遇だね!」
平賀「うん、本当に奇遇なのだ! シャーちゃんは元気にしてた!?」
シャーロック「あぁ、もちろんSA☆ 体調管理は紳士の嗜みだからね!」
平賀「おおお! さすがは紳士なのだ! カッコいい♪」
シャーロック「そうだろう、そうだろう! そうだ、文君! 私は今から近場の高級レストランに立ち寄る予定だったのだが……君も一緒にどうかね!?」
平賀「え、いいの!? あ、でも……」
シャーロック「もちろん、食事代は全て僕が払わせてもらうよ! 一流の紳士たるもの、淑女にお金を払わせては嘲笑ものだからね!」
平賀「おおおおおお! さっすがシャーちゃん! 太っ腹ぁ♪」
シャーロック「ハッハッハッ。もっと褒めてくれてもいいのだよ! さて、それでは行こうか! 積もる話は美味しい食事を堪能しながらといこうか!」
平賀「ラジャー! なのだー!」

 シャーロックさんが平賀さんの前ではやたらとはっちゃけまくっている件についてはツッコんではいけない。いいね?


 ~おまけ(その2 一方その頃:とある親子の話)~

 東京ウォルトランドにて。

神崎かなえ「よーし! アリア、次はあのジェットコースターに乗ろう! そうしよう!」
アリア「ちょっ、お母さん? またジェットコースターですか……って、ええええ!? あ、あれ乗るんですか!? あれはさすがにヤバそうですよ!?」

 アリアが見つめる先にあるジェットコースター。それはレールが透明素材になっているために、ジェットコースターの進路が見えない・読めないことが異様に恐怖をそそることに定評のある、とんでもないアトラクションだった。

神崎かなえ「何だ、アリア? 怖いのか? やれやれ、成長したとはいえ、アリアはまだまだ子供だなぁ。なーに、安心しろ。ここに超絶頼りになるお母さんがいるんだからな」
アリア「お母さんだってさっきお化け屋敷に行った時はずっと私の後ろにひっついてビクビクしてたじゃないですか!?」
神崎かなえ「ナンノコトカナー、オカアサンモウワスレチャッタナー」
アリア「目を逸らさないでくださいッ!」

 閑話休題。

神崎かなえ「にしても、案外バレないものだな。アリアは黒髪に変装して、私はダテ眼鏡をつけてるだけなのに」
アリア「まぁ、私は偽者をニカニカ動画の生放送に出演させてますからね。あっちを偽者だと見抜けない以上、ここにいる私は精々『正義の武偵:神崎・H・アリアのそっくりさん』ってぐらいにしか思われないでしょうね」
神崎かなえ「人の思い込みって、ホント便利だなぁ」
アリア「ま、そういうことですね。ということで、ジェットコースター巡りは一旦休憩して、他のアトラクションももっと回りましょう。お母さんが捕まってる間に新しくできたアトラクションは他にもいっぱいあるんですからね!」
神崎かなえ「おっと、そうだったな。それじゃ案内頼むよ、アリア」
アリア「はい!」

 神崎親子は失われた時間を少しでも取り戻すべく、遊園地を満喫していた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。