【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

125 / 147

 どうも、ふぁもにかです。今回はキンジくんとシャーロックさんとの激戦回、ということでキンジくんにはちょいと無理やり感の否めないオリジナル技を駆使してもらいます。もしかしたら「いやいやいや、これはないだろ」と思われるかもしれませんが、その辺は目を瞑って展開を見守ってくれると非常に助かります。

 ちなみに。ここ最近の執筆速度が割と早いのは、元々この辺の展開を既に7割方執筆済みだったからです。前々からずっと、この辺りのシーンを投稿したくてたまらなかったわけですよ、私は。



125.熱血キンジと真骨頂

 

「――今度は俺が教えてやるよ、シャーロック。死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを、な」

 

 ボストーク号艦内の、やたら広大なホールにて。キンジは左手に小太刀、右手に拳銃を装備してシャーロックへニィィと得意げな笑みを見せる。しかし、その内心は意外に複雑だった。

 

 

(切り札はあるが……正直、リスクが高すぎるからできることなら使いたくなかったんだよなぁ。でも、もう四の五の言ってる場合じゃない)

 

 キンジは内心でため息を吐きつつも、すぐに腹を括る。キンジの切り札。それは、パトラとの戦いでヒステリアモードの任意解除を行った時と同じく、ぶっつけ本番の代物である。加えて、成功率はヒステリアモードの任意解除よりも遥かに低く、成功しようと失敗しようと自身が死んでしまいかねないため、明らかに分の悪すぎる賭けである。しかし。キンジは賭けに踏み切ることにした。キンジの脳裏に、己の敬愛する兄の言葉が蘇ったからだ。

 

 

――キンジ! 男には、例え命を犠牲にしかねない状況下であっても、それでも男の意地を貫き通さないといけない時がある! それが今だ!

 

 

 そうだ。今だ、今なんだ。今賭けに出なければ、シャーロックを倒す機会は永遠に失われる。

 そんなのはダメだ。アリアを散々苦しめておいて。痛めつけておいて。

 それで痛めつけた張本人はアリアの受けた苦痛を1ミリだって知ることなく、今日でのうのうと天寿を全うしようとしている。

 そんなこと、許されてなるものか。例えアリアが許したって、俺が許さない。

 アリアのパートナーとして。アリアに恋心を抱く男として。俺の女を傷つけまくったシャーロック・ホームズは全力でぶっ飛ばさなきゃ気が済まない。

 

 しかし、シャーロックは強い。俺とシャーロックとの戦力差は火を見るよりも明らかだ。ただ普通に立ち向かった所で、俺はシャーロックにかすり傷すら与えられないだろう。さっきの予習とやらのように、ただいたずらに蹂躙されるだけだ。だから。だからこそ。

 

 

(――命を燃やせ、遠山キンジ。命をチップに、シャーロックの野郎をぶちのめすんだ!)

 

 キンジは己の両眼に確かな戦意の炎をたぎらせ、胸の内に眼前のシャーロックへの憎しみを募らせる形で、体を駆け巡るヒステリア・ベルセの血が未だ解かれていないことを確認する。

 

 

(よし、まだヒステリア・ベルセは継続中だ。なら、次だ)

 

 キンジはスゥと静かに目を瞑る。視界を防いだ状態で、キンジはとあるシーンを脳裏に呼び起こす。それは、アンベリール号にて。呪弾の呪いからアリアを救うために、すやすやと眠るアリアとキスをしたシーン。その時の、柔らかなアリアの唇の感触を鮮明に思い出した瞬間。バクンと心臓がひときわ強く脈打つ感覚をキンジは感じた。

 

 

(よし、ヒステリア・ノルマーレ()発動できた。ここまでは順調。あとは――最後の仕上げだ!)

 

 キンジは事が順調に運んでいることに内心で喜びを感じつつも、防弾制服のシャツをバサッとスタイリッシュに脱ぐ。そして。上半身裸となったキンジは一切躊躇することなく己の左横腹に左手の小太刀をザシュッと突き立て、そのまま左側へ横薙ぎに振るう形で横腹をかっさばいた。

 

 

「うん!?」

「……キンジ!?」

 

 キンジのいきなりの自傷行為にアリアとシャーロックが酷く衝撃を受ける中。横薙ぎに振るった小太刀から自身の血が飛び散る中。キンジは荒波のように襲いかかる激痛につい意識を失わないよう気合いで耐えつつ、左手に持つ小太刀を背中へとしまう。

 

 その後。全身を暴れ回る激痛に意識を持っていかれない程度には痛みに慣れた頃。キンジは自身の体の変化をきちんと知覚した。自傷行為により自身を死にかけの状態にまで持っていったキンジは、己がヒステリア・アゴニザンテをも発動できていることを認識した。

 

 

(よっしゃ、できた! 成功したぞ! ヒステリアモードの重ねがけ……ッ!!)

 

 ヒステリア・ベルセの発動中に、ヒステリア・ノルマーレとヒステリア・アゴニザンテを追加で発動させるという賭けを上手い具合に成功させたキンジは、ドクンドクン所じゃなく、バグンバグンとあたかも心臓付近で爆発が頻発しているかのような激しい心音に身を委ねつつ、己の思惑通りに事態が進んだことにニィィと勝ち気な笑みを深めていく。

 

 そう。キンジの切り札とは、三種類ものヒステリアモードを重ねがけすることだった。この切り札を思いついたのは、兄からヒステリアモードが一種類のみではないという話を聞いた時。兄から開示されたヒステリアモードに関する新たな情報を前に、ヒステリア・ベルセにより51倍にも高められた思考力は一つの仮定をキンジに示していたのだ。

 

 『性的興奮で発動するヒステリア・ノルマーレ、死に瀕することで発動するヒステリア・アゴニザンテ、自分の女を他の男に奪われることで発動するヒステリア・ベルセ。この3つを重ねがけしたら、どうだろうか? 複数のヒステリアモードを同時に発現できれば、自身を超強化できるのではないか?』という仮定を、キンジの思考回路は生み出していたのだ。

 

 

 実際。キンジのこの仮定は正解である。様々な派生系が存在するヒステリアモードを一気に発動させた時。思考力・判断力・反射神経などの感覚は乗算される形でパワーアップするのだ。

 

 今回の場合であれば、ヒステリア・ノルマーレの30倍、ヒステリア・アゴニザンテの51倍、ヒステリア・ベルセの51倍。これら3つの数字を乗算すると、実に78,030倍。そう、今のキンジの思考力・判断力・反射神経などの感覚は通常の約7万8千倍にまで跳ね上がっているのだ。これはもはや、人間の枠組みを軽く逸脱した正真正銘の人外が、今ここにおいて誕生したといっても決して過言ではないだろう。

 

 ちなみに。このヒステリアモードの重ねがけは体への負荷が凄まじいため、使えば使うだけ確実に寿命を削っていく代物だということをキンジは知らない。いや、例え知っていたとしても、キンジはこの場面でのヒステリアモードの重ねがけをためらわなかっただろう。なぜなら、今のキンジは己の意地を貫き通すために命を燃やして戦う覚悟を決めているのだから。

 

 

(名づけるなら『多重ヒステリアモード』って所か。上手くいって本当によかったよ)

 

 キンジは腹部を小太刀で貫いたためにガフッと血の塊を吐きながらも、賭けに成功した喜びからか、決して笑みを崩さない。今回の賭けは非常に分が悪すぎる賭けだった。なぜなら、ヒステリアモードの重ねがけは初めての試みであるため、実際に重ねがけできるかどうかは未知数だったからだ。重ねがけができなければただ自滅しただけになる上、もし仮にヒステリアモードの重ねがけができたからといって、自身を死にかけの状態に持っていくことに見合うだけの莫大な効果を得られるかどうかもわからなかったからだ。

 

 

(……けど、俺は賭けを成功させた。これなら、いける!)

 

 それでも敢えてキンジがわざわざ自身の命を削るという危険極まりない切り札を選んだ理由。それはシャーロックの条理予知(コグニス)を攻略するためである。

 

 シャーロックの条理予知(コグニス)は、つい未来予知と勘違いしたくなるけど、結局はただの推理だ。

 だから、十分な情報がなければ未来を推理しようがなく、未来を正確に予知できない。

 あの時。シャーロックの予習で条理予知(コグニス)の導き出した通りに俺が戦闘不能にならなかったのは、シャーロックがヒステリア・ベルセを知らなかったから。

 ヒステリア・ノルマーレとヒステリア・アゴニザンテしか知らなかったからだ。

 

 ここに、シャーロック・ホームズを倒すヒントが転がっている。

 シャーロックを倒すには条理予知(コグニス)攻略は避けて通れない。

 そして、条理予知(コグニス)を攻略する方法は2通り存在する。

 

――シャーロックの知らない情報を切り札に戦うことで条理予知(コグニス)を狂わせるか。

――条理予知(コグニス)で導き出そうともかわしようもない必中攻撃を繰り出すか。

 

 

(これを踏まえてこれからどう戦うかだけど……ッ! さすがは多重ヒステリアモード。3つもヒステリアモードを重ねがけすると、こうも簡単に解決策が思い浮かぶものなんだな。……見えたぞ、シャーロックを倒すための方程式がッ!)

「……キンジ君。君は一体、何を考えている? 正気かい?」

「さてな。けど、『死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを教えてやる』って言っただろ? ……残念だったな、シャーロック。今、この時点で、お前は俺に勝てなくなった。お前の敗因は、今の俺の自傷行為を阻止しなかったことだ」

「ほう。ここでもう勝利宣言をするとは、随分と自信があるみたいだね。さっきまでとは雰囲気がまるで違うことも関係しているのかい?」

「さーて、どうだろうな」

「やれやれ、教えてくれる気はなさそうだね。僕のようなうだつが上がらない凡人相手に警戒しすぎではないかね? ……まぁいい。そこまで言うからには、今の言葉が虚言でないことを確かめさせてもらうよ。何せ、僕の条理予知(コグニス)は君の完全敗北を導出しているのだからね!」

 

 その言葉を最後にシャーロックはついに動く。シャーロックの手元からパパパパッと閃光が連続で弾けたかと思うと、キンジの元に十数もの弾丸が迫っていく。銃弾のリロードの様子すら視認できないほどの手さばきで次々と不可避の銃弾(インヴィジビレ)でキンジに弾丸をお見舞いするシャーロックを前に、キンジは平然と弾幕をかわしていく。

 

 なぜキンジが不可避の銃弾(インヴィジビレ)を当然のように攻略しているのか。

 理由は簡単。シャーロックの呼吸の周期、目線の動かし方、足運び、手の動きなど、シャーロックの一挙手一投足から得られるありとあらゆる膨大な情報を通常の約7万8千倍にまで跳ね上がったキンジの思考力が超高速で分析をすることで、シャーロックがいつ銃を抜き、どこを狙って撃ってくるかをキンジが事前に把握しているからだ。

 

 しかし、いつまでも攻撃をかわすだけのキンジではない。キンジは自身に迫る銃弾の弾幕の一部へ目がけて拳銃を発砲し、銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)の形でシャーロックの体を貫くようにと銃弾の軌道を変更させる。多重ヒステリアモードの判断により発射されたキンジの銃弾は、1つの銃弾の軌道を修正するにとどまらず、弾かれた先でもまるでビリヤードのように次々と他の銃弾と接触し、当たった全ての銃弾をシャーロックの方へと弾き返していく。

 

 神業というべき手さばきでリロードや不可避の銃弾(インヴィジビレ)を繰り返し、さらにはキンジが軌道を変更させた銃弾すら総じて銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)でキンジへと弾き返し、とにかく物量に物を言わせんとばかりに大量の銃弾を放ち、手数で攻めるシャーロック。

 

 シャーロックが不意打ちを目的として時折挟んでくる風刃や爆発などの超能力を事前に察知して軽々とかわしながら、放つ銃弾数こそ少ないものの、自身に襲いかかる全ての銃弾の軌道を変更することこそできないものの、頻繁に弾倉を換えながら、1つの銃弾で効率よくいくつもの銃弾をシャーロックへと弾き返すキンジ。

 

 キンジが一部だけ取りこぼしているものの、ほとんどの銃弾はキンジとシャーロックがとにかく弾き返してしまうため、キンジとシャーロックの間の空間へ留まることを強制され、空中を飛び交う銃弾の数はあっという間に三ケタへと突入する。

 

 銃弾の弾き合いによる射撃の応酬戦。一瞬でも隙を見せようものなら、迫りくる銃弾の大群にもれなく蜂の巣にされてしまうことが確定しているだけに、今のキンジとシャーロックの位置はほんの少しのミスすら決して許されない、とんでもない危険地帯と化している。

 

 

(命名するなら冪乗弾幕戦(べきじょうだんまくせん)って感じか。何か、今日の俺って名前をつけてばっかりだな)

 

 気の遠くなるような数の銃弾が交差し合う暴風域内にいるにも関わらず、現状の戦闘を冷静に把握し、さらには名づける余裕すらあるらしいキンジは当然のように自身に迫りくるほぼ全ての銃弾を銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)により、シャーロックを襲うように軌道を修正する。そうして、キンジがシャーロックを鋭く見据えた時。シャーロックは不可避の銃弾(インヴィジビレ)を繰り出さず、胸を思いっきり膨らませる形でコォォォオオオと大きく息を吸い込んだ。

 

 

(仕掛けてきたか! これはブラドのワラキアの魔笛――いや、そうじゃない!)

「――ハァァッッッッッッ!!」

 

 直後、シャーロックは叫ぶ。胸がはち切れんばかりに目一杯空気を吸い込んだシャーロックは前方へ向けて力の限り咆哮する。すると、百は余裕で超える銃弾群は総じてグググッとシャーロックへと向かう勢いをなくすだけでなく、シャーロックの声量に押し出される形で全ての銃弾がキンジへと跳ね返っていった。

 

 

(おいおい、そんな技も持ってるのかよ!)

 

 キンジがまだ見ぬ技を以て全ての銃弾をもれなくキンジへと跳ね返したシャーロック。キンジが今の自分の技で少しでも動揺することを狙ったシャーロックの行為は、しかし今の多重ヒステリアモードのキンジの前では無駄に終わる。

 

 なぜなら。キンジの動揺がミスに繋がることはなく、キンジが逃げ場なんて考えられないほどの数を以て自身へと迫る銃弾勢の弾幕を、すり抜けるようにしてあっさりと避けきったからだ。その技の名は流水制空圏、体の表面に薄皮1枚分程度の強く濃い気を張った上で攻撃の軌道を予測し、最小限の動きであらゆる攻撃をかわす凄まじい技である。

 

 

(さっきから結構撃ちまくって弾倉を交換しまくってるってのに中々仕込みが発動しない以上、このまま冪乗弾幕戦(べきじょうだんまくせん)を続けるのはよろしくない。作戦変更だ。戦いを長引かせて失血死な未来を防ぐためにも、ここは攻め一択だ!)

「アリア! 目ぇ閉じろ!」

「ッ!」

 

 己の左横腹からあふれる血を一瞥した後、キンジは空気を読んでキンジとシャーロックから割と距離を取った上で戦況を見守っているアリア(※あまりに高度すぎる戦いに絶句している)に命令を飛ばしつつ、ちょうど足元に脱ぎ捨られていた防弾制服を真上に蹴り上げる。そして。空中へと舞い上がった防弾制服がシャーロック目線からだと上手い具合にキンジの上半身を覆い隠すベールとなる形で展開される中、アリアがきちんと目を瞑ったことを横目で確認したキンジは懐からとある銃弾を取り出し、ピンと親指で弾いた。

 

 宙へと飛ばされた銃弾が放物線を描きながらシャーロックへと飛んでいく中。アリアへ対するキンジの命令とキンジ自身の行動を元にシャーロックは推理する。今からキンジ君が何か自分の視界を奪う手段を行使してくると。そして。考えられるのは、カナ君が周到に隠し持っていた武偵弾の内の1つ、閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)のみだと。

 

 同時に、その行為は全くの無駄だともシャーロックは考える。なぜなら、シャーロックは60年前に毒殺されかけた時から盲目だからだ。それなのにシャーロックがまるで目が見えているかのように振る舞えるのは、音や気流などの視覚以外の感覚からもたらされる情報から何が起こっているかをつぶさに読み取れるからだ。

 

 

閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)を放った後、キンジ君は僕の視界を奪ったものとしてここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくるから、そこを迎撃すれば僕の勝利が確定するだろう。ふむ、僕の条理予知(コグニス)の示した通りの展開――ッ!?)

「違うッ!?」

 

 と、ここで。己の勝利を確信していたシャーロックは驚愕に目を見開く。ただいま、宙をクルクルと回転しながら自分の元へと飛んでくる武偵弾の空気の切り裂き方が、ほんのわずかながら閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)のそれではないと気づいたからだ。しかし、シャーロックが己の推理が間違いであると気づいた時には時すでに遅し。空中の武偵弾を起点として、攻撃的極まりない白光ではなく、耳をつんざくような轟音のみがホール一帯に轟いた。

 

 そう。キンジが使ったのは、兄から託された閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)でなく、かつてブラドを討伐し終え入院した際にレキがお見舞いの品としてプレゼントしてきた音響弾(カノン)だったのだ。(※85話参照)

 

 キンジがわざわざシャーロックの視線をシャットアウトするように防弾制服を蹴り上げたのは、キンジが閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)から目を守る――と見せかけて自身の耳を守るため。アリアへ目を塞ぐように指示をしたのは、女性を最優先事項に据えるというヒステリアモードの弊害が表れてしまったから――と見せかけてシャーロックに閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)だと誤解させるため。

 

 

(よし、シャーロックは耳を塞がなかったっぽいな! ったく、お前が盲目だと気づいてないとでも思ってたのか!? 確かにお前の目の動きはまるで見えている奴のようだった。俺もさっきまで全然気づけなかったぐらいだしな。けど、多重ヒステリアモードのおかげで気づけた。お前の目の動きは完璧すぎるんだよ。完璧すぎて、実際に目が見えてる奴の眼球の動きを模倣しすぎてて、逆に違和感だらけってことだ!)

 

 キンジは己の目論みが上手くいったことに歓喜する。キンジの指示通りに目を閉じていたアリアが心の準備がない状態で爆音を喰らったせいでガンガンと痛みを主張しクラクラする頭に手を抑えて「うぅッ」と呻きながら膝をついているのを華麗にスルーした上で、ニヤァと凶悪な笑みを浮かべる。今のキンジは多重ヒステリアモードを発動中であり、その中には一応ヒステリア・ベルセも入っているがゆえに、シャーロックを確実にぶっ倒すためなら、守るべき女であるアリアへダメージがかかる攻撃手段だって時には選んでしまえるのだ。

 

 

(けど、どうやらシャーロックのヒステリア・アゴニザンテの解除はギリギリの所で回避されたみたいだな。ったく、ホント一筋縄じゃいかねぇな!)

「喰らえ、シャーロック!」

 

 盲目なため、アリアよりも聴覚が研ぎ澄まされているはずなのに、アリアより近くで爆音を聞いたはずなのに、それでもアリアより音響弾(カノン)のダメージを受けていないのか、頭痛に顔をしかめるだけのシャーロックへ目がけて、キンジは弾倉交換の後にすかさずズダダダッと連続で発砲する。一方のシャーロックは、さすがに轟音で脳を揺さぶられた直後では全ての銃弾を銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)で弾き返せないらしく、「くッ」と体を捻って紙一重でキンジの放つ銃弾をかわしていく。

 

 本調子でないはずなのに当然のように秒速300メートルの亜音速で目標を撃破できる性能を持つ拳銃の弾丸を避けていく辺りはさすがのイ・ウートップである。が、ここで。ついに。キンジの仕込みが満を持して発動した。何と、シャーロックがかわした銃弾の内の1つが、シャーロックの背後で紅蓮の炎をまき散らす形で爆発したのだ。

 

 

「むうッ!?」

(よし、よっし! やっと仕込みが発動した! この時を待ってたんだよ、俺は! しかもこれは最高のタイミングなんじゃないか!?)

 

 突如発生した爆風に背中から煽られる形で、シャーロックの体は宙へ浮く。爆風に為すすべもなく前方へ吹っ飛ばされたシャーロックが、キンジの方へと飛んでいく。その様子を前に、キンジの内心は興奮状態へと移行していた。

 

 キンジのシャーロック戦に備えての仕込み。その答えは単純明快。キンジはあらかじめ弾倉の中の通常弾を1つを兄から託された武偵弾の1つたる炸裂弾(グレネード)に入れ替えていたのだ。しかし。どの弾倉に炸裂弾(グレネード)を仕込んだかをわからないように、キンジは敢えて炸裂弾(グレネード)入りの弾倉と通常弾のみの弾倉とを十分にシャッフルしてから弾倉を携帯していたのだ。全ては、シャーロックにどのタイミングで炸裂弾(グレネード)を使うかを自身の挙動から推理され、対策を取られないようにするために。

 

 

(空中に吹っ飛ばされた人間は、基本的に身動きが取れない。さらに、今のシャーロックは音響弾(カノン)の影響で本来の力を行使できない状況にある。そんなシャーロックが今、わざわざ俺の方向へと飛ばされてきてくれている。……これは千載一遇のチャンスだ、絶対無駄にはしないッ!)

 

 キンジは拳銃を左手に装備し直すと同時に、右手を背中へ突っ込み小太刀を取り出す。そして。自身の方向へと吹っ飛ばされてきているシャーロックへと駆け出した。

 

 この時。キンジは昔に自身がやり方だけは考案したものの実際には試したことのない自損技を繰り出そうとしていた。誰にも話していないがゆえに誰も知らない技を、誰であろうと絶対にかわせない隠し技をシャーロックへと繰り出そうとしていた。

 

 

「この桜吹雪――散らせるものなら、散らしてみやがれッ!」

 

 キンジは己の感情の全てを言葉に乗せつつ、シャーロックへと駆けていく。キンジが繰り出さんとしているその隠し技の名前は『桜花(おうか)』。体の各部位を連動させる形でどこまでも加速させる一種の体術である。

 

 例えば、ヒステリア・ノルマーレの反射神経だと、時速36キロで敵へと駆けて行った場合、爪先で時速100キロ、膝で200キロ、腰と背で300キロ、肩と肘で500キロ、手首で100キロの瞬発的な速度を生み出すことができる。ならば、もしも、ほんの一瞬でも、それらを全く同時に動かすことができたなら、俺が右手に持つ小太刀を振るう瞬間時速は1236キロにもなる。さらに、今の多重ヒステリアモードで超強化された反射神経で同じことを行えば、その速さは時速1236キロなんてレベルではなくなり――必中の超音速の一撃となるのだ。

 

 

「ぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」

 

 キンジは己が右手に持つ小太刀の背からシュパァァアアアアアアと桜吹雪のような円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)が放たれ、とんでもなく速いスピードで小太刀を繰り出そうとする影響により、超音速による衝撃波で切り裂かれた右腕がズタボロとなり、鮮血を飛び散らせる中。あまりの痛みに顔をしかめつつも、キンジは気合いで右手の小太刀でシャーロックの体を突き刺しにかかる。

 

 人間にはまずかわせないはずの超音速で放った小太刀の刺突は、しかし。シャーロックには直撃しなかった。シャーロックが右手の人差し指と中指のみを使った二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)にて、バチィィイイイイイイとの破裂音に似たような音を引き連れつつキンジの小太刀による刺突をしっかりと止めたからだ。条理予知(コグニス)ではまず間に合わないその防御は、おそらくシャーロックの直感が上手いこと働いた結果なのだろう。

 

 

(惜しかったね、キンジ君。今のは肝を冷やしたよ)

 

 今現在。爆風に吹っ飛ばされている最中のシャーロックは音響弾(カノン)の爆音のダメージから回復しきれていないながらも、余裕を取り戻したかのような笑みを浮かべる。

 

 当然だ。シャーロックからすれば、俺がここまで隠してきた切り札の中の切り札を防げたと思っているのだから。シャーロックにそう思ってもらうために、勘違いしてもらうために、わざわざ右腕一本を犠牲にして、全力の雄叫びを上げて、それっぽい決め台詞まで口走ってやったのだから。

 

 

(その油断が命取りだぜ、シャーロック。俺の攻撃はここからが本番なんだからなッ!)

 

 キンジは左手に所持していた銃をクルリと回転させて銃口の向きを反対方向へと変え、銃口を自身の左横腹の裏側へと突きつけると、そのままトリガーを引いた。結果、放たれた銃弾はキンジの左横腹を貫通しつつ、シャーロックの腹部を撃ち抜くこととなった。

 

 

「な、にッ!?」

(ま、まさかこの状況でさらに自傷行為に走るなんて……彼は、キンジ君は自分の命が惜しくないのか!?)

 

 ここで初めてまともに被弾することとなったシャーロックは「カフッ」と少々血を吐きながらも内心の驚きを隠せない。キンジが現時点で死にかけであるにもかかわらずキンジの体もろとも自分を撃ってきたことに衝撃を隠せず、思わず動揺の言葉を外へと漏らす。

 

 

(この野郎、まるで俺を自殺志願者のように見やがって……舐めるなよ、シャーロック! 俺は命を燃やしてお前と戦っているが、命を粗末に扱うつもりはない! 今、銃弾が通った左横腹はさっき俺が小太刀でかっさばいた所だ。既に小太刀で穴を開けておいたんだ、銃弾を通過させた所で俺自身に大してダメージはない!)

 

 シャーロックの表情からシャーロックの心境を読み取ったキンジは不機嫌そうに眉を寄せるも、キンジは次なる攻撃を即座に叩きこむために、シュォォオオオオオオと一気に大量の空気を取り込んでいく。胸が、腹部がはち切れてもおかしくないほどに全力で息を吸い込むことで、キンジの胸部はズン、ズンとまるでバルーンのように膨らんでいく。そして。

 

 

(イ・ウーメンバーの技を使えるのが、お前だけの特権だと思うなよ!)

「ビャアアアアアアウヴァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッッ!!」

 

 キンジは胸部にこれでもかと溜め込んだ大量の空気を一斉に放出した。キンジを起点に発生した大音量はホール一帯にビリビリと空気を介した物理的な圧力をかけていく。

 

 それは、その技は、ぶっつけ本番のワラキアの魔笛。かつて。キンジがアリア、理子と協力して戦った相手たるブラドがヒステリアモードを強制解除させつつ敵の隙を作り出すために使用した強力極まりない技である。もちろん、キンジはブラドみたいな巨体を持っていない以上、ワラキアの魔笛の威力はどうしても数段階ほど劣化してしまう。だが、キンジとシャーロックとの距離が非常に近い今であれば。例え劣化版・ワラキアの魔笛だろうと。今度こそシャーロックのヒステリア・アゴニザンテを解除させるには十分なのだ。

 

 

「……ッ」

 

 キンジの眼前には放心しているシャーロック。その様子を一目見るだけで、今のシャーロックがヒステリア・アゴニザンテを強制解除されており、さらには劣化版・ワラキアの魔笛をモロに喰らったことで完全に意識を飛ばしていることが如実にわかる。

 

 

(今だ! 今ならシャーロックは俺の拳を絶対に避けられない!)

「歯ぁ食い縛れ、シャァァァァァァアアアアアアアアアアアアロックゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!」

 

 キンジは左手の拳銃を当然のようにその場にポイ捨てすると、床をダンと力強く踏みつける。そして。放心したままキンジの方へと吹っ飛んでくるシャーロックの頬を渾身の左ストレートで殴りつけた。さすがに自損技たる桜花(おうか)で殴ることはなかったが、それでも「アリアの苦しみを思い知れ!!」と言わんばかりに繰り出されたキンジの全身全霊の左拳は、ドゴォッ!との重い効果音とともにシャーロックの顔に見事なまでに突き刺さることとなった。

 

 キンジに思いっきり殴り飛ばされたことで意識を取り戻したシャーロックは、しかしながら受け身すら取れずにホールの床に頭から落ちていく。そして。仰向けにドサリと倒れたシャーロックが自力で立ち上がることはなかった。

 

 

「俺の勝ちだ、シャーロック・ホームズ」

 

 かくして。キンジは史上最強の名探偵であり、化け物ぞろいのイ・ウーメンバーをその実力で束ねてきたシャーロック・ホームズに見事打ち勝つのだった。

 

 




キンジ→複数のヒステリアモードを同時に発動させる、多重ヒステリアモードを編み出した熱血キャラ。シャーロック相手に優位に戦える辺り、実に恐ろしい主人公である。
アリア→思いっきり空気だった系メインヒロイン。まぁさすがに今回ばかりは仕方ないね。
シャーロック→キンジくんの手のひらで踊らされてた感のある逸般人。『最良の世界』という大義名分の上でアリアさんを弄びまくった件があるにもかかわらず、シャーロックさんのやられようが何だかかわいそうに思えてくる不思議。

 というわけで、125話は終了です。とりあえず、キンジくんが大幅に魔改造され、人外の領域に大々的に爆誕する話でしたね。ま、それはともかく。この125話が投稿されるまでに感想欄でシャーロック戦の内容をバッチリ当てられることがなかったことに関して、心からホッとしています。特に多重ヒステリアモードという切り札とか、レキさんがキンジくんのお見舞い品としてプレゼントしてきた音響弾(カノン)の存在とかは感想欄で指摘されちゃったらちょいとヤバかったですからね。

 ちなみに。キンジくんがヒステリア・ベルセとヒステリア・ノルマーレだけにとどめずに、わざわざ自傷行為をしてまでヒステリア・アゴニザンテをさらに追加したのは、そうでもしないと確実にシャーロックには勝てないと踏んだからです。決してMだからではありません。

※ヒステリア・アゴニザンテの性能は原作で明かされてないため、今回のヒステリア・アゴニザンテの設定はふぁもにかのオリジナルですので、あしからず。


 ~おまけ(ネタ:今回のシリアスっぷりを本気で台無しにしてみるテスト)~

 炸裂弾(グレネード)の爆風に煽られる形でキンジの方へと吹っ飛ばされてきているシャーロックへ向かって、キンジは駆け出した。

キンジ「この桜吹雪――散らせるものなら、散らしてみやがれッ! ぉぉぉおおおおおおッ!!」
シャーロック(何か来る! キンジ君の切り札級の技がッ!)









      ∧_∧  キンジ「トンファーキック!」
     _(  ´Д`)
    /      )     ドゴォォォ! _  /
∩  / ,イ 、  ノ/    ∧ ∧―= ̄ `ヽ, _シャーロック「グハァ!?」
| | / / |   ( 〈 ∵. ・(   〈__ >  ゛ 、_
| | | |  ヽ  ー=- ̄ ̄=_、  (/ , ´ノ \
| | | |   `iー__=―_ ;, / / /
| |ニ(!、)   =_二__ ̄_=;, / / ,'
∪     /  /       /  /|  |
     /  /       !、_/ /   〉
    / _/             |_/
    ヽ、_ヽ

※上記のAAは携帯デバイスだとおそらく何が何だかわかりません。
 PCでの閲覧をオススメします。

シャーロック「……(←ノックアウトしちゃった哀れな逸般人)」
キンジ「特別に説明してやるよ、シャーロック。トンファーキックとは、トンファーを使って体のバランスを取り、より強力なキックとより早い体勢の立て直しとの両立を実現した最強の技。遠山家に伝わる秘中の秘技だ!(←得意げ)」
アリア(……ツッコミ所が多すぎてどこからツッコめばいいのかわからないんですが、これ。あと、そのトンファーは一体どこから持ってきたんですか、キンジ……)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。