【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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シャーロック「ぷるぷる、ぼくわるいいっぱんじんじゃないよ」
キンジ「ヒャッハー! 善人だろうが悪人だろうが一般人は焼却だぁぁああああああああ!!」
シャーロック「ぎゃああああああああ!?」
アリア(この茶番は一体……)

 どうも、ふぁもにかです。今回は基本的に原作と展開が同じなので、時間のない方はこの124話を飛ばしちゃってもいいかもしれませんね。特に前半部分は。あと、今回の話は書くのに非常に苦労しました。原作をただなぞればいいだけなのにどうしてこうも苦労しちゃったんだか、よくわかりませんね。ちなみに、今回は今までの本編の中で一番ぶっちぎりで文字数が多いです。その文字数は何と、11,891文字。どうしてこうなった、どうしてこうなった(^ω^)



124.熱血キンジと緋弾の継承

 

「緋弾の継承?」

「うん。ということで、今から『緋色の研究』についての講義を始めさせてもらうよ。ここでの僕は一応教授(プロフェシオン)なのだし、偶には教鞭を執らないとね」

 

 ボストーク号艦内の、やたら広大なホールにて。『緋弾』『緋色』という、いかにも重要そうなキーワードを立て続けに並べられたキンジとアリアはそろって眉を寄せる。対するシャーロックは息がピッタリなパートナー二人の様子を受けて穏やかな笑みを浮かべつつ、スッと懐から拳銃を抜き、弾倉からチャキッと1つの銃弾を取り出した。

 

 それは、どこまでも緋色な銃弾だった。紅葉のようで、炎のようで、血のようで、バラのようで、夕焼けのようで、とにかく澄んだ緋色をした銃弾だった。

 

 

「これが『緋弾』だ。綺麗な緋色をしているだろう? これは日本では緋々色金(ひひいろかね)と呼ばれる金属だ。そして、色金とはこの世に存在するあらゆる超能力が可愛く思えるほどに、至大なる超常の力を人間に与える『超常世界の核物質』のことだ。何せ、色金はただの人間を強力な超能力者に変えてしまえるのだからね」

(そ、そんな物質があったのか。今まで全然知らなかったぞ。って、待てよ――)

「……金属、か」

「ん? 何か気になることでもあるのかい?」

「あぁ。理子のことだけど……」

「その通りだよ。理子君はただの人間だ。それなのに彼女が超能力を使えるのは、あの青い十字架にごく微量ながら色金が含まれているからだ」

 

 キンジの考えを先回りして答えを用意してきたシャーロックを前に、キンジは「なるほどな」と独語する。理子の話からあの青い十字架に不思議な力が宿っていることを知っていたキンジが、その不思議な力の正体が色金によるものだと知ったがゆえの呟きだ。

 

 

「色金を保有する結社はイ・ウーだけではない。ウルス、藍幇(ランバン)を始め、世界には色金を持つ組織が数多く存在し、日々色金の研究が行われている。また、国家の多くは陰ながら僕たちの研究の監視、あるいは支援を行っている。そして。僕の持つこの緋弾のように、特に高純度かつ質量の大きい色金を持つ者たちは、お互いの色金を我が物にしようと虎視眈々と機を伺っているのだが、色金のあまりに超常な力のせいで、お互い手を出しあぐねている状態だ。……まぁ、凡人で一般人な僕はわざわざ他の結社の色金を狙う気はないのだがね」

 

 シャーロックはやれやれと肩を竦める。暴力的な手段に訴える形で人様のものを奪おうと考えるなんて連中の気が知れないと言わんばかりの態度を見せるシャーロックをよそに、キンジとアリアはこれまたそろって口を閉ざす。シャーロックから次々ともたらされる新情報を整理するので精一杯なのだ。

 

 

「この緋弾は元々、ホームズ家で研究するようにと女王陛下から拝領されたものだ。ゆえに、今日で寿命を迎える僕は子孫の誰かに緋弾を継承する必要があった。しかし、緋弾を継承するには、緋弾の継承者に3つの条件を果たしてもらわないといけなかった。1つ目は緋弾を覚醒させられる人格の枠組みに当てはまっていること。2つ目は緋弾の覚醒のために心理的に成長してもらうこと。そして、3つ目は緋弾を覚醒させるには最低でも3年の月日を要するために、その間、継承者には緋弾を片時も肌身離さず所有せねばならないこと。これはどれも厳しい条件だったが、特に厳しいのは3つ目の条件だった。なぜなら、先も言ったように、緋弾の所有者は他の色金保有者から虎視眈々と狙われる立場であり、緋弾の力を利用できない状態ではそれらの勢力から緋弾を守り通すことなど不可能なのだからね」

「……まだよくわからないことが多いけど、シャーロック。お前は今からアリアにその緋弾を継承するつもりなのか?」

「あぁ、そのつもりだよ。いや、もう継承は終えていると言っても間違いではないけどね」

「「?」」

 

 シャーロックの矛盾に満ちた発言に戸惑いを見せるキンジとアリアだったが、直後。二人の双眸はこれでもかと驚きに見開かれることとなった。なぜなら、シャーロックの体の周囲を取り囲むようにぼんやりとした光が生じ、その光が見る見るうちに強めの緋色へと変色していったからだ。

 

 

(緋弾と同じ色をした、オーラのような光……これはシャーロックが今、緋弾の力を使おうとしている、ってことでいいんだよな? けど、戦意は感じられない。なら、何のために?)

「アリア君。君は今から3年前の、13歳の時。母親の誕生日パーティーで何者かに背中を撃たれたことがあるよね?」

「は、はい。確かに私は撃たれました。犯人は未だ特定されていなくて、その時の銃弾は摘出できずに今も私の背中に埋まっています」

(え、そうなのか? 初めて聞いたぞ、それ)

「撃ったのは僕だ」

「え――」

「なッ!?」

「そして、今君と一心同体となっているその銃弾こそが緋弾だ。そう、君は既に緋弾を受け継いでいるんだよ。そして。その事実は同時に、この場に緋弾が2つ存在していることを示している。緋弾は唯一無二、2つも存在するなどあり得ない。この矛盾が今成立しているのは、緋弾の力があってこそだ。緋弾の力を用いることで、この矛盾は矛盾でなくなり、単なる事実へと姿を変えることとなる。――さぁ、始めようか。儀式の時間だ」

 

 シャーロックが遠回しな発言を打ち切った時、シャーロックの衝撃発言に思わずといった風に固まっていたアリアは「え、な、なにこれ……?」と困惑に満ちた声を上げ始める。当然だ。何せ、なぜかアリアの体からも緋色のオーラのような光が生まれ始めたからだ。

 

 

(ちょっ、アリアまで光り始めたんだけど!?)

「それは共鳴現象(コンソナ)という。質量の多い色金同士は一度片方が覚醒すると、もう片方もまた覚醒する性質がある。まるで共鳴する音叉のように、色金を用いた現象もまた共鳴する。その証拠に、ほら。今、君の右手の人差し指に、僕と同じように緋色の光が収束しつつあるだろう?」

「あ……」

 

 シャーロックの言葉を受けてキンジがアリアとシャーロックを交互に見やると、確かにアリアとシャーロックの右手の人差し指には緋色の光が集まり、あたかも小さな太陽のような輝きを見せている。と、ここで。シャーロックは人差し指で天を指し示す。

 

 

「さて。今から僕はこの指先に集まった光球を君たちに放つ。だが、その前に、少しこの光球の力を見せてあげようか」

 

 シャーロックがあたかも拳銃のように突き出した指先から緋色の光がバシュウウウウウウウと砲弾のように飛び出ていく。とんでもないスピードでシャーロックの指から弾けていった光球によりホールの天井は撃ち抜かれ、光球の軌道上にあった物質はごっそり消失し、くり抜かれた天井から空が微かに見えていることを踏まえると、シャーロックの解き放った光球の威力は察するに余りあるものだということは想像に難くなかった。

 

 

(な、あ!? このボストーク号の隔壁を全部打ち破っただと!? おいおいおい、何て威力だよ、これ!?)

「これは古の倭詞(やまとことば)で『緋天(ひてん)緋陽門(ひようもん)』という、緋弾を用いた現象の1つでね。いっそ清々しいほどの威力だろう?」

「「……」」

「今から僕はこの緋天を君たちに撃つ。それを止める方法は、アリア君が僕に向けて緋天を放つことのみ。それ以外の手段を取ろうものなら、君たち二人はここで死を迎えることとなる。さぁ、アリア君。僕に人差し指を向けるんだ」

 

 パラパラと天井の一部たる瓦礫がホールに落下する中。シャーロックは再び自身の人差し指に緋色の光を溜めこみ、口をあんぐりと開けて驚愕を顕わにするキンジとアリアに対してその指を向けることで狙いをつけてくる。

 

 先ほどのとんでもない威力を持つ緋天を自分たちに向けて放とうとするシャーロックの意図がわからず「え、え?」とただオロオロするのみのアリアの右腕をキンジは咄嗟にバッと掴んだ。アリアが右手を上げられないように。アリアが人差し指をシャーロックへと向けられないように。

 

 

「キンジ?」

「む? 何のつもりかね、キンジ君?」

「何を狙って、お前がその緋天とやらを俺たちに撃とうとしてるかなんてわからない。でも、俺たちが何でもかんでもお前の思い通りに動いてやるとでも思ってるのか?」

「ほう? ではアリア君に緋天を撃たせないのかね?」

「そのつもりだ。見た感じ、さっきので緋天が放出されるタイミングはわかったから、避けるだけなら大丈夫そうだからな」

「確かにタイミングさえわかってしまえば緋天を避けること自体の難易度はそこまで高くない。でも、僕は条理予知(コグニス)で君たち2人の回避先を先読みした上で緋天を放つから、これを避けられる可能性は限りなくゼロに近いのではないかな? それに、仮に君が僕の条理予知(コグニス)を超えて緋天を回避してみせたとして……いいのかい?」

「何がだ?」

「緋天の威力は見ただろう? 実の所、僕の指差す先にはアンベリール号があるのだよ。もしかしたら、君たちが緋天を避けることで白雪君やジャンヌ君、カナ君にパトラ君が死んでしまうかもしれないね。それでも君は緋天を避けるという選択をするのかい?」

「ッ!? お前ッ!」

 

 緋天により為すすべもなく体を貫かれるカナたちの姿が脳裏によぎったキンジはシャーロックへと声を荒らげるも、対するシャーロックは「そう怒ることはないよ、キンジ君。君たちが僕の言う通りに行動すれば、死者なんて出ないのだから」と平然と言葉を続けるだけだった。

 

 

(本当にシャーロックの指差す先にアンベリール号があるかどうかはわからない。これは単にシャーロックのウソかもしれない。でも、完全にウソだと証明できない以上、ここで感情的にシャーロックの発言をウソだと決めつけて回避に走るわけにはいかない)

 

 キンジは渋々、本当に仕方なくシャーロックの言う通りにすることを決定すると、「キ、キンジ。私、どうしたら……」とあたふたした口調ですがるような眼差しで尋ねてくるアリアに対し、「アリア。さっきのシャーロックのやり方を思い出すんだ。こんな感じだったろ?」と掴んだままのアリアの右腕をゆっくりと持ち上げ、人差し指をシャーロックへと向けさせる。

 

 

「アリア君。集中するんだ。心を落ち着かせて、精神を静謐に保って、君の指先の一点に力を収斂させるイメージをするのだよ。しかし、決して緋弾に呑まれてはいけない。心を研ぎ澄ませすぎないよう、隣のキンジ君の存在を頭の片隅で意識し続けるんだ」

「……」

 

 シャーロックの抽象的なアドバイスを実際に実践しながら、アリアはおもむろに深呼吸をする。すると。アリアの指先に集う緋色の光球の大きさが、シャーロックの指先のモノと同等のサイズへと膨らんでいく。その様子をしかと確認したシャーロックは、ついに緋天を放つ。寸刻の後、アリアの指先の光も呼応するようにアリアから離れ、光と光はキンジ&アリアとシャーロックの中間地点で音もなく衝突した。

 

 

「「「……」」」

 

 あまりに幻想的で、荘厳で、神秘的な光景に誰もが口を閉ざし、ただただ緋色の光に視線を注ぐ中。ぶつかり合っていた2つの緋色の光はピタリと空中で静止し、無音のままにそれぞれの光が混じり合い、融合していく。

 

 その後。緋色の光が弱まると同時に、太陰大極図のように融合していく2つの光は段々と形を変え、直径2メートルほどのレンズのような形を形成してゆく。そして。宙に浮かぶレンズの中に何かが浮かび上がってくる。

 

 レンズの中に映る、明らかに映像ではなく実体を伴った存在が次第にくっきりレンズに出現するにつれて、キンジとアリアは声もなく驚きを顕わにした。無理もない。なぜなら、レンズの中に映ったのは、紛れもなく神崎・H・アリアだったのだから。

 

 

「ア、アリア。あれは一体……?」

「わ、私に聞かれてもわかりませんよ。でも、まだ金髪だった頃だから……3年ぐらい前の私だと思います」

「なら、あそこにいるのは過去のアリアってことになるのか?」

「……にわかには信じがたいですが、そういうことになりますね」

 

 目の前の信じられない光景に愕然としながらも、キンジとアリアはお互いぎこちない口調で言葉を交わす。その話によると、どうやらアリアの桃髪は生まれつきではなかったらしい。

 

 

(いや、でもアリアの桃髪は染めたようにはとても思えないほどに綺麗な色をしているぞ。それに、真紅じゃなくてサファイアみたいな紺碧の瞳をしてるし、どうなってるんだ?)

 

 キンジは今のアリアとレンズの中に映る過去のアリアとの見た目の違いに疑問を抱きつつもレンズの中の金髪アリアを見上げる。

 

 

 見る限り、レンズの中の金髪アリアは見た目だけでなく、雰囲気も随分と違う。

 勝ち気で、子供っぽくて、自信に満ちあふれているのが一目でわかるぐらいで。

 まるで、俺が考えている典型的な貴族みたいだ。これで金髪アリアの髪型がツインテールじゃなくて縦ロールだったら俺の思い描くお嬢さまと完璧に一致したことだろう。

 

 ここからは見えない、レンズ外の誰かに話しかけられたのか、白いサニードレスを身に纏った金髪アリアが「にしし」と快活に笑う姿は、楽しく談笑する姿はまるで、かなえさんとそっくりだ。

 

 

「成功だ。これが時空のレンズ、『暦鏡(こよみかがみ)』だ。……日本の古文書では、同じ緋天を衝突させることにより緋天同士は空中で静止し、『暦鏡(こよみかがみ)』が発生すると書かれているが……こうして実物を目の当たりにするのは初めてだ。年甲斐もなく、ついつい興奮してしまうよ」

 

 キンジが今のアリアと昔の金髪アリアとの雰囲気のギャップに戸惑う中。空中にて作り上げられたレンズの向こう側からシャーロックの声が届けられる。

 

 

「緋弾というモノは実に素晴らしい。何せ、緋弾を利用すれば過去への扉を開けることすら可能となるのだからね。……アリア君。3年前に君を銃で撃ち抜いたのは3年前の僕じゃない。この時空をも超越するこの『暦鏡(こよみかがみ)』を利用して、僕が今から3年前の君を狙撃するんだ。僕が今持つ緋弾を、3年前の君へと継承するんだ」

 

 シャーロックは拳銃に緋弾を装填する。そして。シャーロックがレンズの中に映る金髪アリアへ向けて拳銃を向けた瞬間、キンジは血の気が引く思いがした。緋弾は、その身に秘める強大すぎる能力ゆえに、他の色金保有者から狙われる運命にある。なら、このままシャーロックの発砲を許したら。アリアは、どうなる? どうなってしまう?

 

 

「アリアッ! 避けろォ!!」

 

 シャーロックが拳銃の引き金を引こうとする中、キンジは叫ぶ。レンズの中の金髪アリアがシャーロックの凶弾をかわしてくれることを祈って、キンジは全身全霊の声を上げる。しかし。レンズに映る金髪アリアはまるで反応しない。おそらく向こうの金髪アリアには俺の声が聞こえてないし、俺の姿も見えていないのだろう。

 

 

「シャァァアアアアアアアアアロックゥウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 金髪アリアの自主的な回避は期待できない。それゆえに。キンジはシャーロックの金髪アリアへの発砲を防ぐために両手に小太刀を装備してシャーロックとの距離を詰め、容赦なく斬りかからんとする。しかし、直後。キンジの体はロードローラーにでものしかかられたような感覚に襲われ、その場から動けなくなる。重圧に押し潰されるような感覚のせいで、小太刀を持った両腕をまともに持ち上げることができなくなってしまう。

 

 と、ここで。パァーンという、乾いた銃声が響いたかと思うと、背中を撃たれたレンズの中の金髪アリアがその紺碧の瞳を見開くとともに、まるで糸が切れた人形のようにパタリと倒れていく。その姿を映したのを最後に、時空のレンズは薄れていき、空気へと溶け込み、空中から消滅した。

 

 

「……ア、リア」

 

 レンズの中の、過去のアリアが、撃たれた。呆然と呟くキンジの隣にて、桃髪アリアが、ショックのせいか、無言のまま硬直している。それは当然の反応だ。何せ、己の敬愛する者に自分が撃たれるシーンを、まざまざと目の当たりにしてしまったのだから。

 

 

(これが理由か。この時にシャーロックに緋弾を撃たれたことで、今のアリアが緋弾を使って緋天を放てるようになったって寸法か……!)

「その通り。これが、緋弾を保有する継承者がこの場に2人もいたという、カラクリだ。今ここにおいて、僕が過去のアリア君に緋弾を継承したことにより、矛盾は解消されたわけだ。……さて。ここで緋弾の副作用について話をしておこう」

「「……」」

「実は、緋弾には副作用が2つある。それを素晴らしいと捉えるか、最悪だと捉えるかは人それぞれだけどね。まずは延命作用についてだ。緋弾には延命作用があり、緋弾を保有する者の肉体的な成長を遅らせる性質がある。アリア君が緋弾を撃たれてからというもの、実年齢と比較して肉体的な成長をあまり望めなかったのもこの延命作用が理由だ。そして。この緋弾の特徴があったからこそ、僕は150年もの長い時を生きてこれたというわけだ。そして2つ目の副作用なのだが、成長期の人間に色金を埋め込んでしまうと、髪と瞳が今の君のように美しい緋色に徐々に変貌してしまうのだ。個人的に緋色は好きな色だから、アリア君の体が緋色に染まっていくのは歓迎しているのだが……アリア君がもし元の自身の髪と瞳が好きだったというのなら、申し訳ないと謝罪するに他はないだろうね」

 

 先ほどの出来事のあまりの衝撃に、何も話す気になれないキンジとアリアはただただシャーロックの話に耳を傾ける。一方。シャーロックは拳銃を懐にしまうと、「以上で『緋色の研究』の講義を終了するよ」と言葉を付け加えた。

 

 

「アリア君、キンジ君。『緋色の研究』は君たちに引き継ぐよ。緋弾にはまだわからないことが数多く秘められている。僕が一生を費やしてもなお解明できない事項があるぐらいだから、どうか気長に研究していってほしい」

「「……」」

「そして、キンジ君。アリア君は3年前から緋弾を保有し続けたため、今は覚醒したアリア君が緋弾を保有していることになる。……今現在、世界は新たな戦いの中にある。今は硬直状態が続いているものの、色金保有者同士の戦いはいずれ本格化し、緋弾を持つアリア君は否応なしに巻き込まれるかもしれない。その時は、アリア君を支え、彼女とともに戦い、彼女を守ってほしい。そのために、僕は武力の急騰(パワー・インフレ)という手法を使ったのだから」

「……は?」

「君たちがギリギリ死なないで済むようなイ・ウーメンバーを段階的にぶつけ、戦わせることにより、君たちはもう十分強くなった。その強さをもってすれば、緋弾を守り抜いていけるだろう。だからどうか、アリア君を守ってほしい。最良の世界のために」

「……おい」

 

 もう何も言い残すことはないと言わんばかりの表情のシャーロックにキンジはドスの利いた声を届ける。シャーロックの発言に憤りを感じたキンジは、未だシャーロックの話す内容を呑み込みきれていないアリアをよそに、小太刀の切っ先をシャーロックへと向ける。

 

 

「ふざけんなよ、シャーロック。何が最良の世界だ。かなえさんは冤罪を被せられてずっと拘束されてるんだぞ? アリアは、俺と出会うまではたった一人でイ・ウーと対峙しないといけなかったんだぞ? どれだけ苦しくて辛い思いをしたと思ってる? 人の人生を平気で踏みにじっておいて、わかったようなこと言ってんじゃねぇぞ。……謝れよ、シャーロック。アリアに謝れッ!」

「謝るつもりはないよ。『僕は僕のやり方を変えるつもりはない。最期の最期まで貫くつもりだ。例えそれが、世間一般に見て鬼畜の所業なのだとしてもね』と言っただろう?」

「このッ――!?」

 

 あくまで謝罪するつもりのないシャーロックを前にして、怒りのままにシャーロックへと突撃しようとしたキンジは、ここで違和感に気づいた。

 

 

 シャーロックは俺とアリアを成長させるために段階的に敵をぶつけてきた。

 だけど。俺はそもそも、あの時のアリアの涙を見なければ、アリアの抱える孤独を見なければ、アリアとパートナーにならなかったかもしれないのだ。

 そうなれば、パートナーの俺に緋弾を継承したアリアを守らせるというシャーロックの計画は崩壊してしまうため、シャーロックは仕込みをする必要があるのだ。俺とアリアが確実に、100%の確率でパートナー関係となるように、かなえさんに冤罪の濡れ衣を着せ、俺とアリアとを出会わせ、イ・ウーの面々を俺たちにぶつける前から、仕込みをする必要があるはずなのだ。

 

 

――キンジ。貴方は、信じてくれるのですか? お母さんが冤罪だって。誰も信じてくれなかったのに?

 

 と、ここで。キンジは思い出す。ヒステリア・ベルセにより通常の51倍にまで高められた思考力が、あの雨の日のアリアの発言を呼び起こす。

 

 

 そう、そうだ。これがおかしいんだ。

 アリアは俺がかなえさんが無実だと主張するまでは、誰もがかなえさんを有罪だと判断し、かなえさんの無罪を信じなかったと言っていた。

 だけど、これはどう考えてもおかしい。

 かなえさんはサバサバとした明るい性格の人で、あの朗らかな性格で敵を作るとは考えにくい。

 アリアの知り合いの中にはかなえさんと仲のいい人もいたはずだ。

 なのに、かなえさんが無実の罪で捕まった際、かなえさんに味方をする意見は一つもなかった。

 かなえさんと少しでも話せば、かなえさんの目を見れば、864年もの懲役を科されるほどの極悪犯罪者の素質を持っていないことなどすぐにわかるはずなのに、実際は誰もがかなえさんの有罪を疑わなかった。

 

 

 ――それが意味することは一つ、誰も彼もがかなえさんを極悪人だと誤認するように、『シャーロックが情報操作を行った』ということだ。

 

 そうして、シャーロックはアリアを孤独に陥れた。

 シャーロック曰く、最良の世界のために。

 

 

(ふざけるな。ふざけるなよ……!)

 

 おかしいとは思っていた。

 そもそも。普段のアリアは大人しく、理性的で、とにかく付き合いやすい性格をしている。

 少なくとも、無差別に敵を作るような刺々しい性格をしていない。

 なのに、アリアは日本に来るまで仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいなかったと言う。誰かと友達となった経験が少なかったと言う。

 そんなことがあり得るはずがないのだ。いくら第三者から見たアリアがかなえさんという極悪犯罪者の身内だからって、ある程度アリアの人となりに触れさえしていれば、皆が皆、アリアと距離を取る選択をするはずがないのだ。

 

 しかし。そのおかしさも、シャーロックの介入を想定すれば説明できてしまう。

 シャーロックは情報操作によりアリアに極力友達を作らせないようにしたのだ。そうして。アリアを孤独にして。かなえさんすらも冤罪に陥れることで、もう何も精神的にすがれる存在がいなくなった所で、アリアを俺と出会わせる。

 そうすれば。そこまで誘導すれば。後は、俺がかなえさんの冤罪を主張するだけでアリアの俺への好感度は跳ね上がり、アリアは確実に俺に依存する。それでパートナー関係は完成する。後は俺たちに武力の急騰(パワー・インフレ)を施してしまえば、何もかもがシャーロックの筋書き通りとなるというわけだ。

 

 

「大体、今君が考えている通りだよ、キンジ君」

「……」

「理由は2つある。まず、孤独はある程度までは人を強くするからだ。孤独を起因とした強さには天井があるが、その天井まで手っ取り早く強さを押し上げるには、孤独という要素は非常に重要なのだ。ゆえに、アリア君を孤独にさせた。その結果として、実際にアリア君は強くなった。それこそ、幾多もの極悪犯罪者を捕えられるぐらいにはね」

「……」

「もう1つは、アリア君の性格を変えるためだ」

「……性格を変える?」

「君はアリア君が昔から今と同じ性格なのだと考えているようだが、それは違う。昔の彼女は、情熱的でプライドが高く、子供っぽい性格をしていた。言い換えると、敵を作りやすい性格をしていた。だが、それではダメだった(・・・・・)んだよ。そのような性格では緋弾を完全に(・・・)継承する条件は満たされず、さらには君がアリア君に反発してパートナー関係になることを拒否する可能性が否定できなかったからね。だからこそ、アリア君を孤独へと陥れた。そうすることで、アリア君に『皆に嫌われたのは、距離を取られるようになったのは、母親のこともあるけれど、自分の性格のせいでもあるのではないか?』との疑問を抱いてもらい、なるべく人に嫌われないような性格を作り上げてもらおうと考えていたのだよ。そう、今のアリア君みたいに――大人しく、理性的で、とにかく付き合いやすい性格を作り上げてほしかったのだよ、僕は」

「――ッ」

 

 シャーロックの発言からキンジの推論の内容を悟ったアリアが息を呑む。アリアの隣に立つキンジが、アリアの手がほんの少しだけ震えていることに気づいた時、キンジの中でぷつんと何かが切れる音がしたような気がした。

 

 

 何だ、それ。何だよそれ!

 アリアの性格が緋弾の継承に都合が悪いから、都合のいい性格に作り変えてもらっただと?

 何だよそれ、ふざけるな! 冗談じゃない!

 最良の世界とやらのために、どこまでアリアを弄べば気が済むんだ!

 

 

――いいものですね、仲間がいるというのは。

――私は知っています。一人がどれだけ融通が利いて、自由で、背負うものがなくて、心細くて、辛いか、それを身をもって知っています。

――こ、これがあだ名というモノですか。……何だか物凄くこそばゆいですね。

――私には仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいませんでしたから。

――ま、まぁ峰さんは私のお母さんのために頑張ってくれてますし、ももまんも届けてくれますし……と、友達というのも吝かではありませんね、ええ。

 

 病室のベッド上で。友達が、仲間がいることの心強さに涙を零したアリア。

 たった一つあだ名をつけられることが、恥ずかしくて嬉しかったアリア。

 友達がとかく少なかったせいで一歩踏み込んだ人間関係を作るのが不器用なアリア。

 

 キンジの脳裏に、これまで一緒に過ごしてきたアリアの姿が次々とよぎっていく。

 

 

――キンジ。貴方は、信じてくれるのですか? お母さんが冤罪だって。誰も信じてくれなかったのに?

 

 そして。精神的に追い詰められ。真紅の瞳を涙で滲ませ、掠れた声で、一縷の希望にすがりつくかのように尋ねてきたアリア。

 

 このアリアの姿を脳裏に思い起こした時、キンジは文字通りブチ切れた。ヒステリア・ベルセの血が一気に濃くなり、シャーロックへの憎しみが、殺意が、どこまでも増幅されていく感覚がキンジにはよくわかった。

 

 

(シャーロック。お前は、お前だけは絶対に許さねぇッ!!)

「……なぁ、シャーロック。俺はキレたぜ。ひっさびさに、キレた。こんなにキレたのは、あのマスゴミ連中が好き勝手やりやがった時以来かもしれないな」

「ふむ、そうかい。それで? キレた君はこれから一体どうするのかね?」

「んなもん決まってるだろ。シャーロック、お前を俺の手でぶち殺す」

「ほう、随分と物騒な宣言をしたものだね」

「そうでもないさ。どうせお前は今日で寿命なんだろ? だったらただ単に時間が来てポックリ死のうと、俺に殺されて死のうと一緒だろ? 精々死因が変わるだけだ」

「確かにそうだね。けど、いいのかい? 僕のようなその辺によくいる一般人を殺してしまっては武偵法9条破りになってしまうよ?」

「その程度の脅しで俺が止まると思ってんのか? そもそも今の世界に150年も生きられる人間なんていない、てことでお前は人外で決め打ちだ。緋弾には延命作用が云々とか、そんな設定なんか知ったことか。『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』。これが武偵法9条の内容だが、人間を対象に作られた法律に人外の化け物は当てはまらない。9条なんか関係ねぇよ」

「酷いなぁ。僕ほど一般人という言葉のイメージに合った人間は他にいないというのに」

 

 シャーロックをギンと凝視する視界が赤く染まり、シャーロック以外のいかなる対象にも意識を向ける気がなくなっていくのを感じつつ、キンジは獰猛な眼差しをシャーロックに注いでいく。

 

 

「キ、キンジ……」

 

 と、この時。アリアが不安げにキンジを見上げていて。キンジはついヒステリア・ベルセに身を委ねすぎた結果、過激な発言をしすぎてしまったとヒステリア・ベルセの血を抑えつけ、どうにか冷静さを取り戻した。

 

 

「……あ、なし。今の発言はなしだ、シャーロック」

「ふむ。ではキレたキンジ君はこれからどうするのかね?」

「ぶん殴る。お前を、俺の全身全霊で殴り飛ばしてやる」

「できると思っているのかい? 君はどう足掻いても僕に勝てない。僕には150年以上もの間、世界各地で数多の強力で強靭な敵を仕留めてきた実績がある。一方、君はまだ僕の10分の1程度の年しか生きていない若造だ。いくら僕が凡人だからといって、彼我の力量差は語るまでもないと思うけど?」

「ま、そうだろうな。でも、できる。俺は世界最強の武偵になる男だ。命を賭ければ、お前なんて一捻りだ」

 

 キンジは左手に小太刀、右手に拳銃を装備して「――今度は俺が教えてやるよ、シャーロック。死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを、な」と、シャーロックへニィィと得意げな笑みを見せる。かくして。キンジとシャーロックとの二度目の戦いが今、勃発するのだった。

 

 




キンジ→ただいまマジ切れ中の熱血キャラ。ヒステリア・ベルセの影響で、乱暴な思考になりがちである。次回の活躍が非常に期待される所だが、はたして彼は次回どうなってしまうのか。
アリア→3年前までは金髪碧眼だった系メインヒロイン。元々は原作のような性格(※若干、原作よりマイルド補正がかかってたりする)をしていたが、誰も手を差し伸べてくれない孤独を経験したことで、なるべく人に嫌われず、自身を受け入れてくれるような性格を形成するようになった。
シャーロック→原作通り、緋弾の継承を成功させた逸般人。アリアを孤独へ陥れるために徹底的に情報操作を行ってきた辺り、結構エグい。

シャーロック「今のは実は『緋天(ひてん)緋陽門(ひようもん)』ではない、メラだ」
キンジ&アリア「「え゛!?」」

 というわけで、124話は終了です。無難に原作沿いで話が進んだ124話でしたね、ええ。一応、原作沿いじゃないとんでも展開として、シャーロックさんの放った緋弾が何かの間違いでうっかりキンジくんに命中してしまい、キンジくんに緋弾が継承される的なルートも考えはしたんですが、さすがに原作乖離が凄まじく断念しました。ナムサン!

 そして。ここのアリアさんも元々は原作と大差ない性格だったという設定をようやく公開出来た件について。これは連載当初からの設定だったんですが、本編では公開できる機会がないのではと若干諦めつつあったので、やっと表に出せてちょっぴりホッとしています。あい。

 あと、今回はおまけはなしです。次回を待て!

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