【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。今回も中々に本編の文字数が凄まじく多いことになっている件について。個人的には、1話辺りの文字量は5000字前後がちょうどいいと思っているだけに上手く2話分に分割したかったのですが……まるで分割できませんでした。ということで、相変わらずやたら長い文章ですが、どうぞ楽しんでくださいませ。



121.熱血キンジと言葉の殴り合い

 

「ここがあの男のハウスか……」

(よし、さっさとアリアとシャーロックを見つけないとな。しっかし、ここ……本当にあのイ・ウーの本拠地なんだよな?)

 

 アンベリール号から『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』という名の砂の橋を使ってボストーク号へと単身で乗り込んだ、ただいまヒステリア・ベルセを発動中のキンジ。艦橋の側面の梯子をひょいと登り、これ見よがしに開け放たれていた耐圧扉へ直行し、らせん状の階段を駆け下りながら、キンジは思案する。

 

 

(正直な所、意外過ぎて今も理解が追いついてないけど……でも、『イ・ウーの拠点=ボストーク号』説を受け入れることで納得できる面もあるんだよな、実際)

 

 イ・ウーの表玄関らしき劇場レベルに広大なホールを見渡した際に視界に映った、誘うように自動的に開かれた扉にバカ正直に飛び込み、再びらせん階段を駆け足で下っていくキンジ。その脳裏によぎるのは、4月のハイジャック事件の際に、武偵殺しこと理子がANA600便のバーに残したメッセージの一部だった。

 

 

――P.S.何かイ・ウーからプレゼントがあるみたいだよ? 詳しくは聞いてないんだけど……なんだろうね? 食べ物かな?

 

 あの直後。相模湾上空を飛行するANA600便にミサイル2発がお見舞いされた。そのミサイルの発射元のことに関しては今まで謎のままだったのだが、イ・ウーの拠点がこのボストーク号であるというのなら説明がつく。あの時。ANA600便にミサイルを飛ばしたのは、この原子力潜水艦だった、ということだ。

 

 

(にしても、他のイ・ウーメンバーがいないな。どういうことだ? てっきり、最低でもシャーロック直属の四天王的な奴らがウキウキしながら今か今かと俺を待ち受けているものだと覚悟してたんだけど……)

 

 多種多様な珍しい魚を収めた巨大水槽がいくつも鎮座する暗い部屋を抜け、熱帯にしかしかいなさそうな鳥たちがはびこる植物園を通り抜け、革表紙の古めかしい本がずらりと並ぶ圧倒的スケールの書庫を走り抜けるキンジ。イ・ウー艦内に侵入して以降、警戒を続けているのだが、一切刺客が現れてこない現状に内心で首を傾げる。

 

 

(もしかしなくてもメンバーは全員出払ってるのかもな。だからこそさっきボストーク号でラピ●タや巨大ロボットに変形したりして思う存分あり得ないデタラメな動きができたんだ。もし仮にイ・ウーメンバーがいっぱい乗ってたら、今頃この辺りは船酔いしたとか頭を思いっきり壁にぶつけたとかそんな感じでイ・ウーメンバーが悲惨なことになってるだろうしな、絶対。てか、あんなふざけた挙動をするボストーク号にシャーロックは乗ってたんだよな? それなのにまるで影響を受けてないとか……もうあいつ人間じゃないな。紛うことなき人外だな)

 

 黄金に輝くピアノと蓄音機の立ち並ぶ音楽ホールを、中世の武器や甲冑などが並べられた小さめのホールを、金の延べ棒(インゴット)と各国の紙幣が乱雑に山積みにされた金庫を、キンジはただ駆け抜けていく。くだらないことを考えながらも、各部屋にアリアやシャーロックがいないか、決して見落としのないように目を皿のようにして探す。

 

 

(つーか、ここまであんまり気にしてこなかったけど、とにかく豪華だな。まるで『ぼくのかんがえたさいきょう&さいこうのらくえん』って感じだ。これは、俺には今後一生縁がなさそうだ。……今度思い出したら、理子にでもこの辺の豪華施設の感想でも聞いてみるか。面白そうだしな)

 

 キンジはやたら豪華な部屋軍団に気を取られることなく、アリアとシャーロックがいないとわかるやすぐさま次の部屋へとただただ疾走する。そうして。キンジは行き止まりとなっているホールへと足を踏み入れた。そのホールの正面の壁には巨大な油彩の肖像画がかけられていて、各肖像画の前方にはそれぞれ石碑、十字架、六芒星の碑などが1つずつ設置されている。

 

 

(これは……イ・ウー艦長の絵か? となると、ここは歴代リーダーたちの墓地になるわけか)

 

 キンジは肖像画を左から右へと眺め、右端にシャーロック・ホームズの肖像画が飾られていることから、キンジは軽く推測する。そして。改めてシャーロック・ホームズの肖像画を見つめて、憎々しげに見つめて――直後。シャーロックの肖像画が人を小バカにしたように、鼻で笑ったような、そんな気がした。

 

 

「あ゛?」

 

 気づけば、キンジの両手には2本の小太刀が握られていた。視線を真正面に向けてみると、シャーロックの肖像画が見事なまでにズタズタに切り刻まれていた。

 

 

(俺、まさか今……ベルセの血流に呑まれてたのか!? ったく、このヒステリアモードは本当に制御が難しいな。ヒステリア・ノルマーレよりも効果が大きいのはありがたいけど、もっと頑張ってベルセの血を抑えとかないと、後が怖すぎる。本当ならこんな不確定要素の多いヒステリアモードなんて速攻で解除したい所なんだけど、ヒステリア・ベルセなしだとますますシャーロックとの戦いが無理ゲーになるしなぁ……)

 

 眼前の肖像画の惨状を受けてハッと我に返ったキンジは小太刀2本をさっさと仕舞うと、上手くヒステリア・ベルセをコントロールできていない現状に思わずがしがしと頭を掻く。と、その時。キンジは自身の見つめる先に、隠し通路とそこに繋がる下り坂のエスカレーターを発見した。

 

 

(俺はヒステリア・ベルセによりいつも以上に研ぎ澄まされた感覚で隠し通路の存在を察知したがためにシャーロックの絵を仕方なくズタボロにした……ということにしておこう)

 

 キンジがひとまず自分を納得させながら隠し通路を抜けた先には、教会があった。大理石の床、石柱、天井画、生花を生けた白磁器の壺の飾られた壁際や側廊、この空間において唯一の光源であるステンドグラス、どれをとっても荘厳美麗の四字熟語が似合う世界の中に、アリアがいた。アリアは天を見上げ、ただその場に立ち尽くしていたようだ。

 

 

「――キンジ。来たんですね」

「あぁ。シャーロックの奴に攫われた時はどうなることかと思ったが……怪我はないみたいだな、よかった」

「来てしまったんですね、キンジ」

「? 来たから何だよ? ま、ここにアリアがいるってことは、その奥の扉にシャーロックがいるってことでよさそうだな」

「……キンジはひいお爺さまに会うんですか? 会って、どうするんですか?」

「決まってる、捕まえるんだよ。今ならシャーロックを未成年者略取の罪で逮捕できるからな」

「ッ!」

「アリアは……そうだな。先にボストーク号から脱出していてくれ。外に出ればパトラの作った橋があるから、それを渡ればこの船から逃げられる」

「……」

「よし。待っていろ、シャーロック・ホーム……ッ!?」

 

 アリアの反応にどこか不穏な雰囲気を感じつつも、キンジはアリアに伝えたいことを手短に話すとステンドグラスの奥にポツンと存在する扉へ向かおうとする。しかし、その瞬間。キンジは言葉を止める。踏み出した足を止める。いや、止めざるを得ないのだ。なぜなら――アリアが無言でキンジへとガバメントを突きつけてきたからだ。

 

 咄嗟の反射神経を駆使してアリアのガバメントの射線上から逃れるようにバックステップを取るキンジ。キンジが自身からある程度距離を取ったことを確認したアリアは、ガバメントを仕舞い、キンジの目を射抜くような視線を向けた。

 

 

「アリア、何をやって――」

「キンジ。ここから先へは行かせませんよ」

「アリア?」

「……私は帰りません。貴方とひいお爺さまとを会わせるつもりもありません。私のためにここまで来てくれたのは非常に嬉しいですが、どうか……ここは引いてください。そして、私のことは忘れて、日常に戻ってください」

 

 アリアが敵対の意思を示したことが信じられないといった風に呆然と呟くキンジに、アリアは1つ深呼吸をすると、静かに言葉を紡ぐ。その声色は、無機質を装ってはいたものの、わずかながら隠しきれない悲痛さを内包していた。

 

 

「……なるほど。その様子だと、シャーロックの口車に乗せられてすっかり洗脳されたみたいだな。ホント、稀代の名探偵なくせしていやらしい手を使ってきやがるな」

「洗脳なんかじゃありません! これは私の意思によるものです! ひいお爺さまを侮辱しないでください!」

「あーはいはい、そういうことにしておくよ。……全く、兄さんの次はアリアが敵対してくるのかよ。どうしてこうも身内とばっかり衝突しないといけないんだか」

(……ったく、闇堕ちしてグレるのは不知火だけにしてほしい所なんだがな)

 

 キンジのシャーロックを貶す発言に過敏に反応するアリアの主張をキンジはテキトーにスルーしつつ、やれやれと深くため息を吐く。そのすげないキンジの言葉に、アリアの中でキンジへの怒りの感情が燃え盛る炎のように膨れ上がった。

 

 

「キンジ。貴方にわかりますか? 今の私の気持ち。私の歩んできた人生、その全てがやっと、やっと認められたんです。私はこれまで誰にも認められませんでした。誰もが私の先天的な才能ばかりに目を向けて、お母さん以外の全てが私の歩みを否定してきました。……でも、ひいお爺さまは私を認めてくれたんです。私が何よりも敬愛する至高の存在が、私の心の支えが、私のことをいっぱい褒めてくれて、後継者になれるとまで言ってくれたんです。ひいお爺さまがあんなにも期待してくれている以上、私はそれに全力で応える義務がある……帰ってください、キンジ。私はひいお爺さまの後継者となります。ひいお爺さまの全てを引き継ぎます。そうすれば、何もかも全て解決しますから」

「……アリア。お前、わかってるのか? シャーロックを継ぐってことが、イ・ウーを継ぐってことが何を意味してるのか。お前の母親に冤罪を着せた連中を統べるトップになるんだぞ! お前も奴らと同レベルの分際に成り下がるんだぞ!」

 

 今のアリアが自分を差し置いて、シャーロックなんかにうつつを抜かしている。その様子が容易に読み取れるアリアの言葉に、キンジは苛立ちまじりの声を上げる。アリアの心を現在進行形で奪っているシャーロックへ対する嫉妬により、キンジのベルセの血が濃くなり、獰猛な感情が表面に表れつつあるがゆえに、キンジの態度は荒々しさを含んでゆく。しかし、対するアリアはキンジ相手に怯まない。怯まずに言葉を重ねていく。

 

 

「……キンジ。貴方にとって、理子さんはどんな人ですか? ジャンヌさんは、カナさんはどんな人ですか?」

「は? いきなり何言って――」

「理子さんは怖がりです。常軌を逸したレベルのビビりさんです。ブラドの一件を経て最近は少々マシになりましたが、それでも怯える必要のないものにまでビクビク震えるような人です。ですが、心根はとても優しい女の子です。ジャンヌさんは厨二病です。ジャンヌ・ダルク30世を仮の名として長ったらしい真名を自称しています。ですが、ユッキーさんのことをお姉さまと慕う一面も持ち合わせていますし、自分が大事だと思った存在を心から思いやれる一面もあります。カナさんに関しては、その善性をわざわざ私が語るまでもなくキンジが一番理解しているでしょう? ……確かに彼女たちはイ・ウーに所属し、様々な犯罪を犯したことでしょう。ですが、彼女たちの本質は悪ではないと、私はそう思うのです」

「……何が言いたい?」

「イ・ウーに所属している人は誰も彼も生粋の悪者。そう考えるのは些か早計ではないでしょうか? 確かにブラドみたいなロクでもない人もいることでしょう。パトラみたいなバカな野望を本気で成就させようと暴走する人もいることでしょう。でも。イ・ウーには理子さんたちみたいな人もまだまだいることでしょう。それなら、まだイ・ウーには浄化の余地があります」

「……」

「だから、私がイ・ウーのリーダーに君臨した暁には、まずイ・ウーの大胆な組織改革を行います。そうして、私の気に入らない所はドンドン変えていって、イ・ウーを良い方向へと変革させていって、それからイ・ウーの果たすべき役割を全うしていくつもりです。ひいお爺さまがイ・ウーの頂点に君臨したことにはきっと私たちには計り知れない意図があるはずですから、その真意を踏まえた上で、必要悪としての立ち位置を確立していくつもりです」

「……」

 

 アリアはシャーロックからイ・ウートップの座を受け継いだ後の展望を語る。少々饒舌な口調で語るアリアをキンジはただ黙って見つめる。アリアの主張を1ミリたりとも受け入れるつもりのないキンジなのだが、それでもひとまずアリアの論調に耳を傾ける。

 

 アリアはイ・ウーの組織改革を視野に入れている、だが、そんなの上手くいくわけがない。イ・ウーはとにかく無秩序な組織だ。それなのにこれまで統率を取れてきたのは、最強のリーダーが頂点にいたからに他ならない。だから。言うことを聞かない超人連中を力づくでねじ伏せられるだけの圧倒的な実力を持たないアリアがイ・ウー改革を実行しようとした所で、主戦派(イグナティス)はもちろん、アリアを次期リーダーとして見込んでいた研鑽派(ダイオ)だって素直に言うことを聞いてくれるとは思えない。アリアの計画は、破綻しているのだ。

 

 

「……」

 

 キンジは黙る。口を閉ざしつつ、脳内ではアリアの主張を妄言だと切り捨てるキンジの様子を察してか知らずか、ここでアリアが爆弾を投下してきた。何と、「あ、そうですね。今ふと思いついたんですが……いっそ、キンジも私と一緒にイ・ウーに来ませんか?」と、とんでもない提案をキンジに示してきたのだ。

 

 

「……は?」

「私がひいお爺さまの全てを継承すれば、お母さんをすぐに助けられて、それでハッピーエンド。それはよくわかっているのですが……それでも正直、いくらひいお爺さまがいてくれるとはいえ、あのイ・ウーに一人で行くのは不安だったんです。ですが、キンジが一緒にいてくれるなら安心できますし、ひいお爺さまなら私が話せばきっとわかってくれますから。……ハァ。ダメですね。ほんの少し前までは一人で重要な決断を下すことにこんなにも心細い気持ちになんかならなかったというのに――」

「――もういい」

「え?」

「それが、お前の言い分なんだな」

「……はい」

「なら悪いけど、俺はイ・ウーなんぞに入るつもりはない」

 

 これ以上アリアの言葉を、戯言を聞きたくなくて。キンジは乱暴にアリアの話を遮ると、キンジはアリアから示された『イ・ウーへの招待状』を拒絶する。すると、アリアはシュンと眉尻を下げて、「……そう、ですか」と声を絞り出す。一方。キンジの心奥ではどす黒い感情が渦巻いていた。愚かな選択肢を選ばんとしているアリアへ対する、憤怒の念がヒステリア・ベルセの影響で無駄に増幅され、キンジの心を広く深く浸透しつつあった。

 

 

 アリア。お前はもう忘れたのか? お前、あの時理子に言ったじゃないか。

 イ・ウーへの仲間入りを唆してきた理子に、お前は毅然とした態度で言ったじゃないか。

 

――本音を言ってしまえば、私は一秒でも早くお母さんを助けたいです。どんな手を使ってでもお母さんの無実を証明したいです。ですが、同時に私はお母さんを悲しませるような真似はしたくありません。罪悪感を抱えたまま、後ろめたい気持ちを抱えたまま、お母さんと会いたくはありません。抱きつきたくはありません。例えどれだけ時間がかかったとしても、公判までに間に合わなかったとしても、私は武偵らしく一人ずつ確実にイ・ウーの連中を捕まえることにします。焦らず堅実に前に進むことにします。早く走る人は概して転ぶものですからね。

 

 あの時の、真紅の瞳に確かな意思を宿したアリアはどこへ行った。

 しっかりとした声色で、理子が持ちかけた取引にNOを突きつけたアリアはどこへ行った。

 いつまで都合のいい夢物語に浸ってるつもりだ。いくらシャーロックに洗脳されてるからってこれは酷いにも程があるぞ。いい加減目を覚ませ、アリア!

 

 

「なぁ、アリア。いつまで目を逸らしているつもりだ?」

「何の、話ですか?」

「アリア、お前ならもうわかってるはずだ。イ・ウーはルールのない組織で、構成員はどいつもこいつも一癖も二癖もある連中ばかりだ。そんな奴らが結託して、手と手を取り合って、一人の一般人にあり得ないぐらいの冤罪を被せるなんて、そんな面倒なことをするものか! 主戦派(イグナティス)は世界への侵略行為ばっかり狙ってて、研鑽派(ダイオ)は自己を高めることに終始してる。そんな連中が、派閥を超えて1つの目的を成し遂げるために協力して、何かを行うなんて、誰かの命令なしにはあり得ない! 誰もがその実力に畏敬を示すイ・ウートップの指示があったから、シャーロック・ホームズの命令があったから、かなえさんは重すぎる犯罪の濡れ衣を着せられたんだッ!! そんな、かなえさんに冤罪を被せた人でなしが、かなえさんの釈放を盾に、お前を手元に引き入れようとしている。何が必要悪だ、ロクなこと考えてないに決まってるだろうがッ!」

 

 キンジは吠える。力の限り、咆哮する。ヒステリア・ベルセの為すがままに己の考えを思いっきりアリアに叩きつける。もしも今のキンジが通常のヒステリアモードだったなら、アリアの心を傷つけかねないレベルの過激な発言をすることはなかっただろうが、今のキンジには容赦も躊躇もない。ただ、己の感情をそのままアリアにぶつけるのみだ。

 

 この時、キンジの脳裏には理子とジャンヌの言葉が再生されていた。ANA600便の中での、地下倉庫(ジャンクション)での、彼女たちの言葉が一言一句違うことなくフラッシュバックされていた。

 

 

――そんなに意味がないのに殺そうとしちゃってごめんね。でも、あの人(・・・)のお告げは色んな意味で絶対だから。意味がなくともやらないといけないこともあるってこと

 

――あのお方(・・・・)のお告げは絶対だ。ゆえに。我は貴様を標的に定めたというわけだ

 

 

 理子やジャンヌの発言から察せられる通り、シャーロックは自身のカリスマを利用し、イ・ウーメンバーを思うがままに操作してきた。ゆえに。かなえさんに罪を着せまくったのは、かなえさんにとんでもない罪状を押し付けるよう指揮したのは間違いなくシャーロックだ。だから、シャーロックがかなえさんの冤罪を晴らすために必要なものを全てアリアに与えたとして、そんなのはただのマッチポンプなんだ。だからこそ。シャーロックの企みが何であれ、シャーロックの手の届く範囲からアリアを連れ出す必要がある。奪い出す必要があるのだ!

 

 

「う、うるさいです! デタラメ吐いてないで、黙ってください! キンジ!」

「黙るかぁ! 誰が黙るか! お前には現実を見てもらわないと困るんだよ! 嫌なことから逃げて、都合のいいことばかり受け入れて、そんなの神崎・H・アリアじゃねぇだろ! 今までお前が必死に積み上げてきたものをあっさりぶち壊そうとしてんじゃねぇよ!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇええええ!! 知ったような口を叩かないでください、キンジ! ひいお爺さまは正義で! ヒーローで! 神なんです! それ以外の主張は受け付けません! どうしてわかってくれないんですか!? 貴方は私のパートナーでしょう!? それとも、キンジにとっての私はその程度の存在だったということですか、ええ!?」

「ふざけるな! 世迷言も大概にしろよ、アリア! お前が大切じゃないわけあるか! もし仮にお前のことが大事じゃなかったら、こんな危険地帯のど真ん中なんか誰が来るかよッ! 世界最強と言っても過言じゃないシャーロックなんかに誰が立ち向かおうって考えるかよッ!」

 

 徐々にヒートアップする、キンジとアリアによる言葉の殴り合い。と、ここで。アリアをビシッと指差して怒号を飛ばしていたキンジはハッと我に返る。キンジの意見を拒否せんと必死に頭を振り乱すアリアを前に、キンジの心は冷静さを取り戻す。

 

 

(くッ、俺はまたヒステリア・ベルセに呑まれてたってのか? ダメだ、ヒステリア・ベルセの赴くままにただ頭ごなしに怒鳴ったって、アリアの心は揺さぶれない。落ち着け、落ち着くんだ、遠山キンジ。落ち着いて言葉を選べ。でないと、ますますアリアを取り戻せなくなるぞ)

「あ、わ、悪い。今のはさすがに言い過ぎた」

「……」

「……アリア。今からでもまだ遅くない。ちょっと考え直してくれないか? シャーロックが何を目的として活動していて、イ・ウーにどんな人たちが属してるかに関係なく、イ・ウーは裏の組織だ。そんな所に入ったら、もうかなえさんと一緒に過ごせなくなるんだぞ?」

「……どういう、意味ですか?」

「簡単だ。表社会の人間と裏社会の人間は一緒にいられない。時々顔を合わせて、少しだけ話はできても、生きている世界が違うという理由で生じる分厚い心の壁は決して取り払えない。そうしたらさ、意味ないだろ? アリアとかなえさんとを隔てる壁が、牢から心の壁に変わるだけだ。……俺だって、今回の一件で兄さんと会えたけど、この一件が終わったら、きっと兄さんは姿を消す。また俺は兄さんと一緒に元のように暮らすことはできなくなる。どれだけ俺が足掻いたって、きっとその結果は変わらない。それは、俺が表社会の人間で、兄さんが裏社会の人間だからだ。……アリア、アリアには俺と兄さんみたいなことにはなってほしくないんだ。イ・ウーの次期リーダーになって、その権力でかなえさんを助けたって、裏社会の住人となったアリアと表社会に生きるかなえさんとが一緒にいられないんじゃ意味ないだろ! なぁ、頼む! 考え直してくれ! その道を選んだら、アリアはもう、ハッピーエンドを掴み取れなくなっちまうんだぞ!?」

 

 キンジは己の苛立ちをバカ正直にアリアに放つことを止め、別の切り口からアリアの説得にかかる。そのキンジの言葉を受け止めつつも、アリアは制服の胸ポケット辺りに手を添えつつ、今にも壊れそうな笑みを浮かべる。

 

 

「意味なら、ありますよ。確かにお母さんと一緒に過ごせなくなるのは、嫌です。できることなら、そんな結末は避けたいです。でも――私は最近、夢をよく見ます。理子さんに、ジャンヌさんに、ブラド。……ついでにパトラ。これだけ順調にイ・ウーメンバーを捕まえているのに、しっかり証拠を集めているのに、それでもお母さんを救えない。減刑こそされても無罪判決を下されず、お母さんは釈放されない。そんな夢を、よく見るんです。そんなバカげた未来しか、見れないんです! 私の直感が、今のままではお母さんを助けられないって声高に叫ぶんです! ……ダメなんです。このままじゃダメなんです。1人1人、イ・ウーメンバーを悠長に捕まえていたって、まず間に合いません。手遅れになるだけです。だったら、大胆な手を打つしかないでしょう!? それこそ、イ・ウーを統べるひいお爺さまからイ・ウーを引き継ぎ、お母さんの冤罪を晴らすために必要な全ての証拠を全てそろえて、検察の人たちが難癖つけられないようにするしかないでしょう!? ねぇ、私は何か間違ってますか? キンジ? キンジィッ!?」

 

 アリアは真紅の瞳を目一杯に見開きながら、悲鳴に近い甲高い声を上げる。その、アリアの気迫の込められた声を真正面から受け止めることとなったキンジの頭には、かつてのアリアの発した言葉が反響していた。

 

 

――幸先いいですよね、ホント。キンジと出会ってから、あっという間に三人もお母さんに濡れ衣を着せた犯人を見つけて倒すことができました。この調子ならお母さんの無実を証明できる時も案外すぐになるかもしれません。今まではいくら必死に犯人を捜しても尻尾一つすら捕まえられなかったんですけどね

 

 あの時、ユッキーが女子寮にて起こしたボヤ騒ぎを鎮めた後のこと。アリアは自嘲的で、和やかで、幸せそうで、しかし消え入りそうな笑みを浮かべていた。あまりに一瞬だったから当時は大して気に留めなかったが、あれはアリアが無意識に俺へと出していたサインだったんだ。

 

 

 アリアは不安だったんだ。どう足掻いてもかなえさんを助けられない悪夢に苛まれていたアリアは、とにかく不安で、胸が押し潰されそうで。だけど、俺は気づかなかった。ここ何か月もパートナーをやっていたくせに、アリアの心に気づけなかったんだ。

 

 気づけなかった結果が、今の状況だ。今、アリアがシャーロックに絶大の信頼を寄せている原因の一端は、アリアがイ・ウーサイドへ身を投じようとしている原因の一端は、間違いなく俺だ。なら、俺にも責任は十分ある。

 

 ――アリアは何が何でも連れ戻す。それは決定事項だ。けれど、今はとにかく向き合おう。アリアの心と向き合って、アリアの心ごと救うんだ!

 

 

「キンジ! 黙ってないで何とか言ったらどうなんです!?」

「……アリア。お前は間違ってるよ。でもって、今のお前の態度は非常に気に入らない」

「……」

「アリア。俺、前に言ったよな。『これからお前は世界最強の武偵になる男のパートナーになるんだからな。途中でへばるようなら承知しないからな』ってよ。……アリアは俺にとって、大事な存在だ。何物にも代えがたい、宝だ。だから、お前が精神的にへばってようと関係なく、お前は絶対に連れ帰る。それが正しいって、信じてるからな」

「そうですか。……残念です、言葉での殴り合いでは決着がつかないようですね」

「みたいだな。となると――こうなるな。できれば後ろにシャーロックが控えてる前で体力を消耗するような真似はしたくなかったんだがな」

 

 キンジは背中に両手を突っ込みそこからスッと小太刀二本を取り出す。キンジが己の武器を取り出し、剣呑な空気を意識的に醸し出してきたことで、戦闘を避けられないと判断したアリアもまた、2丁の白黒ガバメントを構える。

 

 

「……やはりこうなりますか。ふぅ、何となくこうなる気はしていたんです。貴方の性格はここ数ヵ月で大体把握したつもりですので」

「よくわかってるじゃないか。そんじゃ、早速始めようぜ。俺とアリア――どっちの思いが、信念が、相手を上回るか。後腐れなしの、一回勝負だ!」

「望む所です!」

 

 キンジは小太刀二本を装備した状態でアリアへと距離を詰め、アリアが迅速のスピードで迫りくるキンジを迎え撃つためにガバメントの照準を向ける。

 

 かくして。遠山キンジと神崎・H・アリア。これまで一緒に武偵殺しに魔剣(デュランダル)、そしてドラキュラ伯爵を打ち倒してきた強襲科Sランク武偵同士の2人が今、激突するのだった。

 

 




キンジ→ヒステリア・ベルセを上手く制御しきれていないために所々危うい場面が垣間見える熱血キャラ。今回は久々にキンジくんの熱血っぽいシーンが拝めたのではないかと思われる。
アリア→冷静さをどこかへとかなぐり捨てた系メインヒロイン。実はこれまで、何だかんだでお母さんを助けられない悪夢に苦しんでいたが、誰にも打ち明けていなかった模様。

 というわけで、121話終了です。次回はおそらくキンジくんとアリアさんの戦闘シーンが繰り広げられることでしょう。私が気まぐれに突発的番外編を差し込まない限りは、ですけどね。

 にしても、口論シーンは戦闘シーンよりも遥かに書きにくくて実に苦労しました。……この辺りは原作でも神シーンばっかりだから、下手に弄ると改悪にしかならないために書いててすっごく神経使っちゃうんですよねぇ。


 ~ちょっとしたおまけ(今回の121話を一行で纏めてみるテスト)~

ふぁもにか「方向性の違いでパートナー解消! フゥー!( ^∀^)」
キンジ「いや、解消しないから! つーか、絶対させねぇから!(←テラ必死)」

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