【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。今回からとうとう第五章の始動です。やっとここまで来ましたね。何たって、緋弾のアリア全体における第一のクライマックスですからね。ひゃっはぁぁあああああああああ!! 気合い入れていきまっせぇぇえええええええええええええ!!

 閑話休題。一応警告です。この第五章では一部において原作をガン無視でやらせてもらいます。ちょっとだけ覚悟しておいてくださいませ。……今更な警告ですかね?



第五章 熱血キンジと教授
118.熱血キンジと堕ちる心


 

「さて。そろそろ目的を果たそうか。凡俗な僕にはあまり時間が残されていないからね」

 

 アンベリール号の舳先にて。キンジ、アリア、カナの3名に一切悟られることなくボストーク号からアンベリール号へと乗り込んだ男。古めかしいスーツで身を包み、オールバックに整えられた髪・鷲鼻・端正な顔つき・ひょろ長い長身痩躯が特徴的な男、もといシャーロック・ホームズは周囲を一瞥しながら独言する。

 

 

「ッ!」

 

 アリアがただ呆然と立ち尽くし、キンジが銃口をシャーロックに定めたままシャーロックの出方を伺っている中、シャーロックが何かをしでかす前に先手を打つべく、カナがすかさずコルト・ピースメーカーで不可視の銃弾(インヴィジビレ)をシャーロックに放つ。

 

 キンジとアリアに手を出す気なら容赦しないと言わんばかりに放たれた速攻の銃弾はしかし、シャーロックの銃弾撃ち(ビリヤード)によりあらぬ方向へ軌道を変えさせられる。そして、シャーロックの手元から閃光が弾けたかと思うと、カナの体がシャーロックの見えざる手に殴られたかのように弾かれ、甲板に叩きつけられた。

 

 

「カナ姉!?」

 

 「ぐッ!?」と呻き声を上げて甲板に倒れるカナにキンジが駆け寄ると、カナの左胸から武偵制服を侵食するように鮮やかな赤色が染み渡っていく様子がキンジの両眼に映された。

 

 カナ姉が防弾仕様となっている武偵制服を着用していた以上、普通ならこんな事態はあり得ない。だけど、そんなあり得ない事態が今まさに発生している。理由を考えるのなら、おそらくシャーロックが国際的に開発を禁じられた装甲貫通弾(アーマーピアス)こと(アンチ)-TNK弾を持ち出してきたとか、そんな所が妥当だろう。

 

 そう当たりをつけたキンジはシャーロックを睨みつけた。本当なら全てを投げ出してカナのことで掛かりっきりでいたかったが、状況がそれを欠片も許してくれないため、キンジは相変わらずシャーロックに銃口を向けることしかできなかった。カナしか使えないはずの不可視の銃弾(インヴィジビレ)を平然と使って見せたシャーロックを警戒することしかできなかった。

 

 

「ごく普通の一般人な僕は基本的に変化を嫌う性質でね、この世界で生き残るためには絶えず変化しないといけないという理が僕にはとかく苦痛なんだ。それゆえに一切変わることなく美しさを放ち続ける存在が大好きで、特に美しい芸術品にはつい目がなくなりがちなのだが……全く、困った性格だと思わないかい?」

 

 シャーロックは語る。誰に向けて語るでなく、誰かの相槌を求めるでなく、ただただ『やれやれ』といったポーズを両手を使って体現しながら現状とまるで関係ないと思われる言葉を繰り出してゆく。しかし、誰もシャーロックの発言に口を挟めない。シャーロックが有無を言わせぬオーラをその身に十全と行使しているからだ。

 

 

「……カナ君。君は今この場にいる面々の中で、平々凡々な僕にとって最も危険な存在だ。本当ならこんな荒々しい手段で君に退場してもらうつもりはなかったんだ。美をどこまでも追求し、そこらの女性より女性らしい境地にたどり着いた美しい君を傷つけないといけないというのは、美を愛でるだけが取り柄な僕にとって非常に心痛むものだからね。でも、これは必要な処置なんだ。もはや予知と同等なほどに高められた僕の推理能力――条理予知(コグニス)――が、僕にそう語りかけていたのでね。だから。今は大人しく、自分がうっかり壊れてしまわないように、しっかりと自我を保っていることをオススメするよ」

 

 「何せ、僕が今プレゼントした銃弾は特別性なのだから」と言葉を付け加えるシャーロックに、カナは何も返答しない。焦点のまるで定まらない眼を存分に見開き、「な、に……!? あ、たま、が、割れ……!?」と苦しそうに呻くだけだ。胸を、心臓を撃ち抜かれたにも関わらず、言葉にできないレベルの激痛がほとばしっているはずの心臓を無視してカナは両手で頭を抱え込むのみだ。これは、どう考えても異常といえた。

 

 

「シャーロック! お前、カナ姉に何をしたッ!?」

「そう怒らないでくれ、キンジ君。小市民で小心者な僕がつい驚いてしまうじゃないか」

「話を逸らすな! カナ姉に何をしやがったぁッ!?」

「ほぅ、大した気迫じゃないか。なに、大したことではないよ。今後を見据えてのただの準備の一環だ。人並み以上のことができないこの僕だ、平凡以上のことをやってのけるわけないだろう? ……さて、そろそろ彼女が乱入してくる頃か。うん、僕の条理予知(コグニス)が導き出した通りだ」

「? お前、何を――ッ!?」

 

 意味深に呟くシャーロックにキンジが食い気味に問いかけようとする。直後。今現在、否応なしに緊迫感が高まっているこの場に、見事なまでに歪な形をしたジャッカル男の肩に乗る形で相変わらず下着姿のパトラが乱入してきた。どうやら一連の騒ぎの最中、どうにかして棺の中から脱出していたらしい。今のパトラの全身がボロボロながらも見るに堪えない姿でないことを鑑みると、無限魔力なしでもどうにか体を動かせる程度には自力で怪我を治せたのだろう。

 

 

(お、おいおいおい!? これは、マズい状況がさらにマズくなったんじゃないか……ッ!?)

 

 キンジは思わぬタイミングでキンジたちの前に姿を現したパトラを見た直後、つい顔をしかめる。無理もない。シャーロック1人だけでもヤバすぎるというのに、パトラの参戦という追い打ち。これはキンジにとって最悪に最悪を重ねた情勢と称しても過言ではないからだ。

 

 ユッキーとジャンヌは未だ自重を忘れたボストーク号が様々な形に変形して暴れまくった影響で生み出された荒れ狂う海の中。もし彼女たちがすぐにこの場に戻ってこれたとして、荒波に体力を奪われきっているであろう2人の助太刀は期待できない。というか、ジャンヌはそもそもイ・ウー側の人間であるため、この絶望的な状況下でわざわざ戦力になってくれるとは限らない。加えて、アリアはイ・ウートップが思いっきり身内、というかご先祖さまだったせいで、かれこれずっと固まったままであり、カナ姉はシャーロックに心臓を撃ち抜かれたせいで明らかに戦闘不能。

 

 俺しか、戦える者がいない。だけど、俺一人でイ・ウートップと元次席たるシャーロックとパトラを同時に相手取るのは、さすがに不可能だ。それこそ、このタイミングで主人公特権みたいなものを発動してご都合主義的に謎の力に目覚め、無双でもしない限りは無理すぎる。

 

 

(くそッ、こんなのどうすればいいんだッ!? もう、何をしたってどうしようもなくゲームオーバーじゃないか!)

 

 一般的にまるで勝機を見いだせない状況に追い込まれた際、重要になるのはいかに被害を抑えて負けるかである。その方策をどうにか編み出そうとするキンジと戦ってもいないのに敗北を認めたくないもう1人のキンジとが指揮権を獲得しようと脳内で殴り合いを始める中も、状況は動く。ジャッカル男を元の砂塵に還しつつ甲板に着地したパトラは、何かを探すようにバッバッと全身を使って周囲に隈なく視線を配る。そして。甲板に倒れるカナの姿を見つけると、「カナさんッ!!」とヒステリックな悲鳴を上げた。

 

 

「カナさん! カナさんッ! あぁ、血がこんなに……しっかり、しっかりしてくださいませ! 貴女はここで死ぬべき人ではありませんわッ!!」

 

 パトラはキンジのことなど見向きもせずに、カナの元へ一直線。その迷いのない足取りから、何らかの手法でカナがシャーロックにより深いダメージを負ったことを把握していたのだろうパトラは、カナの左胸の銃創に手をかざし、次の瞬間にはパトラの手から青白い光が仄かに生じ始める。パトラの青白い光を受けて、カナの苦しそうな表情がわずかながら和らいだことを踏まえると、どうやら無限魔力を失った影響で上手くいかないながらもパトラは治療を施してくれているらしい。

 

 カナを死の淵から救う。その一点において、今だけはパトラは味方だと判断したキンジはパトラへと向けていた注意を外し、改めてシャーロックへと向き直る。すると、キンジが目を離していた隙にシャーロックはアリアとの距離を一歩一歩詰めていた。対するアリアは、後ずさることもなく、自分の元へ近づいてくる長身なシャーロックを見上げるのみだ。

 

 

「アリア! そいつは敵だ、早く逃げろ!」

 

 キンジの必死な声に、アリアはビクリと肩を震わせるものの、その両目はシャーロックに固定されており、全然離れない。シャーロックの狙いがアリアだと察したキンジがこのままシャーロックの思い通りに事を運ばせるわけにはいかないとシャーロックの体目がけて発砲しようとする直前、シャーロックが「今は横槍を入れないでくれ」と言わんばかりにスッとキンジに目を向ける。

 

 シャーロックの全てを見透かすような視線にキンジは動けなくなった。自分が何もできずにさっきのカナ姉のように心臓を撃たれるシーンが脳内に浮かび、増幅し、こびりついて離れなくなる。

 

 

(何だ、これ!? 体が竦んで……!)

「やっと会えたね、アリア君。凡夫な僕は今日という日を一日千秋の思いで実に心待ちにしていたのだけど……君の方はどうかな? 嬉しいかい? それとも……君にとっては、僕ごときとの邂逅なんてどうでもよかったかな?」

「そ、そんなわけありません!」

 

 キンジがシャーロックに恐怖し動けなくなる中、シャーロックはあたかも長年の友人と接する時のような気安さでアリアに問いかける。一方、しゅんとした表情のシャーロックの問いに、アリアは弾かれたように返事をしつつ、フルフルと勢いよく首を左右に振る。

 

 

「私も、会いたかったです。会って、話をしたかったです。貴方について知って、私のことを知ってもらって、ゆっくり、話を……」

「そうかい。僕みたいな常人相手にそう思ってくれているなんて、光栄だな」

「……どうしてですか? どうして、貴方が……」

「? アリア君?」

「どうして貴方が! ひいお爺さまが! ここで! こんなタイミングで出てくるんですかッ!」

 

 震える声でポツリポツリと心情を話していたアリアだったが、徐々に己の気持ちを抑え込めなくなり、感情的にシャーロックへ問い詰める。堰を切ったように涙を流ながら叫び、「これじゃあ、私は一体、何を信じたら……」と悲痛さに満ち満ちた呟きを漏らし、シャーロックの顔を直視できずにうつむく。それは、アリアにとってシャーロック・ホームズの存在がどれだけ大きいかをキンジが察するに十分すぎる反応だった。

 

 

「泣かないで。君に涙は似合わないよ」

 

 ここまで取り乱し、本格的に涙を流すアリアの姿は今まで見たことがない、とキンジが別の意味でも固まる中。シャーロックがアリアと目線を合わせるためにその場にしゃがみ、スーツから取り出した無地のハンカチでアリアの涙を優しく拭っていく。

 

 

「ひい、お爺さま?」

「先も言ったが、一般人な僕は変わらないものが大好きだ。だが、時は無情にも流れ、この世に生きとし生ける者たちは総じて変化を求められる。伝統はいつまでも伝統の形を保っていられなくなる。けれど、君は伝統を守ってくれている。ホームズ家の淑女に伝わる髪型を守ってくれている。くだらない僕の我がままが生み出した伝統を、それでも引き継いでくれている」

 

 シャーロックはアリアのツインテールの穂先に軽く触れ、柔らかな笑みを零す。そして。まるで幼い生徒に対する先生のようにアリアに思いやりの込められた声色で語りかける。

 

 

「アリア君。僕はね、前々から君に期待していたんだ。君の誕生を条理予知(コグニス)していた僕は、ずっと君を見守ってきたんだ」

「そう、なのですか……?」

「うん。だから君のことはよくわかる。下手したら君よりも詳しいかもしれない。その上で言わせてほしい。……よくここまで頑張ったね。君は本当に凄い子だ」

「え?」

「人間に生まれ、超能力を持たないという生まれもってのハンデを背負った状態で、さらにホームズ家の落ちこぼれだの欠陥品だのと、誰よりも味方でなければならないはずの身内に自分の能力を認められない劣悪な環境に置かれた状態で、君は己に秘められた力を十全に利用して幾多もの凶悪犯罪者を捕まえてきた。アリア君のお母さんが濡れ衣を着せられた後も、ロクに心の支えがない状態でありながら、それでも君の活躍は一層磨きをかけていった。最近の話をするなら……仲間と協力してブラド君と戦った時の君の活躍には目を瞠るものがあった。あの化け物をあんな大胆な方法で討伐してのけた君は、僕のような鷹作と違って本物だ。さすがはホームズ一族において最も優れた才能を持つ少女だよ」

 

 シャーロックはアリアの両肩に手を置き、アリアという存在をどこまでも褒め称える。そうして。自分の気の済むまで一通りアリアを褒めたシャーロックは真剣な口調で「だからこそ、僕はそんな素晴らしい君を迎えに来たんだ」と言葉を続けた。

 

 

(何のつもりだ、シャーロック? 何を考えている? アリアを迎えにって、そんな提案にアリアが応じるわけないのは条理予知(コグニス)とやらでとっくにわかってるはずだろ? まぁ、アリアを殺すつもりじゃなさそうなのは、俺にとって幸運なんだけどさ)

「私を、迎えに?」

「そう。僕の唯一無二の後継者としてね」

「ひ、ひいお爺さま!? な、何を言っているんですか!? 私なんかがひいお爺さまの後継者になれるわけ――」

「――なれるよ。アリア君なら絶対になれる。いや、君ならば僕程度、すぐに超越できる。僕の編み出した条理予知(コグニス)だって、君なら自力で習得するのも時間の問題だ。不屈で高潔な精神を持つ君はいずれ、僕よりも有名になり、僕よりも活躍し、僕よりも素晴らしい存在になれる。今や世界中にこれでもかと誇張されて伝わっているシャーロック伝説を塗り替える、新たな伝説になれる。君ならなれるんだ。どこまでも美しく、気高い君だからこそ、なれるんだ」

「……」

「僕はもうすぐこの世界から退かないといけない。だから僕の、シャーロック・ホームズの全てを、僕が後継者と認めた君にプレゼントしたいんだ」

 

 キンジがシャーロックに手を出せないながらも様子を伺う中、シャーロックはアリアを自身の後継者として指名する。一方のアリアは各地に伝説を残すシャーロックの後継者なんて恐れ多いと否定に入ったが、そんなアリアの言葉を遮ってシャーロックは自身の考えを率直にアリアへとぶつけてゆく。

 

 この時、ただいま第三者目線となっているキンジには、シャーロックの思惑を微妙ながら読み取れつつあった。ウソかホントかはさておき、シャーロックはアリアに対し積極的に甘言を吐き、アリアを蝕んでいる。少しずつ、少しずつ。計算されたシャーロックの毒が、アリアの心を侵略しているのだ。まるで蜂蜜のように、どろりとアリアの心に入り込み、少しずつ甘さで毒している。そうすることで、アリアから正常な判断能力を奪い、自身の元へ引き込もうとしている。何が目的かはわからないが、シャーロックはそうまでしてアリアを欲する理由があるのだろう。

 

 ならば、いつまでも眼前の存在を前に恐怖に震えているわけにはいかない。キンジが己の勇気をフル動員してシャーロックの発言を強制終了させようとした刹那、シャーロックがニッコリとした笑顔で、爆弾を投下した。「……もちろん、受け取ってくれるよね? だって、そうすれば――かなえ君を助けることができるのだから」と、平然とした表情でシャーロックがアリアの核心へと踏み込んでいった。

 

 

(なッ!? こいつ、やりやがったッ!)

「お母さん、を……?」

「うん。今、僕が束ねているイ・ウーは、言ってしまえば強大な武力であり権力だ。ゆえに国家さえも手出しできなかった。ならば、それを使えば、一国家の検察ごときどうにもできる。例え、そんな乱暴な使い方をせずとも、イ・ウーを利用すればかなえ君を助けることは簡単にできる。アリア君、君が僕の全てを引き継げば、かなえ君の救出など夢物語ではなくなるのだよ」

「私がひいお爺さまを引き継げば、イ・ウーの次期リーダーになれば……」

「さすがはアリア君だ、天才なだけあって察しがいいようだね。そうだよ、そういうことだ。……大丈夫、何も心配することはないよ。君は凡人な僕と違って無限の可能性を秘めている。すぐにイ・ウーを統べる器になれるさ。君の活躍をいつも見ていた、この僕が保証する。――さぁ、一緒に行こう。君のイ・ウーだ」

「ひい、お爺さま……!」

 

 キンジがシャーロックの爆弾発言に先手を取られたと目を見開く中。「ほら」とシャーロックが両手をアリアに差し出すと、ほんの一瞬のみ躊躇した後に、アリアがシャーロックへとぎこちなく近寄り、自ら抱きついていった。そんなアリアの反応にシャーロックは満足そうな笑みを浮かべると、実に手慣れた所作でアリアをひょいとお姫さま抱っこする。

 

 シャーロックの腕に抱かれたアリアは先までの悲痛さはまるで消え失せていた。迷いや困惑といったマイナスな表情の全てがなくなり、輝かしい笑顔に置換されていた。それは、もう。夢にまで見た、幾度も待ち望んできた瞬間がついに実現されたんだと言わんばかりの、それこそ純粋な子供が本物のサンタクロースと対面した時のような、そんな光り輝く笑顔を今のアリアは浮かべていた。それこそが、アリアの心がシャーロック相手に陥落した、何よりの証左だった。

 

 

「……アリア、行くな」

 

 シャーロックからの無言のプレッシャーが薄れたためか、ほんの少し体を動かす余裕の生まれたキンジは未だシャーロックへの恐怖に震える右手をぎこちないながらも伸ばしてアリアを引き留めようとする。しかし、パートナーを失いたくない一心のキンジの声は、アリアに届かない。否。実の所、アリアの耳にキンジの声は聞こえている。だけど、アリアはピクリとも反応しない。理由は簡単、シャーロックの言葉にすっかり洗脳され、シャーロックしか目に入らない今のアリアとって、キンジの声など反応すべき対象ではなくなっているのだ。

 

 

「そっちに行ったら、ダメだ……! 戻ってこい、アリア!」

 

 キンジの声に欠片も耳を傾けないアリアに、それでもキンジはアリアがシャーロックへの盲信から解放されるようにと必死の言葉を重ねていく。

 

 

 アリア、ダメだ。その道は、その道だけはダメなんだ。

 それは、今までのアリアが通ってきた道のりを全て否定する道だ。

 アリアが苦しみもがきながらも選び、築き上げてきた大切な道を全て無に帰す道だ。

 そんなのはダメだ、だから、頼むから、戻ってきてくれ。アリアッ!!

 

 

 キンジの思いはやはり今のアリアには届かず、アリアはキンジの方向を見向きもしない。直後、シャーロックが笑みを深めたのを最後に、二人の姿がキンジの視界から一瞬にして掻き消えた。まるで何かの幻だったかのように、シャーロックとアリアの二人がその場から煙のように消失した。

 

 

「え、アリア……?」

 

 キンジは呆然と眼前を見つめる。ついさっきまでアリアとシャーロックが確かに存在していた地点にただただ視線を注ぐ。よろよろとした足取りでアリアがいた場所へと歩を進めて、ようやくキンジはアリアとシャーロックの消失を認識した。否応なしに認識せざるを得なかった。そして。

 

 

「――アリアァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 アリアを。大切な存在を。己が恋している存在を。面識のない男に完膚なきまでにお持ち帰りされた事実に対し、キンジは叫ぶ。今のキンジには、ただただ己の無力を叫ぶ形で顕わにすることしかできないのである。

 

 かくして。やっとの思いでパトラの手からアリアを救出したばかりにもかかわらず、またしてもイ・ウー側の人間にアリアを為すすべもなく奪われてしまうキンジなのだった。

 

 




キンジ→シャーロックとの格の違いに恐怖し動けなくなった熱血キャラ。まぁ相手は原作の時点でバグにバグを拗らせたバグキャラ筆頭だから仕方ないね。
アリア→何だかんだで再び敵の手中に舞い戻ってしまった系メインヒロイン。これにより今後アリアの空気キャラ具合が進展するかどうかはふぁもにかのさじ加減である。
カナ→原作同様、あっさりとシャーロックによって瀕死状態にされちゃった男の娘。シャーロックに撃たれた際に『ナニカ』をされたようだが、メタ的にそこまで重要な伏線ではなかったりする。
パトラ→無限魔力を失ったせいで未だ自在に魔力を扱えないながらも自身をある程度回復し、キンジたちのいるアンベリール号の舳先へと駆けつけた貴腐人。あれだけ凄惨なお仕置き(※詳細不明)をされたにも関わらず、真っ先にカナを助けようとする辺り、かなりの聖人っぷりである。腐っているのに聖人とはこれいかに。
シャーロック→おそらく原作と同等かそれ以上にアリアを褒めまくっている逸般人。もはや予知と同等なほどに高められた推理能力こと『条理予知(コグニス)』を扱える。また、地味に『条理予知する』といった造語をも作っている。

Before アリア「絶対イ・ウーなんかに屈したりしません!」
After アリア「ひいお爺さまの話術には勝てませんでしたよ……」
シャーロック「堕ちたな……(確信)」

 というわけで、118話終了です。とりあえず、第五章は1話目からクライマックスなのが原作5巻未読の方々でもよくわかる感じの内容だったかと思います。

 それにしても……全く、ここのアリアさんったら17話ではビビりこりんからの『イ・ウーへの招待状』をきっぱり断ったというのに、101話後の118話ではあっさり『イ・ウーへの招待状』を受け取ってしまうなんて……やれやれ、愛い奴め。


 ~おまけ(ネタ:最も効果的なアリアさんの操縦方法)~

キンジ「……アリア、行くな。そっちに行ったら、ダメだ……! 戻ってこい、アリア!」
キンジ(アリア、ダメだ。その道は、その道だけはダメなんだ。それは、今までのアリアが通ってきた道のりを全て否定する道だ。アリアが苦しみもがきながらも選び、築き上げてきた大切な道を全て無に帰す道だ。そんなのはダメだ、だから、頼むから、戻ってきてくれ。アリアッ!!)
アリア「……(←当然のごとく無視)」
キンジ(ダメだ。俺の言葉なんてまるで耳に入ってない。何か、何かないのか!? アリアを引き止められるようなもの、何か、何か――ハッ!? 閃いたッ!)
キンジ「あ、そうだ。こんな時に言うのもアレなんだが、アリアをパトラから助けたら早速食べさせたいと思ってももまんを用意してたんだけど――(←ももまんを取り出しながら)」
アリア「――ひいお爺さま、残念ですが貴方の提案は受け入れられません。身の毛もよだつようなあからさまな甘言に騙される私だと思っていたのですか? 随分と舐められたものですね。さ、犯罪者は大人しくここで捕まってください。そして貴方もお母さんの無罪証明のための(エキス)となるのです(←お姫さま抱っこ中のシャーロックの両腕から手品のように脱出し、キンジからももまんを奪い取り、もきゅもきゅ食べながらテノヒラクルーする人)」
シャーロック「なん、だと……!?(; ・`ω・´)」
シャーロック(バカな。アリア君がももまん一つで僕に完全に敵対してくるなんて、僕の条理予知(コグニス)にはこんな展開なかったぞ……!? まさか、キンジ君は今のような状況をあらかじめ見越した上で日頃から僕のひ孫を餌付けしてきたとでも言うのかッ!? そんなバカな!?)

 幾百の説得より、ももまんが勝る。
 さすが、大好物に釣られて簡単に意見変えちゃう系メインヒロインは格が違った。

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