【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。最近はバトル回が続いている影響で本編の文字数が割と多くなっていることに定評のあるふぁもにかです。ところで、今回はキンジくんとパトラさんとのバトル回。前々回にて存分にチートスペックを発揮したユッキーを以てしても敵わなかったパトラさん。元イ・ウーナンバー2に君臨していただけのことはあるパトラさん相手にキンジくんがどう戦うか、乞うご期待って奴です。

 ちなみに、今回の戦闘はキンジくんとパトラさんとで視点移動がグルグルしていて混乱させる箇所があるかもしれませんので、その辺は十分に注意してご覧くださいませ。



114.熱血キンジと任意解除

 

 パトラ作の改造アンベリール号上に築かれた巨大ピラミッド内の『王の間』にて。パトラと対峙するキンジには、実を言うと1つだけ勝算があった。まだ一度も試したことがないために成功確率は未知数であるが、しかし成功さえすれば確実に自身に勝利を呼び込めると思われる秘策を、ヒステリアモードの恩恵により閃いていた。

 

 

(いきなり本番でやるのはちょっと怖いが……他にパトラに勝てる方法なんてなさそうだし、やるしかないな)

 

 左手に拳銃、右手に小太刀を構えたキンジはヒステリアモードにより通常の30倍にも強化された思考力・判断力・反射神経などからパトラの隙をうかがう。その様子にキンジを警戒心を抱きながら見つめていたパトラは首をコテンと傾けて「あら?」と疑問の声を漏らした。

 

 

「どうした?」

「いえ。先ほど貴方があれだけ自信満々に発言するものだから何をしてくるかと思えば……どうやら大した策もなくそのまま突っ込んでくるつもりみたいですわね。……全く、貴方はバカなのかしら? 私はこの通り、女性ですわよ? ヒステリア・サヴァン・シンドロームを使うには不利な相手だとわかっていまして?」

「確かにパトラの言う通り、ヒステリアモードを使って君のような女性を相手取るのは賢明な策とは言えないだろう。でも、俺も何も考えずにこの手段を選んだわけじゃない。それを今から教えてあげるよ、パトラ」

 

 キンジは自身の言葉を全て言い終えると同時に左手の拳銃でパトラの頭部目がけて発砲する。パトラは「随分と上から目線で言ってくれますわねぇ……!」と苛立ちを募らせながらも、丸盾を生成して防ぐまでもないとヒョイと軽々銃弾を避けてみせる。だが、キンジはそれでも構わないといった表情で断続的に発砲しつつ、パトラとの距離を詰めようとまっすぐに駆け始める。

 

 当然だ、無能力者のキンジには遠距離攻撃の手段が拳銃しか存在しない。あるとしても、小太刀やバタフライナイフを投擲するぐらいしか選択肢が存在しない。ゆえに。小太刀やバタフライナイフで斬りつけるにしろ、拳で殴り飛ばすにしろ、とにかく近づかないと話にならないのだ。ちなみに。キンジが銃弾を避けられることを前提としてパトラに銃弾を放っている理由は単純明快、銃弾を利用してパトラの居場所をある程度誘導するため。より正確には、現在位置からパトラがあまり動かないよう、パトラの移動範囲を制限するためだ。

 

 

(何をする気かは知りませんが――)

「これでおしまいですわ!!」

 

 キンジの放つ銃弾により己の立ち位置を制限されていることなど知らないパトラはスゥと右手を天へ掲げ、自身の前後に様々な傀儡を砂金から生成する。ジャッカル男軍団を筆頭に、鷹・豹・アナコンダの軍勢を一挙に生成し、キンジへと突撃させる。さらにパトラはダメ押しとばかりに100本ものナイフを生み出し、キンジに突き刺さるように解き放つ。

 

 肝心のナイフは後から解き放ったため、その存在はジャッカル男たちの巨体によって隠されている。ゆえに。キンジの体に突き刺さるまでナイフの存在には気づけないだろうとの考えあってのパトラの攻撃である。

 

 キンジに容赦なく襲いかかる、既存の動物をかたどった蟲人形たちの大群。普通なら物量に物を言わせてわらわらと群れを成して突撃してくる軍勢相手では、キンジはなすすべもなく飲み込まれるしかないだろう。しかし、今のキンジは普通ではない。パトラが差し向けてくる様々な動物やナイフの弾幕を、さも当然のように流水制空圏を行使してすり抜ける。

 

 

「えッ!?」

 

 パトラはギョッとしたように目を見開く。以前アリアを奪いに来た時とは違い、最初から全力でキンジを殺す気で攻撃を仕掛けただけに、蟲人形や多量のナイフによる物量攻撃をあっさり攻略されたことが信じられないようだ。

 

 そのパトラの動揺を見過ごすキンジではない。いくら今の自身がヒステリアモードを発動中で、女性のことを最大限に考える性質になっていようと、前回の邂逅を受けてパトラが自分の実力を侮った結果生じた千載一遇の好機を逃すキンジではないのだ。

 

 

「ぉぉおおおおおおおお!!」

 

 キンジはパトラが防戦一方になるように全力で攻撃を畳みかける。左手の拳銃でパトラの体目がけて発砲し、右手の小太刀を振るい、しかしあくまで攻撃が単調にならないように、パトラが一転攻勢とならないよう、拳銃と小太刀の攻撃を変則的に繰り出してゆく。

 

 全ては、パトラにこれ以上超能力(ステルス)を使わせないため。パトラが今さっき召喚した蟲人形連中を自動操縦に切り替えさせないため。パトラの超能力が厄介な代物なら、使わせなければいい。そのように考えたがゆえのキンジの怒涛の連撃である。

 

 

(隙だ、隙を作るんだ! このまま攻撃を続けて、パトラに致命的な隙を生ませるんだ! そうすれば――勝てるッ!)

「くッ!? この――」

 

 対するパトラは即興で丸盾やロングソードを生成してキンジの攻撃を防ぎつつ反撃に転じようとするも、絶妙なタイミングでキンジが銃弾を敢えて顔スレスレに放ったり、小太刀で横腹を斬りつけようとするせいで結局防戦状態に追いやられる。加えて、背後からキンジを攻撃させる目的で、先ほど生成した蟲人形たちを自動操縦に切り替えることすらできないでいる。

 

 

(なぜ、なぜですの!? 遠山キンジさんはカナさんには遠く及ばない雑魚だと、ピラミディオン台場の一件で把握したはず。いくらヒステリア・サヴァン・シンドロームを行使しているとはいえ、その程度で覆る実力差なわけ――こんなのあり得ませんわッ!!)

 

 結果、パトラのイライラは徐々に募っていた。この元イ・ウーナンバー2を誇る自分が、たかが極東の一武偵高の強襲科Sランク武偵の無能力者ごときの攻撃を凌ぐことで精一杯なことにもう腸が煮えくり返っていた。

 

 

(これで、今度こそ終わらせますわ!)

 

 パトラはついさっき白雪に仕掛けた時のように、キンジの頭上にこっそり砂金で構築したナイフを用意する。キンジの間髪入れない攻撃のせいで中々数をそろえることはできないが、それでも1本、また1本とナイフの数は着実に増してゆく。

 

 

(調子に乗っていられるのも今の内だけですわ、ふふふ)

 

 パトラは必死にキンジの猛攻を防いでいる、といった感じの表情を作りつつ、内心ではキンジの快進撃を終わりにできる時が刻一刻と近づいていることにほくそ笑む。

 

 それ故に。パトラは気づくのがほんの少しだけ遅れてしまった。眼前のキンジが振るう右手。しかしその手にいつの間にか小太刀が握られておらず、キンジがなぜか何も装備していない右手をただ無造作に振るってきたという事実に。

 

 

(え、何を狙ってこのような真似を――)

「ここッ!」

「――ッ!?」

 

 パトラが瞠目しつつも、目線を忙しなく動かす形で一刻も早く小太刀の在処を把握しようとした瞬間、パトラの背にゾゾゾッと得体の知れない悪寒が走る。現状の体勢では危険だという第六感の警告に従いパトラがバッと体をのけ反らすと、今さっきまで自身の右肩のあった箇所を小太刀がビュオンと疾風のごとく突き抜けていった。次いで、キンジを見やると、まるでサッカーボールを蹴飛ばしたかのように右足を上げるキンジの姿。

 

 

(な、何てデタラメな攻撃……! 星伽白雪さんといい、どうしてどいつもこいつも私の想定を平然と超えてくる規格外な攻撃ばっかり仕掛けてくるんですの!?)

 

 キンジが小太刀でパトラを斬りつける、と見せかけて小太刀を手放し重力に従い足元へ落ちてゆく小太刀を蹴り上げて攻撃してきたという事実を前にパトラは戦慄し、冷や汗を流す。ちなみに、今のキンジの衝撃的な攻撃の影響によりせっかくキンジの頭上にこそこそ構築していたナイフはすっかり霧散していたりする。

 

 そして。パトラが数歩後退しつつのけ反った姿勢を強引に戻した時、パトラの目の前にはキンジの拳。パトラの目と鼻の先にまでキンジの拳が迫っていた。

 

 

(マズい!? ちぃッ、さっきの不意打ちに上手く対処できなかったせいでこのような失態を招いてしまいましたわ。……ですが、ここからでもやりようはある。何せ、今の遠山キンジさんはヒステリア・サヴァン・シンドロームを発動中。女性の顔を殴ることはできませんもの)

 

 パトラは今にも顔面を穿ちそうな唸りを纏った拳に対し回避が間に合わないと悟ってなお、冷静さを崩さない。彼女がカナ経由でヒステリアモードの特性を大体学んでいるからだ。とはいえ、実際に眼前に迫る拳があったら例え当たらないとわかっていても反射的に避けようとするのが普通であることを考えると、パトラは随分と肝が据わっているようだ。

 

 

(……ま、今頃パトラは『今の遠山キンジさんはヒステリア・サヴァン・シンドロームを発動中。女性の顔を殴ることはできませんもの』とか考えてるんだろうな)

 

 キンジはパトラに今にも拳が命中しようとする中。ヒステリアモードの弊害ゆえに、拳を引っ込めるなり逸らすなりしてパトラを殴らない選択肢を選ぶ前に、キンジはここまで温めていた秘策を発動させようとする。

 

 

(ここだ、ここで切り替えろ! ヒステリアモードを解除するんだッ!)

 

 キンジの秘策。それはパトラに攻撃を確実に当てられるタイミングでヒステリアモードを解除しノーマルモードに戻るという、単純明快なものだった。

 

 

 キンジはヒステリアモードのままパトラと対峙していたほんの短い間に考えていた。ヒステリアモードを継続させたままパトラとの戦いに挑むか、それともノーマル状態で戦うかの判断を迫られる中、キンジは考えていた。

 

 アリアと出会ったことを契機として、キンジはこれまで何度かイ・ウー側の人間と戦ってきた。その際、理子やジャンヌを相手にした時は何だかんだでヒステリアモードを封じても勝つことができたし、ブラドは男だったからヒステリアモードを駆使して全力で戦うことができた。

 

 だけど。これからもイ・ウーと敵対し続けるにあたって、今目の前にいるパトラのような女性&格上の実力者相手にヒステリアモードという強力な手札が使えないようでは遅かれ早かれ限界が来てしまう。そのため、キンジは考えた。女性相手にヒステリアモードを使ってなお優位に立つために、任意のタイミングでヒステリアモードとノーマルモードとを自由自在に切り替えられる便利な方法はないものかと。

 

 しかし。現実とは非情なもので、そう簡単に、自身の望むタイミングで都合よくヒステリアモードを解除なんてできやしない。そもそもそんな夢のような方法があるのなら、ヒステリアモードの特性に頭を悩ませていた過去なんて存在しないのだから。

 

 だが。それでもキンジは諦めることなく頭を働かせた。ヒステリアモードの恩恵により30倍にまでパワーアップした思考力を全面的に行使して、考えて、考えて――そして。ついにキンジはヒステリアモードからノーマルモードへとあっという間に回帰する手法を編み出した。考案してしまえば簡単だった。何のことはない、脳裏に己の性的興奮を一瞬で萎えさせるような強烈な存在を思い浮かべればいいだけだ。いつもカナを使ってヒステリアモードに至っていたキンジだからこそ思いついた、まさに逆転の発想ともいうべき案である。

 

 そこで。次に問題となるのは、一体何を脳裏に焼き付ければ己の性的興奮を一瞬で萎えさせノーマルモードに戻れるかということである。ところが。その存在については、キンジにはとっくに当てがあった。己の性的興奮を一気に沈下させるのに打ってつけの存在に、キンジは確かに心当たりがあった。

 

 

 さて。思い出せ、遠山キンジ。ブラドの重圧感を。ねめつけるような野獣の眼光を。悪魔のようななんて表現が霞むほどの凶笑を。赤褐色の肌に雄牛のように盛り上がった筋肉とメイド服とのあまりのミスマッチさを。野太い声のくせしてオカマ口調なあの声色を。思い出せ。ブラドの全てを。あのヘンタイ野郎の全てを。隅々まで。体毛一本まで。記憶が曖昧な所は以前ジャンヌが描いてくれた絵で補填しろ。ネオ武偵憲章第百二条、考えるな、感じろ――ブラドッ! ブラドォ!

 

 

(んはッ!? よっし、できたッ! ぶっつけ本番だったけど、ヒステリアモードを解除できたぞ! ……今すっごく気分悪くて正直吐きたいけど――後は、殴るだけだ!)

 

 そして。圧倒的な気持ち悪さに定評のあったブラドの姿を脳裏に思い浮かべることで見事ノーマルモードに戻れたキンジはついその場に立ち止まり嘔吐したくなる欲求を気合いで抑え込み、パトラに当たる直前まで伸ばしていた右手を改めて固く握りパトラの顔面にドゴッと拳を突き刺した。

 

 

「いっけぇぇぇぇええええええええええええ!!」

(これが、お前にボロボロにされたユッキーの分!)

「ガッ!?」

(なッ!? ど、どうして!? ヒステリア・サヴァン・シンドロームの状態で私の顔を殴れるなんて――)

 

 キンジの容赦ない拳をモロに受けるというまさかの事態。パトラは殴られた衝撃でおぼつかない足取りながら後ずさる。まず起こるはずのない事象の原因を探る時間を確保するために、顔面を起点として伝播される激痛に顔をしかめながらもとにかくキンジから距離を取ろうとする。しかし、その判断は今の敵なら女性にだって容赦しないノーマルなキンジ相手では明らかに悪手だった。

 

 

「逃がすかッ!」

「グアッ!?」

 

 パトラの退避行動をあらかじめ予期していたキンジは攻撃を畳みかけるために即座に距離を詰め、今や小太刀を持っていない右手ですかさずパトラに掌底を喰らわせる。真下から繰り出す右手により勢いよくパトラの顎を打ち抜き、パトラの体を宙へと吹っ飛ばす。

 

 

(……これ、は……マズい……)

 

 キンジの掌底により脳が揺さぶられ、まともな思考回路を封じられたパトラの体はなすすべもなく天に見上げる形で弓なりの体勢で数メートルほど吹っ飛ばされる。そして。重力に従いパトラが頭から床に叩きつけられようとした、キンジは空中にあるパトラの顔面を器用にガシッとわし掴みにすると、「おおおおおおおおおおおおおおお!!」との咆哮とともにパトラの頭を床に思いっきり叩きつけた。

 

 

(そしてこれが、オオカミ使ってアリアの頭をコンクリートに叩きつけた分のお返しだ!)

 

 ズガァアンと轟音が響き渡り、床がパトラの頭を起点として円状にビシシッとヒビを生み出す中。「カフッ!?」との声を最後に四肢をだらんと投げ出し、まるで反応しなくなったパトラを見下ろして、キンジはふぅと安堵の息を吐いた。

 

 

(……正直、博打だったからどうなることかと思ったけど、上手くいって良かったよ。気持ち悪くなるからあんまり多用したくないけど、このヒステリアモードの任意解除は使えるな)

 

 キンジは左手の拳銃を懐にしまいつつ、先ほど渾身の力を込めて蹴り上げた小太刀を回収しないとなぁなんて思いながら、ひとまず早めの内にパトラに対し手錠を嵌めて無力化しようとパトラに近づいてゆく。キンジがズボンのポケットから取り出したその手錠は以前、アリアがジャンヌに対して使用した、あの対超能力者用に作られた銀の手錠である。

 

 と、ここで。バチバチとキンジの装備に砂金の粒が当たる音が響く。違和感を覚えたキンジが音の発生源を把握しようとした時、すぐに気づいた。自身がいつの間にやら砂金の竜巻に呑まれており、身動きを封じられているということに。

 

 

(しまった、閉じ込められた!?)

 

 今の自分の状況が非常にマズいことを察知しサァァと顔色を悪くするキンジ。床から巻き上がった一部の砂金がキンジの体に細かい傷をつけ始める中、キンジの両眼が捉えたのは、頭から流れる血をそのままに、己の体を治癒しながらゆらりと幽鬼のごとく立ち上がるパトラの姿だった。

 

 

「……やられましたわね。今のは、相当効きましたわ。万が一気を失った時のために意識を呼び覚ます程度の自動回復を設定していて助かりましたわ。……ふふふ、なるほど。カナさんは、遠山キンジさんの『これ』に負けたんですわね。勢いの力。思いの力。流れを我が物に引き寄せる力。ここぞという所でやらかす力。その力をもってここまで私を追い詰めるとは……さすがはカナさんの弟といった所でしょうか。……そうですわね。以前、貴方を取るに足らない存在だと評価しましたが、訂正します。貴方は、危険ですわ。私の計画に仇なす、第一級の危険因子。どこまでもどこまでも危険な存在。『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』のためにも、速やかに殺さなくてはなりませんわ」

 

 魔力を利用して大して時間を掛けずに怪我を治したパトラはスゥと手をしなやかに掲げ、約100本ものナイフを空中に生成する。砂金の竜巻という名の監獄に囚われたキンジには精々襲いかかってくるナイフ群を拳銃や小太刀などの武器で弾き飛ばすしか対処方法がない。だが、パトラにナイフの数をそろえられては万事休すなのは想像に難くない。

 

 

(けど、やるしかないよな)

 

 砂金の竜巻から自力で出ることの敵わないキンジは左手に拳銃、右手に小太刀を構えてナイフの弾幕に対して迎撃態勢をとる。一方、この瞬間をもって己の勝利を確信したパトラが花が咲いたような満面の笑みを浮かべつつ、ナイフ群を一気に解き放とうとする。

 

 

「ふふふ。それでは、死んでくださいま――ッ!?」

 

 が、その時。異変が起こった。何と、キンジたちのいる『王の間』が一瞬にして白銀の世界と化したのだ。床も、壁も、天井も、広々とした『王の間』に隈なく薄氷が張りつき、『王の間』はあっという間に氷に支配された肌寒い氷穴へと様変わりしたのだ。

 

 

(氷!? これもユッキーがやったのか!?)

(これは、また星伽白雪さんが何か仕掛けて……いや、違う。魔力が違いますわ。なら、これは一体――ッ!?)

「――ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)!」

 

 パトラが想定の遥か埒外な現象に周囲をしかと警戒しつつ氷の分析をしようとした時、どこからともなくビュッと鉛玉のように空気を切り裂く形で凍気を纏った三本の銃剣がパトラへと飛翔してゆく。その銃剣の不意打ちを事前に察知したパトラは一歩身を引く形で銃剣の襲撃をかわそうとするも、パトラの意志と反してパトラの足はまるで動かなかった。

 

 

(なッ!? 足が凍らされている!? いつの間に!?)

 

 咄嗟に足元に視線を落としたパトラは自身の足が氷によって床に縫い付けられていることに目を存分に見開く。自身がその場から動けないと知り、他の回避手段を講じようとしても時すでに遅し。風を味方につけてパトラへと一直線に進むパトラの銃剣三本はドスドスドスと、パトラの右肩・右脚・左脚に命中した。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 体に突き刺さった銃剣を抜き取り、銃剣が刺さった箇所から徐々にピキピキと凍りつく症状を魔力で解除しつつ怪我を治すパトラ。予期せぬ襲撃がパトラに向かったことで砂金の竜巻による拘束から解放されたキンジ。その2人の元に、今しがた『王の間』を氷漬けにしパトラに銃剣を投げつけた人物が姿を現した。

 

 

「――クククッ。残念ながら、今回死ぬのは遠山麓公キンジルバーナードではない。貴様だ、クレオパトラッシュ」

「え、ちょっ――!?」

「貴女……ッ!?」

「何だ、まるで蘇るはずのない死人を目の当たりにしたと言わんばかりに驚いているな、クレオパトラッシュ。そう、それだ。我は貴様のその腑抜けた顔が見たかったのだ」

 

 そう、前髪の一房だけが黒に染められた、氷のような透明性と美しさを兼ね備えた銀色の髪。右目がルビー、左目がサファイアのオッドアイで切れ長の瞳。これらの要素を併せ持った存在――ジャンヌ・ダルク30世――が、武偵制服に黒マントを装備した状態で姿を現したのだ。

 

 

銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、颯爽登場ッ! クククッ、クハハハハッ! ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

 

 まさかの人物の登場にビシリと石像のごとく固まるのみのキンジとパトラをよそに。ジャンヌはザッと床を力強く踏み、武偵制服の上に羽織った黒マントを得意げにバサァッとなびかせ、高らかに哄笑する。最初こそ笑いを堪えようとしていたものの、結局我慢できないと言わんばかりに肩をぷるぷる震わせて笑うジャンヌは今現在、最高に悪者の顔をしていた。

 

 かくして。交通事故(※バッと通ったトラックに轢かれる&どこからか降ってきた鉄柱に腹部を貫かれる)で致死量レベルの怪我を負い、入院中だったはずのジャンヌがなぜか怪我一つないピンピンとした姿で乱入してきたことにより、戦局はまた新たな一面を迎えるのだった。

 

 




キンジ→ブラドの姿を脳裏一面に染め上げることで任意のタイミングでヒステリアモードを解除する技法を身につけてパトラを追い詰めるも、最後の最後にパトラに逆転される辺り、まだまだ詰めが甘い熱血キャラ。あと、ヒステリアモードにしてはパトラの顔面目がけて発砲したりと容赦ないことをしてたように思えるが、ヒステリアモード中にキンジがパトラに放った攻撃は、キンジがパトラの様子をつぶさに観察し、パトラがしっかり避けることのできる範囲での攻撃だったりする。
パトラ→日頃から策略に秀でており人を罠にはめる性質ゆえに予期せぬことをやられると弱い貴腐人。言い換えればちょっぴりアドリブ力に欠ける子。今回の戦いを経てキンジへの評価が大幅に上方修正された模様。
ジャンヌ→まさかのタイミングで姿を現した厨二少女。もう大方察知できるかもだが、とある理由によりただいまテンションがハイになっている。

カナ「あれ? ここは私が登場する手筈じゃ――」
ジャンヌ「神は言っている。我は空気キャラになる運命ではないと!」

 というわけで、114話終了です。第四章の中で書きたくて書きたくて仕方なかったシーンの1つたるジャンヌちゃん乱入シーンがようやくかけて私個人としては大満足です。そろそろカナさんが登場すると思いました? 残念、ジャンヌちゃんでしたァ!(←うぜぇ)

 というわけで、次回は主になんで『王の間』にジャンヌちゃんがやってきちゃったかに関してのネタばらし回となります。お楽しみに。


 ~おまけ(ネタ:キンジくんがパトラさんの顔を殴れた訳・アナザー)~

キンジ「いっけぇぇぇぇええええええええええええ!!」
キンジ(これが、お前にボロボロにされたユッキーの分!)
パトラ「ガッ!?」
パトラ(なッ!? ど、どうして!? ヒステリア・サヴァン・シンドロームの状態で私の顔を殴れるなんて――)

 バックステップでキンジから距離を取りつつ、キンジを見やったパトラが見たものは、身長2メートル強ほどのやたら筋骨隆々の男だった。上へどこまでも伸びている黒髪はピラミッドの天井を貫かんほどの長さとなっており、その終わりが見えない。だが。その顔つきは、まさしく遠山キンジそのものだった。ちなみに。先ほどまで着ていたはずの防弾制服は下腹部を残してもれなく破れ去っている。

パトラ(え、は、え? なに、どういうこと? いつの間にか別人にすり替えてたとか、そういうことでして!? まるで意味が解りませんが……これは死にましたわね)

 フッと諦めに満ちた笑みを浮かべるパトラ。彼女がボッという効果音とともに打ち上げ花火よろしく遥か空の彼方まで蹴り飛ばされる数瞬前のことであった。


 ヒステリア・キンさん再来の巻。
 ヒステリア・キンさんが相手じゃパトラちゃんにはどうしようもないからね。仕方ないね。

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