【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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白雪「――炎と氷が両方そなわり最強に見える。この呪文をあらかじめ言っておけば超能力の威力が倍増するんだっけ、デュラちゃん?」

 どうも、ふぁもにかです。今回はユッキー編ということで、ユッキーとパトラさんとの戦いのお話となってます。ユッキーをここぞとばかりに輝かせるチャンス到来ということで、神回にしたい一心で気合い入れて執筆しました。結果、本編だけで9543文字となっちゃったわけであります。とりあえず無駄に盛大で派手なバトルを執筆したつもりなので、どうぞお楽しみください。



112.怠惰な白雪と美しい在り方

 

「ハァッ!」

 

 パトラによって思いのままに改造されてしまった哀れな新生アンベリール号。その甲板に築かれた巨大ピラミッド内にて。ちゃっかりジャンヌから氷の超能力(ステルス)を学び、氷壁聳(アイシクル・ウォール)によりパトラとの一騎打ちに持ち込んだ白雪はパトラへと一気に接近し、気合いの声とともに星伽候天流の初弾の技たる緋炫毘(ひのかがび)――聖剣デュランダルに炎を纏わせた上での斬撃――をパトラに放つ。

 

 しかし。パトラは白雪の袈裟切りを星伽神社から盗んだ色金殺女(イロカネアヤメ)を頭上へと持っていき軽く防ぐ。パトラのすぐ目の前でメラメラと燃え盛る炎をよそに、「甘い甘い、ですわ」と得意げに口角を吊り上げつつ、パトラは白雪の頭上にこっそり砂金で構築したナイフを用意する。

 

 白雪に切っ先を向けたそのナイフの数は実に50本。ナイフの構築時間はたったの2秒。いとも簡単に大量に凶器を生成したパトラが色金殺女を持たない左手で指パッチンをした瞬間、パトラの超能力で空中に縫い止められていた50本のナイフ勢が解き放たれ、重力に従って白雪の体を貫かんと急降下してきた。

 

「ッ!? ちょこっと凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)!」

 

 喰らってしまえば少なくとも致命傷不可避なナイフの雨。デュランダルの刀身にナイフが映ったことで頭上からの不意打ちを察知した白雪は、ナイフ流星群目がけてデュランダルを虹のアーチを描くように弧状に振るう。

 

 すると、白雪の描いたデュランダルの軌跡上に氷のヴェールが現れる。いかにも耐久性に難がありそうなほどに薄っぺらい氷は、しかし50本ものナイフの雨を見事に防ぎきる。氷の外側と内側とで自由に強度を設定できるジャンヌの技、凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)を白雪が上手く利用した結果だ。

 

 

(無傷で防がれましたか。この程度の小細工は通じない、と)

「やってくれるね、パトラちゃん」

「あらまぁ、よもや卑怯と罵るつもりでして?」

「いや。ただ、次はこっちの番だと思って、ね!」

 

 タタンと軽快なステップでパトラから少々距離を取った白雪は頭上に掲げたデュランダルに松明のように燃え盛る炎を宿すと、「緋火虜鎚(ひのかぐつち)・散!」とデュランダルを真一文字に振るう。直後、デュランダルに纏わりついていた炎が散弾の形でパトラへと放たれた。

 

 

(何をするかと思えば、また炎? 私の超能力との相性の悪さはカジノの一件で既に知っているはずなのに……何が目的かしら? それとも、まだ氷は使い慣れていないだけ?)

「無駄ですわ」

 

 相性が悪いとわかっているはずの炎で間接攻撃を仕掛けてくる白雪の意図がわからないまま、しかし表面上は余裕綽々とした表情でパトラは前方に黄金の丸盾――アメンホテプの昊盾(そらたて)――を1枚生成し、パトラの体目がけて一点に集中しつつある炎の散弾に悠然と備える。しかし。白雪の放った炎の散弾は宙に浮かぶパトラの丸盾に衝突する寸前でガクッといきなり方向転換し、真下の砂金の床へとめり込んだ。

 

 予想の遥か斜め上を行く炎のヘンテコ軌道に、お嬢様な見た目をしたパトラが「へ?」と素っ頓狂な声を漏らす中。パトラの丸盾を避けるように床へ激突した炎はボボボボッとパトラの側面を通り抜ける形で背後を取る。それと同時に散弾の形で分裂していた炎はパトラの背後で一気に集結し、パトラを背中から焼き尽くさんと炎柱を形成した。

 

 

「なぁッ!?」

 

 炎のヘンタイ軌道により背後を許してしまったパトラはバッと後ろを振り向き、同時に炎柱と自分との間にどうにか丸盾を滑り込ませる。虚を突かれたが、間に合った。内心、ホッと肩を撫で下ろすパトラ。だが、白雪の攻撃はここからが本番だった。

 

 

形質転換(スイッチ)

 

 白雪がポツリと呟いた刹那。パトラに迫りくる炎柱がピキキキッとひび割れたような音を引き連れたかと思うと氷柱へと一瞬で様変わりし、その硬度と勢いであっさりと丸盾をぶち抜いた。

 

「――ッ!?」

 

 心の隙を見事に突かれる形となったパトラは眼前のトンデモ現象に理解が追いつかないながらもどうにか身をよじって氷柱をかわそうとするが、パトラの回避行動よりも早く氷柱の先端部分がパトラの右肩部分をグサリと貫いた。

 

 

「ぐぅッ!」

「まだまだぁ!」

 

 右肩から全身へ即座に伝達される痛みにパトラが顔をしかめる一方、白雪は今こそ畳みかけるチャンスだとパトラへと一気に距離を詰める。対するパトラは右肩に突き刺さった氷柱を左手で無理やり引き抜きつつ色金殺女を左手に持ち替えて横薙ぎに振るう。簡単に防がれて然るべき、苦し紛れのパトラの斬撃。だがしかし、これまたパトラの予期せぬことに、白雪はあっさりと色金殺女によってその胴体が真っ二つに切断された。

 

 斬られた腹部を「え?」と呆然と見やる白雪。体勢を立て直すための時間稼ぎとしてテキトーに放った斬撃が白雪を致命傷に導いたことに同じく「は?」と呆然とするパトラ。しかし、驚愕に見開かれたパトラの眼は、今にも倒れ伏さんとする白雪の体からニュッと現れたデュランダルに左腕を斬り落とされたことによって限界までに見開かれた。

 

 何が起こったかわからないまま、斬り落とされた左腕の切り口を押さえて両膝をつくパトラ。どうにか事態を把握しようと前方を見やったパトラが見たものは、ヒラヒラと宙を舞う、真ん中に穴の開いた紙人形と、斬り落とされたパトラの左腕から色金殺女を回収して「よし、上手く取り戻せた」と満足そうにうなずく白雪の姿だった。

 

 そう、白雪はヘンタイ軌道を描く炎や形質転換(チェンジ・ステルス)――炎を氷に、氷を炎に瞬時に切り替える技――にパトラが後手後手の対応をしていて白雪自体への注意が疎かになっている間にちゃっかり紙人形を利用して偽者の白雪を作り出し、差し向けていたのだ。

 

 

「う、まさか偽者を差し向けていたなんて――」

「――ねぇ? 言ったよね、パトラちゃん? 私、今すっごくキレてるって。私の戦闘データを集めたくて敢えて偽者作って様子見してるんだろうけど……さっさと本体出してくれないかな?」

 

 現在進行形で左腕を斬られた激痛でいっぱいいっぱいだと言わんばかりのパトラに白雪は鋭い視線を注ぐ。すると。それまで苦しそうに顔を歪めていたパトラが一転、「あ、バレました?」と獰猛な笑みを浮かべ、同時にパトラの体が瞬く間に砂金の塊へと姿を変えた。

 

「……」

 

 ザザァとパトラを形作っていた砂金の塊が床へ落ち、小規模の砂煙が生じる中、白雪はいつどこから攻撃されても対処できるよう油断なく周囲を見渡す。パトラの能力で当初小規模だった砂煙が増幅され、白雪の視界を奪うこと数秒。これまたパトラが意図的に砂煙を解いた時、白雪は一瞬目を疑い、その後「え、ええええええぇぇえええ!?」と驚愕の声を上げた。

 

 無理もない。なぜならパトラの数が文字通り、増えていたからだ。それも軽く三ケタは超えそうなほどに、パトラが偽者を量産してきたからだ。

 

 

「ふふふ」

「どうですか?」

「私の生み出した偽者たちは」

「私が120人もいるというのは」

「圧巻でしょう?」

「うっわー。私、偽者1つ作るので結構労力かけてるのに……いいなぁ」

「そうでしょうそうでしょう」

「精巧に作られたこの砂人形」

「貴女に本物を見破る術はなし」

「さぁ」

「どうしますか?」

「本物を見分けられない」

「そんな貴女に勝ち目など」

「ほんの一握りも」

「ありませんわよ?」

 

 本人と瓜二つの造形をした計119体もの偽者を生成したパトラはどれが本物か白雪に悟らせないために短いセリフを次々とリレーさせる。一方、現時点でどれが本物かを見分ける術を持たない白雪は一時はパトラの能力の凄まじさを羨ましく思うも、すぐに気を引き締め「見分けがつかないなら、全部壊すまでだよ。本物を見つけられるまでね」と言い放った。

 

 

「おかしなことを」

「言いますわね?」

「そのようなことをしたら」

「すぐに力を使い果たして」

「しまうのではなくて?」

「無限魔力の恩恵を受ける私とは違い」

「貴女は有限なのですから」

「……私に超能力しか切り札がないだなんて思わないことだね」

 

 明らかに形勢が不利にもかかわらず、自身の勝利を疑わない白雪の様子にパトラが「減らず口を!」と声を荒らげ、本物を含めた計120体ものパトラが一斉に白雪へと駆けてゆく。対する白雪は一定の統率を保って近づいてくるパトラを見据えてデュランダルを巫女装束の帯に差す。その後。両手に持った色金殺女で居合いの構えを取り、目を瞑る。

 

「我流・刀舞楽奏(ソード・ダンス)。一閃、二閃――百八閃!!」

 

 そして。クワッと目を見開いた白雪は一つ、二つと白い弧状の形をした斬撃をパトラへと文字通り飛ばした(・・・・)かと思うと、次の瞬間には計百八もの飛ぶ(・・)斬撃をパトラにお見舞いした。

 

 

(なん、ですってッ!?)

 

 偽者の中に姿を隠すパトラが飛ぶ斬撃を目の当たりにして驚愕しつつも、自分が本物だと悟られないようにどうにか無反応を貫く中。ビュオオオオという擬音を引き連れて、中々の速度で白い斬撃の弾幕がパトラの群れへと襲いかかり、容赦なく偽者たる砂人形を砂塵へ変えていく。結果、本物含めて120体も存在していたはずのパトラ勢はほんの十数人にまで数を減らされていた。

 

 しかし。それでも上手いこと白雪の飛ぶ斬撃を喰らわずに済み生き残ったパトラたちは白雪への突撃を止めない。理由は簡単、白雪が己の切り札を切ってなお自身の偽者を全消去できなかったという事実が白雪にとって想定外であり、彼女が動揺しているであろう今こそが攻め時だと判断したからだ。

 

 

「ふふふ」

「今のはビックリしましたわ」

「しかし偽者を全て壊せませんでしたね」

「貴女に本物は見破れない」

「これで終わりですわ」

 

 十数体のパトラはそれぞれの右手に砂金を材料に瞬時に形成したロングソードを装備すると、眼前の白雪へ向けて振るわんとする。が、白雪が取った行動は一旦後退するでもなくロングソードを防ぐでもなく、色金殺女まで巫女装束の帯に差して無防備状態になるというものだった。

 

 

「ふふふ、今さら降参ですか?」

「遅すぎますわよ!」

星伽巫扇(ほとぎふせん)――風神駁(フウジンバク)!」

 

 高圧的な言葉を投げかけるパトラ勢を無視して、白雪は白小袖の中からバランと二枚の大きな扇を出し、大きく広げた白扇をもはや目と鼻の先にまで迫っていたパトラたちへと猛烈な勢いで振るった。瞬間、何もない空間に突如生まれた突風がパトラたちを全員残らず吹き飛ばし、その反動で白雪もついでに軽く背後に吹っ飛んだ。

 

 

「本当に」

「一筋縄では」

「いきませんわね……!」

 

 パトラ勢を一旦吹き飛ばした後、まだ暴れたりないと言わんばかりに猛威を振るう突風に足を掬われないよう必死にその場に踏みとどまるパトラたち。そして。がむしゃらに暴れまくる突風が消え去った瞬間、パトラが見たのは、自身のほんの目の前で「本物見っけ♪」とニコニコ笑顔を顔に貼りつけた白雪の姿だった。

 

 

「ッ!? な、なぜ私を見つけられましたの!?」

「簡単だよ。貴女の作る偽者は砂からできている。だから強力な風を当てれば、偽者からはパラパラと砂がはがれていく。だったら風を受けても砂が体から飛ばない奴が本物でファイナルアンサーってこと!」

 

 二枚の扇から1剣1刀に装備変更した白雪の放つ迅速の横薙ぎをその場にしゃがみ込むことで回避したパトラの動揺に満ち満ちた問いかけに白雪は勢いのままに回答する。その後。パトラが体勢を立て直さんとバックステップで白雪から距離を取りつつ、偽パトラたちを一気に白雪へとけしかける一方、白雪は追撃を選択せずに両手の白小袖を思いっきり振るった。

 

 

緋火星鶴幕(ひひほかくまく)!」

 

 すると。白雪の振るった白小袖から無数の折り鶴が飛び出し、その1匹1匹がすぐさま炎を全身に纏った火の鳥に変貌。火の鳥たちは偽パトラたちへそれぞれ特攻を仕掛け、衝突の瞬間に爆発することで偽パトラ勢をもれなく撃破し、砂へと還していった。

 

 

「ちッ!」

 

 ズドドドドンと派手な爆音とともに偽パトラたちを一掃してもなお数の残る火の鳥軍団は本物パトラにも直行し、接触と同時に爆発を起こす。しかし、パトラは咄嗟に黄金の丸盾を生成して身を守ったため、火の鳥の猛攻がパトラにダメージを与えることはなかった。

 

 巻き起こる砂煙。パトラはこの現状を利用してもう一度偽者を大量生産しようかと考える。しかし。なぜか背筋がゾッと凍りついたパトラはすぐさま超能力で砂煙を払い、視界を確保する。すると。デュランダルと色金殺女が正面から見えなくなるほどにデュランダル&色金殺女を背後に大きく振りかぶる白雪の姿をパトラの両眼が捉えた。

 

 

星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)、奥義――緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)双重流星(フタエノナガレボシ)!」

 

 大技が来る。そうパトラが確信するのと同時に白雪が1剣1刀を十文字にクロスさせるように渾身の力を込めて前方へ振り下ろした瞬間、刀剣から真紅の光が生まれた。その真紅の光は瞬時にX字の刃を形成し、目にもとまらぬ速さでパトラを四分割せんと迫ってきた。

 

 

「いいッ!?!?」

 

 この斬撃は絶対に盾では防げない。生半可な回避もまず間に合わない。直感的に悟ったパトラはすぐさま自身の真下の四方1メートル分の足場の砂金を隆起させ、トランポリンの要領で自分を空中へと吹っ飛ばす。そうして上空5メートル辺りまで盛大に吹っ飛んだパトラが眼下を見やると、ほんの少し前まで自分がいた場所を真紅の斬撃が通過し、隆起させた足場を難なく破壊している様子が展開されていた。

 

 

(あ、危なかったですわね……でも、これを回避できたのは大きいはず……!)

 

 パトラは冷や汗を流しながらもスゥと口角を吊り上げる。先の技が白雪の大技であること、そして白雪の超能力は自分と違って有限であることを踏まえた上で、パトラは自身の勝利がほぼ確実になったものと考える。しかし、白雪はまたしてもパトラの想定の斜め上を行った。

 

 何と、パトラの命を容赦なく刈り取ろうとしていた凶悪極まりない真紅の斬撃が白雪の形質転換によって突如凍りつき、その場に停止したのだ。

 

 

(え、斬撃が凍った? これは一体?)

 

 物質でないはずの斬撃が質量を伴ってその場に留まる。明らかに不可思議な現象にパトラが戸惑う中、白雪は氷像と化している真紅の斬撃が本来向かう先だった方向に回り込み、白雪はデュランダルと色金殺女を真横に振るう。

 

 

形質転換(スイッチ)、からの――」

 

 そして。デュランダルと色金殺女が凍った真紅の斬撃に当たる直前、白雪は凍っていた真紅の斬撃を元の状態に解放する。その後、再び一直線に動き出し白雪へと向かい始めた真紅の斬撃に白雪は「紅蓮爆裂弾幕群(クリムゾン・シューティングスター)!」と1剣1刀を叩きつけ、パトラのいる空中へと斬撃を弾き飛ばした。この時、白雪の姿はあたかも剛速球を全力で打ち返す4番バッターのようだった。

 

 

「な、なぁああああああ!?」

(いくらなんでもデタラメ過ぎるでしょう!?)

 

 白雪に方向転換させられたことにより、空中のパトラへと迫らんとする真紅の斬撃。白雪が力一杯1剣1刀を叩きつける形で方向を変えたせいで形が壊れたのか、真紅の斬撃は無数もの小さな炎の斬撃へと形状を変えてパトラへと一直線に迫っていく。一方、迫りくる弾幕を前に回避の術のないパトラは幾重にも幾重にも黄金の丸盾を展開して防御のみに一点集中する。これを防ぎきればさすがに白雪のスタミナも切れるだろうとの希望的観測を胸に必死に斬撃の嵐を耐え抜こうとする。

 

 ゆえに。炎の斬撃の弾幕やその斬撃を起点として発生する爆炎への対処で手一杯なパトラは気づかなかった。いつの間にか自身の視界から白雪が消え去っていることに。肝心の白雪がパトラの真下に陣取り、デュランダルを巫女装束の帯に差し、色金殺女で抜刀の構えを取っていることに。

 

 

「星伽候天流――緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)!」

 

 白雪は色金殺女を瞬時に抜刀し、刀から生まれた緋色の閃光を真上のパトラへと直撃させる。瞬間、パトラを中心として豪快に荒れ狂う炎の渦が巻き上がった。

 

 

「え……」

 

 下方から感じる圧倒的熱量にパトラが視線を下に向け、あっという間にせり上がってくる炎の塊の存在に気づいた頃には時すでに遅し。自由に身動きの取れない空中にいるパトラに炎を避ける術はなく、パトラの体は一瞬にして炎の渦に呑み込まれる。

 

 

「~~~ッ!!」

 

 かくして。炎の渦に呑み込まれたパトラの声にならない断末魔が辺り一面に響き渡るのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 白雪は色金殺女を巫女装束の帯に差すと、荒い息を整えるよりも先にへなへなとその場に座り込む。白雪の顔から玉のように汗が流れ出ている辺り、白雪がいかに消耗しているかが如実にわかるというものだ。

 

 

「もぉー、疲れた! もうヤダ眠いダルいゴロゴロしたいお腹すいたのんびりしたいアニメ見たい帰りたい立ちたくないのど渇いた冬眠したい……うぅぅ、疲れたよぉー」

 

 天を見上げて少々泣き言をまき散らした白雪は意識的に深呼吸を繰り返すことで息を整えることを努めつつ、徐々に収まりつつある炎の渦をボォーと見つめる。

 

 今回、白雪はパトラを殺す気で戦いに挑んだ。しかし、いくらブチ切れていたとはいえパトラを何が何でも殺したかったかと言われればそれは否だ。今回、そのような方針を取ったのは、あくまで白雪がパトラ相手では圧倒的に不利で弱者で、手段を選んでいるようでは絶対にパトラに勝てず、アリアを取り戻せないとわかりきっていたからだ。

 

 

(あとはキンちゃん次第だね。見た感じ、あの西洋狛犬(スフィンクス)は近づいたら動くタイプだろうけど……キンちゃん、上手く処理できてるかなぁ)

 

 白雪は分厚い氷の壁に隔たれた先へと視線を移し、キンジの身を案じる。いくら目を凝らしても氷壁の先が見えないことは理解している。それでも白雪は氷壁の先で奮闘しているであろうキンジを思い、ただただ氷壁へ視線を注ぐ。

 

 その時。白雪にとって最も聞きたくなかった声が、鼓膜を叩いた。

 

 

 

「――今のはかなり、肝を冷やしましたわ」

 

 ハッと目を見開いた白雪がバッと背後を振り向くと、その先には全身火傷でズタボロになりながらも、未だ余裕を持ってテクテクと近づいてくるパトラの姿があった。

 

 

「貴女はもう立つこともできないみたいですわね。となると、私の勝利は確定。ふふふ、中々に白熱した戦いでしたわ」

「え、どうして……」

「ええ、確かに。最後のあの技をまともに喰らっていれば、いくら私といえど戦闘不能は免れなかったことでしょう。ですが、星伽白雪さん。肝心な所で不幸(・・)にも私の位置を把握ミスして、私にギリギリ直撃しない場所に炎の渦を生み出したことに気づいておりまして?」

「……へ?」

「おそらく貴女の刀を握る握力が弱まっていたことも関係していたのでしょうね。ふふふ、不幸(・・)とは実に恐ろしいですわね」

「ま、まさか――」

「そう、そのまさか。先の戦闘中にこっそり呪蟲(スカラベ)で呪っておきましたの。万が一、億が一私が敗北しそうになったとしても、貴女を確実に破滅に導けるように、ね」

 

 緋緋星伽神をまともに喰らったにもかかわらず割と元気そうなパトラが信じられないといった表情の白雪に向けて、パトラは得意満面の笑みで種明かしをする。

 

 

「あと、言い忘れていたのですが……私、怪我も治せますの。ほら。近い将来、銀河☆掌握を成し遂げる私にとって体は資本ですもの」

「……」

「あぁ、服も焦げてボロボロになってますわね。せっかくのお気に入りレースワンピースだったのに……ここは自作の服で妥協するしかありませんね」

「……」

 

 パトラは己の魔力を使ってちゃっちゃと傷を修復し、服も砂金から作り上げた新たなドレスに新調する。そうして。傷一つない、戦闘前と何ら変わりない状態へと戻ったパトラはペタンと座り込んだままの白雪を見下ろして「さぁ、ここからが本番ですわ。第二ラウンドを始めてもよろしくて?」と笑みを深めた。

 

 

「……」

 

 一方。白雪は沈黙したままだった。その様子から戦意喪失したのだろうとパトラが判断した直後、白雪は「んんー!」という気の抜けた声を漏らしつつグイーッと背伸びをした。そして。「そっか。じゃあ仕切り直しだね。あーあ、せっかく倒せたと思ったのになぁー」とぼやきつつ、それでもゆっくりと立ち上がった。

 

 

「……驚きましたわ。この絶望的な状況下で、まだそのような力強い目ができるなんて。今の貴女ではもう私に勝てないとわかっているのでしょう? それなのに、どうして?」

「私は諦めの悪い人間になることにしたからね。例えどんなに劣勢でも、状況が絶望的でも、最後まで全力で足掻くって決めたんだ」

 

 ショボーンといった顔つきで、しかし心はまるで折れていない。そんな白雪を驚愕の眼差しで見やるパトラに白雪は辛そうに浅い呼吸を繰り返しながらも、パトラを鋭く見つめる。

 

 

 この時。白雪はキンジの言葉を思い出していた。

 

 ――何やってんだよ、ユッキー。勝手に諦めたりなんかするなよ。勝手に俺の前から消えたりなんかするなよ。寂しいだろうが。お前は俺にとって命の恩人なんだ! 一生かけたって返せるかどうかわからないぐらいの大恩人なんだ! だからさ。頼むから俺の元からいなくならないでくれ、ユッキー!

 

――そんな何もかも諦めきった顔してないでもっと足掻けよ、ユッキー! ここにはどこぞの星伽神社と違ってお前を縛るものなんて何一つないんだ! だから、ロクに抵抗もしないうちに全て諦めて人生棒に振るような真似すんな、ユッキー!

 

 かつて。何もかもを諦め、流されるままに生き、その延長線上でイ・ウーへと身を落とそうとしていた白雪の心を繋ぎとめた、キンジの必死の言葉を思い出していた。

 

 

 あの日。あの時。キンちゃんとアーちゃんに助けられて。

 その時に私は1つ心に誓った。これまでは諦めてばかりだったけど、これからは諦めたくないことは諦めないようにしようって心に決めた。

 

 だから。

 

 例え無謀だとなじられようと。例え愚かだと嗤われようと。

 私が私らしくあるために。私が私のまま一度きりの人生を楽しむために。

 

 

「――ここぞっていう所では、絶対に譲らないって決めたんだ」

 

 体はもう疲れきっている。

 まだ余力は残しているが、パトラちゃんへ勝てる見込みはもう存在しない。

 わかってる。そんなのわかってるけど。

 私はまだ立てる。私はまだ、剣を構えられる。

 私の心は、負けていない。

 だったら、諦める理由なんて――どこにもない。

 

 

「負けるとわかっていてなお抵抗する。それは醜いだけではありませんこと? 淑女の態度には程遠い行為にしか思えませんわ」

「醜くていいんだよ。ただ、私の大事な人たちにだけそう思われなければ、それでいい」

 

 白雪は再びデュランダルと色金殺女を構える。そしてデュランダルに氷を、色金殺女に炎を灯していつパトラが仕掛けてきても応戦できるように準備を整える。一方。漆黒の瞳にメラメラと戦意の炎をたぎらせる白雪を前に、パトラは無意識の内に「ほぅ」と感嘆の息を漏らしていた。

 

 

「……美しい、ですわね」

「あれ? 負けると知っててなお抵抗するのは醜いんじゃなかったの?」

「そんなことはありませんわ。先の発言は撤回させてくださいまし。貴女は今まで私が出会ったどの女性より美しく、気高い人……その美しい在り方に免じて、死なない程度に全力で叩き潰してあげましょう。そして。私が王となった時、貴女を私の懐刀として迎え入れることにしますわ」

「嫌だって言ったら?」

「無理やり手中に収めさせてもらいますわ。私、貴女のことをすっごく気に入りましたもの。さぁ、第二ラウンドを楽しみますわよ!」

 

 パトラは平然と白雪に好意をぶつけるとともに自身の周囲に無数のナイフ勢を生成し、白雪へ向けて一気に解き放つ。かくして。疲弊しまくっている白雪にとって絶望的極まりない第二ラウンドの火蓋が無慈悲にも切られるのだった。

 

 




白雪→非常に珍しいことに内心ブチきれ状態でパトラと戦った堕落巫女、もといおっぱいのついたイケメン。初見殺しな技をたくさん使ったとはいえ、無限魔力を手にした元イ・ウーナンバー2をたった1人で追い詰めるぐらいには人外領域に足を突っ込んでいる。また、ジャンヌの一件を経てパッシブスキル『不屈の心』を所持している。
パトラ→最初以外、白雪の攻勢に呑まれてばかりだった貴腐人。戦闘中は余裕があまりないため、口調が崩れたりしている。本編ではあまり目立たなかったが、ヤバそうな攻撃を察知し、回避するスキルについては地味にトップクラスだったりする。また『敵ながら天晴』って感じで白雪のことを認めることにした模様。


パトラ「ざんねん! 星伽白雪さんの冒険はここで終わってしまった!」
白雪「まだだ! まだ終わらんよ!」

 というわけで、112話終了です。いやホント、ユッキーカッコすぎるわ。ヤベェ、これは『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員登録が殺到するかもしれませんな、ええ。

 閑話休題。今回、パトラさんがユッキーを認めましたが、これって何気にジャンヌちゃんとユッキーとの対話と同じ流れなんですよね(※48話参照)。つまり、場合によっては今後「ユッキーお姉さま♡」とユッキーを心から慕い、ユッキーを巡ってジャンヌちゃんと低レベルな争いをするパトラさんの姿が拝める可能性があるわけですよ。何それ超面白そう。


 ~おまけ(その1 ユッキーが使用したオリジナル技説明)~

・ちょこっと凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)
→ジャンヌの凍結陥穽をユッキーなりにアレンジした技。氷の表側と裏側の強度を自由に設定できるドーム状の氷のバリアを一部だけ展開することで、使い勝手のいい盾として利用できる。ちなみに技名の由来はフランキーの『ちょっと風来砲』である。

・緋火虜鎚(ひのかぐつち)・散
→剣を真一文字に振るうことで剣に宿した炎を散弾として放つ技である。炎の軌道はある程度は白雪が誘導できるため、これまた使い勝手のいい技である。とりあえず相手を牽制したいなんて時に使うのがベストかも?

・形質転換(スイッチ)
→炎を氷に、氷を炎に変えるというテラチート技。これを利用することで敵を存分に翻弄させることができる。この技を思いついたきっかけは『うえきの法則』の『電気をお砂糖に変える能力』を使った某敵キャラさん。あの子の戦い方は当時「すげぇ! こんな戦い方があるのかッ!」って感動した思い出があったり。

・我流・刀舞楽奏(ソード・ダンス)
→『一閃、二閃』と軽く斬撃を飛ばして肩を慣らすことで無数もの斬撃を瞬時に放つことのできるチート技。物量で相手を圧倒したい時に使うと便利な技である。ちなみに、今のユッキーが一瞬で繰り出せる飛ぶ斬撃の最大数は二百十六、恐ろしい限りである。ところで、この技は私がただいま絶賛エタり中の二次創作『木場きゅん奮闘記』に出てくるオリキャラことフィルシー・カーマインから輸入してきた技だったりする。

・紅蓮爆裂弾幕群(クリムゾン・シューティングスター)
→『緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)双重流星(フタエノナガレボシ)』で生み出した真紅の斬撃を一旦形質転換で凍らせることでその場に留まらせ、斬撃の向かう先へ回り込んだ後にもう一度形質転換で真紅の斬撃に戻してから1剣1刀を思いっきりぶつける形で真紅の斬撃の向かう先を方向転換させる技。その際、斬撃が分裂し弾幕のように相手に炸裂するのでよほどの実力者でなければこの技に対処するのは不可能である。

 このユッキーのオリジナル技を見てると、ホント色んな状況で応用できる汎用性に優れた技ばっかりですね。さすがはユッキー。


 ~おまけ(その2 本編で使ってもらおうか非常に悩んだけど結局ボツにした技)~

白雪「緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)二重極(フタエノキワミ)!」
パトラ「? 何を――」
白雪「アァーーッ!!(←1剣1刀を捨て、なぜか顔芸をしながら素手で殴りかかるユッキー)」
パトラ「ッ!? 貴女、一体何がしたいんですの!?(←ユッキーの突飛な行動に困惑する人)」

 ユッキー、全力で顔芸をするの巻。
 でもユッキーなら例え顔芸をしても可愛いだけな気がするけどね。

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