転生者についての考察   作:すぷりんがるど

37 / 40
少し駆け足気味だった気がしますが最終話。

長い間、更新停止してしまい申し訳ありません。

この作品を読んで下さった読者様方、貴重な時間を本当にありがとうございました。


考察その35~とある兄弟への考察~

 転生したと自覚した時、少年は歓喜していた。これで陰鬱とした記憶から抜け出せると。どうしてひきこもったか、なぜひきこもったか、そんな理由は考えたこともなかったが。

 

 魔法世界に辿り着いた時、少年はまた歓喜した。英雄になれると、誰からも称賛され持て囃される英雄になれると。年の頃も五つほどの少年は純粋に信じていた。

 

 戦争に参加した時、少年は己の迂闊さを呪った。初めて人を殺した。有象無象と凡人をなぎ払える力を行使して、柘榴のように頭蓋が弾け飛んだ。

 

 初めて人を殺した時、少年は毎夜毎夜と悪夢に魘された。前世がどうかは知らないが、今世はごく普通の一般人として孤児院に引き取られた少年だ。食うに困った訳でも、生きるために仕方なくでもなく、ただの英雄への憧れで人を殺した少年の精神は悲鳴を上げていた。

 

 紅き翼に入った時、少年は救われたと思った。英雄――間違いなく英雄の集団に入れて、きっと彼らは相手を無力化するだけで殺すことはないと、これで毎夜の悪夢に魘されることもないと。世界はそんな砂糖菓子のようには甘くなかった。

 

 殺した数がわからなくなった時、少年は心の殺し方を覚えた。羽虫を殺すのに心を痛める人間は少ない。羽虫を潰すように、ただ煩わしいと理由をつけて。英雄と呼ばれるのも、そうけたたましく羽音を立てる羽虫どもも、少年にはただ煩わしかった。

 

 少年がもうこんなことをやめようと思った時、少年の性格がそれを許さなかった。めんどくさがりで、めんどくさがり屋の、面倒事が嫌いな天津神零児という人格がそれを許さなかった。這い出す努力が面倒だった。

 

 少年が世界の敵と相対した時、少年は世界の理を知った。造物者に傘下に入れと誘われて、しかし誘いに乗れば人形であることを認めてしまい、少年はただ暴れることしかできなかった。泣きじゃくる子供のように、無様な姿で。

 

 少年が青年になった時、天津神零児は天津神零児として完成していた。めんどくさがりで、努力も嫌いで、鈍感で、仲間のピンチにはスゲー力を出して全部をひっくり返しちまう熱い男として。

 

 青年が麻帆良学園を訪れた時、青年はオリ主だった。それしかもう、青年の進む道は残されていなかった。テンプレで、最低系で、非難の嵐を受ける存在として、思うがままに生きるしかなかった。

 

 青年が兄と再会した時、青年は――

 

 

 

 

 

「何故我にそのようなことを言った!」

 

 モニターの向こう、空を仰いで威風堂々とギルは宣言した。だが金色の髪が揺れ、紅色の瞳が揺らぎ、声が震えているのを男は見逃さなかった。己の矜持を二度と折らないために溢れ出す感情を抑え込んでいるのが手に取るように解る。

 

「さぁ、なんでだろうね」

 

 だから壮年の男は額に巻いた手拭いに触れながら、おどけた口調で返した。

 暴虐を振るっていた天使はその影を潜めるように膨れ上がった威圧感を萎ませ、それと相対していた鬼は悩み耽ったかの様子で自分の手のひらを見つめていた。

 

「どっちでも良いよ」

 

 そんな中、肩に乗った枯れ葉でも払うかのように、軽い口調で返したのは一人。淀むでもなく、揺らぐでもなく、躓くでも押し返されるでも立ち止まるでもなく、ただ零児を見つめながらそう言い放った。

 

「転生者とか、人形だとか、俺にはどっちでも良い」

 

 壮年の男は口元が緩むのを如実に感じ取った。一人が口を開くたびに、頬はどうしようもないほどにだらしなくなっていく。

 一人は腕を突き出し、開いた手のひらを強く握って拳を作る。まずは右拳、次いで左拳。踏み出す足は力強く、一歩一歩と零児の方へと近づいていった。

 

「ただ逃げることなく、弟を受け止めてやる。俺のやることはそれだけだ」

 

 迷いひとつ無い曇りなき表情で、一人はずいずいと歩を進める。その背中は決意の強さを雄弁に語り、後へと続く者たちの道標となった。

 

「我が友の言うとおりだ! 我が名は田中ギルガメッシュ! 鈴の音響く一輪花の英雄であるぞッ!」

「俺も、変わらないさ」

 

 震えの止まった腕を組み、高らかに笑いあげるギル。開いた手のひらに想いを乗せて、やさしく握りしめた範馬。二人もまた踏み出して、一人の後を追っていた。

 その光景がただ愛おしくて、柔和な笑顔が男の顔に浮かんだ。

 

「強くなったねぇ、あのちっぽけな少年が」

 

 思い返すのは二十年ほど前のこと。守ると誓った意志は強く太く育て上げられ、曲がることなく一人をまっすぐ立たせていた。

 

 男はマイクを握り締めて、ゆっくりと口を開く。

 

「それとさっきの質問に答えるよ英雄くん。俺は君たちみたいな人間が、俺の出した答えを越える人間が――大好きだからさ」

 

 ぱちりとマイクの電源を落とし、男は踵を返した。地面には星型オブジェの付いた杖。それを拾い上げ、埃を払って落とすとうさぎに向けて差し出した。

 

「さて、君たちはどうする?」

 

 受け取るうさぎの手はしかと、柄を離さず捕まえていた。気や魔力を自分ではほとんど持っていない男ではあるが、杖を伝ってくる力がそれだと認識できた。静かに、だが力強く、男の肌を刺激した。

 

「教師は生徒を成長させ、生徒は教師を成長させる、か。私もまだまだだな」

 

 自嘲気味に薄く、しかし清々しい笑みが男には見て取れた。

 

「君はどうする、暗き万華鏡」

「わたし、は……私にも、大事な人が……居るから」

 

 訊ねてみれば必要もないほどに、イタチの眼には小さいけれども炎が宿っていた。

 剣持てぬ英雄、星の担い手、暗き万華鏡、優しき鬼神。かつて男が少年だった一人に提示した四人は、時を越えてこの場に集結している。勿論、このダイオラマ球の中に招待しようとして学園長に働きかけたのは自分である。

 それでも、いつどの瞬間でも、一人を含めた五人が道半ばに足を折り、二度と立ち上がることが出来なくなっていても可笑しくなかった。それだけの業を背負い生まれた五人なのだ。扱えない自分に、変われない自分に、背負ってしまった自分に、犯してしまうかもしれない自分に、届かない自分に、絶望しても可笑しくなかった。

 

 だが折れなかった、立ち向かい続けた五人だ。

 誰も残さずこの場で死ぬ――と自分が出した答えに、風穴を開けた五人だ。

 偽りかもしれない世界で生まれ、それでもこの世界で生き抜くと決めた五人だ。

 

 男にはその姿が酷く美しく見えた。あらゆる財宝も、どんな美女も比類ないほどに、足掻く彼らは美しかった。故に男は考えた――約束を守り、世界で一番カッコイイ賢者が仲間になるべきなのだろうと。

 

「だったら大切なモノを護るために、俺に力を預けてみないかい?」

 

 そうすれば自分自身への答えも、いつか超えてしまえるような気がしたから。

 

 

 

 

 

「零児ィッ!」

 

拳を握り、左足を前へ、右足を後ろへ、身体を閉じるように足を地面に置いてつま先が相手を捉える。肩に沿って上げられた左の手の平は相手を掴むように開かれ、右腕は腰辺りに、力を抜いて添えられていた。呼気を整え、気合を練り合わせて深く大きく吸い込んで吐き出す。何千何万と反芻させ、身体に沁み込ませた形意拳の型。その日放たれた中段突きは、これまで一人が放ったどんな拳よりも滑らかに突き進み、目標の腹を貫いた。

 呆けた零児の意識を覚醒させたのは、気も魔力も通っていない一人の一撃によるものだった。

 

「絶望したのか、そんな下らないことでッ! だったら好きなだけ暴れろッ! 発散しろッ!」

「テメェ……だから調子に乗ってんじゃ――」

 

 腹を射抜いた拳。だがまるで零児は堪えていないようで、反撃の拳が迫りくる。速く、性格に顔面に狙いを定めた零児の一撃。だがそれよりも疾く、一人の後方より放たれた範馬の巨拳が零児の顔面を撃ち抜いた。

 

「思いっきりぶちまけて、空っぽになるまで中身ひねり出して、菓子折り持って謝りに回ろう」

 

 そう告げるや否や、背筋を凍らせるような冷気が二人の間を駆け抜けていく。ぱきりという音を耳にして、氷が空間を貪り始めた。締め付ける蛇のように一人と範馬を覆い、鼻先に氷が触れる。だがそこから先、氷は浸食を続けることが出来なかった。一人の眼前で灯る黒い小さな鬼火。それは氷に張り付き、一息に冷気を飲み込んだ。

 

「俺は人殺しだッ! 数え切れねェほどに、引き返せねェほどに殺しまくったんだよォッ!」

 

 気と魔力を混ぜ合わせた純粋な暴力が、巨大な弾丸となって真上から堕ちて来た。世界樹の幹ほどあるのではないかという極太のレーザーは、抵抗しようと剥がされた大地を尽く塵へと還元し、勢いますます盛んに突貫してきた。

 

「だが俺は人形だ。世界の勝手な願望で造られ弄ばれた可哀想なお人形……逆襲したって、反逆したって、なにも可笑しくねェだろうがァッ!」

 

 範馬に抱えられ、跳び逃げようとするが僅かに遅く。飲み込まれるという確信が瞼に重くのしかかる。それでも意地で見開いた一人の眼は、星光が奔るのをしっかりと目撃していた。的確に星型の盾は範馬の足元に現れ、新たなる足場となって太い脚の筋肉を脈動させた。

 

「一人殺したなら十人救えば良い、十人殺したなら百人救えば良い」

 

 悲痛な零児の泣き声に、一人は答えを返す。幼子へと送るようにやさしげに、目上へと送るように尊敬の念を込めて、弟に送るための言葉は親愛に満ち満ちていた。

 

「過去は変えられない……変えられるのは今この瞬間、この先の未来だけだ。ひき返さずに、逃げ出さずに、背負って歩き出せば良い」

 

 人口の太陽を背負い、天より迫りくるは零児。剣の柄を両手に持って、振りかざし急降下してきた。迎え撃とうとするのは黄金の剣を持ったギル。その腕を、身体を背後から範馬に支えられてジッと零児を睨みつけている。

 交差する視線はぶつかり合うばかりで、双方いずれも譲ろうとはしなかった。

 

 だからこそ、一人は何ら躊躇いもなく火花散らす二つの剣の間に躍り出た。

 そしてやんわりと口を開いく。

 

「俺が半分背負ってやるからさ」

 

 迫る剣は勢いを止めず、頭皮から頭蓋、頭蓋から脳症、脳症から首骨、首骨から背骨、背骨から胃、胃から小腸、小腸より肛門を抜け、唐竹に一人を二つに割った。

 

 斬り裂かれた、と確信が持てた。右眼が左半身を、左眼が右半身を、割られているはずなのに変に冷静な気分で二人の自分を一人は見つめていた。

 そしてその理由は、すぐに解った。他でもなく、自身に起こった異変によって。

 

「とある組織にとらわれて、自分の意識を乗っ取られ、剣は兄へと降りかかる」

 

 舌も咽も綺麗に二分割。だったらどこから声を出しているのか非常に不思議だったが、一人には声が出せた。引き攣るような音が、どこかで聞こえたのは嘘ではないだろう。今の一人は非常にスプラッターだった。

 

「斬り裂かれ、倒れ伏し、心臓が止まった時に奇跡が起きる」

 

 それでも声は止まらなかった。止まらないというより、一人は止めたくなかった。聞かせてやりたかった相手が目の前に居たのだ。

 

 声に合わせて奇怪な現象が一人を襲っていた。例えるならば黒い闇を球状にしたようなもの。腹の中から現れたそれは、天津神一人だった総てのパーツを、ギルや範馬の服に沁みついた血すら余さず飲み込んで膨れ上がった。

そして大凡一分にも満たない時間――だが妙に長く、妙に懐かしく、間違いなく嬉しい時間が過ぎた頃、闇から漆黒が這い出した。

 

「弟と同じ三対六翼の翅、弟とは対照的な漆黒の翼」

 

 髪色はいつもよりずっと深いところにある黒とすり替わり、背からは口にした言葉通りの――鴉に酷似した――翅が生えていた。

 

「ルシフェルが担った死剣ライヴ。すべてを許し受け止める懺悔の剣」

 

 右手には全く零児が持つ剣と全く同じ形で、全く異なり切っ先から柄まですべて黒い剣が握られていた。

 唖然とした零児の容貌。その彼へと向けて、薄く微笑みながら一人は告げた。

 

「偽りの記憶かも知れなくても、たとえ人形かも知れなくても、俺は覚えているさ。なんたって俺たち兄弟の大事な思い出だもんな」

 

 鼻を掻き、溜め息をひとつ。一人は零児目掛けて剣を振った。腹で受ける心積もりか、身体と剣との間に零児は自身の剣を滑り込ませた。

 しかしそれは何の意味もなさず、宛ら刀身をすり抜けるように奔った一人の一撃は、袈裟掛けに零児の身体を斬り裂いた。

 

 

 

 刹那、ぱんとかしわ手のような音が響き渡り、零児の魔力が弾けた。白い翅は夢幻のように消え、剣も何もかも消え去っていた。

 

「……なんだよ、それ。結局兄より優れた弟はいねェとでも言いたい訳か?」

 

 太股を打ちすえ、自棄したように吐き捨てた零児に一人はかぶりを振った。

 真っ直ぐに、逃げることなく弟を見つめながら、兄は照れ臭そうに口を開いた。

 

「兄は見栄っ張りなものだからな、弟の前じゃカッコつけたいのさ。弟が居るから、兄はカッコつけられるんだ」

 

 漆黒の翼も剣も消して、生身の一人は生身の零児と向き合った。

 

「絶望したならまず俺を壊してからいけ。総てを壊したい、ってのは総てを受け止めてもらいたいって事だろう?」

「人形が……兄貴面しやがってよォ」

 

 踵を返し、背中を向けた零児の顔は一人には見えない。

 だが今はこれで良い――そう一人は感じていた。

 

 青年が兄と再会した時、青年は弟になった。

 双子の兄と弟は、兄弟となり、世界で唯一の家族となったのだ。

 

「とりあえず謝って、謝って、頭下げたら俺のアパートで酒でも一緒に飲むか?」

「……カルアミルクならな」

 




ちなみにエピローグを一話この後に書くので、もうちょっとだけ続きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。