転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その24~舞台の裏方~

「相変わらず騒がしいクラスだな」

 

「それがウチのクラスの取り柄だと思い始めたのですよ」

 

超神水と描かれた紙パックジュースを飲みながら、私は頭一つ以上小さな少女を見つめる。

 

麻帆良女子中等部3-Aに所属する綾瀬はいつものようなじとっとした視線を廊下にやっていた。

 

修学旅行二日目。

 

旅行による有り余るテンションは時間を問わず、すっかり日の沈んだ今でも生徒の興奮はさめることなく続いている。

 

「新田先生の言っていた事はクラス全員知っているはずだな」

 

「……まぁ、そうです」

 

少し口ごもって、綾瀬は答えた。

 

「主導は朝倉か? 春日か? 鳴滝姉妹か? あるいは明石か椎名か――誰だろうと構わんが、わかっていてお前たちは騒いでる訳だ」

 

「はいです」

 

今度はすぐさま私の問いかけに綾瀬は答えた。

 

綾瀬は何かを気にするように周りの様子をうかがっている。

 

明確な目的を持って、何かを探しているように見えるが――視線の散らし方から想定するに監視カメラだな。

 

成程、主導は朝倉。

 

監視カメラを使ってこの宿全体をモニターしているのか。

 

相変わらず無駄にスペックの高い人間がそろっているクラスだ。

 

それと宿全体に張り巡らされている魔力――この波長から推察するに仮契約の魔法陣。

 

私自身は仮契約どころか――と、それはここでは問題ではない。

 

ともかく仮契約を行っているところを見たことがあるから、十中八九間違いないだろう。

 

そう考えるとネギ先生の相棒であるオコジョ妖精も一枚噛んでいるのか。

 

――ああ、胃が痛い。

 

このクラスの何人に魔法をバラす気なんだ?

 

既に神楽坂には魔法がバレているというのに、こんな大々的に魔法陣を行使していれば勘が良いヤツは異変に気付くぞ。

 

その上今は修学旅行中。

 

麻帆良学園全体を覆う認識阻害魔法の効力もない。

 

一緒に引率に来た魔法先生である瀬流彦先生がいちおうこの宿にも認識阻害魔法の陣を敷いているとはいえ、麻帆良よりも遥かに魔法がバレやすくなっているというのに。

 

学園長は何を考えているんだ?

 

もう寧ろこのクラスの人間に魔法をバラす魂胆なのか?

 

もしもそうなら看破出来かねることだが――

 

確かに慢性的な人員不足に麻帆良が悩まされているのは事実。

 

私や刀子やシャークティ、麻帆良の教師陣が体力的な問題も兼ねていつまでも前線に立つ訳にはいかないのも理解できる。

 

魔法使いを――裏世界でそれなりな実力を持つ優秀な人材を求めているのは理解できる。

 

世界有数の霊地のひとつである麻帆良には他所で見受けられる魔物よりも高位の魔物を惹きつけるから、半端者では扱いに困るのも理解できる。

 

だとしても――こんなやり方は強引過ぎやしないか?

 

「星野先生」

 

キリキリと痛みだす胃に薬が欲しくなってきた頃、隣から綾瀬の声がかけられる。

 

その顔は何時ものようなポーカーフェイスの面を被っているが――端から洩れ出す心配そうな雰囲気が隠し切れていないぞ。

 

「星野先生も学生時代ははしゃいだはずなのです。ですのでここはひとつ寛容な心で対処して頂けると嬉しいのですが……」

 

「暗にそれは正座を辞めさせてくれ、と言っているのか?」

 

「いえ、私ではなく今イベントに参加している人についてです」

 

ぴっちりと姿勢よく背筋を伸ばした綾瀬は、そう私に告げた。

 

「星野先生好みの魔法少女物、いくつか面白いのを見つけたのです」

 

取引を仕掛けてきたぞこの女。

 

――綾瀬の紹介してくれる魔法少女物の小説は私の心にグッとくるものが多い。

 

多くのそれを前世で読み見た私だが、この世界で設定やストーリーに似通ったものはあれ同じものを見たことがない。

 

だからこそ新鮮で、だからこそ今捧げられた提案は非常に魅力的なのだが――

 

「情報源はお前だけじゃないんだよ、綾瀬」

 

「この機会を逃せば読めなくなるかもしれないのですよ?」

 

「その時は全力で探すさ。小娘風情が大人を舐め過ぎるな」

 

なんたって倍は生きているからな。

 

あ、言ってて悲しくなってきた――酒が欲しい。

 

私の言葉に綾瀬はしゅんと口をつぐむ。

 

だがその目は私を止めることを諦めたようではなく、寧ろ何かまるめ込むための言葉を探しているようで。

 

授業の時もこんな集中力を発揮してくれたらと私は関係のないことを考えていた。

 

しかしまぁ、ここまで友達のことを――仮契約の魔法陣発動条件から推察するに宮崎だろう――想う綾瀬の姿を見ていると、あまり厳しく言い切れない気持ちもまた私の中にある。

 

「安心しろ、朝まで正座などとはいわん」

 

そう短く言い棄てた私は、監視カメラの方を向いていつものような教師としての表情を作る。

 

「朝倉、並び3-Aの生徒に告げる。今すぐ馬鹿騒ぎを辞めて部屋に戻れ、私はこれから十分少々花を摘みに行く。その時も続けていたのならば――覚悟しておけ」

 

わざと硬い表情のまま、無理矢理に口の端を持ち上げて、私は監視カメラへと宣言した。

 

くるりと踵を返すと、正座している綾瀬の肩にポンと手を置く。

 

「お前も部屋に戻れ」

 

「はいなのです。それまでに終わらせるのですよ」

 

コイツは――珍しく笑ってみせてこんな言葉とは――大物だな。

 

学園長がこのクラスの人間を魔法関係に引き込みたい理由が何となく解る気がするよ。

 

もちろん、教師という観点からすれば諸手を挙げて賛成する訳にはいかないが。

 

――さて、では宣言通り花でも摘みに行くか。

 

「ところで綾瀬、お前たちがやっているイベントに天津神先生は一枚噛んでいるのか?」

 

「いえ、シャレでは済まない気がしましたので却下されたのです」

 

そうか、それならば安心した。

 

変な男に引っかかるようなヤツらはいないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――黒が世界に落ちていた。

 

視界も定かになりきらない、光の遠い闇の中で、私は天津神先生と対峙していた。

 

遠くで強い魔力が感じ取れる。

 

この波長はウチのクラスの近衛のものだろう。

 

「どこへ行く気だ?」

 

出来るだけ強い口調で私は問いかける。

 

全身からは力を抜いて、しかし感覚からは決して天津神先生を外さないように。

 

白い川が黒の中に浮いていた。

 

朱と蒼はいつものように強く輝き、闇の中では不気味さすら私に抱かせた。

 

「どこってもちろん生徒のとこですけど何か? ピンチの生徒を助けようとしてるんですよ――めんどうなアンタに構ってる暇とかはねーんだけど」

 

いつものようなダレた口調を天津神は私に投げつける。

 

その言葉はどう考えても、どう感じても、邪魔をするなと言っている風にしか捉えられなかった。

 

「ピンチの生徒とは?」

 

私の声は先程よりも硬くなっていた。

 

感覚も鋭敏になっている気がする。

 

そうさせるだけの鋭さを、ふにゃけているはずの音は持っていた。

 

「刹那に木乃香だよ」

 

「ほぉ……二人がピンチだと貴方は知っているのですか。実に不思議な話だ」

 

「――あァ?」

 

発せられる言葉もまた、剥き出しのナイフのような鋭さを持ち始めていた。

 

思わず胸元のペンダントへと魔力を込めそうになる。

 

だがその衝動を必死に耐え、木々が生い茂る森の中――関西呪術協会総本山で私は天津神の言葉を受け止めた。

 

――生徒たちの楽しみである修学旅行も折り返し地点を越えた。

 

三日目の夜、私は瀬流彦先生に口裏合わせを頼み、生徒たちが泊る宿から抜けて天津神を待ち伏せていた。

 

天津神は本日の昼頃から行方が知れなかった。

 

何でも旧友に会って来ると源先生に言い残して姿を消したそうだ。

 

曲がりなりにも副担任として、引率の大人として、その行為はどうなんだと半日かけて説教してやりたい。

 

だが今はそんな事はどうでも良い。

 

重要なのは目の前の天津神をどう引き止めるかという事と――魔法生徒である田中が言っていたことが真実だったという事。

 

成程、理解したぞ、納得もした。

 

――この男は誰しもが考えるであろう自分に都合の良い世界の自分の妄想なのだな。

 

「私に敵意を向けられても困るんだがな」

 

「腐った正義信奉者が俺に指図してんじゃねェ」

 

「なんて言おうとも構わん。だからとりあえず私の話を聞いてくれ」

 

針のむしろに立たされたような、断崖絶壁の窮地に立たされたような、そんな感覚が私の背筋を冷やす。

 

純粋な敵意が、拒絶心が、私の防衛本能を刺激する――が、駄目。

 

ここで私が拳を握ればすべてに意味がなくなる、私は邪魔をするための現れたと宣言することになる。

 

そうなっては駄目なのだ――足止めすることが私の大事な役割なのだから。

 

――私は転生者だ。

 

そしてこの世界には私以外の転生者がいるらしい。

 

目の前の天津神、この男の兄、それと神多羅木先生の弟子である田中。

 

解っているだけでは私を含めたこの四人が転生者だ。

 

らしいではない――そうなのだと確信した。

 

確信したのは今この瞬間のこと。

 

前世では麻帆良という地名がなかっただとか、死んだ際に光を見ただとか、そんなもしかしたら後付けできるような言葉にではなく。

 

実際に田中が予知した未来像によって、私は私以外にも転生者がいる事実を認めた。

 

――田中は当ててみせたのだ。

 

京都行きの新幹線の中に刺客が紛れ込んでいることを、一日目の昼に酒によるトラップが仕掛けられることを、その日の夜にネギ先生が刺客と戦うことを、二日目の夜に大々的に仮契約を結ぶためのイベントが起きることを。

 

そして今日、三日目の夜、復活する鬼神を天津神が粉砕するために関西呪術協会の総本山に現れることを。

 

私は腫れものを扱うよう慎重に、言葉を選別する。

 

目の前で爆発しそうな危うさを持っている男は――英雄と言う名のバケモノだ。

 

「まず問題の根幹を素直に告げよう――これは役者とシナリオが決まった出来上がった舞台だ」

 

「なん……だと……?」

 

よし、喰い付いた。

 

あとは上手く吊り上げるだけ。

 

ここは大丈夫なはず――この男は主演俳優であるネギ先生と懇意にしているからな。

 

「麻帆良学園が修学旅行という形で生徒を京都へと向かわせるようになったのは麻帆良学園都市が成立した年からのことだ。麻帆良という世界有数の霊地に明治時代、文明開化のためとはいえ日本は異国の技術を持つ異国の民の拠点を置いた」

 

とりあえず聞く耳は持っているようだ。

 

天津神は私の方をしっかりと見ている。

 

「だがそのことが旧くから日本に居る術者たちと異国の術者たちの間に不和を生むことは目に見えていた。故に事態を重く見た初代麻帆良学園の長は旧くからの日の本の術に尊敬の念を持っていることを示すため、生徒と若い魔法先生を京都に向かわせることにしたのだ。魔法生徒の一人に融和を目指すといった内容の親書を携えさせて、日の本の術者の長の前で頭を下げさせるのが百年ほどと習わしになっている」

 

「じゃあなんで仲良しさんたちが襲撃しあうんですかァ? メンドクセェ、意味がわからねェ」

 

「どこの組織にも過激派がいるということだ――この習わしは現代では組織の膿を取り去るための手段としても使われている。親書の配達役に出来るだけ有名な、あるいは有能な魔法生徒を選ぶことで餌とし、ワザとアクションを起こさせ一網打尽にする。無論、それまでの下調べも完璧にしての話だがな」

 

現に天ヶ崎千草が今回の親書配達において襲撃してくるだろう、ということは麻帆良での魔法先生たちによる会議で通達されていた。

 

まぁ当り前のように天津神は参加していなかったが。

 

今頃きっと予想以上にすんなりと進んだ作戦に、踊らされているということも知らず踊り狂っていることだ。

 

天ヶ崎千草自身は、彼女をバックアップしている己の利権の身を求める俗物に使われているだけの存在。

 

だとしても、幾ら復讐のためとはいえ、実行犯を無実放免と言う訳にはいかない。

 

組織管理のためとはいえ、実に虚しい話だ。

 

「だからピンチだが、本当にピンチではないんだ。高畑先生も京都を訪れているし、神鳴流の師範たちにも要請を頼んでいる。故に私たちはここで舞台が終わるのを待っていれば良いんだ――次世代の英雄がライバル見つけ、剣士と共闘し、姫を助け、師に出会うという舞台を」

 

私の言葉が終わると、天津神からの返答はしばらくなかった。

 

「麻帆良学園が定めた道はここまで、ここからはネギ先生自身の道だ。私も親書の運搬役に選ばれてこの地で戦った。将来を期待されている者へとチュートリアルだと考えれば――」

 

補足しようと私は言葉を続けたが、それは不意に爆発した天津神の威圧感により最後まで紡ぐことを許されなかった。

 

大気が歪むほどの魔力――それが天津神から立ち上っていた。

 

「そうやってテメェらは自分の都合の良い解釈をする――そして勝手にレールに乗せようとする」

 

「それは違うぞ天津神先生。私たちが行うのは教師という立場として教え導かねばならないところまで連れていくことだけだ」

 

そう反論するが天津神先生の色に違う双眸に私の想いは焼かれ凍え付かされる。

 

「いつもいつも人の話を聞かず、無意味な理想を押し付ける。だから正義の魔法使いどもは嫌いなんですよォ! ここは俺の世界だ、全部俺のもんだ、俺の邪魔をすんじゃねェよォォッ!」

 

とっさに胸の星型ペンダントに魔力を込め、私はふりっふりの魔法少女に変身する。

 

――と、ほぼ同じタイミングで天津神から噴き出した純粋な魔力が破壊の力として周囲に広がった。

 

土煙が天に反旗を翻し、星を覆い隠す。

 

やがて晴れた頃、その爆心地に天津神はおらず、私は強く魔法の杖を握りしめた。

 

――ぴるぴるっ。

 

腰のあたりで音がする――携帯電話だ。

 

『やぁ、今大丈夫かい』

 

無駄にダンディーな高畑の声だ。

 

『そちらの方、当初予定していたよりも召喚された魔物の数が多いみたいでね、出来れば処理をお願いできるかな』

 

「了解した」

 

短く告げて、乱暴に私は通話終了のボタンを押す。

 

好きでも何でもない、寧ろ嫌いに近い感情を抱く男との無意味な会話に私はイラついている。

 

二日目でもなかなかこうはならない。

 

という訳で少しストレス発散に付き合ってもらおう。

 

魔法少女がこんな発想を抱いてしまうとは世も末だなと、ふと私は感じながら。


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