転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その19~人間の条件~

――最近、生徒たちの間で流行っている噂がある。

 

生徒たちの寮近くの桜並木、通称桜通りで満月になると吸血鬼が現れるそうだ。

 

はじめそれは学校の七不思議に似た、昔から学校ごとに在る与太話だと思われていた。

 

だがそれが通り魔的事件かもしれないと俺たち教師陣が感じ始めたのは、噂が麻帆良全体に大々的に広まる少し前のことだった。

 

部活帰りの生徒たちのように、日が沈んでから帰宅する生徒たちが道端で朝まで眠っていたという妙な事態が発生したのだ。

 

――女子中等部ではじめにそんな生徒が見つかったのは世界樹広場でのこと。

 

その日は冬に覆われ寒かったというのに、世界樹の下で眠っていた生徒は凍傷のひとつもなく、まるでぬくぬくとした毛布か何かに包まれていたかのように心地よさげだったという話だ。

 

そんな生徒たちの事例が何度か職員会議で報告されていた。

 

しかし眠っていた生徒たちは外傷のひとつもなく、単純に疲れから睡魔に襲われたためだと軽くみられていた。

 

だがはじめ見つかった生徒が眠っていたのは冬の寒さ降りしきる時期。

 

生徒たちの安全を考えた学園長は、先生がた各々から生徒たちに注意喚起を促すということで事態は収束したかに思われた。

 

――二度目は白昼堂々と。

 

その日、午前中は授業に参加していた生徒の一人が昼休み過ぎての授業に顔を出さなかったそうだ。

 

体調が悪くなったとの連絡もなく、不安に思った生徒の友人が先生に知らせると、先生は彼女の捜索するために職員室に居た先生がたに呼びかけた。

 

結果、その生徒は中庭の木陰に隠れて眠っているところを発見された。

 

そのときその生徒は夜更かしを咎められたのだが、何でもその生徒は日が変わる前には必ず布団の中で寝息を立てているような規則正しい生活を毎日行っており、生徒自身首を傾げていたらしい。

 

――そして三度目が、今日の話。

 

三度目というのは麻帆良女子中等部に限定した話で、他の初等部や男子中等部、高等部に果ては麻帆良大学まで。

 

何件か急に外で眠ってしまうという生徒たちが現れていた。

 

そんな事件と断ずれば事件な出来事が起きたために、生徒たちの間で様々な憶測が飛び交っているのだ。

 

桜通りの吸血鬼、世界樹広場の幽霊、麻帆良に潜む影、ウルスラの亡霊、他にも色々と。

 

何にせよ規模が広く七不思議どころではない様々な与太話を持っている麻帆良学園都市では、それのひとつとして新たに加わりつつ在るかもしれないという訳で。

 

月夜の叫び声、闇に浮くグラサン、空飛ぶロリっ子、魔法BBA無理すんな――麻帆良でそんな噂を欠くことはないのだ。

 

しかしながら誰か生徒に危害を加えるような人物であれば警戒しなければならないと、新田先生をはじめとした麻帆良広域指導員の先生がたは夜の見回り活動に力を入れている。

 

もしも噂の陰に隠れた犯罪者がいて、それを与太話と信じていたために生徒が襲われるような事件が発生すれば元も子もないのだから。

 

ちなみに俺自身も広域指導員の一人として登録されている。

 

なんでも若い男性教員は皆そうらしく、同期の瀬流彦先生も同じように夜の見回り活動に参加しているのだ。

 

――新田先生は君の筋肉なら暴漢は臆して逃げるだろうね、と笑っていた。

 

そうなって欲しいと、俺自身も感じている。

 

もし今噂になっている突発的睡眠に関する出来事が、誰かの意志によって起こされた事件だとすれば犯人がいるということになる。

 

犯人がいるならその男ないし女に会う可能性も、鉢会う可能性も、零ではなくなる。

 

そのとき俺は、敵意を持ってしてナイフ片手に向かって来られたら、俺は反撃しないという自信がない。

 

史上最強の生物としての敵対者に対する本能が暴れ出したとき、俺の理性という鎖は簡単に引きちぎれてしまうのかもしれない。

 

幸いと、この筋肉と強面な顔のお蔭で誰かから絡まれるような事態を引き起こしたことはない。

 

それは本当に運が良かったと感じている。

 

しかし話が変わるが――もしも、もしもこの世界に本当に吸血鬼などという空想上の生物が存在していたら――俺はどうなってしまうのだろう。

 

――俺はなんなのだろうか。

 

――人なのだろうか。

 

――あるいは人の皮を被った何か別の生物なのだろうか。

 

遺伝子上俺は間違いなく母の息子なのだが、そんな不確かな不安が時折俺に襲い来る。

 

なんと脆く壊しやすい――俺の奥底のなにかがそう判断する生物の社会で、俺は暮らしていても良いのだろうか。

 

「朝礼は以上だ。今日から新学期、みんな気合を入れて生徒たちに接して欲しい」

 

ぱんとひとつ手を打ち、新田先生は学期はじめの職員朝礼を終わらせた。

 

その音に俺ははっとし、ぺこりと小さく頭を下げる。

 

――気持ちを切り替えねば。

 

心でそう決め、俺は自分の机の方へと足を進める。

 

「それじゃーネギ、めんどくせーが行くか」

 

「零児さんっ、そんな風に言っちゃダメですよ」

 

「はっはっは」

 

「わわっ……えへへへっ」

 

隣では天津神先生が赴任してきた子供先生――ネギ先生の頭を撫でていた。

 

彼ら二人は仲が良い。

 

ネギ先生が言うに、天津神先生はネギ先生の父親と友人同士だったらしい。

 

オックスフォード大学を飛び級で卒業した天才児らしいが、ネギ先生自身はまだ数えで10歳の少年だ。

 

故に、そんな彼の心を癒しほぐす意味も含め、学園長先生は天津神先生を呼び寄せたのだろう。

 

本来ならネギ先生は初等部に通っているはずの年齢なのだ。

 

故にこそ、俺ではわずかな助けにならないのかもしれないが、力になりたいと強く思う。

 

――しかし、10歳で先生とは――まぁそう言うこともあるのだろう。

 

「ネギ先生は今日も元気ですね」

 

撫でられたためだろう、うきうきとした笑顔でネギ先生は職員朝礼で配られたプリントに眼を通していた。

 

「あっ、範馬先生ありがとうございます」

 

天津神先生とネギ先生にお茶を酌んで手渡す。

 

プリントから顔を起こし、少年独特の邪気のない笑顔で見つめられると、どうしても頬が緩んでしまう。

 

そんなネギ先生を見つめながら、天津神先生は相も変わらず綺麗な顔で微笑んだ。

 

「ガキだからな」

 

「とても良いことだと俺は思いますよ」

 

今日は新学期初日。

 

ネギ先生はプリントをじっと見つめているようで、俺の小さな呟きは耳に入っていなかったようだ。

 

学期初めの式の後は身体測定という手筈になっている――その手順を確認しているのだろう。

 

「まぁアイツのガキだし、いらねーもんがコイツに渡らねーよう俺が見といてやるさ。スゲーめんどくせーことだがな」

 

「ネギ先生の父親は良い人だったんですか?」

 

「アイツか……まぁただの馬鹿であんちょこ好きで様々な分野で俺には劣るが、悪いヤツじゃねーのは確かだな」

 

何かを思い返すようにして、天津神先生はネギ先生を見つめる。

 

失礼な話だが、天津神先生は変わった人だという印象は未だに残っている。

 

しかし同時に友達想いなのだろうかという感情も俺の中で沸き上がってきた。

 

先生がたの付き合いの飲み会などには参加しない天津神先生ではあるが、仲良くなった人とはとことん仲良くなるようなタイプなのだろう。

 

そう俺の中で納得し、俺はまた言葉を紡いだ。

 

「そういえば聞きましたか? 今日も睡眠事件が起きたみたいですよ」

 

「俺は立ったまま寝るのも余裕な男だぜ」

 

天津神先生の顔は自慢げだった。

 

「――あの、それは良くないかと思うんですけど」

 

「かてーこと気にすんなよ。で、ウチのクラスの佐々木まき絵だろ」

 

「知ってたんですか?」

 

「まぁな。だけどよ、深いことはお前は考えないで良いぜ。めんどうだが問題は俺が解決しといてやっから」

 

「それって――」

 

「こまけーことは気にするとは、ちっちゃぇなぁ」

 

俺の言葉を途中で切り捨て、天津神先生はけたけたと笑う。

 

その顔はまるですべてを把握しているかのように落ち着き自信に満ちたもので、俺は思わず首を傾げてしまった。

 

――解決する、と言ったのだ。

 

つまり天津神先生はどうして生徒たちが急に屋外で眠ってしまうのか、その理由を知っているということだ。

 

俺はすぐさま天津神先生に尋ねた――ただ生徒たちのことを考え、何が起きているのかと。

 

だが天津神先生は俺の言葉にただケタケタと軽い笑い声を返すだけだった。

 

――そんな天津神先生の態度に、俺は少しイラりとしてしまった。

 

俺とて感情のある人間のはずだ。

 

故に、生徒たちのために行動したいという感情は俺の自己満足なのかもしれないが、確かに俺の胸の内にある。

 

だというに、からかうような様子だけを俺に投げかける天津神先生に――つい皮肉めいた言葉を口にしてしまった。

 

「そういえば天津神先生って双子のお兄さんがいるんですよね。俺、少し知り合いなんですけど心配してましたよ、天津神先生のこと。ちゃんとやってるのかって」

 

言葉として外に出したところで、しまったと口を覆った俺は――身体中が熱くなるのを感じた。

 

表現できないような熱。

 

血管の一本一本が沸騰しているようで、骨の一本一本が軋むようで、筋肉の一つ一つが脈動しているようだった。

 

それはまるで巨大な獣か何かに対峙したかのようで、俺の肉体が歓喜の悲鳴を上げていた。

 

地上最強の生物を構成する細胞のすべてが、天津神先生の方向を向いているような錯覚に俺は陥った。

 

「アレのことはテメェには関係ねェだろうがメンドクセェ。何様なんですかァ、テメェはよゥ」

 

朱の瞳は灼熱のように燃え、蒼の瞳は氷雪のように冷え切っていた。

 

――俺の両の拳はいつの間にか握り込まれていた。

 

教科書を持つためにではなく、チョークを持つためでもなく、人を殴るためのように。

 

俺の意識の外で、俺の本能が、目の前の天津神先生に対して。

 

俺は目の前の天津神先生に対して、憎しみも何も抱いていないはずなのに、心の内にあるのはただ申し訳ないという気持ちのみであるなはずなのに。

 

俺の肉体はまるでゴングを鳴らすかのように、熱く熱くなっていた――俺の意思とは無関係に。

 

「おい、お前ら何をしているんだっ」

 

――凛とした声が殺伐とした、景色を歪ませるような錯覚を俺の脳に感じさせる空気を切り裂いた。

 

声をした方を振り向いてみれば、両腕を組んで仁王立ちをした星野先生が立っていた。

 

不穏な空気を感じ取ったのだろう――星野先生はツカツカとヒールを鳴らしてこちらへと歩いてきた。

 

そんな姿を見てか、天津神先生はネギ先生を伴なって教室の外へと向かって行った。

 

背後から突き刺さっているであろう星野先生の厳しい視線もなんのその、天津神先生は遂に職員室の外へと出てしまった。

 

「何かもめごとですか、範馬先生?」

 

「天、津神先生を不、快な気分にさ、せてしまっ、たようで――俺の、せいです」

 

「いえ、そういうことを聞いている訳ではなく――」

 

「すい、ません、天つ、神先生は悪くあ、りません。お、れが少、し軽率だ、ったんです。頭、冷、やし、て来ま、す」

 

何か俺の背中に星野先生からの言葉がかかった気がした。

 

だがそれを今気にしている訳にはいかない。

 

一刻も早く、ただ早く、俺はこの場所から離れたかった。

 

――ダンッ、と踏み出した俺の足に、校舎は脆かった。

 

一足飛びで上がった階段の踊り場には足型が深く刻まれ、意識もせずに開けた屋上への扉はウエハースのようにへし曲がりくの字に折れた。

 

そして俺は金属のように硬い拳を、躊躇い無く自分の額へと叩き込んだ。

 

衝撃が額を、腕を突きぬけた。

 

そして縮こまり、声にならないような叫びをあげる。

 

ばたばたと一斉に鳥が飛び立っても、窓ガラスがガチャガチャと悲鳴を上げても、生徒たちが地震だろうかと床に伏せるのが窓から見えても、俺の身体の熱さは止まらなかった。

 

やがて大きく息を吸い、ばたりと俺は身体を屋上に横たえたとき、俺は身体の熱さが徐々に引いているのをようやく感じた。

 

幾度か深呼吸を繰り返したとき、俺は自分の眼から熱いなにかが零れだしていることに気付いた。

 

それは天津神先生から底知れない強大な存在感を感じたからではなく、踏み込んではいけない家族の問題に踏み込んでしまった後悔からでもなく――

 

地上最強の生物としての本能が、俺の意識とは裏腹に目の前の存在を――まるで肉でも喰らうかのように肉体を叩きつけようと俺に囁いてきたその事実からで。

 

今いるこの場所に、俺は本当に居てはいけない気がして――思わず涙を零していた。

 

――俺は、母より生まれた俺は、母より生まれてはいけなかったのだろうか。


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