あの日あの時あの場所で、   作:浮火兎

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 私の虚弱体質説を確固たるものにする所以の一つとして、頻繁な発熱がある。

 自ら自覚するまでもない症状の一つだ。ちなみに39度代であっても私は自由に動き回れる。

 一種の慣れとも言えるし、子供特有のなせる技であろうが、周囲の大人達から言わせると「高熱がしょっちゅう続いて、さらに動き回られるといつポックリいくか気が気でない」とハラハラさせるらしい。

 大人しくベッドの肥やしとなるのが一番だとわかってはいるのだが、私から言わせてみればそれこそ熱が引かない原因である。

 

 発熱の原因はわかっている。知恵熱だ。

 ただの知恵熱とは言うが、私の場合は特殊であるため簡単にはいかない。

 前世の記憶と今世の記憶、それが脳を圧迫するほどの量であるため、情報処理しきれないのだ。

 さらにいうと、混ざり合った記憶も勿論だが、私はある程度の未来を知っている。

 これから何をやるべきか、今なすべきことはあるのか、そもそもレイアとして何をすべきなのか。

 不安と責任に押しつぶされて、脳以上に精神も苛まれていく。考えれば考えるほど身体は悲鳴を上げ、発熱していくのだ。

 両親から言わせれば、私が自我を持った頃が一番酷かったらしい。3、4歳であろうか。常に怯えていて、いつの間にか倒れていることが多々あったそうだ。

 延々続く病症に困りはてた両親だったが、救いの手は身近なところにあった。

 幼馴染であるジュード。彼は忙しい両親にかわってうちで預かることが多かったが、それが功を成した。

 ジュードと遊んでいる時の私は熱に浮かされることなく、至って普通の生活がおくれたのだ。そのこともあって、ジュードをうちで預かることに関しては両親が諸手を挙げて賛成している。

 両親と居ても発熱してしまうのに、子供同士で遊んでいると症状は現れない。それに疑問を持った母は、ふと私に問いかけた。

 

「どうしてお熱を出してしまうか、レイアはわかる?」

 

 今より幼い、まだ記憶の混同もままならない私は母の問いに必死に考えて答えを出した。

 

「たぶんだけど……何も考えなくていいから、かな」

 

 当時の私から言わせてみれば、幼いジュードというものは、物語の主人公であろうと、ただの幼馴染の男の子友達という印象が強かったのだ。

 まず姿形が『俺』の記憶と違う。対して父と母、エリンとディラックは大人でありすでに知りえる姿であった。

 身近な主要人物で、嫌でも顔を合わせることになる。そうすると、嫌でも物語のことが脳裏にちらついて考えてしまう。

 つまり、ジュードと遊んでいる時の私は、ただの子供として何も考えず無心に遊べていたのだ。

 それを聞いた母は、こう考えた。

 

 何も考えさせなければいいのだな、と。

 

 極端な思考であるが、世界最強の名を持つ母は色々な意味で凄かった。

 彼女のとった対策は身体強化だった。普通の親ならば考え付くまい。病弱な子供を鍛えるなぞ、悪化するだけだと思うだろう。

 かくして、彼女の判断は正しかった。何も考えられないくらいに体力を使いきり、身体を無心に動かす。武道というものは、心身ともに強くなるという話は本当であったと身をもって知ることになる。

 朝・夕と稽古があり、昼間は子供達と遊ぶ。私は毎日へとへとになるまで身体を動かした。それでも人間は考えるのをやめられない。時々頭はパンクしたが、私の体調は以前より確実に良くなっていった。

 年を重ねるにつれ次第に脳の許容量も増えていき、今では大分落ち着いたと思う。周囲の人々も、そういうものだと受け入れるしかないと変な意味で納得している。

 これだけ幼少の砌から発熱を続けていれば知恵熱とは認めてもらえず、原因不明の発熱によって私は虚弱体質の烙印を押されてしまったのだ。

 

 

 

「だからといって、いくらなんでもこんな大事にする必要はないんだって……」

 

 現在私は、ベッドに押さえつけられていた。それも、布団をいつもの倍かけられ、額の上には冷たく冷やされたタオル、横には監視のジュードが器用に林檎を剥いていた。

 先日、精霊術に失敗し頭から水を被った私は見事に発熱した。これはいつもの知恵熱ではなく、完璧な風邪によってである。

 

「ただの微熱程度でここまでしなくても……」

「だーめ! レイアはいつもそう言って体調をくずすんだから」

「ちくしょう、なぜこんなお約束な展開になるんだ!!」

 

 周囲の刷り込みによって私の身体は本当に虚弱体質になってしまったのか……違うと言ってくれマイボディ!!!

 将来は絶対母のようになってやる。原作レイアを超えてやるんだ、と布団の中で拳を握り静かに闘志を燃やす私。

 

「はい、口あけてー」

 

 素直に差し出された林檎に齧り付く。口を動かしながら、「早く熱引かないかなー、稽古したいなー」とぼやく私に「はいはい、そうだねー」と適当に返す幼馴染。

 もはやこの光景が日常となりつつある現状を、早く脱出したい。そう頭の片隅で思いながら、私は口を開けて次の林檎を待つ。この林檎うめぇ。

 


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