結局翌日をもう一日休んでから、改めて学校へと登校して来た千景は色々な意味で、テスト前の学校での話題をかっさらって行った。編入から今まで話せなかった筈の少女が話せるようになっていたのである。尤も、相も変わらずの長袖のセーラー服のままであったが。ちっとも違和感を覚えない堂に入った姿に、昼休みを利用して放課後の約束を取り付けた悠は妙に感心してしまった。
事前の約束通りにりせと完二の勉強を見るという口実で、勉強が分からないと泣き付いて来た陽介と、ついでと言わんばかりに雪子と千枝も誘ってジュネスのフードコートの一角を占拠しての勉強会を提案した。というのは建前で、千景も誘っている事から一同に悠の思惑は伝わったようであったが。因にクマはバイト中である。
「攫うとか、攫われるとか……? そう言うのは、なかったから……話せる事はあんまりないと思う、よ」
「えっ?! じゃあどうやってテレビの中に入ったの?」
「えっと、日曜の昼頃、かな……? 寝起きにやってたニュースで、その……うちの事好き勝手言われてて。それでかっとなって、テレビに八つ当たりしたんだ。そしたらテレビの画面に手が入って、テレビが倒れる筈が僕がそのままテレビの中に落ちちゃったと言うか……えーと、不注意……になるのかな」
何とも言い辛そうに明かされた事実に、全員声も出ない様子である。言った方である千景もその何とも言えない空気に気まずそうに視線を明後日の方にやる。衝撃から最初に立ち直ったのは陽介で、苦い顔をしながらぼやいた。
「なんつーか、マヌケだな……」
「君は……その、テレビの中に落ちる事を警戒するの?」
「……しねえな」
あんまりな陽介の台詞にムッとしたのか、千景は陽介を恨めし気に見て言う。その最もな言葉に、普通テレビに入れる訳がないと、そんな事想像する訳がないと思い直し、素直に謝った。千景の件は多分、事故だ。そう主張する千景に、雪子が尋ねる。
「菊池君はテレビに入れるって、気付いてなかったの?」
「………あ、千景でいいよ。菊池ってまだ呼ばれ慣れないし、名前で呼ばれる事の方が多かったから」
自分が呼ばれた事に対して反応が遅れた千景の様子に、何がとは問わないが他の面々も何となく事情を察する。それに頷いて同意したのを見て、千景は改めて口を開いた。
「君たちは、普段からテレビの画面って触る方なの? 僕はテレビの画面の掃除位しか触らないから全然気が付かなかったけど……逆に、君たちはどうやって発見したの。その、入れる事」
「まあ確かにな……で、悠はどうやって発見した訳?」
千景の最もな主張に同意したのは陽介である。そもそも触らないからテレビの画面が埃が付くのだ。そうなると、自分たちの中で一番始めにテレビに入れる事に気が付いた悠に話を振るのは自然な流れだったと言えるだろう。
「俺か……? どうだったかな……確か初めてマヨナカテレビを試した時に、声が聞こえた……? それで確かテレビを触ったような気がする。そしたら中から引っ張られて、テレビが小さくて入らなかったから大事にはならなかったが、代わりにコブをこさえたな」
「コブって……たんこぶ?」
「頭にっスか?」
「そう」
「何やったらそんなことになるんだよ……」
当時の状況を思い出して、朧げになって来ている記憶を引っ張り出す。が、その努力に対する周囲の反応は困惑だった。思い返してみれば自室のテレビが小さかった為に回避出来たが、そうでなかったら悠も千景と同様にテレビの中に落ちていただろう。九死に一生を得たとひとり納得する悠は、突っ込んで問われなかったのをいい事に、悠はその話題を流す事にした。
「でも、それなら千景君は事件とは無関係ってこと?」
「もしくは入れられる前に落ちたかね」
逸れてしまった話題を戻すようにりせが言えば、雪子が仮定を持ち出した。連続誘拐事件の流れと、千景の置かれた状況から推測するなら、そうとも言えるかもしれない。崩されたと思った「テレビに出演した者が次の標的になる」という流れも、千景ならばパターンに合致するのである。
「どっちにせよ、手がかりは無しってことだな……」
「つか、気になってんっスけど、いいっスか?」
難しい顔をして腕組みした陽介に断ってから、完二は改めて千景の方を見た。
「あんた、なんでまだ女装してるんスか」
相変わらずのセーラー服で簡単なメイクまでばっちりな千景に、耐えきれなかった完二がついに切り込んだ。見た目だけならばっちり美少女で通るのである。切り込まれた当の本人は、溜め息を吐いて視線を反らす。
「夏休みまで後ちょっとだし、テストとかあるし、あんまり面倒なのは好きじゃない」
肘をついた手で顎を支え、至極どうでもいいというようにそう言う様は、正にテレビの中で彼の影が言っていた事そのままで。暗に騒がれ、患わされるのは嫌なのだと主張する。基本的に放っておいて欲しいタイプの人間なのかもしれない。
「なるほど。ならずっとそのままでいくのか?」
「……別に、女装趣味はないよ。この格好してたのだって、僕が千尋になりたかったからだから。今はちゃんと僕が千尋にはなれないって理解してるから、二学期からはちゃんと男子制服にするつもりだよ」
少しだけ千景がどんな人間なのか解ったような気がした悠が尋ねれば、千景は苦い顔をして否定する。自分と向き合った事で、千景は妹の死をきちんと受け入れる事が出来たのかもしれない。
「そういえばあの、出て来る前にいた影? あれってなんなの?」
「その辺はクマがバイト上がってから聞いた方がいいんじゃねえか?」
千景の話題から思い出したように聞いた千枝に、陽介が答える。彼の言う通り、シャドウなどに関して一番詳しいのはクマなのだ。尤も理論立てて詳しい訳ではないのだが。あーでもないと騒ぐ面子に、なんの事かさっぱりの置いて行かれた千景は至極どうでも良さそうに一同を一瞥しふっと視線を反らす。そんな千景の様子に気付いたのは悠で、分からないけれど興味もないと言った様子にどう声をかけていいか迷った。次点で気付いたのはりせで、分からないと察した彼女の行動は分かりやすかった。
「ねえ、みんなちょっと待って。千景先輩が分かんないままだよ」
「ん? ……まあ、お気遣いなく」
注目を引いて一同を黙らせる事に成功したりせに、反応を返した千景は一歩引いた答えを返す。それが気遣いから出た言葉でなく、自分から関心を退ける為の方便である事にきちんと気付いたのは、そう言った機微に聡い面子だ。それに気付いてしまった面子は弱ったように口を噤んでしまったが、千枝は自分が発端になったと自覚もあったので素直に謝った。
「あー、うん。ごめんね、気が回らなかったや」
「別に気にしてない。むしろ謝られる方が気、使うから」
何とも言えない表情でそう返す千景に、悠も苦虫を噛み潰したような気分になる。
「今の話題に上がってたのは、戻って来る前に千景とそっくりな女の子が出て来ただろう。彼女の事だ」
「影? 千尋が?」
もう少し協力して貰わなければならないと感じた悠は、咄嗟に彼の気を引けそうな話題を出した。その目論見は成功して、一貫してあまり興味ありませんな態度だった千景から主体性を引き出す。
「どういう原理か分かんねーんだけどさ、あっちに入ると『もう一人の自分』が出て来るんだわ。その『もう一人の自分』は自分に否定されると暴走して、自分の事を殺しちまう」
「あちらの世界で『もう一人の自分』に殺された人間が、どういう原理かは分からないがこちらの世界に戻って来ると高い所に吊るされたようになる……それが連続殺人事件の真相だ」
「自分に危害を加える『もう一人の自分』を、私たちは『影』って呼んでる」
話を引き継いだのは陽介で、あの『もう一人の自分』がどう言った存在かを説明する。それにどうして連続殺人事件に関係するかをフォローしたのは悠だ。それから、千景の質問に一番答える形になったのは雪子である。
「……千尋は、僕を攻撃して来なかったけど」
「……それが分っかんねーんだよな。最初に出て来てたのは格好はともかく、千景だったよな? でも後から出て来たのってさ、影本人も、自分を千景だっつってなかったよな?」
控えめに主張する千景に同調するように、陽介も自分の中の疑問点をぶち上げる。先々日の事を思い出せば、確かに本人(?)の口から千尋であるとの言を貰っている。既に例外的とも思われるがそれ以前に明らかに千景の『影』と言えるシャドウもどきも現れていた事を考えると、明らかに規格外と言えるだろう。
「なんで千景君には影が二人出て来たんだろう」
「確かに片方はペルソナになってたっスもんね」
雪子の疑問に完二が同意するように頷いた。その言葉を受けて、悠はあの影を思い出す。
拒絶もされずに肯定され、暴走もできず、ペルソナにもなれなかった千景の『影』。あれは千景自身が自分を許す事で認められ、ペルソナになった……そう考えるのが一番無理がないような気がする。それでは自らを千尋と名乗った影(?)はどうだろうか。彼女は自分を「千景の中のチヒロ」と名乗っていなかったか?
そこまで考えて、悠は本格的に黙り込んだ。思案顔で黙り込んだ悠に気付いた陽介がそれとなく声をかける。
「相棒、どした?」
「いや、なんでもない」
言外に今は触れない事を臭わせた悠に、陽介も素直に引く。シャドウ関連(特にもう一人の自分関係)は触れない方がいい、或は触れて欲しくない話題が多い事を身を以て体験しているので判断もまた早かったのである。
「あ、そうだ。いっこ、いい?」
「なぁに?」
控えめに片手を上げて主張した千景に、りせが促す。
「えーと……その、“あっち”ってなんなの?」
どう尋ねていいのかも迷ったのだろう疑問は尤もなもので、同時に尋ねられた悠たちにも未だにはっきりとしていない問題でもある。
「テレビの中って、俺たちは言ってるけど実際はよく分かってないんだわ。何の準備もなくあちら側に入ると、大抵『もうひとりの自分』を暴走させて殺される。俺たちの認識的には連続殺人事件の『凶器』だな」
「常に霧が出ていてクマ特性のメガネが無いとよく見えない。それから、俺たちは向こうの世界でのみ、ペルソナを使う事が出来る……ペルソナは千景も手に入れていたよな?」
「えっと、トコヨノカミがペルソナ?」
「そう、それ。ペルソナを使って、俺たちは向こうの世界で襲って来るシャドウから身を守る」
陽介の物騒な説明に、悠があちらの世界の特性を付け加えた。千景自身のペルソナの自覚を促してから、悠は肝心なシャドウの話題に触れた。
「シャドウってなに?」
危ないもの、という認識は悠の話から持ったらしいが、肝心のそのものを千景は見た事がなかった。故にどういった存在であるかという認識の為に尋ねたのだが、この場にも明確に「シャドウ」という存在について答える事が出来る者はいない。
「実は俺たちも明確にあれがどういった存在なのかは分からない。ただ、故意に向こう側へと踏み入る人間に襲いかかって来る。だから俺たちに取っては敵という存在になると思う」
「そうなんだよ、クマって、着ぐるみの居ただろ? アイツが元々向こう側に住んでて、一番詳しいんだけど、なんか本人もよく分かってないんだよなァ」
悠の言葉に続けた陽介が「シャドウはシャドウクマってさ」と、そう言ったクマを思い出しつつそうぼやく。当たり前に存在し過ぎていた為に認識が追いつかなかったのだろうと、悠はそう認識する。テレビの原理を理解して使っている人がそう多くはないのと同じ事だ。陽介のぼやきを聞いてなんとなくそれを理解したらしい千景が、あぁ、と納得したような呆れたような声を漏らした。
「自分の影がシャドウって認識でいい、のかな」
「その辺もなんかよく分かんないんだよなァ……曖昧っつーか、なんつーか……」
「その辺はクマが来るの待って聞いた方がいいかも。少なくとも私たちよりは分かると思うし」
頭の中で整理した情報を確認の意味で問い掛ければ、なんとも曖昧な答えが返される。りせの言葉の通り、一番詳しいのは向こうの世界に元々居たクマなのだ。
頭の回転が悪くなく、知ろうと質問をいろいろと繰り出す千景との問答で、一同は自分たちが改めてよく分からないままここまで来ていることを再認識した。どうにかなっているからこそ、それが何かの追求を止めて対応する事が出来たとも言えるのだが。
「そういや、千景先輩のは暴走してなかったっスね」
「暴走って?」
「影が色々言って来ただろ? アレを否定するとシャドウに姿を変えて襲いかかってくんだよ」
「大抵、つか鳴上君以外みんななんだけど、自分の影のこと否定して暴走させちゃってるの」
改めて思い出したように完二が言うと、改めて千景がどう言う状態を指すのかの確認を入れて来た。それに対して陽介が簡単に補足し、千枝が少しばかり情けない顔をしてぼやいた。思い返せば情けない話だと思うが、精神的にも追い詰められていたのだから仕方ないとも言えなくもない。
「私たちが無事だったのは鳴上君たちに助けてもらったからなの。あそこで助けてもらえなかったら、私たちも殺されてたかもしれない」
「……じゃあ僕はあのまま中に居たら”自分の影に殺されていた”?」
雪子が神妙に放った言葉に、改めてことの重大さを認識した千景が問い掛ける。千景としてはもう一人の『千景』は、どちらかと言えば、消去法で、自分側の味方という認識であったのが原因である。実際『千景』は害意は持っていれども協力的であった。そんなことを改めて口にすれば怒られかねないので、何も口には出さなかったけれど。
「それ以前にあれが暴走した状態だったのか、判断につきかねる」
考えるように返したのは悠で、思い出すのは先日のダンジョン内でのことである。
あの時、千景は自分自身を否定しなかった。だが、結果としてペルソナに変化もしなかった。あの状態は暴走していたと言ってもいいものなのか、判断しかねたのである。
「……私は、千景先輩は自分の影に殺されなかったんじゃないかって思うな。だって、形はどうあれ、結果として千景先輩の事を守ろうとしてなかった?」
「……守ろうとしていたのかは別として、少なくとも殺しはしなかったとは思う」
私にはそう見えたと続けるりせに、悠はあの時の状況を思い出して捕捉した。悠の認識と周りの認識に多少齟齬が出ているようだったが、解は同じだ。ならば敢えてそれを正すかと言えば悩みどころであり、本人が目の前に居てそれを敢えて説明するのもなかなか酷い話であるので、自身の見解は置いておく。
「どちらにせよ、殺されなくとも衰弱して、結果的には死んでいたんじゃないかと」
重要なのはこの点で、あの場所には食べ物はおろか、水すらもなかったように思える。そんな中に閉じ篭っていたなら、衰弱するのは目に見えている事である。実際、向こうの世界から助け出される次点で、誰も大小の差はあれど衰弱している。それを身を以て体験して知る面子は、何も言わずとも納得している様だった。
「うん……でもこれで千景君はテレビに入れられたんじゃないって事ははっきりしたね」
「そうなるとモロキンの方が事件の被害者ってことだよね?」
雪子が改めて事実を確認する。同時に進行していたのではないかと懸念していた事件が、本当は関わりのないものであると分かったのは進展であると言えるだろう。それをりせが口に出して問えば、陽介が現状を口頭で纏める。
「千景はマヨナカテレビに映って、モロキンは映らなかった。で、片方は救出できて、もう片方は死んでる」
「諸岡先生が死んだ時点で、クマは誰も入れられていないと言っていたな。そうなると諸岡先生は本当に入れられていないのか?」
「クマくんの鼻、完全に効かなくなったって訳でもなさそうだしね」
数日前のクマの発言を思い出すように悠が言えば、それに同意するように千枝がぼやく。実際の所、クマの鼻は精度は落ちたものの完全にお役御免となった訳ではないのだ。
「模倣犯……?」
完全に蚊帳の外と言った風体でジュースを飲んでいた千景が小さく呟く。単純に話を聞いていてそう感じた故の言葉だったが、一連の事件からの流れと考えていた彼らに取っては正に目から鱗な考えである。
「模倣犯……!」
「確かに、その可能性もあるな」
「そういや死因がはっきりしてるの、モロキンだけだ!」
「でもなんで犯人はわざわざんなの真似して殺したんだ?」
全く違う犯人の犯行であるなら、死因がはっきりしているというのも説明がつく。だが、そうなると模倣犯はどうして連続殺人事件を模したのか、分からなかった。新たに行き詰まった問題に、唸った一同の中で、一番最初に爆発したのは千枝だった。
「あー! もうわっけわからん!!」
勢い良く突っ伏した拍子に、派手に机に額を打ち付けたいい音が響く。そのあまりの音と千枝の呻き声に隣りの席の雪子がぎょっとしたように口を開いた。
「ちょ、千枝、大丈夫?」
「……いたい」
「そりゃあんだけいい音させりゃ、いてーだろーよ……」
心配する雪子に泣き言を漏らす千枝を見て、陽介が心底呆れたようにぼやいた。長い溜め息を吐く陽介を、涙目で千枝が睨み付けるが陽介は気にせず口を開いた完二を見る。
「どっちにしろ、後は警察に経過を任せるしかないんじゃないんスか?」
「確かに、あの少年探偵が容疑者が固まったと言っていたからな。模倣犯と仮定するならそちらは警察に任せてしまった方がいいかもしれない」
「でもそうなると本当の犯人の手がかり、全くないって事だよね……」
結局何も進展していないという結論に、一同を包む空気が淀む。進展するかと思われた分、落胆も大きかったのだ。手がかりがない以上、完全に受け身でいるしか無い状態であるのが歯痒い。
そんな空気を払拭するかのように、口を開いたのは悠だ。
「まあ、今はテストだな」
「げっ……嫌な事思い出させないでよ……」
完全に頭の外へと追いやられていた話題を持ち上げられて、千枝が頭を抱えて呻く。それを見て悠は追い打ちを掛けるように澄まし顔で宣った。
「学生の本分は勉強です」
「おま……モロキンみたいな事言うなよ……」
「諸岡先生は別に間違った事は言ってなかったと思う。ちょっとアレな感じだったが」
心底嫌そうに嘆く陽介に、しれっとして悠は正論を返す。実際、諸岡先生は真面目な先生だったと悠は思っている。どう考えても恨みは買いやすい人だったと思っているが。
「取り敢えず、期末まで一週間を切ってるんだから、特に陽介は勉強しないとアウトだろ」
悠は陽介の中間の様子を覚えていたので、釘を刺す事を忘れない。いいながら鞄から教科書とノートを取り出して勉強会の準備をすれば、露骨に嫌そうな顔をする者が若干名。そんな彼らに向けて、悠は今日の集まりの本来の目的を改めて口にする。
「そもそも今日の本分は勉強会だと言っただろ?」
「あれ、マジだったんスか……」
「いや、有り難いんだけどさあ……」
「ほら、千枝、がんばろう?」
何を当たり前の事をと言わんばかりに首を傾げる悠に、完二と千枝が轟沈する。そんな千枝を励ます雪子を見て、陽介は乾いた笑いを漏らし大きな溜め息と共にぼやく。
「つか、集まる口実じゃなかったのかよそれ」
「一番心配なのはお前の成績なんだけどな、相棒」
「ぐ……ソリャハアリガトウゴザイマス」
「ふふ! でもすっごいありがたいかも。全然わかんなくて、どうしたらいいかもわかんなくて」
真顔の悠にストレートで決められて、流石の陽介も渋い顔をする。そんな二人の遣り取りを見て、りせが吹き出すが、言葉が終わる頃にはすっかり萎れてしまっていた。何処から手をつけたらいいかも分からないと零した弱音に、雪子が拳を握って力説する。
「うん、教えてあげるから大丈夫。鳴上くんもいるし、ね」
「ああ。頼ってくれて構わない」
「やったー!」
雪子の言葉に力強く頷く悠に、りせがすっかりはしゃいだ様子で手を叩く。そんなりせとは反対にすっかりめげてしまった様子の陽介と千枝と完二を見回して、所在なく困ったようにこちらを眺めている千景に気がついた。
「テストが終わったら、一度みんなで向こうに行こう。もう一度、千尋に会ってみよう。それでいいか?」
「……うん、分かった」
ここで約束を取り付けなければ千景はもう協力してくれないのではないか。そう思った悠は先の約束を取り付ける。少し迷った素振りを見せたけれど、千景は大人しく同意した。それに頷いて見せた後、続けてそのまま悠は尋ねる。
「千景は勉強はできる方?」
「それなりに」
「ならできたら教える側に回ってくれると有り難い。教師役が俺と天城しかいないから」
「僕で良ければ」
「なら千景先輩、私と完二に教えてよ。いいよね?」
構わないと答えた千景に、りせが完二を巻き込んでお願いする。それに少し表情を緩めてから、千景はビシビシ行くからねと笑ったのだった。
タイトルはゲーテの格言から