P4〜ふたりぼっちの子供〜   作:葱定

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書き直しました




1:Primary contact

 携帯のアラームに起こされて、菊池千景は朝から憂鬱な気分で起き出した。心を占めるのは学校に行きたくないと言う思いである。

 千景は自分が周りにどう思われているのか、それを大体は正しく把握していた。そして知りながら、何も知らない振りを貫くのである。耳を塞ぎ、目を背けて、何も語らない事で、ようやく自分の世界の平穏を保っていたのだ。そうやって二月ばかりを過ごした千景の心の均衡は、マスコミの伝えた一報でもって、呆気なく失われたのである。

 第一報の直後は酷かった。何処から調べて来たのか、自宅や果ては学校にまで報道陣が突撃を敢行したのである。これに対して菊池の養父母は厳重に抗議を行なった。相手が未成年である事も幸いしてか、これにより一先ずは酷い取材はなりを潜めたが、それでも旬の話題を見逃す手は無いと、あの手この手で攻めてくる。これに千景は完全に辟易していた。どうして過去にしたい癒えていない傷を掻きむしってくれるのか。

 自宅を取り囲む少なくないマスコミを避けるため、朝は養父が車を出してくれる。それを申し訳なさと有り難さを感じながら、校内に逃げ込めばマスコミも追っては来られない。しかし今度は生徒たちの隠す気の無い好奇の視線が待っている。そんなどうにもならない生活を、あとどれだけ続ければいいのだろうか。終わりの見えない日々を考える度に、どうして自分だけ、と、陰鬱な気分にさせられるのである。そんなストレスフルな日々は、確実に千景の心を蝕んでいった。

 クラスメイトのひそひそ話が全て自分の事を言っているのではないかと、千景はそんな妄想に囚われる。被害妄想と言ってしまえばそれまでだったが、実際にそれはあながち間違っていない所が救えない所で、その全てを聞かない振りでやり過ごしながら、彼女は放課後の図書室に逃げ込んだ。近くなって来た期末テストは丁度いい口実であり、五月蝿くなれば容赦なく追い出す司書のいる図書室で勉強しながら時間を潰す。ここならば自分を遠巻きに眺めながら、あからさまな内緒話を聞かされる事も無い。

 いっそ登校拒否でもしてやりたかったが、実行に移せばその方が憂鬱な気分にさせられるのは目に見えているのである。一人で考え込む時間を取るくらいなら、意識を集中して無視を決め込んでいる方が精神的に楽だった。

 

 現実逃避も兼ねた勉強が一段落した所で顔を上げ、外を見る。校庭を使っていたサッカー部が紅白戦を終えたのか、思い思いに散って行く様子に時計を見れば、それなりの時間が過ぎていた。運動部が練習を終える時間を示しているのに、千景は慌てて荷物をまとめた。この時間を逃すと、逆に目立ってしまう事を千景は学習している。少々乱雑に鞄にノートの類いを入れて帰り支度を整えると、足早に図書室を後にした。

 そんな風に出来うる限りの注意を払っていた訳であるが、見つかる時は案外見つかってしまうものである事を、経験則から千景は知っていた。どうして見つかってしまったのか。後悔しながら、千景は自らに向けられ、差し出されるマイクを遠ざける為に手を伸ばす。止めてくださいという、たった一言が言葉にできないのが、これ程に苦痛である事など知らなかった。

何も語らず、逃れる為に顔を背ける千景に、マスコミは相も変わらぬ言葉を向ける。

 

「あなたが千景さんですよね?!」

「犯人が逮捕されましたが、それについてのコメントをお願いします!」

「お願いです、何か一言!」

「思っている事ひとつでいいんです!」

 

 それらの全てから顔を背け、首を振り否定し、俯きながら千景は思う。いい加減にして欲しい、うんざりである。

見て見ぬ振りをする人たちも、面白おかしく好き勝手に騒ぎ立てるだけのマスコミも、逮捕されたのだと言う犯人も。全て、全ていなくなってしまえばいいのに。

 誰にも届かないままに、呪詛は千景の胸の内で小さく弾けて沈んで行く。

 

 

 

 バスケ部の練習を終えた帰り際、悠が妙な集団に囲まれた女子生徒を見つけたのは、ほんの偶然の事であった。サッカー部の長瀬がバスケ部に顔を出して、愛家に行こうと提案しなければ、鉢合わせる事も無かった筈である。何事かと一瞬面食らったが、一緒に歩いていた一条が、あ、と声を上げた。それに釣られるように、長瀬と悠は一条を見る。

 

「あれ、菊池じゃん」

 

 その言葉に一時停止してから、二人は菊池と確定した同じ学校の生徒を見遣る。その少女は手を振り、顔を振り、全身で拒否を示しながらも、一言も言葉を発していないようであった。その様子は前に一条から聞いた菊池の情報そのものであり、一条の裏付けも合わせて、悠もその少女が菊池である事を確信する。

 

「あれは……ないな」

 

 同じようにその状況を見ながら、顔を顰めて長瀬が呟く。それを聞きながら、悠は先日堂島から頼まれた事を思い出した。

 

「悪い、ちょっと行ってくる」

「えっ、あ、おい! 鳴上?!」

 

 堂島に言われずとも助けに割って入ったであろう状況に、悠は僅かな躊躇も見せずに飛び込んで行った。それを見て驚いたのは、残された二人の方である。

 

「菊池」

 

 一瞬自分が呼ばれた事に気付かなかった様子だったが、気付いた千景は顔を上げて悠を見た。

 

「叔母さんが心配してる。帰ろう」

 

 それだけ告げて、悠は千景の手を取った。そしてそのまま引き寄せるように手を引いて、取材陣の中から連れ出そうとする。それを受けて、僅かにほっとした様な表情を覗かせた千景だったが、反対の手をリポーターと見られる男が咄嗟に掴んだ事により一変する。

 

「待って! 君、関係者なの!?」

「一言だけでもコメントをお願いします!」

 

 その声に僅かな焦りと苛立ちを感じながら振り返った悠は、蒼白な千景の顔色を見て固まった。これはまずい。そう脳が判断した次の瞬間、千景の顔から表情が抜け落ちる。一瞬で印象すら変化した千景は、信じ難い程の冷たい瞳で後ろを振り返った。

 

「殺してやりたいと言えば満足ですか?」

 

 その場を凍らせる程の冷たい声音で、一言そう言い切った。隠そうともしない憎悪を浴びせかけられた報道陣は、予想外の雰囲気に呑まれ、一瞬静まり返る。それから悠の方を改めて振り向いた千景は、酷く暗い目をしていた。その瞳の色に悠は既視感を覚えた。その心当たりはすぐに思い浮かぶ。小西先輩の仇をと言っている時の陽介が、こんな目をしていた気がする。

 

「菊池、鳴上!」

 

 静まり返ってしまったその場に切り込んだのは、悠に置いて行かれた筈の一条だ。一変した千景の雰囲気に呑まれたのは悠も同じだったのである。遅まきながらその事実に気付き、我に返った悠は、改めて千景の手を引いてその場から逃げ出した。

幸いと言えるのか、取材陣は彼らの反応に一歩遅れた。思い機材を抱えた大人が、殆ど身一つの学生に鬼事で勝てる訳が無いのは明白である。程なくマスコミを撒く事に成功した一同は、歩みを止めてその場で荒く息を吐いた。

 

「菊池、話せるようになったのな」

 

 肩で息をしながら尋ねられた一条の言葉に、大人しくなってしまった千景が、何かを言おうとする。だが話そうとする様子を見せながらも、彼女の口から言葉は無い。それに諦めたように、千景は僅かに首を横に振った。

 そんな様子を見せる千景の目はもう、あの憎悪に染まった色を微塵も浮かべてはいない。あれはなんだったのだろうと、悠は小さく首を捻った。

 

「さっき話していただろ?」

 

 千景の様子を見た長瀬が尋ねれば、千景は小さく首を傾げた。それが何を表しているのか、正確な所の分からない一条と長瀬は不思議そうに首を捻る。

 

「えっと、大丈夫だったか?」

 

 何かを言おうとして困っている千景に、話を逸らすように悠が問う。それに千景は何度か頷いてから、思い出したように鞄からメモ帳を 取り出した。

 

『助けてくれてありがとう』

 

 流暢に右手のボールペンで手早く書かれた丸文字を見せられ、悠は改めて千景に言う。

 

「俺は鳴上悠で、そっちが長瀬。えっと、菊池の家の近所に住んでるんだけど、困ってたみたいだったから。迷惑じゃなかったならいい」

 

 自分たちが彼女を知っていても、多分逆はない。そう判断した悠は手早く自己紹介を交えながら、簡単ないきさつを説明する。何処か居心地の悪そうにしている千景に気付いた悠は、思わず尋ねた。

 

「……ひとりで帰れるか?」

 

 あからさまにほっとした空気で、千景は頷いた。だが向かい合っていなかった後ろの振ったりが声を上げる。

 

「近所ならこのまま送ってってやれって。また囲まれないとも限らないだろ」

「俺らの事は気にしなくていいから、一緒に行ってやれ。あんなん見た後だぞ」

 

 一条と長瀬の言う事は尤もな事であった。故に悠も反論らしい反論を出来ないのだが、当の千景の方があまり関わっては欲しくないように見えるのである。判断に困った悠は、落とし所を、もう一人の当事者に任せる事に決めた。

 

「どうする?」

 

 尋ねられたものの、ちょっとした事では納得しそうにない二人を後ろに控えている。その二人を見てから、千景は困ったように悠に視線を戻した。

 

「……嫌じゃなければ送るよ」

 

 その視線を受けて、悠は千景を説得する方を悠は選んだ。二人を納得させる言葉を捜すのは骨が折れそうだと判断の結果である。その言葉を受けて、千景はもう一度二人の方を見た。それから再び悠を見て、どこか困ったような、申し訳ないような、そんな表情で同意を示したのである。言葉を持たない千景に、二人を説得する事は悠よりも遥かに困難であるのは目に見えて分かったからである。

 妥当と言えば妥当な形で、ある意味押し切って帰り道に同行する事になった悠であった。だが千景との間の沈黙は悠の予想を遥かに越えて気まずいものだった。空気が目に見えるのならば、トゲでも生えているのでは、そう思う程に沈黙が痛い。一方が話せない事を差し引いても、千景が話題にあまり乗り気でないのが原因だろう。その気まずさを拭いたくて、更に話かける、正に悪循環である。あまりの気まずさに、久々に逃げ出したいと悠は心から思った。そもそも、どちらかと言えば聞き手に回る事の多い悠は、自分から話題を振るのはあまり得意ではないのである。更にイエスかノーかで答えられる話題など、あっという間に尽きてしまう。

 弾む筈の無い単純な問いに頷く事で返されて、そのうち悠は、彼女が話しかけられたくないのではと推測を立てた。それが何に起因するかは分からなかったが、少なくとも話せない状態で話しかけられるのは苦痛かもしれない。悪い事をしてしまったなと思った悠は、自分の予想をそのままぶつけてみる事にした。

 

「……君は学校、楽しい?」

 

 学校という場は、ひとつの社会である。そういった場では、否応なく会話は発生する。もし自分の予想通りであるならば……そう思っての疑問は、千景にとっては意外な質問だったらしい。悠の問いに、彼女は俯かせていた目を見開いた。それから少し、考えるように時間をおいてから、こくりと小さく頷いた。

 

(……嘘だ)

 

 妙な確信を持って、悠はそう判断する。だがそんな様子などおくびにも出さず、「そうか」とだけ返して、今度こそ悠は口を噤んだ。沈黙は相変わらず重かったが、話掛けて来ない悠にほっとしたのか、先ほどまでの刺々しい空気ではない。時折道を尋ねる以外には特に話し かける事も泣く、その度の千景の案内で家まで送ってから、帰宅する。以外と近所だった事に、堂島が同じ町内だと行っていた事を思い出した。

 

 

 

 千景の発した言葉がテレビに流れたのは、その翌日の事だった。本名は出ず、モザイクもかかり、変声もされていた。だがあの場面に居合わせた人間には、あれが千景だということがはっきりと分かってしまう。それほど千景の雰囲気の変化は印象的なものだったのだ。丁度、菜々子との食事の最中にそれを見てしまった悠は思わず箸を止めた。流れるニュースを気にしながらも、自分の話を聞いてくれていた悠の変化に、菜々子は不思議そうに首を傾げる。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「……なんでもないよ」

 

 どうやら話す事に夢中で、テレビの言葉はきちんと聞いてはいなかったらしい。それにほっとしながらも、どうにか取り繕った笑顔を見せて、なんでも無い風に振る舞った。それから止めていた食事を再開したのだが、すっかり味気ないものへと変わってしまったのである。

 逮捕された犯人を殺したい程に憎んでいて、学校へ行くのが苦痛である。それから話せない為か、人から話しかけられるのも嫌い。悠の知る所の菊池千景は、そんな人間だった。

碌に関わりのない相手であったので、それだけ知れば重畳といった所であろうか。

取っ付きにくい相手ではあるが、悪い奴ではなさそう。そんな印象を抱いた相手であった。

 

 

 それから更に翌日の、天気予報通りの雨の日の真夜中。りせの事件が解決した事を確かめる為に見たマヨナカテレビに、人影が映った事で悠は大いに動揺することになった。その人影は明らかにりせとは違っており、中に人が入れられる前の、砂嵐に映った状態の映像だった。ぼんやりとした輪郭からは、それが誰だかを推測するには不十分で、膝の辺りが緩やかに広がりを見せている。その人影が手に持った何か細長いものを振り回すような仕草を見せた後、マヨナカテレビの映像は途切れた。

 どういうことだ。呆然としていた所に、携帯が着信音のアラームを響かせた。液晶を見れば陽介の名前が表示されていて、それに出来るだけ心を落ちつけて、通話ボタンを押す。

 

『相棒、さっきの見たか?』

「見た」

『あれ、りせちーじゃなかったよな』

「だと思う。りせ程、髪が長くなかった」

 

 あの砂嵐の画面にぼんやりと映された姿は、長髪のツインテールでは無かった。それでもそれなりに長かったのと、シルエットがスカートのように広がっていたあたりで、女性ではないかと悠は推察した。

 

『だよな……ってか、あれ、まだ中に入ってない状態だよな?』

「今までのパターンからいえばそうだな。取り敢えず、りせの件は解決したと考えていい筈だ」

『立て続けてまた事件かよ……一応、明日、りせちーのとこには行ってみた方がいいんじゃないか?』

「安全の確認も兼ねて、だな。フードコートに集まるよう、みんなに声をかけよう」

 

 悠が他のメンバーに連絡を入れる事を約束して、通話を切る。連絡用のメールを作成しながら、今までのパターンから考える。最近テレビに映った人間、そうなると悠には一人の心当たりが思い浮かんだ。尤もその場に居合わせたのは完全に不可抗力であったが、仮にも知り合いであるというのはアドバンテージであるだろう。明日にでも彼女の家を訪ねてみるべきだ、そう予定を立てて、悠は床についた。

 そして翌日、三人目の被害者が出たと言う現実に、自称特別捜査隊は騒然となったのである。




この世界のマスコミならこの位きっと放送するって信じてる

初めの方はオリ主と言いつつオリキャラ状態。救出から始まるので暫く主人公は鳴上くんです

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