P4〜ふたりぼっちの子供〜   作:葱定

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prologue

 もうすぐ五月に入る四月の末日。隣りの二年一組に転校生が来たと言う話は、小さな学校と言う空間であっという間に広がった。元々話題に乏しい田舎の小さな世界において、転校生と言うのはそれだけで話の種となる。

新学期の開始に合わせて転入した自分の時も、自分が知らなかっただけでこれ位、話題になっていたのだろうか。そこまで考えて、悠は何とも言えない気分になった。話を聞く限り、やはり半端な時期に転校して来たらしい、八十稲羽の先輩である陽介を見て、色々大変だったのだろうなとこっそり思う。主に家業の関係で。

 どうしてそんな話題になったのかと言えば、悠の目の前で菓子パンを頬張っている陽介が原因である。悠の弁当のおかずをつつきながら、思い出したように話題に上げたのだ。

 

「しっかし、なんでまたこの時期に転校なんだろうな。もうちょい早けりゃ、もっと色々楽だったろうに」

 

 一人だけ前の学校のブレザーを纏う転校生は、嫌でも目立った。その様子を思い出したのか、陽介はパンを食べる手を止めて、気の毒そうな顔をした。

 

「制服の用意ができない位、急な転校だったっていうのは、確かに気の毒だよな」

 

 そんな陽介に合わせるように、悠もまた箸を止める。親の都合はあれど、この時期になる位なら、四月の頭の始業式に合わせてもいいのではないか。少なくとも新しいクラスという点においては、もっと馴染みやすかったのではないか。尤もクラス替えがあったかどうかによって、その難易度も変わるとは思うけれども。

 

「でも見た感じ、結構可愛い感じじゃね?」

 

 遠目からでも目立つ違う制服を目で追った感想が、それである。天城越えにもチャレンジした事のあるらしい陽介を、やはり結構ミーハーなのだと認識しながら、悠も話題の当人を思い出す。

 

「花村はああいう子が好みなのか?」

 

 ミディアムヘアの髪をハーフアップにしていた少女は、確かに整った顔をしていたような気もする。が、転校生という事実に気をとられていた悠は、容姿に関しては余り覚えてはいなかった。

 

「へっ? いや、そう言う訳じゃないけど……それ位はチェックするもんじゃね?」

「そう言うものなのか……気になるなら部活の時にでも、一条にどんな子なのか聞いてやろうか?」

 

 その手の話題には基本的に興味の無い悠は、さも当たり前に言う陽介に妙な納得を覚えた。こんなに積極的なのにどうしてモテないのだろうかと、微妙に失礼な事を考えながら問い返せば、陽介は目に見えて話題に食い付いた。

 

「うわ、マジで? やった、持つべきものは相棒だな! 宜しく頼むぜ!」

 

 ウィンクまでして喜ぶ陽介に、適当な相槌を返しながら、成る程、これは残念な奴だとやっぱり失礼な事を考えて、残りの弁当を悠は頬張った。口の中がいっぱいであれば、下手な事も言うまいとの考えからの行動である。

 

 

「転校生? ああ、菊池の事?」

 

 合流した長瀬を巻き込んだボール磨きで部活を終わらせた後。既に馴染みに生りつつある愛家で、尋ねられた一条はつついていた回鍋肉定食から顔を上げて悠を見た。転校生と言われて真っ先に出たのは、直ぐ横にいて話をしていた悠だったようだ。だがその本人から転校生という単語を聞いて、ようやく自分のクラスの転校生を思い出した様子である。

 

「菊池さんて言うんだ?」

「おう、結構可愛いよな」

「制服が目立ってた位しか知らん」

 

 悠の疑問に、一条はやはり当然と言うように答える。それを聞いた悠は、陽介といいやはりこれが当然なのかと納得しそうになる。が、反対側にいた長瀬の自分と同じ感想を聞いて、別に変ではないと一人頷いた。

 

「お前ね……まあいいけどさ。と、菊池の事だったっけ」

 

 何か言いたそうに一条は肉丼をかき込む長瀬を見たが、そのまま話題を戻して悠を見た。その様子を少し不思議に思いながらも、悠は口を開く。

 

「そう。なんでこんな中途半端な時期に来たのかなって」

「あー……席自体は四月の頭からあったんだよ。んで、何か入院してたらしくて、その検査? だかが長引いただかで、登校が今日になったんだと」

「そりゃ大変だな……」

 

 先生からの紹介の言葉の引用だろう一条の台詞に、余り興味なさそうにしていた長瀬も少し気の毒そうに声を上げた。女子の話題には素っ気ない長瀬ではあるが、根はいい奴なのだと、短い付き合いながらもそれは悠も知っている。

 

「多分その関係でだと思うけど、今ちょっと喋れないって先生が言っててさ。実際話せないみたい。落としたプリント拾ってやったんだけど、お礼言おうとして声出なくてさ。アレ見たら元々話せてたんだろうな、自分でも声出ない事にショック受けたみたいで、なんか可哀想だった」

「それは……」

 

 予想以上の衝撃的な体験談に悠は言葉を詰まらせた。そんな事態に行き当たったら、気まずいなんてもんじゃない。咄嗟に可哀想だと思ってしまったが、そんな風に思った事を本人に知られたらそれこそアレな話である。

何でまたそんな事になっているのだろう。気にならないと言えば嘘になる。だが、そんな事本人に聞く訳にも行かないし、一条にそんな事を聞かせるのも酷い話である。思わず横にいる長瀬を見れば、悠と同じ事を思ってしまったのか、非常に気まずいような顔をしていた。そんな二人を構う事なく、一条は続ける。

 

「本人も喋れない事気にしてるみたいだったから、接する機会があったら気にかけてやってよ」

 

 一条が善意からそう言っているのは分かる。しかし、言われた悠も長瀬も「おう」としか返せない。面倒と言うよりも、気まずさからそんな機会がない事を願ってしまったのは仕方のない事だろう。狭い学校だから接する事もあるかもしれないが、基本的にクラスが違うので、一条よりもそういった機会も少ない筈である。そして悠も長瀬も、件の転校生に積極的に会おうとは思わない。

 そんな曰く付きのもう一人の転校生と、悠が関わるようになったのは、りせとクマの一件が終わるかの頃のことである。

 

 

 全国区に放送されるような事件が、三月末に起きた。強盗殺人と見られるありがちと言えばありがちなものであったが、被害者の一家が一人を残して殺害されるという手口は、人々の関心を集めるのに十分過ぎたのである。更に犯人が逃亡したのも手伝って、マスコミは事件をセンセーショナルに熱かった。これのおかげで一時期、茶の間はこの物騒な話題一色となったのである。そんな事件の犯人が六月になって逮捕されたといえば、話題にならない筈が無かった。

しかし、それだけであるならば、それこそ稲羽市に関係のない話だった。だが、どうにもその事件の関係者が、生存者が、稲羽市にいるらしいという噂が広まった。それは稲羽市で起きた進展の無い連続殺人事件の話題を上書きするには十分な威力を持っていた。りせの引退報道が落ちついた所に、新たに街で見かけるようになった報道陣の存在が噂の後押しをする。色々な物事に少しずつ後押しされて、そんな噂は真しやかに稲羽市という街に浸透していったのである。

 件の噂は、地味に悠にも被害をもたらした。理由は転校生であるからという、至ってシンプルなものである。恐る恐る尋ねてくるクラスメイトに、違う事を告げたまではいい。だが廊下にわざわざ呼び出してまで見知らぬ同校生に尋ねられ、どうしてそんなにアグレッシブなのかと悠は苦虫を噛み潰す思いだった。最初のうちは丁寧に対応していたのだが、殆ど違う事を前提にして訊いている事に気付いた辺りで猫は剥がれた。どんどん投げやりに否定して行く悠に、今度は隣りのクラスの転校生に視線は集まった。

それは当然と言えば当然の流れだったのだが、彼の生徒が話せないと言う事実もあり、おいそれと尋ねる事の出来ない空気があったのである。迷惑な話ではあるが、悠の所に人が来たのは、もう片方に訊けない空気が強かったと言う背景もあった。

 だが誰もが確信を持てないのにも理由があった。噂の的である転校生の苗字が、 被害者となった一家のものと違ったのである。違うのであればそれでいい。しかし、もし事実であったとしたなら、地雷なんて生易しいものではないのは目に見えていた。

 

「おい、悠」

「何?」

 

 珍しく三人揃った堂島家の夕食の席で、改まって名前を呼ばれて、夕飯の箸を運ぶ手を止めて堂島を見た。何かやっただろうかと思い返してみたが、思い当たる節が多過ぎて考える事を止めた。日頃の行ないが、という奴である。

怒られる事も覚悟して堂島の言葉を待てば、叔父は少し気まずそうに悠から視線を反らした後に口を開いた。

 

「あー……飯の後、ちょっといいか」

「……分かった」

 

 その視線がちらっと菜々子を映したのを、悠は見逃さない。菜々子がいる前で話題に上げたくない事なのだろう。と言う事は、高確率で怒られるなと覚悟を決める。

 

「……ケンカ?」

 

 そんな二人の様子を見て、菜々子が伺うように尋ねる。毎度繰り広げられる、堂島の悠に対する愛ある説教と言う名の小言も、菜々子にかかれば喧嘩なのである。

 

「そうじゃないが……菊池千景って知ってるか」

 

 堂島自身も箸を止めて、少し悩んだ後に結局切り出す事に決めたようである。少し改善された親子の関係が、菜々子に不安を与える事を躊躇わせたようだった。それを少し温かい気持ちに思いながら、悠は聞かれた名前について考える。何処かで聞いた気はすれど、ぴんと来るものがなく、結局そのまま問い返す。

 

「いえ……?」

「お前んとこの学校に転校して来た筈なんだが」

「ああ、それで聞いた事あったのか……隣りのクラスの転校生がどうかした?」

 

 隣りのクラスと直接関わりのない事を強調しながら、悠は尋ねた。この過剰な予防線はマヨナカテレビの事に首を突っ込んでいる為だけではない。野良猫が増えた原因だとか、実はそこここに堂島が頭を痛める原因となりうるものの心当たりがあるが故のものである。自覚がある分、質が悪いと言うべきか。

 

「同じ町内の菊池さんのとこの子でな。ちょいとその子の事で頼みがある」

「構わないけど、今じゃ駄目な理由でも?」

「飯時の話題にゃアレだからなァ……」

「……察しました」

 

 何かは分からなかったが、飯がまずくなるような話らしい。取り敢えずは自分が怒られる訳ではないと、悠は胸を撫で下ろした。そんな二人の様子を伺っていた菜々子が、喧嘩ではない事が分かったのか、小さく「よかった」と漏らす。それを聞いて思わず彼女の頭を撫でてしまった悠はきっと悪くない。立派なナナコンではあるのだが。そんな兄妹ぶりを、堂島は優しい目で眺めながら、止まってしまっていた食事を再開したのだった。

 食後の一服を縁側でしていた堂島の所に、悠は進んで話を聞きに行く。あの場で話さなかったのは菜々子を気にしてだというのは分かっていたし、当の菜々子は今、洗い物の最中である。窓を閉めてしまえば、声は届かないだろう。

 

「ん、悪いな」

「気にしないで。それで、菊池がどうかしたのか?」

 

 銜えていたタバコを灰皿に押し付けながら言う堂島に、悠は改めて尋ねる。

 

「悪いんだが、困ってるのを見かけたら気にしてやってくれないか」

「それくらい構わないけど……なんで?」

 

 気にかける位はどうとも思わないが、名指しされれば気になるものである。例に漏れずに問い返して来た悠に、堂島はそうなるよなという思いを隠さずに口を開いた。

 

「最近マスコミが五月蝿いだろう? それの所為で菊池さんのところの奥さんが疲れててな……その、お前もニュースくらい見てるだろうし、話題にもなったから覚えてると思うんだが……三月にあったN県の強盗殺人事件って、知ってるか?」

 

 堂島の口から出た話題に、悠は目を丸くした。これは確かに、飯がまずくなる話題である。同時にその菊池との関係も察してしまい、思わぬ所で知ってしまった噂の真相に思わず閉口してしまった。だがこれで何も返さないのもどうかと思い、どうにか言葉をひねり出す。

 

「……マジですか」

「マジだ。それで知ってるかもしれんが、今、話せないだろう。マスコミをあしらうのも一苦労な上に、追いかけられるとパニックを起こしてしまうらしくてな。実際何度か倒れてるらしい」

 

 なかなかお粗末な悠の返しを、鸚鵡返しで返されて、悠は完全に閉口した。しかも想像した以上に思い理由もあって、どう言葉を掛ければいいのかも分からなくなる。絶句とは正にこの事などと場違いな事を考えて見るが、そんな事をしてみても現実は変わらない。

 

「それは……なんというか……分かった、覚えとく」

「すまんな。ご近所と言うのもあるが、まあ、学校で何かあった時には力になってやってくれ」

 

 常時であればそっとしておく所だったが、歯切れが悪いながらもそう頼まれてしまって、悠は分かったと頷いた。

 




P4の世界のマスコミはゲームやってる感じかなりのマスゴミ臭を感じます


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