機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.7 トリガーハッピー

【つってもよォ、昨日の今日でいきなりデバイスを作るなんて、いくらアンタでも無理だろォ?】

「今回はちょっと特殊な事情がありましたから。事前にアルフレッドさんのデータは貰っていましたし、基礎フレームは過去のものを流用していますので」

 

 アルフレッドとマリエルは整備室にて、向かい合って座っていた。簡単なメディカルチェックを終え、マリエルがデバイスの調整を行なっている様子である。その間、やや手持ち無沙汰となったアルフレッドは、マリエルと雑談を交わして暇をつぶす事となった。デバイスの大まかな調整は既に済んでおり、細かな作業のみを残すだけだ。だからマリエルの手は雑談中であっても淀みなくキーを叩き続けた。

 整備用ポッドの中にはカード型のデバイスが浮いていた。ゆっくりと回転を続けるそれは、少なくとも現時点では特別な要素は見受けられなかった。

 

【つまりはお下がりかィ?】

「不服でしたか?」

【いーや、新しい武器をくれるってンなら文句はねェぜ】

「俺もインセインに同意だ。俺用にデバイスを作ってくれたという事実は一緒だしな」

【お礼に今度飲みに行くかィ。もちろん相棒の奢りさ】

「あはは、考えておきます」

【よっしゃ、今度はナンパ成功だ】

「え、今のってナンパなんですか?」

 

 本気で聞き返すあたりが彼女らしい。彼女らしいが、アルフレッドにはやや無防備に思えた。青春を全て技術習得に費やした結果だろうか。技術畑の肥やしにするために青春全てを発酵させてしまうのは、少しばかりもったいない気もした。ワーカーホリックすぎるのも考えものである。

 もちろん、単純に彼女が天然であることは否めないのだが。

 

 アルフレッドが新たに受け取るデバイスは、聞けばティアナのデバイスを作る段階で、一つの案として作られたものらしかった。基礎フレームまで作ってみたは良いが、彼女の戦闘スタイルとは少し違うという話になってしまい、このままお蔵入りになる筈だったデバイスである。それを改良してアルフレッド用に作り直すという話なのだ。

 試作機を作ってみたは良いが、必要とされる要求を満たさないとして没になってしまうというのは良くある話であった。シミュレーションと現実はやはり違う。特に、本人にとって扱い易いかどうかという要因については、実際に試作機を作って触ってみるまで分からない。だから技術者は試作機をいくつか作成し、思考錯誤を重ねるのが通常であった。優秀なデバイスを設計しても、本人に扱えるかどうかは別な問題である。

調整中の新しいデバイスは、ティアナには扱いにくいだろうと評価されてしまった経緯があった。そのまま廃棄されるところを、アルフレッドにはぴったりだろうと判断され、ようやく日の目を見ることとなる。

 

 何故ティアナには向かないと判断されたかというと、ティアナが扱うには暴れ馬すぎたのだ。威力は申し分ないのだが、ティアナの筋力では長時間の使用が難しいと判断された。また、彼女の魔法とも相性が良いとは思えなかった。少なくとも、このデバイスは一射の精度を上げようという代物ではない。とりあえず作ってみたは良いものの、少しばかりティアナの戦闘スタイルとは違ったものだった。理論的にはティアナにも十分に扱える筈だが、現実はそうではなかったという事だ。

 なぜなら、それはハンドガン型などではなかったからだ。もっと重く、反動が大きく、射程も短いものであった。ティアナの弱点を補うというコンセプトを元に設計されたものの、長所を殺してしまうという本末転倒な結果に終わるという、なんとも不運なデバイスだった。

 

「よし! これで調整は終わりだよ。インセイン側で管制できるようにしたから、今までのショットガンと同じように使えるよ。あと、まだ名前がないから、折を見てアルフレッドくんが名づけてあげてね」

【サンキュー、マリエル。お前は良い女だなァ】

「さ、後は実際に使ってみて、微調整をしようか。シミュレーションに移動しようか?」

「I copy」

【……アレー? 俺の殺し文句が無視されたァ】

「随分とチープな殺し文句もあったものだ」

 

 ◇

 

 アルフレッドとマリエルは連れ立って訓練シミュレータに移動した。件のデバイスはインセインに統合された状態であるため、単体のデバイスとしては手元に無かった。しかし、インセインの中に確かにそのデバイスが存在している。その証拠に、インセインのテンションが上がりっぱなしなのだ。そのはしゃぎ様といったら、まるで子供のようだ。

 アルフレッドに貸されたタスクはオブジェクトの破壊である。もっとも、シミュレータで出現した擬似的な物体であるが。この訓練は、人型を模したオブジェクトを全て破壊してその所要時間を計測するものだ。ただし、赤いオブジェクトのみを破壊し、青いオブジェクトは破壊してはならない。青いオブジェクトを破壊してしまった場合は何かしらのペナルティが発生する。今回の場合は、経過時間が10秒ほど加算されてしまうというものだ。これは大きなマイナス評価となってしまう。

 

「フィールドはインドアでいい?」

「むしろ望むところだ」

 

 マリエルがコンソールを操作すると、アルフレッドの周囲の景色が一変した。何かしらのビルの屋内であるように思えた。目の前には木製のドアが一つある。ペンキで塗りたくったような字で、「start position」と書かれていた。

 

「そのドアを開けたら計測開始だよ。インセインとの同期も確認したいから、必ずインセイン・スーツを展開した状態で突入してね」

【そいつは嬉しいねェ】

「I copy. インセイン、セットアップ」

【Standby ready! Set up!】

 

 その瞬間、アルフレッドは光に包まれた。まず、祭司服のようなバリアジェケットを身にまとい、その上から覆うようにインセイン・スーツが展開される。相変わらずの重装甲である。しかし、その手に持っているのはいつものショットガン型デバイスではなかった。

 両手に持ったそれは、無骨なサブマシンガン型デバイスであった。黒を基調としたそれは、見る者によっては質量兵器としてのそれと見間違うだろう。人間工学に基づいたのであろうフォルムは独特で、特徴あるものだった。アルフレッドは、かつて自分が居た世界にあった「FN P90」というサブマシンガンに似ていると感じた。あくまで似ているというだけで、まったくの別物であることは疑う余地もないのだが。

 

「もともと、敵の接近を許さない戦い方を想定して設計されていたんだけどね。ティアナの長所を殺しちゃうってことで没になっていたの。でも、射撃レートや集弾性は折り紙つきだよ!」

【こいつはゴキゲンだぜェー! ファッキン野郎共をズタズタにしてやろうぜ相棒ゥー!】

「ショットガンを使えるほどの至近距離だと、結局アルフレッド君は肉弾戦のほうが戦いやすそうだったからね。それなら、もう少し射程がある武器のほうが良いって思ったんだ。でも、ショットガンがなくなった訳じゃないから安心してね。インセインに言えば出してくれるよ」

【まかせとけ相棒ゥ。アイツもまだ俺の中にあるから、必要な時は出してやらァ】

 

 そもそも、アルフレッド自身は接近戦を主体として戦うが、これは必ずしも格闘戦が得意ということを意味しているのではない。むしろ、必要にかられてそうしていると言うのが正しいだろう。なぜならインセインは鈍重だ。走行時の移動速度はともかく、極端なほど小回りが利かない。殴打による攻撃が弱点となるインセイン・スーツにとって、そもそも格闘戦は避けるべきものなのだ。それを克服するためにハンマー・ナックルなどの術式を作りだしたにすぎない。とはいえ、インセインほどの重量があると殴打による攻撃が凄まじい威力となることも事実だ。必殺と言ってもいい。

 つまりインセインにとって格闘戦は弱点でもあり、長所でもある。リスキーではあるが、見返りは大きい。しかし、リスクを冒すべきではない状況も当然あるため、それを避ける手段があるならばそれに越したことはない。

 ゆえに銃器型のデバイスを保持しているのだ。中距離での戦いこそ、インセインの防御力を最大限に発揮できる。遠距離での戦いになると、砲撃や射撃を不得意とするアルフレッドは極端に不利になる。かと言って、近距離だと小回りが利かないために危険な状況に陥る可能性もある。

 肉薄せず、しかしこちらの攻撃は十分に届く範囲。つまりはインドアでの銃撃戦こそアルフレッドが最も得意とし、かつ有利に戦える状況である。むろん、味方の援護があるならば他の状況でも十二分の実力を発揮できるが。

 ゆえに、マリエルの言うようにショットガンの有効射程はアルフレッドにとって狭すぎると言っても過言ではなかった。無用の長物と言っても良い。ショットガンデバイスの役割がカートリッジシステムの運用だけに集約してしまっている以上、他のデバイスを持ったほうが圧倒的に有利だ。ショットガン型のデバイスを使っていたのは、単に第八技術部で以前に試験したデバイスをそのまま所持しているだけに過ぎない。他のデバイスを持つにしても、今の今までその機会に恵まれなかったという実状がある。

 だが、ショットガン型デバイスを使いこなせていないことはアルフレッド自身も感じていたことでる。だから、新たなデバイスを支給してくれるというのは、本心から有難いことであった。

 

「準備ができたら、いつでも突入してね」

【I copy! システムチェック開始ィ、新型武装の火器管制システムはオールグリーン、完全に同期・管制できてるぜェ。その他もろもろのシステムも問題なし】

「パッケージシステム、インストール」

【インストール。システム正常稼働、表面温度と内部温度ともに許容範囲内。出力も問題無し。オッケーイ、いつでもいけるぜ相棒ゥ!】

 

 アルフレッドは頷き、左手のサブマシンガンを腰のホルダーに収めた。昨日までそこにはショットガン用のホルダーがあったのだが、今はサブマシンガン用のものに換装されていた。右側にも同様のホルダーが新たに備えられている。そこには投擲物の類が吊るされてあったのだが、それらは腰の背中に近い場所にまとめて吊るされていた。むしろ今の場所のほうが、行動の邪魔にはならなそうだ。

 ショットガン型デバイス用のホルダーは無くなっていたが、これからはサブマシンガンが主体となるのだ。マリエルは不要と判断したのだろう。アルフレッドもそう思っていた。おそらく、ホルダーは無くても問題はなさそうである。

 

「3カウント」

【3...2...1...|Storm!(突入)】

 

 その合図とともに、アルフレッドはドアノブを殴り壊した。そのままドアを蹴り破る。蝶番まで破壊された木製のドアは支えを失い、床を滑りながら倒れこんだ。

 ドアが破壊されると同時に、アルフレッドはサブマシンガンの銃口を部屋に向ける。目についたターゲットに向かい、引き金を引いた。人型を象り、赤いマーカーのついたそれは明らかに破壊対象であることを示していた。

 

【トリガァァァッ! ハッピィイイイイ!】

 

 左右に持つサブマシンガンの引き金を引く。小粒ではあるが、大量の魔法弾が吐き出された。通常、銃器は射撃の反動等によって銃口が上を向く。その動きを人力で抑えることをリコイル制御というが、アルフレッドのリコイル制御は理想的と言ってよかった。片手での射撃はリコイル制御が困難である筈なのだが、インセインの太くて重い腕が発揮する膂力が完全に反動を殺している。結果、銃弾は驚異的な集弾性と正確性を発揮するに至っていた。

 狙いは僅かたりとも逸れることなく、目標物を打ち抜く。そのとき、アルフレッドは攻撃用のオートスフィアが自分を睨み付けたことを視界の隅に捉えた。

 

【フルアシストォ!】

「イグニッション!」

 

 オートスフィアがアルフレッドに向かって銃弾を発射したとき、既にその場にはアルフレッドはいなかった。代わりに、そこには踏み砕かれた床が発する埃が舞っている。目標を見失ったスフィアが周囲の探索を始めた時、既にアルフレッドの拳はスフィアを捉えていた。そのまま薄い防御を打ち抜き、オートスフィアを殴り壊す。スフィアは地面に叩き付けられた後はしばらく火花を散らしていたが、すぐに完全に沈黙した。

 

【こんなチンケなオモチャで、俺らの実力が計れると思ってンのかァ!?】

「油断するなよ、インセイン」

【テメェこそ!】

 

 部屋の中を見回す。しかし、この部屋にはこれ以上の脅威は発見できなかった。いくつか残っているものは、攻撃能力を持たないターゲットのみであった。オートスフィアが一個だけというのは些か拍子抜けであったが、安全に部屋を確保できたのだから文句があるはずもなかった。

 手早く部屋内のターゲットを破壊し、次の部屋への入り口を探す。この訓練ではマップ情報が与えられず、探索をしつつターゲットを破壊することとなる。インドアでの戦闘能力だけではなく、探索能力も測定する目的があるためだ。その性質上、フィールドは基本的に一本道で設計されている。ルートが複数あると、ターゲットを未発見のまま素通りしてしまう危険があり、運試しになりかねない為だ。なので、この部屋のどこかに次の部屋への入り口がある筈である。

 次の部屋への入り口はすぐに見つかった。巧妙に隠されていたが、カーペットの裏に下の階へと降りるハッチがあった。そのハッチから身を晒さないように、慎重に開放する。その後、ハッチからやや距離を取り、油断なく武器を構えた。しかし、そのハッチから敵が飛び出してくる様子はなかった。

 次にアルフレッドはハッチの奥を覗きこむ。どうやら下の階もまた、この部屋と同様の小部屋であるようだった。

 

【ムゥ……こりゃあジャミングされているなァ。下の階の様子をサーチできねェ】

「問題ない。AMFの挙動を察知したら教えてくれ」

【ま、AMF搭載型のオートスフィアが登場しない保証は無いやね】

 

 タイミングを見計らい、ハッチから飛び降りる。着地の衝撃で床にヒビが入ったが、踏み抜いてしまうような事はなかった。

 素早く周囲を警戒する。そこには大型オートスフィアが鎮座ましましていた。そして、その周囲に三体ほど小型のオートスフィアが浮遊している。

 大型オートスフィアは、直径は人体ほどもある球状をしている。球状である為、射撃系の攻撃ではダメージを与えることが難しく、近接攻撃を仕掛けてもその厚い装甲は簡単には突破できない。それに加え、攻撃面でも相当な実力を有している。射撃精度はもちろんのこと、威力も侮れない。Bランク以下の魔導師がこれと対峙しても、多くの場合が撃墜されてしまうという新人殺しである。

 しかし、アルフレッドの魔導師ランクはAA相当。事前に用意することが出来ない遭遇戦であったとしても、簡単に撃墜されてしまうような実力ではない。この程度、ピンチの内に勘定されない。

 

「バタリング・ラム!」

【デカブツを速攻で潰せェ!】

 

 フルアシストの瞬発力に乗せて放つ、シールドによる杭を身にまとった突進攻撃。大型と小型、計四つのオートスフィアは一斉に銃弾を放った。先ほどのスフィアの情報を共有していたのか、今度はフルアシストを使っていても見失うような事はなく、正確にアルフレッド目がけて銃弾を放つ。しかしその銃弾はバタリング・ラムの杭に弾かれ、明後日の方向へと逸れた。

 攻防一体。バタリング・ラムの性質を表すのに、これ程に適切な言葉は他に無いだろう。

 アルフレッドが身にまとう強固な破城鎚は大型オートスフィアのシールドを食い破り、その寸胴の体に牙を突き立てた。鎚は回転しながら更に深く抉る。破損個所から火花がバチバチと散る。その火花が駆動系か何かに引火したのか、大型スフィアはインセインと小型スフィアを巻き込んで爆発した。

 その爆炎は部屋を包む。部屋の中のオブジェクトを悉く炎は蹂躙した。幸いにして、破壊不可ターゲットは部屋の中には存在しないため、これによってペナルティが発生することはない。

 炎が弱まったとき、そこには黒い装甲を炎に照らされながら佇むアルフレッドの姿があった。インセイン・スーツにはこれといった外傷はない。一度だけ、籠った熱を吐き出すために装甲下の排気口から水蒸気を吐き出した。

 

【ヒャーハッハハァ! 気ン持ちイイーッ!】

「あまり調子に乗るなよ、インセイン」

【オーケーオーケー、分かっているってェ。さァ、どんどんイクぜ!】

 

◇◆◇◆◇

 

「何と言うか、インセインは元気だね」

「元気というか、ハイになっているんですよ、フェイトさん」

 

 マリエルとシャリオ、そしてフェイトの三人はシミュレータの外でその様子を見ていた。シミュレータ内部は全てモニタリングされており、ディスプレイでリアルタイム映像を見ることができる。フェイトはアルフレッドとインセインの様子を訓練開始直後から観察しており、その結果として引きつった笑いを浮かべるに至った。むろん、その原因はアルフレッドというよりもインセインにある。

 昨日の模擬戦の時点で感じていたことだが、およそデバイスらしからぬ言動である。強烈な自由意思を持っていることは想像に難くないが、それに加えて強い感情のようなものを持っているようにも思えた。

 

 インテリジェントデバイスとは、高度な知能をもつAIを組み込んだものを指す。その意図として、魔導師とデバイスが心を通わせて連携を行った際、その能力は未知数のものへと跳ね上がるからだ。デバイスと魔導師の中に信頼や友情が芽生えたとき、魔導師はその真価を発揮する。

 魔導師と心を通わせるためには、デバイスもまた心を持たねばならない。だからAIには心が存在する。決して合理的な判断だけに留まらない、不安定ながらも強靭なモノ。

例えば、明らかに自身の耐久力を超えた魔法を魔導師が撃とうとした時、かつどうしても勝たねばならぬ時、デバイスはこう言うだろう。撃てます、撃ってください、と。それを撃てば自身が傷つき、下手を踏めば損壊してしまうだろうと分かっていても、やれと言う。それは間違いなく心と表現すべきものだ。インテリジェントデバイスならば、心は必ずと言って良いほど持っている。

 だからインセインにもそれが在ることは何も不思議ではない筈だ。だが、それでも違和感を覚える。それは何故かと言われると、フェイトには言葉にすることが難しかった。

 

 自我が強いことはさほど問題ではない。そのように調整されたインテリジェントデバイスは確かに存在している。異常という程ではない。

 多弁な所かと言われれば、やはり違うと思う。あまり需要が無いために稀有な存在ではあるが、インセインと同程度に発言量を調整した個体も存在している。

 

 ならば何に違和感を覚えるのか。やはり分からない。少なくとも言葉にできない。

 だが、それでもあえて言葉にするならば。インセインは人間臭すぎると思うのだ。そう、あの強烈な自我と感情はユニゾンデバイスの持つそれに近い。だが、それとも何かが違う。

考えてみても、やはり分からない。普通のデバイスと違う点が多すぎて、なにが決定的な違いなのか覆い隠されてしまっている。

 ただ一つだけ自信を持って言えるのは、なぜか例えようもなく危険な存在であるような気がするということだけだった。論理ではなく、第六感のようなものでそう思った。

 

「本当に、不思議なデバイスだ」

「そうなんですよ。報告しようか迷ったのですが、マイスターすら不明です」

「製造者が不明? シャーリー、どういうこと?」

 

 シャリオは苦い顔を作る。頭を軽く描き、バツの悪そう仕草をした。

 

「インセインのプロパティを参照しても、マイスター情報が欠落していました。各種プログラムコードの中には後から手を加えた人物の名前があったのですが、肝心のマイスターの情報はどこにも。……製造年月日すら不明でした」

「マリエルは知っていた?」

「……ええ。彼が技術部に来たときから、相当に問題児されました。彼の経歴も不明瞭な点が多く、本当に勤務させても良いものかと」

「でも、受け入れることにしたんだ」

「ええ。彼の人柄は信頼できますし、なのはさんの推薦でしたから。しばらくは様子見という形でしたが、今では頼れる仲間です」

「そう。どこの誰が作ったのか分からないのは、ちょっと不安だけど……気にしない方がいいのかもね」

 

 その言葉に対し、次はマリエルが苦い顔をする番だった。フェイトは目ざとくそれを見咎め、どうしたのかと問いただす。

 マリエルは少し悩んだ。これを告げることは簡単だが、不要な疑惑を生むのではないかと。アルフエレッドが機動六課の一員として活動していく事に、何らかの不都合が生まれるのであないかと。

 しかし、疑惑を疑惑のまま放置する方が疑心暗鬼の種だ。マリエルはそう思い、打ち明けることとした。それが新たな疑惑の芽を生んだとしても、知っている範囲の事は打ち明けるべきだろう。それに、いま打ち明けなければ庇うことが出来なくなるかも知れない。それを聞いてどう判断するかはフェイト次第だ。

 

「恐らくですが……インセインは私たちにも隠している機能があります」

「どういうこと?」

「現在の記憶容量を偽装している可能性があります。インセイン・スーツのストレージはレイジングハートやバルデッシュ等のインテリジェントデバイスと同程度のもので、システムに使用している容量も同等の筈なんです」

 

 インテリジェントデバイスは高度な科学技術の結晶だ。極小の容器に大容量の記憶領域を備えている。だからこそインテリジェントデバイスは人間のように優れた記憶力を持ち、かつ高速な処理速度を誇っている。

 だが、当然その記憶容量には限界がある。あまりの大容量のため忘れがちだが、無限に記憶が可能な訳ではない。そのデバイスの記憶容量はデバイス側で常に把握しているが、AIが破損したときの為に外部からでも調査できるようになっている。デバイスをテスト端末に接続すると、特に情報を持たないゴミのようなデータをデバイスに流し込むことが可能だ。それの応答によって、残りの記憶容量を調査することが可能となっている。

 

「でも、インセイン・スーツの記憶容量の残りが異様に少ないんです。私たちが隅から隅まで調べても、明らかに帳尻が合っていません。それほど、残りの記憶領域が少ないんです」

「つまり、何か大きなシステムなりデータなりの存在を隠している?」

「……その疑いがあります」

 

 その疑いがあるという表現からは、「なにを隠しているのか暴こうとしたがそのようなデータの存在が認められなかった」という事実を暗に示していた。

 この世には法律というものがある。それは現実に生きる者達だけでなく、ヴァーチャルの領域にも及ぶ。その一つに、情報の不可侵という概念がある。

 犯罪と関わりがある疑いが強く、かつ所有者の同意または捜査令状がある場合を除き、個人またはその集団が保有する端末に保存されている情報は侵されてはならない。技術部が本腰を入れて調査ができない理由がここにある。

 アルフレッドとインセイン・スーツが犯罪に関わっている可能性は、現状で明らかになっている範囲内では不明である。いや、仮に犯罪に関わっているとしても、どの犯罪に関わっているのかが不明だ。どのような犯罪に関わっていて、どのようなデータを保持している可能性があるという所まで推測できて初めて令状が下りる。この法律がある限り、アルフレッドを含めてあらゆる人物の個人情報とプライバシーは守られているのだ。

 この概念はあらゆる法におよび、通信の秘匿性や不正アクセスを禁ずる法まで敷かれている。当然といえば当然の法なのだが、情報社会である現代においてはブラックボックスを生む原因ともいえた。

 マリエルはこれを盾にして、アルフエッドを庇うこととした。

 

「……現状では、無理に暴くことはできません。個人情報にあたるものですから」

「インセイン・スーツはアルフレッドの個人所有という扱いだからね……仕方ない」

 

 これが管理局で所有しているデバイスならば問題なく情報を暴くことができるのだ。なぜなら、所有者は管理局であり、それが情報を公開することを望んでいるのだから法に触れる筈がない。

 しかし、インセイン・スーツは管理局ではなく個人の所有という扱いである。これでは無理に情報を暴くことが出来ない。

 

 フェイトはため息をついた。これは相当に疑わしいが、それに反して信頼は得ている人物である。力技で捜査令状を取ることは可能ではあるのだが、彼は今では機動六課の一員である。言うまでもなく仲間だ。その秘密を無理やり暴くような真似が果たして正しいのか、フェイトには何とも判断できなかった。

 なのはならば何か知っているのだろうか。彼女は何か知っている様子であったし、折を見て相談してみるのが良いかも知れない。フェイトはそう思い至った。

 

 その時は誰も気づかなかったが、マリエルは少し暗い顔をしていた。何か後ろめたさを感じている顔と言っても良い。

 実は、マリエルは誰も内緒でインセインの秘密を暴こうとしたことがあった。技術部に迎え入れて良いものかどうか議論がなされていた頃、メンテナンスのついでに隠蔽された領域へのアクセスを試みたのである。

 結果として、それはできなかった。疑わしい領域を発見し、それにアクセスしようとした時にとあるエラーメッセージが表示されたのである。

今でも忘れられない。ただのテキストの筈なのに、どこか悲痛な色を帯びていたのだ。

 

『そっとしておいてくれ。この件について、触れないでやってくれ。これを暴いても誰も幸せにはなれねェ。この俺、インセイン・スーツはこれを墓まで持っていくつもりだ。俺のマスターもそうだ。

 ここまで来たなら、きっとあと少しで俺の秘密は暴かれてしまうだろう。だからこれは忠告でも挑発でもなく、心からの嘆願だ。

 これ以上、マスターを傷つけないでやってくれ。アンタが俺たちの良い理解者になってくれることを望んでいる』

 

 そのエラーメッセージを見終わったとき、マリエルは静かに端末を閉じていた。これ以上アクセスを試みることは良心の呵責が許さなかったのだ。

 この件について、マリエルは誰にも言うつもりは無かった。そもそも違法な行為であったという事も勿論だが、それをしてしまうと誰かがインセインの秘密とやらを暴こうとするだろう。

 胡乱の香りが漂うものの、それを無視することにしたい。それはマリエルの本心であった。意図して隠された猫箱を開けたところで、良いものが詰まっている筈がないのだから。それが本人にとってか他人にとってかは分からないが、インセインの言うようにそっとしておいてやりたい。そう思わせるほど、インセインが発したエラーメッセージは悲痛な色を帯びていた。

 

「今はその件については目を瞑ろう。シャーリーも、この件は一旦忘れてあげて」

「わかりました」

「……ありがとうございます」

 

 フェイトはディスプレイに視線を戻す。どうやら、既にほとんどのターゲットを破壊したようであった。タイムは良好。破壊不可ターダットに対するミスショット等もない。申し分ない成績であった。

 現在の位置を確認したところ、もう最終関門の部屋の前だった。実は、その部屋には訓練用に調整したガジェットドローンが待ち受けている。当然、実体のないヴァーチャル映像ではあるが。

 その数はカプセル状の形状を持つⅠ型が三体。そして球状の体を持ち、大型かつ重装甲のⅢ型が一体。当然、AMFの機能を備えている。訓練ではインセインに干渉するだけだが、現実に近い挙動を実現している。

A-AMF装備の実力、どこまでのものかお手並み拝見。フェイトは心の中で静かに呟いた。

 

◇◆◇◆◇

 

【たぶん、この部屋が最後だな。まだまだ暴れ足りねェが、さっさと終わらせるとするかァ】

「最後まで油断せず、速攻でケリをつけるぞ。You copy?」

【I copy! Storm!】

 

 インセインの合図と共にアルフレッドは部屋に突入する。その部屋で見たものは、今までのオートスフィアとは明らかに異なるものだった。

 だが驚きはしない。十分に予想の範疇である。そして、アルフレッドはこれがAMFを搭載した噂のガジェットドローンであることも知っていた。

 しかし、攻撃の手が一瞬だけ遅れた。その一瞬を逃してしまった後、アルフレッドは魔力がうまく結合しなくなった事を察知した。

 

【警告ゥ! AMFだ!】

「大型だけでも今潰す! パッケージシステム、出力全開!」

 

 その言葉に呼応し、パッケージシステムはインセインへの魔力供給を限界値まで引き上げる。当然ながら保存魔力の消費は激しいが、出し惜しみは一切しない。

 関節の隙間から発していた赤い光がさらに強くなり、ファンの音がけたたましく鳴り響く。内部温度は通常通りだが、表面温度は熱を帯び始めたために彼の周囲は蜃気楼のように待機を揺るがし始めた。

 

【出力は限界まで到達! 魔力結合、約60%を維持!】

「十分だ! フルアシスト、レディ!」

【イグニィィィッション!】

 

 AMF下であっても、魔力消費さえ度外視すれば魔法の執行は十分に可能である。全く魔力が結合しないレベルまでAMFの出力を上げられれば話は別だが、そうでないのであれば戦う術は十分にある。

 その為に考案されたA-AMFシステム。カートリッジシステムの別アプローチとして生まれたパッケージシステムだが、JS事件後にA-AMFシステムとして採用されたその実力は、決してまやかしではない。

 

 その証拠に、アルフレッドとインセインはAMF下であっても十分に動き回ることができた。出力が60%もあれば、フルアシストに使用には全く問題がない。マシンガンもまだ使用できる。

 

 ガジェットⅢ型はその触手をアルフレッドに向けて伸ばした。先端での殴打を狙ったものだ。しかし、ガジェットⅢ型はそのカメラに明後日の方角へと向かっていく自身の腕を見た。そしてすぐに状況を把握する。アルフエッドが持っているサブマシンガンの掃射により、触手が根本付近からズタズタに引き裂かれていた。単発での攻撃力は微々たるものだが、集弾性と発射レートが猛威を振るったのだ。

 アルフレッドは撃ち尽くしたサブマシンガンを腰のホルダーに収める。その直後、インセインが自動で空の弾倉を排出し、新たな弾倉を装填した。

 しかし、次の攻撃はサブマシンガンによるものではない。あの形状では銃弾では攻撃が通りにくい。ゆえに、次の一撃は必然の選択だった。

 

「ハンマー・ナックル!」

【ブッ壊せェェッ!】

 

 アルフレッドの拳は一瞬でガジェットのシールドを貫き、その装甲に拳を突き立てた。深々と突き刺した拳を開き、付近のケーブル類を掴む。そしてそのまま、ケーブルを引きちぎりながら拳を抜いた。手には色とりどりのケーブルが握られているが、それら全てが断線して火花を散らしている。

 

【いやあ、カラフルな臓物ですコト】

 

 アルフレッドはそのケーブルを乱暴に投げ捨てた。その時にはすでにガジェットⅢ型は動作の臨界点に達しようとしていた。

 その直後に起きる爆発。周囲のⅠ型は退避が遅れて――否、アルフレッドがすぐさま部屋の出口を封鎖したため、その爆発から逃げることが出来なかった。

 だが、さすがはガジェットドローンと言うべきか。爆発に巻き込まれて損壊し、火花を散らしているもののまだ動作が続いていた。

 

【でも無駄ァー!】

 

 満身創痍のガジェットドローンに後れを取る筈もない。アルフレッドは腰のサブマシンガンを両方とも引き抜き、それぞれで別の個体を打ち抜いた。二体のガジェットはサブマシンガンの銃弾を防ぐことも耐えることもできず、すぐに打ち抜かれて動作を停止する。残りの一体も、同様にすぐさま蜂の巣となって動作を停止した。

 周囲の脅威を取り除いたことを確認し、アルフレッドは破壊対象のターゲットを破壊して回る。最後の一つを破壊し、アルフレッドは安堵のため息をついた。

 

【Mission Complete!】

「悪くないタイムだ。フェイト達の見立て通り、こっちのほうが戦いやすいな」

【今までよか、はるかに安全な道中だったなァ。こいつァハッピーなプレゼントだったぜェ!】

 

 その時、空中にディスプレイが現れた。そこに映っているのはシャリオの顔だ。

 

「はーい、お疲れ様! アルフレッドさん、かなり良いタイムですよー。ランクに恥じない成績でした!」

「ありがとう」

【Thank you!】

「そっちに戻れば良いかな?」

「はい。今からシミュレータを切りますので、そのままでお待ちくださーい」

【あいよ】

 

 しかしその時、新たなディスプレイが空中に現れた。そこに映し出された文字より先に認識したのは、周囲を赤く照らしつつ明暗を繰り返す光と耳に煩い警戒音であった。心臓が飛び上がったが、どうにか冷静を保ってディスプレイの文字を読む。そこには、はっきりと「Alert」の文字があった。緊急出動か警戒態勢を示す文字であった。

 

【オイオイ、訓練は終わりだろうがァ。こういうドッキリは、俺ァ嫌いだなァ】

「いえ……訓練じゃありません! たった今連絡が来ました……緊急出動です! テロ組織と思われる一団がミッドチルダ空港を占拠した模様! 既に民間人に死傷者が出ています!」

 




 忙しかったため、少しばかり投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。
 そろそろ、シリサスにシフトしていく感じですかねー。まあずっとシリアスというワケではありませんが。

 ご意見、ご感想、誤字報告等をお待ちしております。

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