機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.4 危険な模擬戦

「あのヤロー……」

 

 インセインの言葉に対し、真っ先に怒りを表したのはヴィータだった。インセインの物言い自体が癪に障るのはもちろんだが、それ以上に上官に対する敬意というものが微塵も感じられないことに腹を立てた。

 むろん、アルフレッドが直接の原因でないことは理解している。しかし、自分のデバイスの言動すら制御できてない以上、アルフレッドに咎が無いとは言い切れない事も、また事実である。なのはに代わって「教育」してやろうと、ヴィータはグラーフアイゼンを握り締めた。しかし、なのははそれを制した。

 売り言葉に買い言葉になってしまっては、ただの喧嘩と大差ない。頭に血が登りやすいヴィータに任せるわけにはいかなかった。

 

「止めんな、なのは」

「止めるよ。この隊の戦技教導官は私だもん。やんちゃ坊主の躾は私の役目だよ。それに、私を指名だし、ね?」

 

 ヴィータは軽い舌打ちをする。なのはが止めたことで、ヴィータは大人しく引き下がることにした。なのはの言い分は尤もであるため、ひとまずは自分の感情を抑え込むこととする。

 それに対し、別のアプローチではやててリインフォースがなのはを止めた。ここでなのはが出ることにより、騒動が大きくなることを嫌ったが故だった。

 

「なのはちゃんが出る事ない。何かしらの処分をウチがすれば良いだけの話や」

「そうですよ、なのはさん。出向扱いの隊員に対する処分権限は、出向先の部隊にあるです。ちょっとの間、謹慎処分にすれば良いだけじゃないですか」

「そうだね。でも、ちょっとだけ私の我儘に付き合ってもらって良いかな。色々と、この機会にお話ししたい事もあるし」

「許可できん、高町二等空尉」

「八神部隊長、彼がスターズ分隊に編入した以上、私には彼を指導する権利と義務があります」

 

 普段はすることのない、階級と敬語を用いた会話。はやてが敢えてこの言葉使いを用いたのは、これが命令であると含ませる意志があったからだ。それを受けてなのはも同様に返した。

 はやては、なのはの言い分も一理あると思った。無論、部隊長としての権限で却下することも出来るし、あまり持ちいたくない手段だが戦技教導官としての権限を一時的に剥奪することも可能だ。その場合、なのはは最短で明日の朝まで戦技教導官としての権限を失い、彼らを指導することを許されない立場になる。

 

 しかし、この手段を用いればなのはが酷く傷つくであろうことは想像に難くない。彼女は戦技教導官としての職務に誇りを持っている。それを剥奪されることがどれほど彼女の心を苛むだろうか。

 よって、このような手段に訴えるのではなく、あくまで彼女を説得する形をとりたいのだ。しかし、どうやら彼女の意志は固いようで、説得すら難しそうだ。これでは仕方ないと諦め、はやては自分が折れることにする。不安はあるものの、なのはならば騒ぎを大きくせずに静めることも出来るだろう。そう信じることにした。

 

「……わかった。でもあくまで指導の範疇や。もしその範疇を超えたと判断したら、遠慮なく止める。原因がどちらに合っても、や」

「ありがとう、はやてちゃん。じゃあちょっと行ってきます」

 

 そう言うとなのははバリアジェケットとレイジングハートを装備し、宙に浮いた。そしてそのまま訓練シミュレータに向かう。なのはの表情は、どこか硬かった。

 その場に居る者はあえて言及することは無かったが、なのはの心中に穏やかならざるものが在ることは察しがついていた。なのはなら大丈夫だろうという信頼と、ひと波乱あるかも知れないという不安が、その場の全員に同居している。だからこそ、はやては彼女を止めようとしたのだ。

 しかし、それらの複雑な心境と同時に、興味もあった。なのはのスターライトブレイカーを受けてもなお戦い続けたというアルフレッドとインセイン。その真偽を確かめてみたいという気持ちを、誰も否定することができなかった。

 

 なのはが訓練シミュレータに着くのと入れ替わりに、新人メンバーがシミュレータから出る。おそらくアルフレッドが指示したのだろう。アルフレッドが実力者であることはもはや疑いようもない事実であり、彼と戦うとなれば、なのはもそれなりの力を発揮することとなる。アルフレッドの、せめて巻き添えを食らわないようにという配慮だった。

 インセインが勝手に行なったこととはいえ、ここまで来たらアルフレッドも腹を括るしかない。それに、いずれはなのはと戦いたいと思っていたのだ。アルフレッドが意図していない展開だったとはいえ、望んでいない訳ではない。

 なのはがアルフレッドの前に降り立ったとき、アルフレッドはインセイン・スーツを待機状態に戻していた。これは、いきなり攻撃を加えるような意図は無いというアピールであった。なのははそれを見て、少しだけ安心する。なぜなら、アルフレッドの装備は遭遇戦において相当に有利である。なので、身を隠した状態から奇襲をかけられると、何の抵抗も許されずに撃墜されることもありえるのだ。少なくとも、言葉を交わすつもりはあるとみて、なのはは安堵の息を漏らした。

 

「……なのは、インセインが勝手な事をした。済まない」

【何で謝るんだよォ相棒。お前もコイツと戦いたかったんだろォ?】

「インセイン、もう黙らないと海に捨てるぞ」

【ケケ、出来ないことを言うもんじゃねェぜ? 相棒が居なくなると困るのはお互い様だろうが】

「うーん……私は別に、模擬戦を申し出たことはあまり怒ってないんだよね。いずれ、私とアルフレッド君は模擬戦をするべきだろうって思っていたから」

 

 アルフレッドは、彼女の言葉のニュアンスから別件で腹を立てていることを察した。

 しかし、アルフレッドにはそれが何であるかまでは分からなかった。アルフレッドから見れば、先ほどの模擬戦も特に問題があったようには思えなかった。インセインの勝手な行動以外に原因があるとしたら、一体何だと言うのだろうか、皆目見当が付かなかった。

 もしかすると、自分の戦い方が無茶なものだと思われているのだろうか、とアルフレッドは思った。しかし、インセイン・スーツの性能を鑑みれば、あの戦い方が最も有効であることは間違いない筈だ。

 怪訝な顔をしていると、なのはが口を開いた。

 

「私が何で怒っているのか分からない? ……うちの新人メンバーを危険に晒したからだよ」

【はァ?】

「……すまない、どういう事だろうか」

「ティアナに放ったハンマー・ナックル。あの威力じゃ、ティアナが大怪我をしていたかも知れないとは思わない? チャフやスモーク、それにスタングレネードだって、訓練で使うものじゃないよ。相手に勝てれば良いなんて、それじゃ喧嘩じゃない」

 

 確かに、チャフやスモーク、スタングレネードは決して安全なものではない。チャフやスモークで視界と通信を隔絶されれば、事故の発生確率は高くなる。最悪の場合、パニックを起こした者が闇雲に乱射し、味方を誤射する可能性もある。スタングレネードも、至近で受ければ危険になる。強烈な閃光は網膜を焼き、また炸裂音は鼓膜を破壊し、失明および難聴になる危険がある。

 また、ティアナに放ったハンマー・ナックルも、確かに威力過剰と言えなくは無いであろう。一般人が受ければまず即死、魔導師でも防御が脆ければ大怪我を負うほどの威力が確かにあった。防御を確実に抜くためであったとはいえ、やりすぎたと言えばおそらくそうだろう。

 

【模擬戦だろうが実戦だろうが、持てる実力の全てを出すものだろうがァ。それとも何か、模擬戦の時には手を抜けってのかィ】

「手を抜けって意味じゃないよ。加減しろって言っているの」

「……すまない。次は気を付ける」

【相棒ゥ、折れてんじゃねェよ! 俺はまだまだ言いたいことがあるぜェ?】

「やめないかインセイン!」

【喧しい! 良いか、俺から言わせればなァ……ガキ共のアレはオママゴトだぜ。俺たちは何だ? 兵士だろうが。管理局は一種の軍だろう? 防衛のため、犯罪撲滅のため、その他もろもろの大義名分はあるが、軍に準ずるものなのは間違いねェ】

「……そうかもね」

 

 なのはの顔色は変わらなかったが、少なくとも良い気分ではないことだけは間違いない。

 確かに、時空管理局は軍としての色が強い。独自の部隊を持ち、時空間航行が可能な巡洋艦や戦艦をいくつも所持している。少なくとも、世界最強に位置する戦力であることは間違いないだろう。つまり、時空管理局は軍そのものでなくとも、それに準ずるものであることは間違いない。

 だが、なのはは軍という表現が好きではなかった。なのはは、管理局は正義の為の機関であると信じて疑わない。軍という言葉には、あまり良くない意味も含んでいるように思え、好ましいとは思えなかった。

 

【良いか、軍の訓練で負傷者が出るのは当たり前だ。もちろん要らん事故は防ぐべきだが、どうしても一定数の負傷者は出る。……時には死者も出る。それは仕方の無い事と割りきって、誰もが死に物狂いで訓練するんだよ!】

「私たちは、みんな一生懸命に訓令しているよ」

【ふざけろタコ! なら、あのチビガキの竜は何で追撃しなかったァ!? 危ないから俺を火あぶりにしなかった、とでも言うつもりかァ?

 全くもってフザケているぜ。アイツら全員、人を殺す覚悟も、殺される覚悟もできてねェ。だからオママゴトだって言っているんだよ!】

「私たちは、人を殺す為に訓練しているんじゃない!」

【当たり前だボケ! でもなァ、時には人を殺してしまう時もあるんだよ! 本人が望まなくとも、事故は起きてしまう。殺さないとコッチがヤベェ事もある! その覚悟が全然できてねェって話だ! 少なくとも、俺たちは出来ているぜェ? 何せ、今まで――】

「黙れ、インセイン!」

 

 アルフレッドの声はこれ以上無いほどの怒りを含んでいた。しかし、その声とは裏腹に表情は冷たい。

 なのはは知っていた。その表情は、五年前に彼が見せていた物と同じであるという事を。本気の殺意と覚悟。何処までも冷たい、氷のような殺意である。

 

【……すまねェな相棒。ちょっと喋りすぎちまったか。そう怖い顔すんなって、どうせ画面越しにガキ共も見ているんだぜ。きっとビビって小便漏らしているぞ】

「……良いから少し黙っていろ」

【へいへい】

 

 そう言うとインセインは沈黙した。基本的にインセインはアルフレッドの言うことを聞かないが、本気で命令したら大抵の場合は大人しく従う。一応の主従関係は存在していると見て良いが、インセインは強烈な自我と自由意思を持っている。アルフレッドが制御できないのも無理からぬ話なのだ。

 

「なのは、本当に済まなかった。気を悪くしないでくれ」

「……まあ、インセインがそんな調子なのは初対面の時からだし、もう慣れたよ」

 

 そうは言うものの、相当に不快な気分になっているだろうことは想像に難くない。こんな事を言われて気分の良い人など居る筈がないのだ。

 仮にも、訓練方針を罵倒されているのだ。それはなのはの矜持を踏みにじる事に等しい。本心から、アルフレッドは心が痛んだ。自分がなのはの立場なら、きっと相当に傷つくか怒り狂うかのどちらかだろう。だからこそ、冷静を保っているなのはを尊敬できた。アルフレッドならば、おそらくここまで冷静でいられないだろう。

 しかし、アルフレッドはインセインの言い分もまた理解できた。もう十年はインセインと共に戦っているだけあって、思考回路は十分に承知しているつもりである。インセインはインセインで、自身に誇りを持っているのだ。全力で戦い、自分の力を発揮することこそ、インセインの望むものである。強固な防御を誇示してみせてこそ、インセインなのだ。

 だからこそ、訓練だからと気を使われたのが癪なのだろう。火で炙られようとも、氷漬けにされようとも、インセインとそのマスターは平気でいられるのだ。さすがに長時間となれば危ういが、数分程度ならば何の問題もない。酸素供給は、デバイスの装甲下にある酸素供給装置によって確保されている。最長で五分間ならば外気からの酸素供給がなくともアルフレッドは無事なのだ。それこそ、宇宙空間に放り出されたとしても耐えられる。

 

 だからきっと、インセインはこのままでは腹の虫が収まらないだろう。アルフレッドがなのはと戦いたいという思いは本当の事であるし、ここは話がややこしくなることを覚悟で申し出ることにした。

 

「危険な技だったことは認める。新人たちを危険な目に合わせたことも認める。

 でも、強くならなくちゃいけない。なのは、俺は強くなったのだろうか。俺はお前を超えたい。お前よりも強くならないといけない。だから――インセインじゃないけど、俺と戦ってくれないか」

「少し、頭冷やそうか?」

「俺は至って冷静だよ。インセインとは違う」

 

 なのはは、ティアナの事を思い出していた。彼女もまた、強くなりたいという思いが先行しすぎてしまい、無茶な事をした。

 では、アルフレッドがティアナと同じような心理状態なのかと言われると、少し違うように思えたのだった。ティアナは自分の技を認めて欲しいという気持ちから発したものである。それが悪いことではないが、それが原因となってミスショットをし、さらに連鎖して無茶な技を使おうとした。

 アルフレッドはどうか。少なくとも根源は違うことは確かだろう。自分の技を認めて欲しいとは微塵も思っていないように感じた。ならば何かと言われると、なのはに具体的なものは分からなかった。察しはつくが、確信がない。これはなのはの直感になるが、何か脅迫概念じみたものに囚われていると感じた。それは、自分は強くならればならないという自縛である。ティアナにも同様な思いが在るようだが、彼女のそれとは違うように思えた。彼女のそれが前向きな思いだとすれば、彼のそれは後ろ向き。なのはにはそう思えた。

 アルフレッドの言葉は、それほど鬼気迫ったものであったのだ。

 なのはは、深くため息をついてから答えた。

 

「冷静なんかじゃないよ。でも、強くなりたいって気持ちは分かった。だから――」

 

 そう言うとなのははレイジングハートを構えた。そしてアルフレッドを睨んでから、言葉を続けた。

 

「模擬戦できっちり鍛えてあげる」

「ありがとう、望む所だ」

【相棒、もう喋っても良いよなァ? 高町なのはァ、強くなったのがお前だけじゃないってコト、教えてやるぜェ!】

 

 アルフレッドはインセイン・スーツに身を包む。即座にパッケージシステムを接続し、魔力量を水増しする。実のところ、アルフレッドの魔力量はなのはの足元にも及ばない。新人メンバーよりも少ないかも知れないくらいだ。魔導士の素質は魔力量で決まるものではないが、その一因であることは間違いない。

 ならばアルフレッドは優れた魔導士ではないのかと言われれば、一概に言い切るのは難しい。戦闘能力はそれなりに高いものの、直接的な戦闘以外にその実力を活かせない。災害救助ならば実力を発揮できなくはないが、小回りの効かなさがどうしても足かせとなる。だが、戦闘のみに限って言えば、アルフレッドは優れた魔導士と言って良いだろう。

 その戦闘方法の危険さからエースの称号を得ることは無いだろうが、それに準じる実力が確かにある。どんな攻撃もものともせず、ひたすらに前身し続ける魔導士とデバイス。まるでチェスにおけるルークのような魔導士である。城壁でありながら、高い直線移動力を保有する強力な駒。

 そう、人呼んで歩く城塞。ケレン味の強い連中からは、インセイン・スーツはそう呼ばれているのだ。そして、その名が誇張でも虚偽でもなく、まさしく実態を表していることも忘れてはならない。過剰なほどの防御を有し、厚い装甲と質量に守られ、それでいて直線的な移動力に限れば低くはない。単純ではあるが、それゆえに強い。

 

【穴空きチーズにしてやらァッ!】

 

 アルフレッドは腰からショットガンを抜き、なのはに照準を合わせて引き金を引いた。無数の散弾が放たれ、なのはに牙を剥く。

 今回、アルフレッドはチャフやスモークを使用しなかった。スモークを焚いたところで、なのはが相手では大した意味がない。スモークの範囲ごと砲撃で撃ち抜かれてしまうだけだ。チャフも、同様の理由で使用できない。スタングレネードを使うこともできたが、なのはもそれは警戒していると考えて良い。使うだけ無駄である。

 よって、アルフレッドは正面きって戦うことを選んだ。

 

【プロテクション】

 

 アルフレッドの放った散弾は、なのはが展開した防御呪文によって防がれる。しかし、そんなことはアルフレッドも重々承知している。威力の距離減衰が激しい魔法弾だけあって、もっと至近から打ちこまねば防御を抜くことができない。これは、デバイスの特性ではなく、アルフレッドが遠距離攻撃を苦手としている為である。デバイスに魔法弾の発射機構は存在しておらず、単に魔法弾の生成と拡散の補助が主な機能となる。無数の弾丸をコントロールするのは困難であるから使用しているに過ぎず、魔法弾の発射自体はアルフレッドが行なっていることである。さらに言えば、カートリッジシステムのための装置という意味あいしか、アルフレッドにとっては無いのである。

 だからこそ、散弾の一撃には期待していない。ただの足止め目的である。よって、アルフレッドは引き金を引いたと同時に全力疾走を行なっていた。

 

【フルアシストォ!】

 

 比喩でも誇張でもなく、アスファルトを抉りながら走る。装甲に隠された排気口から熱された水蒸気が噴出し、装甲から洩れる赤い光が尾を引く。他者から見れば、きっと血を流しながら走っているように見えるだろう。

 直線での移動に限れば、スバルの疾走をも凌ぐ速度でなのはに迫る。もはやアルフレッドの拳が届くまで、あと数メートルという距離である。

 手動でショットガンのポンプを操作し、カートリッジに込められた魔力をデバイス内で爆発させる。その数は三発。

 

「バタリング・ラム!」

【叩きつぶせェッ!】

 

 その言葉の直後、アルフレッドの前方にシールドが展開される。それが今までのものと決定的に違うのは、シールドが三角錐を象っていたことである。そのシールドが高速回転を始め、空気を切り裂いた。さながら、掘削用のドリルである。

 もはや言うまでもなく、このシールドは防御を目的としたものではない。その強固な切っ先で敵を切り裂くための武器である。その切っ先がなのはに向かって、恐ろしい速度で猛進してきたのだ。

 

「レイジングハート!」

【アクセルフィン】

 

 バタリング・ラムの切っ先がなのはに触れる寸前に、彼女は空中に逃げた。今の一撃は防御することが難しい。インセイン自体の大質量に加え、突進の運動エネルギーに乗せた一撃は、さながら破城鎚である。防御が不可能という訳ではないが、防御の堅牢さでアルフレッドの右に出るものは殆ど居ない。防御呪文と防御呪文がぶつかり合うのであれば、軍配が上がるのはアルフレッドの方である。ゆえに、なのははアルフレッドが苦手とする上空に退避した。

 

 バタリング・ラムを回避されたアルフレッドは、アスファルトに轍を残しながら制止する。なのはの姿を探して振り向いた時には、なのはは遥か上空に居た。フルアシストの跳躍力を以てしても届かない地点である。

 だが、アルフレッドとてここで終わるつもりは微塵も無かった。上空の敵が天敵となることは、アルフレッドも十分に理解している。だからこそ、五年前には所持しなかったショットガン型デバイスを装備するようになったのだ。

 

「弾丸変更」

【モード・スラッグ。こいつは痛ェぞ!】

 

 このショットガン型デバイスにも、クロスミラージュと同様に弾丸の種類を切りかえる機能が搭載されている。あくまで弾丸生成における補助の一環であり、弾丸の種類はそう多くないが、あらゆる状況に対応できる。デフォルトでは、いわゆる散弾(ショット・シェル)を発射可能であるが、その他に単弾(スラッグ・シェル)も発射できる。これは無数の弾丸を同時に発射する散弾とは対照的に、単体の大粒な弾丸を発射するものだ。大粒であるため威力が高く、射程距離が延びるという特徴がある。

 

【Fire!】

 

 ショットガンの銃口から大型の魔力弾が発射される。弾丸を硬い外殻で覆っているため、AMFだけでなく防御呪文に対しても有効な弾丸である。また、デバイス側に発射機構が無いため、実質はただの儀仗に近い。そのため、空中に複数の弾丸を保持することも可能となっている。

 アルフレッドは五発ほどのスラッグ弾を自身の周囲に発生させ、それを一斉に射出した。それらは尾を引きながらなのはに殺到する。弾丸の誘導性能が低いためにどれも直線的な動きだが、十分な速度を誇っていた。

 五つの弾丸が僅かに曲線を描きながら同時になのはを追う。しかし、なのはの顔色に焦りは微塵も浮かんでいなかった。レイジングハートが僅かに光を帯び、なのはの周囲に多数の魔法スフィアが展開される。なのはが信頼する魔法の一つ、アクセルシューターであった。

 

【アクセルシューター】

「シュート!」

 

 なのはが放ったアクセルシューターは、アルフレッドのスラッグ弾に向かう。発射後の軌道修正が極端に困難なスラッグ魔力弾にそれを回避する術は無く、それらは全てなのはのアクセルシューターに捉えられた。魔力弾と魔力弾が触れた瞬間、空中で爆発を伴って相殺される。

 その際に生じた煙幕を突きぬけて、三つのアクセルシューターがアルフレッドに向かって飛来する。唸りを上げて一直線にアルフレッドに牙を剥いたそれは確かな威力を秘めているが、アルフレッドは先程のなのはと同様に慌てた様子は一切なかった。

【俺で受け止めてやらァ。相棒は攻撃に集中しな】

「I copy」

 

 インセインの助言に従い、アルフレッドは回避も防御もしなかった。ただ、攻撃を受けるに任せた。三つの魔力弾が全てアルフレッドに直撃する。着弾時には、やはり爆発を伴った。

 もうもうと立ち上る黒煙。それをかき分けて、アルフレッドが姿を現した。目視ではダメージを確認できない。煙でやや煤けてはいるが、目に見えるダメージは皆無だった。実際、アルフレッドはおろかインセインにすら大したダメージを与えられてはいないのだろう。だからこそ、防御呪文すら使用せずに外装だけて受けてみせたのだ。

 そして、アルフレッドの背中には二対の装置が新たに装着されていた。それは、まるでジェットエンジンのようにも見える。グラーフアイゼンやストラーダが持つそれに酷似しており、それが飛行の補助になることは明らかであった。

 

「インセイン、セカンドモード!」

【2nd mode! 相棒、分かっているとは思うが、テメェの魔力量じゃ飛行時間は長くねェ。短期決戦を心がけな】

「先刻承知!」

 

 そう言うや否や、背部のジェットエンジンが火を噴いた。

 アルフレッドは遠距離攻撃を非常に苦手としている。遠距離から攻撃するだけの相手ならば、その突出した防御力を頼みにすればさほど問題はない。攻撃を防ぎながら接近すれば良いだけだ。しかし、その相手が空を飛んでいるとなれば話が変わってくる。アルフレッドは、インセインの巨体ゆえに飛行が出来ない。決して飛行が不可能な訳ではないが、通常の飛行では魔力消費が激しすぎるのだ。大質量のインセインを宙に浮かせるとなると、それなりのエネルギーが必要となり、魔力量の少ないアルフレッドでは現実的ではないものとなってしまっている。

 しかし、対空スキルは必要である。そこで考えだされたのが、このジェット機構であった。瞬間的に爆発的な推力を生み出すことで、インセインを宙に浮かせようというものだ。常に魔力を消費し続ける飛行魔法と違い、一瞬のみの推力で飛行するため、燃費は非常に良い。

 

「インセイン、ジェットアシスト機動!」

【イグニッション!】

 

 背部のジェットパックから吐き出す炎が膨れ上がる。それと同時にインセインのフルアシストによる跳躍を行なう。ジェットの推力と跳躍力に補助されたアルフレッドは、まるで砲弾のように空を駆けた。

 二百キロをゆうに超える質量が空を滑る。ジェットによる推力は跳躍時の一瞬のみで、その後は慣性に従って上昇を続けた。ジェットは火を噴き続けているが、これは姿勢制御のためである。

 一瞬で爆発的な推力を生むため、アルフレッドには凄まじいGがかかった。訓練を受けていないものが同様の状況におかれたら、おそらく一瞬で気絶していたことだろう。しかし、アルフレッドは意識をどうにか留めた。何度も使った技であるだけに、失神という最悪の自体だけは回避する。空中で姿勢を制御しつつ、進行方向を調整する。アルフレッドが追いすがってくることを予測してなかったなのはは、彼の接近を許してしまった。

 アルフレッドは高鳴る気合に乗せ、裂帛の闘志とともに吠えた。

 

「おおおッ!」

【ハンマー・ナックル!】

【ラウンドシールド】

 

 アルフレッドの拳を反射的に受け止める。拳と防御魔法の接触面から火花とガラスを釘で掻いたような音が迸る。足場のない不安定な状態である筈なのに、アルフレッドの拳は全く威力が衰えていなかった。見れば、彼の足元には魔法陣が浮かび上がっていた。シールドに弾かれないように、その足場で踏ん張る。飛行はできずとも、魔力で足場を形成するのはさほど難しいことではない。

 

【砕けろォッ!】

【拒否します】

 

 アルフレッドが持つショットガンのポンプがスライドし、カートリッジをさらに読みこむ。カートリッジのオーバーロードにより、インセインから電光が漏れる。しかしアルフレッドもインセインも力を緩めることはしなかった。元より、この程度で壊れるようなインセインではない。この程度の負荷には十分に耐えられるように設計されているからこそ、二人にとっては何の問題にすらならないのだ。

 じわじわと拳が防御魔法に食い込み始める。それを機と見たアルフレッドは、左手に持つショットガンのトリガーを引いた。至近距離での一撃は決して軽視できる威力ではなく、なのはのラウンドシールドに亀裂を生じさせた。一度入った亀裂は瞬く間に広がり、ラウンドシールドは音を立てて瓦解を始める。

 もはや限界であると判断したレイジングハートが強張った声を発した。

 

【警告!】

「シールドバースト!」

 

 防御するためのシールドの一点にエネルギーを集中させる。集束された魔力は爆発を生み、アルフレッドを飲み込んだ。

 バリアでも同様のことが可能であり、それはバリアバーストという名称が付いているが、それと全く同様のものである。爆発によって敵の攻撃を相殺するだけでなく、敵との距離を取るためには有効な術式であった。欠点として、使用者にとっても至近での爆発であるため、使用者本人も弾き飛ばされることが挙げられる。しかし、なのはは足場生成や魔力運用の技術により、対象のみを吹き飛ばすことが可能となっている。

 黒煙の中から、弾き飛ばされたアルフレッドが飛び出した。見たところダメージは無いようであったが、姿勢を崩したのか頭から落下している。ギャラリーは肝を冷やしたが、直後にジェットパックが火を噴き、姿勢を立て直した。そのまま空中に足場を生成し、空中で静止した。

 

【Fuck! 防御は抜けそうだったのによォ……戦技教導官だけあって、戦い方がうめェな】

「ああ。色々と技術を盗ませてもらおう」

【賛成ィ! ま、とりあえず今はどうやってブッ飛ばすか考えるか】

 

 インセインはそう言ったが、実際は策と言えるようなものは用意できない。せいぜい、スモークやチャフを用いて撹乱し、不意打ちを狙う程度だ。それ以外にアルフレッドが持つ戦術と言えば、近づいて殴るという至ってシンプルなものしか存在しない。

 つまるところ、策と言えるようなものが介在できる余地があるとすれば、どの様にして敵と接近するかという点にある。特に、空を飛ぶ相手となると苦戦を強いられることは間違いない。陸戦屋が空戦屋と戦う時に、必ず課題となる点である。陸戦屋であり、かつ近距離戦が主体となれば、空戦屋は天敵と言ってもいい。

 だからこそ、アルフレッドにはスバルの手本となる事をなのはは期待しているのだ。それなのに、アルフレッドが規範となる行動を取らないのであれば問題がある。正確にはアルフレッドではなくインセインにあるのだが、アルフレッドもまた危険な行動が目立つ。アルフレッドが放った今の一連の攻撃も、決して安全なものではなかった。遠距離攻撃を得意とする相手に対し、ただ正面から突っ込むという戦法は危険極まるものだ。スバルがそれを真似ては非常に困る。だからこそ、その戦法が危険であり、自分には通用しないことを教えて改めさせねば、後々に支障が出る。つまりは、一種の「教育」である。

 

【ジェットパックの再チャージ完了ゥ! いっちょカッ飛んで、もう一回殴ってやろうぜ!……おお?】

 

 それに気付いたのは、アルフレッドよりもインセインのほうが早かった。インセインの言葉を受けて、アルフレッドもそれに気付く。そして、それを見たアルフレッドとインセインは色めき立った。

 それは、砲撃魔法。

 なのはは足元に大きな魔法陣を展開し、レイジングハートの銃口をアルフレッドに向けていた。レイジングハートの周囲にも複数の魔法帯が発生し、砲身を形成していた。また、その同心円の中心には、桃色の魔力スフィアが成長を続けている。更には、レイジングハートのマガジンから本体へとカートリッジが送り込まれ、チャンバー無いで爆発を起こし、水蒸気を吐き出す。

 レイジングハートはアルフレッドの姿を自身でも捉え、完全にロックオンした。

 

【安全装置アンロック。砲身形成完了。ロックオン完了――撃てます】

 

 その声は、アルフレッドは勿論、インセインにも届いていない。しかし、インセインはロックオン用のミリ波に照射されたことを感知した。通常、ロックオンには波長の短い電磁波あるいは魔力波を照射し、目標からの反射によって物体を感知する。そして、デバイスの自動管制システムにより、目標までの射撃を補助する。この状態になると、照準を逸らすことが非常に困難である。射線から退避しても、自動で追尾されるために殆どの場合において回避は不可能である。防いでみせるか、発射後にどうにかして回避するしかない。

 

【ヤベェぞ相棒、ロックオンされた。今から回避は不可能だ】

「なら防ぐ」

【気が進まねェ……アイツの砲撃はマジヤバなんだよなァ】

 

 アルフレッドはインセインの言葉を無視した。気が進まないのはアルフレッドも同じだが、回避できないのであれば防御するしかない。

 右手を突きだし、自慢の防御魔法を展開する。インバーナラブル・シールド。三層の防壁を完全に砕く魔法は決して多くは無い。

 

【来いやァ!】

【ディバインバスター】

「シュートッ!」

 

 なのはから非常に大きな砲撃魔法が放たれる。その反動でなのはのバリアジェケットがなびく。

 なのはが放ったディバインバスターは狙いを寸分も違わず、アルフレッドに向かって飛来する。アルフレッドは中腰で構え、着弾の衝撃に備えた。アルフレッドとインセインの巨体を覆い隠すほど大きなシールドに隠れ、ディバインバスターを迎え入れた。

 ディバインバスターにアルフレッドが飲み込まれる。しかし、彼の防御呪文はディバインバスターの衝撃に耐えていた。一層目は一瞬で砕け散り、二層目も大した効力を発揮できなかったが、三層目でディバインバスターによる魔力の奔流に耐えてみせた。

 三層目の裏に、新たに二層の防壁を生成する。一瞬で砕かれたのでなければ、新たに防壁を生成することで防御力を維持することが可能なのも、インバーナラブル・シールドの特徴であった。

 

「おおおッ!」

【耐えろ相棒ゥ!】

「当然!」

 

 表層に位置する防壁が砕かれ、その奥に生成した防壁で防御するというプロセスを繰り返す。一枚を強固にするよりも、こちらの方が防御率が高くなる。

 砕かれた防壁は計五枚。六枚目が軋みを上げ始めたところで、ディバインバスターが次第にその威力を弱めていった。ディバインバスターの放射時間が終わったらしい。砲撃が終わった後には、全くのノーダメージなアルフレッドとインセインの姿がそこにあった。

 さすがは防御特化型というべきか、防御呪文でディバインバスターを完全に防いでみせる者は決して多くはない。まともな訓練を詰んだ魔導師であっても、大抵の者は防御を貫かれてしまうほどの威力を有していた筈だ。つまり、アルフレッドもまた非凡なる才を持つ者であるというべきか。エースとして活躍することはできずとも、災害時における人命救助や事件解決に貢献できずとも、戦闘能力に限って言えば高い能力を有しているのだ。

 対人に優れているだけの魔導師は、なかなかエースとは呼ばれない事が多い。あらゆる状況に臨機応変に対応できないためだ。しかし、アルフレッドは戦闘に限ればエースと呼べるほどの実力がある。それは、なのはや他の隊長格も認めるところとなった。少なくとも、ディバインバスターを受けとめてみせた時点で無能とは程遠い。

 

「さすがにキツいな……」

【なァに。まだまだイケるさ。俺と相棒ならなァ!】

「……いや、やばいかも知れないぞ」

【あァ? ……おいおい、高町なのはァ……本気かよテメェ……!】

 

 二人は見た。その術式は、五年前から知っているもの。あらゆる魔導師を撃墜し、事件を解決してきた必殺の一撃。周囲の魔力を収拾し、束ねることで編みだすことが出来る、天を穿つほど強力な一撃。星さえも砕いてしまうのではないかという程、冗談じみた無類の集束砲撃魔法。

 その名もスターライトブレイカー。

 レイジングハートに周囲に散った魔力が集まる。本人の魔力のみならず、他者が霧散させた魔力すらも収集して放つそれは、まさしく必殺の一撃である。

 

【Fuck! Fuck, Fuck, Fuuuuck!! 頭イカれてんのかアイツ!】

「インセイン、お前が言うな」

【この俺、イカれた服飾(インセイン・スーツ)から見ても十分ブッ飛んだ行動だろうが! あれこそ訓練で使う技じゃねェよ!】

 

 その言葉にレイジングハートが反応した。

 

【貴方の装甲を突破するためには必要と判断しました】

【そいつはどうもォ!】

「大丈夫、ちゃんと訓練用に調整しているから」

【ハイそうですかァ! 相棒、アイツらマジだ! やっぱ相当にキレてるぜありゃあ!】

 

 アルフレッドは両手を突き出して防御呪文を展開する。腰に吊るしたショットガンがカートリッジを装填する。またしてもオーバーロード気味だが、それに構っていられる状態ではない。

 

【全力のォ! インバーナラブル・シールドォ!】

 

 アルフレッドが展開したその防壁は、今までのそれよりも遥かに強固なものだった。魔力消費を度外視し、とにかく防御性能を限界まで突き詰めたものである。同時に展開された防壁の数、計五枚。五枚の防壁は今までのものよりも大きく、また分厚かった。アルフレッドの、絶対に防いでみせるという意志が見える気合の入れようだった。

 アルフレッドは、ここが正念場だと確信していた。この必殺の一撃をきっちりを防いでみせたら、勝機は必ずある。スターライトブレイカーの発射後には、少なからず隙がある。その威力故、使用者にかかる負荷も大きいのだ。

 しかし、これが通常の戦闘ならばともかく、模擬戦では難しいとも思っていた。バリアジェケットに攻撃が通った時点で敗北が決定する。装甲部ならばバリアジャケットまで攻撃が通らない自信があるものの、装甲の薄い関節部ではそうはいかない。脇、肘、手首、股関節、膝は特に装甲が薄い。ひとたび砲撃に飲み込まれたら、敗北は必至だ。

 

【魔法術式異常なし。射線上の安全を確認。訓練用スターライトブレイカー、撃てます】

「スターライト――」

【相棒ォォォ! 俺らはアイツを超えるんだよなァッ!?】

「当然だ!」

【だったら気張ってみせろやァ!】

「I copy!」

「ブレイカーッ!」

 

 腹の底まで響く爆発音。スターライトブレイカーの放出は待機を揺るがし、周囲のビルのガラスを砕いた。ディバインバスターを凌ぐ威力のそれは、またしても寸分の狙いも違わずアルフレッドに牙を剥いた。

 もはや、これほどの砲撃の大きさとなると回避すら無意味である。回避しようにも、その太い射線から逃れることはできない。しかし、アルフレッドにはそれでも良かった。そもそも回避しようという気が微塵もなかった。

 そのあまりにも大きな砲撃は、アルフレッドを完全に飲み込んだ。五枚の防壁のうち、三層目までが一瞬で破壊される。四層目も数秒もたず破壊され、五枚目まで砲撃が達した。五枚目を維持することだけに全神経を集中せざるを得ず、新たな防壁を生成する余裕すら無かった。

 大きすぎるエネルギーに晒されて、インセインの表面が熱される。それを冷やすために、インセインの排熱口から水蒸気が噴出された。

 

 アルフレッドは吠えた。こんな所で負けてたまるかという、裂帛の意志を込めて。

 しかし、最後の五層目も音を立てて亀裂が入る。ビキリという音と共に、亀裂が広がっていく。もはや限界だった。今から新たな防壁を生成しようにも、間に合う余地は皆無であった。

 

【最終防御システム機動ォ!】

 

 インセイン・スーツの動作制御がアルフレッドから切り離される。インセイン・スーツ側で即座に対ショック体勢を整え、関節をロックする。腕で頭部を守り、体の重心を低く保ち、体を丸める。関節は完全にロックされたわけでなく、ある程度の遊びが存在するものの、衝撃によって骨折しない程度には固められた。そして、関節部近くの装甲下部から新たな装甲がスライドして現れ、関節部を防御した。

 インセイン・スーツへのダメージを度外視し、使用者を守るための最終防御システム。これが無ければ、インセイン・スーツは使用者の棺桶になりかねない。着脱が不自由であり、全身を完全に覆ってしまうインセイン・スーツだからこそ必要な機能であった。

 それら一連の防御が完了すると同時に、インバーナラブル・シールドの限界が訪れた。

 

【相棒が無理なら、俺が受けとめてやらァ!】

 

 そして最後の防壁が砕かれると同時に、アルフレッドはスターライトブレイカーの牙に飲み込まれた。インセインの全身が圧倒的な魔力によって焼かれ、あらゆる部位から火花が生じる。背部のパッケージシステムは熱が籠ってしまい、システムが完全にダウンした。

 即座に関節部を覆ったものの、やはり関節部が脆弱であることは変わらない。スターライトブレイカーの猛威に晒され、関節部の緊急装甲に亀裂が走った。それは徐々に広がり、最後には音を立てて砕ける。

 

 そこから先は、もはや一瞬の出来事だった。装甲が砕けた部分にも砲撃の猛威は容赦なく襲いかかり、黒い防刃布の内側にあるパワーアシスト駆動部を破壊し、さらにその奥にあるアルフレッドのバリアジャケットまで攻撃が届いた。

 アルフレッドに走る激痛。しかし、せめてもの抵抗のつもりなのか、頑なに気絶することだけは拒んだ。気絶してしまいたいほどの痛みだったが、ここで気絶してしまえば完全な敗北になると思い、必至に耐えた。

 

 スターライトブレイカー放出が終わると同時に、アルフレッドが空から堕ちた。見ればジェットパックから黒煙が立ち上っており、故障していることは間違いない。しかも、インセイン・スーツの関節部はロックされているため、空中で姿勢を制御することすら困難な状況となっていた。

 それを悟ったなのはは色めき立つ。無論、ディスプレイ越しに見ていたギャラリーも同様だ。

 

【関節ロック、リリース! 姿勢を整えろォッ!】

「問題ない!」

 

 せり出していた関節部装甲がパージされる。強度の問題で、関節部装甲を一度出現させると元には戻らない。完全にパージして分離するしかない。

 それと同時に、ロックされた関節が元に戻り、制御がアルフレッドに戻る。アルフレッドは空気抵抗を巧みに制御し、頭部から落下していた状態から体勢を整えた。スカイダイビングのように、両手を広げて可能な限り低速で落下する。

 

【ショックアブソーバーは無事だ! このまま着地しろ!】

「I copy!」

 

 そう言うや否や、アルフレッドはアルファルトに激突した。否、足から地面に着地すると同時に、膝を折り、体を捻り、運動のベクトルを横に逸らさせ、落下の衝撃を体全体に分散させる。五転接地着地という、主に空挺部隊が用いる着地方法である。

 無論、大質量のインセイン・スーツを身にまとった状態では衝撃を殺しきれないが、その点はインセイン・スーツのショックアブソーバーで衝撃を殺す。着地した地点にはクレーターのような穴が出来てしまったが、インセインとアルフレッドは無事だった。

 いや、決して無事ではない。インセインは全身から火花が迸っており、あちこちに亀裂が走っている。無事というのは命に関わるような損傷が無いという意味であり、決して無傷ではなかった。しかし、なんにせよ重大な事態にはならなかった。

 それを確認したなのはは安堵のため息を漏らす。砲撃した本人とはいえ、落下して負傷するのではないかと肝を冷やしてしまった。

 

【……まだ装甲一枚抜かれただけだ。俺たちゃまだ戦える……と言いたいところだが、ルールだからな】

「……俺たちの負けだ」

 

 アルフレッドはよろめきながら立ち上がる。なのはの訓練用魔法弾は優秀だが、相当なダメージであったことは間違いない。

 それを確認したレイジングハートが発声した。

 

【Mission complete】

 

 なのはとアルフレッドの戦いは、五年前と同様になのはの勝利で終わったのであった。アルフレッドはともかく、インセインはそれなりに破損してしまった為、修理のために訓練から抜けさせてもらうのだった。

 

 その後、アルフレッドを待っていたのは大量の始末書と反省文であった。この程度の罰で済んだだけマシというものである。

 しかし、反省文を書くためにキーボードを叩きながらも、アルフレッドは決意を新たにした。

 絶対に、俺は強くなるのだ。そう心に刻んだのであった。

 




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