機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.3 模擬戦

 なのはは暴言を吐いたインセインを注意したが、効果がないだろう事は理解していた。注意して直るのであればとうに直っている筈だ。いくら言っても聞き流すだけで、話すら真剣に聞いていない。

 ここは「教育」が必要な場面だと思われるが、相手がデバイスなだけにどうすれば良いのか判断に迷うところだ。よもや持ち主のアルフレッドに責を問うわけにもいくまい。アルフレッドとインセインの意思は、時として乖離しているのだ。

 時間を取ってインセインに説教をしておきたがったが、多くのギャラリーが集まっている今、あまり長引かせるわけにもいかない。皆、忙しい中から時間を作ってここに来てくれているのだ。とにかく、模擬戦を始めてしまって、後でゆっくりと時間を取ることとする。

 なのはが模擬選を開始する旨を伝えると、新人メンバー達もデバイスを展開し、戦闘準備を整えた。そしてすばやく陣形を整える。最前衛で戦うスバルを先頭にし、そのやや後方にエリオ。二人から少し離れた位置にティアナが立ち、最後列にキャロという布陣である。

 なのはは両陣営から少し離れた位置に立ち、双方の準備が整ったことを確認した。アルフレッドの表情は黒いバイザーに覆われているため読めないが、新人メンバーは緊張した面持ちであった。あのような物々しい容貌の魔導師を相手にするのは、おそらく初めてだろう。

 

「レイジングハート、サーチャーの準備は良い?」

【配置は完了しています。いつでもどうぞ】

「皆も準備は良いね? じゃあ……スタート!」

 

 なのはが掲げた手を振り下ろし、模擬戦の開始を宣言した。

 アルフレッドはすぐには動かず、様子見をすることする。前方を油断なく警戒し、いつでも行動できる体勢を整える。アルフレッドの戦闘スタイルは、中距離で両者が対峙した場合には相手の出方を窺うというものだ。接近戦や遭遇戦ならば容赦なく攻撃を加えるが、苦手とする中距離ならば相手の行動を見てから、接近する算段を整える。相手が複数ならば当然の選択だった。

 

「キャロ、前衛の二人に補助を」

「はい!」

【エンチャント、ディフェンス・ゲイン】

【受諾】

【エンチャントの正常動作を確認】

 

 キャロはエリオとスバルに防御強化の補助魔法をかける。アルフレッドに対抗する術はいくつかあるが、キャロは防御を底上げすることが有効だと判断した。

 あのショットガン型のアームドデバイスは、パーソナルデータにはB2-M3Tと記載されていた。固有の名称はないらしく、型番しか情報がない。その形状からも察することが出来るように、拡散する魔法弾を発射することは間違いないだろう。そうなると、攻撃が線や点ではなく面で襲いかかることになる。スバルはもちろん、エリオですら回避は難しいだろう。攻撃のチャンスを増やすためにも、ここは防御を厚くすることが最善であると判断した。

 

 そして、スバルとエリオが補助魔法を受けたことを確認したとき、アルフレッドは様子見をすることを止めた。今の行動で、相手の行動指針は読むことができる。

 前衛の防御を底上げした以上、その二人が率先して攻撃をしかけてくるであろうことは間違いない。そうでないのであれば、指揮官役のティアナに補助をかけるのが定石だろう。

 となれば、アルフレッドの見立て通りの展開である。作戦に変更はない。

 可及的速やかに、前衛と後衛を分断することを第一の目標とした。

 

「インセイン、パッケージインストール」

【イグニッション!】

 

 インセインの背中には、弁当箱のような箱状のものが二つ提げられていた。それは背中に沿って腰まで伸びるレールの最下部に架かっているだけで、まだインセインとは接続されていない。しかし、その箱がおもむろにレールを登り、肩甲骨あたりにある接続部まで走る。箱の先端にある針状の接続コネクタが、インセインの接続部に刺さる。

 その瞬間、インセインに大容量の魔力が流れ込んできた。デバイスが過熱され、それを冷却するために装甲の内側に存在する冷却ファンが高速回転を始める。まるで、凶暴な獣の咆哮のような駆動音だった。そして、排熱口から一度だけ熱い蒸気が噴出する。それを見た一同は、まるで獲物に突進する前の猛牛のようだと感じた。

 そして、その魔力によるオーバークロックのせいだろうか。インセインの装甲下から鈍く赤い光が漏れる。装甲と装甲の隙間から洩れる光はまるで血のようであり、見る者の恐怖を煽った。

 

【パッケージシステム、正常稼働! トリガァァァァ、ハッピィィィィ!】

「インセイン、チャフとスモークだ」

【I copy!】

 

 インセイン・スーツの胸甲部分がせり上がり、そこから白い煙が噴き出る。その煙は空気に比べると密度が同等かそれ以上らしく、舞い上がらずに地面付近を広がっていく。また、その煙の中には特殊な金属が混ざっているらしく、光を反射して時々光っていた。

 煙は凄まじい速度で広がっていく、瞬く間にアルフレッドの姿を隠した。

 これにより、新人メンバーは完全にアルフレッドを見失った。相手を視認することが出来なければ、頼りにできるのはデバイスの捜索能力のみである。

 最前衛にいるスバルは、マッハキャリバーに命令を下した。

 

「マッハキャリバー! アルフレッドさんを探して!」

【不可】

「え、どういうこと!?」

【インセイン・スーツの反応をロスト。空中に舞う金属片が、信号をジャミングしているものと思われます】

 

 それを聞いていたエリオもまた、ストラーダに問いかける。

 

「ストラーダ、こっちも?」

【肯定。インセイン・スーツを捕捉できず。注意を】

「……了解」

「ティアナ、アルフレッドさんを見失っちゃった」

「了解。一旦下がりましょう!」

 

 ティアナが全員に命令を下すのとほぼ同時に、煙の奥から一二つの物体が飛来した。

 それらは一見すると、金属の筒に見えた。二つの筒は無機質な音を立てながら、スバルとエリオの中間に転がる。一つは黄色いラインが引かれており、もう一つには白いラインが引かれていた。

 それにいち早く警告を下したのは、マッハキャリバーだった。

 

【警告、スタングレネードです!】

「えっ!?」

 

 彼女らが警告に反応して目を覆うよりも早く、黄色いラインの引かれた筒が炸裂した。それと同時に大音量の炸裂音と、眼光を焼くほどの閃光が迸る。

 スバルとエリオは短い悲鳴をあげる。目は白んでよく見えず、耳鳴りが脳内で木霊している。視覚と聴覚を奪われ、スバルとエリオは軽いパニックに陥った。

 その間に、もう一つの筒が炸裂する。その中身は、先ほどアルフレッドが散布したものと同様のものだった。

 大量の煙と金属片が二人の周囲に拡散する。これにより、エリオとスバルは至近距離にありながら互いの位置を見失ってしまった。

 マッハキャリバーがスバルに警告を発する。

 

【通信隔絶。チームと分断されました】

「ウィングロードは!? この煙から抜け出せば合流できるかも!」

【推奨できません。視力が不完全な今、ウィングロードは危険です】

「くぅ……!」

 

 こちらが見えないのはアルフレッドも同じ筈だと、スバルは自分に言い聞かせた。そうやって冷静を保とうとしていた。

 しかし、実際はそうではなかった。自分も危険になる可能性があるのに、わざわざスモークを焚いたりはしない。アルフレッドには、視界を確保する術があった。

 

「インセイン、サーマルビジョン起動」

【I copy. 先に前衛を一人ブチ殺しておくかァ!】

 

 アルフレッドの視界は常にインセイン・スーツのバイザー越しのものである。そのバイザーには、常にインセインからの情報が写しだれていた。むろん、外側からはそれは見えない。一種のマジックミラーになっており、アルフレッドのみが、常にあらゆる情報を視覚的に捉えていた。

 そしてその機能の一つに、サーマルビジョンが備えられていた。人体が発する遠赤外線を捉え、それを解析し可視化する技術である。散布したチャフのせいで、映像にはドット欠けのようなノイズが時折走るが、さほど問題はない。アルフレッドの目には、黒い画面に人体の形がはっきりと映し出されていた。スバルも戦闘機人モードならば同様の機能があるが、あまりの混乱のせいで思い至ることができなかった。

 アルフレッドが見る画面には人型に映し出された白い二つの影。その中から、より混乱の激しいと思われるほうを標的に定めた。そしてそれは、より小柄な人影のほうだった。

 

 アルフレッドは標的に向かって走る。パワーアシストの恩恵で、冗談じみた重量を誇るにも関わらず、走行速度は並みのスプリンターよりも速かった。

 走りながら、ショットガンのポンプを一度スライドさせ、カートリッジを装填する。

 

【相棒、相手の聴覚が完全に復帰しない今がチャンスだ。一匹は一瞬で仕留めるぜェ!】

「I copy

 

 

 アルフレッドから見える映像は遠近感に乏しい。だが、画面に移る目標のサイズで大体の距離が測れる。もう目と鼻の先だった。

 

【警告、アンノウンが接近】

 

 アルフレッドと目と鼻の先という距離まで接近されて、エリオは初めてその足音に気付いた。スタングレネードはエリオに近い位置に転がっており、スバルよりもエリオのほうがダメージが大きかったのだ。

 そのため、ストラーダに警告を発せられるまで足音に気付けなかった。否、気付く能力を奪われていた。

 

【音源は12時方向。エンカウントします】

「くっ……!」

 

 煙の奥に、人影が黒く映った。まだ不完全な視界でそれを捉えたエリオは、半ば自暴自棄になって刺突を放つ。

 手ごたえはあった。確かに、あの厚い装甲に一撃を当てた感触がある。しかし、その手ごたえは、あまりにも硬かった。

 エリオはすぐに察した。あの厚い装甲を貫くことができなかったのだと。すぐにストラーダを引き戻そうとしたが、それすら出来なかった。理由は至極単純である。アルフレッドにストラーダを掴まれているのだ。

 

 その時、わずかに風が吹き、アルフレッドとエリオの周囲にある煙が薄くなる。エリオは、アルフレッドが左手でがっちりとストラーダを掴んでいるのを見た。ストラーダの刃はインセインの装甲を数ミリほど裂いていたが、それまでだ。デバイスへのダメージは撃墜扱いにならない。だからアルフレッドには反撃が許される。

 そして、空いた右手に持つショットガンは、無慈悲にエリオを狙っていた。

 

【その程度じゃダメだぜェ!】

 

 アルフレッドはエリオの腹部を狙い、引き金を引いた。ショットガン型アームドデバイスB2-M3Tは、その開かれた口から無数の魔力弾を吐き出す。

 防御も難しい距離での一撃。もはや回避も間に合わない。それでもエリオは防御魔法を咄嗟に展開したが、数発の魔力弾を受けとめたところで砕け散る。パッケージシステムとカートリッジシステムによって強化された魔力弾は、一つ一つが小さな散弾といえど、この至近距離ならば無視できない強力な威力を秘めていた。

 そして、防御も回避もままならかった残りの散弾がエリオの腹部を撃ち抜いた。エリオは短く苦悶の声を上げる。

 非殺傷性の攻撃とはいえ、強力な魔力ダメージを受けて一時的なショックに陥る。気絶こそしなかったものの、その場に倒れ込んだ。

 そして、それは贔屓目に見ても、エリオの撃墜扱いを覆せないほど明らかな一撃だった。ストラーダが、己の主人の敗北を告げる声を発する。

 

【被弾。撃墜です】

「立てるようになったら、前線から離れておけ」

【事故っても知らねえからなァ!? ケケ、精々早めに逃げるこったなァ!】

 

 そう言うと、アルフレッドはエリオから離れ、その場を離れた。スバルは混乱から立ち直りつつあるため、ひとまず放置することにする。大音響のスタングレネードを至近で受けているため、三半規管もかなりのダメージの筈だ。少なくとも、今は煙の中で方向を見失っている筈である。その隙に、後衛を叩くこととした。

 脇道に入ることすら拒否して、煙幕を飛び出して真っすぐにティアナに向かって疾走する。

 

 ティアナは、重く響いた魔法弾の発射音から、スバルかエリオのどちらかが撃墜されたことを悟っていた。あの魔法弾の音は、エリオやスバルのそれとは違う。間違いなくアルフレッドのものだ。となると、前衛の守りを突破されて、こちらに向かってくることは十分に覚悟できていた。

 

 幸い、先ほどのスタングレネードによる被害はほぼ皆無であり、煙幕に視界を遮られている訳でもない。だから落ち着けば対処はできる筈。そう言い聞かせ、仲間が撃墜された焦りを飲み込んだ。

 

 だからこそ、アルフレッドが煙幕から飛び出してきたとき、冷静に照準を合わせることが出来た。

 

「シュート!」

 

 二丁拳銃から放たれる魔法弾。それぞれから連続で放たれたそれは、的確にアルフレッドに牙を剥いた。

 移動速度はそれなりに早くとも、巨体故に小回りが利かない。アルフレッドにそれを回避する術は無かった。

 いや、それすら必要ないと言うのが正確であろうか。

 

【効かねェよ!】

 

 アルフレッドは防御魔法すら展開しなかった。インセインの防御性能に頼り、前進することに意識を集中する。下手に防いで逃げに回られては厄介だ。あえてダメージを受けることで、「ここで倒せるかも」と思わせることが肝要である。

 アルフレッドは一対一の状況ならば、この面子にまず負けない。逃げられて体制を整えられる前に、新人メンバーの混乱と同様に乗じて、ここで一気に決めてしまいたかった。だからこそ、あえて突貫する。

 全身に無数の魔法弾を浴びるが、それら全て厚い装甲で弾く。インセインの装甲は、物理的な防弾と防刃性能、そして魔法的にも強い防御力を有している。少なくとも、至近で手榴弾が炸裂しようとも、インセインはほぼ無傷だ。そのインセインが、通常の魔法弾程度で進撃を止める筈もない。

 

 ティアナはこのとき、このまま押し切れるかもという気持ちと、一旦引くべきだという気持ちの両方が渦巻いていた。

 いくら硬い装甲でも、工夫を凝らせばダメージを与えられるかも知れない。特に関節部への狙撃が成功すれば、大きなダメージを与えられるだろう。

 だが、そんなことが出来るのだろうか。関節部が弱点だということは、アルフレッド自身も重々承知している筈なのだ。

 ならば、それなりの対抗策を施してくると見るのが良いだろう。ならばここは攻めたくなる気持ちを押し殺し、一度引いて体制を整えるのが良いだろう。

 

「キャロ、一旦引くわよ!」

「はい!」

 

 ティアナは付近のビル屋上付近にアンカーを射出し、キャロはフリードに跨った。アルフレッドは陸戦魔導師であり、あのインセインの形状から考えても、上空に退避すれば活路があると判断したためだ。

 しかし、その考えは甘かった。

 

【上なら逃げられるとでも思っているのかァァ!?】

「インセイン、フルアシスト!」

【イグニィィィィィッション!】

 

 その瞬間、インセインから発していたファンの音が急激に大きくなる。排熱しきれなかった熱を表面に逃がしているため、インセインの装甲が高温になり、周囲の像を揺るがす。

 アンカーを巻き取って上空に逃げたティアナは、それを信じられないという表情を浮かべた。何故なら、アルフレッドが上空まで追ってきたからである。

 いや、それは正確ではない。アルフレッドは跳躍したのだ。飛行魔法ではなく、ただのジャンプで、十数メートル上空まで追いすがった。

 これが飛行魔法の所業でないのであれば、単純なパワーアシストの力によってのみ跳躍したことになる。相当な重量を有していることは想像に難くないが、その巨体をこれほどの上空まで浮かせる程の脚力は、想像を完全に超越していた。

 ならば、上空まで跳躍しつつも、腕を引き絞って鉄拳を叩きこまんとするその威力も、推して知るべしなのだろうか。

 

「ハンマーナックル!」

【イグニッション!】

「くっ……!」

【プロテクション】

 

 反撃に出ようにも、ここまで接近を許してしまったら困難である。ティアナは苦肉の策で防御を張った。

 アルフレッドの引き絞った腕に、円環状の魔法陣が浮かぶ。相手に触れた瞬間に、強力な衝撃波を発するものだ。それをパワーアシストで強化された拳に乗せて放つ。しかも、圧倒的な重量差が存在している。

 文字通り、必殺に近い一撃である。

 まともに直撃すれば、頭蓋骨陥没では済まされない一撃がバリアに触れる。ティアナのバリアがそれを防げたのはほんの一瞬で、アルフレッドの拳から炸裂した衝撃魔法によって粉々に砕け散った。

 そのままティアナに目掛けて拳が直進する。腹部目掛けて拳は猛進していたのだが、バリアが砕かれた衝撃でティアナは空中で弾き飛ばされていたため、拳の入りがかなり浅かった。

 それでも、バリアジャケットがなければ内蔵が破裂していたか、そうでなくとも骨折するほどの威力を有していた。

 

「がッ……」

 

 幸い、気絶こそしなかったものの、ティアナは一時的な呼吸困難に陥る。次の瞬間には、クロスミラージュがティアナの敗北を告げる音声を発していた。

 アルフレッドは、ティアナを撃墜した後にそのまま空を滑って着地する。着地した部分のアスファルトは、インセインの重量のせいで砕けて蜘蛛の巣状のヒビを刻まれた。通常ならば、あの高度から落下したアルフレッドも無事では済まない筈だが、インセインのショックアブソーバーのおかげで全くの無傷だ。魔法に頼らずとも、インセインの能力だけで十分に戦えるのがアルフレッドの強みだ。

 アルフレッドはキャロを睨んだ。

 これで、新人メンバーの半数が撃墜されたこととなる。次の狙いは、フルバックのキャロだった。

 

 次に自分が狙われるであろうことは、キャロとてすぐに察することが出来た。ならば応戦するか? 否、ここは逃げなければならない。

 フルバックのキャロがアルフレッドに対抗する術はあまりにも少ない。あの異様なまでの防御性能では、フリードの炎ですら難なく防いでしまう可能性が高い。とはいえ、いかに強固なインセイン・スーツに身を包んでいても、酸素供給がなければ危険であることは間違いない。火で炙り続ければ酸素供給が無くなったアルフレッドは白旗を上げるだろうし、何より排熱が大きな課題であるパッケージシステムを破損させることが出来るだろう。

 だが、ひとまずその可能性をキャロは捨てた。あまりにも危険すぎるからだ。酸素供給を断つということは、即ちアルフレッドの命を危機に晒すということである。模擬戦で相手の命を危険に晒す必要など無い。いや、あってはならない。

 キャロはそう判断し、ここは退避を選択する。ここを逃げおおせれば、勝機はある。

 

「フリード!」

【逃がすかよオラァァァッ!】

 

 フリードを急かす。急いで上空に逃げようとしたが、わずかに浮きあがった所でアルフレッドがキャロに向かって突進してきた。

 まるで放たれた矢のような速度だった。いや、あの質量を鑑みれば砲弾というのが正しいかも知れない。それほどまでに重々しく、それでいて速かった。先ほどの跳躍でも十分に分かっていたが、フルアシスト時の運動性能が冗談じみている。パワーアシストが無ければただの的であっただろうに、強力なアシストがアルフレッドを脅威たらしめている。

 

 この速度では、アルフレッドの攻撃が届かない上空に逃げるよりも、アルフレッドがキャロに詰め寄るほうが速い。キャロはフリードに短く命令を下し、窮地を脱することを試みた。

 キャロが命令を下すと、フリードは口から火炎の礫を吐き出した。それはアルフレッドに直撃するコースである。それも、爆発性の高い火炎弾であった。いかにインセインといえど、これの直撃は受けたくない筈だ。足を止めて防御せざるを得ないだろう。

 キャロの見立て通り、アルフレッドは地面に轍を残しながら静止を試みる。あの速度と巨体では、慣性が強すぎて急には制止することは不可能だ。地面を抉りながらもようやく制止できた時には、火炎弾はもう目と鼻の先だった。

 もう回避は出来ない。元よりそんなつもりは、アルフレッドに無かったが。

 

「インセイン!」

【インバーナラブル・プロテクションンンンッ!】

 

 アルフレッドが付きだした右手から発せられる魔力の壁。それはアルフレッドが得意とする防御魔法の一つだった。二層構造になっており、一層目はあえて砕けやすくしている。そうすることで攻撃のエネルギーを分散させることが可能となり、元より強固な二層目が貫かれにくくなる。

 そのバリアに触れた瞬間、火炎弾は炸裂し、バリアの一層目が一瞬で砕かれる。炸裂の瞬間の衝撃波を一層目が殆どを受け持ち、後続の火炎などを二層目で受け止める。一層目がエネルギーを分散させたため、二層目に届いた衝撃波は大した威力がなかった。爆発系の攻撃方法は、それが炸裂した瞬間が最も攻撃力が高い。その瞬間のみを耐えることができたなら、後は問題ないのであった。

 地面を炎が這い、アルフレッドの全身を舐める。しかし、問題はない。この程度ならば十分に行動可能である。だがいつまでも熱されると危険であるため、いち早く炎から脱出することとした。熱を排出するため、インセインの胸甲と腕にある排熱口から水蒸気が噴出する。

 

 キャロはそれ以上の追撃はしない。ひとまず、アルフレッドの足止めを出来ればそれでいい。キャロはフリードの手綱を操り、上空へと逃げた。あっという間にアルフレッドが戦える距離から離脱する。いや、戦えない訳ではないのだが、少なくとも今はその必要はないと思われた。

 何故なら、地上にもう一人だけ敵対戦力を残しているのだ。こちらの排除を優先することとする。まだ煙幕は晴れていないが、そろそろ散布したチャフが地面に落ちて効力が薄れる頃合いだ。視界も回復し、パニックから脱するだろう。これ以上、先延ばしにできる相手ではない。

 

「おりゃああああッ!」

 

 そろそろ排除すべきだと考えていた矢先、煙幕を飛び出して一人の少女が突貫してくる。青い髪の毛に、右手に装着した籠手型のデバイスとローラースケート型のデバイス。言うまでもなく、スバルだった。

 スバルはリボルバーナックルにカートリッジを装填する。空薬莢が排出され、チャンバーから僅かに蒸気が漏れる。

 移動速度は、アルフレッドの通常移動速度以上、フルアシスト時未満、というところだろうか。コンスタントにこの速度が出せるならば、前衛としては申し分ないものだろう。

 

【相棒、いま俺は冷却状態だ。フルアシストは使えねェからな】

「I copy. 問題はない」

 

 アルフレッドはショットガンにカートリッジを装填する。彼我の距離は十数メートル。スバルの移動速度ならばあっという間に距離を詰めるだろう。白兵戦はアルフレッドも望むところだが、その前に迎撃を試みる。

 散弾を放つ。トリガーを引き、発射の衝撃を利用してポンプを引く。さらにもう一発をお見舞いする。

 

「マッハキャリバー!」

【トライシールド】

 

 スバルは前方に三角状のシールドを展開する。無数の散弾がシールドに直撃するが、スバルの防御は堅牢でそれを破るには至らなかった。実のところ、このショットガン型のデバイスが放つ散弾は威力の距離減衰が激しい。エリオは至近距離で、かつまともな防御を許されない状態からの一撃であったため守りきれなかったが、スバルは違う。そもそも攻撃を受けるよりも避けるタイプのエリオと違って、受けとめるのがスバルのポジションだ。防御は集中して鍛えられたため、この程度ならば難なく防いでみせる。

 

 スバルは攻撃を防ぎながらも前進する。もはや、手を伸ばせば届くというほどまで距離を詰められた。

 スバルはさらに二発のカートリッジを装填する。アルフレッドはショットガンから右手を離し、スタングレネードを装備しているほうとは逆側の腰に提げる。そして空いた右手を前に突き出した。

 

「インセイン、カートリッジロード!」

【ロードカートリッジ!】

 

 このショットガン型のデバイスは、インセイン側で管制されている。インセインの指令があれば、アルフレッドが手動で装填する必要はない。アルフレッドはショットガンから受け取った魔力を放つのではなく、防御に使用することとした。ここは防御魔法で防ぎ切りたい場面である。

 

「リボルバーキャノン!」

【インバーナラブル・シールドォッ!】

 

 今度は受けとめるバリア系ではなく、弾くシールド系を展開する。

 インバーナル・プロテクションと違うところは、三層構造となっているところだ。さらに、どのシールドも強固な防御性能を保持している。あえて破壊させることでエネルギーの分散を狙うのではなく、強固の壁を複数に渡って築くことで完全に防ぐことを目的とした術式である。

 スバルのリボルバーキャノンは、魔法によって生み出された衝撃波を腕に纏わりつかせることで、至近距離でのみ驚異的な破壊力を発揮できる。しかし、その衝撃波が威力を発揮できるのは一瞬のことだ。三層の防壁を突破するには、やや瞬間的なものに特化しすぎている。

 スバルの拳は一層目を砕いたが、二層目に阻まれた。二層目の防壁はスバルの拳によって悲鳴を上げたが、砕かれることはなかった。

 

【やるじゃねェか、バカガキィィッ!】

 

 インバーナラブル・シールドの二層目が完全にスバルを弾き返す。スバルは一瞬のみ体制を崩したが、すぐに持ち直した。

 スバルは少しだけ距離を開けて様子を見ようとする。しかし、アルフレッドはそれを許さなかった。アルフレッドは弾かれたスバルに間髪いれずに接近する。もはや互いの鼻息が聞こえそうな距離だ。

 アルフレッドはバイザー越しにスバルを睨む。スバルにその視線は届くわけも無いが、スバルは不思議と心臓を鷲掴みにされているかのような、不気味な感覚に襲われた。

 

 スバルは反射的に拳を放つ。しかしその拳はアルフレッドの右手に受けとめられた。インセインの掌から火花が上がるが、大したダメージにはなっていない。

 アルフレッドは左手でスバルの襟首を掴む。スバルは振りほどこうとしたが、インセインの万力のような力の前では無力だった。アルフレッドはスバルを掴んだまま、渾身の力で彼女を放り投げた。

 

「うわっ!?」

 

 スバルはほぼ地面と水平に空を滑る。彼女の体は、廃ビルのガラス窓を粉砕してその内部に吸い込まれた。アルフレッドは間髪いれずにビル内部に侵入し、スバルを追う。

 

 これはアルフレッドの策であった。

 開けた場所で戦い続けると、キャロとフリードからスバルへの援護が発生する可能性が高い。フリードの火炎は、アルフレッドとスバルが接近戦をしている内は意識しないで済むだろうが、それでも脅威であることは間違いない。

 しかし、上空から視えない位置に連れ込んでしまえば、事実上の一対一となる。キャロが地上に降りてくれば状況は変わってくるが、その前にスバルを撃墜する腹積もりだ。仮にそれが出来なくとも、ビル内部のように狭い場所ではフリードは満足に戦えない。

 狭い場所での戦闘はアルフレッドが最も得意とする状況だ。相手を自分の土俵に上げるのは、戦闘において基本中の基本となる。

 それが難しいことも事実だが、今回はアルフレッドに有利な状況に上手く持っていくことができた。

 

 ビルの中は薄暗く、スバルの姿をすぐに見つけることは出来なかった。しかし、ほどなくしてその姿を発見する。

 スバルはいきなり攻撃を加えるようなことはしなかったが、アルフレッドを油断なく睨んでいた。しかしその顔はどことなく楽しそうである。

 

「すごい防御力ですね。全身をデバイスで覆っているから、バリアジャケットまで攻撃を通すのが難しくて仕方がないです」

【当たり前だろうが。この無敵のインセイン・スーツ様を前に、勝ち目があるとでも思ってたのかィ?】

「はい。アルフレッドさんとインセイン・スーツに勝ち目があるとすれば、それはきっと私だけですから」

【……分かっているじゃねェか。この俺は、銃弾だろうが刃物だろうが完璧に防いでみせらァ。だがな、鈍器や衝撃にはあまり強くねェ。ショックアブソーバーを装備しちゃいるが、限界があらァ。お前は間違ってねェぜバカガキ】

 

 古来より、重厚な鎧に対抗するには鈍器が有効であるとされている。剣も矢も通らない大鎧を倒すには、鈍器で鎧の上から衝撃を与えるのが最も有効だ。そのために、ウォーハンマーやメイスが中世の戦場で闊歩するようになったのだ。

 

 さらに言えば、スバルには振動破砕というスキルが備わっている。インセインはあえて言わなかったが、この事をアルフレッドとインセインはパーソナルデータで確認していた。硬質な装甲で全身を覆うインセインにとって、これは驚異となる。最悪、触れられただけで全身の装甲を砕かれる危険があるのだ。基本的に対人戦で用いるスキルではないだろうが、打開策がそれしかないと判断したら使用する可能性がある。

 だからこそ、アルフレッドは彼女を後回しにしたのだ。

 最初に叩くことも可能であったが、もし失敗したときのリスクが大きい。仕留め損なえば、パニックから回復したエリオや、後衛らのバックアップを受けて手に負えなくなる可能性も十分にあった。

 だからこそ、外堀が埋まるまで彼女との接触は避けたのであった。

 

【だがよォ。それでも勝つのは俺だ。テメエなんぞに、負けてられるかあッ!】

 

 その声に弾かれたように、アルフレッドは突進する。まだフルアシストは使えないため、通常の速度でのそれだが、それでも十分な速度を誇っていた。

 瞬く間に肉薄し、アシストに乗せた重い拳を放つ。一見すると危険な技に見えるが、実際はデバイスによる攻撃と同じだ。言わばスバルのリボルバーナックルと同じである。少なくとも模擬戦のルールの範疇である。それが危険に見えるのは、インセインの言動と見た目によるものだ。

 しかし、錯覚であると分かっていても、やはり凶悪なものに見えて仕方がない。少なくとも、スバルが一瞬だけとはいえ怯んでしまう程度には恐ろしいものに見えた。

 

 だが、それでもスバルは冷静を保っていた。アルフレッドの鉄拳を捌き、その懐に入り込む。肩口の装甲が薄い部分を狙って、スバルもまた拳を放つ。しかしその拳は、アルフレッドの見かけに反する俊敏な動きで回避された。さすがにアルフレッドも自分の弱点は把握していると見えて、先を見越したかのような動きだった。

 

 そこから先は、拳と拳の応酬だった。どちらかが拳を放てばそれを防ぎ、反撃に出る。しかしその反撃は防がれ、さらなる反撃を呼ぶ結果となる。

 拳を交わらせること十数回、この時点でスバルはまともに殴りあうことを諦めつつあった。

 この重厚な装甲と防御魔法は容易には突破できない。膠着状態を打破するためにも、ここは一つ大技に賭けるべきだと思った。

 スバルはカートリッジを数発ロードする。その表情と瞳には、勝利への確信が確かに映っていた。これを受けて、無傷である筈がないという自信。

 その自信に後押しされ、スバルは吠えた。

 

「一撃必倒ッ!」

【ディバインバスターA.C.S】

 

 それは、かつて洗脳されたギンガを倒した必殺の技。いくら装甲に身を包もうと、それを抜いてダメージを与える自信がスバルにはある。もし装甲を抜くことが出来ずとも、相応のダメージは期待できる。強固な防御呪文に阻まれようとも、絶対に砕いてみせる自信がある。

 この膠着状態を打破するには、この一撃が相応しいとスバルは思った。だからこそ、この一撃に全てをかけるつもりで望んでいた。

 

【それがテメエの本気かァ? いいぜ、キッチリ受けとめてやるぜェ!】

 

 彼の腰に下げられたショットガンのポンプが上下し、カートリッジを装填する。その数三発。それら全てを防御に費やす腹づもりである。

 アルフレッドの戦闘力は高いが、攻撃のみに着眼したとき、その実力は大したものではない。基本的な攻撃方法は格闘戦となるが、あまりの巨体が邪魔になり高度な機動ができない。それを補うためにショットガンを装備しているものの、アルフレッド本人があまり射撃を得意としていないため、気休め程度のものだ。

 アルフレッドの戦闘能力の根源。それは偏にその防御性能によるものだ。過剰とも思える防御性能は、あらゆる攻撃を無力化する。防御呪文を得意とするアルフレッドのそれを易々と突破することは叶わないし、突破してもその先にはさらに強固なインセイン・スーツが待ち受けている。

 だからこそ――アルフレッドとインセインは、防御にかけて絶対の矜持を持っている。相手の攻撃を回避せず、全て防いでみせることこそが彼らの美学なのだ。

 よって、相手が必殺の一撃を放つと分かっていたとしても、退避や回避の選択肢は存在していない。いや、そもそもこの巨体ではそれが難しい。ならば完全に受け止めてみせることこそ、アルフレッドとインセインにとっての戦略なのだ。他人がこれをやれば無謀や無茶となるだろうが、この二人に関してはそうではない。

 無茶を通せば道理が引っ込む。二人はそれを体現したかのような存在であった。

 

「行くよ、マッハキャリバー!」

【イグニッション】

 

 マッハキャリバーのローラーが高速回転し、コンクリートの地面を抉る。抉られたそれは粉塵と化し、宙を舞った。あまりの高速回転に一秒あまりその場で空回りしていたが、次の瞬間には爆発的な加速でアルフレッドに向かって突進していた。

 右腕を引いた状態で保ち、左腕はやや前へ。右手のマッハキャリバーのギアが互い違いの方向に高速回転を初め、金切り声をあげる。左手は既に砲撃魔法のチャージが始まっており、ひとたび火を吹けばあらゆるものを砕く力があるだろう。

 

【インバーナラブル・シールドォ!】

 

 先ほど使った防御呪文と同じものを再び展開する。三層の防壁を砕くことなどできるものか、という自信の表れでもある。

 事実、この防壁を完全に砕いてみせた者は決して多くない。並みの魔導師ならばまず不可能だ。優れた攻撃技術と、反撃を恐れない勇気を以て臨まなければ、この防壁を砕くことは難しい。

 むろん、絶対に砕かれないというものでもない。圧倒的な火力や、一点に集中したエネルギーを前にすれば砕けることもある。だが、それを成し得た人物は数えるほどしかいないことも事実だった。

 ただ、機動六課の面々は全員がそれを成し得る才能を備えていることも、認めざるを得ない事実であった。少なくとも、絶対に砕かれないと言いきれるほどの自信はアルフレッドにはなかった。

 

 スバルが吼える。気合いと共に放たれた拳は、先ほどインバーナラブル・シールドに阻まれた際のそれより遥に強力な威力を秘めている。

 拳と防御呪文が接触した瞬間、まず一層目があっけなく砕かれた。少しは抵抗したものの、大した効果も発揮できずに突破されてしまう。しかし二層目は耐えていた。スバルの拳を受け止め、火花と軋みを上げているが、確かに受け止めている。

 勝った。

 アルフレッドはそう思った。ここで受け止めたのならば、乾坤一擲の一撃を耐えたのであれば、勝利は揺るがないものと確信した。この技は彼女にとってこの上ない一撃の筈であり、それを防御呪文で完全に受けてみせたのならば、こちらが負けることはまず無いと判断できる。

 

 アルフレッドの勝利を確信した顔は、しかしすぐに改められることとなった。

 スバルは防御呪文に圧力をかけたまま、握った拳をおもむろに開く。そして、開かれた手は貫手の形を作った。さらに、リボルバーナックルが追加のカートリッジを装填する。

 言うまでもなく、拳よりも貫手のほうが圧力が高く、エネルギーが一点に集中する。そのため、強固な防御呪文でも貫通できる可能性が生まれてくる。

 スバルの右手は徐々に防御呪文に食い込む。その指先が防御呪文に牙を突き立てるたびに、防壁は悲鳴を上げ、リボルバーナックルは雄叫びを上げた。

 

「おおおおッ!」

「くっ……」

【Fuuuuuuuck! こんなガキに俺達の防御呪文が……!】

 

 スバルの指先は三層目を貫き始める。そしてその瞬間、スバルはありったけの力を込めて障壁を貫いた。三層目の防壁はその指先を防ぐこと叶わず、ついに防御呪文のその奥までの侵攻を許してしまった。

 障壁はガラスのように砕け散り、すぐに霧散を始める。その先には魔法による防御が無くなった本丸が佇んでいた。

 

「ディバイン――」

【避けろ相棒ォ!】

「バスターッ!」

 

 防御呪文を砕いた右手を引き、代わりに左手を突きだす。左手には砲撃魔法がチャージされており、そのスフィアがインセインの腹部に触れた。

 その次の瞬間には、アルフレッドとインセインは閃光の中に包まれた。否、ただの光などでは断じてない。魔力を束ねた高火力の砲撃である。その魔力がインセインの全身を焦がし、圧倒的な衝撃は彼の巨体を弾き飛ばした。

 

 アルフレッドとインセインは砲撃の圧力に負け、コンクリートの床を削りながら後退していく。砲撃が完全に止まったときには、彼らは外に面した壁にもたれ掛かるようにして倒れていた。

 アルフレッドが気絶しているのか、その巨体は微動だにしなかった。そこに、インセインの音声が弱々しく鳴り響いた。

 

【……機能維持が不可能と判断。システムダウン】

 

◆◇◆◇◆

 

 その様子を、なのはを始めとした隊長格はディスプレイ越しに見ていた。なのはのサーチャーが受信した映像をリアルタイムで視聴できるように、あらかじめ準備をしておいたのだ。

 動かなくなったアルフレッドとインセインンを見て、ヴィータが呟いた。

 

「……ちょっとヒヤっとさせられたが、新人どもの勝ちか。ま、あんだけしごいたんだから当然だな」

「アルフレッドさんもインセインも、ちょっと怖かったですけど良い戦いでしたよー。リインも優秀な人材が増えるのは嬉しいです!」

 

 その言葉に、その場に居合わせた人物は頷いた。アルフレッドとインセインについて思うところは人それぞれだろうが、アルフレッドがそれなりに優秀であるというのは共通の認識であるようだった。

 しかし、一人だけ同意しなかった人物がいた。なのはであった。

 

「……たぶん、まだ終わってないよ。インセインから撃墜されたというシグナルが出ていない」

 

 ヴィータがその言葉に反応する。

 

「はあ? アルフレッドは気絶してやがるし、インセイン・スーツはシステムダウンしているじゃねーか。どう見ても勝負ありだろ」

「ううん、アルフレッド君が今の一撃で終わるとは思えないの」

 

 次に反応したのはシグナムだった。怪訝な顔をしながら、言葉を選ぶように問いかける。

 

「……そういえば、アイツとお前は旧知だったみたいだが、どういう経緯で知り合ったんだ?」

「うーん……デリケートな事だから、私の口からは言えないかな。今言えることは……私とアルフレッド君は五年前に戦った事があるの。その時から、彼の防御は凄かった」

「しかし、お前が勝ったんだろう?」

 

 特に根拠があるわけではなかったが、なのはが易々と負ける筈がないという判断から出た言葉だった。その言葉になのはは頷いた。

 

「まあ、一応ね。……でも、私のスターライトブレイカーを受けて戦闘を続行したのは、ちょっとびっくりしたかな」

 

 その言葉を聞いた全員が、素っ頓狂な声を上げた。なのはのスターライトブレイカーを食らった事がある者の驚きは特に大きかった。

 なのはが使用できる中で間違いなく最強に位置する収束砲撃魔法、スターライトブレイカー。本人とデバイスにかかる負荷が大きいものの、直撃を受ければまず立ち上がることのできない程の火力を有している。

 五年前だとブラスタービットを用いたスターライトブレイカーはまだ使用できなかったとはいえ、それでも必殺を体現したような威力を持っていた筈だ。

 恐る恐る、フェイトが口を開いた。

 

「えと……全力全開で?」

「うん。全力全開で」

 

◇◆◇◆◇

 

「アルフレッドさん? 大丈夫ですか?」

 

 スバルは未だ起き上がらないアルフレッドに近づいて声をかけた。もし気絶しているのならば、どうにかしてインセインから引き出すべきだろうか。もしかすると、インセインの機能が停止した場合、内部への酸素供給が滞っていることも考えられる。もしそうならば、窒息する前に助け出さなければならない。

 

「アルフレッドさん、意識はありますか?……アルフレッドさん!」

 

 声を荒げてみたが、やはり起き上がる気配がない。

 非殺傷性の魔法であった筈だが、その弾き飛ばされた時の打ち所が悪かったのかも知れない。インセインは衝撃にはそこまで強くないらしいし、十分にあり得る話であった。

 どうしたものかと考えあぐねていると、心配したのか上空から降りてきたキャロが駆け寄ってきた。

 

「スバルさん、どうしましたか?」

「あ、キャロ。アルフレッドさんが気絶しちゃったみたいで……。インセインもシステムダウンしちゃって、どうにか中身を引っ張りだせないかなって」

「うーん……難しいと思います。装甲が厚過ぎて、今はどうしようも……。マリエルさんを呼んだほうがいいかも知れません」

「そうだね、じゃあ私がひとっ走りして呼んでくる」

 

 そう言ってスバルはキャロとアルフレッドに背を向けた。

 その時、スバルはふと疑問に思った。模擬戦は終了している筈なのに、何故そのアナウンスがされないのだろう。それに、アルフレッドが気絶していることも分かっている筈なのに、何故誰も来ないのだろう。

 その答えは、背後より聞こえた声によって与えられた。

 

【ウッソでェす!】

 

 その声と同時のその巨体が起き上がる。その太い腕をキャロの首に回し、怪我等をしない程度に締め上げる。それと同時にショットガンを抜き、スバルに照準を定めた。

 スバルが振り向くよりも早く引き金を引く。あまりの事に反応できなかったスバルは防御すら出来ず、散弾に体を撃ち抜かれた。むろん、非殺傷性であるため怪我はないが、スバルはその場に倒れ込む。

 

【スバル・ナカジマ撃墜ィ!】

 

 次にアルフレッドはショットガンを再び腰に提げ、空いた手でキャロの頭にデコピンを放った。いくらデコピンとは言え、指まで装甲で覆われているため、ハンマーで小突かれたのと大差ない。拳によって打ち据えなかっただけ良いものの、幼いキャロにとっては十分に痛い一発であった。

 

【Mission Complete! 勝者はアルフレッド・バトラーさんでェす! ドンドンパフパフー!キャー素敵!】

「……ちょっと黙っていてくれ、インセイン」

【んん? おお、そうかいそうかい、メインディッシュを所望なんだな?】

「おい、いい加減にしないか!」

【黙っていな!】

 

 インセインはそう言うと、勝手になのはとの回線を開いた。なのはの応答を待たず、一方的にまくしたてたのであった。

 

【高町なのはァァ! さっさとこっちに来て、俺らと戦いなァ!】

 

 




 次からは通常通りの更新速度となります。
 およそ一週間から二週間を目途に投稿したいと思います!

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