機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.17 殺意の応酬

 ああ、そうだ。俺は人が憎くて憎くて仕方がない。この滾る殺意を抑える術を知らぬ。所詮、弱者は強者に頭を垂れるしかないのか。人の命は平等で、その尊厳もまたそうであるべきではないのか。

 もしこの世の現実がそうでないのなら、それは現実が間違っているのだ。理想と現実が食い違うのであれば、現実を変えていくしかないではないか。

 だから俺は強者を殺すのだ。この世の支配者を絞殺してやるのだ。貴様らが鼻で笑った弱者の一撃を見てみるが良い。もはやこの世を変えるのは、一握りの強者ではなく無数の弱者であることを知るが良い。

 

 肩を並べて戦う者の一人が言った。

 この世は見えない悪意で満ちていると。昨日までの莫逆の友を、何の躊躇もなく縊り殺せる程度にはこの世は醜悪なのだと。私の父はかくして死んだ、ゆえに私はこの世に憤っているのだと。

 その言葉は胸に刺さるほど理解できた。そうだ、この世はもはや縋る価値を無くしている。

 

 別の一人が言った。

 世界は欺瞞と無関心の上に成り立っていると。誰しもが上辺だけ綺麗な言葉を平気で放ち、いざその場面が迫ったら無関係を装う。弱者に手を差し伸べることが出来ない社会に何の意味がある。困窮に直面した者に救いを与えない人の心に何の価値がある。あるものか。こんなものは無価値だ。

 その言葉は心より賛同できた。そうだ、人の心はもはや腐り落ちた。ならば人の集団で構成された世界もまた、既に腐臭を放っている。

 

 自分もかくの通りだ。

 もはやこの世に未練もなければ期待も希望もない。誰かに希うのは愚かしいと気づいた。もはやこの世界には自浄作用が存在しないことを悟った。

 ここに集う誰しもがそうだ。もはや現行の世界を見限った者たちの集団。

 夫かあるいは妻を亡くした者。恋人を亡くした者。誰かに裏切られた者。誰かに痛烈な虐待を受けた者。

 不幸の形は人それぞれで、一絡げに説明などできぬ。だがそれでもあえて説明するならば。

 

 ――『今』という現実を変革するために戦っているのだ。

 

 我々が奉る神は死者すらも蘇らせる不死の王であるという。その神にかかれば、世界を再編すること容易いという。

 

 我々はただ、もう誰も悲しまなくていい世界を欲しているのだ。

 それが例え、何も生み出さぬ暗黒であったとしても、もう悲しむことは無いのであれば幸せなのだ。もう誰にも蔑まれる事ない、誰をも受け入れる暗黒であるのならばそれでいい。それこそが我らの望みなのだ。

 

 ただ、あの男だけは違っていた。

 いつだったか正確にはもう覚えてないが、多分五年ほど前にやってきた男。

 見込みがありそうな男だと連れてこられて、俺が暫く教育役として面倒を見た男。そう、アルフレッド・バトラー。

 

 あいつだけは少し変わっていた。

 世界に絶望している事も確かだろう。その復讐心も確かだろう。世界を変革せんという意思も確かだろう。

 でも何かが違っていた。それは何かといえば、言語として表現するのは困難なあやふやな感覚でしか掴めていない。

 

 ただあえて言うならば、そう。あの男は「今」を変えるためではなく、「今」を守るために我々に付いてきたように思うのだ。

 不幸な事件で両親を強盗に殺され、心に消化できぬ闇を背負い、紆余曲折を経てここにやってきたアルフレッド。たまたま魔法の才能が少しばかりあるだけの、本来ならば大勢いる兵士の一人にすぎない筈のあの男。

 

 彼は、失ってしまった平穏を取り戻すために戦っていたのだ。

 両親はいくら希っても帰ってこないものと完全に諦めているが、妹にとって少しでも親の代わりになれればと自分の体を削る勢いで戦い続けた。そこにあるのは、少しでも自分たちにとって住みよい世界にしたいという改変の意志ではなく、あの暖かな日常を取り戻したいという修復の意志だったのではないか。

 

 その手段として、戦い続けたに過ぎない。

 むろん、人を殺して得られる平穏など無いことは誰にでもわかりそうなものだ。しかし彼は、頑なに信じ続けていたのだ。

 妹に不自由をさせまいと。妹さえ無事で、自分が家に帰った時にそこに居てくれるならば、いつかあの暖かい日常が戻ってくるのだと。

 まだまだ子供だったアルフレッドにとっては、その思考が限界だったのだろう。自他共に認めるように、彼はさほど頭が良い部類ではない。

 

 だから愚直にも、自分が親の代わりになれれば平穏は戻ってくると。そう信じ続けた。

 親代わりになるには、とにもかくにも金を稼ぐ手段が必要だ。愛だけで人が生きていけるわけもなく、現実問題として金は要り様になる。

 ゆえに自分が金を稼げれば、とアルフレッドは着々と人殺しの手段を身に着けた。その矛盾した行為を、本当は自身でも気づいていただろうに無視しづけた。そうじゃないと、得体の知れぬ圧力や重責に飲み込まれてしまいそうだったから。

 

 俺は、そんなアルフレッドをどう思ったのだろう。変なヤツだとも思ったし、この場に居るべき人間ではないのかも知れないと考えたことは確かだ。

 ただ少なくとも、面白いと思ったこともまた事実だ。

 

 生きるためには仕方なかった、という詭弁も通るだろう。能力も学歴もない子供が働ける職場など相当限られる。

 だが、働き口が無いわけではない。我々を突っぱねて、早々に別の仕事を探す手はあった筈だ。

 ならば何故我々について来たのか?

 きっと、世界に絶望している訳ではないのだろうが、それでも世界に対して遣る方ない思いがあったには間違いないだろう。

 いわば中間で揺れている状態だ。白に転ぶことが出来ないわけでもないし、容易く黒に傾くことも出来る、灰色の存在。人を殺めることは避けたいと思いつつ、でもここで生きていくためにはそうせざるを得ない。世界に憤っているものの、ならば世界に復讐するかと言われればそこまで憎悪は育ちきっていない。

 加えて、それなりの実力がある。極端なほど防御に特化したあの魔法。戦闘スタイル。そしてインセイン・スーツ。

 

 これは面白いことになる。

 黒に転ぶにせよ、白に転ぶにせよ、暫く酒の肴には困らないだろう。だから俺を楽しませてくれよ、アルフレッド。

 黒に染まるにはお前は青い。白に染まるには罪深い。いずれにせよ、その葛藤は俺の心を潤すだろう。

 

 果実を漬け込んだ酒が甘くなるか渋くなるか。どちらにせよ楽しめる。

 だから頼むぜ、アルフレッド。俺は良い酒は長く楽しみたいのだ。この俺を、愉悦に浸らせてくれよ――

 

 ◇◆◇◆◇

 

「どうした、それで終わりか!?」

 

 挑発と侮蔑を多分に含ませた高笑い。そのケタケタと耳に触る嘲笑はアルフレッドの神経を逆なでするに十分だった。

 空は赤い。朝焼けなどではなく、舞い上がる火の粉が空を赤く染めていた。もはやどこが火元か分からぬそれが、朝の風で舞い上がって空を燃やす。

 もちろん燃えているのは街だ。燃やしたのは彼らだ。聖光教示会、彼らにほかならぬ。

 この虐殺と破壊活動に何の意味があるというのか。それは彼らにしかきっと理解できまい。

 しかし、アルフレッドもまた「彼ら」の一人だったのだ。今は理解できないし、昔も共感できたかというと否定しなければならない。

 でも知っている。彼らはこんな筈ではなかった現実を変えようとしているのだ。

 もはや誰も悲しまないで済む世界にしたい。暴力と憎悪のない世界に変えたい。その思いはきっと正しい。しかしそれが暴走した今、それは純粋な悪に成り下がった。

 

 誰も悲しまない未来を欲した末、誰かの悲しみを強制した。世界を変えるために悲しみを生み、そしてその悲しみを最後にすると詭弁を弄し、新たな悲しみを生み出している。

 狂気の沙汰だ。悲しみから解放されるならば死ですら救いとなる。世界の救済と改変という大義のために死すならこの命には意味があった。そんな信念に陶酔し、狂信し、暴走した。

 

 その犠牲がエマだ。手を下したのはヴェルディだ。

 だから彼らを許しはできない。ヴェルディを許しはできない。

 彼らは、ヴェルディは完膚なきまでに叩きのめさねばならない。もう二度とこんな狂った者達が現れぬよう、彼らが再起できぬよう、叩き潰さねばならい。

 

 故にアルフレッドは吼えた。激烈な意思と怒りを以て。

 

「バタリング・ラム!」

【超クール!】

 

 右腕は既に限界が近い。ならば腕に頼らない戦い方をするまでのこと。

 アルフレッドの前面に現れる錐状の防御魔法。それが高速回転することで敵を貫き、同時に自らの身を守るその魔法はアルフレッドが使える最強の魔法であると言ってもいい。

 そのままヴェルディに吶喊する。喉が潰れるほどの雄叫びを上げながら、眼前の敵を確実に粉砕するという鋼の意志を抱いて。

 

「おお、新技か?」

 

 ヴェルディはアイーダによる刺突を放つ。それぞれ別の軌道を描きながら、五本の杭が立て続けにアルフレッドに殺到する。

 しかしその迎撃はむなしく散る。ただでさえ突破が難しいアルフレッドの防御呪文が、高速で回転しているのだ。刃を突き立てることすらできずに弾かれる。

 例えるなら回転を始めた穿孔用のドリル刃に針を突き立てんとしているようなものだ。針が刺さるわけもなく、仮に刺さったとしても唸りをあげて回転するそれに叩き折られることは火を見るより明らか。

 さらにはこの魔法は防御も困難。アルフレッドは防御だけは一級だ。その防御呪文で編まれた切っ先は非常に硬質。同程度の防御を扱えるものがいたとしても、回転する切っ先に穴を穿たれること明白。ゆえに、これを正面から防御したければアルフレッド以上の防御呪文か、それに準じる防御手段が必要となる。

 

 そして、その手段はヴェルディにはない。残された道は回避のみだ。

 ヴェルディの理解は追いつかずとも、この魔法の前には防御も迎撃も無意味であることを経験から悟る。あまりにあっけなく刺突が弾かれてしまい。その時にアイーダの帯がドリル刃に巻き込まれてズタズタに引き裂かれてしまった。

 これでは為す術はない。

 

 ヴェルディは残った五本の帯を頭上おビルに打ち込み、アイーダの帯を縮小させることで体を引き上げる。その時、凄まじい勢いで迫っていたアルフレッドの刃に爪先が僅かに触れた。その瞬間、鉄板入りの靴がごっそりと削れ落ちる。むろん、その中身も無事では済まない。

 ヴェルディの右足は親指から中指までの三本が完全に血煙となって消滅した。

 

「ぐおおおッ!」

 

 その激痛にヴェルディは悶絶する。額に脂汗を浮かべ、呼吸は目に見えて荒くなる。ビルからぶら下がった状態のままヴェルディは自分の亡くした爪先を強く押さえた。出血自体は大したことはないが、身体の一部が欠損するという事態は精神的にも大きなダメージだ。

 再びヴェルディの双眸がアルフレッドを捉えたとき、その目は今までとは違う感情を強烈に孕んでいた。即ち、憎悪。眼力だけで人を呪い殺せるほどの憎悪だった。

 

 しかしその口元は苦痛に耐えながらも口角が吊り上っていた。その表情は笑顔と表現すべきものだろうが、しかし目は如実に殺意を訴えている。何とも形容しがたい表情であった。

 

「楽しませてくれるじゃねぇか。ここまで殺意たっぷりの一撃は久しぶりだぜ、本当に。嬉しいぜ、アルフレッドくぅん? お前を逃がしてやった甲斐があった。俺に特上のスリルと興奮をもたらす存在にお前はなった!」

「お前を喜ばすためじゃない。お前を殺すために俺は強くなった!」

「そう! お前は五年前のお前じゃないだろう。でもなあ、お前確かやり直すとかほざいていたよなあ……? どう見てもやり直せているようには見えないぜ。所属が変わっただけでやっている事はまるで同じ。大義が変わっただけで手段が変わっちゃいない。それでやり直せたとか言うつもりか、ああ?」

「……」

 

 アルフレッドは答えない。代わりに拳をきつく握りしめた。インセイン・スーツに身を包んでいなければ爪が食い込んで掌を傷つけている程に。

 

「俺の言った通りだ! 腐った卵からは二度と雛鳥は生まれねえ。俺もお前も、もう腐りきっているんだよ。認めようぜアルフレッド。やり直すなんて幻想はさっさと捨てるべきだと思わねえか?」

「黙れッ!」

 

 そうだ。この手は既に血に塗れている。

 その罪は二度と消えない。いくら自分を誤魔化そうと、情状酌量の余地がない大罪に手を染めたことは事実だ。

 違う生き方を見つけようと、違う居場所に身を置こうと、罪が消えるわけではない。やり直せるわけではない。自身がばら撒いた怨嗟と悲劇が無くなる訳がない!

 

 だがそれでも。変わらなければならない。変わるべきだ。このままでは自分はいつまでも殺戮者のままだ。誰かの命を奪わずには生きていけない存在に甘んじることになる。それは絶対に御免だ。そんな生き方が許される筈もない。

 

 そんな満願の思いを込めてアルフレッドは叫んだ。

 

「それでも俺はッ!」

「まだ言っているのかアホが。五年たってもまだ変われてねえんだろが! もう無理だってとうに分かっているクセによ!」

「――ッ」

 

 分かっている。もう、心を簡単に入れ替えられるような年齢ではない。一度染みついた性根を容易く矯正できるような時期は既に通り過ぎた。

 だけど。それを認めたくない。決して認めるわけにはいかない。

 

 聖光教示会から抜け出したとしても、行くあてがない以上のたれ死ぬしかなかっただろう自分に手を差し出してくれた人がいる。高町なのは。

 俺もあんな風に誰かを助けられるようになりたくて。ひたすらに力を求めた。

 

 そしてそのなのはと肩をならべる教え子たち。誰も彼も明るくて、未来は明るいと信じて疑わぬあの瞳。かつて自分もそうだったのだと信じたくて。

 

 過去に生きる自分と未来を見つめている機動六課のメンバー。その差は歴然で、光り輝く彼女たちの前に立つと自分の影が一層濃くなって。

 だけど、眩すぎる光に身を焼かれるかもしれないと分かっていても。それを求めた。

 しかしそれを達成するには置き去りにしてきたものが多かった。未だに自分の中に渦巻く激情を、憎悪を飼い慣らす処方を知らない。いや、もはやこれを制御することなど出来ないことは明らか。

 

ならば清算しなければならない。過去に置き去りにした激情を綺麗に取り去らなければならない。ゆえに復讐を。世に仇を為す者に激烈なる鉄槌を。

それを成した時に、俺は変わるきっかけを得るのだ。ようやく未来へ目を向けることができるのだ。

それが憎きこの男と何ら変わらぬ衝動であっても。刃を振るった後が異なると信じて疑わない。この男はさらなる血を求め、己は刃を捨てる。

 

 例えそれが幻想であったとしても。それに縋らずにはいられない。

 

 だから戦う。――いやいや、間違っているだろう。

 復讐を成さねばならない。――何百年も前から繰り返してきた、愚にもつかない方法だ。

 それを成した暁には俺は変われる。――本気で言っているのか? 本気で変わりたければ、拳に頼らぬ方法を見つける必要があるだろう。

 

 躊躇なのか、それとも後悔か。一度定まった信念が揺らぐ。

 耳を閉ざせ。そんなものに耳を傾けるな。

 もはやそれ以外の道はないと決めた。この道を進むと決めた。

 こんな筈じゃなかった昨日を清算するために、俺は拳を握るのだ!

 

「フルアシスト!」

【三十秒だけなら許してやらァ!】

 

 内部温度が急激に上昇する。もはや人体を収容するには危険な温度だ。皮膚を焦がすことが無くとも、人体から水分を奪うには十分すぎる。

 ゆえに三十秒。それ以上は危険すぎる数値に達する。

 インセイン・スーツの排気口が開いて排熱を始める。その熱のせいだろう、その全身を黒に染めた鉄の鎧の影が揺らめく。

 

「おおおおおッ!」

 

 ただただ愚直なまでの鉄拳。宙に吊るされたヴェルディに向かって跳躍し、その顔面を粉砕せんと放つ一撃。

 

「あんまり調子にのんなよ、アルフレッドくぅぅぅぅううん!?」

 

 何時の間にやら引き裂かれたアイーダは再生していた。そして自らを吊るしていた杭を引き抜き、都合十本の杭が全てアルフレッドにむけて鎌首をもたげていた。

 ヴェルディの凶悪な笑みからこぼれたのは、死んでしまえという死刑宣告。それを受けてアイーダが鈍色に輝く。そして杭の一本一本の前に魔法陣が展開される。魔法らしい魔法を使わないヴェルディであるが、忘れるなかれ。彼もまた魔術師であり、幾度と重なる殺し合いの全てに勝利を収めた実力を誇るのだ。

 

「クレスト・フェンリアッ!」

「――ッ! インセイン!」

【インバーナラブル・シールドォ!】

 

 それは今までと同様の刺突に過ぎない筈だった。しかし、それが放たれた音は長い帯が空気になびくような軽いものではない。空気の壁を突き破り、引き裂き、蹂躙する音だ。

 十の刺突が同時にアルフレッドに直撃する。切っ先を視認することすら許さず、確実に相手を仕留めんとする一撃。その一つ一つがまるで戦車砲の一撃である。杭は軽くとも、それに乗せられた速度が常軌を逸している。

 

 一瞬で防御は砕け散り、厚い装甲に杭が突き立てられる。貫通はせずとも、その衝撃を殺しきることは不可能だ。アルフレッドはゆうに数十メートルは弾き飛ばされる。いくつもの瓦礫にぶつかり、その度に装甲に亀裂が入る。頭部を守るバイザーにも葉脈状に罅が入り、その破片から目を守るために瞼を固く閉じる。

 

 何度も瓦礫に体を打ち付けられる。もはや天地すらも認識できない。激しく脳が揺さぶられて意識が危うくなる。関節のロックが破壊されて腕があらぬ方向に曲がる。骨が砕ける嫌な音が脳内で木霊する。

 

 最後に巨大な瓦礫に背中から打ち付けられた時、もはやアルフレッドの体は満身創痍だった。

 即座にインセインがバイタルスキャンを実行する。脈が乱れ、右腕がねじ曲がり、肋骨も日本ほど折れている。脳波に異常はないものの息が細く、意識は胡乱。

 続いて自身の機能チェック。換気システムはエラーが多いものの何とか機能している。全身へのパワー供給もどうにか行われているものの、右腕は完全に破損。指先一本動きはしない。しかしパッケージシステムは完全に沈黙してしまった。もともと外部に取り付けている装置であるため、攻撃による破損は十分に考えられる事態だった。ゆえにかなりの強度に仕上げた筈だが、それでもただの一撃で壊れてしまった。

 

【相棒ォ! まだ寝るには早いぜ。まだもう少し気張ってもらうからな!】

「うっ……そのがなり声をやめろ。頭に響いて死にそうだ」

【憎まれ口を叩いているうちはまだ死にはしねえよ。それよりも状況はヤベェぞ。お前はもう動けるような体じゃねえし、俺だってもうこれ以上戦うのは無理だ。どうにかトンズラこくしかねェぜ】

「それを許すヴェルディじゃないだろうな……」

【アホ言うな。幸いにしてガキ共が近くにいる。どうにか合流すんだよ】

「彼女たちを巻き込むわけにはいかない。勝機が無いわけじゃないが、あまりに薄い。……死ぬなら俺一人でいいだろ」

「相棒ォ……。クソ、とりあえずスモークをありったけ撒くからな。時間稼ぎにしかならねェが、何もしないよりマシだろ。その縮み上がったタマをもとに戻しておけ」

「ああ……すまないな」

 

 インセインの胸甲がせり上がり、そこから白い煙を吐き出す。ありったけと言うだけあって、その量は戦術的とはもはや言えなかった。単に自分の身を隠す以上の意味がない、もはや白旗にも近い煙幕だった。

 

【とりあえず通信を……Fuck! 通信機能がイカれやがった。もっと丈夫に作れってんだ、こんな小突かれた程度で壊れやがって!】

「熱で回路が焼かれたか、それとも衝撃が原因か……本当に八方ふさがりだな。もう神にでも祈るしかないか」

【……そんな必要はねえ。そんなものに頼らなくとも、この程度は問題にならねえよ。ああ、ノープロブレムだ】

「嘘つけよ。さっきもう動けないって自分で言っていただろ。……良いんだ、インセイン。後は神に祈るくらいしか、俺に出来ることはない」

【……ああ、そうかい。なら俺は何も言わねえよ】

 

◇◆◇◆◇

 

「さすがに死んだかな?」

【いえ、まだ生存している可能性は高いです。先ほどの一撃は致命傷であると十分に言えますが、インセイン・スーツの装甲を貫くには足りませんでした。あの強固の防御魔法さえなければ確実な一撃であると断言できたのですが】

「さすがはアルフレッドくん。亀みたいに身を守ることだけは一流だな」

 

 ヴェルディはアルフレッドの姿を探していた。アイーダの一撃で遠くまで吹き飛ばしてしまったため、その姿を視認できる位置から離れてしまったのだ。

 普通の相手ならば相手は死んだものとして放置するが、相手はアルフレッドである。毒づきつつもあの防御能力だけは認める。生き残ることに関しては彼の右に出るものはいまい。それはあくまで、敵を倒す能力ではなく死なない能力のみに限ってだが。

 

「おお? 煙幕かよ。こういう小細工は嫌いだぜ」

【この濃さでは中に入ってしまうと視界が完全に閉ざされてしまいます。ここはこの場で待機し、視界が良好になるのを待つべきかと】

 

 ヴェルディが瓦礫の山を乗り越えた先に見たのは白い濃霧だった。これが自然発生したものではなく、アルフレッドが撒き散らしたものであることは明白だった。

 ならばまだ生きている。まだ死んではいまい。

 しかし満身創痍なのは間違いなかろう。そうでなければ自身の居場所を知らせるような真似はしない筈だ。居場所をある程度知られてしまっても、今は時間を稼ぐしかない。実に健気な抵抗である。

 

「そうだなあ。ここで酒でも飲みながらゆっくり待つか。奇跡にかけて打って出るか、それとも死期を悟って静かに待つか、はたまた自らを絶つか。――その結末を想像するだけで、いや、これこそがこの世で最高の肴だ」

【理解できるよう学習します】

「はいはい」

 

 そう言ってヴェルディはポケットからライターと煙草を取り出した。しかし、先ほどの地下水道での悶着のせいだろうか。煙草はやや湿ってしまっていた。

 手に持った煙草を見て舌打ちをする。その瞬間、ヴェルディは獣が喉を鳴らすような音を聞いた。

 さすがはいくつもの殺し合いを経験しているというべきだろうか、反応は早かった。手に持った煙草を投げ捨て、音源と思しき方向を素早く睨む。

 そこは瓦礫が積み重なってできた山の上。そこにその獣は居た。

 

 全身を瘴気に包んだその姿は狼に近い。しかし骨格は人間じみており、それでいて細部があまりにも獣じみている。頭部はほぼ完全にイヌ科の獣であるといっていい。鋭く伸びた爪も獣を思わせる。しかし骨格は人体のそれに近いため、四足ではなく二本の脚で立っている。だがそれでも相当な前傾姿勢のため、獣の印象を拭えない。

 だが何よりも、その目が強烈だった。糸のように細く、そして刃のように鋭い目尻。そこから覗いている血のように赤い目が、ヴェルディをこの世のものとは思えないほどの眼光で射止めていた。

 

「ああ……?」

 

 ヴェルディは一瞬だけ思考が停止する。想定されていた敵の姿とはあまりにかけ離れている。アルフレッドでも、インセイン・スーツでも、管理局の魔導師でもない。

 だが思考が再び動き出したとき、これの正体を電撃のように思い出した。だがそれを口にするよりも早く、その獣が飛びかかった。

 

「■■■■ァァァァッ!」

「クソが! 出てくるかよ!」

 

 とっさにヴェルディはバックステップでその爪による一撃を躱す。脳天から股下までを真っ直ぐ引き裂かんとするかのような一撃はアスファルトを捉え、まるでゼリーのように砕いてみせた。

 

「■■■ォォォッ!」

 

 獣の咆哮。知性を感じさせないその獣の慟哭は、しかし如実にヴェルディに殺意を向けるのだった。

 




 今回は短いですが、キリがいいのでここまでです。
 それよりも大変お待たせして申し訳ないです。仕事に慣れてきて、ようやく執筆のモチベーションを取り戻せました。

 今後も不定期になる可能性は高いですが、可能な限り週一での投稿を目指します。感想や誤字報告などお待ちしております。

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