機動六課と燃える街   作:真澄 十

12 / 18
Ep.11 信念の相違

【ヒャッハーッ! 銃弾、爆発、そして火の海! これこそ鉄火場というものだァ!】

 

 アルフレッドが装甲車もろともバリケードに突入し、ガソリンによってバリケードを爆破した後は一方的な蹂躙と言っても差支えのない戦況だった。脅威であったオートタレットは既に攻撃を開始した若年メンバーによって破壊ないし無力された。驚異的な攻撃能力をもつオートタレットだが、砲身が十分に帯電されるまでに時間がかかる。二発目以降の砲撃はさほど時間を要しないのだが、初弾だけはどうしても時間が必要である。その隙を突かれ、あっという間に沈黙させられた。

 

 バリケードを爆破する予告をした直後には乱離拡散を始めていたテロリスト達はというと、実際に吹き飛ぶバリケードを見てさらに混乱を極めた。もはや統率もあったものではない。その混乱を逃すまいとインセインが狂気を滲ませた文言を吐き出し続けた。もともと狂っていると言っても良い口調ではあるが、戦場という特殊な状況下ではそれを計算して吐くことができる。正常な判断能力を持った狂人というのは実に恐ろしいものだ。

 ある者は半狂乱になって手持ちのアサルトライフルを乱射し、ある者は手当り次第に物を投げつける。しかし、そんな儚い抵抗はインセイン・スーツの重厚な装甲の前では何の意味もない。

 銃弾も瓦礫も跳ね返し、鈍重ながら確実に歩を進める。その様はまるで魔王の如しだ。

 

「クソッ! クソクソクソッ! こんなのアリかよ、こんなの管理局がするコトかよ!」

 

 アルフレッドの足元でハンドガンを立て続けに発砲していた男が叫ぶ。爆破に巻き込まれたのか、男は額から血を流していた。

 その声をアルフレッドはインセイン・スーツの内部スピーカ越しに聞いていた。五感のほぼ全てを制限されているインセイン・スーツを着込んでいる以上、このスピーカが無ければアルフレッドは外の音を拾うことができないのだ。アルフレッドはその言葉を聞いて、視線をそちらに向けた。男にはそれを伺い知る術は無いが、アルフレッドの視線は人を殺せるのではないかという程に怒りを孕んでいた。

 

「逆に聞いてやろう。お前たちがやったコトは人がやっても良い事なのか?」

 

 その声はインセイン・スーツの外部スピーカを通じて男にも届いた。男が怪訝な顔をするのも構わずに、アルフレッドは言葉を続けた。

 

「もう一つ質問だ。お前たちは何者だ」

「……答える義理はない!」

「……聖光教示会」

「なっ!?」

 

 その反応だけでアルフレッドにとっては十分だった。十分に予測はついていた。想像はできていた。

 しかし、心のどこかで望んでいた。そうではない可能性を。自分の思い過ごしである可能性を。

 自身の罪と向き合う覚悟が出来ているのかと問われれば、まだ答えることができない。答えられないということは、きっと覚悟ができていないという事だろう。しかし厄介ごとはアルフレッドの事情など鑑みずに襲い掛かってくるものだ。ならば意を決して戦わなければならないだろう。

 アルフレッドは深くため息をつき、さらに言葉を続けた。

 

「お前にどんな主義主張があるのか俺は知らん。お前がどんな人生を歩んだかなど興味はない。だが、ここまでの大規模殺戮を起こしておいて、正当化できるような言い訳が存在すると思うのか? ……本気でそう思っているなら反吐が出る」

【全面的に同意するぜ相棒。ちょっとお仕置きが必要だよな?】

 

 そう言うや否やアルフレッドは男の襟首を片手で掴み上げ、男を宙吊りにした。そしてもう片方の手に持っていたサブマシンガンを腰のガンホルダーに格納し、そのまま男の首に手を伸ばした。

 何をする、と男が言いかけたがアルフレッドはそれを封殺した。男の首をぎりぎりと締め上げる。最初こそ男は手足をバタつかせて抵抗していたが、次第に全身の筋肉が弛緩を始めた。顔は土気色に染まり、白目をむいている。

 

「アルフレッドさんッ!」

 

 遠くからスバルの声が聞こえた。それと同時に男を解放してやる。男は気絶こそしていたものの、命までは落とさなかったようだった。

 男から視線を外し、声の方向を見やる。予想したとおり、スバルがこちらに向かってくるところだった。気色ばんだ様子で、どこか怒っているようにも見えた。

 

「どういうつもりですか……。殺すつもりだったんですか!?」

「そんな訳があるか。気絶させただけだ。お前たちが魔力ダメージで気絶させるように、頸動脈を圧迫させて気絶させただけだ」

【ていうか、殺すつもりなら最初から首を折っているっつーの】

「でも、これは……」

 

 やりすぎではないか、とは言えなかった。アルフレッドの階級がスバルよりも上だからではない。

 方法が違うだけで、自分たちがやっている事も同じなのではないか。そう思ってしまったとき、反論の言葉を飲み込んでしまった。

 スバルは後ろを振り返る。スバルを除いた新人フォワードの三人が次々とテロリストと戦っていた。つい先ほど潜伏していたビルから飛び降りて戦闘を開始したばかりだったが、目に見える戦力は殆ど無力化し終わっていた。

 無力化と言えば聞こえは良いだろう。だが実態は魔力ダメージによって昏倒させているに過ぎない。威力を一歩間違えれば死に繋がるという点では、アルフレッドが行った行動と自分たちのそれは同質のものに思えた。

 ただ、アルフレッドのそれは少しだけ方法が野蛮であった。それだけなのだ。

 

 そんな事は理解している。自分たちの行為を正当化するつもりはないし、糾弾されうるものであることも知っている。だがそれでもなお、それを認めたくはなかった。自分たちは世界の秩序と法を守るために戦うのであり、人と争うために戦場へ足を踏み入れたのではない。

 しかしアルフレッドはそれを許容している節がある。人と人が争えば誰かが傷つくこともあろう。しかしスバルはそれを許せず、アルフレッドは当然のこととして受け入れている。

 志は同じである筈なのに、決定的な溝がそこにあった。埋めることが出来るのか、それを推し量ることすらできないほどの溝だった。

 

【おい、バカガキ。死にたくなかったら姿勢を低く保ちな】

「え?」

「オートタレットを確認!」

 

 砲撃型オートタレット。アルフレッドが爆破したバリケードの瓦礫から這い出てきたそれは、既に砲身を青白く帯電させていた。すぐにでも砲撃が可能な状態のそれが、アルフレッドたちの至近から顔を出したのだ。金属質の瓦礫に埋もれていたのか、レーダーの目を掻い潜ってしまったらしい。

 アルフレッドやスバルを砲撃すれば、すぐ傍で気絶しているテロリストもろとも吹き飛ぶことになる。しかし、そんな事を斟酌するオートタレットではない。思考アルゴリズムの欠陥ではなく、味方の無事など考慮しないように意図的に設定されているのだ。

 

「伏せておけッ!」

 

 スバルの肩を掴み、自分の後方へと押し倒す。今から攻撃に転じても間に合わない。少なくとも一射を凌ぐ必要がある。

 アルフレッドの前方に防御魔法が展開された。それとほぼ同時に、オートタレットの砲身が火を噴く。瓦礫の山が周囲に散乱しているからだろう、射撃の衝撃で埃が舞いあがった。

 その後のことはスバルにはよく分からなかった。とにかく目を焼くほどの光と、鼓膜を揺るがす轟音に耐えることに神経を傾けた。伏せた地面から衝撃が伝わる。アルフレッドが砲撃を受け止めたからだろうか。それとも単純に射撃の衝撃だろうか。

 それらが収まったときに、スバルはようやく顔を上げた。

 

 アルフレッドは砲撃を防御するのと同時に駆けだしていた。そしてオートタレットの熱く焼けた砲身を掴み、あらん限りの力でそれを捻じ曲げた。オートタレットからエラー音が鳴り響く。それが癪に障ったのか、アルフレッドはオートタレットの装甲の隙間に貫手を放ち、内部の配線や部品を掴めるだけ掴んで引き抜いた。しばらくエラー音を発し続けていたオートタレットはやおら沈黙する。

 

【ウォラ、バカガキ! そんなトコで寝ていると二度と起きられなくなるぜ。さっさと起きて戦いやがれ!】

「ハ、ハイッ!」

 

 スバルはその言葉を聞いて、弾かれたように飛び起きた。そしてそのまま、戦闘を続行しているテロリストの無力化へと向かう。今のオートタレットで敵の主要な兵装は無力化したと言っていいだろう。後は消化試合のようなものだ。いくら若いとはいえ、管理局におけるエースオブエースの弟子がそう簡単に負けるわけがない。

 こうなるとアルフレッドの出番はほとんどない。単純な直線移動ならそれなりに高速度で移動が可能だが、なにぶん小回りが利かないので残党殲滅戦には向かないのだ。散り散りになりつつある敵を叩くには、それなりの機動力がある者が望ましい。

 

 自分の周囲に、自分の声を聞くものが居なくなったときにアルフレッドは小さく呟いた。諦観とも、憎悪とも解釈できる低い声。一種の狂気すら含ませた声色だった。

 

「やっぱりお前らか。史上最低のクソ野郎共め。人殺しの集団め」

【……なら、どうするんだィ?】

「撃滅する。殲滅する。二度とこの世に現れないよう、一片の躊躇もなく、一握りの容赦すらなく!」

【……自分も同類のクセに、大層なコトだ。いや、同類だったが正しいか】

「黙れインセイン。……確かに俺の手は血まみれだ。だからこそ許せん。狂信者どもめ、この借りは必ず返してやる……!」

【その一点においては俺も同感だ。俺もヤツらには借りがあるんでな、百倍返しが妥当かななんて思っているんだ。……そうと決まれば、ここはサッサと片づけて空港まで一直線といこうぜ。You copy?】

「I copy」

 

 見れば既に敵戦力の大部分は無力化していた。これならば一時間もかからずに制圧できるだろう。その後は少しばかり休息を取り、また行動を開始しよう。

 夜明けだ。夜明けとともに、空港まで一直線に向かおう。それで、このふざけた事件を収束させるのだ。

 

◇◆◇◆◇

 

 高町なのはは夜明けの少し前には既に行動を開始していた。自分の周囲のバリケードはあらかた制圧し、後援部隊にテロリストの保護を任せた。ほぼ単独での行動であるにも関わらず、目覚ましい戦果である。さすがはエースオブエースと言ったところだろうか。

 だが、コンディションが万全とは言い難かった。先のJS事件で行なった無茶がまだ尾を引いている。全身は痛むし、体力も回復しきってはいない。

 決して無理を通せる体ではなかった。それを鑑みれば単独行動など避けるべきなのだが、状況が到底それを許さない。

 いたるところで戦火が上がっている。猫の手を借りたところで人手不足が解消されないほどに切羽詰った状況なのだ。だから万全でなくとも、今だせる全力を出さねばならない。体調が優れないからと言って休んでいられる状況ではないのだ。

 それを理解しているからこそ、八神はやてもなのはに出撃命令を下した。なのはが辛い状態にあることは重々承知しているが、今もなお一般市民に死傷者が出続けているのだ。使える戦力を出し惜しみしている状況ではなかった。

 

 そしてその事を周囲のものも十分に理解している。だからこそ、なのはの援護をしようと後援部隊も死力を尽くしてくれた。

 フェイト・T・ハラオウンもその一人であった。

 なのはが空港に向かっている最中、後方より接近する魔導師の気配をレイジングハートが察知する。それはフェイトが持つバルデッシュの反応であった。

 

「なのは!」

「フェイトちゃん。来てくれたんだ」

「当然だよ、友達だもの」

「……うん!」

 

 二人は並走する。空港に向けて、低空でありながら全力で。斥候部隊の報告によれば、ここから先にはテロリストのバリケードも確認されなかったという話だ。斥候が放てる程度に戦況が好転したのは、ひとえになのはを含む前衛主力部隊の功績である。

 大通りの角を曲がると、視界の奥に空港の管制塔を捕えることができた。ドラム状になった管制室の上に巨大な砲台が見えた。大きな砲塔が空を睨んでいる。しかし砲身は下方へ照準することができない。視界を確保するために高所に設置しているようだが、そのせいで至近への砲撃能力がほぼ皆無であった。そのため、推測になるが現在位置への砲撃は不可能な筈だ。現に、こちらが肉眼で敵を捉えているのに砲撃を行なわないのは、それが出来ないからと考えるのが自然だろう。

 砲台について詳細な攻撃能力は伝達されてなかったが、見る限りでは確かに恐ろしいほどの兵器である。大口径の主砲に加え、機関銃を二門装備しているのが見えた。何の対策もなく接近すればあっという間に蜂の巣にされてしまうことは疑う余地もない。防御しようにも、あの主砲の一撃から身を守るのは相当に困難である。

 これは確かに空を行くのは無謀である。空の移動は高速である反面、あらゆる方角から攻撃の危険に晒される。

 例えるならば、空戦魔導師は旧時代における戦闘機のようなものだ。役目はあくまで敵対する戦闘機の排除と爆撃機の護衛であり、対空施設が存在すると途端に無力になる存在である。対空兵器で完全武装したイージス艦を重機関銃で装備した戦闘機で轟沈させられるかと言えば、それは無茶な要望である。

 しかし、幸いなことになのはやフェイトを始めとする空戦魔導師のエース達は、戦闘機であり爆撃機でもある。それ単騎で対空施設を破壊できうる存在だ。

 

 ゆえに勝機は十分にある。空港に設置された自律砲台を全て破壊すれば、後方に控える空戦魔導師が制空権を握れる。制空権さえ掌握してしまえば、後方支援を受けることが難しくなってテロリストの攻撃能力は半減する。

 つまるところ、この戦闘の遷移はなのはとフェイトに託されていると言っていい。少なくとも現状では、空港まで到達した魔導師は彼女ら以外にはいない。

 自分たちしか居ない、という状況は心細くもあった。同時に、なのはは自分の教え子たちの安否を思う。それはなのはの中で渦巻き、その胸を焦がした。

 

「スバル達、大丈夫かな……」

「なのは……」

 

 なのはの不安げな呟きに、フェイトは咄嗟に言葉を返せなかった。大丈夫だと断定することができない。

 敵の通信妨害は現状で深刻な問題である。どの部隊がどこに展開しており、どの程度の損害を受けているのかほぼ把握できない。そのせいか誤報も多く飛び交っており、前衛部隊は快勝を重ねているとも壊滅状態だとも言われている。

 全く通信が不可能なわけではないが、十分な通信を行なう余裕はない。昨晩の時点では別行動中のフォワードたちは全員無事であると連絡されているが、現段階でもそうなのかは不明である。

 

 だからフェイトもまた不安に思っていた。今もなお無事でいてくれるのだろうかと。

 エリオとキャロはフェイトにとって実子と何ら変わらない。あるいは実の弟と妹といった所だろうか。もちろんスバルとティアナ、それにアルフレッドの安否も気がかりだが、それ以上に幼い二人のことが心配であった。

 何せ、他の三人と比べてあの二人は未成熟である。無茶が通せるような体が出来上がっていない。テロリスト相手に遅れをとるような事はないだろうが、万が一という事がある。それに、彼らの前に現れるのが単なる小火器で武装したテロリストではなく、強力な魔導師と対峙する可能性も高い。

 そうなると危険かも知れない。フェイトもまた、不安が胸の奥で渦巻いていた。しかし、それをなのはに悟られないように気丈に振る舞うことを選択した。

 

「大丈夫だよ。あの子たち、皆強いから。何て言ったって、エースオブエースの教え子たちだ」

「……そうだよね。こういう時に、自分の思いを貫けるようにって鍛えたんだもん。無事だよね」

「うん、もちろん」

 

 なのはが浮かべた笑みはまだ固かったものの、ある程度の平穏を取り戻せたかのように思えた。

 なのはは思った。自分の教え子たちは皆エース級だと胸を張って言える。それどころかストライカーと呼ばれるに相応しい才能を持った子ばかりだ。

 アルフレッドは殆ど訓練していないため何とも言い難いが、彼女らに匹敵する実力を持っていることは確かなのだ。それに、あの抜きんでた防御能力はきっと彼女らを助けるに違いない。

 だから大丈夫だ。私たちは目の前のタスクに専念していれば良い。あの子たちを信じてあげればいい。

 その思いは強い確信へと変わる。彼女らが頑張っているのに、自分がこんなところで二の足を踏んでいるわけにはいかない。空港を制圧して、安全に彼女たちをここまで導いてやることが自分の仕事なのだ。

 

 気づけば空港はもはや目と鼻の先であった。そして高台に鎮座している砲台も十分になのは達の射程へと入っている。視界が徐々に開けたことにより、さらにもう一つの砲台を視認することができた。空からの攻撃が出来ない理由があれだ。速やかに無力化しなければならない。

 

「レイジングハート。あの砲台を無力化するよ!」

「バルデッシュ、こっちもやるよ」

【Alright】

【Yes, sir】

 

 二人は移動を続けながらもデバイスを構える。狙いはそれぞれ別の砲台。この距離、そして動かぬ固定砲台ならば必中の一撃である。

 

【索敵開始。――砲台付近に生体反応皆無。射線および射撃目標付近の安全を確認】

【ロックオン完了。双方、撃てます】

「ディバインバスター!」

「プラズマスマッシャー!」

 

 射出された二条の光は朝の空気を切り裂いて疾走する。それらは砲台に向かってうなりを上げ、暴風を伴う。阻むものの無い空を駆け、二つの砲撃魔法は正確無比に砲台を撃ち抜いた。直後、砲台に装填されていた砲弾に引火し、爆発四散した。

 少なくともなのは達から見える範囲での砲台はこれで無力化した。もう彼女たちの進撃を阻むものはない。空港の駐車場を通り抜け、ガラス張りの玄関を突き破ってエントランスに侵入した。

 そこで見たものは、ある意味では想像通りではあったが、しかしそれでも想像を超えていた。凄惨な状況であることは十分に予想できたのだが、なのは達の想像力ではこの現状を詳細に思い描くことはできなかったのだ。

 

「これは……」

「ひどい……」

【サーチ完了。生存者は皆無です】

 

 目を覆いたくなる惨状。血と油、そして僅かに残る硝煙の残滓が鼻をつく。あらゆる箇所に弾痕が走り、壁と床には血液が大量に付着している。

 そして老いも若きも、もはや混じり合って誰のものか分からない血だまりの中で横たわって死んでいた。その表情は安楽とは程遠く、絶叫の表情のまま死んだもの、苦痛を浮かべたまま息絶えたもの、その他さまざまな表情を残していた。その中には民間人や警備員の抵抗にあったのだろうか、テロリストの死体も混ざっている。味方の遺骸すら回収する事なく、当然のように打ち捨ててあった。

 

 二人は暫し押し黙った。

 誰がこれを許せるものか。民間人を標的にした卑劣なテロリズムを許すことができるものか。

 あのジェイル・スカリエッティすらこんな事はしなかった。民間人は直接的な対象とはせず、あくまで重要拠点への攻撃に留まっていた。しかし、これは違う。重要拠点である空港の制圧は二の次で、民間人の殺傷を目的としている。

 ここに居た人たちには何の罪もない。殺される謂れのある人間など居ない。それを一方的に攻撃したのだ。

 何の理由があってそうしたのかは知らない。知ったところで、きっと理解できないだろう。決して同調できないだろう。

 二人は怒りを露わにすることは無いが、その内では静かに怒りに燃えていた。この様な人災を振りまいた下手人を放置する事はできないと腹を括る。

 

 その時である、レイジングハートとバルデッシュは搭乗窓口の方向から歩み寄る二人の人間を感知した。

 その魔力量とデバイスの反応から魔導師であると断定する。そして味方が誰もここに到着していない筈である事を確認すると、その二人は敵勢力であると判断した。

 

【注意してください。テロリスト側と思われる魔導師の接近を確認しました、マスター】

【それ以外の反応は皆無。特使の可能性もありますが、デバイスを所有しているため交戦目的であると推測されます】

 

 その言葉に二人は身構えた。油断なく搭乗窓口の方向を睨む。

 ほどなくして現れたのは、妙齢の女性と老いた男性だった。女性のほうはテロリストと同じような服を着ているが、彼らのそれに比べるとやや豪華な刺繍が入っていた。長い髪は絹のように美しく、鋭い目が迫力を醸し出していた。一方老人のほうは、この場に似つかわしくない礼服姿であった。短めの髪を丁寧に撫でつけており、どこか感情のない表情をしていた。

 

「初めまして、管理局の魔導師さま。わたくしはティオファニア・エルドラード。親しい者からはティーと呼ばれております。こちらは私の付き人、フィリップです。以後お見知りおきを」

「フィリップで御座います。僭越ながら、エルドラード家の執事を任されている者です」

 

 そう言ってティオファニアとフィリップは丁寧に礼をする。ティオファニアに至っては、司祭服のような着衣の裾を撮んでみせるという芝居じみた挙措をも交えていた。しかしそれが芝居には見えないのは、その立ち振る舞いが完璧であるからである。

 その様子になのはとフェイトは困惑した。問答無用で襲い掛かってくる事態まで覚悟していたのに、拍子抜けするほど丁寧な対応をされたとあっては当然のことである。

 こちらも名乗るべきなのかと逡巡していると、ティオファニアが作り物の笑顔を浮かべながら言った。

 

「宜しければ、貴方がたの名をお聞かせ願えますか?」

「……時空管理局の古代遺物管理部機動六課、高町なのはです」

「同じく機動六課のフェイト・T・ハラオウンだ」

「まあ、それでは貴方がたがあのJS事件を解決した功労者なのですね? ふふ、貴方たちの勇敢なる事は聞き及んでおりますよ。なるほど、ならば此処に一番乗りしたのが貴方たちというのも納得ですわ」

 

 そう言うとティオファニアは花のような笑顔を浮かべる。これが例えば街で偶然出会ったのであれば、穏やかで友好的な人だと評価できただろう。しかしこのような異常な場であるにも関わらずこのような態度であるというのは、不気味という他なかった。

 いや、恐ろしいと言っても良い。彼女が直接このような惨状を作ったのかは定かではないが、何かしらの形で関わっているのは状況的に明らかだ。ならば、この笑顔を浮かべたまま大量殺戮に加担したということになる。彼女の笑顔が殺意の現れであるような気がして、背筋が寒くなるのを確かに感じた。

 それを誤魔化すかのようにフェイトは声をあげた。

 

「答えてください。あなた達は何者ですか」

「わたくし達は聖光教示会という、いわゆる宗教団体ですわ。光栄なことに、大司祭という大役を任されていますの」

「聖光教示会……」

 

 少なくともフェイトには耳に覚えのない団体だった。いや、聞いたことはあるかも知れないが記憶に残っていない。

 しかし、何にしてもこれはチャンスだ。相手は情報を喋ってくれる。この機に多くの情報を持ち帰るべきだと判断した。

 

「どのような団体なのですか」

「一言で表すにはちょっと難しいですわね。ですが、あえて言うならば神の帰還を願う者達の集まりです」

「神?」

「そう、神です。絶対の力を持つ、|不死の神(ノーライフキング)。信じられないでしょう? でも、遠い過去、遠い世界で確かに存在していたのです。死を振りまき、しかし死者を復活させうる唯一の存在。世界を再生することも破壊することもできるというこの存在を、神と言わずして何と言えばいいのでしょうか」

 

 どんな魔法を以てしても死者は蘇らない。こんな事は子供だって知っている。しかし、それを覆せる存在がもし本当にいるならば、それは確かに神と言われるべき存在なのだろう。

 だが、それを素直に信じることなど到底できなかった。普通に考えれば、こんな言葉は子供じみた妄言であると切り捨てるべきなのだ。

 しかし、その言葉を切って捨てることもまたできなかった。ティオファニアの表情が、それが妄言の類ではないと明確に告げている。少なくとも彼女は本気でそれを信じているようであった。

 

「……それで、その神を復活させてどうしようと言うのですか」

「それをお話しするには、我々が何故この教団に居るのかをお話しせねばなりません」

 

 ティオファニアはゆっくりと語り始めた。まるで宣教師が自らの神の教えを子供に説くような口調で。

 

「我々はですね。この世界を心の奥底から憎んでいるのですよ」

「……は?」

「憎くて憎くて仕方がないのです。想像してみてくださいな。世界はもっと美しくあるべきだとは思いませんか? なぜあらゆる世界は飢餓に苦しむ子供に満ち溢れ、街は戦火で焼かれ、人々は糾弾しあうのですか? もはや古代から続く憎悪の連鎖と言うべきでしょう。それほどまでに、人々は世界に悪意を振りまき続けました」

 

 故に我々は既存の社会を完膚なきまでに叩き潰し、その上に新たな社会を作るのだ。この地上に楽園を作るのだ。そう――私たちは世界を憎むと同時に、救いたいのです。

 そう彼女は締めくくった。

 

 なのはとフェイトは言葉こそ交わさなかったが、間違いなく互いに同じ意見を持っていると確信した。

 馬鹿げている。

 

「……理解できない、そんな顔をしていますわね。それも仕方のない事でしょうが」

「当然です。それに、こんな暴力で世界を変えられるわけもない」

「いえいえ、先ほども申し上げたように我々は基本的には世界を恨んでいるのです。世界とはすなわち私たちの敵なのです。それと戦うには、暴力というのも必要になるのですよ」

「……何故、そこまでして世界を憎むのですか?」

 

 フェイトは問うた。世界を一度滅ぼさねばとならぬと思うほど憎む理由が単純に分からなかった。確かに問題が山積みであるとは思うが、滅ぼさなければならないとはとても思えなかった。

 その問いを投げかけられた時、ティオファニアから笑みが消えた。張り付いたような微笑みは一瞬にして消え失せ、変わりに現れたのは憤怒の色であった。まるで地獄から現れた悪鬼のような表情を隠す事なく露わにしている。

 

「どうして……? 貴方に分かりますか。絶対の信頼と親愛を注いでいた者から裏切られる気持ち! 愛した民が剣と銃を持ち、その凶刃によって父を嬲り殺された私の怒り! 最愛の家族を失って、どうしてその復活を望まずにいられますか。どうして世界を憎まずに済みますか!」

 

 その言葉に、フェイトは何も言い返せなかった。アリシア・テスタロッサもまた、自らの子を亡くしその復活を試みた経緯があることを鑑みれば、その言葉を糾弾することはできなかった。

 最愛の人を失って、その復活を望むのは当然のことだろう。何の不思議もないことなのだろう。その方法があるならば、きっと誰しもその方法に縋りつく。

 

「我らは眠れる神を呼び覚まし、この世界に破壊と再生をもたらすのです。貴方がたにも身に覚えがある筈です。この身を焼く憤怒と世界への絶望! ならば我らとともに歩むべきです!」

「お断りです。執務官として、貴方を逮捕します」

「フェイトちゃんに賛成かな。もうちょっとお話しを聞かせて貰わないとね」

「……そうですか。では、分かってくださるように全力を尽くしましょう」

 

 ティオファニアは懐から自身のデバイスを取り出した。待機状態のそれはアーマーリングを象っていた。

 なのはとフェイトは、もはや戦闘は避けられないものとして覚悟した。目の前の者が相当な実力者であることは分かる。しかし、負けるわけにはいかなかった。

 

「行きますよ、リットゥ。敵を撃滅します」

【承りました。待機状態を解除し、バリアジャケットを展開します】

 

 リットゥと呼ばれたデバイスが答える。直後、ティオファニアが光に包まれた。

 ほどなくして光が収まり、ティオファニアが姿を現す。その姿はどこか中世の騎士を思わせた。司祭服の上に肩、胸、腕、腰回りと足を覆う華美な鎧を身にまとっている。バリアジャケットの面積自体はさほど広くないが、防御されている箇所は重厚であった。ある意味では効率の良い防御だと言える。

 しかしそれ以上に目を引いたのは、そのデバイスだった。一言で表すなら、ただただ巨大な剣であった。

 刀身はゆうに使用者の身長を超えている。長さの割に細身であるが、その重量の圧倒的なることは他に類を見ない。両手で構えているが、本当に扱うことが出来るのか疑問に思うほどだ。

 カートリッジシステムらしきものはなく、複雑な機構があるようにも見えない。前時代的な武器にデバイスをくっ付けただけのようにも見えた。

 

「お嬢様、私はどちらを?」

「ではフェイトさんのお相手をして差し上げなさい。私はなのはさんのお相手を」

「承りました」

 

 そう言うとフィリップもまたデバイスを展開した。しかしこちらは人格AIが搭載されていない様子であった。

 それは細く鋭い片刃を持つレイピアであった。刃は白銀に光り、手のひらを守る護拳にデバイスが取り付けられている。無駄な装飾を一切省いた、実戦向きの代物であった。

 

「なのはさん。フィリップはともかく、私のほうは見ての通り手加減が難しい得物です。手足の一本は切り落としてしまうかも知れませんが、ご容赦願います」

「……そんな事にはならないよ。私だって本気で戦うから」

【Alright, master】

「そうですか。その意気や良し、と言ったところでしょうか。ならば刃を交わしましょう。私の憤怒と貴方の正義、どちらが強いのかは刃が決めてくれるでしょう」

 

 もはや戦闘は避けられない。ならば敵を打ち倒し、信念を貫くほかない。

 お互いにそれを感じていた。雌雄を決するまで立ち止まることはできないと。

 なのはとティオファニアの魔法が空中で衝突し、爆発を生む。それがこの戦いにおける幕開け合図となったのであった。

 




 遅くなって申し訳ありません。ちょっと忙しくなってまいりました。
 私は修士二年であるため、今年の冬は修士論文を執筆する必要があるので、今後も遅くなる可能性は高いです。
 特に12月~1月の更新は滞ると思います。悪しからず。

 twitter:mugennkai

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。