Fate/Zepia   作:黒山羊

56 / 58
+4days PM6:14 『固有結界』

 スイッチ、と言えばまぁ、一般的にはカチカチと押して電源を入れるアレを想像する人が多いであろう。が、今回切嗣が言った『スイッチ』はスポーツ用語に当たる。

 役割、例えば前衛と後衛などをスムーズに入れ替える事を指すそれは、たった今起こった挙動に相応しい言葉だ。

 

 ギルガメッシュが『天の鎖』で釣りをする様な動きで素早くセイバーを確保し、ランサーと共に撤退。

 

 と、同時に『神威の車輪』に相乗りしたライダーとズェピアが魔神に向かい接近。当然、易々と接近を許す筈もなく、魔神は触手から殺戮の波動を放たんと魔力を充填する。

 

 その魔神に向けて、切嗣の右手が火を噴いた。トンプソン・コンテンダー。彼の愛銃たるそれが射出したのは衛宮切嗣の名を『魔術師殺し』たらしめた彼の切り札。

 

 対魔術礼装『起源弾』。

 

 その弾着と同時に魔神はギシリと固まり、その魔力は雲散霧消した。切嗣の起源である『切断』と『接合』。その干渉を受けた魔神の魔術回路が無茶苦茶に切断され、ランダムに再接続された影響である。

 

 普通の魔術師であれば精神、肉体、魔力、その全てが再起不能と化すその礼装は確かに魔神にも通用したのだ。

 

 だが、通用しただけである。

 

「やはり足止めくらいしかできないか……」

 

 起源弾を受けてから僅か数秒で復活した巨大な邪神を見上げる切嗣はそう呟いて、背後に乗り付けたフォルクスウォーゲンタイプワン『スカラベ』に乗り込む。

 

 その車体を駆るのは言峰綺礼。聖堂教会の代行者として幾多の怪異を屠ってきた修羅がこの場に切嗣の協力者として現れたのは、偶然の事ではない。

 

「……衛宮切嗣。お前の部下は既に出撃した」

「……そうか。しかし、君が来てくれるとは思わなかったよ。事前に調べた情報じゃ、冷酷無慈悲な代行者サマだったからね」

「おや、こんな純朴な神父に随分な評価を下したものだな。そう言うお前は随分外道な手法で魔術師を殺めてきたらしいではないか」

「酷いなぁ、僕はただの子煩悩なパパさんなのに」

 

 軽口を叩きながらバックパックから取り出したパーツを手早く組み立て、ブローニングM2重機関銃を組み立てた切嗣はリアガラスを遠慮なく叩き壊して魔神に向けて銃弾の雨を叩き込む。その姿に肩をすくめる綺礼は援護射撃とばかりに自らも片手で黒鍵を投擲しつつ文句を言う。

 

「ふむ、私の愛車はそれなりに値が張ったのだが。修理代の請求書には誰の名を書けば良いのかね?」

「ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン様へ、で頼むよ」

「ふむ、衛宮切嗣ではなく?」

「婿養子だからね。親の脛をかじらせて貰うさ。所で、君の宗教は質素倹約を歌ってるようだけど、外車なんて買っても良いのかい?」

「丈夫で安心なモノを買えば、長い目で見れば倹約に繋がるだろう?」

「まぁね。 ……それより、そろそろ来るよ」

 

 切嗣の呟きに軽く頷く綺礼。その直後、赤い輝きが川縁で瞬いた。

 

 その輝きを知らぬものは、この場には魔神のみ。

 

 聖杯戦争に置ける切り札の一つが、たった今切られたのだ。

 

「ウェイバー・ベルベットが令呪四画を以て命じる。ライダーよ全身全霊を以て宝具『王の軍勢-アイオニオン・ヘタイロイ-』を展開せよ。その際、内部に魔神クトゥルフ、ならびにこの場にいる全てのサーヴァントとそのマスター、そしてその協力者を取り込むこと。及び、軍勢の展開は楔型配置ではなく、隊を二つに分け、対象を包囲する形を取れ」

 

 ウェイバーのやたらに細かい命令は、令呪の輝きをより強力に輝かせ、ライダーに魔術師的強制力を持って伝わった。とは言え、事前に打ち合わせていた以上強制力と言うよりサポート力と言う方が正しいが、それはこの際どうでも良い。

 

 次の瞬間展開されたライダーの固有結界はその様な些事が一切気にならぬほどの規格外など宝具だったのだから。

 

 蒼天の下に広がる大砂漠。その場所にかつて彼に仕えた英雄豪傑を独立サーヴァントとして召還するその宝具はランクにしてExを誇る、正真正銘の奇跡だった。だが、それだけでは終わらない。 ライダーの固有結界。その内部が、突如として薄い闇に包まれる。その原因は、晴れ渡る蒼天が、夜の帳に包まれ、赤い月が登った為だ。

 

 固有結界の重ね掛け。『その場所の夜』という特殊な心象風景である『虚言の夜』であるからこそ可能なそれは、『王の軍勢』を強化し、より強く世界を構成する。

 

 

 更に、セイバーとその配下の騎士トリオが、その武器を掲げ、高らかに詠唱する。

 

「決着術式『聖剣集う絢爛の城-ソード・キャメロット-』!」

 

 その声と共に月夜の砂漠に現れたのは焔の結界。円卓の騎士が生み出す、強力な結界であるそれは、あらゆる空間転移を封殺し、エクスカリバー等の聖剣でなければ傷つける事さえ出来ない最高クラスの結界だ。

 

 その展開と同時に、イスカンダル率いる『王の軍勢』に二個小隊が合流する。明らかに自衛隊の装備を拝借したと思われるその小隊は言わずもがな、80名のアサシン達である。

 

 綺礼の下を訪ねた久宇舞弥と共に自衛隊の基地から武装を手早く盗み出した彼等は、手慣れた手付きで各々の武装を構えている。『専科百般』と『蔵知の司書』による合わせ技で久宇舞弥から教わった運用法を全員が共有した為である。

 

 さて、では彼等と共に行動して居たであろう久宇舞弥は何処にいるのか。

 

 その答えは、この軍勢が揃うまでの時間が如何に稼がれたかにある。

 

 鳴り響く回転音、魔獣の咆哮の様な爆発音。それは、余りに巨大な兵装を担ぐ久宇舞弥の手で寸分の狂いなく魔神クトゥルフに叩き込まれ続けていた。GAU-8『アヴェンジャー』。ゴールキーパーやA-10『サンダーボルト2』の主砲として名高いその機関砲を分かりやすく説明すれば、劣化ウランで出来た牛乳瓶を発射するマシンガンと言う説明になる。

 

 だが、当然ながらそれだけで魔神が食い止められる筈がない。

 

 ならば何故、彼女は時間を稼げたのか。

 その答えは、現在魔神を蝕んでいる黒い魔力にあった。

 

「やはり予想通り、あの魔神は聖杯の中身を喰っていたようだね。冬木の地脈から吸い上げた魔力でアヴェンジャーを封殺していた様だが、此処は固有結界。『世界の外』では流石の魔神も完全にはアヴェンジャーを封殺出来ないだろう」

「……毎回思うが、よく気づくよな、ズェピア。まぁ、地下で暮らしてたら地脈の動きにも敏感になるのは解らんでもないけど」

「単なる年の功だよ。雁夜もあと10世紀程生きれば身につくさ」

「ソイツは気の長い話だな。……で、やれそうか?」

 

 雁夜の問い掛けに、ズェピアは軽く頷くと、その場に集った全兵力に呼び掛ける。

 

「諸君!! あと30分耐えてくれたまえ!! この結界内でケリを付けるぞ!!」

 

 その呼び掛けに呼応して鬨の声をあげる無双の軍勢。それらを上空にて見下ろすギルガメッシュはその片手に『黄金の鍵』を呼び出し、その時を待つ。

 

 

「「「Aaalalalalalalalalalaie!!」」」

 

 

 魔神に突撃する征服王。

 

 聖剣を解放する騎士王。

 

 双剣と双槍を繰る槍兵。

 

 銃弾を浴びせる暗殺者。

 

 宝具の雨を生む英雄王

 

 黒い銃を構える狂戦士。

 

 数多の英雄が死力を尽くすその戦場に、終わりの時は、もう手を伸ばせば届く場所まで迫って来ていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。