聖杯からのバックアップ断絶。
そんな異常事態にすぐさま対応したのはやはりと言うべきか、神童ケイネス率いるランサー陣営だった。
「屋敷内の魔力炉を一時的に停止し、術式改竄。バイパスを形成、私を中間に挟み魔力供給ラインを偽装、魔法陣修正。魔力炉再起動。…………ふぅ、何とかなったか」
一息で魔術を操り、どうにかランサーへの魔力供給を維持したケイネスは額の汗を拭う。とっさに行動出来たのは幸運だった。もし、ケイネスがパニックに陥れば苦しむのは魔力供給担当のソラウなのだ。そんな状況にならなかった事を心底から喜び、安堵の溜め息を吐いたケイネスだが、すぐに気を引き締めてランサーに向き直る。
「何か問題はあるか? ……遠慮はするなよ、情報は正確に把握したい」
「はっ! ……やはり聖杯と比べると魔力供給に不安がありますが、一応宝具を用いた戦闘も可能です。が、その際はケイネス様とソラウ様に御無理をさせてしまうかも知れません」
「そうか。……ランサーと同時に礼装を使用することが難しいとなるとバッテリー駆動の『月霊髄液』に頼ることになるな……」
そう言ってブツブツと考えを巡らせ始めたケイネスの姿に、ランサーも自分に出来ることはないものかと頭を捻る。
そんな中、ランサーの視界の隅にソラウが大鍋を火にかけている姿が映る。
「ソラウ様、俺に手伝えることはないでしょうか」「あら、ありがとうランサー。じゃあ、この鍋にお湯を沸かして頂戴。蒸留水がタンクにあるから」
「お任せ下さい。……しかし、コレは錬金術の用意でしょうか?」
「どちらかと言えばウィッチクラフトよ。魔力をブーストするポーションを作っておこうと思ったの」
その説明にランサーは「成る程」と納得しかけたが、ある疑問に行き着く。
「……こんなに大量に作るのですか?」
「確かに私が飲む分にはかなり多いけど、魔力供給に困っているのは私達だけじゃないでしょう? ベルベット君とかはかなり辛いんじゃないかしら。キャスターが暗躍しているんだし、味方が減るのは困るのよね。気休めだけれど無いよりはマシだわ」
そう言いながらラベンダーやカモミールなどをゴリゴリとすり潰すソラウに、ランサーは笑みを零す。その笑みが気になったのか、ソラウは手を動かしながらもランサーに問う。
「どうかしたの、ランサー?」
「いえ、改めて俺は良いマスターに巡り会えたのだと思っただけです。……それより、俺も全力で手伝いますので何なりとお申し付け下さい」
敵に塩を送るような行動を良しとしたソラウの決断。その高潔さに改めて貴族の令嬢としてソラウを見直したランサーは、減少した魔力を補って余りある気力に満ちていた。
この二人のマスターと共にある限り、いかに魔力が足りねども自分の槍は消して折れぬ。そう確信したランサーはソラウの手伝いとケイネスとの作戦談義に専念するのだった。
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さて、同時刻。遠坂邸では時臣が紅茶を飲んでいた。といっても、聖杯の異常に対策しようとしなかった訳ではない。もちろん対策として魔力炉の起動や宝石の使用も考え、実行しようとしたのだ。
が、ギルガメッシュがそれより一枚上手だっただけのことである。
「ふん、この事態にも関わらず紅茶を啜っている辺り、お前も大物よな?」
「私が手を打つ前に王が黄金聖杯で魔力を供給なさったのが原因です。……それに、サボタージュしていたわけではありませんよ」
そう言って時臣はギルガメッシュに数個の宝石を見せる。そのどれもが大粒の一級品だが、それよりも特徴的なのが、その内部に渦巻く強烈な魔力だ。
「まぁ雑種にしてはなかなかの財だが……我にこれをどうしろと?」
「いえ、実はそれは王の為に用意したわけではないのです」
「…………ほう?」
ギルガメッシュは宝石を手でいじりつつ蛇のように微笑む。回答次第ではただでは済まないだろう事間違い無しの状況だが、時臣はあくまで余裕の態度を崩さない。
「それはエルキドゥ様の為に用意した物です。王と違いインファイターだとお聞きしましたので、瞬間的な肉体強化は有効かと考えたのですが」
「ふむ、エルを強化するつもりであったか。……まぁ、策としては及第点か。良いぞ、先の不敬は不問としようではないか」
ギルガメッシュはニヤリと笑い、弄んでいた宝石をコトリと机に戻す。
と、同時にギルガメッシュの背に翡翠色の疾風が飛び付いて来るが、最早ギルガメッシュも時臣も慣れている。
「呼んだかい、ギル」
「……相変わらずの地獄耳よな、お前は。時臣がこの宝石をお前に献上してきたのだ」
「本当? ありがとうねトッキー」
勝手にあだ名が付けられている時臣だが、学生時代も似たようなあだ名だったので本人としては違和感はない。
「……所でエル」
「何だい、ギル」
「何とはいわんが、当たっておるぞ」
「当ててるのさ」
余裕を持って優雅たれ。その家訓を基準に考えればある意味お似合いトリオなアーチャー陣営は普段と変わらぬ行動を行う。
だが、その内心ではより一層キャスター討伐と聖杯奪還の意志を強めるのだった。
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冬木教会。その礼拝堂の裏手にある綺礼の私室に、アサシン達が集合していた。最早完全に人間レベルに性能が落ち、一人一人はマスターである綺礼よりも脆弱だが、最後の砦である気配遮断だけは未だに死守している。
そんな彼等は魔力を蓄えるべくマスターの綺礼と共にコンビニ弁当を食べていた。ポニーが格安で買ってきた賞味期限ギリギリな廃棄用の弁当なのだが、まぁ中々に悪くない。勿論オムライス弁当や鮭弁当、鳥そぼろ弁当などだけでトンカツなどは無い。
「綺礼殿、これからどうします?」
「む、ポニーか。……今の所は様子見だな。時臣師から聖杯を調査するようにと命じられたので私はこれから山登りだが」
「……私達はあの山に入れないんですよね」
「弱体化が激しい以上、不可能だな。現状でまともに動けるのは単独行動を持つアーチャーと冬木聖杯ではなく黄金聖杯によって現界しているランスロット、ガウェイン、モードレット、エルキドゥだけだ。……バーサーカーですら魔力を節約せざるをえんだろう。まぁ、いざとなれば令呪があるが、使用回数に制限がある以上ここぞという時しか使えまい」
「では今まで通り、私達はピーピングですか?」
その質問に、綺礼はふむ、と顎に手を当てて考えを巡らせる。
「人間並みになってしまった以上、スカウト小隊として扱うべきかもしれんな。……今から各自の得意不得意を把握するのは面倒だが、背に腹は代えられまい」
「では、得意不得意を文章に纏めておきますね」
「あぁ、任せたぞポニー」
ある意味、漸く本来の『ハサン』、つまり『無限の特技を持つ暗殺者』として行動を始めたアサシン陣営は、弱体化にあらがうべく行動を開始する。
遠い異国の異教の教会で、マシャフが再臨しようとしていた。