Fate/Zepia   作:黒山羊

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ちょっぴり更新


+3days PM3:19 『災厄之兆』

 冬木の地下に広がる下水道。その一角を改造して作られた雁夜の工房の中心、居住用の空間として作られたリビング。そこで雁夜は胡座をかいたまま、何やら苦々しげな表情を浮かべていた。

 

「マスター雁夜。表情が優れませんが、どうされましたか?」

「……」

「マスター? 体調に異常があるのですか?」

「……」

「………マスター?」

 

 無反応、と言うより思考に没頭してそもそも『聞いていない』雁夜に話し掛けるラニ=Ⅳ。そんな彼女を見かねて手を差し伸べるのは、頼れる幼女--養女でも可--の桜である。

 

「まかせて、ラニちゃん」

「おや。桜さん、何をするつも……」

 ラニ=Ⅳが問うより先に桜の身体は雁夜に向かって駆け出し、雁夜の胡座を踏みつけて跳躍。

 

「しゃいにんぐ・桜・うぃざーどっ!」

 

 その側頭部に抉り込むように回転力と魔力の乗った膝を叩き込み、雁夜を「ひでぶ!?」という声と共に蹴り倒す事に成功した。

 

「……うぅ。何事だ?」

「おはよう、おじさん。……ラニちゃん、おじさん元に戻ったよ」

「エクセレント。素晴らしい蹴りです、桜さん」

「桜ちゃん、プロレス好きだね……。で、何かあったのか?」

 

 そう言って立ち上がる雁夜。桜のプロレスごっこには既に適応したらしく、素早く回復している。完全に死徒の能力の無駄使いだが、まぁ話が早く進む分ラニ=Ⅳには得しかないので気にする様子はない。

「マスター雁夜の顔色が悪かったので声を掛けたのですが、応答が無かったので」

「あぁ、成る程。まぁ、何だ……町に現れる怪魔の数がどんどん増えててな」

「怪魔が増加……つまり、キャスターの行動が活発化していると?」

「それも尋常な数じゃないんだよな、これが。……今日だけで100は蟲に喰わせたってのに、まだ減った様子がない」

「それは不可解ですね……。師に相談されては如何ですか?」

「それはそうなんだが、ズェピアに頼りっきりってのもなぁ……」

 

 そう呟く雁夜に、ラニ=Ⅳは溜め息を吐きつつ助言する。

 

「自身を高めるのは良いことですが、時と場合によります。……戦争で情報共有を渋ると取り返しの付かない事態を招きかねません」

「…………確かに。……ラニ=Ⅳ、電話を取ってくれ」

「エクセレント、良い判断です」

 

 そう言うラニ=Ⅳが差し出す電話を慣れた手付きでコールする雁夜。コールするのはズェピアのケータイ。

 

 此処最近で他人の話を聞く事が多くなった雁夜は以前よりも切り替えの早い男になっていた。

 

 

--------

 

 

 一方その頃。双子館の間桐陣営バーサーカー組は三時のおやつタイムを楽しんでいる。其処にいるのは、ズェピア、舞弥、ポニー、エリザベート、ヴラドの五人。

 

 オレンジマーマレードがたっぷり入ったシフォンケーキととキャンディ産茶葉のミルクティーを楽しみつつ、彼等は現状整理をしているのだ。

 

「しかし、随分増えましたね、英霊。正直混乱気味なんですが。教えて! ズェピア先生!」

「ふむ、大分我々のほのぼの感に毒されてきたね、ポニー君。……しかしまぁ確かに君や舞弥君には説明していないな。……丁度良い機会だし、軽く説明するとしよう」

 

 そう言ってコホンと咳払いをし、ズェピアは指を三本立てる。

 

「現状、大別すれば冬木にいる英霊は3タイプだ。まず、冬木の聖杯に呼び出された我々七騎のサーヴァント。次に黄金の聖杯から呼び出された四騎のサーヴァント。そして、私の固有結界から投影された死徒2体。イレギュラークラスのアヴェンジャーも含めれば、実に12騎の英霊と2体の吸血鬼が揃った事になるね。……此処までで質問は?」

「マネージャー。私とヴラドはサーヴァントじゃないの?」

「む、エリザベート君には説明した気が……まぁいいか。……君達は私が召喚した使い魔だからね。当然だが、英霊ではあってもサーヴァントではない。違う点は肉体の構成要素だろうか。サーヴァントが霊子で身体を構成しているのに対して、君達は普通に血と肉と骨で出来ている。まぁ、私の固有結界は『死徒の肉体を生成』、『肉体に召喚したい吸血鬼の霊魂を定着』、『使い魔完成』のプロセスで出来ているから当たり前だが」

「つまり、我々は現在の肉体に憑依している状態であり、正確には召喚術より神降ろしの儀式に近い訳だな」

「ナイス補足だヴラド君。……まぁ君達を私は生前に何回か見たことがあるのでね。降霊は容易だった」

 そう言うズェピアに、ヴラドとエリザベートは首を傾げる。

 

「あら? 私マネージャーとはこの戦争が初対面だと思うのだけれど」

「私もお前と会った記憶は無いぞ、ズェピア」

「君達を私が一方的に知っているだけだからね。エリザベート君は1595年に『ロミオとジュリエット』の初上演以降ちょくちょく劇場で見掛けたたし、ヴラド君は戦場で一回見かけている」

「戦場?」

「当時、戦場は我々吸血鬼に取って数少ない安全な狩場だったからね。血の匂いを追っているときに、串刺し死体を並べる君を見つけただけの話だ」

 

 そう言うとヴラドは納得したような表情で頷いた。

 

 と、その時、ズェピアの携帯がピロピロと安っぽいコール音をならした。雁夜からの電話だ。

 

「もしもし。何かあったのかね、雁夜」

『あぁ、実は…………』

「成る程。まぁ、怪魔の増殖が活発化しているならばキャスターが動いたと見て間違いない。……何をしでかすのかは流石に分からないがね」

『……アイツはサモナーだよな』

「む? 今更だね。確かにキャスターはサモナータイプの魔術師だが」

『いや、間桐もサモナーだからな。……で、間桐の視点から考えたんだが』

「ふむ」

 

 

 電話の向こうで雁夜は息を整えてゆっくりと発声する。

 

『ズェピア、キャスターは多分、近い内に最高戦力を召喚するつもりだ。怪魔はそのためのデコイに過ぎない。雑魚をバラまいてからじっくり本命に取り掛かるつもり何じゃないか?』

「成る程。……彼の最高戦力が想定通りならかなりマズいな。アレが召喚される前にキャスターを見つけなくてはなるまい」

『そのとおり。最悪の仮定ではアレが召喚される』

 

 そう言って溜め息を吐く雁夜とズェピア。その会話を小耳に挟んだのか、ポニーが疑問符を頭上に浮かべて質問する。

 

「アレとは何です?」

 

 その質問に二人は同時に言葉を返す。

 

 

 

「「邪神クトゥルフだ」」


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