結論から言えば、ウェイバー達は難なくキャスターの工房へと辿り着いた。ライダーの盛り上がる大腿筋は原動機付き自転車を遙かに越える速力をママチャリに与え、それはもう風のように冬木の街を駆け抜けたし、幸いにも人払いの護符が効いたのか、誰にも出くわさずに目的まで到着できた。
が、しかし。
「うぅむ、一足遅かったか。蛻の殻とはなぁ」
「つい最近まで居たみたいだけどな。……床の血痕がまだ新しいし、魔力の残滓も濃い。……でも、どこに引っ越したんだキャスターの奴?」
顎に手を当てて考えを巡らすウェイバーだが、この場にあるものから分かるのは、キャスター陣営が確かに此処で犠牲者を殺害していたという事実のみ。
急な引っ越しだったのか、あるいは追跡者に対する足止めか。キャスターの張った結界も護衛の怪魔もそのまま放置されており、コレが原因で川に魔力が流れ出していたらしい。
とりあえずウェイバーは電気屋で購入したインスタントカメラで現場をくまなく撮影し、裏にメモを付けておく。魔術でやるよりずっと低コストなのが何だか屈辱的だが、まぁ財布が軽くならないのは良いことだ。
「……とりあえず帰るぞライダー」
「うむ、もう調べる事もあるまい。後は、宴の準備のみよな」
「宴の準備……?」
用水路から外に這い出し、一息ついたウェイバーに、ライダーが妙な事を言う。宴席に招かれる側が準備とはこれ如何に。
「ん? ウェイバーよ。お主、もしや宴席に招かれたことが無いのか? というか、しっかりとカードを見ておらんだろう」
「ホームパーティなら何度か出たけど、確かにちゃんとした宴会は初めてだし、確かに音声データは聞いたけどカードは気にしてなかったな」
「仕方ないのう。ほれ、そんな事だろうと持ってきておいてやったぞ」
「……有り難う。…………『フルコース料理による着席パーティーとなります。ドレスコードはカジュアルで構いません』……?」
意味が分からないで困惑するウェイバーにライダーが安心しろと言うようにポフポフと頭を叩く。
「そう固くなるな、ウェイバー。おぬしの私服なら充分問題ないだろうよ。余が言っているのは、髪を結うリボンでも探しておけという話だ。長髪が食事に入るのはまずい。まぁ整髪料でオールバックにしても良いが、似合わんぞ、多分。」
「……ヘアピンでも買いに行くか。ライダー、運転は任せた」
「良し来た、しっかりと捕まっておれよ!!」
言うなりウェイバーを荷台に乗せてママチャリに跨がるライダーと、その腰にどうにかしがみつくウェイバー。二人が乗った自転車は高速で街を駆け抜ける。
その日からしばらく、冬木では『マッハママチャリ』なる都市伝説が噂されるのだが、それはまた別の話。
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さて、場面変わってアインツベルン城。此処では先程まで、良い歳した大人が元気一杯に追いかけっこをしていた。
逃げるのは衛宮切嗣。鬼はアイリスフィールとセイバー。二対一の勝負で勝てるわけもなく、現在切嗣は捕縛されている。こうなった原因は言うまでもなく、例の招待状である。
「観念しなさいマスター」
「そうよ、観念しなさい切嗣」
「くっ、嫌だ! 僕はパーティーには出ないぞ!」
「何故だマスター? 貴方は同盟には賛成だったのではないのですか? それに、貴方自身が間桐雁夜には貴方自身では勝てないと宣言したのでは? 隠れても無駄だと言っていましたよね?」
「言ったけど、それとこれとは別問題だ!」
「ならば、何故ダメなのかを聞かせて下さいマスター」
やけにしつこいセイバーに観念したのか、暫くの沈黙の後、切嗣は口を開く。
「……僕は元々、サンドイッチとか麻婆豆腐とかカレーとかオムライスとか、そういった家庭的な食べ物が好きなんだ。……パーティーで出て来るフルコースみたいな上品な食べ物は苦手なんだよ」
「あれ? 切嗣、アインツベルンの本宅では毎日そんな食事だったじゃない。残さず食べていたけど?」
「……それは食べ残すのは食べ物に失礼だからだよ、アイリ。それに、アハト翁に『カレーライスが食べたい』なんて言う勇気は僕にはない」
沈痛な面持ちで頭を垂れる切嗣に、なんと言ったらいいのか分からないという表情のアイリスフィール。だが、そんな二人にセイバーは首を傾げつつ声をかける。
「……マスター、招待状は良く見るべきです。品目は書いてありませんが『提供させて戴く御料理は今回召喚された各サーヴァントに因んだ地域の料理となります』と書いてあるではないですか」
「……それ、僕が高級料理が苦手な事の解決になっているとは思えないんだが、セイバー」
「何を言うのです切嗣。よく考えて下さい。今回のサーヴァントの出身地を」
「……セイバーはブリテン、ランサーはアイルランド、アーチャーはメソポタミア、ライダーはマケドニア、キャスターがフランス、バーサーカーがエジプト、アサシンがシリアだろ? ……これにどんな意味が?」
「フランス以外に高級料理の要素がないではないですか。特にブリテンに」
「……あ」
呆れたように告げるセイバーの言葉にはたと気付いた切嗣は顎に手を当てて考え始め、しばし沈黙。
そして、セイバーとアイリスフィールが見守る中、とうとう折れて宴会に参加する事となったのだった。
「なぁ、セイバー。何でそんなにワクワクしてるんだい?」
「何を言っているんですか切嗣、バーサーカーの手料理を食べられる機会などそうそうありませんよ!!」
「いや、バーサーカーの手料理という響きに微塵の期待も出来ないんだが……?」
「マスターは彼の料理を食べた事がないのでしたね。絶品でしたよ、昨日の夜貰ったクッキー。……じゅるり」
「……余ってるかい?」
「いえ、気付いたらお腹の中でした。恐るべき魔性の菓子ですよアレは」
「いや、君の食い意地が張ってるだけだろ、それ!? ズルいぞセイバー!」
「気付かない方が悪いのです!」
「腹ペコ王に改名しろよ、もう」
「あらあら、まあまあまあ。仲が良いわね、二人とも。流石はマスターとサーヴァントよね」
「「仲良く見えるか、コレで!?」」
セイバー陣営は今日も小学校レベルです。
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さらに視点は移動して、最後の招待客であるランサー陣営。
貴族二人とエリート騎士団員で構成されたこちらの三人組は、流石に宴会など慣れたもの。ドレスコードに沿ったそれ程堅苦しくない服を吟味し終え、今は息抜きのティータイム。
テーブルの上には紅茶とスコーン。紅茶には砂糖の代わりにメイプルシロップを入れて、フレーバーをつけている。
「ねぇケイネス」
「何だい、ソラウ?」
「この『英霊に因んだ』料理ってどんなモノなんでしょうね? と言うか、料理には期待して良いのかしら……?」
「心配無いさ、ソラウ。料理のジャンルはともかく、美食が楽しめるだろうからね」
「どうしてかしら?」
「あのギルガメッシュが参加するんだよ? 半端な物を出したらシェフの首が飛ぶ。物理的に。なぁ、ランサー?」
「ケイネス様のおっしゃる通り。家庭料理が出て来たとしても、英雄王の舌を満足させられる程のものであれば見掛けだけ高級な料理より価値が在るものではないかと思われます」
「なるほどね」
そんな話をしつつもソラウはすっかり打ち解けているランサーとケイネスを見て内心ニヤニヤしているのだが、料理が気になるのも事実。
「……でも、誰がシェフなのかしら?」
「ふむ。……確かにそれは謎だね、ソラウ。ランサーは思いつくか?」
「え? バーサーカーでは無いのですか、ケイネス様?」
「「バーサーカー!?」」
キョトンとした表情で返すディルムッドに、流石に驚愕する二人。普通に考えればマキリが雇ったコックではないのだろうか?
「昨日子供を協力して助けた後、彼が何やら軽く飲み食いしていたので、私と騎士王が『何を食べているのか』と問うたのですが、どうにも、彼自身が焼いたクッキーを食べていたらしい。で、去り際に余りを私と騎士王で半分に分けろと言って、コレをくれたのです」
そう言ってランサーが取り出したのはビニール袋。中には星、月、ハート、涙といった形のクッキーが詰まっている。ランサーも試食したと言うので食べてみれば、確かに美味しい。更に形毎に味が違うという地味に手の込んだ一品だ。
「彼曰く片手間に作った手抜きだから不味くても責任は取らないと言っていてこれですから、本気の料理の腕は相当なモノかと」
「……これは確かに期待できるな」
「成る程、彼ほどの錬金術師なら寸分の誤差無く、一切の無駄なく材料を調合する事も可能だものね。」
「私もフィオナ騎士団の一員ですので野外料理は得意なのです。だからこそこの菓子の出来は関心する他ありません」
そう言って納得した三人は、ついついまたクッキーに手を伸ばす。
ランサー陣営の午後のティータイムはこの瞬間延長が確定したのだった。