世界の終端にある砂浜の夢。そんな妙な夢を見ていたウェイバーを目覚めさせたのはガクガクと自分を揺さぶる大きな手。おそらく、今ウェイバーが見ていた夢の原因であり、お使いを頼んでいた存在である、彼のサーヴァント。ライダーこと征服王イスカンダルだ。
「おい坊主。水汲みは終えたぞ」
「ん……? あぁ……今何時だライダー」「昼の二時だが?」
「いやに早くないか?」
「なに、我がマスターが自ら策を考えたと来れば張り切りもする。それに、夜には何やら宴があるようだぞ、ウェイバー」
「宴? 確かに夜に聖杯奪還戦争の参加者は集合するようにとは言われたけど、宴?」
「おうよ。川で水汲みをしていた余の元にこんなもんを持った蟲が飛んできてな。ほれ」
そう言ってライダーが差し出したのは葉書大のカード。二つに折り畳まれたそれをウェイバーが開くと、飛び出す絵本の如くスーパーデフォルメされたバーサーカーが飛び出した。
「うぉうっ!? ……ってなんだ、立体映像か」
『むむむ、驚かせてすまない』
そう答えるちびバーサーカーだが、その声は抑揚がなく、確実に肉声ではない機械じみた声。それを聞き、ウェイバーはこの手紙の仕掛けを一つ察する。
「答えた……訳じゃないな。あらかじめ受け取った人の反応で何パターンかの回答をするようにしてあるんだな、コレ」
『いかにも。……さて、これからメッセージを読み上げるが、準備は良いかね?』
その問いにウェイバーがコクリと頷くのを感知してから一拍置いて、今度は明らかに録音らしい女性の声が流れ始めた。
『あーテステス…………よし。……聖杯奪還戦争参加候補者諸君に追加のお知らせを行います。本日、参加者集合の際、一時の同盟を祝すべく宴席を設けさせて戴きます。各陣営のマスターとサーヴァント分の席を御用意しております故、どうぞ気軽にご参加下さい。以上。…………ん、これ、どうやって録音止めるんですか、ズェピア殿? ズェピア殿~? 「カット!」』
何だか最初と最後で気が抜けたが、確かにライダーが言う通り、宴があるらしい。
「なぁライダー? バーサーカー陣営の罠って事はないか?」
「無いだろうな。あのバーサーカーならば食事に毒を入れて暗殺するより、マスター全てを殴り殺す方が早い。彼奴はまだ切り札どころか、技らしい技も使っとらんのに身体能力だけで他のサーヴァントと渡り合える化け物だからなぁ」
「まぁ、そうだよな」
そう言って納得するウェイバーだが、ライダーもウェイバーも別に聖杯を諦めた訳ではない。バーサーカー陣営は聖杯を欲していない。ならば、本腰を入れてくるのは実質的にはアーチャー陣営。だが、そのアーチャーもどうにもやる気が感じられない。
となれば、まだライダー陣営にも勝ちの目は僅かに残っている。そう信じて、ウェイバー達は地道に歩を進めている。水汲みもその一環だ。
「まぁ、宴会は少し忘れて、水を調べよう。……汲む場所は間違って無いよな?」
「おいおい、地図に書いてある場所に行く程度も出来んなら余はペルシャまで辿り着いとらんぞ」
「それもそうか」
そう言いながらウェイバーは時計塔から持ち込んだ実験セットをテキパキと操作し、適切な試薬を選定、調合。河口に近い順に並べられたサンプルに適量ずつ加えて行く。
「まずは河口から……ん、ビンゴだ」
「おお、色が変わったぞ! コレはどういう事なんだ坊主?」
「楽しそうだなオマエ。……これは水中に含まれる魔術の痕跡に反応する試薬なんだ。これが反応するってことは、川沿いのどこかにキャスターが工房を構えてるのは確定だな」
「ほう? そりゃまた何でだ? そもそも、なんで川と当たりを付けたんだ、坊主?」
「僕は使い魔ごしにアインツベルンの森での戦いを見てたんだよ。……キャスターの使い魔はタコとかイソギンチャクに似た感じだった。って事は、水の魔力形質が高まる立地で拠点を構えるのがベストだ。使い魔は大体、類似する動物と同様の性質だからほぼ間違いない。だから川を調べた。で、何で水中の残留物を調べたかってのは、朝の報告会が原因だな」
「あの集まりがどうかしたのか?」
「『キャスターは魔術の秘匿を無視している』って言ってただろ? そんな奴が工房から出た廃液をいちいち処理すると思うか?」
「そりゃまあ、垂れ流しだわな…………成る程。よく分かった。」
「……でも、こんな地味で単純な作業なんて魔術とも呼べない未熟な技なんだけどな」
「ふむ……なぁ坊主。いや、ウェイバーよ」
納得したようにうんうんと首を振ってから、ライダーは真面目な声でウェイバーの名を呼ぶ。その雰囲気が流石に気になったウェイバーが手を止めて振り返るとライダーは何やら真剣な面持ちでウェイバーを見つめていた。
「……何だよ、急に改まって。僕を漸く敬う気にでもなったのか?」
照れ隠しに嫌みを言うウェイバーだが、ライダーは予想外の答えを返してきた。
「うぅむ。今までお主を、見所はあるが未だ嘴の黄色いヒヨコ坊主だと思っておったのは確かだなぁ。が、それも今までよ。お主は確かに魔術師としては未熟よ。だがな、なかなかどうして良い戦略眼を持っておるではないか。余はサーヴァントとして鼻が高いぞ?」
「……戦略眼?」
「然り。お主は大魔術師の素質はないが、大賢者となる素質は充分だ。まぁ言うなれば軍師タイプという奴よ」
「…………ふん、まぁ、聞くだけ聞いとくさ。……っ、続きを調べるぞライダー!!」
賢者と呼ばれて照れていいのか、三流魔術師と言われて怒れば良いのか。そんな複雑な心境のウェイバーはその思考を振り払うようによりスピードを増して作業に没頭する。既にサンプルは中流に至り、試薬の反応は限界に近い。これ以上の濃度になれば別の試薬を用意しなければ。と、ウェイバーが考え始めた、その時。
「ん? ……反応しない、か。なぁ、ライダー。此処と此処の間に何か人が潜り込めそうな配管とか用水路は在ったか?」
「む、確か、農業用水路のデカい奴が在ったな」
「それだ、その奥にキャスターの工房がある」
「……やはり、お前は余の見込み通りだな!! 征くぞウェイバー!!」
「行くって、この真っ昼間からか!? 誰かに見られたらどうするんだよ!?」
「見られたくないのなら、ギリギリまで徒歩で向かい、水路に入ってから戦車を出せば良いのだろう?」
「ぐ……確かにそうだけどさ。何で急に張り切ってるんだよオマエ!?」
「そりゃあ、自分のマスターが手柄を挙げたとなりゃあ、気合いも入る。次は余が首級をあげる番だとな!!」
「……はぁ。分かった、分かったよ。霊体化して外で待ってろ。お爺さんに自転車を貸して貰えるか聞いてくるから」
「おうよ!! では、少し行った先の角で待っとるぞ」
そう言って勇み足で霊体化するライダーに苦笑と溜め息をこぼしつつ、自転車を借りようと階段を下るウェイバー。その足取りは表情に反して軽く、彼の内心を表していた。