Fate/Zepia   作:黒山羊

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Interlude-⑤ 『ある意味、起源覚醒』

 所変わってケイネスの工房。

 

 先程から同盟に関して検討し合っているランサーとケイネス。それを眺めるソラウはいつものツンと澄ました表情だが、内心ではニヤニヤしていた。

 

 先日ケイネスがディルムッドの事を調べるべく本屋に足を運ぶのに同行した彼女は何となく『とある雑誌』を手にとって読んだのだ。それこそ、最近のソラウが妙にケイネスに優しかったり、ディルムッドにベタベタしていない原因である。

 

 『水無月』。女性向けコーナーに置いてあったその雑誌はソラウの価値観を突き崩すに充分なインパクトを彼女に与え、ディルムッドの『愛の黒子』など目ではない程の興奮を彼女にもたらした。

 

 BL。某ハンバーガーチェーンのレシートにあるベーコンレタスバーガーの略号ではない。ボーイズラブの略である。ソラウが偶々それを扱う雑誌を手に取ったのはある意味運命的なモノだったのだろう。

 

 美少年や美青年によって繰り広げられるストーリーはソラウに自身の特殊な感情を自覚させるに充分な程魅力的であり、彼女は自分が今まで男性に恋愛感情を抱かなかった理由をついに理解したのだった。

 

 そもそも今となって冷静に考えれば『イケメンを前にしてわざわざ魅了を受けないとときめかない』のは変ではないか。事実、魅了を試しにレジストした所、ソラウにとってディルムッドと言えども『ただのイケメン』であり、恋い焦がれる程のモノではなかった。

 

 やはり真に自分の心を揺さぶるのはBLなのだろうと自覚してみれば、何と世界は魅力的であろうか。まず、手近に『優秀だが堅物な主人と忠義のイケメン騎士』などというストライクゾーンのド真ん中直球な二人組が居る時点で天国である。しかもその片方は自身の婚約者でもう片方は自分が魔力供給する事で現世に止まる事が可能な英霊。つまり、横から見てニヤニヤするにはベストポジションな上、背徳感二倍増しのオマケ付き。

 

 コレで興奮しない訳が在ろうか。いや、無い。

 

 故に、ソラウが少し熱っぽい吐息を吐くのも仕方がないことなのだ。

 

「ほぅ……」

「む、どうかしたかね? ソラウ?」

「ちょっと喉が渇いただけよ。続けて、ケイネス。ついでだから私は三人分のお茶を淹れてくるわ」

「ありがとうソラウ。……さてランサー、やはりネックはバーサーカーだが…………」

 

 何とかごまかしてキッチンに向かったソラウは小声で独り言を呟く。

 

「やっぱり日本に来て良かったわね。本は好きなだけ手に入るし、長年探していたモノも見つかったし、紅茶はいまいちだけれど、緑茶は美味しいし」

 

 そう呟きながら緑茶を淹れるソラウ。本来イギリスでは紅茶ではなく緑茶が人気だったというのも納得出来るほどにソラウは緑茶を気に入っている。微かな苦味がお茶請けの甘味を引き立てるのは紅茶と変わらないが、紅茶の香りより緑茶の香りの方が爽やかで、少々紅茶は甘い香りが強い気がする。嫌いなわけではないのだが。

「……緑茶は爽やかで柳の様に<chrome_find class="find_in_page find_selected">しなやか</chrome_find>な青年で紅茶は甘いマスクで薔薇の様に華やかな貴公子、って感じね。……結構ツボかも」

 

 ここ数日のソラウの頭脳は妄想方面にアンテナ増設中。ちょっと気を抜くとアレな考えに突入するあたり、彼女の汚染状態はかなりのモノである。数日で此処まで腐敗する辺り、やはり彼女の適性は非常に高かったのだろう。

 

「あら、考えてる間にお茶が出来たみたいね」

 

 茶葉が開く時間に合わせてセットしたタイマーを止め、カップに緑茶を注いで二人が待つリビングまで戻る。

 

「お茶が入ったわよ」

「ふむ、少し休息とするか。異存はあるかランサー?」

「いえ、概ねの方針は決まりました。此処は体力的にも精神的にも休息を取るべきかと」

「二人とも相変わらずマジメね。結局どうすることにしたの?」

 

 カップに口を付けつつ問い掛けるソラウに、ケイネスは優しく回答する。ソラウと彼は長い付き合いだし、この男の事は素直に好感が持てる。多少傲慢な部分があったが、天狗になった鼻を折られてからはその傲慢さも消え、一皮剥けた大人の男になったと言えるだろう。だが、その好感のベクトルはやはり恋愛対象ではなく友人に近い。お洒落などにお節介を焼いてやろうとは思うのだが、どうしても友達感覚なのだ。

「間桐雁夜の提案だが、受けても良いと考えている。……教会に居たバーサーカーを見たかな?」

「ええ、私も使い魔を向けていたから見たわよ?」

 

 ソラウとしてはあの主従はバーサーカーが攻めでマスターが受けだと感じたのでよく覚えている。病弱な主人と知的で強い従者。悪くない組み合わせだ。

 

「あの時、バーサーカーは腰に銃のホルスターを付けていたのだよ。……まず間違いなく『黒い銃身』だ」

「……あら? でもバーサーカーは宝具を持っていないんでしょう?」

「ああ、その言葉に嘘はないだろうね。アトラス院から『七大兵器』が盗まれたという話が時計塔で出回っているらしい。……おそらくあれは『現存する宝具級の礼装』であって、彼に付属する宝具では無いのだろう。嘘を言わずに相手を欺くのは魔術師の話術としては基本だからね」

「なる程、あれはバーサーカーが召喚される前からアトラス院にあった物なのね」

 

 『黒い銃身』。エーテルに対する究極兵器。そんなモノが在れば聖杯の浄化などせずに、聖杯戦争を勝ち抜いてから聖杯を撃ち抜けば良い話だ。聖杯の中身が本当にサーヴァントならば、『黒い銃身』に耐えられる訳もない。

 

 そこまで考えて、ソラウはある推測に行き着いた。

 

「随分と公平なのね、バーサーカー陣営は」

「あぁ、その通り。彼は聖杯を正常化するまで聖杯戦争は中止だと言った。ソレはつまり、聖杯を正常化してから聖杯戦争を再開すると言っているのと同義だ。……御三家など所詮は単なる発起人だと思って居たが、なかなかどうして高潔な男も居るものだ。景品の不備を補填した上で競技を再開すると言うなら、断る必要も無いだろう?」

 そう述べるケイネスと、その意見に賛同するように首を縦にコクコクと振っているランサー。

 

 その二人を眺めるソラウの瞳は何処までも優しく。その頬には微かに朱が差している。

 

 

 

 その瞳の奥の感情を知らぬケイネスは正に『知らぬが仏』だと言えた。


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