雁夜の提案をもって終結したマスター召集。『この同盟に参加せんとする者は本日午後七時に冬木教会へ集え』との旨を伝えると雁夜は時臣と共に教会を出て街へと消えた。もちろん、日除けの唐傘はしっかりとさして。
そんな雁夜を見送ったズェピアに声を掛けてくる女性が二人。アイリスフィールとセイバーである。
「バーサーカー」
「ふむ、セイバー君か。……正義の味方とは何か、だったかね?」
「その通りです。……貴方が言った言葉がどうにも引っかかってしまって」
「ふむ。正義の味方とは巨悪を討ち、市民を守るヒーローなのだ!! ということが聞きたい訳ではないだろう?」
「無論だ。その程度ならば誰もが理解できる」
「……君のマスターに当てはまるかは知らないが、私なりの『正義の味方』を語ろうか。多少とはいえ短い話ではない。座って聞きたまえ」
そう言って、咳払いをしたズェピアは自身が真っ先に椅子に座り、語り始めた。
「正義の味方というのは一種の矛盾を孕んだ狂人達の事だ。種類は幾つかあるが『多数を助けるために少数を殺し尽くす狂人』『自らが究極的な絶対悪となることで他者を救済する狂人』『敵も味方も一切殺さず、自分一人でひたすら全ての業を背負う狂人』などが多いだろうか。……私は『社会的に孤立した人間を喰い、その犠牲の上で人類の終焉を阻もうとする狂人』だね」
そう切り出して、ズェピアはセイバーとアイリスフィールを見つめる。
「さて、何故私が正義の味方に成り果てたか? それは『答え』を観たからだ」
「答え? いったいなんの答えなのかしら?」
「人類滅亡という避けられぬ未来を観たのですよ、姫君」
映画や小説に良くある根源的な災厄、人類滅亡。その単語を噛み締めるようにアイリスフィールはオウム返しに呟いた。
「……人類、滅亡?」
「その通り。……それを観た私はその未来を回避すべく行動を開始。神すら殺す礼装を生み出したり、演算の果てを歪曲して解釈しようと躍起になったり、様々な対策を試みたよ。だが結局それらは実を結ばず、私は最終手段として自らの肉体を死徒に改造。世界の果て、即ち『 』に至り、『第六魔法』を改竄しようとした」
そうサラリと言うズェピアだが、最後の内容はそれ程軽々しく言い捨てるべき内容ではない。『 』への到達は全ての魔術師の最終到達点。それに至ったという目の前の男はやはり並の怪物ではない。
そんな思考を一旦切って、セイバーはズェピアに確認の言葉を返す。
「……成功、したのか? バーサーカー?」
「いや、残念ながら私は失敗したのだよセイバー君。……だが、私は諦めなかった。死徒で駄目なら真祖に成って再び挑むまで。先程言ったように全体から見れば少数とはいえ、1500年間人間を喰い続け、力を蓄えて『とある手段で』真祖の肉体を得た私は再び第六魔法の改竄に挑み……今度は成功した」「……では、人類は滅ばないのですね?」
そう確認するセイバーに、ズェピアは首を横に振って答える。
「いや、滅ぶ。まず、私は第六魔法を改竄したが、それは私が第六魔法を使えるという意味ではない。私はあくまで『 』に到達しただけで魔法使いでは無い」
「ねぇ、バーサーカー。『 』に到達したなら魔法に目覚めるんじゃないの?」
アイリスフィールの疑問の声に、ズェピアは優しい口調で答えを返す。
「『 』に到達すれば必ず魔法使いになるのならば人類史上にざっと百人近い魔法使いが居たことになるね。『 』に到達した場合得られるのは『新たに法則や事象を生み出す』や『人間を超越する』といった様々な特典の中から一つだ。……私の場合、私が所持する『固有結界』が尋常ならざる進化を遂げただけで魔法には至らなかったという訳だよ」
「なるほどね。……話を遮ってごめんなさい」
「なに、私は構わないとも。……では、セイバー君への返答。その二つ目だ。仮に、誰かが第六魔法に至っても人類は滅ぶ」
その回答は「成功した」という内容を自分自身で否定するもの。当然、疑問を感じたセイバーはズェピアに問いを投げかける。
「それでは何も変わっていない。貴方は成功したのだと言いませんでしたか?」
「ふむ、確かに言い方が悪かった。人類は滅ぶ。だがそれは、人類が次なる新生物に進化するからだ。私は『現在の人類は滅ぶ』という結果を変えずに、過程を『人類の進化』に固定したのだよ、セイバー君」
「ならば、確かに成功ですね。人類主観で観れば人類は滅ばないにも関わらず客観的には『ヒト』は滅んでいるのだから」
そう言って納得したセイバー。そんな彼女に、ズェピアは微笑みつつアドバイスを述べる。
「セイバー君。私の正義の味方としての結末は悲願達成だった。だが、数多の正義の味方達は私程幸運ではない。家族を犠牲にし、自身を生贄に捧げ、それでも到達出来ない者が居る。……そんなわけで成功者たる先輩から後輩たる君のマスターにアドバイスだ。人を頼りたまえ。お互いがお互いに殺されても尚友と呼べるような本物の友人を得ればなお良しだ」
「……その言葉、切嗣に伝えておこう。ありがとうバーサーカー。手間を取らせたな」
「いやいや、可愛らしい女性と話をするのを手間と思う男はいないとも。……では、私はこれで」
「ああ、さらばだバーサーカー」
「また会おうセイバー君」
挨拶と共に教会から去るズェピア。それを見送るセイバーとアイリスフィールは、何かを得たように感じていた。
同時に、ズェピアがどうしようもない程の強敵だとも理解している。
それでもなおセイバーは、彼に挑む。彼のいう正義の味方。人類救済の体現者たるそれは相手にとって不足はない。
いずれくる彼との戦いに想いを馳せる彼女の口元は微かに緩み、不敵な笑みを形作る。
だが、今はまだ、その時ではなく。
孤高の騎士と優しい狂人の闘いは未だ遠い未来の事である。