雁夜の発言に一瞬静まった教会。その中でスッと伸びる手が一つ。調査に参加していない御三家の一角、アインツベルンのアイリスフィールである。
「間桐雁夜、二つほど質問しても良いかしら?」
「あぁ、質問が無いかと訊いたんだから幾つでも答えるさ。わかる範囲だけどな」
「まず、何故調査にアインツベルンを同行させなかったのか、教えて戴きたいのだけれど?」
「それは単純な理由だ。同盟相手でもなければ、連絡先もわからない。その上直接接触しようにも庭にクレイモアやらファランクスやらを置かれたんじゃおちおち会いにも行けない。使い魔も城には近づけなかったしな」
「……それは遠坂もじゃない?」
「時臣の家には黒電話があるからな。電話で連絡できた」
「……なるほどね、一応納得したわ。では次なのだけど、仮に今の聖杯に『大金持ちになりたい』なんて願ったらどうなるのかしら。先程の説明ではいまいち解りにくかったのよ」
「推測だが、そいつの周囲にいる人間を皆殺しにして有り金巻き上げるんじゃないか?」
「『世界から争いを無くす』だったら?」
「まぁ、人類を皆殺しにすれば戦争は起こらないからそうするだろうな」
「じゃあ逆に悪意を持った人間が『誰かを殺せ』と願ったら?」
「アメリカとソ連……じゃなくてロシアからありったけの核ミサイルを飛ばして対象を地域ごと消し飛ばすとかじゃないか?」
雁夜の口から出る回答。淡々と最悪の過程を経て結果に至る様を答えるそれはアイリスフィールを黙り込ませるのに充分であり、そんなアイリスフィールを見てもう質問が終わったと判断したのか、雁夜はもう一度問いを投げる。
「他に質問がある奴はいないのか?」
その声とほぼ同時に、冬木教会にある固定電話がコールされる。神父が受話器をハンズフリー設定にしてから取ると、受話器から誰もが聞き覚えがある野太い漢の声が響く。
『バーサーカーのマスターよ。余だ、イスカンダルだ』
「知ってるよ。……質問か?」
『流石はあのバーサーカーのマスター、話が早い。……ぶっちゃけ、その聖杯の汚染っつぅのは何なんだ?』
「ふむ、コレは最後のお楽しみに取っておこうかと思ったんだがな。まぁ、いいか。……聖杯の中身はサーヴァントだ。サーヴァントシステムの管理者として断言できる。アインツベルンの爺さんが無理やり付け足したクラスがまだ稼働状態だからな」 その答えに再びざわめく教会。だが、イスカンダルと雁夜はそれを気にする風もなく会話を続ける。
『ソイツはまた難儀だのう……で、そのサーヴァントってのは何なんだ?』
「現在稼働状態にあるクラスは7つ。セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、そして『アヴェンジャー』。過去、アヴェンジャーとして召喚されたのはただ一騎だな」
『ふむ、其奴の名は?』
そう問うライダーに、雁夜は苦虫を苦汁で飲み下したような渋面で吐き捨てる。
「アンリマユ。ゾロアスター教で『この世全ての悪』とされる化け物だ。……先の聖杯戦争でアインツベルンが召喚したろくでもない亡霊だよ」『なるほどなぁ、そんな渾名の付いた奴なら確かに汚染してもおかしくねぇわな。うむ、ではな、バーサーカーのマスターよ』
ライダーはそう呟くと、電話を切る。
それを合図に、雁夜は一つ咳をするとなよっとした雰囲気を消し、先程の当主然と雰囲気を出し始める。
「さて、質問も無いようなら纏めに入らせていただく。……宜しいか?」
そう言って皆を見回し、最終確認をした上で雁夜は台詞を紡ぐ。
「キャスターの悪逆非道、聖杯の汚染。どちらも聖杯戦争の継続を断念しうる不安要素だ。……だが諸君はその程度で断念するような甘い理由で戦争に挑んでは居まい。其処で間桐は参戦者諸君に提案する」
その言葉と共にキッと見開かれたその目はルビーやスピネルの如き真紅。
引き込まれそうになるその眼に力を込めて雁夜は吼える。
「汚れた程度で聖杯を諦める? 否!! 器が汚れて居るなら磨け!! 中身が腐って居るなら注ぎ直せ!! 其処までしてこそ聖杯はこの地に招かれる!! ならば今は我等尋常な魔術師と正常なサーヴァント同士で争っている場合だろうか? 否、否、否!! 今こそ一時の盟を交わし、清浄な聖杯を取り戻すべく手を結ぶべきだ!!」
そう一息に叫んで、周囲の空気を完全に掌握した雁夜はスッと柔らかな表情に戻り、何事も無かったかのように告げる。
「故に。私、間桐家六代目当主間桐雁夜は提案する」
そう言うなり今度は暫し沈黙。教会の空気は最早雁夜の意のままに動き、溜めによって更に視線を惹き付けた雁夜は最後の仕上げに入る。
「私が提案する聖杯浄化の為の戦争。これはもはや聖杯戦争ではない。聖杯戦争は暫し休戦とし、次なる戦端を開くのだ」
舞台の上で役者は語る。
「聖杯奪還戦争。この世全ての悪から我等の聖杯を奪い返す為の戦争。これが間桐の提案する『五陣営による対キャスター、アヴェンジャー同盟』だ」