ランサーとケイネスがアインツベルンの森に到着した時点で、既に戦闘が始まっているのは明白だった。木々のへし折れる音や大地が砕け散る音と共に、膨大な魔力の余波が森の入口まで漂って来ているのだから気付かないわけもないのだが。
「ケイネス様、どうなさいますか?」
「ふむ。……城攻めのつもりで来たが、こうも激しく戦闘しているとなればそちらの方が気になるな。アインツベルン以外のマスターに出逢えるやも知れん」
「では」
「あぁ、戦闘地点へ急ぐぞランサー」
そう言うなりケイネスは走り出し、ランサーもその後を追って走り出す。
二人の影が森の中を駆け抜けていった。
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「ふむ。埒があかないな」
そう呟きながらもズェピアの全身は正しく凶器と化して怪魔のことごとくを粉砕する。今までに倒した怪魔を戯れに数えてみたが、その数なんと741匹。それでも尚減ることがない怪魔はキャスターの持つ本が発揮する無尽蔵の魔力で駆動している。
「魔力炉とは羨ましいな、キャスター。私にも分けてくれないかね?」
そう言いつつ本日五度めの突撃を決行するが、キャスターには未だ届かない。山のような怪魔が自ら突撃を受けることでズェピアの速度を削り、キャスター本体を守って居るからだ。
「フフフ、フフフフフ、どうです我が軍勢は!! ジャンヌへの拝謁の栄を賜るべく用意した悪魔の軍勢!! あなた方と其処な生贄達の骸を積み上げ、ジャンヌの元へと馳せ参じる為の無敵の軍隊!!」
「無敵ではなく無尽だろう? 言葉は正しく使いたまえ。唯でさえ毛程もない品性が更に墜ちることになるからね」
「黙れ、黙れ、黙れ!! 我が軍勢よ、其処な匹夫を滅ぼせェッ!!」
「またそのタコかね? 天丼はせいぜい三回までにしてくれたまえ。観客が退屈してしまう。そもそも、我が軍勢という割にその軍勢がプレラーティからの借用品なのは一体どういう了見なのか詳しく解説していただきたいのだがね?」
挑発的な皮肉と揚げ足取り。雁夜が今日という日まで散々味わってきたズェピアの毒舌はこの状況になって尚切れ味を増しつつある。それに加えてその爪の切れ味も言葉以上に鋭く、キャスターの怪魔をイカの塩辛よろしく臓物和えにしてしまうのだからキャスターの心中が穏やかであるはずがなかった。
「----いあいあくるぅるぅ!!」
より一層強化され、体格も一回り巨大化した怪魔の群れ。その雪崩の様な攻撃の波はしかしズェピアに届かない。
だが。
「ぐぅっ!?」
「ッ!? 雁夜!!」
その数の暴力は雁夜には少々荷が重い。怪魔に締め上げられた雁夜はすぐさまズェピアに助けられたが、折角詰めたズェピアとキャスターとの距離が開いてしまう。絶体絶命とまでは行かないものの、このままでは千日手を繰り広げることとなる。
そうなってしまえば数で劣る此方が不利。……かくなる上は雁夜と子供達を撤退させるべきかと考え始めたズェピアだが、不意に何かに気付いたようにその口角を吊り上げる。
「待たせたなバーサーカー!!」
「いやなに、女性を待つのは男の甲斐性と言うものだよ、セイバー君」
飛来する碧の閃光は群がる怪魔を切り払い、ズェピアと肩を並べて結界の前に立ちはだかる。ズェピアと漸く登場したセイバーの戦力を足せば、キャスターの軍勢とも拮抗しうる。
だが、拮抗だけで終わるほど運命の女神の書いた脚本は甘くない。
「おいおい、俺を差し置いてセイバーを口説きに掛かるとは卑怯だぞバーサーカー。セイバーの左手は俺が予約済なのだが」
「君が予約したのは左手薬指だったとは初耳だなランサー君。まぁ赦してくれたまえ。君ほどの伊達男を前に私が勝つには抜け駆けしか有るまい?」
「お喋りも結構だが、口より手を動かせ、バーサーカー、ランサー」
「……やれやれ、口説き甲斐が無いお姫様だね」
「フッ、確かにな」
赤と黄の双槍を振るうランサーが軽口と共に現れる。と、同時に雁夜が護る結界を庇うように水銀の壁が現れた。
「……ロード・エルメロイか」
「そう言う君はマキリか。……その規模の使い魔を自在に操るか。田舎魔術師にしては、やるな」
「お褒めに与り感謝感激恐悦至極だね。……その水銀、防御力はどの程度だ?」
「この程度、雑作もない。何なら君はサボタージュしても構わないよマキリ」
「ハッ、冗談が上手いな。なら、遠慮は無しだ。--本気でやれバーサーカー」
「では遠慮なく」
雁夜のその声にズェピアはニヤリと笑うとランサーとセイバーに声を掛ける。
「ランサー君の槍は魔力を絶つ武器で違いないね?」
「ああ、確かにそうだが」
「そしてセイバー君の剣を覆っているのは圧縮した風だな?」
「ああ。しかし、バーサーカー、貴方は一体何を……」
「隙は私が作る。その隙にランサー君はセイバー君の風を踏んでキャスターへ突撃し、奴の持つ本をその紅槍で貫きたまえ。アレがこのタコを制御している」
「……成る程な、そういうことか。俺は乗ったぞバーサーカー」「……つくづく貴公は奇妙奇天烈な策を思い付くものだな。良いだろう、私も乗るぞ」
お互いに小声で交わすその言葉は怪魔を切り裂き、貫き、殴り潰す音に阻まれてキャスターの耳には届かない。
一見すれば追い詰められている三騎と二人に気を良くしたのか、キャスターは更に大量の怪魔を召喚しつつまくし立てる。
「ジャンヌと新たな匹夫めが加勢しようと、この軍勢は破れますまい! 例え一騎当千の強者でも、万の兵には勝てはしない!! フフ、フフフ、屈辱でしょう? 先程からなにやら呟いているようですが、今更神に祈ろうと状況は好転しませんぞジャンヌ!! 我が愛にて堕ちよ!! 穢れよ!! 聖なる乙女よッッ!!」
サーヴァント三騎と無限の怪魔。勝機は唯一度。一層苛烈さを増すキャスターの攻勢を前に三騎の英雄豪傑は不適な笑みを浮かべて機を伺う。
全てはその一撃の為に。