ケイネスはシャワーを浴びると、髪に付いた水滴を払い、棚に置いておいたパンツとボトムズを身に着けてタオルを首に掛け、シャワールームを出る。
ケイネス達が今居るのは、ユニットバスとキッチン、寝室しかない安いアパートメント。
俗に「長屋」と呼ばれるその住宅をケイネスは丸々買い上げて改造。一部屋を除いて完璧なまでに異界化させ、その最後の一部屋に至るには全ての部屋を越えるしかないという凄まじい仕様の工房として完成させていた。
さらに前回の反省から例えミサイルが直撃しようが一切内部に影響を及ぼさない程の強度を建物自体に持たせてあるというオマケ付きだ。
これで居住空間が快適ならば文句はないが、流石にこの短時間でそこまで労力を割くわけにも行かず、精々寝室を拡張して2人分のベッドを置いて布団一枚を敷いても充分に広い程度に拡張しただけである。
だがまぁ、ソラウと同じ部屋というのは緊張するが悪くない。
そんな事を思いながらシャワールームからキッチンを一旦通り、寝室へとやってきた彼はシャツを羽織り、タオルで髪をしっかりと拭う。
そうしてからケイネスは、ソラウが此方を向いているのに気付いた。
「ん? どうかしたかねソラウ?」
「……貴方、ケイネスよね?」
その質問にケイネスは一瞬戸惑うが、そう言えばソラウに私服を見せた事も風呂上がりの髪を纏めていない自分を見せた事も無いと気づき、苦笑しながらソラウに「あぁ、私はケイネスだよ」と返して、いざ髪を纏めようとワックスに手を伸ばした。
が、その手は横から素早く伸びた細い腕に掴まれて、ワックスを掴むことなく停止した。さらにもう一本の細腕が呆然とするケイネスの隙をついてワックスをゴミ箱へと投げ捨てる。
そこまでして漸くケイネスは自分の手をソラウが掴んでいることを自覚した。
「……ソラウ?」
何故、私のワックスを捨てたのかと問おうとしたケイネスより早く、ソラウの口が開いた。
「ケイネス、何で今までオールバックだったの?」
「いや、それはだね、私は癖毛が酷くて……」
そう言うケイネスの髪は確かに先端に行くにつれ、緩くウェーブを描いている。ケイネスは何となくそれが気に入らず、今までワックスで固めていたのだ。
だが、続くソラウの言葉に、ケイネスはその忌避感を宇宙の彼方へ投げ捨てた。
「ケイネス、貴方オールバックより素の髪型の方が格好良いわ。……次からオールバックは止めなさい」
「……え? 」
聞き間違いかとソラウに向き直ると、ソラウは少しだけ頬を染めてそっぽを向く。
柄にもない発言をした為か、或いはケイネスが……。
其処まで考えた時点でケイネスは何やら妙に恥ずかしくなり、髪を素早く拭くと「ワックスを付けぬまま」逃げるように必要な礼装を持つとランサーを連れて部屋を出た。
「……どうされましたか主。……ん? 何やら見慣れぬ格好をなさっていますね。お似合いです」
「……世辞は良い。……工房が完成した以上、ソラウはある程度安全だ。防御礼装も残してある。……偵察に出るぞランサー」
「御意のままに。では、取り敢えず何処に向かわれますか?」
「……集めた情報に拠れば、御三家の一角、アインツベルンが『衛宮切嗣』という傭兵を雇っているらしい。コイツはこれまでに飛行機ごと爆破したり、地雷で消し飛ばしたりと外道な手で魔術師を殺害している。……恐らく、私達のホテルを吹き飛ばしたのもコイツの仕業だ。まぁ、気には喰わないがある意味で殺害に関しては一流の男と言える」
「……ならば、我々の向かう先はアインツベルンの居城ですね?」
「そうだ。……ランサー、この計画に不備は? あぁ、無駄に遠慮は要らんぞ、そんな物が原因で死ぬ方が無様だ」
「……暗殺者を相手にする以上、完璧な対策は有りませんが、敵の本丸を叩くのは上策です。……いかに暗殺者と言えども、自分の拠点に直接乗り込まれては迎撃するほかありません。……つまり、この策は私と主の実力が相手の兵力を上回るか否かに掛かっていると言えるでしょう」
「ならば良し。我が騎士はセイバーにも引けを取らぬ武芸者。……そうだなランサー」
「はい! 主!!」
英雄と魔術師。それは様々な伝承において名コンビとして描かれる。
アーサー王とマーリン、イアソンとメディア、ルノーとモージ。
それらには及ばぬものの、確かにケイネスとディルムッドは良いコンビであると言えるだろう。
そんな二人は月光を浴びながら、夜の冬木を歩いて行くのだった。