Fate/Zepia   作:黒山羊

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+1days PM5:38 『月下之鬼』

 間桐雁夜は夢を見ていた。

 

 空に浮かぶ真紅の月。その月を背に立つ男は誰かに似ている。雁夜がそれを思い出す前に月を背負う男が口を開く。

 

「----いやはや、千年程度ならば刹那と変わらぬと思っていたが、いざ待つとなれば存外永かった。----君もそう思わないかね? アルトルージュ」

 

 その呼びかけに応えるのは少女とは思えぬ淫靡な色香を放つ紅い眼の乙女。

 

 月を背にした男とその少女の語らいはさながら神話の再現を思わせる雅で艶やか、それでいて荘厳な雰囲気を纏う。

 

「あら、私は暇つぶしには事欠かなかったから、別に退屈してないわよ? 妹が17分割されてからは中々の喜劇が観られたし」「----それは重畳。では姫君よ、我が一世一代の喜劇の第二幕も楽しんでいただければ有り難い」

「まぁ、いいけど? 暇だし。……仕込みはしっかり出来てるんでしょうね?」

「前回の対策に加え、ガイア、アラヤとの変則二重契約、真祖の肉体、幻想種の捕食、各種薬品と礼装によるブースト、10分割思考、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。--まぁ、夜明まで語り継げるほど対策を積ませて戴いたよ」

「あらそう。……もう良いわよ、始めても」

「では、開幕と行きましょう。観客一人のための上演とはいえ、お相手戴けるは姫君。これほどの栄誉にたぎらぬ役者は降りますまい」

 

 

 そう言った男から膨大という言葉では表せない莫大な魔力が迸り、閃光に雁夜は夢の中であるにも関わらず目を閉じる。

 

 

 数瞬の後、雁夜が眼を開ければ其処にはただただ見慣れたクリーム色の満月が浮かんでいて。

 

 其処に誰も居ないのを疑問に思った所で雁夜は腹部への鈍痛で目を覚ました。

 

--------

 

 

「起きて、おじさん」

 

 …………すぴー。

 

「起きて、おじさん」

 

 …………すぷー。

 

「……むーんさるとぷれす」

 

 揺すっても、頬を抓っても中々起きない雁夜に業を煮やした桜は近くにあった椅子に登って綺麗にバック宙を決め、重力加速度を味方に付けて仰向けに眠る雁夜に飛びかかる。

 

 いざという時の為に教えた身体強化魔法の初使用が教えた本人である雁夜に襲いかかるのは何やら不憫だが、起きない雁夜も悪い。

 

 結果、桜の溢れる魔力を纏ったムーンサルトプレスは綺麗に雁夜へと命中し、雁夜の目覚めは「親方!! 空から女の子が!?」なモノとなったのである。

 

 

--------

 

 数秒後、雁夜は桜と話をしていた。常人ならば掛けたのが幼女とは言え魔力が乗ったプロレス技など喰らった日には数分以上悶えるところだが、死徒の肉体と『根性』によるタフネスはその程度では揺らがない。

 

 痛かったのは否定しないが。

 

「良いかい、桜ちゃん。プロレス技はおじさんだから大丈夫だったけど、普通の人に掛けたらダメだからね?」

「はい。おじさん以外にはかけません。おじさんは大丈夫なのでかけます」

「いや、おじさんにも掛けないで欲しいんだけど…………。と言うか、どこでプロレス技なんて覚えたの?」

「テレビで解説のオジサンが詳しく言ってました。『すろーもーしょん』映像も見ました」

「あぁ、成る程」

 

 テレビで見ただけの技をよくぶっつけ本番でやった物だ、などと若干桜の無茶に苦笑しつつ雁夜は桜が徐々に回復していると感じた。

 

 テレビの真似をするのは『普通の』子供の行動だからだ。

 

 

 さて、と雁夜は立ち上がり、リビングに組んだ魔法陣の中で眠るズェピアを起こしに行く。

 

 そもそも今まで寝ていたのは彼の計画なのだ。

 

 

「起きてるな、ズェピア」

「……勿論だとも。…………漸く日が暮れたか。……全く、待つ身は長い」

「確かにな。だけど、お前は夜しかできない計画を立てたからこそ今まで待ってたんだろ?」

「あぁ。……君が漸く一人前の死徒に成り出演するに相応しい者と成ったからね。これからは君も舞台に上がって貰う」

 

 

 ズェピアの計画は、昼間、怒りをどうにかこうにか鎮め、四苦八苦しつつ狂化を解除してからギルガメッシュと話している内に思い付いたモノだ。

 

 ギルガメッシュ曰わく、ゲス野郎の討伐等にわざわざ自分が赴いてやることは無いが、ゲス野郎は赦せんので王たる自分の臣下としてズェピアがどうにかしてこいとの事。

 

 ズェピアはそれに対して、偵察込みで3日以内にキャスターとそのマスターを討伐すると言って、教会を発ち、地下の拠点に戻ると雁夜に睡眠を採るように言って自分も床に就いた。

 

 魔力の温存と身体の休息。

 

 その行動から導き出される計画は何ぞやと雁夜は疑問を投げ掛けるが、ズェピアの口から帰ってきたのは「威力偵察」という耳慣れない言葉だった。

 

「威力偵察? 偵察ってのはこっそり隠れてやるもんじゃないのか? 威力の意味がいまいち分からないんだが……」

「威力偵察というのは作戦行動中の敵に取り敢えず突撃し、相手に攻撃されてみて相手の状況を探る偵察方法だよ雁夜」

「……それ、捨て駒だよな」

「人間ならね。……私と雁夜なら、情報を回収してなお二人とも生還できる」

「根拠は?」

「まだ令呪が三画ある」

「……それもそうか」

 

 令呪は雁夜とズェピア、2人の魔力と令呪の魔力を合わせた魔力の合計を使って実現可能な奇跡なら何でも叶えられる。

 

 最悪の場合『雁夜を連れて全力で逃げろ』と命じれば良いのだ。

 

 最後の手段があるというのはかなり心強い支えとなり、雁夜の不安を幾らか取り去る。

 

 

 雁夜は少し震える指先を武者震いだと自分に言い聞かせながら、ズェピアと共に夜の冬木へと繰り出す。

 

 外は晴れており、満月まで後2日と言った所だろうか。使い魔に拠ればキャスターは冬木にある森『アインツベルンの森』へと子供達を引き連れて移動しているらしい。

 

 偵察のついでに子供を奪還しようとズェピアに告げれば、彼は「当たり前だ」と雁夜に返してふわりと電柱から電柱へと飛び移っていく。

 

 そんな彼の後を屋根から屋根へ跳んで移動しつつ、天上の月の輝きを受けるズェピアに普段以上の力強さを感じた雁夜だった


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