Fate/Zepia   作:黒山羊

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Interlude-③ 『ある日の遠坂と間桐』

 遠坂時臣の計画は今の所順風満帆。

 

 御三家の一角、間桐家からの協力は少々予想外だったが、綺礼を仲介して渡された書状に拠れば『今回の聖杯戦争に間桐家は参加しない腹積もりであったが、海外にて研鑽を積んでいた私、間桐雁夜に令呪が発現した。私は未だ若輩の身故、次回を本命と見ている。ついては古くよりの遠坂葵との友誼から遠坂に協力する事を願い出る次第である』との事。そういう事なら拒む理由もない。

 

 魔術師の責務から逃げ出してフラフラと世界中をさまよっている凡俗、というのが遠坂時臣の間桐雁夜に対する評価だったのだが、どうやらそれは誤りだったようだ。

 

 成る程確かに怪力無双のバーサーカーを維持し、その上狂化のデメリットだけをレジストするその手腕、並みの魔術師に出来ることではない。……正直に言って、魔力量だけでいえば時臣を上回るだろう。

 その上魔術の腕も良い。間桐が使い魔の扱いに長けるとは言え、この手紙は時臣が封を切るやいなやパタパタと綺麗に折り紙じみた動きをしてカラスの姿を形作ると肉声で文面を語り始めたのだ。

 

 非常に洒落た魔術だったため興味が湧いて解析したが、なかなかどうして巧妙だ。

 一見単純に見えるのだが、この手紙、時臣が触れたときでなければ喋らないし、文字も別の内容に書き換わってしまう。

 

 つまり、時臣の魔力を感知したときのみ内容を示すという秘匿能力があるのだ。さらにその上、童謡を幾つか歌うことが出来るという遊び心も時臣がこの術を評価するポイントである。

 

 ただ手紙を送るだけでなく相手に楽しんで貰おうという気配りが時臣の心を穏やかにしたのは言うまでもない。

 

「流石は間桐の隠し玉だな。これほどに使い魔を自在に操るとは……」

 

 時臣はそんな事を呟き、紅茶を啜りながら窓の外を眺める。

 

 これで英雄王がもう少し自重してくれれば言うことはないのだが、それは些か欲が深すぎるのかも知れない。

 

 そう考えてから時臣は机の上にある書類の山に目を移す。

 

 --余裕を持って優雅たれ。

 

 その家訓に従って立ち居振る舞う時臣は苦しさを顔に出すことはない。だが、胃は正直に痛みを訴えてくる。

 

 最近の彼が心安らぐのは、雁夜のカラスを歌わせながら紅茶を飲む時だけ。

 

 その頻度が増加しているのは秘密である。

--------

 

 

 さて、雁夜は今日も下水道で魔術の練習をしている。

 

 何故、間桐の魔術を嫌っていた雁夜が毎日熱心に魔術を修行しているのかと言えば、ズェピアが数日前に教えてくれた事実が原因だ。

 

 いわく、「桜は非常に優秀な魔術的性質を持っているのだよ雁夜。……心無い馬鹿共が桜を拉致して解剖する可能性すらある。……君の話を聞く限り、遠坂時臣もそれに気づいたからこそ桜を間桐に預けようとしたのだろう」と。勿論、雁夜は反論した。まともな家ではない間桐に預ける意味が解らなかったからだ。だが、ズェピアの続く言葉に雁夜は自分の視野狭窄を恥じた。

 

「真の外道は外面だけは聖人なのだよ雁夜。……大方、あの蟲妖怪が甘言を用いて桜を騙し取ったのだろうな」

 

 言われてみて雁夜は昔の自分が何故葵が時臣に嫁ぐのを本気で止められなかったのかを思い出した。遠坂時臣は確かに魔術師なのだろう。雁夜なら、間桐が仮に普通の魔術師の家だとしても自分の娘同士が聖杯戦争で戦う可能性が有る以上養子に出すなど耐えられない。

 

 確かに時臣は魔術師だ。

 

 だがしかし。時臣が善人なのもまた確かなのだ。彼と雁夜は決定的に馬が合わなかったが、それでもどうしても恨めなかったし、絶交する事もなく御三家の息子同士、腐れ縁と言いながらもその縁を雁夜は切らなかった。馬は合わないが、確かに良い奴だったから。葵を任せられると雁夜が思える奴だったから。

 

 だから、雁夜は、身を引いた。

 

 その事を思い出してから、雁夜は時臣に憎悪までは向けなくなった。育児放棄は気に入らないが、奴が捨てるなら俺が拾うだけだとばかりに魔術の修行に打ち込み、桜を守る盾になろうと一心不乱に魔術を修得する彼に迷いはない。幸いにも臓硯の魔術刻印は回収出来たため、移植したそれを使いこなす訓練と魔術の修行、そして桜のリハビリという三足の草鞋を履く雁夜は充実した日々を過ごしている。

 

 自分でも変わったと感じる程に魔術を驚異的な速度で吸収していく雁夜。

 

 その変化は、ズェピアのある術のお陰だ。

 

 起源覚醒。

 

 言峰綺礼より早くそれを施術された雁夜の起源は『根性』。

 

 何やらスポコン漫画のようなそれに、当初は大層げんなりしたものだが今となっては確かに自分の起源なのだと実感していた。

 

 やる気が尽きぬ限り、雁夜は幾らでも何度でも魔術書と格闘し、間桐の魔術を取り込んでいく。

 

 

 

 彼の工房には今日も朝早くから夜遅くまでカンテラが灯り続けていた。

 


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