サーヴァント「バーサーカー」の召喚。その儀式をまさしく身を削って成し遂げた青年、間桐雁夜は冷たい蟲蔵の床に這い蹲りながらも、狂気じみた笑みを浮かべていた。視線の先には魔法陣の中に立つ大柄な人影。霞む視界ではぼやけた輪郭しか捕らえられないが、肌に感じる尋常ならざる魔力の圧力はそれが人智を超えた英霊に他ならないと告げている。
彼は無事、サーヴァントを召喚して見せたのだ。
「……やった、これで、桜ちゃ……ん……を……」
自らの願い。自身の代わりに蟲に捧げられた哀れな少女を救い出すというそれに一歩近づいた実感は雁夜の心を奮い立たせるものの、身体は刻印蟲に食い荒らされており限界に近い。
それでも薄れる意識にあらがうように雁夜は右手を自身のサーヴァントへと延ばす。叶うことなら、自分と桜を連れてどこかに逃げてくれと願いながら。
しかし、限界だった肉体は言葉を発する前にあっさりと緊張の糸から離れ、今度こそ意識は深淵へと落ちる。……その最中、雁夜は誰かが「カット!!」と叫ぶのを聞いた気がした。
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数分後、一つの影が夜の街を駆けていた。その肩に白髪の青年と紫色の髪を持つ少女を担ぎ、人間離れした速度でもって屋根から屋根へと移動しているのはこの冬木の街で行われる「戦争」に参加するべく召喚に応じた英霊。
気絶間際の主からの言葉にならない願い。それは、雁夜が呼び出した英霊の下に間違いなく届いていた。故に、英霊は近くにいた老魔術師の魂を喰って現界分の魔力を捻出。
マスターと彼の姪を担いで屋敷を出るなり屋敷に火を放つと、住宅街を駆け、商店街を飛び越し、川にかかる橋を通って新都へと到達した。彼らを追う者は居ないが、万全を期し、裏道からマンホールに入って下水道に身を隠す。
そこまでして漸くマスターの命を果たしたと判断した英霊はその場に座る。
彼の腕の中には今にも死にそうなマスターと、幼い少女。彼は二人をコンクリートの通路に寝かせると、可能な限り現界に使用する魔力を抑え、その全てをあるスキルの発動へと回す。
そして彼は、自らのマスターへと「牙を突き立てた」。
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第四次聖杯戦争。
この物語はある英霊がその戦争に参加した所から始まる、ズレた歴史の物語。
水面に投じられた一石は今はまだ、小さな波紋を浮かべるのみ。
だがその波は確実にこの戦争を変えうる波。
その波が如何なる課程を経て、如何なる結果にたどり着くのか。
それはまだ、誰も知らない。